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【らんま1/2】台詞お題30より】 |
| ■「お前より困難な人生生きてんだよ」 |
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掲載日[2008/4/2] なんて傲慢な。 あんたの人生なんて知ったこっちゃないけど、勝手に不幸自慢されても困る。 だいたい、その困難とやらは往々にして自業自得じゃない。何が、お前より、よ。あんたがあたしの何を知ってるっていうの。 あたしだって、それなりに苦労してきたわよ。女だてらに強さを保持するのって結構精神力いるんだから。そりゃもちろんあたしが好きで選んだ道だもん。弱音だって絶対に吐けない。お父さんだってやっぱり、あたしが武道を志していることを喜んでくれてるはずだもん。 そういえば。 まだ小さかったあたしが格闘の真似ごとをしてるとき、お母さんが嬉しそうに道場におやつを持って来てくれたことがあった。お母さんは持ってきたタオルで額の汗を吹いてくれた。お父さんが自慢げにあたしの話をしてるのを、お母さんが感心して、あかねはすごいね、って褒めてくれた。そうだ。あたしはそれでもっともっと強くなってお母さんに褒めてもらいたかったんだ。 あたしは結局、お母さんに強くなったあたしを見せられなかったけど。 困難でない人生なんてあるんだろうか。 お母さんがいなくなって、残されたあたしたちの生活は一遍にひっくり返った。あたしたち家族はそのひっくり返った生活でお母さんの存在の大きさを知った。とりかえしもつかず、どうすることも出来なかった命の存在。ぽっかりと空いた空虚なものが、大きければ大きいほど、あたしたちは安心した。その空いた場所はお母さんがいた場所なんだと。 けれど。 徐々に悲しみは薄れていった。それがまたやるせなかった。お母さんのいない生活に慣れ始めたことが、お母さんに申し訳ない気がした。心に空いた空虚さは、段々とその体積を失っていった。それにつれて、お母さんの面影も次第に薄れていく。それがあたしには辛くて堪らなかった。 お母さんを、まるで自分で手放してるみたいだと思った。 忘れたくないという思いは確かにあるのに、幼いうちの記憶は指の間をすり抜ける砂のようにこぼれていった。 お母さんが座っていた場所がかすみお姉ちゃんの場所になった。 家計のやり繰りにはなびきお姉ちゃんがたまに口出すようになった。 あたしは、しばらくやってなかった武道にもう一度目を向けた。あたしとお母さんをつなぐのは、いつだって道場だったのだ。道場にさえ居れば、お母さんはあたしを探してくれた。 だから、お母さん。 もうあたしから消えないで。 これ以上、あたしから消えないで。 思い出の連鎖で悲しくなった想いから、あかねは我に返った。 あかねは、道場で神棚を見上げていた。あかねが背伸びしても届かないところにある神棚を、母が掃除していたことを思い出す。そういえば、神棚を掃除することなど、今では年末の大掃除くらいでしかないことに気づいた。今は四月。埃もいい具合にたまっているのではないか。そう思うと、あかねは踵を返して納屋に向かった。脚立と雑巾を取りに行こうと思ったのだった。 ぱたぱたと足を鳴らして道場の裏手にある納屋に向かう。どうやら先日屋根の修理をしていたせいか脚立が表に出ていてちょうどよかった。あかねはそれを脇にかかえる。表の水道の蛇口に乾いた雑巾が掛けてあって、バケツに水を汲むとその雑巾をバケツに入れて左手で持った。一気に大荷物だ。 なにかやろう、と思った瞬間にあかねの気持ちは晴れてきた。先ほど乱馬と口喧嘩したことも、それにつられて思い出してしまった昔の悲しい出来事も、今では片隅に追いやられている。人間って結構単純なんだな、とあかねは思いながら、その単純さに少しホッとしていた。 「なにやってんだよ」 唐突に現れるのは彼の十八番。あかねは驚いて足を止めようとしたが、手荷物が重かったせいで、バランスが崩れそうになる。必死に均衡を保とうとしていると、とん、と乱馬が背中に触れた。一瞬だけ。それだけであかねは重心を持ち直す。 「ほら、貸せ」 何か言おうとするのを遮るように、乱馬は脚立をあかねから奪う。そして、物も言わずに道場にその足で向かってしまう。あかねはあっけにとられてなにも言うこともできない。どうして、乱馬は道場に向かっているのだろう。まるであかねが神棚の掃除をすることを知っているかのようではないか。 「乱馬のやつ…」 あかねは思わず笑ってしまった。乱馬の行動が、今度はあかねにも手に取るようにわかってしまったのだ。 おそらく乱馬は道場にいたあかねを見ていたに違いない。ずっと神棚を見ていたあかねが、何かを思いついたように納屋に行ったのを見て取って、あかねが神棚の掃除を思いついたのだと思ったのだろう。手荷物でいっぱいになったあかねに偶然を装って現れ、そしてその手にあかねの荷物をかっさらう。それが、乱馬なりの仲直りしようという意思表示。 「全く素直じゃないわね」 くすくす一人で笑っていると、乱馬の声が道場の裏まで届く。 「おい、あかね!早くしろ!なにもたもたしてんだ!」 道場の奥から声を張り上げているのだろう、乱馬はイライラしたように声を上げている。けれど、これもポーズなのがわかる。そういう態度に見せているだけ。本当はイライラというより、少し焦ってるのだ。あかねが来なかったら、と。 「うるさいわね!こっちだってバケツ持ってるんだからね!」 あかねが言いながら道場の階段を上がると、道場の入口で待ちかねたような顔をした乱馬が無愛想にあかねの手からバケツを奪った。 「こんなの怪力のお前ならどってことねーだろ!」 「失礼ね!…あっ!ばか!道場に脚立そのまま立てかけちゃ床が傷ついちゃうわよ!」 あかねがあわてて入口にいつも敷いてある敷き布を手にすると、脚立の下に敷いた。乱馬の手からバケツを奪い返して、雑巾を絞る。冷たい水で指先がじんじんとしびれた。 雑巾をもったあかねが脚立に上ろうとすると、乱馬が横からその雑巾をまた奪う。 「もう!遊んでるんじゃないのよ!返して!」 「馬鹿。不器用なやつが神棚なんて掃除したら壊しちまうだろ」 「何言ってんのよ、あんたなんていつも掃除なんてしないくせに!」 「お前だってしてねぇだろ!」 「馬鹿にしないでよ、あたしは乱馬と違って自分の部屋の掃除くらいちゃんとやってますからね!」 「うるせぇ、いいからお前は下で脚立持ってろ」 「は?」 きょとんと目を丸くしたあかねから、乱馬は慌てて目をそらした。 「おめーはどうせふらふらして落ち着いてみてらんねぇんだからよ」 それだけ言うと、乱馬はととと、と脚立を身軽に上がりきって神棚に雑巾を当て始める。乱馬が掃除をするなんて、とあかねは不思議な思いにとらわれながら、目の前の脚立を支えるように握った。 「乱馬」 「…あんだよ」 やるうちに夢中になってしまったのか、乱馬の返事は少し鈍かった。 あかねは真剣な表情で掃除する乱馬を見上げながら、くすっと笑う。 「神棚の掃除当番、これからよろしくね!」 「なんでだよ!」 ■END
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