【らんま1/2】台詞お題30より

■「まあ、それは光栄ですわ。」

掲載日[2008/4/22]


















「招待状?」
 乱馬は道場の隅で逆立ち胡坐の状態のまま、少し離れたところに立っているあかねに訝しげな顔をした。おそらくあかねは、スカートの中を見られることを気にして近づかないのだろう、と乱馬は思う。
 だいたい、あかねの着用する服は短いスカートが多い。そんなことを気にするくらいならもうちょっと足を隠すべきじゃないのかと思う。あかねの足はカモシカのように細くてしなやかなので、時々そっちの方にどきりとさせられることがある。別に足フェチということはないと思うが、と乱馬は一人言い訳のようにそう思う。
「そう、それでね、うちに手紙が」
「読んでくれよ」
 乱馬は面倒くさくてあかねに言い放つ。あかねが睨み付けてくるのは百も承知だったので、乱馬はそれを避けるように目を閉じた。あかねは一瞬むっとしたようだったが、あかねもその手紙の内容が気になったのか、すぐにかさかさと音を立てて封筒の中の手紙を抜き取っているようだ。あかねは腰を落ち着けることにしたようで、ぺたんと道場の床に尻を着く音が届く。
 乱馬は、あかねのそんな動作を逐一気配で感じながらも、そのままの体勢でバランスを取っていた。
「拝啓。桜の花もほころぶ見目麗しき季節の中、貴君らには…」
「挨拶はとばせ」
 素気無く乱馬が言うと、あかねは言うと思ったとでも言うように素直に主要の部分に切り替えて読み始めた。
「…これをもって、春の宴としてダンスパーティを九能家屋敷内の講堂にて執り行う。主催は九能帯刀、協力、練馬商店街。優勝者には商店街食べ放題券(1年間有効)を進呈」
「…悪くないな」
 乱馬はその商品に興味を持ったようだった。あかねはそれには答えず、手紙を読み続ける。
「ルールは至って簡単。二人一組の男女が手を取り合い優雅な踊りを披露し得点を上げる。技の披露のための結果的な他のグループ妨害等は認められる。最終的に残った二人一組の男女に優勝商品は贈られる」
「バトルロイヤルか。要するに格闘ダンスパーティだな」
「…これにより主催者としての義務を果たすため、天道あかね、おさげの女には僕の相手を務めてもらいたい。尚、ついでだが早乙女乱馬も妹の小太刀の相手として参加を要請する。小太刀の連れとして来場は許す。くれぐれも僕たちの邪魔をせんように。以上」
「…なぁにが許す、だ!」
 乱馬はごち、と音を立てて体を転倒させていた。あかねはそんな乱馬をあきれたように見てから、便箋を封筒の中に仕舞うと乱馬の前においた。
「行くの?」
「ったりめーだろ。買い食いし放題券なんてなかなかもらえるもんじゃねぇしな」
 ゆっくりと起き上がりながら、乱馬は嬉しそうにそういった。そんな乱馬の表情を読むともなしに知れたのか、あかねがぼそりと乱馬の心中を代弁する。
「ご町内の相手なら乱馬が圧勝でしょうしね」
「まーな」
 上の空でそう返事をする。乱馬の頭の中は、すでに優勝したときに何を食べようかという思考に走り始めていた。
「ま、頑張んなさい」
 あかねはすっくと立ち上がると道場を出ようとした。乱馬がそれに気づいて、奇妙な顔をする。
「あかねは出ねぇのか?」
 あかねは乱馬の言葉こそに逆に怪訝な顔をするように振り返る。
「九能先輩の相手で?」
 乱馬もぞわっと鳥肌を立てる。完全に忘れていた。それが前提条件だったことを。
「あたしはやめとく。ハイヒールだってほとんど穿いたことないもの」
 転んじゃうわ、という言外の言葉を乱馬は汲み取った。
「確かになー。ただでさえ不器用なお前がハイヒールなんて履こうものならな」
「なによ!スケート滑れないくせに!」
「残念でしたーもぉぉ滑れるっての!」
「どーだか。しばらく滑らないと忘れてるわよ。ためしに今度行ってみる?」
「望むところだ!…ってあれ、それ、もしかしてデート誘ってんの?お前」
 乱馬の言葉に一瞬あかねがびっくりしたように目を見開く。自分でもそれと気づかなかった大胆さに、あかねはひとり赤くなりそうになって慌てて立ち上がった。
「馬鹿!誰があんたなんかと!」
 あかねはすたすたと歩きだして道場を出て行こうとする。その後ろで乱馬はべろべろ〜と舌を出していると、あかねが出る間際に防火用のバケツを手にした。
「うわっちょっこらっ!やめろ!」
 あかねはその手に持ったバケツの水をばっしゃと乱馬に掛けてやると、間髪置かずバケツを乱馬に投げつけてやった。
 ごわん、と鈍く音を鳴らすバケツをそのままに、あかねは道場を出て行ってしまった。
 後には、女になった乱馬が顔面にぶつけられたバケツをそのままに静止した姿があった。

 そして、ダンスパーティ当日。
 商店街の協力もあって、その日は町全体がお祭り騒ぎになっていた。
 天道家の面々も乱馬の晴れ姿を見ようと支度を進めていた。
「かすみ、お弁当はどうだね」
「もう少しよ、お父さん。あかねちゃん、水筒にお茶お願い」
「わかったわ」
「カメラの準備よし、と。これでまた九能ちゃんにいい商売ができるわね」
「なびき、ほどほどにしといてくれよ」
「乱馬、食い放題券は家族まで有効にしてもらえんかちゃんと聞いてくるんだぞ!」
「あっかねちゃーん!わしと一緒にダンスパーティに出んかー?」
 相変わらずベクトルの方向性がばらばらの会話が成り立っていたところ、そこにまたベクトルの違う音がした。
 ぴんぽーん。
「天道さーん、お届けものでーす!」
「あら。どうしましょう」
 手を離せないかすみが困ったように声を上げると、すかさずなびきが声を上げた。
「あたしが出るわ」
「お願いねなびき」
 ゆったりと微笑むかすみに、なびきが軽く手を上げて応える。なびきはそれから玄関に急ぐでもなく向かう。
 出迎えた配達員の手にはやたらと大きな箱が二つ抱えられていた。
「ここに判子お願いします」
「はいはい」
 なびきは玄関の横においてある印鑑いれから判子を取り出すと、配達員の指示する場所に二つ判子を押した。配達員が控えをポケットに入れると、頭を下げて出て行った。
「ありがとうございました〜!」
「どーも」
 なびきは引き戸を閉めてから二つの箱を覗き込む。いったい誰から誰へのものか、それを確かめるべくその配達票を見てみると、なびきがにんまりと顔をほころばせた。
(九能ちゃんたらやってくれるわね)
「乱馬くーん、あかねー!荷物、あんたたち宛てよ!」
「「えー??」」
 女になった乱馬とあかね、その二人がまるで姉妹のように同じ顔をして台所から顔を覗かせているのを見て、なびきはつい可笑しくなった。
「九能ちゃんから、プレゼント!」
 なびきがそういうと、二人だけならいざ知らず、関係のない親父たちまで後ろからぞろぞろとついてくる。
「なんだなんだ」
「どうしたんだね」
「わしの分もあるかのー」
 玄関に置かれた二つの箱を前にして、天道家の面々がそこに揃う。乱馬とあかねはそれぞれ自分の宛名の箱を見ると、一瞬嫌そうな顔をした。
「九能…」
「先輩から…」
 過去、九能から送られた贈り物にろくなものがないことを思い出して、二人はぞっとして顔を見合わせる。しばらく留守にするからというどうでもいい情報の上に送りつけられたのは、九能そのものの胸像人形だった。
 今回はふたつあるということは、ろくでもないものが二つも…と二人はおそるおそる箱を開く。しかし、二人の予想は見事に外れることになる。
 ふわり、といい香りがしたと思ったらそこにあるのは赤いバラ、敷き詰めてあるのは質のいいシルクのようだった。
「なんだこれ?」
 乱馬は唖然としていたが、あかねははっとしたようにその布を手に取った。
「まさかこれ…!」
 ずるりと箱から取り出されたのは重量感のあるドレスだった。あかねはサーモンピンクの、段々にフレアのついたドレス。乱馬のほうはシックなワインレッドのすっきりしたマーメードドレスだった。
「まぁ、九能くんってセンスがいいのね。二人にとっても似合いそう」
 かすみが二人のドレスを見てそういった。確かにそのドレスは二人にあつらえたように似合いそうなドレスだ。もしかしたら九能が二人のためにオーダーメイドしたのかもしれない。九能家の財力を持ってすればそんなことはお茶の子さいさいだろう。
「けっ、気障なことしやがって…」
 乱馬はあきれた目でその衣装を見ていたが、一方あかねはぽーっとした顔でそのドレスを掴んでいた。そこに、なびきがすかさず茶々を入れる。
「どーしたの、あかね。あんたパーティには出ないんじゃなかった?」
「う、うん」
 しかしあかねはそのドレスに魅入られたようにドレスを掴んで離さないのだった。かわいらしいサーモンピンクのドレスは、色だけでなくそのデザインまでもがかわいらしくできていた。左肩には大きなバラが咲くようにあしらわれ、胸の前には白の真珠が格子のように交差してきらきらと輝いている。背中は意外にも大きく開いているがそこにはバラをあしらったレースがきちんとカバーされて下品にはならない。スカートは花びらを散らすように何枚も重ね合わされ、ひとつひとつの花びらの先はギャザーで寄せられている。おかげでそれがまた光沢を増すのだった。
「着てったらいーじゃねぇか」
 穴が開くほど見つめるあかねに、乱馬が一言そう言った。あかねが下唇をかみ締めて、乱馬を見返す。怒っていいのか、悔しがっていいのか、喜んでいいのか、というどっちつかずのあかねの表情に、一瞬にして乱馬の方が複雑になった。
 あかねにこんな顔させることに成功した九能が急に憎らしくなったのだ。
(ちくしょー、九能の野郎。覚えてろよ!)
 しかし、そんな感情を寸分も出さずに、乱馬は声を上げる。
「どうせ九能からのもらい物だから気にせず着たらいいんじゃねぇの?どうせ馬子にも衣装だろうけど」
 「なっ!」と続けようとした最後の「なっ」は言葉にならなかった。
 あかねが乱馬の頭に玄関の靴箱の上においてあった花瓶を投げつけたのだった。
「お父さん、行きましょう!」
 あかねはドレスを箱に仕舞うとそのまま靴を履いてしまう。もちろん、ドレスには到底似合わない普段のスニーカである。
「あかね、ドレスは」
 早雲としてはあかねのドレス姿を見るのが少し楽しみだったのだろう。名残惜しげにドレスの箱を見ているが、あかねはもうその箱に見向きもしなかった。
「いいっ!どうせ似合わないもんっ!」
「あかねちゃん…」
 かすみも残念そうだった。先ほどのドレスはあかねにとても似合うと思っていたし、それを見られないのが口惜しいくらいだった。しかし乱馬を責める気にもなれない。多分乱馬もそんなあかねを見たかったに違いない。しかしそれは、自分以外の男から贈られた服でなかったら、だ。乱馬は別の男に贈られた服なんかをあかねに着せたくなかったのだろう。
「じゃ、乱馬くん、あんた支度があるでしょうから、戸締りよろしくね。私たちは先に行ってるから」
 なびきは何事もなかったかのようにあっけらかんとそう言うと、花瓶に頭ごと沈められている乱馬に手を振った。
「まったく、お前は許婚に掛ける言葉がなっとらん。修行が足りんぞ修行が」
「大体ね、早乙女君。君の教育がもうちょっとまともだったらね…」
「あっかねちゃーん!乱馬なんてほっといてわしとやっぱり組まんか〜〜!?」
「それじゃあ乱馬くん、戸締り、お願いね」
 天道家総勢六名が言いたい放題しながら玄関を出て行ってしまう。乱馬はその間も昏倒していて動けなかったのだが、誰も気遣う様子はなかった。これが日常茶飯事ともなれば、誰も気にしないのが普通になってしまうのである。
 そうして、しばらくしたあとようやく乱馬の指がぴくりと動いた。
「って〜〜〜〜〜!あかねの馬鹿野郎〜〜!思いっきり花瓶ぶつけやがって〜〜〜!」
 がばっと頭を上げた後、乱馬の頭の上で辛うじて均衡を保っていた花瓶が今はじめて乱馬の頭から落下した。がしゃんと思ったより派手な音が鳴り響いて、そこらじゅうが水浸しになる。
 乱馬はそれに気づいて一言、げ、と呟いた。

 商店街から九能家に続く沿道は、交通規制のおかげで完全に歩行者天国にしてあった。その道の両側には露店が立ち並び、早雲と玄馬、八宝斎が露店の食べ物を競って食べ荒らしていた。しばらくすれば彼らの小遣いも尽きるだろうし、放置していてもそれほど問題ないと思っているのか、娘たちは父たちの動向を見守るでもなく放置していた。
「それにしてもさ、あんたドレスだけでも着て来ればよかったのに。結構あれお値打ちものよ。うちじゃ到底買えない代物だわ」
「しつっこいなーなびきお姉ちゃんは。あたし別に九能先輩となんかペア組みたくないもん」
「相手が乱馬くんだったらよかったのにね、あかね」
 かすみが微笑みながら手にした昆布茶をすすっていた。昆布茶などがどこに売っていたのか、もしかしたら商店街の誰かが気を利かせてかすみのために出したのかもしれない。あかねは一瞬でそう思ってから、かすみに言い返す。
「お姉ちゃん!そんなんじゃないったら!」
「あら、じゃあ誰とならよかったの?あかね」
「どうでもいいでしょ!そんなこと!」
 からかい顔のなびきからぷい、とあかねが顔をそらすと、逸らした先に煌びやかな光が目に入ってあかねは一瞬目を背ける。
「な、なに?」
「あいや、あかねか」
 声に気づいて、あかねはすぐに顔を上げた。煌びやかな光、と思ったのはシャンプーについていた髪飾り、耳飾りに首飾り、腕輪、その他もろもろの装飾品の数々が反射したものだった。貴金属だけの光ではない。ラメの入った生地に金糸の刺繍、果てはスパンコールまでが大胆にあしらわれたチャイナドレスは、スタイルのいいシャンプーによく似合っている。
「シャンプー…」
「ダンスパーティにあかねは出ないのだな?」
 あかねの服装がいつも通りだったことを見越して、シャンプーは嬉しそうにきらきらと目を輝かせた。あかねは一瞬にしてその顔に不機嫌になる。シャンプーは誰が見てもやはり可愛くて、性格も素直だ。乱暴で見境がないところはあるが、研ぎ澄ませればその戦闘力はかなり高い。それはあかねにとっては羨ましいと思うものばかりだった。悔しい、という感情が意識しなくとも顔に出そうになって、あかねはごまかすように言葉を吐き捨てた。
「出ないわよ。ばかばかしい」
「乱馬は出るって聞いたね!邪魔者ひとり消えたね!」
 嬉しそうに両手を胸に合わせて飛び跳ねるシャンプーに、ぎりぎりとあかねは自分の手を握り締めるしかない。胸にはむかむかと熱いものがせりあがってくるというのに、どうしてこの吹き溜まりのような感情を精一杯我慢しなければならないのかと、あかねは毎度のことながら自問する。そして、その答えはまだ出てこない。いつになったらその答えが見えてくるのだろうか。
「勝手にすれば」
 自分の中の葛藤からも目を逸らすように、あかねはそういってシャンプーから目を逸らした。
「言われなくてもそうするね。乱馬と一緒に優勝ね!」
 シャンプーはシャラシャラと装飾品を鳴らしながら、一路九能屋敷へと走り去っていった。あかねは眉間にしわを寄せたまま過ぎ去るシャンプーを見ているしかない。と、後ろから肩をたたかれたことに気づく。振り返れば、もう一人の乱馬の許婚と対面する羽目になった。内心、あかねはため息をつきたくなる。本質的には今しがたと同じ、しかしバリエーションの違う会話をしなければならないかと思えば、ため息もつきたくなるというものである。
「あかねちゃん、出ぇへんの?」
「聞いた通りよ」
 しかし、右京の方もいつも通りの服装であった。もしかしたら右京は出ないのか、とあかねはこっそり安心しそうになったが、事はやはり簡単には収まらないのだった。
「乱ちゃんに商店街の食べ放題券なんて与えたらうちんとこ来るの減るやんか。いくらうちのお好み焼きがおいしい言うても、飽きっぽい乱ちゃんのことや、余計なとこには早めに手ぇ打っとかな思てな」
 がこっと大きなフライ返しを肩に乗せると、右京は乱馬優勝の阻止をしようと息巻く。余計なとこといいつつ、行き先が猫飯店になることを避けたいというのは言わずもがなである。あかねは内心、ま、いいけど、と呟くにとどめた。
「つまらんダンスパーティなんて、うちが壊したる」
「いいの?右京。一応この催し、商店街の企画なんでしょ?右京も商店街側の一員じゃないの?あとで商店街の人たちに怒られない?」
「名目上では怒られるかもしれへんけどな。でもまあ、商店街側も優勝者なんて出したくないのが本音やし。商品自体がどうせ赤字覚悟やんか。うちが邪魔したところで商店街側からは文句は出ぇへんやろな」
 肩に担いだフライ返しを手持ち無沙汰にくるくると回しながら、右京はそう言った。聞きながらあかねもその話には、なるほど頷けると思った。おそらく実際に商店街側も最終的に優勝者を出さないように暗躍する役目の人間がいるのだろう。
「邪魔する人が一人増えたところで問題なしってことね」
「そういうこと。ほなあかねちゃん、今回はうちのこと応援したってな」
「うん、頑張って」
 あかねはそういえばいつの間にか近くにいない家族を目で探し始めながら、一応言ってやる。
「おざなりやな。ほな」
 右京は気にした風もなく、あかねから走り去っていく。二人の娘が乱馬を追い、九能家ではもう一人の乱馬を慕う女が待ち受けているだろう。ほうっておいてもこの始末だ。乱馬のそばにはいつも女の姿があるのはなぜなのだろう、とあかねは今更ながらに肩をすくめた。
「あら、右京も参加しないのね」
 なびきは手にしたたこ焼きを片手で持ったまま、もう片方をひさしのように顔に掲げてそう言った。
「お姉ちゃん」
「でもやっぱり乱馬くん絡みで動くのね。甲斐甲斐しいもんよね」
「そーね」
 なびきの言葉に生返事をしつつ、あかねはなびきのたこ焼きをしばらく見ていたが、やがて口を開いた。
「ね、お姉ちゃん、そのたこ焼きどこに売ってたの?」
「あきれた。あんた、乱馬くんのことどうでもいいの?」
 なびきがことさらびっくりしたようにいうので、あかねはなびきを上目遣いに見上げてから息をつく。
「だって、あたし乱馬が何しようと関係ないし、あの子達が何しようとどうしようもないもの」
「そうじゃなくて」
 なびきはたこ焼きを一個爪楊枝を刺して取り上げると、そのたこ焼きをあかねに押し付けながらにっこり微笑む。
「あんたがどうしたいか、じゃないの?はい、これは奢りよ」
 なびきの微笑みはどうにも裏があるようで居心地が悪い、と思いながらあかねはなびきからそのたこ焼きを受け取る。ありがとう、と一言付け加えてから、話を元に戻した。
「だってあたしはどうしようもないわよ。乱馬がシャンプーが右京が小太刀がすることに、あたし何もできない」
 そう言ってあかねはもらったたこ焼きを丸ごと口に入れる。ぱくりと口に入れるしぐさが自分の妹ながらに可愛いと思えて、なびきは一人心の中で笑ってしまう。こんなしぐさを見せられたら、どんな男も次々にこの子にたこ焼きを差し出すに違いない。そしてあの無骨で無神経な許婚ももちろん例外ないだろう、と思う。いや例外ないというより、多分あれが筆頭だ、となびきは当人が聞いたら大きく憤慨しそうなことをさらりと思う。
 なびきはもう一つの爪楊枝でたこ焼きを一つまた刺して、今度は自分の口に入れた。熱いが火傷するほどではなくて助かる。焼きたてではなく、積んであったものを選んだのは正解だった、と思いながら、なびきは口の中で広がる香ばしいソースの香りと中は滑らかで温かいたこ焼きを咀嚼する。
(ぜんぜん、分かってないのよね、あかねは)
 すでに食べ終えて、やはりおいしかったのか、たこ焼き屋を目で探し始めているあかねを見ながら、なびきは考える。
(乱馬くんはもとより、シャンプー、右京、小太刀の行動を全部無効できるカードは…実はあんた自身なのよ?)
 完全無欠のワイルドカード。何者にも負けない、何者にも代わらない、すべてを制すこともできるカード。
 それは実はあかねなのだ。
 しかし、その強力なカードをあかね自身が知らないので振るうこともできない。しかし、そのカードの威力を振るうためにはある壁を越えなければならないのだ。あかねはそれを極端なほど恐れている。
――思い切って告白したのに…!もう同じ屋根の下では暮らせないわ!
 あかねと許婚を交代したときになびき自身が乱馬に言い放った言葉。これは本来なびき自身の言葉ではない。なびきは逆にフッたことを盾にしていくらでも乱馬を利用してやろうとさえ思いつくクールな頭脳の持ち主である。
 あの言葉は、あかねをシミュレートした結果の言葉だった。
(乱馬くんが近すぎて、あかねは前に進むこともできない。けど、この子は離れるのはもっとイヤなのよね)
 乱馬がもし、天道家から出て行ったとしてあかねは、そして乱馬がそのことにどれほど耐えられるかと思う。もしかすると、しばらく別の住処に住むことになった方が、二人はあっさり進展するのではないかとなびきはこっそり思う。
(住処の違う二人がきっちりと会うためには理由がいるからね)
 結果として、そうなることが妹にとっていいことなのか悪いことなのかは未だなびきにも判断がつかないのであるが。
「お姉ちゃんったら!」
「なによー」
 無意識にたこ焼きを食べ続けながら、なびきはあかねの声にやっと気づいた。どうやらずっと声を掛けていたらしく、あかねはむっとしたように眉間に皺を寄せている。その顔はあかねがよくする表情だったが、許婚の彼には評価がよくない。確かにこれに限ってはあの居候の言う通りだとなびきは思った。
 気づけば、すでにパックからたこ焼きはなくなっていた。考え事をしていた所為でろくに味わえなかった。もったいないことをしたな、となびきは一瞬考える。
「ねえ、さっきの一個返すから、そのたこ焼き屋教えてよー!」
 膨れていると思っていたあかねがそんなことを言うので、なびきは思わず吹きだしてしまった。
(あーあ。本当に、あんたって子はかわいくできてんのね)
 突然吹き出すなびきに、あかねは一瞬驚いて目を瞬かせると顔をなびきに向けた。
「な、なによー」
 なびきはあかねを一瞥してから、あかねの横を通り過ぎる。歩きながらなびきは一言呟いた。
「乱馬くんてさー…実は素直すぎよね」
「は?」
 慌ててあかねはなびきを追いかける。すたすたと前を向いたままのなびきはあかねを見ようともしない。
「どういうこと?あいつ、素直って?嘘でしょ?お姉ちゃん」
 あかねは一体どう考えたら乱馬をそんな評価ができるのか、という訝しげな顔をしている。しかしもう半分は違う顔。もしかして、姉は自分の知らない乱馬の一面を知っているのだろうかという、恐れと心配のまなざしが混じっている。
(あんたも…ホントに…)
 なびきは苦笑する。あかねを見なくても、視界の端にあるあかねの表情が手に取るように分かったからだ。そろそろ妹虐めもこのへんにした方がいいだろう。あまり長引かせると手がつけられなくなるのを、なびきは経験上知っていた。
「わかりやすいってことよ」
 なびきは安心させるように、ゆっくり振り向くとあかねにそう言った。
 あかねはそれだけの言葉では理解できず、あかねはなびきの顔を覗き込んでいたが、なびきはそれ以上もう応えなかった。

 さて、そのころ、九能家の講堂では参加メンバーが集まり始めていた。ソシアルダンスを習い始めた高齢の方々が多く、乱馬は一瞬場所を間違えたのかと思ったくらいだったが、すぐに奥からシャンプーが出てきて乱馬の腕を取ったので安心した。高齢の方々はおそらく普通のダンスパーティの調子で参加しているのだろう。それともバロルロイヤルとは別の催しも企画されているのかもしれない、と乱馬は思うことにした。高齢者の人々を打ち負かすことにはなりたくない。
 それから乱馬はシャンプーのドレスに目をやった。その可憐なドレスと煌びやかな装飾品でひときわシャンプーが輝いているようだと思った。もともと人目を引くシャンプーは少し着飾るだけで燦然と光を放つスター性がある。光を方々に放ち続けるエネルギーが人の目を惹かないはずがない。あかねにはない素質だ、と乱馬は頭の片隅でそう思った。
 その素質が好みに重要な位置を占めるかどうかは個人差が出るところだが。
「今日は男の姿では参加しないのか?乱馬。私と組めば優勝間違いなしね!」
「まー遅かれ早かれ男にもなるだろうけど、とりあえず招かれたのは女の方だからな」
 乱馬は取られた腕をそのままにして歩く。シャンプーのなれなれしさは今に始まったことではないので、そういう行為も最近では乱馬は慣れつつあった。しかし、やはりその場ではこの二人が歩いていると一気に人目を引くようだ。若く可愛らしい二人が着飾って歩いているのであれば、確かに人目を惹かない方がおかしいというものであるのだが。
「おおぉ!おさげの女ではないか!よく似合うぞぉぉ!!」
 主催者である九能も彼女たちを見つけたらしく、嬉しそうに近寄り乱馬を抱きしめようと手を広げて走ってきた。しかし、乱馬はぐいとスカート部分をひざ上までたくし上げると、伸びやかな足をにゅっと突き出させて九能の顔面に押し当ててやった。
「いちいち抱きつこうとするな!うっとうしい!」
 しかし、今のやり取りでマーメードドレスなんてものを着せられたおかげで、足の動きが鈍くなることが判明した。本気で戦うことになったら服は破らないとダメだな、と乱馬は一人考える。
 乱馬が足を下ろすと、九能が乱馬のハイヒールを跡を顔につけたまま乱馬にたずねる。
「天道あかねは知らんか、おさげの女」
「あかねなら、今日は参加しねぇってよ」
「うぬうっ!遠慮せずともドレスならばいくらでも買ってやるというのに!まあ来ないとなればしかたない。おさげの女よ、今日はお前だけとの蜜月の日となろうぞ!」
 九能がすりすりっと乱馬に頬ずりすると、もはや堪忍袋の尾が切れた乱馬が拳を振り上げた。
「だから気色悪いっつってんだろーがぁあ!」
 振り上げた拳は九能の顎の下に確実に入った。そのまま九能は講堂の屋根を突き破って空に飛ばされる。ぱらぱら、と屋根の破片が講堂に落ちてきたが、乱馬はそんなことを気にする余裕もなかった。ぜーぜーと息を切らせながら、天に伸ばした拳をだらりと下ろす。
「何が悲しゅーて男に頬ずりなんぞ…」
「ならば、女ならいいね?乱馬!」
 ばっしゃ、とどこから持ってきたのかお湯をぶちまけられて、乱馬は慌てた。今はドレスを着ているというのに男の姿なんぞに変わってしまったら完璧に変態だ。乱馬は瞬時にドレスを脱ぐとトランクス一枚の姿になって男の姿に戻っていた。
「シャンプー。お前な」
「服ならちゃんと用意してるね!これに着替えるよろし」
 またもやどこから出したのかシャンプーは黒のタキシードを乱馬の目の前に突きつけた。乱馬は頭が痛くなったが、素っ裸では確かにここではまずそうだ。それを手に取ると素早く身に着けた。
「ったくあわただしいったらねぇな」
 シャンプーが嬉しそうに乱馬の襟を直してやっているところに、ちょうど天道家の面々が到着する。早雲と玄馬はさっそく座り込むと花見か何かと間違えたようなどんちゃん騒ぎをし始め、かすみはその横にひっそりと座ると、父たちに持たせていた荷物を広げ始めた。
「あら、もう男に戻ってる。九能ちゃん飛んでったみたいだし当然か」
 なびきが乱馬を見てから、隣にいるあかねを見る。あかねはシャンプーと乱馬がくっついているのを見つけて、またも顔をむっと歪ませた。しかし何も言わない。代わりに、というわけではないが、ようやく乱馬を見つけたらしい右京が通常の大きさのフライ返しを乱馬たちの足元に投げつけた。乱馬とシャンプーは持ち前の運動神経でそれをよけるために飛び上がる。シャンプーの避けた先に大きなフライ返しが振り回され、シャンプーはくるりと体を回転させてをそれを避けた。
「うちの断りなく乱ちゃんといちゃつこーとはいい度胸やな、シャンプー」
「試合参加しないものは余計な口出し無用ね!」
 右京とシャンプーがたちまち喧嘩をはじめると、乱馬は二人から離れるようにこそこそと逃げ出し始めた。するとそこを目ざとく見つけたのは小太刀だった。小太刀は高らかに笑い声を上げながら、黒い薔薇をあしらったドレスを身にまとって乱馬の真正面に降り立った。
「ほーっほっほっほ!乱馬様!私のために抜け駆けしてくださるなんて!」
「げっ小太刀!!」
 乱馬は慌てて後退さるが、逆にその動きで後ろの二人に小太刀の所在が知れてしまう。
「小太刀!」
「またお前ね!」
 新たな恋敵に向かってシャンプーと右京が素早く位置を移動する。
「シャンプー!協力せえへんか?ここは二人で小太刀を叩く!」
「了解ね!」
 せーのっと声を上げて二人がまとめて小太刀に襲い掛かる。しかし、標的にされた小太刀は少しも動じない。飛び込んでくる二人を見上げてから、ふっと余裕の笑みまで見せる小太刀に二人は一瞬怯んだ。
「まとめて二人でお相手くださるなんて…まあ、それは光栄ですわっ!」
 しゅるっと手に持ったリボンが講堂の端にあるスイッチのようなものを引いた。がこんっと機械仕掛けの音がして講堂の床に大穴が開き、そこから大量の水とワニが飛び出してきた。
「で、ワニ!?」
「にゃー!!」
 右京は「ミドリガメ」という首輪をしたワニに襲われ、水攻めでシャンプーは猫に変わる。一斉攻撃は一瞬にして相殺されてしまったのだった。
「小太刀一歩リードね」
 ぱりぱり、と持ってきたらしいスナック菓子を口にしながら、なびきが言う。あかねはすでにパーティの趣旨が変わっていることに気づきながら、少々頭を抱えていた。
「こりゃー小太刀さんとやらに乱馬くんを取られてしまうよ!これでいいのかい?早乙女くん!」
「まずいねぇ。あかねくんをこんなところに座らせてる場合かい?天道くんっ!?」
 酔っ払いながらも状況の理解はしている早雲と玄馬に、かすみがいつもの通りのんびりとこう言った。
「乱馬くん争奪ダンスパーティだったのね」
「違うってお姉ちゃん」
 あかねがげんなりと訂正する。
「ところで乱馬くんはどこいったのよ」
 なびきが講堂を見回しても乱馬が見当たらない。あかねは講堂から抜けた出口の向こうを指差した。
「あっち」
「あら、よく見てるわねーあかね」
 そちらは九能家の庭園になっていて、そこでどうやら乱馬と九能が鉢合わせしたようだった。そこで乱闘が始まると、余計なムースやら八宝斎までが騒ぎを嗅ぎ取ったように集まってきた。
 最初に集まっていた人が講堂も、機械仕掛けの川が出来上がった時点でほとんどの人が逃げてしまっていた。主催のはずの商店街運営委員会のテントもいつの間にかもぬけの殻である。
 講堂はすでにめちゃくちゃで、―もっともそれのほとんどの原因は小太刀が引いた人口川とミドリガメくんというワニの所為だったが―水浸しな上に乱闘騒ぎで床や壁が大破し、おかげで庭で騒いでいる男どもの姿が見えるほど見晴らしがよくなっていた。
「これって、優勝商品とか有効なのかしら」
 あかねが呆れたように一言言うと、なびきはずばりとこう切り捨てた。
「運営委員会が見てないんじゃ誰も認定できないし、つまりはご破算ってやつね」

「くっそおおおお!一年間ただ食いできると思ったのに!」
 帰ってからも乱馬はしばらく居間で吼えていた。あかねがペットの黒豚を連れて自分の部屋から降りてきてみると、乱馬はまだ打ちひしがれたように喚き散らかしている。
「ちょっと、もういい加減にしてよ。いつまでもぐちぐちと男らしくない」
「女らしさのかけらもねーおめーに言われたくねぇー…」
 よ、と続けようとした口が止まる。
「なによ」
「なにって、おめー、それ」
「うちでなら着てもいいかなって。どう?」
 ペットの黒豚を胸に抱いたまま、いつものように乱馬の隣に座る。
 乱馬は呆けたようにあかねの姿に見入っていた。乱馬は無意識にごくんと喉を鳴らしてしまう。
 それもそのはず、あかねは九能先輩にもらったドレスに身を包んでいたのだった。
 サーモンピンクの柔らかな色あいがあかねにこの上なく似合っていた。乱馬にはドレスのよさとか基準がよく分からなかったが、とにかく似合うことだけは断言できると思った。
 淡い色に身を包んだあかねの頬が少し赤く火照っていて、怒ったような上目遣いで乱馬を見ている。乱馬がなんと言ってくれるかを、期待しながら不安を隠すように眉を顰めているのだ。
「…どう?乱馬」
 痺れを切らしたように、あかねがそっと近づく。ぎく、としたように乱馬は目を逸らした。位置が、悪すぎる。いや、よすぎるのか。そのドレスは胸が開きすぎているので、近づかれるとそこに目が行ってしまう。いつもは寸胴だの何だの言っていても、こうなってしまうと意識するなというのが無理な乱馬である。
 それでなくても、今ここには二人きり。いや、豚がいたことをようやく思い出して乱馬はなんとか自分を取り戻す。
「お、おめーには、まだ早いんじゃねーの?」
 どもりながらなんとか言い返す。一度うっかり褒めたりしたら雰囲気に流されて何かしでかしそうで、乱馬はそれが怖い。
「そっかな…」
 あかねはがっかりしたように乱馬から引き下がる。褒められることを少しは期待していたのだろう、その落胆ぶりは明らかだった。そんなあかねに気づいてしまって、乱馬もその罪悪感に苛まれる。
(似合ってるぞ、それ可愛いな、って言ってやるだけなのに、なんで俺、こうかな…)
 一瞬そんな思いが頭に浮かんだが、最初の二言だけで頭から蒸気が出そうになってる自分が情けない。
 赤くなりそうな顔をなんとか堪えながら、乱馬は自分にがっかりする。
(やっぱ、無理)
 こっそりそう思うだけで精一杯の乱馬と、がっかりと肩を落とすあかねが固まってしまうと、見かねたようになびきとかすみが入ってきた。
「そーんな顔赤くして、何いってんの?あんた」
「可愛いって顔に書いてあるのに、乱馬くん」
(え)
 ひやりと背中を強張らせて、乱馬が顔を上げる。あかねもびっくりして子豚を抱きしめた。
「いやお恥ずかしい。強情な息子ですまんね、天道くん」
「ほんとだよ?あかねがせっかく乱馬くんのためだけにドレスを着てくれてるってのに」
 縁側の方からはどうやら潜んでいたらしい早雲と玄馬が現れる。
「お父さん!違うわそんなんじゃ!」
 あかねは慌てて早雲の言葉を取り消そうとするが、この状況では取り合ってもらえそうもない。憤慨したように立ち上がろうとしたあかねが、ドレスの裾につんのめる。
「きゃ!」
「危ねっ!」
 よろけたあかねに手を差し伸べて、乱馬がすぐに抱き支える。あかねは乱馬の腕に捕まってほっと息をつくと、すかさずなびきが茶々を入れた。
「ほら、やっぱ早かったろ」
 その一言であかねも乱馬もかぁぁっと顔を一気に火照らせた。二人はぱっと離れると、家族たちをにらみつけながら二人一斉に声を張り上げた。
「一体いつから見てたんだー!!」
「一体いつから見てたのよー!!」










■END


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■無駄に長い。ホントごめんなさい。内容ないのになんでこんなに??
小太刀初登場!でも少なっ!でも小太刀さんも好きだよー最近。
九能兄妹はなんか憎めなくていいね。
この話は、私があかねちゃんのドレス姿を見たかっただけなんだと思います。
それだけのために無駄に長い話。お題って厳しいわ…。しょぼん。