さくらひめ
―桜ってあかねみたいだな。
最近は暖かな日が続いていた。
春が近づいてこんなにも変わる気温の変化に驚きつつ、あかねはトレーニングウェアを薄手のものに着替えて家を出た。
「いってきまーす!」
朝のトレーニングはまず町内のジョギングから始まる。
家の前の道路を抜けると、フェンスで囲っている川辺の道路にぶつかり、そこからしばらく直線コースだ。家々から零れ出る木の枝を見つめながら、あかねはひとつの大きな桜を見つけた。
「大きな桜の木・・」
あかねは思わず立ち止まってその桜の花に見入った。
普通の家屋の庭にあるには不自然なくらい大きな桜の木。その枝には白い小さな花弁の集まりが向こうの視界を遮るように埋め尽くしている。
「きれい・・」
ほう、と息をついて、はっとあかねは我に帰る。こんなところで一休みしていたら、トレーニングにはならないではないか、と思い直し、あかねは再び足を走らせ始めた。
あかねの立ち止まったところに、桜の花弁がひらひらと舞い落ちていった。
「ねぇ、今日お花見しない?」
早速、あかねは朝食を食べながらそう言った。
今日は休日で、朝食の時間は普段よりも遅めだ。時計を見ると、もうすぐ9時を指そうとしている。いつもは制服姿のあかねとなびきはラフな普段着で、それ以外はいつもの朝食の風景と全く変わりない。
「花見ぃ?」
隣でご飯をがっついていた乱馬がまずあかねの言葉に反応した。
「おめーはいっつも言うこと言うこと突飛だなぁ・・」
「何よ。別にあたし乱馬に言ったんじゃないもん」
つんと顔を逸らして、あかねがそう言うと、乱馬も同じく不機嫌そうにあかねを見やる。
「・・かわいくねぇ女」
「なんですってっ!?」
箸を置いて、がたっと立ち上がろうとしたあかねに、かすみがのほほんとこう言った。
「いいわねえ。お花見。お弁当もって外で食べるのもたまにはいいわよね」
早雲が浮き立った声で玄馬にこう言った。
「早乙女君!花見と言えば酒だよね!」
「だよねだよね、天道君!」
玄馬も嬉しそうにその早雲の言葉にノッている。
「ったく・・いい気なもんだぜ」
乱馬は呆れたように玄馬を見やった。
「じゃ、決まりね!」
あかねが嬉しそうにぱん、と手を打った。が、そんなあかねになびきが冷めた口調でこう言った。
「水を差すようで悪いけど、どこでやるの?今日って満開宣言でてんのよ?」
「え・・」
あかねは吃驚したようになびきを見つめなおすと、なびきはやれやれ、とも言いたげな仕草でテレビのリモコンで電源を入れた。
テレビが無機的な音を鳴らしながら映りはじめる。
テレビの画面には満開の桜の下で、場所取りに混雑している公園の姿が映し出されていた。
「やだ、こんなに?」
あかねは吃驚したように手を口に当てると言った。
「あらあら・・これじゃ近所の公園も怪しいわねぇ・・」
困ったように手を頬に当てながらかすみはそう言う。早雲も玄馬もがっかりしたように画面を見つめている。
「だから、突飛だって言ってんだよ」
乱馬がそれみろ、とでも言いたげにあかねにそう言った。
「なによ。満開宣言出てるなんて知らなかったんだもん・・」
語気はさっきよりも弱くなっていて、あかねは心底がっかりしたようにそう言った。
「残念ねぇ・・」
かすみも少しあかねの提案に名残惜しげな表情を見せていた。
そんな家族を一瞥したなびきが、いい提案があるんだけどな、とにんまり微笑んだ。
「天道なびき。おさげの女と天道あかねだけのはずが、何故こんな大所帯になっとるんだ?」
九能家邸宅前。天道一家、早乙女一家はいざしらず、乱馬を追って加わったのはシャンプーと右京というおなじみのメンバーが九能家門前に到着していた。
予想とは遥かに違う一団を見た九能帯刀が、端正な顔を歪ませながらそう言うのも無理はない。
「固いこと言わないの。お花見は大勢でやった方が楽しいに決まってんでしょーが」
なびきはもっともらしいことをいいながら、お邪魔するわよ、とだけ言い捨てて中に入っていく。ついでに、天道家と玄馬もなびきにつられた様について行く。
「そうね!花見はみんなで楽しくやるものね!ね、乱馬」
うきうきと嬉しそうに女になったらんまの腕を取るのはシャンプー。負けじと逆側で女らんまの腕を取るのは、右京だ。
「だいたい、なんでお前までついてきてんねん、シャンプー」
右京はシャンプーを睨みつけながらそう言うが、シャンプーも負けじと睨み返す。
「それはこっちの台詞ね」
火花を散らす二人の間で、離れろよっ!と腕をばたつかせるらんま。
あかねはそれを呆れたように見つめると、
「先、行くからね、乱馬。どーぞごゆっくり」
といい、前に進みかけた。と、真正面からぎゅうっとばかりにあかねを抱きしめて来たのは九能先輩だった。
「愛しの天道あかね。僕のためにわざわざ家まで押しかけるとは・・なんと可愛らしい奴。さぁっ、今すぐ清い男女交際を始めようではないかっ!」
「ていっ」
あかねは足を垂直に振り上げて、九能先輩の顔面を足で潰した。よろろっ、と先輩がふらついたところを、あかねはころっと声を変えて九能先輩におねだりした。
「九能先輩、桜がきれいに見えるところ、教えてほしいなっ」
「よかろう。天道あかねの頼みとあらばっ」
はっはっは、と天晴れ、と書かれた扇子を開いて、九能先輩はあかねを連れ立って奥へと入っていく。らんまは慌ててそれについて行こうと、二人から振り切って追いかけた。「待てよ、あかね!」
「待つね、乱馬!」
「乱ちゃん!」
二人も慌てて、らんまを追って九能家の敷居を跨いだ。
九能邸の桜並木に一番に到着したなびきたちは、鮮やかに咲き誇る桜を見上げて驚嘆した。
「へえ〜・・すごいわね・・」
なびきが珍しく、圧倒されたようにそう言った。
「すっごいねぇ、早乙女君」
「いや〜これはうまい酒が飲めそうだねぇ、天道君」
早雲と玄馬は顔を見合わせ、そう言った。
「まあ、すごい」
かすみはいつも通り安穏と驚きの声を吐く。
それもそのはず、九能邸桜並木は九能家本邸の横に一直線にその敷地を取られていた。つまり、本邸との長さ分の桜並木が続いている。そして、並木の傍らには池を設けてあり、池の中央には浮島がぽっかりと浮かんでいる。
その浮島からは枝垂桜であるソメイヨシノが水面に這うように広がっている。水面にはそのソメイヨシノの姿が美しく映っており、その桜の数を倍増させている。
まさに計算されたような庭園のようだった。
「どうだ、天道あかね」
浮島への掛け橋を案内しながら、九能は得意そうにそう言った。あかねはただただ感動して、桜いっぱいに広がる景色を眺めながら満足そうに頷いた。
「すごいですね・・」
「僕と交際すれば、こんなものいつでも見せてあげようぞっ」
懲りずに九能はあかねの肩をぎゅっと抱くと、すりすりと頬擦りをしてきた。あかねはぞおっと鳥肌を立てて、今度は鉄拳を繰り出そうとぎゅっと手に力を入れた、その時。
「こりねぇ野郎だなっ!」
らんまが九能に顔面へ足蹴りを食らわせた。九能は蹴られた状態のまま、はっはっは、と笑う。
「ヤキモチ妬きさんめっ!」
「誰が妬いとるかっ!」
らんまはもう一度蹴りを食らわせる。
九能のターゲットがらんまに移った隙に、あかねはそそくさとその掛け橋を渡った。橋の上で喧嘩を傍観しながらあんなところにいたら、いつ池に落とされるかわかったものではない。あかねは泳げないのだ。
「ふう・・」
あかねは一人浮島にたどり着いて息をついた。と、浮島の奥のほうで何か光ったような気がして、あかねは目を細めた。
「・・何かしら?」
あかねは、そっと足音を立てないようにその光った元へと足を進ませた。
浮島は岩でごつごつとしていて、足場が悪かった。あかねは転ばないように気をつけながら足を進ませていると、上からざざっと音がしてあかねは反射的に身構えた。
「誰っ!?」
「ああ、見つかってしまいましたわ」
ふわっと天女のような娘が桜の木から舞い降りてきた。頭には美しい模様の袿(うちぎ)を被り、平安時代の十二単のような着物を着こなした娘だった。
あかねは呆気に取られて、その舞い降りた娘を見ていると、娘はにこりと微笑んだ。
「私(わたくし)、さくらひめ、と申しますの」
九能との他愛ない応酬を繰り返していたらんまは、お腹が減ってきたのでかすみたちの元に戻ることにした。九能なら先ほど夜と昼間の境目のような空に蹴り飛ばしたので、しばらくすれば戻ってくるだろう。
らんまは並木の下にビニールシートを広げて、最早宴会が始まっているその敷地に靴を抜いで座り込んだ。
「乱馬っ、どこいってたか?特製の肉まん、冷めてしまうある!」
シャンプーがずいと肉まんを目の前に寄せたのをみて、らんまはありがてぇ、とその肉まんにかぶりついた。
横から、右京がお好み焼きを持って、こっちも食べてや、と微笑んでいる。
そんな両手に花の状態で、ふとあかねの顔が気になったらんまは、あたりを見回した。
「あれ・・?」
らんまのそんな様子に気付いたのか、かすみがらんまに近づいてきてこう言った。
「乱馬君、あかね、見なかった?」
「いや、見たんだけど・・まだこっちに戻ってねぇのか・・」
そういえば、掛け橋で見たのを最後に、あかねがどこに行ったのか良く分からなくなってしまったのを乱馬は思い出した。
「探してきます」
らんまはかすみの心配げな瞳に根負けして、そう言った。立ち上がった乱馬につられたように、シャンプーと右京も立ち上がる。
「私も行くね」
「手伝ったる、乱ちゃん」
(あかね、みつからなければ私と乱馬、二人っきりね)
(あかねちゃんには悪いけど、ちょっとの間引っ込んでてもらお)
それぞれの思惑を胸に、二人はにこりと好感のある笑みをらんまに向けるのだった。
そんな中、突然、地中が盛り上がる。慌てて、一人一人が料理を持ってそこから避けると、予想を違わず響良牙の登場だった。
「ここはどこだ」
「良牙・・おめぇは・・」
らんまは呆れたように良牙を見つめると、良牙はらんまを見て驚く。
「おかしい。ここは天道道場ではないようだが」
「ここは九能邸だ。ったく、お前ってやつは毎度毎度飽きもせず・・」
「おい」
良牙はらんまの言葉など最後まで聞きもせず、らんまにすごむような声を上げた。良牙の腕が乱馬の肩にずしりとのしかかる。
「なんだよ」
「あかねさんはどこだ」
らんまは言われて、鬱陶しそうに良牙の腕を払いのけると、
「だから、これから探しにいくんだよっ!」
とだけ言った。
「あかねさん、と言うの?」
さくらひめはにこり、と微笑んであかねにそう言った。あかねはそれに驚いたように目を見開いた。
「え、ええ・・まだ名乗ってないのに、どうして・・?」
さくらひめは、あかねに優しく微笑みかけながら答えた。
「桜を愛でる人の心ならば、私なんでも”見える”んですの」
そういうと、さくらひめはあかねの胸の前の辺りで両手を添えた。あかねの胸のあたりが桃色に輝くと、ぽうっと光を放った玉のようなものがあかねの体から出てきた。
「・・・?!」
吃驚してあかねが後ずさりすると、さくらひめは大丈夫、と微笑んで見せた。
「これはあなたの心。桜を愛でる心がこんなにあるってことなの」
「あたしの・・心?」
驚きを隠しきれずに、あかねはそう言った。
「素敵ね、とっても綺麗よ。あなたがあなたを大事にしてる証拠。同時に大事にされている証拠なの」
さくらひめはそういうと、その光を包むようにしていた手を広げた。開放された光の玉が、あかねの中に戻っていった。
「大事に・・されているって?」
あかねは不思議そうにさくらひめに問うた。さくらひめはあかねに意地悪するような瞳で笑うと、唇の前に人差し指を立ててこう言った。
「それは秘密。あなたがちゃんと理解するまで、私は何も話せないのよ・・私から話しても『知る』だけで『理解』したことにはならないから」
あかねは言われて、そうかもしれない、と思った。だから、素直に頷いた。
「で、さくらひめさん。ここで一体何を?」
さくらひめはあかねを見つめて、よくぞきいてくれました、とも言いたげな顔で微笑んだ。
「私、ここの桜の木とずっとずっと一人でいるんです。だからあかねさん、ちょっとの間でも遊び相手になってくださると嬉しいんですが」
あかねは言われて、そういうことなら、と笑って見せた。
「何をしましょうか?」
「かくれんぼをしましょう、あかねさん」
「あかねーぇ、あかねーぇ、返事をしておくれぇー」
早雲の虚しい呼び声が九能家庭園に響き渡った。もうあかねの行方が知れなくなって小一時間が経過しようとしていた。
「こんなに探してもいないなんて・・あかねったら帰っちゃったのかしら」
一緒になって周りを見ていたなびきが、かすみにそう言う。しかし、かすみはなびきの言葉に首を振った。
「さっき九能君にお電話借りて家に電話してみたけど誰も出ないのよ。だからそれはないと思うわ」
「そう・・」
なびきは仕方ないわね、という風に頭を掻くと、もう一回りしてくるわ、と言い残してまた歩き出した。
ビニールシートを広げた場所に、今度はらんまが戻ってきた。
「はい、乱馬君、お茶」
かすみはゆっくりとらんまに水筒のお茶を注ぐと渡した。らんまは頂きます、と言い、ぐいっと飲み干した。
「あの掛け橋の方を見に行ったんでしょう?あっちの浮島にはいなかったの?」
「ああ、そっちは最初に見たんだけど・・やっぱりいないみたいで」
「そう・・」
かすみは心配そうに頬に手をやった。らんまも段々と焦りが増してくる。
「浮島・・そうか、九能はどこいったんだっけ」
「ここだ」
「うわぁっ!」
らんまの背後にいきなり現れた九能に驚いて、らんまは仰け反った。
「人を蹴り飛ばしておきながら、どこにいったとはひどいぞ。おさげの女」
「なんだよ。いるならさっさと出て来いってんだよ」
らんまは理不尽なことをいいながら、拳を九能の顔面にぶつけた。九能は避けもせず、その拳を顔面で受け止める。
「で、おい、九能。あの浮島。何か謂(いわ)れみたいなもんねえのか?」
「謂れ?」
九能は腕を組むと、首を傾げた。
「ああ、あかねが消えたんだ。何か知らないのか?」
「ないこともない」
九能は腕を組んだまま、もっともらしくそう言った。らんまはそれを聞いて、よし話せ、と命令を出した。
「話したらデートするんだぞ。おさげの女」
「だぁ!いいからさっさと話せってんだよ!」
らんまはもう一度拳を九能に叩きつけた。観念したように、九能はふがふがと語り始めた。
「今を去ること百年前・・」
「ようやく喋る気になったか」
らんまも胡座をかいて、九能の話を聞く体勢に入った。
「この九能邸の庭園を造る際に、どうしても移すことが出来ない樹木があったそうだ」
「移すことができない?」
「もともと、ここは桜を植える予定ではなかった。しかし、その樹木がどうしても移動できなかったのでな、仕方なく、ここを桜の庭園にすることにしたのだ。その樹木は地下深くに根付いており、掘り出すことは不可能だと言われた。そして、その木を切り倒すこともできなかった・・その木は妖樹(ようじゅ)だったのだ」
「妖樹?」
らんまは不思議そうに問いただすと、後ろからの声がそれに答えた。
「妖怪が木に宿ったもののことを指すのだよ、乱馬くん」
そう言ったのは、早雲だった。隣で玄馬も驚いたようにこう言った。
「まさか、この世この時代に妖樹が残っておるとは・・」
らんまが振り返ると、いつのまにか後ろには全員が集結していた。
「その妖樹と、あかねがどう関係するっていうの?九能ちゃん」
なびきはあくまでも冷静な口調でそう言った。九能はなびきの問いに頷きながら答える。
「妖樹は自分に危害を及ぼすものを片っ端から自分に取り込んでいった。つまり、妖樹は・・」
「人を食らう木ね!」
シャンプーがずばりとそう言ったのに、その場にいた全員の呼吸が止まった。
次の瞬間。
「あかねあかねあかねぇ!!」
早雲が完全に取り乱した。
らんまはいてもたってもいられず、九能をひっつかむとそのまま浮島へと足を走らせた。九能は胡座をかいたままの状態で、らんまに引っ張られていく。
「おい、九能」
らんまはすたすたと足を走らせながら、九能に話し掛けた。
「なんだ、おさげの女」
「あかね、助けたいだろ」
「もちろんだとも」
「それなら、妖樹の場所、教えな」
らんまは掛け橋を渡りきると、ぺいっと浮島に九能を投げた。ごぉん、という音を立てて九能は頭から着地した。
「痛いじゃないか」
「いいから、早くしろっ!」
九能は文句も言わず立ち上がると、すたたっと足を走らせる。らんまも遅れをとらぬように九能についていった。
「実はな、おさげの女」
「なんだよ」
「僕は妖樹の場所を知らんのだ」
ごちんっと口より手が出るらんまは九能を頭から殴っていた。
「じゃあ、何で走ってたんだおのれはっ!」
らんまは苛々としながら九能をなじった。九能はさもありなん、という顔で「天晴れ」と書かれた扇子を開くと、
「お前と走ってみたかったのだ」
などと言う。
らんまはいい加減、この姿でいることは得にならないようだと思った。
「乱馬くーん、これは貸しにしとくわっ!」
「ぶはっ!?」
丁度いいタイミングで、なびきがやかんのお湯をかけてきた。
湯気の中から再び姿を現したのは、先ほどの小さな女の子ではなく、引き締まった体をした少年だった。
「へっ、やっぱこっちでねーとな」
意気揚揚と、乱馬はぐっと拳を作った。それを見た九能が愕然としながらも、乱馬に向かってくる。
「おのれ、早乙女乱馬!おさげの女をどこに隠したっ!」
「うるせぇっ!この役立たずっ!」
乱馬はくるっと体をひねると、そのひねりを戻すように足を繰り出した。女のそれとは比べ物にならないほどの威力の蹴りが繰り出され、九能はまたもお空のお星様になった。
「さて、妖樹ってどれだ?」
後ろからシャンプー、右京、良牙がようやく到着してきた。なびきはやかんをもってそそくさと帰っていく。
「乱ちゃん?妖樹の場所、わからへんの?」
「九能飛ばしてよかったのか?乱馬」
右京とシャンプーがそう尋ねてくるが、それには良牙が見越したように答えた。
「どうせ、あの野郎は場所を知らなかったんだろ?」
「ああ、そうだ。こっからは俺たちの腕の見せ所さ」
乱馬はそう言うと、身構えて神経を集中させた。
(妖怪ならば、どっかで妖気を発してるはずだ・・!)
―もーいいかい。
―まーだだよ。
―もーいいかい。
―もーいいよ。
「乱馬・・何か聞こえないか?」
シャンプーが耳に手をあててそう言った。右京も良牙もそれに応じたように頷く。
「声が聞こえる・・かくれんぼをしているような・・」
良牙が不思議な感覚に捉われたかのように、呆然とそう言った。
「あかねの、声か・・?」
乱馬は眉間に皺を寄せながら、意識を集中した。しかし、声の質感がまるで電波の届きにくくなった携帯電話のように聞き取れない。
「くぐもってて聞き取りにくいねん・・あかねちゃんのような、そうでもないような・・」
同じく右京もそう思ったか、そう言った。
そのとき、ざぁっと風が凪いだ。
桜がひらひらと舞い降りてきて、4人はその桜吹雪に圧倒された。美しい光景に、4人が4人とも心を奪われた。
「あれ?乱馬??」
再び4人が目を開くと、目の前にはあかねと、見知らぬ少女が微笑んでいた。
「あかねさんの、お友達ね」
にこり、と微笑んでさくらひめは頭を下げた。
「ごめんなさい。あかねさんをちょっとお借りしました。少し長すぎたようですわね」
4人は4人とも顔を見合わせた。話が違うような気がしたのだ。
「あの・・君は妖樹の・・?」
良牙がおずおずとあかねの身を案じて、そう言った。
少女は寂しそうに頷くと、そうです、と言った。
「妖樹・ひめざくらの化身、さくらひめ、と申します」
「あんたが、あかねちゃんを食おうとしとったんかいな?」
右京は愛用のコテをぐっと握るとそう言った。シャンプーも身構え、覇気を伴った声でこう言った。
「私以外あかね殺す、許さない。私の『死の接吻』受けてもらったからな。」
「ちょ、ちょっと!みんな何言ってるの?さくらひめさんと私、ただ遊んでいただけなのよ!」
「あかね!」
勢いのある声があかねの名を呼んだ。乱馬だった。
あかねは驚いて、乱馬のほうを見た。
乱馬が恐ろしいほどの形相で、さくらひめを睨んでいるのを見た。
「おめぇ、どれくらい遊んだか覚えてるか?たかだかかくれんぼで、どのくらい時間費やしたか知ってるか?」
「え・・?」
訳がわからず、あかねは答えることが出来ない。
「もう、一時間以上、お前はここにいるんだぞ?それ、分かってるか?早雲おじさんだって、もう気も狂わんばかりの取り乱しようなんだぞっ!」
「えっ・・なにそれ・・」
あかねは時間の経過が全くわからなかった。確かにそれは本当だった。しかし、それとさくらひめを詰ることには、どうしても繋がらない気がした。
「ご、ごめんなさい・・きっと遊びに夢中だったんだと、思うの」
「違うな」
乱馬はすっぱりとあかねの意見を突き放した。
「こいつが、あかねの感覚を無くしていたんだろ?自分に完全にあかねを取り込むために!」
「違いますっ!!私、あかねさんを取り込もうなんて全然っ・・!!」
さくらひめは驚いて乱馬を見上げた。震える体を何とか立たせて、さくらひめは乱馬を説得しようと懸命に声を張り上げた。
「ただ、あかねさんと遊びたかっただけなんです!本当ですっ・・!」
さくらひめは懇願した。乱馬に分かってもらおうと、何度も何度も頭を下げた。
「お借りしすぎたことは謝ります!どうか!どうか!」
「・・」
乱馬はここまで言われては何もいえなかった。あかねの方を見て、帰るぞ、とだけ不機嫌に言い放つ。
「さくらひめさん・・」
あかねはさくらひめの肩に手を乗せて、大丈夫?と声をかける。さくらひめはぶるぶると震えていたかと思うと、途端、木の化け物のように変化した。
「正体を現しやがったな!」
乱馬は振り返ると、身構えた。シャンプー、右京、良牙も、続けて体勢を整える。
「妖怪退治は武道家の務め!遠慮なくやらせてもらうぜっ!!」
―疑ウ心・・汚レタ心ヲ食イツクサン
―我ハ、美シキモノ以外を食ラウモノナリ・・
(・・!違う!さくらひめさんは・・やっぱりあたしを食らおうとなんてしてないっ!!)
「やめてぇ!」
あかねは四人が攻撃しようとした場所に飛び出した。乱馬、シャンプー、右京、良牙の情け容赦のない攻撃が、あかねの体を殴打するかに思えた。
しかし、さくらひめがその窮地のあかねを守った。さくらひめはあかねを妖術でバリアをかけた。一瞬の出来事だった。
そして、木の化け物に変化したさくらひめは、もとの美しい娘に姿を取り戻した。
「あ・・あかねさんっ!あかねさんっ!!」
さくらひめが心配そうにあかねの体を揺り動かした。あかねは、すぐに体を震わせると体を起こした。さくらひめが、ありがとう、とあかねの体を抱きしめた。
4人は4人とも、所在無さげに立ち尽くしていた。結局、全て思い込みだったのだ。
「あかねさん・・」
さくらひめは泣きながら、あかねを見つめていた。あかねはそんなさくらひめに、おどけるように笑って見せると、こう言った。
「ありがとう、って言わなきゃならないのはこっちかもしれないわ。だって・・」
(私はこんなに大切に思われてることが『理解』できたんだもの・・)
さくらひめはゆっくり立ち上がると、乱馬たちの方に歩み寄った。
「本当に、ごめんなさい・・」
最後にそれだけ、さくらひめは言った。
「皆さんを、元の場所にお返しします・・桜の花を、よかったらまた愛でてくださいね・・」
さくらひめがそう言うと、さくらひめだけがそこから消えてなくなった。
桜吹雪が、また何かを思い出させるように風に吹かれていた。
―後日。
天道家の縁側で、池のほとりにある松の木を眺めながら、乱馬は桜餅を食べていた。
「どうしたの?やけにおとなしいじゃない?」
その傍らに、あかねがからかうような声を上げて座った。乱馬は、あかねをちらっと見てから、すぐに視線を庭に戻した。
「なんで、分かったんだ?」
「え?」
あかねも、桜餅を食べながら乱馬を見つめた。
「サクラヒメが悪い奴じゃないって」
「ああ」
あかねは曖昧に笑うと、桜餅を食べ始めた。乱馬はそれに、ちょっと苛ついたようにあかねに言う。
「だって、あんな変貌したら疑うだろ、普通。なのに、お前・・」
「あのさ、乱馬」
あかねは桜餅を食べ終えて、ずずっとお茶をすすると乱馬に目を向けた。
「別に、あたし見抜いたわけじゃないのよ。信じたかったの。それだけよ」
「・・」
乱馬はそれに何も答えなかった。釈然としないようだった。
それを見たあかねは、苦笑いをする。
(あたしに見抜けて、自分が見抜けなかったのが悔しくてしょうがないって顔してるわ・・。子供なんだから)
「あのさ、乱馬」
「なんだよ」
ふてくされた子供のような顔で乱馬はあかねの方を見やった。
あかねは乱馬に微笑みながら、こう言った。
「また、桜見に行こうよ」
おわり
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☆あとがきぃ☆
花見の後、絶対書こう!って思ってた桜の話。
頭の中では「桜、きれいだった」っていう事実しかなくて(汗)
話にこじつけられるかとっても不安でした。
でもなんとかなってよかった・・(汗)
あと、冒頭の乱馬の言葉は、謎かけです。(笑)
どうしてそう思ったか、というのはちゃんと話の中で書くべきだったと思うのですが。
なんとなく・・この話の中で分かっていただけたら嬉しいかなぁと思いまして。
実際、花見しながら私自身が思ったことでもあります。
ご理解いただけたら幸いです。
「恋の懐古時計」以上の気に入る話はかけないかも、と思っていたんですが、
この話割と気に入ってますv
乱馬小説は感想来ないんで(汗)自分で愛でるしか方法がないんですよね。
生き物と同じなんですよ、小説も。
愛でてあげないと、死んじゃうんですもの。
この話のテーマは「愛し愛されるもの」です。
2002/03/25