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【らんま1/2】 |
| ■願いと本音の交錯 |
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掲載日[2008/3/20] 明るい日差しが雲の間をすり抜けて地上に降り注いでいる。先ほどまで降っていた雨は地面を濡らす程度で止んでしまった。 あかねの隣には、あかねと背丈がさほど変わらない、憮然とした顔の乱馬が空を恨めしそうににらんでいる。そんな乱馬の表情を見て、あかねは一人吹きだしそうになるのを堪えた。地面を濡らす程度とはいえ、冷たい雨はあかねと乱馬に降り注いだ。水をかぶると女になってしまう呪泉郷の呪いの所為で、乱馬は女の姿に変わっていた。 「乱馬、帰ろう」 「ああ」 乱馬は今の自分には大きくなってしまった靴を手にぶら下げると、裸足のままてててと走り出した。あかねをそれを追うように小走りになった。 「どうしたの、機嫌悪いわね?」 「いいわけあるか」 不満げな声を隠そうともせず、元が男とは思えない甲高い声を乱馬が張り上げた。 「もう、慣れたと思ってたのに」 「慣れてたまるかっ」 へえ、とあかねは思う。それはそうだろう。 最近では、乱馬は女になってもそれほど思い悩むことはなくなってきていたように見えた。始めのころこそはスカートなんて穿かないなんて言い張ってたのに、今では逆に姿が女に変わることを利用して、今ではあかね顔負けのフリルのスカートを何の恥ずかしげもなく着る始末である。 しかもあかねの方もそんな乱馬を見慣れてなんとも思わなくなってきてしまっていた節すらある。そもそも体が女になってしまっているので「女装」というのにも語弊があるようにも思われる。女の体で女性が身につけるものを身につけているのだから、対外的には世間一般的なマナーというものである。ただ、女装の度が過ぎることは問題だが。 「あんた、やっぱり男に戻りたいんだ」 「ったりめーだろ!?」 乱馬が驚いたようにあかねに振り返った。煽られるような怒気が迫ってくるようであかねは一瞬怯んだ。乱馬が一瞬、男に見えるほど、その姿は男らしかった。それをみて、あかねは思い出したように思ったことを口にした。 「乱馬、男だもんね」 あっけにとられるほど当たり前のことをすんなり口にするあかねに、乱馬は頭を抱え込みたくなる。 「お前、俺をいったいなんだと思ってたんだ」 「……おとこおんな」 あかねは口元でぼそ、と呟くと乱馬が目つきの悪い顔で、おい、とすごんだ。 「だって!事実だもの」 弁解するようにあかねが言うが、乱馬は取り合わずむきになってあかねに喚いた。 「お前なぁ!言っていいことと悪いことが」 「だって乱馬、困ってないじゃないっ?」 「…うぐっ」 喉が詰まったように、乱馬が言葉を失った。確かに日常的な生活を営むのには何の弊害も起こらなくなりつつあった。学校ではすでに周知の事実であったし、始めにあった異物を見るような目も今ではほとんどない。町で水をかぶっても、ほとんど名物になりかけていて逆にはやし立てられるくらいになっている。本当に困ることはなくなってしまったかのようだ。 しかし、乱馬は武道家である。 女になると身が軽くなって素早さが増すのは十分メリットといえるが、やはり止めを刺すのは力以外の何者でもない。その力はやはり男の筋肉でなければ繰り出すことはできないのだ。 「俺は格闘と名のつくものに負けられないんだから、心底困ってんだよ!」 乱馬は自分の、恐ろしく細い腕を見る。こんなに細い腕から力なんて湧いてくるはずがない。隣に並んだあかねと変わらぬ華奢な体、役にも立たない膨らんだバスト、小さくなった足は安定感が足りず頼りない。 「ふーん、そうなんだ」 あっけらかんと、あかねは言う。他人事、という言葉がぴったりなほど、その声には何の感情も含まれていないように聞こえて、乱馬はやはりむっとする。同情されたり、慰められたりしてもやっぱり撥ね付けるだろうに、それでもやはり許婚からはやさしく声を掛けてもらいたらという切なる願望が少しでも秘められているのだろうか。難しい男である。 「だいたい、俺がちゃんと男に戻って強くないとお前が困るだろうが!」 「どうして?」 きょとん、とした顔であかねはまっすぐに乱馬の瞳を射抜いた。ここまであからさまに何も意識されていないとなると、乱馬は凹みそうになる。しかし、それを顔に出さず、へっといつものように笑って続ける。 「おまえはすぐ捕まったり投げられたり忙しいからな。しょーがねぇから不器用なお前の面倒みてやらねぇと」 「でも、別にそれは女のままでもできるよね、乱馬」 ――あれ? ――なんかパターンが違うな。 乱馬は不思議に思う。いつものあかねだったらさっきの悪口雑言で「なんですってー?」と始まるはずなのに、どうやら今回はそうならない。 「別に、あたし乱馬が今のまんま、半分女でもいいよ」 あかねの論点がそこに行ってるからか、と乱馬は納得する。あかねは歩きながら、乱馬の顔を覗き込むとうん、と頷く。 「だって乱馬は乱馬だもの」 「あかね…」 乱馬はあかねのその言葉に感動すら覚える。あかねは自分の胸の前に手を合わせながら、あたしね、と続ける。 「最近、乱馬の姿が男でも、女でも大差ないなって思うの。見掛けが変われば印象も変わるって言うけど、あたしからみて乱馬は男だろうと女だろうとまったく意識が変わらないのよ。だから別にあたしは乱馬は乱馬のまんまでいいと思う」 これまでは。 あかねは乱馬の変身体質に対して具体的な意見を言うことはなかった。一度も。 戻れそうな機会を見ては「よかったね、乱馬」と励まし、乱馬が女であることを悩んでいるのを見ても、「いいじゃないの、また頑張れば」というように深入りはせず乱馬に任せるように接してきた。 ――でもそれって。 ――俺ってそれくらいどうでもいい存在だった、とか? 一瞬暗い考えが頭をよぎり、乱馬は慌てて頭を振った。気を取り直して、あかねに問いかける。 「お前、珍しーな」 「なんで」 「俺の変身体質のこと、そんな風に言うなんて」 今度は乱馬があかねの顔を覗き込むと、あかねはうん、と頷く。 「あたし、中国に連れて行かれたときに呪泉郷に落ちたよね。あそこは茜溺泉になってしまったよね」(最終巻参照) 「ああ」 思い出してもおぞましい泉だ。あそこに落ちたらあらゆる生き物があかねになってしまうというのだから、気味が悪いことこの上ない。男溺泉のためでもあるが、呪泉郷には必ず渡ってあの茜溺泉を封印してこなければならないだろう。いや、ガイドに連絡して封印を先に頼んでもいい、と乱馬は思った。電話はつながるのだし、それくらい頼んでおいてもいいだろう。 「そして、パンスト太郎は2度目に入った泉の効果が加算されて、余計に強くなって帰ってきた」 「ああ」 ――ああ。そういうことか。 乱馬は、あかねの言わんとするところが、なんとなく分かりかけてきた。 乱馬は乱馬のまんまで―――あかねは怖いのだ。元の男に戻れればよし、しかしもしかしたら余計な体質を背負い込む可能性が無きにしも非ずであることを。 それは確かに乱馬自身も考えていたことだ。これまで経験してきた中での呪泉郷の効力は規則性に欠ける。 もし男溺泉に入ることができたとしても、泉の効力が完全に取り変わるのではなく、後遺症のように女になる体質も残ってしまったらどうなるだろう。たとえば水をかぶる三回に一度はまた女になってしまうとか。それならまだいい。恐ろしいことに部分的に女になってしまうとか。そんなものになってしまったら確かに今の体質よりも目が当てられなくなってしまう。 しかし。それでも。 「乱馬?」 考え込んで黙してしまった乱馬に、あかねが声をかける。 「俺は、それでも男に戻りたいんだよっ」 思わず、本音がこぼれ出る。それだけが早乙女乱馬にとっての悲願そのものだった。 自分のために。 そして、ひいては。 目の前にいる、頑丈でちょっとやそっとでは壊れない、けれど少し抜けてて泣き虫な許婚のためにも。 ひとりの男として目の前に立っていたい。 「乱馬なら、そう言うと思ったよ」 あかねは微笑みながらそう言うと、一人でもう一度頷き、乱馬に言う。 「ごめんね、不安に思ってるのは乱馬の方だよね。あたし、乱馬が元の姿に戻れるように祈ってる」 あかねの言葉に、思わず乱馬が感動にうち震える。 まさに、こんなときだ。この体質が恨めしく思う瞬間は。 自分が今、男の姿であったら、この素直でかわいい許嫁をこの胸に収める事も、心配するなと力強く言ってやることもできるはずなのに、今この場で女の姿である乱馬はそういうことをできない。 「絶対、男に戻ってやる」 知らず、気合いの入った声で乱馬が言うと、あかねは目を瞬かせていた。 ■END
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