【らんま1/2】台詞お題30より

■08「弱い奴は嫌いだよ。」→「弱い奴は嫌いね」(語尾を変更)







 あかねは今朝のシャンプーの言葉に苛立っていた。
 あかねは、一つのことが気になるとそれ以外のことには目が行かなくなる。集中力がある、といえば聞こえは良いが、それも紙一重――猪突猛進型というほうが現実に即している。
 今だって、あかねは授業を聞いてはいなかったし、表面上一心に教科書を見つめてはいたがどことなく焦点が合っていないのが、となりの乱馬から見ても一目瞭然だった。そんなあかねの様子が教壇に立っている先生から見えないはずは無かった。
「天道さん、3行目から1段落読んでみて」
 担任のひなこ先生は英語の教員だった。見た目も中身も子供っぽいところがあるこの女教師は、授業を行うことがかなり稀であった。がしかし、今日に限ってまじめに授業を進めていたのである。
 乱馬も、珍しく今日は昼寝をせずに起きていたので、あかねが指されたことに気づいていた。
「あかね、呼ばれてんぞ」
 声を潜めてそう教えてやっているのに、あかねはシャープペンシルを握り締めたまま返事もしない。乱馬は呆れた顔をしつつも、もう一度あかねに声をかけようとしたところで、その正面に障害物が現れた。大人の体型であればセクシーな後姿を拝めただろうが、あいにく今は子供姿だったのでひなこの黒い髪が見えただけだった。
 あちゃ、と乱馬がしかめ面をしていると、ひなこ先生がぽこん、と丸めた教科書であかねの頭を軽く叩いた。
「天道さん!」
「なによっ!?」
 ぎろっと射竦めるようなまなざしがひなこ先生に向けられ、先生はあかねの形相に仰天して泣き出してしまった。
「うわーん!天道さんが怖い怖い怖いよーぉ!!」
「あれっ?」
 あかねはふっと我に返ると、自分と乱馬の席にしゃがみこんで泣いている先生を見つけてきょとんとした。
「どうしたんですか?先生」
「おめーが睨み付けるからだろーがっ!」
 乱馬が思わず突っ込むと、あかねが乱馬に向かって小首をかしげた。
「あたしが?先生を?」
「無意識だったみてーだけどな・・・」
 乱馬は頭を掻きながら、あかねとひな子を交互に見た。
「ところで・・おめーはまーだシャンプーの言ったこと気にしてんのかよ?」
 乱馬はそういった瞬間、あかねの表情がぴくり、と引きつるのを見つけてしまった、と思ったが遅かった。どうやら火に油を注いでしまう結果に陥ったようだった。
「あんたになんかに・・・」
 がたっとあかねは立ち上がると、ぎろっと乱馬を睨み付けた。乱馬も思わず立ち上がり、構えたのだが、あかねはそんな乱馬から目をそらすように自分の握り締めたこぶしを見つめた。
「あんたになんかにあたしの気持ちはわからないわよ!!」
 あかねはそれだけ言うと、教室を飛び出していった。すぐさまひなこ先生は、こらぁっ!と立ち上がる。
「天道さんっ!エスケープなんて悪い子がすることよ!おしおきよ!!」
 そういってあかねを追いかけようとしたが、乱馬がぐいとひなこ先生の襟首をつかんだので、先生は宙に浮いた足をばたばたする他無かった。
「今のあかねに何言ったって無駄だって、先生」
 乱馬ははぁっとため息をつくと、あかねが出て行って開けっ放しになった扉を見やった。廊下からの冷たい風が流れてくるのを嫌がった生徒が、がたがたと立ち上がって扉を閉めていた。
「早乙女君、もしかしてまたあなたの所為なの?」
 ひなこ先生は乱馬に襟首を捕まれたまま、乱馬の方に向かってそう尋ねた。子供のように指をしゃぶっている。時々乱馬は、この先生が年を誤魔化しているのではないかと本気に思うことがある。
「またって何だよ。人聞き悪ぃな」
 いかにも憤慨したように乱馬がそういいながら席につくと、ひなこ先生の襟首を手放す。ようやく地に足をつけることができた先生は、まったく、などと言いながら服の乱れを直している。
「でもなぁ、あかねが怒る理由の9割7分8厘は乱馬のせいだからなぁ」
 ひろしがにやにやと笑いながら乱馬の席に近寄れば、大介までもがそうそう、などといいながら乱馬の方に顔を向けては頷いている。
「なんだその打率みたいのは・・」
 乱馬はむっとしたようにそういったが、語気に力が無い。
「あかねも苦労するわねー。こーんな女ったらしが許婚じゃあ・・」
「いい迷惑よね」
 あかねと仲のいい、ゆかとさゆりまでもがそんなことを言い出す。
 既にクラスの大半が乱馬の席に屯しはじめていた。
「なんだよ!なんで俺のせいだって決め付けるんだよ!!」
 とうとう頭に来た乱馬がそう叫んでみても、クラス中の疑惑の視線は少しも揺るがなかった。
「じゃあさ」
 クラスを代表するように、ひろしが人差し指を立てながら乱馬にこう切り出した。
「乱馬は、さっきあかねが飛び出した理由を自分と完全に無関係だと言い切れるのか?」
 ぐっと詰まった乱馬を見て、クラス中がため息をついた。
「・・だろうな」
 ひろしが、苦笑しながらも少し乱馬を同情するように笑っていた。

 時刻は今朝の登校時間に遡る。
 いつものように遅刻になりそうになりながらも、いつものように二人で玄関を出た乱馬とあかねは、いつもの通学路をいつものように走っていた。
「もぉ、なんだってそう寝起きが悪いのよ!」
「仕方ねーだろ!昨日遅くまで起きてたんだから!」
「借りた漫画なんてとっとと返しちゃいなさいよ!どうせ宿題だってろくにやってないんでしょ!」
「げっ。なんかあったっけ?」
「なぁーにがげっ、よ。どうせ覚えてたってやりゃしないくせに」
「わかってるじゃねーか!」
 二人は目にもとまらずスピードで走りながらも矢継ぎ早に軽口を叩き合う。いいコンビネーションではある。しかし、二人の邪魔をする人物は片手一杯いるのだ。この日もその二人を邪魔する存在が現れたのである。
 そして、悪いことに――このとき先を行く乱馬があかねの姿を気にしながら走っていたのかは定かではないが――そのとき乱馬は完全に前方不注意だった。
 正面から自転車で走ってくる相手を見て、あかねはぴくりと眉を動かした。乱馬はそんなあかねに気づいてから、その前方からやってくる中国娘にやっと気づいたのだった。
「ニーハオ!乱馬。今日はとてもいい天気!一緒にデートするね!」
「シャンプー!!」
 あかねも乱馬も口を揃えてその娘の名を呼んだ。甘えるように乱馬の胸に抱きついて、恥ずかしげもなくすりすりと頬擦りさせている。こんなにも甘えた仕草をされて、なんとも思わない男のほうがどうかしている、とあかねはため息をつきそうになった。が、次の瞬間には頭を切り替える。
「ちょっと!学校行くんだから!乱馬から離れなさい!」
「乱馬?あかねと学校行きたいのか?」
 斜め45度から見上げるような視線。どうしてこの子は色っぽい仕草を覚えてくるのだろうか。コロンおばあさんからの仕込だろうか。それだとしたら結構怖いものがある。
「学校はとりあえず行くことになってるからなっ」
 なんとかシャンプーを引き離してやったが、今度は腕にしがみついてくる。懲りない娘なのだ。
「行かなくてもいいなら、デートいくよろし!」
「わっかんない子ねー!行かなきゃいけないのよ!学生なんだから!」
 あかねがつい口を出すと、シャンプーがふん、とあかねを一瞥する。
「弱い人間はいろいろとやることがあって大変あるな」
 あかねはシャンプーの言葉に一瞬眉を顰めた。シャンプーの底知れぬ嫌味が見え隠れして、しかもそれが見抜けなくて、思わずあかねは問いただす。
「なんですって?」
「おい、やめろよ」
 不穏な空気を感じ取った乱馬だったが、そんな控えめな語気ではこの二人を止めるに値しない。よって、残念ながら乱馬の声は無視された。
「強ければ修行だけに専念すればいいだけのこと!弱いあかねに付き合わされて乱馬かわいそうね!言っとくがあかねみたいな、弱い奴は嫌いね!」
「シャンプー!!」
 言いすぎだ、と乱馬が制したがもうそれは遅かった。シャンプーから迸った言葉の刺が、あかねの胸にはえぐるように突き刺さってしまっていたようだった。
 よろけるようにあかねが2,3歩後ずさる。あかねはぐっと鞄を両手で握りしめると、目を閉じた。しっかりと目を閉じて自分を奮い立たせるように首を振ってから、一言だけ乱馬にこう言った。
「あたし、先行ってるから」
 乱馬は先に走り出したあかねを追おうとしたが、まだシャンプーは腕に絡み付いていた。
「あかねっ!?」
 乱馬がそう言ったのに、あかねは振り返りもせずに走っていってしまった。

「そりゃーシャンプーもシャンプーだが・・」
「乱馬も乱馬だな」
 乱馬から今朝の出来事を一通り聞いたクラスメイトと先生はうなりながらも、ひろしと大介が言った言葉にほとんど頷いていた。ただし、ひな子先生は途中で「シャンプーって誰なの?」など言っていたのでこのパーチクリンには状況を良く飲み込めていないようだった。
「なんでだよ!俺はちゃんと止めたぞ!?」
 クラスメイトたちの白状な感想に、乱馬はまたもやむっとして言い返した。
「止めたうちに入ると思ってんのか?」
 ひろしがやれやれと声を上げた。大介もお手上げのゼスチャーをしている。
「だいたいねー、止めるも何も、元はといえば、乱馬くんがはっきりしないから!」
 そう言ったのは普段は物静かなゆかだ。続けてさゆりも、
「そうよね。止めるとか以前に、乱馬くんがはっきりさえしてくれれば、あかねもシャンプーもこんな言い合いしなくて済んでるんだもの。二人だっていい迷惑よ」
と、乱馬に説教をしだすありさまだ。そのさゆりに、ひろしと大介がノリをあわせて女っぽく「そーよねー」などと言っている。
「全部俺が悪いっていうのかよ・・」
「シャンプーのしつこさもあることだから、ま、8割方乱馬だろうな」
 憮然とした乱馬をあっさりと切り捨てるのは大介だ。言いたいことはずばずば言ってくれる大介に、乱馬はひと睨みくれてやった。
「8割も10割も変わらんし、まぁ気前よく全部被っとけ乱馬」
 ひろしはひろしでからからと笑いながらさりげなくも酷いことを言う。乱馬は柄もなくため息をつくと机に突っ伏した。
「他人事だと思いやがって・・」
「他人事だもーん」
 声を揃えてひろしや大介、それにさゆりやゆか、までが加わってそう言ったのには、乱馬は情けなくて涙が出そうだ、などと思ってしまうほどいつも以上に鬱々とした気分になっていた。



―あたしは邪魔なの・・?邪魔だったら・・もうっ・・!

「歴史は繰り返す・・かぁ」
 いつだったか――もうかなり昔のような気持ちもするけれど――あかねは過去に一度言ったことある言葉を思い出していた。
「邪魔、かなぁ・・邪魔かもなぁ・・」
 あかねは屋上の危険防止のフェンスを掴んで、風にあたりながらそう思った。教室を飛び出したものの、行く当てもなく結局屋上に上りつめてしまったと言うわけだ。
 いつものやりとりでならこんなに落ち込んだりはしない。ただシャンプーが乱馬を虜にしようと画策するのはいつものことだからだ。そして、乱馬は最終的にはシャンプーに手に落ちないことを知っているからだ。これは、乱馬はシャンプーの好意を何度も知りながらも、かわしている。はっきり言えば、拒否している。だから、あかねはいつものことだと受け流すことができた。
 ただ、今日は違うのだ。
 シャンプーはあかねをはっきりとライバルと意識して、攻撃してきた。これはいつもの彼女のパターンではありえないことだった。いつもはあかねを蹴落とすよりも、乱馬の意識を自分に向けることで一生懸命なのだ。だとしたら・・いや、今回もそのパターンだと言うこともいえる。修行のことに託(かこつ)けて乱馬を自分の方に意識を向けようとし、なおかつあかねを蹴落とそうと考えた、とも言える。
「参ったわ・・結構ストライクゾーンを突いてくるじゃない」
 はは、と力が抜けるような笑いをあかねは意識せず漏らしてしまっていた。
「あたしは、どうしたらいいんだろう?」
 ―あたしは、乱馬のためにどうしたらいいんだろう?
「わっ!」
 急に背後から乱馬の声がして、あかねは驚いて振り返った。乱馬はまるで押し出されでもしたかのように、よろけながらあかねの前に姿をあらわしていた。
「よ、よぉ・・」
 間抜けな挨拶に、あかねはなんだか腹が立った。腕を組んで乱馬を見据えてやる。
「何の用?」
「一人でさみしそーだから・・って言えって」
「はぁ?」
 あかねは唖然として乱馬を見ていたが、すぐに屋上への出入り口の方に目をやる。屋上に繋がる階段への出入り口のドアには擦りガラスの窓がついていて、そこに人影が何人か映っているのを見てあかねは少し微笑んだ。
(みんなが、乱馬を追い立ててくれたのね・・)
 ありがとう、とあかねは心の中でクラスメイト達に感謝した。
「で?何か話があるの?ないなら一人にしてくれない?考えたいこと、あるから」
「何を考えるんだよ?」
 乱馬が一歩、前に進む。あかねが逃げないのかを確かめるように。
 あかねは微動だにしなかった。腕を組んで仁王立ちをしているのに、今敵に後ろを見せる気にはならない、というのが今のあかねの心情だったに違いない。
「あんたには関係ないことよ」
「それなら、なおさら俺が聞いてもいいよな?」
「……」
 あかねが黙ると、乱馬は腕を頭の後ろに組み合わせて歩き出した。あかねの正面を通り越して、フェンスの前まで来るとくるりとあかねに体を向けた。
「俺に関係ないわけない、よな。シャンプーの言ったこと気にしてるんだろ?」
 あかねは肯定も否定もせずに、隣にいる乱馬を見ずにフェンスの向こうの景色へと目を向けた。グラウンドで上級生がサッカーをしているのが見えた。
 あかねの無反応な様子を見て、乱馬は肯定と受け取ったのか、なんにもしなくていいから、と言った。
「え?」
「なんも、しなくていい。いつも通りにしててくれ」
 乱馬はそう言うと、笑っていた。照れ隠しに笑っているのだろうか。でも、少なくともからかっているような笑いではないと、あかねは思った。
「いつも通り?」
 乱馬の笑顔に負けてしまった自分がいる、とあかねは思う。
(だって自分の頬の筋肉が緩んでるのが、わかるんだもの)
「そっ、いつも通り」
 安心したのか、乱馬がいつもの調子を取り戻しているのも、あかねにとっては嬉しいこと。
「じゃ、いつも通り、あたしはアンタを教室に連れ戻せばいいかしら?」
「たまには、俺が連れ戻してやるよ」
 そう言って乱馬が手を伸ばす。が、乱馬は意外とオクテで臆病なので、あかねの手に届かない。
「これもいつもだっけ?」
 くすっと微笑んで、あかねは乱馬の手を握り締める。
「これは、例外だな」
 あかねから乱馬の表情はうかがえなかった。けれど耳が赤いのは後ろからでも十分わかってしまった。あかねはやわらかく微笑むと、乱馬の手をもう一度握り締めた。

 いつも通り、それがいまの二人のたからもの。
 ちょっとした例外も、それはそれでたからもの。






■END


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