掲載日:2002/03/09




グッドモーニングコール







 どんよりと重い雲が空を覆っている。その所為か今日は気温が低い。風が通り過ぎるたびに突き刺すような寒さが身を凍らせる。
 歩きながら思わず肩をすくめたままの自分に気づいてあかねは、その肩からゆっくり力を抜いた。肩を緊張させたままにすると肩こりになりやすいと聞いたことがあるからだ。
(おばあさんじゃないだから)
 そんなことを思いつつ、それでもあかねの身の回りには肩こりに悩むクラスメートは少なくない。休み時間に気持ちよさそうに肩を揉まれている友達を見ることもしばしばだ。
 あかね自身はといえば、まずその心配はない。武道家としての家督を継ぐ以上その鍛錬が必要で、毎日ロードワークを欠かさない。肩こりの原因となる運動不足というものが、そもそもあかねには起こりえないのだ。
(・・眠いなぁ)
 ひとりで朝早く家を出てきたあかねは、あくびをすると眠そうに目をこすった。いつもは遅刻寸前になりながら学校まで一緒に駆け抜ける居候兼許婚は、今は隣にはいない。気持ちよさそうに布団にかじりついている姿を一瞥してから、あかねは一人家を出てきたのだ。
 今日あかねは、日直の当番だった。
 びゅうっと強い風が通り過ぎる。あかねは思わず目を閉じて肩をすくめた。後ろの方で、空き缶が飛ばされる音が乾いた空気の中でやたらと大きく響いた。
「あ、あかねさん」
 震える声で呼びかけられて、あかねは振り返った。
 寒さで震えるというよりもむしろ地声が震えている声なのだと言っても過言ではない人物・・・五寸釘光だった。あかねは柔らかく微笑むと挨拶した。
「おはよう、五寸釘くん」
「おはようございます、あかねさん」
 五寸釘は何故か恐縮したように挨拶すると、あかねにこう尋ねた。
「今日は、早乙女クンは一緒じゃないんですか?」
「うん、気持ちよさそうに寝てたから置いてきたの。別に乱馬は当番でもないし」
 優しさのこもったあかねの言葉に五寸釘がよろめく。
「あの、あかねさん・・まさか・・」
 あかねは五寸釘がどうしてそんなに驚いた顔をしているのか、不思議そうに見た。五寸釘は大袈裟によろめくあまり、どんと後ろの壁にぶつかってしまい、あかねは大丈夫かしら、と心配になった。しかし、その心配も次の五寸釘の台詞の所為でぶっとんでしまった。
「早乙女クンと一緒に寝てるんじゃ・・」
「ええっ!?」
 五寸釘の言葉にあかねは焦って顔を赤くすると、そんなわけないでしょっ!と声を荒げた。すると、五寸釘はほっと胸をなでおろした。
「ああ、よかった。一時はどうなるかと・・」
「どうなるかと思ったのはこっちよ!五寸釘くんたら、一体どう聞いたらそう言う風になっちゃうの?」
「だって、あかねさん・・」
 五寸釘はあかねの剣幕にびくびくしながら、おずおずとこう言った。
「早乙女クンが気持ちよさそうに寝てたなんて言うから・・」
「あ・・」
 言われてあかねは、確かにそれはそうだと思う。
 同じ屋根の下に暮らしていても、同じ部屋で暮らすか、故意にあかねが乱馬の部屋にいかなければ乱馬の寝顔を見ることはできない。毎日あかねは乱馬を起こしに行くのが習慣になってしまっていて、今日もつい乱馬の部屋の前まで歩いてきてしまってから乱馬を起こす必要がないことを思い出したのだった。
 何の気もなしに毎日やっていることが、意外にも大胆なことだということにあかねは改めて気づかされる。
 そもそも普通の恋愛なら、朝の寝顔を見られるのは恋が叶ってからのことだ。
(やっぱり、変な環境だわ。うちって)
「ごめんね、五寸釘くん。誤解させるようなこと言っちゃって。」
 あかねは五寸釘にそう言うと、五寸釘はいえそんな・・とまた恐縮したように体を小さくさせた。しかし恥ずかしそうなあかねを見て、見かねたように五寸釘はこう言う。
「あ、あかねさん。当番なら、早く行ったほうが」
 あかねに恋心を寄せる五寸釘としては、あかねに困った顔をして欲しくないと言うのも当然だ。しかし、あかねはそう言うところが疎く、乱馬の言葉でいえば『鈍く』て、五寸釘のそんな焦がれる想いに少しも気づかない。ただ、五寸釘の優しさにだけは応えられるようににっこり微笑んでみせるだけで精一杯だ。
「そうね。ありがとう、五寸釘くん。またあとでね」
 あかねは五寸釘にそう言うと、スカートを翻して学校へ急いだ。五寸釘はあかねの後姿を幸せそうに見つめていたが、あかねはすぐに視界から消え去ってしまった。
 
「うわーやべぇっ!」
 起床時刻を30分も過ぎた時計を見て、乱馬は掛け布団を振り払うと飛び起きた。ナルトの柄の寝巻き姿から素早くチャイナ服に着替えると、どたどたと廊下を走り抜ける。
 走りながら乱馬はぶつぶつと悪態を吐いた。
「あかねのやつ、なんで起こしてくれなかったんだ?ったく、つめてーやつだ・・と。そうか。あいつ今日日直だったっけ」
 とりあえずパンだけでも齧っていこうと居間に寄ってみると、きちんと乱馬の朝食が卓袱台に載っていた。かすみがのんびりと笑う。
「温めなおす?乱馬くん」
 おそらくきれいに盛られているハムエッグのことを言ってるのだろう。乱馬は焦って、それでも恐縮したようにこう答えた。
「い、いや、かすみさん。遅れるんで、パンだけもらいます。すみません」
 乱馬は食パンだけ手にとると、再び縁側から玄関へと走ると、いってきまーす!と声を上げて門をくぐった。
 いつもいつもあかねに起こしてもらうことに慣れきっているので、たまにこういう風にあかねだけが先に行くような用事ができるとと乱馬は起きれない。
「やべーな。間に合うかな」
 よっと掛け声を上げると、家の塀に飛び上がった。間髪置かず、塀からその家の屋根へ、それから屋根から屋根へと飛び上がって進む。乱馬は道なりに進むのでは間に合わないと思ったのだ。
「こう言うときは直線コースが一番いいって決まってんだっ!」
 ひょいひょい、と身軽な体を進ませながら、乱馬は屋根渡りを続けた。すぐに学校が見えてきて、校舎の時計の時刻を確かめようと目を眇めたときだった。
「ニーハオ!乱馬ーっ!」
「げっ、シャンプー!?」
 唐突に現れたシャンプーに抱きつかれ、乱馬はバランスを失って屋根から転げ落ちた。

「で。結局遅刻したってわけ」
 呆れたように大介が乱馬にそう言った。
 1−Fのクラスはすでに1時間目の授業が終わって、休み時間に入っていた。乱馬はその休み時間にクラスに入ってきたところを、大介に捕まえられ、乱馬は大介に遅刻の理由を話したのだった。
 一緒に話を聞いていたひろしが大介とあまり変わらない表情で乱馬を見下ろしている。乱馬は席に座ってしまったので、ひろしは隣の席の机に寄りかかるように座っていた。
「そういや、一緒にきてるあかねは、今日は日直だったな」
 ふと、大介は教室の前のほうを見てそう言う。
 あかねは板書された黒板を丁寧に消していた。チョークの粉が少し、宙を舞っている。窓際の女子が、気を利かせてカラカラと窓を開けている。冷たい風が入り込んできて、クラスメートたちはぶるっと体を震わせた。
「あ、なるほどね」
 大介にひろしもつられたようにあかねを見た。
 二人は途端にニヤニヤと乱馬を見始める。乱馬は、二人の視線に嫌なものを感じて、ひやりと背中が冷たくなる。
「な、なんだよ・・お前ら変な笑い方して・・」
「乱馬、胸に手を当ててよぉっく考えて見ろよ。な?」と、ひろし。
「お前はまたずいぶんと俺たちが羨ましく妬ましく、それでも微笑ましく思う事実を俺たちに隠してないか?」と、大介。
 二人はそれぞれ乱馬の肩に手をやってそういうので、乱馬は訝しげな顔をしながらも腕を組んで考え込んだ。
「なんだよ。んなもん全然思いつかねーよ」
 考えるのもめんどくさくなった乱馬は、ふてくされるように二人にそう言うと二人から逃げようと席を立つ。が、二人はそろって乱馬の腕をつかむ。
「わ?なんだよなんだよ??一体なんだってんだ?」
「乱馬、お前」
 大介は高くもなく、かといって低くもない声でそう言った。それに続けてひろしが乱馬に詰め寄ると一言、こう言った。
「天道あかねに毎日起こしてもらってんだろ」
 大介とひろしの言葉に、クラス中が反応した。一斉に女子はあかねに、男子は乱馬の方に視線を向ける。
 あかねはちょうど黒板消しを黒板のレールに置いて、手をはたきながら振り返ったところだった。教室中の女子が好奇の目であかねを見つめている。あかねは訳がわからなかった。ひろしの声はあかねまでは届いていなかったのだ。
「ちょっとぉーあかねってば!」
「乱馬くんのこと好きじゃないなんてって言ってたくせに!」
「毎日起こしに行ってんの?」
「やっさしいんだー!」
 クラス中の女子がはやしたててくる。あかねは一気に顔を赤らめた。
「なっななな、なに言ってんの!たまにお姉ちゃんが起こしてきてっていうから、それだけよ!」
「どうかなぁ〜!毎日毎日じゃないの?」
「そういうのって結構習慣化しちゃうんじゃない?」
 ぎくり。
 あかねは身を小さくして更に顔を赤らめた。本当にそうだったのだから。
「やだ、マジ?あかね」
「すっかりお嫁さんだね〜あかねってば」
「なんて言って起こしてるの?」
「乱馬くんって寝起き悪そうだもんねー」
「寝ぼけて抱きついちゃったりして!」
 きゃーっなどと悲鳴をあげつつ、女子たちの想像には限りがない。そんな中、あかねは顔を赤らめながら、一つ心に決心をしていた。
(乱馬なんて、もう起こしてやんないっ!なんであたしが毎朝毎朝あいつなんかを・・)
 一方、男子の方は壮絶だった。乱馬の羨ましさ、妬ましさに、吠えるやつがいるかと思いきや、泣くやつまで出てくる始末だ。
「乱馬、仮にもお前は天道家の居候の身分で・・」
「嫁入り前の娘になんちゅーことを・・」
「羨ましすぎて涙も出んわ」
「許婚っていいよなぁ・・」
「俺も嫁さん欲しい・・」
 乱馬もあかね同様、今更ながらに恥ずかしくなったのか顔を赤らめていたが、いつもの口の悪さは健在だった。
「ばっ、ばっかやろ!あんなかわいくねー女に毎朝起こされても、全然嬉しくねーよ!」
 そう言い放った乱馬の顔には次の瞬間、黒板消しが飛んできたのだった。

「と、言うわけで、乱馬。明日から自分で起きてよね」
「わーってるよ!」
 帰り際、二人はそう言うと顔を赤らめた。実際、習慣化していて別に普段どおりと思っていたことが、意外にも恥ずかしいことだと知って二人はぎくしゃくしていた。
 恥ずかしそうにうつむいたままのあかねと、同じく顔を赤らめ空を見上げながらフェンスを歩く乱馬。乱馬はちらりとあかねを見て、すぐにまた空に視線を戻す。
(こんなことになるなんて、思いもしなかったぜ・・)
 フェンスの上を歩きながら、乱馬は人知れず不安に眉を顰めた。
(起きれっかなぁー・・明日)
「だいたい、小学生でもあるまいし朝起きれないなんて。恥ずかしいと思いなさいよっ!」
 乱馬の不安をよそに、あかねは乱馬にそう言い放った。乱馬はむっとしてあかねにべろべろと舌を出すと、
「けっ!いっつもかわいくねー起こし方する奴がいなくなってせいせいするぜ!」
とあかねに向かって悪口を叩く。今まで起こしてもらっておいて、なんて言い草だろう。しかし、乱馬はこういう事を平気で言うのだ。あかねはその度にかわいい顔を怒りに歪ませる羽目になる。
「なんですって?」
 言うが早いか、あかねは乱馬の足元にものすごい速さで足を繰り出した。フェンスに乗っている乱馬の足元目掛けて足を振り上げたために、スカートがふわりと舞う。しかし乱馬はひょいとその足を避けて、すとっと道路に飛び降りた。優雅な動きだ。男ながらの筋肉と瞬発力がなせる技だ。
 あかねはそれを悔しそうに目で追う。自分の後方に飛び降りた乱馬に、すばやくあかねは体を向ける。
「あんたねっ、今まで起こしてあげたあたしにそんな口の聞き方していいと思ってんの?」
 あかねから繰り出される足蹴りや拳を、乱馬はまるで踊るようなしなやかな動きで避けてしまう。余裕そうに微笑みすら浮かべて、まるでそれを楽しんでいるかのように。
(実際、楽しいのかもな)
 乱馬は人知れずそう思っていた。
「あかねの蹴りなんかにこの俺がやられるわけねーだろー!」
「待ちなさい乱馬っ!」
 傍目から見ればまるで兄妹とも姉弟とも見えるような他愛のない喧嘩。二人がそれくらいの喧嘩で壊れる関係でないこともまた事実。
「待ちなさいったら!」
 あかねの声が夕暮れで赤く染まった空に響き渡った。

 翌朝、ぱたぱたと階段を下りて居間に向かうあかねの姿があった。玄関から居間に通じる廊下を抜けると、居間で新聞を読む早雲が座っていた。
「おはよう。お父さん」
「おはよう、あかね」
 早雲は新聞を下げてあかねを見ると、そう言った。それからまた、新聞を読み始める。居間にはまだ早雲しかいない。卓袱台にはまだ食事の用意が整っていないのか、まばらに皿が並んでいる。
 あかねは鞄をとりあえずそこにおいて、台所に行った。
「お姉ちゃん。お皿運ぶの手伝うよ」
「ありがとう、あかねちゃん」
 かすみはゆったり笑うと、きれいに盛り付けた小皿やお椀をお盆に載せていた。そのお盆をあかねに手渡す。
「お願いね」
「うん」
 あかねはお盆を運びながら、乱馬のことを気にかける。
「やっぱり、起きれてないかな・・」
 居間であかねはお盆の料理をそれぞれの位置に置いていると、なびきが降りてきた。
「おはよう」
「はい、おはよう」
 早雲があかねの時と同じように新聞を下げてなびきに挨拶をした。そろそろ食べられる頃合だと思ったか、早雲は新聞を畳むと横に置いた。
 なびきはいつも座っている自分の位置に座ると、料理を置いて回るあかねを見ながらこう言う。
「あら、あんたこんなことしてないで、乱馬くん起こした方がいいんじゃないの?」
「お姉ちゃん、起こしてきてやってよ」
 あかねはそういいながら、皿を置いている。
「なぁに?また喧嘩?」
 しょうがないな、と言うようになびきはもう一度立ち上がりながら、あかねの表情を窺う。しかし喧嘩のときのような険しい表情をしている感じではない。
「違うけど・・」
 言い訳のようにそう言うあかねに、なびきはまあいいわ、と言い残すと乱馬の部屋に向かった。あかねは、なびきが割合素直に従ってくれたことに少しほっとしながら、皿を置いていった。
「あかね?喧嘩でないなら、どうして乱馬君を起こしてやらんのだね?」
 不思議そうに早雲があかねに尋ねた。あかねは料理を置き終えて立ち上がると、ちょっとね、と呟くように言う。早雲はあかねの複雑そうな顔を読んで、これ以上聞くのは無駄だと思ったのか、そうか、とだけ言った。
 あかねはお盆を戻しに台所に戻ると、かすみが味噌汁を人数分注ぎ終えたところだった。
「ありがとう、あかねちゃん。後は私がやるから」
「うん、わかった」
 あかねはお盆を置いてから居間の方へ歩いていると、上機嫌に階段を下りてくるなびきを見つけた。
「あ、お姉ちゃん。乱馬起きたの?」
「起きた起きた」
 嬉しそうににっこりと笑いながら、なびきはあかねにそう言った。あかねはなびきの上機嫌な顔を不思議そうに見ていると、今度は階段からどすどすと足音が聞こえてくる。
「あ、乱馬?」
 ほっとして、あかねは乱馬を見上げると、乱馬は既にチャイナ服に着替え終えている。これなら遅刻しないで済みそうだと思いながら、ふと乱馬のむっとした表情に気付いてあかねは首を傾げた。なびきとは正反対の、不機嫌そうな顔。
(一体、どうしたのかしら?)
 あかねは対照的な二人の表情を訝しげに見ていると、なびきが手を出しながらこう言った。
「じゃ、今日のモーニングコール代、2000円でいいから」
「何考えてんだお前はっ!」
「何よ、この私がせっかく起こしてあげたのに、その言い草」
「あのなぁ・・」
 さすがの乱馬もなびきのこの性格には敵わない。悔しそうになびきを見ている乱馬を、なびきはふふん、と笑ってみせる。
「そんなに私じゃ嫌なんだったら、頭下げて、ちゃんとあかねに頼むのね。朝俺を起こしてくださいって」
 なびきの言葉に、乱馬とあかねの顔がかっと赤らむ。
「なっ・・なびき!?」
「お姉ちゃんっ!?昨日のクラスのこと知ってるのっ!?」
 咄嗟にそう言ったあかねを、なびきはははぁんと笑う。
「昨日のこと?なんにも知らないけど、さっきのあかねの言葉からすると予想はつくわね。あかねが乱馬君を起こしてあげてることがばれたんでしょ?」
 何にも言えなくなって二人は固まってしまう。なびきは、心底、分かりやすい二人だと心の中で笑う。
「許婚なんだから当然なのにねぇ?」
 もっとからかってやろうというなびきの悪い癖が出て、なびきは言い捨てるようにそう言うと居間の方へ一人歩いていってしまう。その後ろ姿に、二人は慌てて言い返した。
「そんなんじゃないったら!」
「誰がこんなかわいくねー女と!」
 なびきはくるりとそんな二人に振り返って、もう一言言ってやった。
「あんたたち、遅れるわよ」
 二人はその言葉にはっと我に返ると、居間へ向かってどたどたと走り始めた。その後をなびきは悠々と歩きながら、本当扱いやすいんだから、と笑った。

「ったく・・どーすっかなぁ・・」
 せっかく遅刻を免れたと思いきや、乱馬は授業中だというのに屋上で日向ぼっこをしている。まあ、将来武道家を志すという彼に勉学に励めというのは無謀なことなのだろう。
「毎日2000円をぼったくられたんじゃ身がもたねぇし。かといってなぁ・・」
 ぶつぶつと独り言を呟きながら、乱馬は腕を組んで考え込んでいる。どうやら朝寝坊対策を考えているらしかった。
「親父は思いついたように朝の特訓しやがるとき以外は当てにならねーし。早雲おじさんに言えるわけねーだろ?んでもって、かすみさんだって朝は一番忙しいから頼めるわけねーし・・」
 乱馬はうーんうーんと唸りながら考え続ける。
「しかし、このままだと俺はなびきの金づるになっちまう・・そっそれだけはいやだっ!なんとかしねーと・・」
「乱馬」
 いきなり呼ばれて、乱馬はびっくうっと体を震わせた。振り返ってみるとあかねが屋上のドアを開けて立っている。
「こんなところにいたのね。何やってんのよ、授業ほっぽりだして」
 呆れたような表情で、あかねが乱馬に近づきながらそう言う。乱馬はあかねの問いには答えず、誤魔化すようにこう言った。
「お前こそなんだよ、めずらしーな。授業どうしたんだよ?」
「今は休み時間よ。チャイム、聞こえなかった?」
 あかねは事も無げにそう言うと、乱馬の隣に腰を下ろす。あかねのスカートがふわりと風を含んでから広がっていく。
「あれ、そうだっけ」
「何?チャイム気付かないほど考え事してたわけ?」
 あかねが面白そうに乱馬の顔を覗き込む。乱馬は慌ててあかねから顔をそらすと、もう一度腕を組みなおしてこう言った。
「俺だって悩みくらいあらぁ!」
「どうせくだらないことでしょ。明日っから朝起きられるか、とかね」
 あかねは何の気もなしにそう言ったのだが、乱馬のほうは図星を指されてぎくりと体を硬直させている。
「あれ、図星?乱馬」
 あかねは吃驚して驚いた目を乱馬に向ける。答えずそっぽを向いたままの乱馬を見て、あかねは笑いたいのを堪えた。
(そんなつまんないこと考え込んで・・)
 くすくすっとあかねは声を押し殺して笑っていると、乱馬がぽつりとこう言った。
「やっぱ・・お前しかだめみたいだ・・」
 乱馬の言葉に、あかねはどきりと心臓の鼓動が飛び上がった。
(今、なんて・・・?)
 あかねは乱馬の表情を読もうと乱馬をみつめるが、乱馬は一向にこちらを見ようとしない。あかねは緊張して、抗えない乙女心に身を任せながら、乱馬の言葉を待っていた。
「なあ、あかね。明日っからまた、俺を起こしてくれよ」
 ふっと振り返った切なげな表情の乱馬。あかねはもう心臓が壊れてしまうのではないかと思うほどどきどきと高鳴る鼓動を、押さえるように胸に手を当てる。
 赤く火照る顔を隠すようにあかねはうつむくと、呟くようにこう言った。
「い、いいよ。別に。いつもに戻るだけだもん」
「ほんとか?」
 嬉しそうに微笑む乱馬。それは邪気の無い笑顔そのものだ。あかねは少しだけそんな乱馬の顔を見るとすぐに顔を逸らす。見とれてしまいそうだったのだ。それくらい、眩しい笑顔だったのだ。
「ほんとよ」
「へへ、よかった」
 安心したのか、乱馬はあぐらをかいて頭の後ろで腕を組むとこう言った。
「いやー。やっぱがさつなお前に起こしてもらうのが一番手っ取り早いって思ったんだよなー。あーよかったよかった」
 邪気の無い笑顔はどこへやら。乱馬はわはは、と笑うとそう言った。あかねはぴきぴきっと乱馬の言葉に反応して拳を握り締める。
「人に頼み事をしておきながら・・」
 あかねの、ぐっと握った拳が乱馬を直撃する。
「そんなことしかいえんのかーっっ!!」
 あかねの怒りの鉄拳が乱馬を空に飛ばしてしまった。
 残されたあかねはむっつりと顔を歪ませたまま、飛ばされた乱馬からふんっと顔を逸らしたのだった。
 一方、あかねの背後では、こんなやり取りがされていた。
「あーあ、せっかくいいところだったのにね」とゆか。
「ま、でも乱馬ってあんなやつだし」と大介。
「しょーがねぇヤツだ、相変わらず」とひろし。
「つまんない。教室戻ろっか」とさゆり。
 屋上のドアの影で、乱馬とあかねを見守っていたのはクラスメートのゆかとさゆりとひろしと大介だった。

「乱馬ーっ!朝よ!起きなさいよっ!」
 乱馬を空に飛ばした翌朝、あかねは約束通り乱馬を起こしに乱馬の部屋へ入った。からりと襖を開けると、布団に包まったままの乱馬を見つけてあかねは呆れ顔になった。一応時計は置いてあるが、きっちり目覚ましのボタンが押さえられた状態になっているところを見ると、無意識に目覚ましを止めてしまったらしい。
「もー・・いいかげんに起きてよねっ!」
 あかねはぐっと布団を握ると乱馬から布団を引っぺがそうとした。が、あかね自身がその掛け布団を踏んづけていたので、あかねは布団に足を取られてよろめく。
「あっ!」
 あかねは慌てて体勢を整えようと踏ん張ったが、その努力も空しくあかねの体は乱馬の体の上に落ちていった。
「ぐえっ!」
 蛙が潰されたような声を上げて乱馬はゆっくり目を開いた。すると、あかねが自分の上に乗っかってるのを見て、乱馬は呆れた目であかねを見つめた。
「・・なにやってんだよ。俺は起こせとは言ったけど、乗っかれとはいってねーぞ」
「何よっ、あんたがさっさと起きないからでしょ!」
「あのなっ!どーせおめーのことだから自分でドジ踏んだ結果だろうが!俺のせいにすんなよ!」
「なんですってぇ?!起こしに来てやったのに、何よその言い草っ!」
 そこまでいつもの口喧嘩をしてから、二人は視線を感じてあかねは襖のほうを、乱馬は隣に寝ているはずの玄馬の方に目をやった。
 二人の予想通りに、玄馬は起きて二人を見下ろしていたし、襖の方からは天道一家が二人を見つめている有様。
「いいかげん、離れたら。二人とも」
 なびきに呆れた声でそういわれて初めて二人は自分達の体勢に気付いたのか、二人は慌てて飛び起きるとそっぽを向いて正座する。顔を二人とも赤らめて。
「ま、仲がいいのはいいことだ。はっはっは」
 早雲がそういいながらその場を去っていく。
「いい許婚をもって幸せだな、乱馬」
 玄馬も長居は無用と思ってか、早雲の後を追うように部屋を出て行く。
「あかねも乱馬君も、早く降りてご飯食べなさいね」
 相変わらずマイペースな言葉を残し、かすみも下に下りていく。
 あかねは顔を赤らめたまま立ち上がると、そそくさと乱馬の部屋から出て行った。乱馬はあかねのそんな姿を見送ってから、照れ隠しのように頭を掻いて立ち上がる。と、そういえば一人まだ気配がすると思って、廊下の方に目をやるとなびきがまだ何か言いたそうに黙って乱馬を見つめている。
「・・なんだよ」
「別に。・・あかねは騙せても私は騙せないからね」
 意味ありげに微笑みながらなびきはそう言う。余裕そうに襖に体を預け、腕を組んでいる。乱馬はそんななびきにぎくりとしながらも、そんなそぶりを見せないように布団を畳み始める。
「なんのことだよ?」
「あんた、起きてたんでしょ」
 ぎくっ!
 硬直して、乱馬は布団を畳む手を止めた。それを呆れた顔でなびきは見やる。
(やっぱり・・いきなりあかねが乗っかってきたって言うのに、悪態をかませるほどの余裕があるなんておかしいと思ったのよね。)
 奥手な乱馬の行動パターンからすれば、悪態をつくよりも早くあかねから飛びのいていたか、あるいは、焦った顔をしていたはずだ、となびきは踏んでいたのだ。しかし、実際はそうはならなかった。乱馬は余裕そうに悪態をついていた。ということは、そのときに起きたわけではないってこと。
 つまり、『既に起きてあかねを待っていた』ってこと。
「あかねには内緒にしといてあげるけど。2000円で」
「き、汚ねぇぞなびき!」
 焦って乱馬は最後の強気を振り絞ってそう言ったが、なびきはそれを打ち砕くかのような台詞を吐く。
「どっちが?」
 うっと詰まった乱馬に詰め寄り、なびきはにっこり微笑む。
「どっちが汚いのかしらね?乱馬くん?」
 それだけ言うと、なびきは部屋を出ると足音を立てながら階段を降りていく。それはそれは、軽快な足音だった。
 乱馬はその足音を聞きながら、がっくりと肩を落としたのだった。



おわり


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☆らんま1/2 スタッフ名鑑 <山口勝平さん編>☆

この人が声を当てていなければ、こんなにはまっちゃいないでしょうって感じ。
メロメロです。死語ですか。いやもう、表現できないくらい好きです(笑)
映画のやつが特に好き。声に関してはどっちも。
桃源郷(1992年放映)の話は手元に無くて(LD買っちゃったからね・・)
久しぶりに借りて見たらやられました。ずきゅーんと(笑)
ほんと、上手いよなーって思っちゃいます。
シナリオはこの話当時あまり好きじゃなかったんだけど、ね。
ま、この話は考察にでも今度また(笑)
戦ってる時の声と、あかねって叫ぶ声が大好きです〜vv
犬夜叉やってても「あかね」って言っちゃうらしいので、すごい嬉しかった・・・vv(笑)


あっと余談ですが。
タイトルですが、同名のコミックスとは何等関係はありませんので(笑)
語呂が良くて使っちゃいました。(てへ)
読んだ事無いのにね・・今度古本屋で買ってみようかなぁ〜。
2002/03/09