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【らんま1/2】 |
| ■あかねの紙飛行機 |
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ひゅうんっと、あかねが庭に飛ばした紙飛行機が旋回した。先ほどまで向かっていた進行方向とは全然違う方向に飛んでいく。そして、飛行機は力尽きたようにぽて、と落ちた。 久しぶりに抜けるような青空が広がっていた。所々に白い綿菓子のような雲がふわり、ふわりと浮かんでいる。 あかねはサンダルをつっかけ庭に出た。空を見上げると、まぶしそうに目を細める。照りつけるような太陽の光があかねの顔を捉えた。本格的な夏にはまだ間があるというのに、太陽は既に全開で光を降り注いでいる。 あかねは眩しさに空から庭へと視線を戻し、先ほど飛ばした紙飛行機を拾い上げる。 そして、縁側に座り、また紙飛行機を飛ばす。不器用な手で作った紙飛行機は、風を孕んで空を掴もうと飛び立つが、まるで思い直したようにくるりと反転し、庭にぽとりと落ちる。 (・・あんなに勢いよく飛び立つのに、ね。) あかねはさびしく笑う。そして、落ちた飛行機をもう一度拾いに立ち上がった。と、その時庭に影が差した。 「へったくそー」 音もなく庭に降り立ったのは、居候兼許婚の乱馬。あかねは思わず顔を険しくさせる。 「何よ。言われなくてもわかってるわよ。返して!」 むっとして横取りされた飛行機を取り返そうと、あかねは手を延ばす。しかし、乱馬はまるで横取りした玩具を自分のものにしたがる子供のように、紙飛行機をあかねの手から素早く逸らした。 「折り方間違えてんじゃねぇか?」 しげしげと紙飛行機を眺める乱馬に、あかねがついに拳を繰り出す。 「いいの!私が好きで折ったんだから。返してよ!」 「おーっと」 ひょい、と軽くいなすように避けられて、あかねはさらに目を怒らせた。素早く手や足が繰り出され、乱馬は楽しげに避けたり逆に攻撃してきたりする。いつのまにか組み手になっていた。 「いいかげんにして!邪魔しないで!」 「わかったわかった。ほーらよっと!」 乱馬が、紙飛行機を飛ばした。 ひゅうっと空高く舞い上がった飛行機が、くるりと一回転してまた戻った。あかねは戻った先を奪おうとしたのに、戻った先は乱馬の手だった。まるで飛行機が乱馬を選んだかのように。 「もいっちょ!」 今度はふわり、と浮かんだ飛行機が高度を上げていく。よく見ると、いつの間に手を加えられたか、少し折り目が加わっている。 「あっ!」 あかねは乱馬を突き飛ばして追おうとするが、乱馬があかねの腕を取った。 「飛ばせてやれよ。飛行機なら、飛行機らしく、な」 あかねはびくりと肩を震わせると、乱馬を見返す。乱馬は、にっと笑っている。 「途中で方向転換なんて、紙飛行機らしくねぇもんな」 乱馬はそれだけ言うと、あかねの手を離した。鼻歌を歌いながら、縁側から家の中へ入っていく。 取り残されたあかねが、飛び立った飛行機を目で追おうとしても、その影は既に空のかなたに吸い込まれていた。 (なによ・・馬鹿。あれが・・『あたしらしい』飛行機だったのに) 進もうと粋がっては傷つくのが怖くて戻ってしまういくじなしな自分。踏み出しては後戻り、踏み出しては後戻り、それのくり返し。そんな自分を好きにはなれなくても、嫌いにもなれない、複雑な自分。あの飛行機はあかねの、その現れだった。 (あれがあたしの・・心だったのに。) あかねは蹴りを入れようと足を繰り出したときに脱げてしまったサンダルを拾った。拾ったサンダルを突っかけ、縁側に戻る。 「ふぅっ・・」 あかねは縁側に腰掛け、腕を後ろに伸ばして空を見上げた。 乱馬と小競り合いしていた間に時が流れ、既に空は夕暮れの茜色の空染まっていた。しかしその空に、あかねの『心』はもう見えない。届かない。誰にも。 (いつか、私の心もああなるかしら。行っては戻っていた意気地なしの心が、何かに解き放たれて導かれるときが。) 「来るのかなぁ・・・」 はぁっと息を吐いてしまうと、乱馬が後ろから何が?とまたちょっかいをかけてくる。 「なんでもない。こっちのこと」 あかねは乱馬のデリカシーのなさなら百も承知だ。こんな気分の時にはできるだけ関わりたくはない。そうは思っても、この許婚にそんな感傷的な心に対する理解を期待する方が間違っているというものなのかもしれない。モノトリアム的発想からしては、乱馬に近いものはあるかもしれないが、いや、乱馬はそういう発想には思い至らない。なんといっても直情的なのだから。 「なんだよ。その力のない声。はっはぁー、おめぇ今日のテストさては赤点だったんだな?」 思わず笑いがこぼれた。肩が震える。笑ったときの震え方を乱馬は後ろから見てわかったのだろう。安心したように近づいてきた。隣に腰掛けた乱馬を呆れたように見つめながら、あかねは言った。 「やめてよ。乱馬じゃないんだから」 「おれはぎりぎりセーフでぃっ」 胸をはりながら言う乱馬に、あかねは肩を竦める。 「ぎりぎりね。赤点はひなこ先生のお仕置きって言ってたもんね」 「ま、あんなコドモ女から逃げるのはたいした問題じゃないけどな」 口の悪い乱馬は先生すら『コドモ女』などと呼ぶ。今に始まったことでもないし、あかねは聞きなれてしまったそのあだ名に、こっそり似合ってる、と笑うのだった。 「・・なんか、あったのか?」 ひとしきりくすくすと笑っていると、乱馬が不意に静かな声でそう言った。 あかねは乱馬を見つめる。 「どうして?」 「別に」 よっと、と言いながら立ち上がって、乱馬は縁側を蹴って庭の松の木を軽快に登っていく。松の木のてっぺんまで登り切った乱馬が、あかね!と声をかけた。 「ちゃんと、捕まえろよ!」 ひゅっ!と飛ばされたのは、なんとさっきのあかねの紙飛行機だった。あかねは慌てて立ち上がると、裸足のまま庭に下りて、まるであかねを目指すように飛んできた飛行機を受け取った。 「とったな」 乱馬が松の木のてっぺんで笑っていた。 「乱馬?」 (どうして紙飛行機を持っていたの?どうしてこの紙飛行機をわざわざ持ってきてくれたの?) 聞きたいことが頭で混乱して、あかねは名前を呼ぶのが精一杯だった。乱馬?と。 (今しがた、空に消えたはずだったのに) 「いいか、あかね。おめぇの不器用さは今に始まったことじゃねぇし。それにその度合いも半端じゃねえ。俺はそれをよく知ってる」 あかねは乱馬の言葉に瞬間的にむっとして、荒げた声を上げようとした。だが、それを乱馬の言葉が遮った。 「俺は知ってるお陰で、いつだってそれを補ってやれる。おまえ自身じゃ満足に飛ばせない飛行機を、俺なら飛ばしてやれる。帰ってこない飛行機を、必ず取って返してやれる。そうだよな?」 あかねは呆気にとられた。乱馬は、何かを感じたのか?たった、あかねがただ紙飛行機を飛ばしていたという事実だけで。その表情を読んで、乱馬なりにあかねを元気付けようとして。 「だから、そんな顔するな。笑ってろ、いいな」 乱馬の顔は残念なことに夕闇に落ちていく夕日の光では満足に映しきれなかった。あかねが呆気にとられている間に、松の木がざっと音を鳴らした。乱馬が松の木から逃げた音だったのだ。 ――――俺は知ってるお陰で、いつだってそれを補ってやれる。おまえ自身じゃ満足に飛ばせない心を、俺なら飛ばしてやれる。帰ってこない心を、必ず取って返してやれる。そうだよな? ■END |