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【らんま1/2】 |
| ■あなたの声が |
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裏の庭からは忙しない蝉の声。 熱中症にもなりかねないほど強い日差しがあらゆるものを照り尽くす。 庭の池で鯉がぱしゃん、と跳ねた。その音だけが涼しげであかねは、もう一度聞きたいな、と小さく呟いた。 水音に驚いたのか、それとも場所を変えるだけなのか、じじっと蝉が声を上げて遠い入道雲に向かって羽ばたいたのが見えた。蝉の声が一匹分減ったのだが、その声は途絶えることがない。 見るものは全て、夏休みの景色、一色である。 「もう一度聞きたいな、は乱馬君の声のこと?」 一つ上の姉のからかうような声で我に返ったあかねは、間髪おかずこう言い返した。 「なんであたしがあんな奴のことを」 あかねは、友達とプールから帰ってきたなびきを見上げ、むくれた顔を見せてそう言った。 「あら、可愛い顔。九能ちゃん、こんな顔も喜ぶのよねぇ」 なびきは丁度カメラを持っていなかったらしく、両手で四角を作り、被写体のアングルを確認する仕草をして見せた。呆れたようにあかねはこう言う。 「おねーちゃん、いい加減その隠し撮りやめてよね」 縁側に程近い場所で涼んでいたあかねは、読んでいた雑誌を閉じた。 「いいじゃない。減るもんじゃなし」 「そう言う問題じゃないの!」 あかねが思わず声に力を入れると、廊下からスリッパが擦れる音が聞こえてくる。 「まぁ、にぎやかね」 穏やかな微笑を湛えて登場するのは言わずと知れた、天道家長女かすみである。 「わ、スイカじゃない」 なびきが嬉しそうにそう言った。大方炎天下の下で泳いだ所為で、喉が渇いているのだろう。なびきは卓袱台にすとん、と腰を降ろすとかすみがスイカを置くのを待った。 「現金なんだから」 あかねはなびきにそうぼやくと、自分も卓袱台に体を向けて座りなおした。 かすみがゆったりと切り分けたスイカを卓袱台に置くと、なびきとあかねは声をそろえて、いただきまーす、と言った。それぞれ一切れをとり、口に入れる。 「あ、甘い。おいしいね」 あかねがそういうと、かすみは頷いた。 「ご近所の方に頂いたのよ。田舎から送られたんだけど食べきれないって。きっと採りたてなのね」 かすみも一切れ手にとり、口に運ぶと、ほんと、おいしいわね、と微笑む。 「でもさ」 しゃくしゃくと口に入れながら、なびきはお盆の上のスイカの量を見てこう言った。 「この量、うちでも食べきれないわよ」 お盆の上には大玉一個分のスイカが綺麗に切り分けられている。とても女3人が食べきれる量ではない。 「いつもなら足りないくらいなのに、こう言う時に限っていないなんて勿体無いわねぇ」 かすみがゆったりとそう言う。あかねはスイカを食べながら、しかたないじゃない、と言った。 「乱馬も、お父さんも早乙女のおじ様も、ついでにおじーちゃんまで武者修行に出かけちゃったんだから」 もくもくと食べているあかねを見て、かすみとなびきが顔を見合わせてため息をついた。 「ほんと、もう10日も経つのにねぇ・・」 いつもは大所帯で、ただでさえ騒がしい家族も、いなくなってみると淋しいのか、かすみは力のない声でそう言った。 「そろそろ帰ってくる頃だと思うんだけど、あかね、賭けしない?」 意気揚揚となびきがそう言ったが、あかねは一切れを食べ終えると、 「しない」 と仏頂面で返し、雑誌を持って自分の部屋に帰ってしまう。その姿を見つめながら、なびきは肩を竦めた。 「しかたないじゃない、って言ったやつが一番堪えてるくせに・・」 呆れたようになびきがそう言った。 あかねは部屋に戻ると雑誌を置いて着替え始めた。真っ白の胴着に身を包むと、自然と背筋が伸びる思いがする。昔から武道を志す者の習性だろうか。 あかねはお手製の刺繍を施したタオルを手にすると、道場に向かった。 「うわっ、あっつい!」 道場に入ると熱気のこもった空気があかねを襲う。いつもは道場の引き戸を開いて天窓を開けておくのは家長の早雲がやっているが、留守をする場合は後継ぎであるあかねの仕事だった。 引き戸を全開に開ききり、天窓を開き回るとそれだけで汗だくになってしまった。 道場がようやく準備が整って、あかねは道場の中央に立つと、ぎゅっと帯を締めなおした。 神棚に向かい、一礼する。 「やぁっ!」 拳を繰り出す。始めはゆっくりと、次第に早く。腕が慣れ始めたら今度は足だ。 「せいっ!」 鮮やかな蹴りが一閃した。くるりと体を反転させると、今度は逆足で蹴りを空中に打ち放つ。 「えいっ!」 今度は瞬発力をよくするために、手と足を織り交ぜた連続攻撃。リズミカルに空を切る音が響き、あかねの汗が光の礫のように煌いた。 ―女付きで修行になるか。 ―足手まといなんだよ。 急に脳裏に甦る憎らしいくらい飄々とした声に、あかねは思わず拳に力を篭めた。 「なによッ!乱馬の――・・」 シュッ! 最後の拳が繰り出されて、あかねはそのまま肩で息をしたまま静止していた。 暫くの間、あかねはその繰り出された拳を見つめていたが、やがてふっと拳を下ろす。 入り口に置いたタオルを手にすると、あかねは道場の壁に寄りかかるように座り込んだ。 「あんな風に言わなくたって・・」 あかねはそう言うと、タオルに顔を埋めた。泣いているわけではない。ただ、目に汗が沁みただけだ。 あの日も、あかねは乱馬と喧嘩したのだった。その日は八宝斎率いる無差別格闘流の山ごもり決行日だった。 そう、ほんの10日前の出来事である。 「あたしも行く!あたしだってこの道場の後継ぎよ!」 あかねは当然、そう言った。無差別格闘流と銘打たれた山ごもりに自分も参加する権利があると。いや、それはあかねにとって義務だと思った。 しかし、早雲も玄馬もあかねの意気込みをなだめるようにこう言った。 「さすが天道道場の娘、と言いたい所だがな、あかね。お師匠様の修行は並大抵の修行ではないよ。厳しいと言う意味ではなくて、常識的にね・・その・・」 早雲は師匠の手前いいにくそうにそう言った。以前、修行という名目で下着泥棒の手伝いだの、無銭飲食などを行ってきた早雲である。 (流石のお師匠様も、あかねにまさかそんなことを強要するはずが無いとは言え・・) 早雲も玄馬も思案していた。 (もしついてきたらついてきたで、あの殺人的料理の餌食にならんとも限らん・・) 玄馬は脂汗を隠しつつこう言った。 「あ、あかねくんにはお師匠様の修行はきっと不向きだよ。ねぇ天道君?」 「そうだよねえ、早乙女君」 親父二人が意味不明の笑い声を声高々に響かせている中、あかねが不服そうに佇んでいると、ひょいと姿を現したのは乱馬である。まるで自分だけ遊園地に連れて行ってもらえる子供のような笑みを零しながら、乱馬はあかねにこういったのだ。 「ばっかだなぁ、おめぇは。女付きで修行になるわけねぇだろ?」 「何言ってんのよ。修行に男も女も関係ないでしょ!」 むっとして言い返すあかねに、乱馬はひらひらと邪魔そうに手を振りながらこう言ったのだ。 「女なんて、足手まといなんだよ」 がんっ。 口より手が早いあかねである。思いっきり乱馬に卓袱台をぶつけてやると、あかねは居間から肩を怒らせて出て行ったのだ。 そして、卑怯にも、その間に男どもはそそくさと山ごもりに出かけたのである。 「もうちょっと、やってこ」 あかねは10日前の出来事から自分をひきはがすと、立ち上がった。 乱馬たちはもっと過酷な修行場ですごしているかと思うと、歯痒くて仕方ないのだった。 (また、弱いって言われちゃう。弱くなったな、なんて言われたくないのに・・) あかねは必死だった。汗が零れ落ちるのも、息があがるのも構わず、一人もくもくと道場で稽古していた。 と、そのときである。 「た、助けてくれぇ!」 稽古中、誰かに横様に抱きつかれて、あかねは堪えきれず倒れてしまう。 「いたた、何?一体」 受身を取ったお陰で何とか頭はぶつけなかったものの、床に打ち付けてしまった体をさすりつつ、あかねは起き上がった。よく見ると、あかねに必死に抱きついているのは、今しがた思い出していた忌々しい許婚、である。 「乱馬?!ちょっとあんた!なにやってんのよ!!」 まだ乱馬は大荷物を抱えたままで、がちがちに震えている。恐ろしい目にでもあったのか、あかねの体をぎゅうとばかりに抱きしめ、離してくれない。 「ちょっと、やだ!しっかりして!乱馬、乱馬ったら!!」 「わーはっはっは。わしの手からカキ氷を奪おうなぞ、百年早いわ!」 声高らかに声を響かせ道場にやってきたのは、これまた大荷物を抱えた早乙女玄馬である。繰り出された手には白い子猫がにゃぁんと鳴いている。 「ね、ね、ね、ねごぉぉぉ!!」 その猫を見て、乱馬はあかねを盾にしてその背中に隠れる始末である。 「カキ氷?」 あかねは訝しげにそう言うと、玄馬が、ああ、とあかねに微笑んで見せた。 「あかねくん、ただいま。帰り道乱馬がな、わしのカキ氷を奪おうとしおってな。なぁに、ちょっとお仕置きが必要だと思ってな」 穏やかな顔でそう言う玄馬に、あかねはますます訝しげな顔をして見せた。 「おじさま」 「なんだい、あかねくん」 「ひょっとして、そのカキ氷。乱馬が買ったものじゃないの?」 「ぎくり」 あかねに鋭く突かれて、玄馬が固まるのを見たあかねは、やれやれ、と息をついた。固まった玄馬から白い猫を奪うと、猫を外に開放してやる。 にゃぁん、と子猫は足早に立ち去った。 それからあかねは既に意識を失いそうな勢いで白目になっている乱馬に水をかけてやる。 「うわっ、冷てぇ!!あれ、なんだよあかね。なんでこんなとこにあかねがいるんだ?」 正気を取り戻す代わりに水の所為で女の姿になったらんまは、あかねを見上げるときょとんとした顔をした。 「あんたは一体どこにいるつもりなの?ここは天道道場よ」 呆れた声であかねがそう言うと、らんまはあたりを見回し、ほんとだ、と呟く。 「お風呂入ってきなさいよ。それと」 「なんだよ」 あかねが微笑んでこう言った。 「おかえり、乱馬」 ―本当に真面目に修行してきたのかしら? ―10日間悩んでたあたしは一体なんだったの? ―でも、今は許すことにするわ。 ―乱馬の声が聞けたから。 ■END |