【らんま1/2】台詞お題30より

■05「好きなんだけどなー…」








 天道家にいるときは気づきもしない。



 そういう切実な思いはきっと離れていて初めて在ることを知るもんなんだということに、あの家を離れるたびに気づかされる。





 あいつが隣にいない、ということが自分をこんなにも苛むという事実を。



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 山の天気は変わり易い。

 せっかく親父と山ごもりに来たというのに、テントを建て終わった途端に雨が降ってきた。雨合羽は持ってきているが、これは移動中に使うためのものだ。酷い雨の中で無理に稽古を積むのは得策ではない。地面は滑り易くなって怪我の元だし、視界も悪いままでは山道を見分けられず崖を落下してしまうおそれもある。

「仕方ない。今日は寝るぞ」

「って・・おい」

 親父がもっともらしくそう言ったが、行動が伴っていなかったので俺はツッこんだ。

「てめぇ・・その手にもってるそれは何だ」

「非常食じゃ」

 鋭く乱馬が見咎めたもの・・それは栄養バランス食品だった。黄色い包装を施されたそれは薄暗いカンテラの光の下でもやたらに目立った。

 俺は頭を抱えそうになったが、そんな悠長なことをしている場合ではない。咄嗟に非常食を守ることに専念した。

「何かあったときのための非常食に初日から手を出してんじゃねーーー!!」

 とりあげるよりも殴った方がてっとりばやい、そう俺は判断し、親父の頭をグーで殴ろうとした。親父はそれをひょいと避け、箱をあける。金色のビニルの包装が燦然と光ったように思えた。こちとら空腹なのだ。

「お前とて空腹であろうが許せ!わしはここで倒れるわけにはいかんのだ!」

「ぬかせ!一日くらい我慢できねーのか!天道家で死ぬほど朝ごはんもらってやがったくせにしやがって!ついでに俺のたくあんまで盗み食いしやがって!」

 こっちは非常食奪回に懸命だっつーに、親父の目がぎらりと笑ったような気がして俺はびくりと身を引いた。

「おかげで旅立ち前に優しいあかねくんがたくあんと、卵焼きまでくれとったなぁ。よかったではないか」

 ぎく。

「切なそうな顔しとったなぁ・・いつもいがみ合っておっても結局お前が心配と見える・・」

 ぎくぎく。

「全く果報者の癖お前はいらん口ばかり聞きおって・・」

 今しがたあかねのことを考えていた俺には痛恨の一撃に近い。完全に動きを止めた俺に向かって、説教を垂れていた親父は突然わはははっ!と笑い出した。

「まだまだ修行が足りんな〜乱馬!」

 あっと思ったときにはもう遅い。親父は手に後光すら差しそうな固形食品(実際にカンテラを後ろに親父はそれを掲げていた)を口に入れた。

「あ〜〜〜〜〜っ!!!」

 もぐもぐと口を動かしてから親父の喉がごくりと動くまで、俺は呆けたように親父を見ているしかなかった。

「むう〜かすみさんの料理を食べなれたわれらにはあまりに味気ない食事だがしかたない。さて寝るぞ乱馬」

「こんのクソ親父ぃぃぃ!!」

 俺達親子の山ごもり修行はこのとき始まったも同然だった。



 空腹のあまり、俺は目を覚ました。とりあえず俺はその辺の木々から薪にちょうどいい枝を見つけてくることにする。

 昨日は結局親父との喧嘩で疲れて眠ってしまっていた。朝日もまだ出きってはいない。雨はやんだようだ。

 喧嘩疲れして寝たお陰でしっかり寝袋には入ってなかった。冷え込んだお陰で鼻がむずむずした。

「・・っくしょっ!」

 情けないくしゃみをして俺は一つの樹を見つめた。昨日の雨は十分に大樹を湿らせていった。薪に向く枝は太目のものでなければならない。

「こいつでいいか・・」

 足のばねを意識して力を入れる。地を蹴り、風の中に舞う自分をイメージする。ひょい、と太い幹から突き出す枝に足をつけた。下の景色はもうかなり遠い。

 適当な枝がその足元の枝から右前方にある。俺はそれを見定めて腕を突き出した。

「よっと」

 力で切るのではない。鋭い風の刃を送るように枝と幹の間に素早い手刀を入れる。樹は大地だ。大地は風を受け入れる。そういうものだ。

 がこんっ、と俺の腕の2倍くらいの枝が幹から切り離された。それが地上に落ちる前に、俺は薪を作るべく手刀を次々に繰り出す。俺が地上に足をつける頃には長さと太さのそろった薪が端を揃えて落ちてきていた。

「よし、上等。木の皮はいらねぇな。これだければ十分だろ」

 俺は薪になったものを担いでテントに戻った。

 親父は親父でどこからか川を見つけて水を調達してきていたらしい。傍らにきのこも数種ある。

 大鍋には水がたたえてあり、その鍋を釣るすように木組みがされていた。俺の薪がその下に組まれれば炊爨(すいさん)の支度が整ったことになる。

「今日はきのこ雑炊とするか」

「おう」

 雑炊といっても、まだ持ってきた米を使うわけではない。俺がこれから木の実を拾ってきて入れる、雑穀雑炊だ。秋の山ごもりはまだましなのだ。木の実や果実が手に入りやすい。冬の山ごもりはヘタに豪雪やら吹雪やらに閉じ込められたりして半端じゃなく辛い。空腹の具合によっては、さっき捨ててきたような木の皮すら口にする。

 俺の胃があかねの料理に耐えられるのはそう言う経験あってこそ、かもしれねぇが・・。

「火起こしは頼んだぜ」

 俺は薪を親父の傍らに置き、また立ち上がってそう言う。

「まかせろ」

 親父の返事も満足に聞かず、俺はまた駆け出した。

 山道から外れ、背丈の低い木々が生い茂る獣道を駆ける。普通に山道を通っていったって道筋の木々の実は簡単に奪い易いともあって自然を生きる獣達の手に渡っているだろう。

 俺は適当に木々の実を見繕うと、素早く煮えたぎる鍋を目指して戻った。いいかげん、腹の虫も鳴りすぎて力も出ない。

「遅いぞ乱馬」

「偉そうな口叩くんじゃねぇよ。ほれっ!」

 俺はすりつぶすはずのものを豪快に鍋に入れてやった。鍋には待ちきれなかったのか既にきのこも入っていたからだ。

「こりゃっ!皮が付いたままではないか!これでは渋みが残る!」

「うっせぇ。俺はもー腹の虫がおさまんねぇんだよ。大体笹食うパンダが渋みとか言うな!」

 だいたいからして、俺と親父の二人だと大概皮を剥いたりなんて悠長なことはしてねーし。

「よっしゃ、適当に味付けはお前がせい」

 煮立った鍋を見て親父がそういう。簡単な調味料なら持ち歩いている。味付けは大体俺がした方がだいたいはうまくいくから、親父もそれを見越して俺にやらせる。だいたい、といったのは食材にもよるからだ。(所詮スーパーで買ったような綺麗な生鮮食品じゃないからな・・)

「よし、できたっ!」

「でかした乱馬!さあ食うぞ!」

 やたら作るのは時間がかかったのに、雑穀雑炊は一気に空になった。最後のひとかけらを奪い合いで、俺達の修行は始まった。



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 山ごもりで常に意識することは、自分の『限界値』だ。

 呼吸の速さ、筋肉のきしみ、心拍数に常に気を配り、自分の限界値を見定めること。そしてその限界値を少しでも伸ばすことが山ごもりの意義になる。所詮技の開発なんぞは環境よりもその時の機転だ。自分に向いた技を開発する、もしくは応用することは基礎体力さえあればいくらでもできる。

 どれだけ大自然の中に身を置いて、その限界を伸ばすことができるか。

 そしてそのことに精神が耐えうるかどうかだ。



 そんなことを考えながら、3日はあっという間に過ぎた。

 無理やりにでもそうしなければ、体が帰りたがる。あの家に、アイツの傍に。



 その夜は、コーヒーが飲みたくなって一人で焚き火の番をしながら丸太に腰掛けていた。

 親父の方は先に寝るといって10分前にテントに入っていた。

 ぱちぱちと爆ぜる炎を見ながら、ゆっくりゆっくりコーヒーを口に含む。苦味が口の中で広がり、その味と香りが天道家の暖かい家を髣髴とさせる。その香りから呼び起こされるイメージを期待していた節もある。

 目を閉じれば、白熱灯の明かりとにぎやかな空気で満たされた天道家居間の風景が頭に広がる。いつもの位置に陣取り、となりにはアイツがいる。かすみさんの手から、既に自分用になった茶碗を受け取りアツアツのご飯を頬張る。呆れた目でとなりのアイツが見てて、それから少し笑う。笑顔を横目で見ながら、俺は幸福になる。そのくせ、その笑顔に難癖つけたりする。いつもの口げんか。怒る。哀しむ。めまぐるしく変わる表情。素直。かわいい。時々の笑顔。万人に優しい瞳。時々憎らしいほど独占したくなる優しい瞳。

 多分、俺は。

「好きなんだけどなぁー・・」

 言ってしまって、言葉にしてしまってから、俺は慌てた。頭の中が発熱したように顔が熱くなる。

 ななななっ何言った?俺今何を言ったっ!??

 全くの無意識。無防備もいいところだ。俺はおろおろと周りを見渡した。しかし、ここが天道家でないことを思い出して、ほっと息をつく。



 と、ふいに下衆な視線を覚えてぞくりと体が震えた。

 おそるおそるテントの方を見ると、親父の野郎がにたりと笑うところだった。

 俺の頭の中が一気に氷点下に下がる。背中の筋に沿って冷汗が流れていくのを感じた。同時にするりとコーヒーを淹れたステンレス製のコップが落ちていく。

「乱馬・・」

「な、なんだよ・・」

 よろめくように後ずさりしたかったが、腰が引けて立ち上がれもしない。

 何やってんだ・・修行中の癖に俺はっ!!

「父は嬉しいぞ!もう修行は仕舞いにして即刻片付けぃ!明日日の出とともに天道家に戻る!天道君に話してすぐに祝言をあげるのじゃ!」

「なっ・・何を言ってんだよ・・親父」

 落ち着け、落ち着け俺。肝心なことは言葉になってなかったはずだ。

「べっ・・別にあかねのこと言ったわけじゃないんだぜ?」

 一応こういう事は長けてるんだぜ。すかした顔して肩をすくめてみせればいいんだ。年寄りの戯言に付き合ってはいられねーぜって顔してな。ついでにお手上げのゼスチャーつき。

「じゃあ、誰のことじゃ」

 真顔で親父に返される。このやろーいつもはスチャラカしてるくせにこういうときだけ真顔かっ!!

「別に・・誰ってわけじゃあ・・」

 くそ、急にしどろもどろなる俺も俺だ・・。墓穴掘ったような気さえしてくるな・・。

「くぅっ・・それならそれで帰らねば。乱馬がまた別の女に好意を示しておるようならば、天道君に相談せねば!いやさ、あかねくんにも話しておかねばなるまいっ」

 なぜか身支度はすんでいたらしく大型リュックを背負い、ごそっとテントから這い出た親父はすたたたーっ!と暗い山道を下り始めていった。あまりの唐突さに俺は呆然としたが、一瞬で我に帰ると俺も慌てて親父を追った。

「まっ・・待て親父っ!何でそーなるんだよっ!!」



 結局俺らはそのまま親父を追って山を下りることを余儀なくされた。



■END


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