【名探偵コナン&怪盗キッド】

■裏の姿を持つ二人<4>

掲載日[1998/1/24]





ACT5 あなたは誰

(・・・・やろー!逃がさねえっ!)
 突然走り出したコナンを蘭は慌てて追いかけた。
「コナンくん!?一体どうしたのっ?」
 後ろから聞こえてきた蘭の声を聞いて、コナンこと工藤新一は眉をしかめた。
(蘭っ・・・・お前まで来るなっ!)
 そうは言っても、今の彼の姿では、蘭はコナンの保護者にあたる。蘭はコナンの身を守らねばならないのだ。そう、コナンはコナンの母親から依頼されて預かっているのだから。
「待ちなさい!コナンくん!」
 蘭は容赦なく声を上げてコナンを追う。コナンのほうは精一杯走るのだが、蘭を蒔くには遅すぎる。
(ちくしょう!あいつらを見失っちまうぞ・・・・!)
 走り出したときにはすでに闇の視界の限界ぎりぎりを、男達は走っていた。今はと言うと、すでに姿形が見えない。
(だめか・・・・!)
 あきらめて、コナンが走る速度を落とすとすぐに蘭がコナンを後ろから抱きしめた。まるで、やっと探し当てた恋人を抱きしめるように、強く。
「だめよ・・・・!もうどこにもいっちゃ・・・・」
「ら、蘭?」
「もうどこにもいかないで・・・・!」
 思い切り抱きしめる蘭をコナンはそのままにしていた。コナンには、だいたい蘭の心理状況が分かっていたので。
 さっき蘭は闇の中でコナンを追いかけていた。今にも見失いそうなコナンを一心に追いかけていた。その行動はいつしか蘭に一つのことを衝動的に思い出させたのだ、多分。
 工藤新一を。ある日を境に姿の見えなくなった名探偵を。
「あ・・・・、ごめん。コナンくん。」
 やっと、我に返った蘭がコナンの身体から身を離す。目に涙が浮かび、疲れ果てたように瞳には生気がほとんど宿ってはいない。一瞬、蘭が新一の幻影を見ただけでこんなにも弱々しくなる蘭を見て、コナンはいたたまれなくなった。
(ごめん、て言わなくちゃいけないのは俺の方なんだよな。蘭。)
 蘭の元気を何とか取り戻したくて、コナンは精一杯だった。蘭がコナンの身体から手を引いたときに、蘭の手が蝶ネクタイ型変成器に触れたのに気付かなかったほど。
「蘭・・・・」
 コナンの口から出たその言葉が二重に発されていた。一つはコナン自身の声。もう一つは、マイクから離れていたので声としては小さかったものの、その声を蘭の耳はとらわずにはおかなかった。
「し、新一っ!?」
 蘭は立ち上がって周りを見回した。慌てて、コナンはマイクのスイッチをオフにしたが時すでに遅し。蘭はきょろきょろと辺りをうかがって、新一!と呼びまくっている。
(や、やべえ・・・・!)

 一方、キッドの方はいつものごとく中森警部と白馬探偵に追いかけられていた。
「いい加減、観念しろ!キッド!」
「キッド!年貢の納め時ですよ!」
「今時そんな言葉を使う人なんていませんよ、お二人さんっ!」
 走りながら、一つ庭園の植木を飛び越える。庭園の中に入ってしまえば、庭園の中は迷路同然。二人を蒔いて、とっととズラかれば今日の仕事は終わりだ。
 そう思って、快斗があらためて立ち止まり宝石を月にかざすと、それはやはりただの宝石に過ぎず、中で赤く光るものはなかった。
「へへ、後はこれを俺が責任持って持ってりゃいいんだな。・・・・遥、今となっちゃ、これはいるんじゃねえか・・・・?」
 快斗が物思いに耽っていると、快斗の耳に聞き覚えのある女の悲鳴が届いた!
「きゃあああああああぁぁぁっ!!」
「あ、青子?」
 初め快斗は自分の耳を疑った。今までで青子が事件に入り込むことはなかった。それなのに、何故よりによって今回青子が危険にさらされるとは・・・・!
「何でだ?」
 快斗は庭園を出ると、まっすぐ地下通路の出口に向かって走り出した。
 裏庭につくと、そこには遥、警部、白馬探偵、その正面に男二人につかまれた青子がいた。
「あっ、青子おっ!」
 悲痛な警部の声が快斗の耳を刺した。白馬探偵も、こればっかりはどうしようもないと言うような狼狽ぶりである。
「キッド!」
 遥がキッドに走り寄ってきた。自分以外の者が危険にさらされるのを見て、遥の方もかなりうろたえているようだ。
「あのお姉ちゃんが、お姉ちゃんが・・・・!」
 焦って遥がキッドの白いスーツを引っ張る。快斗としても、相手の目的が分からない以上、下手には動けない。
「無粋な。そのお嬢さんから手を離したらいかがですかな。」
 快斗はそう言うと、内ポケットから一輪のバラを取り出した。
「怪盗キッドとやら。さっさと盗んだ物をこっちに渡すんだ。そうしたら、この女は放してやる。もしそうしないのであれば・・・・」
 男が青子の首に回した腕に力を込めた。青子が苦しそうにもがき、男の腕を何とかゆるめようと抵抗する。
「ああぁっ!頼む。止めてくれぇ!」
 中森警部が、いや青子の父親が同じ苦しみを味わっているかのように歪めた顔で叫んだ。快斗自身、危うく青子の名を呼びそうになったのを何とかこらえ、感情的に踏み出そうとした足を理性が止めた。
(感情的になったら負けだ。正体がばれるかもしれない!ここには白馬だっている!・・・・まさか、これは白馬の罠じゃ・・・・)
 唐突に浮かんだその考えはあながち間違いではないようだ。快斗がそれを思いついた瞬間白馬に顔を向けると、白馬は慌てて顔を逸らした。が、口の端が笑んでいたのをめざとく見つけると、快斗は頭に血が上っていくのを感じた。
(・・・・せこい真似しやがって!正体を見破るためには手段を選ばねえって訳だな!)
 快斗はすでに腹を立てていた。正体が知りたいという白馬の勝手な願いを叶えるために、青子が利用されたのだと思うと快斗はこらえきれないほどの憎悪を生んだのだ。
(その顔にたっぷり泥を塗ってやりたいとこだが、青子を助ける方が先だからな!後で覚えておけよ・・・・!)
 そんな憎悪に渦巻いた手の内などかけらもみせずに、キッドは飄々と言った。
「綺麗な花にはトゲがある、という言葉を知りませんか?今その花をたっぷりご馳走して差し上げますよ!」
 しゅっと一輪のバラを放つと、快斗の手を離れた瞬間その花はぽんっという破裂音を発して煙幕に消えた。途端にその花を中心に半径2メートルほどが煙幕に包まれる。
「う、うわっ。ごほっ!」
「しま、った。キッド?」
「青子ーっ!青子ーっ!」
 それぞれが勝手気ままに騒ぐとやがて煙幕に包まれた者は静かになった。眠り薬が効いたのだ。
「グッドナイト、皆さん」
 遥と青子を両手に抱え、快斗は屋敷の屋根から眠っている4人を見下ろしていた。二人とも少しずつ煙を吸ったようで、健やかな寝息が聞こえている。
 快斗は二人を屋根に降ろして寝かせた。
 青子の脈を取り、息を肌で感じ取る。どうやら正常のようで、快斗はほっと胸をなで下ろした。
 やがて、遥の方が目を覚ました。遥はバラから快斗より離れていたのでほとんど煙を吸わなかったらしい。
「キッド。あ、お姉ちゃん助かったんだ!良かった。」
 青子を見て遥がうれしそうに言う。快斗がポケットを探り、宝石を遥に見せる。
「遥、これはお前が持ってな。もうこれしか、お前に残ってないんだ。つらいことしか残ってなくても、お前にはこれが要るよ、きっと。」
 差し出された宝石を、遥はしばらく見つめていた。そして、やっとのように手を伸ばしてそれを受け取ると快斗の方を向かずに頷いた。快斗は震える小さな手に光るものが落ちたのを見たが、何も言わなかった。
快斗は遥を地上に降ろし、青子を担いだまま大野城家をハングライダーで去った。今回の怪盗キッドの仕事は終わったのだ。

 その屋根の様子を、館の内部から双眼鏡で見ていた一人の男がいた。
 男は黒い髭をぼうぼうと生やし、人を射るようなまなざしを屋根に向けたまま、フン・・・・と鼻を鳴らした。
「また、パンドラではなかったようだな・・・・」

「新一ーっ!何処なのっ?」
 一方、蘭とコナンはここにいるはずもない(いや、正確にはいるんですけど)高校生・工藤新一を探すハメになっていた。
(あーあ、変成器マイクがかかってたなんてなぁ。)
 コナンは探すフリをしながら、ぼやいた。
(ったく、なんとかなんねーかな。っと?)
 ふと夜空を眺めると、月明かりに照らされた一つのハングライダーが去っていく。
(げー。キッド帰ってんじゃんかよー!)
「コナンくん!新一いた?」
「ら、蘭姉ちゃん。ほら、あそこ!キッド帰ってる!」
「キッドなんてこの際どうでもいいのよ!新一はいた?」
 蘭はいきり立ったようにコナンに聞く。コナンはびくびくしながら返事をする。
「い、いないよ?」
「そう。屋敷にいるのかしら?」
 ふっと屋敷を眺めて、蘭が言う。そんな蘭にコナンがおどおどしながら言う。
「蘭姉ちゃん。本当に新一兄ちゃんの声、聞こえたの?」
「・・・・え?コナンくん、聞こえなかった?私の名前を呼んでたのよ?」
 蘭は途端に自信なさそうに言う。コナンに聞こえなかったのなら、自分の聞いたあの声は何だったのだろう、と。
(幻聴・・・・?)
「もしかして、コナンくん。新一の声、聞いてない?」
 蘭がコナンに聞く。それはそれは悲しい目をして。
(蘭ッ・・・・!ごめんッ!!)
「う、ううん。」
 コナンの返事を聞いて、蘭はひどく落胆したようにため息をついた。コナンはそのため息を聞いて、胸が痛む。
「蘭姉ちゃん・・・・。」
「平気よ。新一の奴、人をこんなに心配させて。今度会ったらただじゃおかないんだからね!」
 蘭はぱしっと拳を手のひらにぶつける仕草をし、力無く微笑む。しかし、すぐにコナンににっこり微笑んで、さ、帰ろ!と言った。コナンは素直にこっくりと頷くと、蘭に手を引かれて歩き出した。
「それにしても、お父さん。ちゃんと仕事終わったのかしらね?」
「・・・・☆」
(そういえばおっちゃん、何処行ったんだ?)
 
 所変わってここは地下通路。
 小五郎は悩んだ末蘭の後を追って暖炉をくぐったのだが、真っ逆さまに落ちて頭を打ち付けてしまっていた。
「・・・・んあ?」
 小五郎が目を覚ましたときには、事件は終わりを告げていた。

 快斗は青子を部屋まで送り、ベッドに寝かせた。相変わらず青子は静かな寝息をたて続けている。快斗は安心して、再び窓から出ていこうとした。
そのとき。
「誰?」
 青子の声がそう言った。内心快斗は心臓が喉から飛び出るほど驚いたが、それを表面には出さなかった。
「お父さんを困らせる・・・・あなた、誰?」
 快斗は迷った。振り向くか、振り向かずに去るべきか。
 赤の他人であれば、快斗は迷わず後者を選択した快斗であったろうがしかし。相手が青子では、身体が言うことを聞かなかった。振り向いて青子の表情を確かめたい一心で、快斗は振り向いてしまう。
「・・・・だ、れ?・・・・」
 振り向いたときには、青子は安らかな寝息を立て始めていた。
(寝言だったのか。それにしてはいやにはっきり聞こえたな・・・・)
 快斗はほっと息をつきながらそう思う。
(睡眠薬が切れかかってるのかも。)
「青子、ごめんな。」
 快斗はそう呟くと、ハングライダーを広げた。そっと窓を開けると、ひゅうと冷たい風が部屋に入り込んだ。快斗は慌ててベランダに出て窓を閉めると、ベランダから風に乗った。
 夜間飛行には最適な風が、その夜はずっと吹き続けていた。今日の風は、キッドに荷担してくれたのだ。





■END


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