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【らんま1/2】台詞お題30より |
| ■11「その手があったか…」 |
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先日大雨を降らせた台風が過ぎていくと、空はとたんに夏色を帯び始めた。じりじりと焼けるような陽の光が容赦なくあたりを照らしては反射していた。台風が通過している最中には増水していた川の濁流も、今ではその陰もなく、水面は穏やかにたゆたい明るく光っていた。 あっという間に夏休みの一週間は過ぎた。この調子だと二学期までの1ヶ月も相当早いに違いない、とそんなことを考えながら、あかねは道端の木陰で一休みしていた。長女のかすみから買い物を頼まれて家を出てきたのはよかったのだが、帽子を被ってこなかったので頭のてっぺんが焼けるように熱かった。家を出たすぐは、台風一過の陽光が心地よくて帽子を持たなくても大丈夫だろうと思ったのだが、どうやらその考えは甘すぎたようだった。 「やれやれ、失敗しちゃったなぁ」 あかねは空を見上げてから、ふうっと息をつくとこめかみから流れる汗を拭い、木陰から出る一歩を勇気を持って踏み出した。 そんなあかねの様子を屋根から見つめる一つの影があった。なんのことはない、彼女の許婚の早乙女乱馬だった。 「ふっ、今日はついてるぜ。今日こそなびきの条件を果たすことができそうだぜ」 乱馬は人知れずそんなことをぶつぶつと一人ごちると、屋根づたいに天道家への方向に戻り始めた。 事の次第はこうである。 乱馬は先日なびきから指輪を買う羽目になり、破格な金額にまけてもらう代わりに「相手に渡すならきちんと手渡すこと」という条件を付け加えたのだった。乱馬はそれでもどうしてもその指輪がほしかったため、その条件を飲んで指輪を得たわけであるが、手渡すことを渋るうちになびきに、条件を満たさなければ値引いた金額はトイチして返してもらう、という極悪な条件を付け足してきたのである。 それはかなわないと乱馬はあわてて何とか手渡す方法を考えるのだが、プレゼントを渡すなど性分にあわないことをするのがどうしても苦手で、そういこうしている間に今日がその10日目を向かえる羽目になった、というわけである。 「だがっ、それだって今日中になんとかすりゃあいいってことだ。幸いあかねは一人で出かけたところだし、あの作戦を実行する時が来たってわけだ!わーはっはははは!!」 たかがプレゼントを渡すというだけでどうしてここまで息巻いて行動しなきゃならないのか不思議なくらいなのだが、乱馬にとっては正真正銘男のプライドを賭けた勝負なのだ。何事も勝負に置き換えてしまう乱馬だが、そう思って自分を鼓舞しなければ動けないくらい乱馬は小心者でヘタレなのである。わざわざ説明するまでもないことなのかもしれないが。 「へっくしょっ・・っうーなんだ?夏風邪か?まあいいか、とりあえず変装変装っ」 早雲からこっそり拝借したタキシードを着込み、白い口ひげをつけて変装は完了した。 「だーはははは、こうすれば俺が手渡すという条件は満たしつつ、あかねには俺とはばれずに渡すことができるってわけだ!俺ってば天才じゃーん!」 くるくる、とどこから拝借したのかステッキを回して乱馬が意気揚々と飛び出していくと、その部屋の廊下ではなびきがにやりと笑っていた。 「甘いわねー・・相変わらず」 なびきはとたとたと乱馬たち居候の部屋から歩いていくと、一階へ降りて電話をかけ始めた。 「さて、あかねはどこかなーと」 乱馬の方は一度天道家に戻ったため、あかねの場所がわからなくなってしまっていた。だがあかねが買い物するのは商店街と相場が決まっている、ふらふらしていれば見つかるだろう、と乱馬は商店街周辺をあてどもなくうろうろしていた。 思った通り、八百屋の店先で買い物をしているあかねを見つけて、乱馬しめたと喜んだ。今の乱馬にとっては指輪を渡してあかねが喜んでくれるかということよりも、自分のミッションが達成できるかどうかで頭がいっぱいだった。油断なく、しかし老人に見えるようによぼよぼとステッキを使いながらあかねに近づいていく乱馬に、あかねは少しも気づいていなかった。頭髪も白いかつらにしているため、これではわかりようがない。変装がうまくいっていることに、乱馬は快感を覚えながらあかねに近づいていった。 が、しかし、この練馬区は想定外のことが起こることが常なのである。 「早乙女乱馬、覚悟ぉぉぉっ!!」 聞き覚えのある声が乱馬に向かって告げられ、腰を折り曲げていた乱馬はとっさに背筋を伸ばしてしまい、向かってきた相手の木刀をステッキで振り払った。 「なんのつもりだ九能先輩っ!」 乱馬はつい変装していることも忘れてステッキを九能に向けて言い放った。が、傍にいたあかねが訝しげな顔で近づくと乱馬はあわててのけぞった。 「・・・?」 あかねはのけぞった老人風の男のひげを引っ張った。 びりりっ、と音がした。糊のはがれる音だった。 「いてぇ!」 「・・なにやってんの?あんた」 完全にあきれた表情であかねが乱馬にそういった。乱馬はさっと目をそらすと、白髪のかつらも自分ではずしてぼそぼそと言い訳するように口ごもった。 「なにって・・その・・」 「僕に感謝するがいい、あかねくん。早乙女乱馬は君に変装までしていかがわしいものを渡そうとたくらんでいたのだ!」 「いかがわしいだとぉ!?誰がそんなことを!」 いきなり侮辱的な台詞をぶちまけられて乱馬はかっとしてそう叫んだ。言われた九能はふっと髪を掻き上げると、 「企業秘密だ」 と、言い放ったが、あかねがあきれたように腕を組みながらこういった。 「どうせ、なびきおねーちゃんから、『特別情報』とかいってつかまされたんじゃないですか?千円くらいで」 「ちがうぞあかねくん、2千円だ」 「・・・」 あかねも乱馬もいつものこととはいえ、九能のなびきに対する使われ方には少々気の毒になってきた。本人があまり痛みを感じていないことだけが救いだ。 「さて、いかがわしいものを出すんだ早乙女乱馬。あかねくんの身を守るために、そんなものはこの僕が成敗してくれる!」 「なんなの?乱馬」 あかねも、乱馬が何を持っているのかが気になっている様子で乱馬を見上げた。乱馬はそのときまともにやっとあかねを見たのだが、同時にあかねの腕にいる物体も見つけて顔をゆがませた。 「おまっ・・ここに・・・!」 「ぶきぃっ!!」 あかねのペットである黒豚のPちゃんが恐ろしい形相で乱馬をにらみつけていた。それもそのはず、その黒豚の正体はあかねを恋い慕う響良牙なのだ。そんな良牙があかねに対して渡そうとしているいかがわしいもの、と聞いてじっとしているわけがなかった。 「ぶききっ!!」 あかねの腕から飛び出した黒豚は乱馬のタキシードの懐に飛び込んではそこに忍ばせていたものを奪って、そのまま走り去ってしまったのだ。 「このやろーっ!!」 乱馬は完全に頭にきた形相をして黒豚を追った。 「あかねくん、安心したまえ。僕は早乙女の持ついかがわしいものを君のために成敗してきてやろう!デートはその後してやるからな」 「いりませんっ」 「ふははは、テレ屋さんめっ。ではさらばだ!」 九能も商店街から乱馬を追って走り去ってしまうと、いつのまにか屯していた商店街の人々は次々に自分の用事を思い出したように動き始めたのだった。 「なんなの・・一体」 あかねはなぜ乱馬があれほど怒るのかを理解できずにただ呆然と立ちすくんでいた。 「いいかげんにしろっ!」 黒豚がしつこく逃げ回るので乱馬は持っていたステッキを投げつけた。見事にステッキが黒豚の後頭部にあたって、黒豚はようやくその場に倒れた。商店街から3キロは走り詰めだった。あたりは商店街から住宅地の間の公園に変わっていた。 「手間・・かけさせやがって・・」 ぜえぜえと息切れしつつ、乱馬は黒豚が倒れた所まで行くと、黒豚の口に咥えられた箱を抜き取ろうとした。黒豚はとっさに奪われようとした箱と乱馬の指ごとがぶりと噛んでやった。 「いってぇぇ!」 痛みのあまり乱馬はかまれた指を振り払うと、豚は空へ、小箱は地面に飛んでいってしまった。あわてて乱馬は小箱の方を取りに行ったが、小箱の中はなにもない。青くなってとっさに辺りを見回してみたが、ないのだ。入っていたはずの指輪が。 「探し物はこれか、ご老人」 嫌味たっぷりに良牙の声がした。乱馬が振り返ると、そこにはどうやら銭湯に入ってきたばかりの良牙と、その手にあるのは箱の中に入っているはずの指輪だった。いつの間にか、良牙は箱の中から奪っていたのだ。 「このやろう・・返せ!」 「いかがわしいものとは言い得て妙だな!こんなものであかねさんの心を奪おうとは!」 「やかましいっ!おめーじゃねぇんだ、そんなこと考えちゃいねぇ!」 「どーだか!!」 言いながら、二人は格闘し始めていた。そのころには九能が到着して、乱馬に攻撃を始めた。通りかかったムースまでが「乱馬を殴るならオラも仲間に入れろ!」とわけのわからないことを言って乱闘に参加した。 しかし、乱闘の結果は見えていた。なんだかんだいって、乱馬は強いのである。ムースと九能を足蹴にしてお空に飛ばし、そのあと良牙は池の水に落ちてもらい、弱体化したところをまた足蹴にしてお空の星になってもらうと、乱馬は息を切らせながら空を見やった。けっと口を鳴らし守りきった指輪を拾うと、愕然とした。 「こ、壊れてる・・」 繊細な指輪の細工が乱闘の攻撃に耐えられるはずもなく、ガラスのところがきれいに落ちてしまい、花の細工がただのわっかの連なりに変わってしまっているのを見て、乱馬はこれ以上ないほどショックを受けた。こうなってしまった指輪をもったまま、乱馬は絶叫するしかなかった。 「ち・・ちくしょぉぉっ!!」 「あ、かわいい指輪」 ひょいっと現れたあかねがそう言ったので、乱馬が声も出せないほど驚いてのけぞった。 「それ、私にくれるの?」 あっさりと、あかねがそう言ったので、乱馬は拍子抜けした。ああ、というと、あかねは嬉しそうに乱馬から指輪を受け取り、指輪の形を眺めた。 「素敵なデザイン。私こういうのが欲しかったの。ありがとね、乱馬」 にっこり、と何の不満もなく笑うあかねを見て、乱馬はほっとした。自分の苦労が報われたことに、乱馬はやっと満足して安堵のため息をついた。 「ったく・・なんでこんな指輪ごときで俺がこんな目に・・」 いまさら疲れが出てきたのか、乱馬がベンチに腰掛けると、あかねもすぐ隣に座った。 「大体なんで変装なわけ?余計なことするからみんなが疑うんじゃない」 「だってよー・・」 ガラじゃねぇじゃねーか、と乱馬は言いたかったのだが、あっさり渡すことができた今となっては馬鹿馬鹿しい台詞だと思った。 「あんたのことだから、ガラじゃないとかそんなことでしょうけど、それだったらおばさまからだとか、他に言いようがあったでしょうに・・」 あかねの言葉に一瞬乱馬は目が点になった。 「その手があったか・・」 余計に疲れてきてがっくりと肩を落とすと、あかねはそんな乱馬を見て穏やかに笑った。 「でも、この方が私は何倍も嬉しかったよ」 「そーか」 それならいいか、と乱馬は条件を果たせた今となってはどうでもよくなって、そう思った。 二人はしばらくベンチに座ったまま無言だったが、やがて乱馬が立ち上がり、帰るか、と声をかけた。 「うん、でね、乱馬」 「なんだ?」 乱馬が振り返ってみると、あかねはまだ指輪を指に嵌めてはおらず、人差し指と親指で握り締めながらにっこり微笑んでいた。 「どの指につけたらいいと思う?」 乱馬の目が一瞬見開かれて固まったあと、ぎしっと音を立てて石になってしまった。それを見てあかねが、幸せそうにくすくすと笑っていた。 ■END |