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【らんま1/2】 |
| ■一日ぶりの逢瀬 |
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掲載日[2009/7/7] 相変わらずの熱気と湿気に眠るのも億劫になったのか、珍しく彼はひとりで目を覚ました。朝だというのにすでにうだるような暑さを感じる。汗にじっとりと濡れたタンクトップが煩わしい。 何時だろう、と思った。いつもは彼の許嫁が甲斐甲斐しく起こしにくるため、ほとんど使われることのない目覚まし時計に手を伸ばした。引き寄せて目の前に持ってきて、乱馬は首をかしげた。 「7時2分…?」 珍しいこともあるものだ、と思う。 いつもならば、あかねが10分前には音をたてて襖を開け放っては声高に起こしにくるというのに、今日は寝坊でもしたのだろうか。今に至っても廊下から伝わってくるどすどすという足音がしない。 「しゃーねぇな、起きるか」 隣のパンダが寝返ってくるのをひょいと避けながら、乱馬は立ちあがった。 寝苦しくて苦痛らしい玄馬は寝る前に水を浴びて眠る。そうすると涼しくなって眠れるのだと言い張る。けれど、乱馬はそうは思えねぇけど、と呆れた目で変身した父親の姿を見やる。 「ぜってぇ、こっちのほうが暑いよな…このバカ親父」 とりあえずシャワーを浴びよう、と思った乱馬だったがそのあとまた湯を被るのにうんざりして、仕方無く服を着始めたのだった。 「あかねならバレーの助っ人で先に出たわよ?」 朝食の支度が整ったちゃぶ台の前に座ると、目の前に座っているなびきが早速そう言った。 「俺はまだ何にも言ってねぇ」 「言わなくてもわかるわよ。顔に書いてあるもの」 「んなアホな」 乱馬は肩をすくめて息をつくと、さりげなく隣を見やった。すでに朝食も済ませたはずのあかねの位置には、やはり食器もなにものっていない。 そういえば、ここ一週間はバレー部の助っ人を頼まれて、人のいいあかねはそれをあっさりと了解し、しばらくバレー部の練習に付き合っていたのをようやく思い出したのだった。 あかねは部員ではないので遅くまで練習に付き合う必要はないらしく、それほど遅く帰ることもなかったからほとんどそのことを乱馬は忘れていたくらいだった。 「今日が試合の日だったのか」 「そうらしいわ。他校で試合はするらしいから、授業は全部お休みするって…確か夕飯時もそう言ってたけどあんた聞いてなかったの?」 なびきがじろりと上目づかいで睨みつけてくるのが瞬時に分かって、乱馬は慌てて目をそらした。ちゃぶ台の中央にある茄子の浅漬けに箸をつける。 「そーだっけ」 気のない返事を返して、危機を逸することに成功する。あかねとは正反対の氷のようななびきの眼差しが乱馬は苦手だった。 「ま、いいわ。あの子のことだからちゃんと届け出はしてると思うけど、何かあったらフォローしてやっといてね」 へーい、と生返事をして、ようやく乱馬は遠慮なく白いご飯にありつくことにした。ひと思いに茶碗の中身を半分はたいらげてから、ふと頭が理解したように乱馬は空虚な隣を見た。 (そーか、一日いないのか) さびしいなら一緒に行ってあげましょうか、と恩着せがましいなびきの誘いを断り、乱馬はぎりぎりまでちゃぶ台の前でぼんやりしていた。乱馬一人ならばいつもの半分の時間で学校にたどり着いてしまうだろう、と頭で計算した結果だった。 あまり気にしていなかったが、いつもあかねの歩調に合わせて歩いていたんだな、と自分に感心していた。 「あら、乱馬くん。まだ出なくて大丈夫なの?」 食器を洗い終えたかすみが、今度はいっぱいに入った洗濯かごを手に縁側から現れた。 「あ、大丈夫です」 「そうね、乱馬くん、足速いものね」 穏やかに笑いながら、かすみがそう言うと、納得したように裏の物干し場へと向かって行ってしまった。 あまりここにいても仕方なさそうだ、と思った乱馬は鞄を背に背負うと、玄関に向かった。 クラスに入って自分の席についても、落ち着かない感じがした。あかねは学校でも同じクラスで隣の席なのである。いつもならいるはずのショートカットの少女がそこにいない、ということが、家にいるときよりもひどく思い知らされるような気がするのは、そこにイスと机だけが何かの残滓のように残っているからだろうか。 乱馬は一瞬だけあかねの席を見てから、すぐに机に突っ伏した。 クラスメートからあかねのことを聞かれたりしていいちいち答えるのも億劫だったし、やはり夜暑くて眠れていないのだろう、体がすぐに睡眠モードに移行してしまうのを乱馬はそのままにしていた。 昼休みになった。 あかねと一緒に食べている女子の方が目に入ったが、あかねがいなくとも彼女たちの笑顔はいつも通りだった。なんだかそのことに乱馬は一瞬なぜだか腹が立って、すぐに席を立った。 なぜ腹が立ったのか、結局わからない。 「腹が減ってるせいだな、きっと」 ひとりごちながら購買部に向かう。かすみさんお手製のお弁当はもちろん朝寝の途中に頂いてしまった。正しくは授業中に早弁した、ということだ。 「やきそばパンでも食うか」 ポケットを探って辛うじて残った小銭を数えていると、ひょいと顔をのぞきこまれた。可愛い目をした男だ、と一瞬思ってから慌てて訂正する。もう一人の許嫁の右京だった。右京は女生徒が来ているフレアースカートの制服を着ていないので、ぱっと見で男のように見えてしまう。 「ウッちゃん?」 「乱ちゃん、よかったらウチお好み焼焼いたるで」 「まじで?ラッキー!食う食う!」 「嬉しー!ほな商売道具あるところまで一緒に行こ」 右京は乱馬が二つ返事で話に乗ってくれたことが心底嬉しいようで、乱馬の腕にからみついた。一瞬、意識もしないところで肩がびくっと震えて、乱馬が、そしてもちろん右京が目をしばたたかせた。 「ごめん、ウチひっぱりすぎた?」 「い、いや。んなこたーないけど…」 (なんだ…?今の) 乱馬は一瞬考えたが、食べることが最優先とばかりにすぐにそのことを忘れてしまった。 「ウッちゃん何作ってくれんだ!?」 「そやね〜、夏はやっぱ海鮮ものやね!海老イカホタテの海鮮お好み焼、どう?」 「それマジうまそう!」 大はしゃぎしそうになってから、乱馬はぱっと後ろを振り返った。乱馬を誰かが凝視しているという視線を感じたわけではない。ただ、意識もしないところで反射的に体が動いた、と言った方が正しい。 「乱、ちゃん?」 さすがに右京も二度もおかしな動きをする乱馬を心配そうに見上げる。 「なんかおかしいで」 「そだな…。ん、ごめん、ウッちゃん。お好み焼はまたにする!」 乱馬はそれだけいうと、右京が絡んだ腕を瞬時に解いてさっと身をひるがえしてしまった。先ほどの購買部に戻るのだろう。 「乱ちゃんっ!」 右京の悔しそうな声が廊下にこだましても、乱馬は振り返りもしなかった。 午後の授業は体育があったので、乱馬は張り切って体を動かした。男子はサッカーの授業だったので、グラウンドを端から端まで走り回った。小腹がすいたように感じた瞬間に、シャンプーがやってきて愛妻弁当だとか言いながらラーメンを突き出してきた。 「乱馬、無理する良くない。ちゃんと食べるよろし」 可愛い声で窘めるように言われた乱馬も食べたい気はしたのだが、何故か気が進まなかった。箸を持ってまごまごしていると、クラスメートたちがあれよあれよという間に平らげてしまった。 シャンプーはむっとしてそのまま帰ってしまうのを、乱馬は見ていた。 太陽がまだ高い位置にあるのをみて、まだまだだな、と乱馬はなんとなくと思った。 そのあとの授業も、言わずもがな、乱馬の午睡の時間に当てられた。 ガタガタと音が鳴り出して、クラスメートから「掃除の邪魔だ」と起こされる。 「あ、終わったのか?」 「終わったのか?じゃねぇよ、乱馬。あかねが注意しないとホント寝たままだな、お前」 呆れたようにクラスメートの大介が言う。 「乱馬くんはあかねちゃんがいなくちゃなにもできないんでちゅよねー」 もう一人のクラスメートのひろしが、突然後ろから乱馬の頭をがしがしと乱暴に撫でながら赤ちゃん言葉でそう言ったのを聞いて、乱馬が慌てて言い返した。 「なんでそーなんだよっ!俺は意味のないことに体力使いたくねーだけなんだよ!」 乱馬はひろしの手を払うと、ふんぞり返って腕を組んだ。 「はいはい。乱馬くんは明日天道あかねの前でもそうできるかな?」 「先生ー乱馬くんは天道さんの前ではできないと思いまーす」 ひろしと大介がふざけながらそう言うのを、乱馬はつきあいきれん、とばかりに逃げようとすると、今度は女子から声がかかった。 「乱馬くん!掃除当番なんだから逃げないでよね!」 乱馬は足を止めたら負けだ、とばかりに廊下に出るとそのまま窓から外に飛び出した。とりあえず授業中エスケープをしなかっただけでも褒められていいはずだ、などとと乱馬は思いつつ、帰途に着いた。 居候先に帰宅してから、そのまま乱馬は道場に入った。道着に着替える気にもならず、そのまま鍛練に打ち込む。 余計なことを考えたくなかったから、まっさきに道場に入った。とにかく全身の筋肉を極限まで使って無心に浸りたかった。それに、乱馬にとって体を意のままに操ることが一番好きなことだった。体は鍛えれば鍛えるほど言うことを聞いてくれたし、したいと思うことも叶わないことはなかった。しなやかな動きも、猛々しい動きも、思ったとおりに動くと気持ちがいい。 どれくらい無心に体を動かし続けていたのか、わからない。 道場に入ったときには朱色の光が窓から差し込んでいたはずだったが、すでに窓からはその光は入ってきていない。道場の中の電灯も入った時点で必要なかったの点灯せずそのままだったので、今では母屋からこぼれる光源と月の光が頼りである。けれど光は必要なかった。むしろ自分との対峙を試みたい今の状態ではこのままの方がちょうどいいのだった。 長い間、体を動かしてようやく気が済んだように乱馬が手足の動きを止めると、道場を横切ってくる気配に気づいた。 窓から射す光が水たまりのように道場の中央に浮かんでいて、乱馬はちょうどそこにいたのだが、そこに現れたのは彼が認めるただ一人の許嫁だった。 「はい、タオル」 いつから見ていたのだろうか、おそらく声をかけるのを遠慮してしばらく乱馬の鍛練の姿を見ていたからに違いない。ちょうどよく手渡されたタオルを乱馬は素直に受け取った。 「帰ったのか。どうだったんだ?試合」 タオルで首元に流れる汗を拭く。あかねが満足そうに微笑んだのを見て、乱馬は声を聞くよりも先にその結果を知った。 「勝ったよ。とってもいい試合だった」 そりゃそうだろう、という言葉を乱馬は飲み込んだ。あかねは確かにシャンプーや自分と比べれば力は劣るが、平均的な女子高生としては群を抜いている。朝、毎日猛者どもを相手にできる女子高生など、全国見渡してもあかね以外にいるとは到底思えない。 「よかったな」 嬉しそうな顔をするあかねの顔が見られて、乱馬自身も安心した。助っ人をするのは構わないが、怪我をされても困るし、ましてや負けて泣かれてももっと困る。そういうとき、乱馬どうしたらいいのかわからないのだ。 だから、今回はいい形で終わったのだろうと思う。あかねに怪我もなさそうだし、試合も勝利した。 「でね、実は今回、県大会だったらしいんだけど、勝っちゃったじゃない?だから今度は関東大会なんだって」 「は?」 あかねの言葉を聞いて、一瞬にして乱馬に動揺が走る。 「関東大会って山梨でやるんだって。東京でやってくれればいいのにね」 あかねは今日の結果を嬉しそうに報告するのだが、乱馬としては気が気ではない。今日一日、目の前の許嫁がいないだけでどれほど気が滅入ったかを考えると、ぞっとしない話だ。 「山梨での関東大会はやっぱり宿泊になるらしくって…」 「行くのか?」 すかさず、乱馬は聞いてしまう。 あかねが目をしばたたかせて乱馬を見上げた。あかねの顔が月明かりにくっきりと白く浮かんで、とてもきれいだった。たった一日顔を合せなかっただけで、こんなにきれいになった許嫁がいることに眩暈すら覚える。 「まさか。あたし部員じゃないしね。行けたら楽しいかな、とも思ったけど、次の大会ごろには抜けた子が帰ってくるみたいだし」 「そうか」 安堵した。もうこれ以上ない、というほど安心した。 一人だったらへたり込んでしまうくらいの安堵感だ。 「安心した?」 「ああ」 鈍いあかねが直球の質問などしてくるわけがない、と思っていたせいでつい返事をしてから、乱馬はあれ?と思う。あかねが嬉しそうに笑って乱馬を見上げてるのを見てから、初めて自分が失態したことに気づいた。 一気に顔に熱くなってくる気がして、あわててごまかすように乱馬はいい募った。 「いや!だから!お前が行きたいなら行けばいいんだけど!別に寂しいとかじゃねぇし!」 「寂しかったんだ」 墓穴。としか言いようがない。乱馬はひく、と口をひきつらせてから、再び声を荒げる。 「んなわけねーだろ!おめぇがいなくてどんだけ今日自由だったか!」 「何言ってんの?あたし別になにもあんたを不自由させてるつもりないんですけど!」 「ったくウッちゃんのお好み焼は食い逃すわ、シャンプーのラーメンもみんなに食われるわ、挙句の果てに大介とひろしからはおめーがいなきゃなんにもできねぇとか言われてほんといい迷惑だぞお前!」 「何それ、それ全部あたしのせいじゃなくて、あんたがしっかりしないからじゃないの!ばっかみたい!」 いつもながらの乱馬の身勝手な応酬に付き合いきれなくなったのか、あかねが素早く踵を返した。瞬間、月明かりで見えていたあかねの顔が瞬時に見えなくなって、乱馬は慌てた。 「ちょっ…待った!」 「何よ?」 むっとしていても、やっぱり顔は見ていたい、と乱馬は思う。振り返ったあかねはまだ月明かりのエリアから外れていて顔が見えない。仕方なく乱馬は手を伸ばすと、あかねの腰に手をやって引き寄せた。 「ちょっ…なに…?」 「しっ」 引きよせたあかねの顔が、乱馬を見上げている。さっきとはうって変わって、怒っていいのか喜べばいいのか、どっちつかずの顔だった。頬が少し赤みを射していて、それがまたかわいかった。 「乱馬、今日お願い事した?」 あまりに乱馬にまじまじと顔を見られるので、さすがにあかねは耐えきれなくなったのか、顔をそらしながらそれとなく話題を口にした。 「あ?今日はそういや七夕か…」 思い出したように乱馬はそう言った。特に今年はお祭りに行ったりしたわけではなかったので、思いつきもしなかったのだ。 「あんた、彦星さまに忍耐力つけてもらったほうがいいわよ」 「なんで」 「なんでって…」 あかねが困ったように乱馬を見上げる。二人は決定的な許嫁ではあるが、確定的な恋人ではない。あかねはそれを気にして二の句をつなげることができないでいた。 乱馬があかねの顔を見てから、ふいと顔をそらした。 「彦星みたいな忍耐力は…俺はいらねぇんじゃねぇか?」 「どうして?」 あかねが不思議そうに首を傾げる。なんだか、もう気が狂いそうなくらい可愛い。一つ一つなにをやっても可愛くみえるのはもう病気じゃないかと自分を疑いたくなるくらいだ。 「だってずっとここにいるだろ?」 そういって乱馬があかねの頭を寄せて抱きしめたので、あかねは驚く。けれどもちろん、嫌ではなかった。あかねはくすくすと笑ってから、一言乱馬に返した。 「…うん、そうだね」 このあと、当然のように家族にはやし立てられる二人がおりました。とさ。 ■END
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