【聖剣伝説LOM】

■英雄たちの時間

掲載日[2007/08/01]











 色素の薄い青に厚みを帯びた白い雲。照りつける太陽でじりじりと肌は焼けるように熱を孕む。しかしお陰で微風のようなわずかな空気の流れが心地よい。
 二人は隣町のドミナに買い物に行こうと歩いていた。
 過去、それぞれの世界で神に英雄の名を与えられた二人は、その守った世界を放棄してでもお互いを求め、そしてその思いを反対していた神にさえ認めさせた。しかし、それは過ぎた話。
 その世界を混乱に至らしめた張本人の恋人たちは、今では安穏とした生活を送っている。

「こう暑くちゃ何もする気にならないわね」
「でも出かけようって言ったの、ヴェルーニャだよ」
 リューシスは額についた汗をぐいと腕で拭うと、涼しげな顔でにこりと微笑む。ヴェルーニャはこの人は本当に暑いなどと思っているのだろうかと不思議に思う。
「だって部屋に居たって蒸し風呂みたいに暑いじゃない。ダイエットにはいいかもしれないけど、あれじゃへばっちゃうわ」
「ヴェルーニャはダイエット必要ないでしょ」
 リューシスはやはりにこにこと微笑んだままそう言う。
 ヴェルーニャは、リューシスを見上げながら、あるわよ、と呟く。
「どうして」
「だって、日々努力してないと、簡単に太っちゃうのよ。女の子って」
 ぷーっと膨れた顔で、不満そうにそう言うヴェルーニャに、リューシスは穏やかに首を傾げる。リューシスのそんな仕草を見ると、この人はどこかの王子様ではないかと思う。穏やかで優しくて、頼れる王子様。御伽噺か夢の世界の話のようだ。
 でも、これは現実。
 自分の力で取り戻した、確固たる幸せな現実だ。
 ヴェルーニャはその自分の信念を誇らしく思っている。
「それって何か不都合かな」
 おもむろにそういうリューシスに、ヴェルーニャがはぁっと息をつく。
「一般的に言うと見栄えが悪いわ」
「一般的」
「そう。一般的」
 ヴェルーニャはリューシスの言葉を再度繰り返すと、リューシスはぷっと吹き出した。
「え、なによ」
 驚いてヴェルーニャがリューシスを見つめると、リューシスはごめんごめん、と謝りながら、再び顔をヴェルーニャに向き直った。
 にっこり、と最上の微笑を見せた後、ヴェルーニャは手を引いた。
「わわっ」
 よろめき、ヴェルーニャはぽすっとリューシスの胸に顔が当たる。すぐにリューシスが手を背中に回してぎゅっと抱きしめた。
 鼻や唇がリューシスの胸で擦れ、リューシスの臭いが鼻腔をくすぐる。そのにおいと感触で一瞬にして顔に血潮が集まって、ヴェルーニャの顔が赤くなった。

 しばらくそのままじっとしていた。
 ドミナの町まではまだ道のりがあるので人通りはない。
 もしかすると馬車が通るかもしれない。でも今はそのがたつく車輪の音もしなかった。
 静かだ。
 風の音だけがする。
 草がさわさわとざわめいて、二人のこれからの展開を囁きあってるようにも聴こえる。
 もしかしたら本当に草人あたりがひっそりと見守っているのかもしれない、と思うと、ヴェルーニャは一人でさらに顔を赤くした。
 とく、とく、といつもより大きくて早い心臓の音が、さらに自分を緊張させる。
 誰も見ていませんように、と心の底でヴェルーニャは強く願う。
 こんなリューシスを独り占めできるのが私だけでありますように。
 こんな私を独り占めできるのがリューシスだけでありますように。

 しばらく経っても、リューシスが何も言わないので、ヴェルーニャはようやく掠れる声を絞り出した。
「な、なに?急に」
 声に出してみても、やっぱりくぐもってしまう。顔はリューシスの胸に覆われているから当たり前のことだが、それでも声を出さずにはいられなかった。いつまでもこうしていたい、と思うのも女の子だが、いつまでもこうしているわけにも行かないと思うのも女の子なのだ。
「ヴェルーニャ、これ嫌かな」
「え」
 リューシスの腕の力が少し緩んだので、ヴェルーニャはリューシスの顔を見上げられるようになった。
「嫌かな?僕にこうされること」
「――!」
 顔が、熱い。馬鹿。なんでそういうこと、なんでもない顔で言うの。
 リューシスの顔を見ることができない。否、今の顔をリューシスに見られたくない、と思ったヴェルーニャはすぐさまリューシスの胸に顔を埋めた。
「……なわけない」
「ん?」
「いやなわけないよ」
 リューシスが、よかった、と小声で呟くのを聞いて、馬鹿みたい、と思う。思わず笑みがこぼれる。
(当たり前じゃないの)
「でも僕じゃなかったら?」
 唐突に会話が続いて、ヴェルーニャは再び顔を上げた。
「え?」
「もし相手が僕じゃなかったら?」
「はったおすわよ。勿論」
 事も無げに、しかも表情を少しも変えずにそう言うヴェルーニャが一番怖い、とリューシスは思う。
 おそらくヴェルーニャの力を持ってすれば、はったおすという言葉は表現として適切でないことも判っていた。
「それは一般的な対応ってことだよね」
「そうよ」
 今度はヴェルーニャが小首を傾げる。会話の意図がつかめない、という顔なので、少し間が抜けている。
 けれど、リューシスはヴェルーニャのその表情が一番好きだった。
「かわいいね、ヴェルーニャ」
 思ったことがついそのまま言葉として紡がれてしまうのは、長所なのか短所なのか。
 リューシスは今までそのことについて考えたことがない。
 手が自然とヴェルーニャの頬をあてがっていて、自分でも吃驚する。
「リュー…シス。アンタ、脈絡って言葉知ってる?」
 顔が赤いヴェルーニャも可愛いと思ったが、これ以上言ったら「はったおされる」か、恥ずかしさと怒りで失神するかどっちかなのを経験上知っていたので、辛うじて口の中で留めた。
 話を元に戻そう、とリューシスは思う。
「だから、一般的な見識なんて意味ないってことだよ」
「ん?」
 話を戻してみたが、ヴェルーニャにはぴんとこなかったようだ。あらぬ方向に目をやって考え込んでいる。
 リューシスはヴェルーニャしか見ていないのに、ヴェルーニャはリューシスを見ていない。リューシスにとってこれは少し悔しい状況のようだった。
「むしろ一般的に扱われるのは僕として釈然としないってこと」
「んん?」
 腕まで組んで考え込むヴェルーニャ。
 リューシスが多少むきになって顔を近づけているのに、ヴェルーニャは少しも気づかない。ヴェルーニャはよく言えば真面目、悪く言えば不器用な子なのだ。つまり、一度に一つのことしかできない。
「僕は君にとって、何?」
「え」
 ようやく、ヴェルーニャがリューシスを見る。意外に顔が近くなっていたことに気づいて、目を見開く。
「なに、って」
「一般的な人?」
「違うよ」
 恥ずかしそうに目をそらすヴェルーニャに、リューシスは目を細める。冒険で駆け回ったはずなのに、白磁のような白い首筋はまぶしいほどだ。
「だったら『一般的な見栄え』より『僕の好感度』を気にして欲しいなってこと」
「え?あ、リューシスの好みってそういえば聞いたことない!」
 ツッコミどころを見つけたヴェルーニャが嬉しそうに笑って、リューシスの服を掴む。
「教えて教えて!」
「やだ」
 にっこり笑ってリューシスはヴェルーニャの願いを拒否した。
 リューシスはヴェルーニャの依頼を断る、ということをほとんどしないので、ヴェルーニャは面食らってしまう。
「ど、どうして!」
 いつもと変わりない笑顔のまま、リューシスは言った。
「はったおされるから」
「は?」

「激しく同意!」
「私も!」
 がさっと音を立てて唐突に姿を現す二人の子供が、しぴっと手を挙げて立ち上がった。
 咄嗟に二人がその子供の方に目をやると、一瞬唖然となった。
 子供達とは、ヴェルーニャの弟子であり養い子のコロナとバドであった。
「あ、あんた達っ!?いつからそこに!?」
 かーっと赤くなったヴェルーニャが喚くようにそう訊ねると、一度にまーっとお互いに笑いあった後、コロナとバドは双子らしく声をそろえてこう言った。
「『ダイエット必要ないでしょ』ってところでーす!」
「初めからじゃないの!」
「そうでーす!」
 恥ずかしさと居たたまれなさにヴェルーニャが言葉をなくしていると、穏やかな声が天から降ってきた。
「いいじゃない、別に」
 相変わらずの笑顔のリューシスに、ヴェルーニャは頭が痛くなる。
「私ね」
「うん?」
「リューシスのそういうところ嫌い」
「あらら、残念。じゃあ、それ以外は全部好きなんだね」
 にっこり。

(ああもう、本当に、この人なんとかして欲しい)
 力なく頭をもたげるとこつんと額がリューシスの胸を打つ。
 くすくすと笑うリューシスが憎らしくて愛しい。
 どうして人はこんなに複雑な感情をもつことができるのか、ヴェルーニャは不思議で仕方がない。

「惚気だったのか!」
「ヴェルーニャってわかりにくいよね」
 すぐ傍でひそひそと話しつづける子供達の声に、ヴェルーニャは我に返った。
「ううううるさーいっ!」














■LOMが久しぶりに書きたくなったので。
ただ英雄二人の性格ってこんなんだったっけな?(笑)
ヴェルーニャは私が書く女の子の中で最大級の自己中女になっちゃったようです。
自分の信念を貫けるなら周りの迷惑も顧みない人。わー最悪。
でもいっそすがすがしいですね。羨ましいです。
リューシスは多分私が書く男の子の中で最大級の優男。
素直で裏がなくて思ったことをついそのままぽろぽろと口にしちゃう。
悪意がないだけに余計性質が悪い、みたいな人です。
こう言う人も迷惑だけど、書いてると面白い(笑)

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