【ONE PEACE】繋がった世界

■繋がった世界









―痛い!痛いよ!!

 あー・・なんか遠くからなんか聞こえる・・

―痛いよ!もうやめて!やめてよ!!

 いや、近いかな。近いかもな。

―なんで戦わないの!なんで・・なんで・・ルフィ!!

 ・・俺の中からナミの声が聞こえる。

 ルフィは目を開いた。重たい質量の液体が、目の端を掠めた。ああ、額を切られたな、とルフィは人事のようにそう思う。
 ここは、ジャヤという島の西にあるモックタウンという街の酒場。ルフィたちはここで空島の情報を得ようとこの街に降り立ったのだが、何の因果か彼らは絡まれていた。しかも、ルフィとゾロはその相手に何一つ残さぬように、拳ひとつ返すことをしなかった。そう、果し合いの末に残る、相手への同情すら残さぬように。
 そんな中、ルフィは視界を広げる。重たいまぶたを開いて見上げると、薄ら笑いする男の顔が見えた。男は残忍な顔によく似合った、悪魔的な顔をしていた。相手の苦痛を喜ぶ目に、他人を蔑み笑うためだけの口。ルフィの手ごたえのなさに呆れ果てたように顰(ひそ)める眉。小ばかにしたように下品にひくつく鼻。何もかもが、忌むような汚らしい悪魔の顔。
(人のこといえねェかな。)
 ルフィは一人そう思う。
(俺だって、アーロンの前であんな顔してたかもしれねェし)
 一人笑いをかみ締めてみると、喉のあたりで笑い声が泡立った。内臓もやられたのかぁ、とルフィが何の感慨もなくそう思った瞬間。
「何がおかしい?ぁあっ?」
 ぐいっと髪を引っ張られ、顔を上げさせられる。ルフィは自分が床に突っ伏していたことも、そこでようやく理解した。ちらりと窓際を見ると、ゾロがぐったりと倒れているのを見つける。
(ゾロ。)
「このベラミー様を笑うたぁいい度胸じゃねぇか?なぁ、この田舎船長さんよぉっ!?」
 ガシャァン!!
 音が、響いた。多分、酒瓶が割れた音だ。自分の頭に向かって叩き割られた音だ。観客の喧騒も聞こえる。しかし、ルフィにはその音が、限りなく遠い。まるで、その実感が遠い子供の頃の記憶のような概念的なものとしてしか五感に残らない。視界も、音も、痛みも。
 決して、殴られすぎたとか、出血多量の所為だとか、そういうことじゃない、と、それだけはルフィは感じていた。多分ここでの世界が、全く自分とは関係をなさないものだからだ。繋がらない世界だからだ。
 しかし、あの声だけは別だった。さっきから必死に叫ぶナミの声だけは直接ルフィの耳と心に届いている。
「ルフィ!ゾロ!なにやってんのよ!あんなやついつもみたいにぶっ飛ばしてやってよ!!」
 怒りの形相でルフィを睨み付けているのは、他でもない仲間のナミだ。ナミはどんなにかルフィとゾロが強いかを知っている。だから、何故戦わないのか、抵抗しないのか、分からない。理解できない。だから。
「戦って!戦ってよ!ルフィ!」
 もはや血を吐くような悲鳴だった。そのくせ、怒り心頭の形相は崩さない。そんな表情のナミを見て、ルフィはああ、ナミだな、などと当たり前のことを思っている。
(変わらねぇなぁ、ナミ。怒ってる顔・・歪んでるぞ。それはお前の・・泣く寸前の合図だ)
 そんなことを思っているルフィは、唐突に髪を引っ張られ、立たされた。ベラミーはルフィーの頭をつかみ、思い切り振りかぶる。
「どうやらガラスの雨が足りなかったようだな。もういっちょいっとくか!」
 ぐんっとベラミーの腕に力がこもった瞬間、ルフィーの体が一瞬飛んだ。その後、ガラス窓に顔面がぶつかった。
 派手な音がした。しかし、それもやっぱりルフィにとっては、聞こえたというだけだった。

 その夜は、夜で、大騒ぎだった。
 空島の情報を何とか得ようと、船を寄せた先で意気投合したモンブラン・クリケットが、宴を開いてくれた。明日はいよいよその空島への出航となっていた。いつものごとくルフィたちは酒に酔い、美食に舌鼓した。
「大丈夫か、ナミ」
 その宴の最中に、ルフィは唐突にナミにそう言った。ナミはルフィの唐突な言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったようにきょとんとした。
「何が?」
「痛かったんだろ」
「??」
 いつもの唐突さとは言え、これでは意味がわからない。昼間のことだろうかとナミは思ったが、あれで自分を気にかけるのはどうにも筋が通らない。
「痛かった、って?」
「聞こえたぞ?痛い痛いって」
 ルフィは事も無げにそう言うと、ナミはようやく何のことか思い当たった。やっぱり、あの昼間の喧嘩の出来事で、どうやら、思っていたことが瞬間的にルフィに通じてしまったようなのだ。
「一体、どうして?」
「さぁ。聞こえた。別に不思議なことじゃないだろ、仲間なんだし」
「十分不思議なことだと思うけど」
「ははぁ〜不思議声だな。ナミの声」
「意味がわからないわよっ!」
 ナミはつい力が入ってビールをルフィにぶっ掛けてしまった。しかしルフィは気にした様子もなく、ししししっといつもの満面の笑みを見せて笑った。
「もう痛いの、治ったか?」
「治んないわよ。そんな簡単にはね」
 ナミが意地悪するようにべっと舌を出すと、ルフィがげげっと驚く。
「おぉい大変だ!チョッパー!!チョッパーはどこだ!?」
「バカ!そんな大袈裟になんなくていーのよっ!」
 今度はルフィの後頭部に鉄拳が飛ぶ。どーんと突っ伏したルフィを見て、ウソップとチョッパーがざざっと後じさりした。
「ててて・・なんだよ。元気じゃねェか」
「あんたがそうして元気だからよ」
「??俺が元気だとナミは痛くならないのか?」
「多分ね」
「そっか。なら俺もう痛いことしねぇ」
 ルフィのその言葉にナミがぱっと顔を輝かせる。嬉しそうにルフィを見つめるナミに気づいて、ルフィはああ、ナミだな、などとまた当たり前のことを思った。
「本当に?約束するのよ。もうあんな痛いことしないでよね」
「ああ、分かった。約束する」
「よし!」
 嬉しそうに満面の笑みを浮かべてナミは笑うと、ビールをジョッキで美味しそうに飲み干した。ぷはーっといつも酔わないその顔が、心なしか喜びに満ちて赤みが差す。そんなナミを見て、ルフィもつられたようにジョッキのビールを飲み干した。
 約束!とばかりに飲み干したジョッキを二人はがつんと勢いよくぶつけた。
 ガチィン!と力強いガラスの音が、二人の手の平に響いた。
 ルフィは、繋がった世界の音だ、と思った。








■END


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