【ONE PEACE】海のように

■海のように







 太陽と水の都市アラバスタ――
 旅の商人の講釈から広がったこの新しき国の称号は、アラバスタの人々にも次第に息づき始めていた。
 ひどく残酷な内戦が続いた最後の決戦、人々の知る歴史と真実とにズレがあったとしても、それは大きな影響を及ぼすことはなく、国家と民衆は一丸となって再建の道をたどり始めていた。
 破壊されつくされた城下町の再建には、国家から何億ベリーという費用がまず王の一言によって賄われ、王の人ありきという信念がそこにはあらわれていた。人々もまた、そんな王に再びついていくことを決心し、まず自分たちの町の再建を意欲的に進めた。
 毎日木材の運ばれる騒々しい音、打ちつかれる槌の音、合図の声があふれていたが、その中にでも人々の生活は徐々に活性化していった。復興作業の間に生まれた子供があれば、人々はこれからのアラバスタを背負う者の誕生に喜び、建築作業を中断してささやかな野外パーティをはじめるものもあった。
 アラバスタは、人は、再びここで生きることを始めていた。

 そんな城下町の様子を一望できるのは他でもないこの国の主の住まう城。建国時に建設されすでに長きときを経た今でさえ、アラバスタ王国最高建築技術の結晶とも呼ばれるその城は、美しき外観とともに優れた砦としての威力を先の決戦で見せつけることとなった。
 その城は今もまた、静かに美しきその姿で雄大に佇んでいる。
「一週間ですか。早いものですね」
 護衛隊長イガラムは窓の外を見つめる娘にそういった。娘は、自分の美しき青い海たたえたような髪をそっと撫ぜて頷いた。
「何もお礼できなかったわ」
 娘、いや、ネフェルタリ・ビビこと、この国の王女は少し寂しげに笑う。その表情ひとつで、イガラムはどんなにか王女が彼らを慕っていたかを理解できてしまう。王女はいつも強気な意志の強い瞳をしていたが、彼らの話になると決まって、憂えた寂しげな目つきをするのだ。
「彼らはきっと、そうは思っていませんよ」
「そうね。きっと思いつきもしないでしょうね。癪になるくらい・・おおらかなんだもの」
 羨ましそうに、王女ビビは窓枠にひじを突くとその腕におとがいを乗せた。城下町を越えて、はるか向こうにあるはずの海はここからでは遠すぎ、見ることができない。
「掴むことのできない海の雫のように、つかみ所のない人たちだったわ・・」
 イガラムは少し笑う。
 確かにその通りだった。見境もなく戦いに挑む輩でもなく、しかし彼らは強かった。研ぎ澄まされた強さがあれど、その力はまるで本業ではないというものもいた。金の亡者で海の知識を知り得る者。女好きで美味なる料理を作り出す者。それから、信念の強さで剣の道に挑む者。やさしく無垢な心を持ち医術に長ける者。まっすぐな心根で道具や武器を作り出す者。そして、彼らを絶対なる信頼で繋いでいく船長。
 時折、海賊だということすら疑いたくなる程の彼らの懐の広さは、時に涙を、感動を、留めては置かなかった。
「ビビ様。しかし彼らが海ならば、いつでもそこにあるということになりますね。海は常にそこにあるものですから」
 はっとしたように、ビビはイガラムを見上げた。イガラムは微笑む。
「彼らはまたあなたに会いに来ます。それが必然です。海がそこにあるのと同じくらいの必然です。彼らは海に生きるものですから」
 不意に、ぽつ、と窓枠に雫が落ちた。ビビはそれに気づいて、空を見上げると空には大きな黒雲がどんよりと垂れ込めていた。
 最近はダンスパウダーで強要されていた気候が3年も続いた所為なのか、大気が不安定でひどく雨が降りやすくなっている。おかげで復興作業はままらない進捗を強いられている様子だった。
 ビビは城下の人々が雨のせいで怪我など起こさないか心配になって、城下町を見つめる。すぐに雨はひどくなってしまい、これならば強行して作業をするものもいないだろうと、ほっと息を吐いた。
 雨は、全ての惨事が終わりを告げたあの日のような強い雨だった。雨は視界を遮り、せいぜい城下町が見えるくらいだった。海など毛頭見えるものではない。
 ビビは少し残念そうな顔をした。イガラムがやさしく声をかける。
「ありますよ。ちゃんとそこに。ただ、見えないだけです」
 イガラムの言葉に、ビビは頷いた。言いたいことはよくわかっていた。必ず彼らが生きていると。生きてまたビビに会いにくるのだと。そう言っているのだ、イガラムは。
 しかし、雨は止まない。恵みの雨であるために、全てを狂わせた元凶たるその雨は今では有難いもののはずだった。しかし、今ビビの願いはその雨によって遠く霞んでいる。
 海は、見えなくなってしまった。彼らとは、離れ離れになってしまった。
 決して、雨が降らなければよかったと言っているのではない。この国を愛するものとしてそれはとても嬉しいことだ。全ての混乱と戦乱を招いた事件に終止符を打ったのは、紛れもないこの雨だったのだ。
 しかし、その一方で。
 ビビの心には小さなしこりが残っていた。彼らと共に在る自分もまた喜びだったのだ。だから、彼らと一緒に行きたいという気持ちも、十二分とあったのだ。
 しかし、惨事は終わりを告げたから。雨は降ったのだから。
 あるべき姿に戻るのが、自分の役目だったのだ。それが苦痛だとは決して思わない。
 ただ・・寂しいだけ。

 どうか、いつも其処にいてください。
 弱く愚かな私が、寂しさに泣き出してしまわぬように。
 悲しさに嘆いてしまわぬように。
 あなた方のおおらかな心に甘えすぎた私を、どうか笑ってください。
 そんな私を笑えるほど、近くに居てください。
 海のように冷たく温かなあなた方が、私には必要なのです―――どうか。

 黙り込んでしまったビビから、イガラムはそっと離れた。今は彼女を一人にすることが一番良いように思えたのだった。
 やさしくドアが閉まる音に、ビビは気づきもしなかった。
 ただ、あの時左腕に残した『死のしるし』を見つめていた。
 一緒に生きよう、みんなとそう約束したあのバツ印を。








■END


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