すったもんだの日常生活
「う〜〜さぶさぶっ!ろくな目にあわねぇな、全く」
寒空の下、びしょぬれに濡れた体をかき抱きながら、チャイナ服を着たおさげの女の子が器用にもフェンスの上を走っていく。先ほど、不意にフェンスが外れて向こう側の川に落ちてびしょぬれになったにも関わらず、懲りない人間というものは大抵どこにでもいるものである。
フェンスの上を走るその女の子もご多分に漏れずその懲りない人間の一人に違いない。 無差別格闘早乙女流二代目、早乙女乱馬。
それが、「彼」の名前。
今フェンスの上を走っている女の容姿をしている人物は、実はれっきとした男の子なのである。
女の姿をした乱馬は、今一つの屋敷の門をくぐった。
門の傍らには『無差別格闘流 天道道場』としっかりした字体でなぞられた看板。彼はいずれその看板をしょって立つ身として、その家に居候しているである。
屋敷の見かけは平屋タイプの立派な日本家屋だが、奥のほうには子供たちのための部屋が二階にしつらえてある。裏を回って奥へと進めば、道場の入り口が見えてくる。ここの道場は年数の割に手入れが行き届いているのか、割と寂れた雰囲気がない。
「ただいまーっ!」
がらがらっと引き戸を鳴らして、乱馬は靴を脱ぎ捨てて家に上がった。しかし、脱ぎ捨てたはずの靴はまるできちんと整えたように並んでいるのだから、不思議なものだ。
乱馬の声に気づいて、天道家長女のかすみが台所から顔を出す。
「おかえりなさい、乱馬くん。お風呂今沸かすから、とりあえずやかんのお湯で我慢してね」
かすみは今時めずらしく笛の鳴らないやかんに布巾を当てて、乱馬の頭からお湯をかける。すると、かすみより小柄だった乱馬の体が、お湯を被って逞しく変化を遂げる。女らしく丸みを帯びた体が男らしくがっしりした体になり、身長もそれに応じて伸びる。おかげで、こつん、と乱馬は頭上のやかんに頭をぶつけた。空になったやかんが壊れたシンバルのような音を鳴らす。
「あら、ごめんなさい」
かすみは慌ててやかんを乱馬から避けると、穏やかに笑う。乱馬の方も、すみません、とかすみに笑いかけた。
―――早乙女親子は中国へ修行の旅に出た際に、呪泉郷という修行場で奇妙な体質になってしまったのだった。熊猫溺泉に落ちた父早乙女玄馬はパンダに、娘溺泉に落ちた早乙女乱馬は女の子に変身してしまうという、誠に不可思議な体質だった。以来二人は、その呪いのおかげで水を被るとその姿に変身してしまう。一応、お湯を被れば元の姿に戻ることはできるのではあるが。
「いちいちお湯沸かしてるのってけっこう不経済なのよねぇ・・知ってた?乱馬くん」
次女なびきがひょいと台所に顔を覗かせてそう言った。乱馬はなんだよ、とむっとなびきの方に振り返るが、なびきはそ知らぬ顔をして二階に上がっていく。おそらく自分の部屋でのんびりくつろぐのだろう。
乱馬はなびきの言葉にぶつぶつと文句を言ったが、かすみが乱馬に手をかけてこう言った。
「風邪をひいちゃ大変だもの。待っててね、お風呂を今沸かしてくるわ」
かすみはそういうとスリッパの音をぱたぱたと鳴らしながら、浴室のほうへ向かっていった。
乱馬はとりあえず居間で待つことにするか、などと考えていると、廊下のところで三女あかねの気合の声が聞こえてきた。
「はっ!」
がしゃーん、と瓦が割れた音が響いてくる。見事に割れた瓦を見て、満足そうに微笑む娘はまさかこれほどの怪力を持つとは思えぬほど可愛らしい少女だ。
「ふう・・いい調子っ!」
ふっと息を吐きながら、肩にかけたタオルであかねが汗を額の汗をふき取って言う。乱馬がそれを見て、やれやれと息をつく。
「ほんとーにおまえは色気ねーなぁ・・」
その言葉にぴくりと耳を動かして、あかねは乱馬のほうを振り返る。むっとした表情が先ほどのかわいい笑顔を台無しにしていることに、果たして本人は気づいているだろうか。
「なによっ。あんたにどうしてそんなこと言われなきゃなんないわけ?」
「別にぃ。思ったから言っただけだよ」
乱馬がからかうような瞳を投げかけながら、縁側に胡座をかく。
「なによ、変態の癖に」
つん、とあかねは腕を組んで目をそらす。その態度が気に食わず、乱馬は立ち上がりあかねにすごんでみせる。
「なんだと?」
「なによ。変態を変態って言って何が悪いのよ」
「けっ、全くこーんな可愛くねぇ女の許婚なんて、まったく迷惑もいいところだぜ」
「それは、こっちの台詞よ。」
そう、この二人、しょっちゅういがみ合っているが、親同士が決めた許婚の仲なのだ。しかし、その許婚という言葉はあまりこの二人にとって意味を成してはいない。何故なら、乱馬にはもう一人許婚がいたり、中国の村の掟で乱馬を婿にしようとする娘がいたりする。しかもあかねは、いちいちその娘たちからやっかみを受けることになるのだ。
あかねはそんな事を思い出したのか、むかむかと煮え繰り返る腹の虫をなんとか抑えようと、瓦をさっきの倍積み上げて並べ始めた。
「だいたい、あんたの許婚になってからと言うもの、あたしはたいそう迷惑してるんだからねっ」
割る前の気合もそこそこに、あかねはさっきの倍積み上げた瓦に一気に拳をぶつけた。割れたというよりもこなごなに崩れた瓦を見て、やべ、と乱馬は退さる。
「ちょーっとぉ、あんたたち喧嘩も大概にしなさいよね!」
二階のなびきが迷惑そうに窓から声を張り上げた。
「なびき」
「なびきお姉ちゃん」
二人が二階のなびきを見上げると、なびきは蔑んだ目でお金数え間違えたらあんたたちのせいだからねっ!と言い捨てて窓を閉めてしまう。
「あんにゃろー・・またいかがわしい商売してるな・・」
次女なびきはお金に目が眩むタイプの人間で、女の姿をした乱馬の写真やあかねの写真を売りさばいては自分の収入源にしている。
それを知っている乱馬が二階のなびきの窓を見つめながらそうぼやいたが、あかねはそれに答えるのも面倒になって瓦割りした後始末を始めた。
そこに、かすみが縁側にやってきて、乱馬にこう言った。
「乱馬くん。お風呂沸いたから入ってらっしゃい」
「あ、すみません、かすみさん」
乱馬はあかねと喧嘩していたことも忘れたように浴室に足を走らせた。あかねはそれを見て、もう一度つん、と顔を逸らすのだった。
脱衣所に入った乱馬は、すでに浴室で水の流れる音が聞こえてくるのに気づいた。
三人姉妹はさっき会っていてお風呂に入る様子がなかったことを乱馬は知っていたし、入っているとすればこの家の主の早雲か、父玄馬だ。この場合後者の確率が高いことも頭の中に思い浮かべながら、乱馬はがらりと浴室のガラス戸を開けた。
中に見えたのは巨大なパンダ。
「・・やっぱり・・てめぇか・・」
ぐぐぐと怒りの鉄拳を握り締めながら、乱馬は飛び上がる。頭のてっぺんから殴るには多少飛び上がらねばならないほど、このパンダはでかいのだ。
ごちっと乱馬の拳がパンダの頭を殴る。
「てめぇは・・!俺が先に風呂に入ろうと待ってたんだからなっ!!だいたい親父はその姿でなんにも困らんだろぉが!」
パンダは乱馬の言動に意も介さない。のそのそと湯船に浸かると、パンダは乱馬の父玄馬にその姿を変えた。が、湯船の湯が半分位になってしまっている。パンダの容積がやたらと大きいことだけが確証されたように。
「男が小さな事をぐちぐちと。女々しいぞ乱馬」
もっともらしい顔をしながら、玄馬はそう言う。自分に非があることなど一瞬も考えていない顔をしながらそう言う玄馬に、毎度の事ながら乱馬は苛立ってくる。
「てめぇは・・だいたいちったぁ居候の立場を考えたらどうなんでぃ!湯が半分になっちまってるじゃねぇか!」
乱馬は蛇口をひねってお湯を貯めながら強引に湯船に入る。天道家の浴槽はパンダが入るのを考慮に入れていたかのように(そんなことはあるはずもないだろうが)広いため、男二人くらい入っても平気なのだ。
新しくお湯が注ぎ込まれたことと乱馬が浴槽に入ったことで、湯船の量はちょうどいいくらいになる。
おかげでなんとか川に落ちたときに冷えた体が温まって、乱馬はふうと息を吐いた。
「ところで乱馬よ」
「あんだよ」
「またお前あかねくんに暴言吐いておったな」
乱馬は面倒くさそうに湯船から体を出す。長居は無用と判断したのだろう。
「あかねくんは仮にもお前の許婚。少しは優しくしてやったらどうなんだ。しまいに愛想つかされても知らんぞ」
「けっ、許婚許婚って・・それもこれもてめぇが全部決めたことだろうが!俺には関係ないからな!」
いきりたった乱馬はそれだけ言うとガラス戸をぴしゃっと閉めて出て行ってしまう。
少ない湯船に浸かったまま後に残された玄馬は、おもむろに濡れたタオルを頭の上に乗せて、黙ったまま乱馬を見送った。
「ったくなんだってんだよ・・」
ぶつぶつと乱馬はふてくされながら着替えを済ませ、せっかく風呂に入ったのにすっきりしない気分をもてあまして道場に向かう。
道場に行く途中、八宝斎の部屋を通る。なにやら鼻歌が聞こえきたところを見ると、昨夜のうちに失敬してきた下着の物色でもしているのだろう。
一応早雲と玄馬の師匠であるのだが、乱馬にとってはただのエロじじいだ。しかし、実際相手となると手強いこともちゃんと理解している。
余計な関わりはしないことだ、と乱馬はそう思ってその廊下を通り過ぎようとしたときだった。
「らーんま!この下着着けてくりー!」
背後からばしゃん!と水をぶっ掛けてきたのは、部屋で大人しくしていると思っていた八宝斎だ。辛うじて、乱馬は水を避けて飛び上がる。軽やかな身のこなしで廊下に着地すると、憎憎しげに八宝斎を見やる。
「ちょうど腹の虫がおさまらねぇと思ってたんだ。じじい!相手になってやるぜ!」
喧嘩っぱやい乱馬は廊下を蹴り、八宝斎の懐向かって拳を繰り出す。しかし、八宝斎は心得たようににやりと笑うと、キセルをくるりと回して乱馬の拳を避けそのまま乱馬を投げ飛ばす。
「うわぁぁっ!?」
毎度の同じ手に引っかかって、乱馬は屋根を突き破って空へと吹っ飛ばされた。
「ちくしょー!」
負け犬の遠吠えを聞きながら八宝斎は、未熟者め、としたり顔で笑う。が、すぐに焦ったように乱馬を見上げてこう叫んだ。
「あああー!乱馬ぁぁっ!戻ってこの下着つけちくりーっ!!」
天道家に八宝斎の雄たけびがむなしく響き渡った。
一方、投げ飛ばされた乱馬は、とある屋根に着地しようと足を構えたところだった。もう少しで着地、という絶妙なタイミングに横様に自転車のタックルを食らう。
「ぐへっ!」
「乱馬ー!今日はいい天気ある!こういう日には私とデートする最良ね!」
そのまま自転車は強引に進むので、乱馬は屋根の上で自転車に轢かれるという奇妙な事故に遭遇する羽目になった。
「いててて!シャンプー・・いい加減にしろっ!」
「あいやぁ!乱馬!」
やっとのことで自転車の下敷きから逃れたと思ったら、今度はシャンプーの抱きしめ攻撃に遭う。そう、この男、これで結構モテるのである。
さて、この中国娘。実はさきほど少し話にも出たが、『自分が負けた相手が男であれば夫とすべし』という女傑族の村の掟により乱馬を婿にしようとしている。いわば、乱馬の妻の座を狙う娘の一人。
「やめろっ!離れろってシャンプー!」
「離さないある!このままどこまでもどこまでも一緒にいるね、乱馬」
うっとりと可愛らしい声を上げながらそう言うシャンプーのそばで、一人の人影が覆い被さってきた。
「いいかげんにしーや!」
カカッカッッ!
コテが数本乱馬とシャンプーがたたずんでいた辺りに突き刺さる。反射神経が格段にいい二人は、音も立てずに飛び上がってそれを避ける。
飛び上がった先に、さっきのよりも十倍に大きなコテが二人を襲う。咄嗟に二人はそのコテを避けるために、左右に離れてしまう。
ガチィン!
大きなコテが屋根に突き刺さり、一瞬その動きが止まったところで二人同時に声を上げる。
「やめろウッちゃん!」
「なにするか!右京!」
がこっと屋根に刺さったコテを引き抜くと、右京と呼ばれた娘は二人を睨みつけるように振り返った。
「シャンプー!抜けがけは許さへんで!」
「乱馬との仲壊すの許さない!右京はひっこんでるよろし!」
シャンプーも負けじと強気の瞳で睨み返す。こういう状況になると乱馬はたじたじだ。
「お・・おい、お前ら・・そのへんに・・」
へらへらとご機嫌を取るように二人の表情を伺いながら、乱馬は弱々しく二人をなだめようとする。しかし、その程度で二人の勢いを止めるのは無理難題というものだろう。シャンプーと変わらず、この久遠寺右京もまた乱馬の許婚であり、乱馬の妻の座を狙う一人なのだから。
「乱ちゃん、いやがっとるやないけ!とっとと帰って店の手伝いしとったらええんや!」
右京はそう言って、流れるような連続技でコテをシャンプーに投げつける。しかしシャンプーの反射神経は乱馬ほどとはいかずとも、それ近いの能力を身に付けているがため、難なく避けられてしまう。
シャンプーはくるりと体勢を整えながら、出前の時にはいつも持っている割り箸をポケットから取り出すと反撃に出た。
「そっちこそ、もどって店開ける準備でもしたらどうね!」
シャンプーは曾祖母が経営する中華飯店を手伝っているし、右京はその細腕でお好み焼き屋を経営している。二人は商売敵でもあるわけだ。
すっかり二人が戦うことに夢中になってしまったおかげで、乱馬はこっそりとこの場を逃げようと考えた、のだが。
「乱馬さまぁ〜〜!!」
「うげっ!小太刀!」
レオタードを身に纏った黒髪の少女がしゅっと屋根に現れる。九能小太刀は、乱馬に一目惚れして乱馬を自分のものにしようと日夜アタックを続けている。一番乱馬にとっては興味が無い相手とはいえ、彼女のその手段を選ばないアタック方法には今戦っている二人に勝るとも劣らない厄介な相手だった。
「小太刀!お前まで性懲りもなく現れよって!」
「まったく邪魔ばかりで嫌になるね!」
「それはこっちの台詞ですわ!」
見事なほどの三つ巴になった。三人は隙あらば蹴落とそうとする勢いで、自分の武器や拳を次々に繰り出すのである。
こうなっては乱馬も手が出しようが無い。
げんなりとした顔をその三人からそむけて見ると、ちょうどその下をあかねがジョギングをしている。嫌な予感がして三人を見やると、三人の中で繰り出した飛び道具が、行き場を失ってあかねに向かって飛んでいく。
「やべっ!」
軽やかな身のこなしで乱馬はあかねの背後に足をつけると、有無を言わさずあかねを抱えて飛び上がる。
「・・なっ!なによっ!?」
「いいから!」
鼻息を荒くして乱馬に尋ねるあかねに、乱馬はめんどくさそうに答える。抱えられたあかねが下を見ると、今ちょうど飛び道具がカカカッと地に届いたところだった。
あかねがそのことで十知ったかのような顔をして、飛び道具が飛んできた方向に目をやると、思った通りいつもあかねにやっかんでくる三人娘が、あかねを憎々しげに睨んでいる。
「まーた・・あんたは」
呆れたような声と蔑んだ目をして、あかねは嘆くようにそう言った。
「しょ、しょーがねぇだろ。勝手に絡んで勝手にああやって喧嘩するんだからよ・・」
気の強いあかねの釘さすような視線が痛いのか、乱馬はどもりながら良い訳じみた台詞を吐露する。
「それもこれも、あんたがはっきりしないからでしょーが」
「んなこと言ったってよ。俺は修行中の身で女のことなんかどうでもいいんだから」
「だったら・・」
どげんっ!
細くとも、しっかりしたあかねの足が乱馬の後頭部をくるりと回り、膝蹴りを食らわす。身のこなしの軽さは、あかねだって負けてはいないのだ。
「あたしのことなんてほっとけばいーでしょ!」
乱馬の腕から逃れるようにあかねは離れると、乱馬が落ちていくのも気にせず別の屋根に飛び降りる。落ちていく乱馬を我先に助けようと、三人娘が競って飛んでいく。
「ばっかみたい」
ふん、と鼻息荒くそういうと、あかねは屋根から道路に飛び降りて、ジョギングのコースに戻っていった。
乱馬は乱馬でモテているが、実際あかねの方もしっかりモテている。普通に笑っていれば可愛い女の子なのだ。当然といえば当然である。
「天道あかねぇぇ!僕と交際するのだ!」
噂をすれば影がさすというのは、こういうことなのだろうか。
あかねの背後から抱きつこうと手を広げて現れたのは、九能帯刀17歳。風林館高校ではあかねの一つ上の先輩で、剣道部主将。強さとしては申し分ないのかもしれないが、その立場は乱馬が現れた時点でなくなったも同然と言えた。今では、ただの女垂らしの変態という感じに人々に軽くあしらわれる有様だ。
「えーい、うっとおしい!」
あかねのひと蹴りで、たいした出番もなく宙に飛んでいってしまう。そんなちょっとかわいそうな人である。
「全く・・」
あかねはそうぼやくと、今日はろくなことがないと思ったのか、ジョギングコースを諦めて、家に帰る方向に走り始めた。すると、唐突に正面に大きな荷物を抱えた少年が現れる。壁を突貫し、ぼろぼろ崩れ落ちてくる残骸を浴びながら上げる第一声は、いつもこれだった。
「ここはどこだ」
「良牙くん?」
驚いてあかねがそう呼ぶと、良牙がその声に浮き足立って振り返る。まるで春の日差しを浴びたかのように瞳を細め、目の前にいる少女を見つめる。
「あ、あかねさん!よかった!土産の賞味期限に間に合って!」
屈託なく笑う良牙にあかねもやんわりと微笑んだ。良牙はあかねのそんな微笑を見るだけで、鼓動が跳ね上がり体温が上昇するような気持ちになる。
「あっ・・あかねさん、重いから家まで持っていってあげますよっ!」
「まあ、ありがとう。良牙君・・いっつも本当に悪いわね」
「いやぁ」
天にも昇る心地で良牙はあかねの隣を歩ける幸福を噛み締める。毎度、旅に出て土産を買ってあかねに届ける幸せを、良牙は大切に守っていた。
響良牙。乱馬の中学時代からの喧嘩友達兼ライバルだった。そして、乱馬の許婚であるあかねに恋心を寄せるあたり、乱馬の恋のライバルとも言えた。毎度修行の旅から帰ってきては、乱馬に決闘を挑み敗退を繰り返しているが、乱馬がライバルと認めている当たりその強さな尋常ではない。ルックスも悪くは無い。驚異的な迷子の要素さえなければ、乱馬同様にモテる要素を十分持っているのだ。
その良牙にとって、あかねの隣に歩いていける時間はまさに至福の時だった。しかし、ほとんど必ずといって良いほど、あの厄介な男に邪魔されるのである。
「まーた迷ってたのかな?Pちゃん」
からかうような声があかねと良牙の頭上から響いてくる。二人が見上げると、器用に塀の上でひじを突いて寝っころがる乱馬が、二人を見下ろしていた。
三人娘を上手く撒いたのか、乱馬はにっと笑いながら余裕そうな顔で二人を見下ろしている。
「乱馬?どこにPちゃんがいるって言うのよ・・」
あかねは自分のペットである黒豚のPちゃんの姿をきょろきょろと探す。しかし、その実その姿がいまここにあるはずはない。あかねの隣に鬼のような形相で乱馬を睨みつけている良牙こそ、そのPちゃんの正体であるからだ。水を被ると黒豚になる体質・・そう彼も呪泉郷の被害者の一人だった。良牙はそれをあかねに秘密にしてペットをやっているのだ。だから、その正体を知る乱馬の言葉に、怒りの形相を差し向けるのは至極当然と言えるだろう。
「乱馬っ!てめぇはいつもいつもあかねさんとの邪魔をしやがって!」
「俺がいつおめぇらの邪魔をしてるってんだ!ばーか!」
飛び掛ってきた良牙を難なく避けて、乱馬は家の塀から向こう側のフェンスへ飛び移った。
「あかねさんが心配なら心配だと、はっきりしたらどうだ!乱馬!」
良牙が悔しがるようにそう言うと、乱馬は一瞬ぎくりと目を見開く。が、一瞬過ぎて、鈍いあかねにはそんな表情を読むこともできない。
「こーんな可愛くねぇ女の心配なんぞ、どわーれがするかよーだ」
しゃがみこんでべろべろと舌を出しながらそう言う乱馬にあかねはむっと来たのか、あかねはあっそう!とフェンスの上で戯けた顔をしている乱馬を突っついた。
「う、わ!ばかばか!何すんだーっ!!」
バランスを失った乱馬が、フェンスの向こう側に落ちていく。フェンスの向こうは川が流れていて、当然乱馬はその川に落ちることとなる。
派手な水しぶきを他所に、あかねは良牙のほうに振り返ると、行こう、良牙くんと誘い、家路に着くのだった。
「か、かわいくねぇーっ!」
がらがらと水が口に入るのも構わず、女になった乱馬はそう叫んだ。
おわり
←←TOPへ/
←目次へ
Copyright(c)高橋留美子/小学館
Copyright 2002 BY SAE
あとがき。
あとがき、なんてしていいシロモノかねぇ(笑)
ってことで、なんとかこぎつけた乱馬小説v
一応ストックで完結したものが一本と、完結していたのに途中から消えてしまって書きかけ状態のものが一本(涙)があります。
これは10年前に書いたもので、人様の目にさらせる状態ではとてもございません(笑)
妹に見せて「つまんない」って言われたらしいし(涙)<あとがきに書いてあったので思い出したんだけど。
やれやれ、うちの家族って結構口辛いから酷い目見てます。(ため息)ご多分に漏れず、私も口辛いですけど(笑)
さて、今回の話ははっきり言って場慣らしのような小説です。
一応オールスター網羅させようということで作ったんですが、早雲さんがいないわー!(汗)
あと、東風先生も・・まあ、出番的に東風先生は厳しいとして、早雲さんがいないのはちょっと失敗。
でも玄馬との将棋姿にできなかったので、それが敗因です。また今度頑張ろうね。
今考えたらムースもいないか(汗)うあー・・ムースシカトかい!(笑)
すみません、乱馬とあかねに直接関係ないムースって私の中で問題外らしいんで。
原作が終わっているので、オールスターという意味では結構足りない人もいます。
右京を思う小夏さん、良牙を思うあかりちゃん、あとかなり重要な位置をしめるのはやはり乱馬くんのお母さん、のどかさんですね。
天道家のメンツは最終的に早乙女一家と天道一家が住み込んで終わっていますが、私は設定的にのどかさん抜きが好きです。
家の中にのどかさんがいるのといないのでは、乱馬のあかねへの態度が微妙に変わると思うので。
ちょうど、TV放映時だったころの話が書きたいな、TVシリーズの脚本家になったつもりでやりたいな、と思っています。
2002/01/20