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【らんま1/2】台詞お題30より |
| ■「泣いてもいいよ。」→「泣いてもいいのよ」 |
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掲載日[2008/5/21] 「お兄ちゃん、遊んで!」 「んあ??」 ある夜の丑三つ時、乱馬の枕元には一人の女の子が立っていた。 「遊んで!」 「どこのガキだぁ?おめー」 寝ぼけ眼で起き上がりながら、乱馬は部屋の電灯を灯した。カチカチっと音がして、蛍光灯の白い光が部屋中にあふれる。しかしまだ目に慣れてない光に視覚を逆撫でされたような気がして、乱馬は思わず不機嫌に目をこすった。 隣に寝ているパンダ姿の玄馬がまぶしそうに布団に包まる。 「遊んでよーせっかく睦(むつ)、お外に出られたんだからねー!」 「外?」 乱馬は枕元に立って乱馬に遊ぼうと誘うその少女を見つめた。よく目を凝らさなくても、少女の向こう側の壁やふすまが突き抜けて視界に入ってくるのを認識して、瞬間的に乱馬は眉を顰めた。 「おめー、悪霊かなんかかよ?」 「あくりょー!?うわ、それなんかかっこいいね!睦、あくりょーなの?」 無邪気に興奮しながら乱馬に逆に訊ねてくる。人見知りもなく物怖じもない。来ている衣服が妙に古臭いので、少なくともここ最近の子供の風貌ではない。薄く白い着物を一枚だけ羽織ったその姿は死に装束のように見える。しかし、見るから悲壮な感じは全くない。この子供がやたら元気な所為かもしれない。 「それで?むつ、って言ったか」 「そうだよ!睦はねー、ずーっと土の中で眠ってたんだけど、お兄ちゃんのおかげでお外に出られたんだよ」 睦がはきはきとそういうので言葉は分かりやすかったが、乱馬にとっては身の覚えのないことだった。 「俺なんかしたかな」 乱馬は一人ごちながら首をかしげた。すると、すぐさまあかねの声がその言葉を返した。 「なんかしたんでしょ、あんたのことだから」 「なんだとっ?…ってあれ?」 ついいつもの調子で声を荒げようとした瞬間、なぜあかねの声が、と困惑して部屋の入り口を見てみると、そこにはあかねが廊下の入り口で立ちすくんでいた 「なんだよ、あかね…」 「話し声が聞こえたから様子を見に来たのよ。あんた、昨日まで行ってた山篭り先で何かやらかしてきたんじゃないの?」 あかねは、少女の方をなるべく見ないようにして、乱馬に素早くそう言った。あかねは、お化けとか幽霊の類が得意ではないのだ。なので、警戒するようにじっと拳を握り締めて、部屋にも必要以上に入らないようにしているようだった。 「あー、でもあの辺人気がなくってなぁ…特に曰くありげなものはなかったけどなぁ」 乱馬は修行で一週間篭っていた山を思い浮かべながら、ぼんやりとした表情でそう言った。少女は乱馬のそばに寄って、腕を引いたり、おさげで遊んだりして一人で楽しんでいる。まるで、この世に乱馬しかいないような戯れ方だった。その証拠に、少女はあかねの声にも反応しないし、パンダが隣に寝ているという子供にとってかなり希少価値の高い体験にも見向きもしない。 「睦、お前俺をどこで見た?」 睦はあぐらを掻いた乱馬の足にちょこんと座り込んでいた。乱馬に言われて顔を上げると、にこぉっと笑う。 「睦はぱーっと光が入ったところでお兄ちゃんを見たの。あたしずっと暗いところにいたから、すごくまぶしくて、それでお兄ちゃんがあたしを助けてくれたんだーって思ったの。睦はだからお兄ちゃんと一緒に行くことにしたの!」 「ぱーっと明るくなったんだな」 神妙に頷く乱馬に、あかねが目聡く気がついて一言言った。 「見に覚えがあるのね」 「ぎくり」 あかねは呆れた、と言葉にするのも億劫な様子でため息をついて見せた。 「とにかく、明日。全部明日にしましょ。あたしは寝るから」 「ああ」 乱馬はすたすたと歩いていくあかねを見てから、睦に向きなおる。 「とりあえず俺寝る。睦、お前も寝ろ」 ごろんと横になると、睦は慌てて乱馬の膝の上から立ち上がった。接触はないが、反射的に体がなくなってもそう動いてしまうらしい、と乱馬は睦の自然な反応を面白そうに見つめた。 「やだ、睦たくさん寝たから眠くない」 「俺は眠いの。明日お前につきあってやるから、今は寝ろ」 それだけ言うと、乱馬は思い出したように起き上がって電灯を消す。ごろんと横になると、目を閉じた瞬間寝息を立て始めた。 睦はつまらなそうに乱馬を見てから、仕方なく乱馬の隣に横になって眠ることにしたようだった。 「乱馬ーーー!!」 ばっしゃと朝っぱらから水を掛けられて、乱馬は飛び起きた。 「何だ何だ!」 膨らんだ胸を揺らしてがばっと体を起き上がらせてみると、玄馬が空のバケツをそこらへんに投げつけたところだった。廊下には早雲、かすみ、なびきがものめずらしいものでも見るようにこちらを見ているのに気がつく。 「朝っぱらからなんなんだよ!このくそ親父!」 甲高い声を張り上げながら手が同時に動き、乱馬は遠慮なく玄馬を殴り飛ばす。ばき、と軽快ながらも痛そうな衝撃音が鳴り響いた。しかし、玄馬はそれどころではないとばかりに立ち直ると、眠っている睦を指差して叫んだ。 「そこに眠る子はなんだーっ!お前、お前まさか…」 嗚呼と泣き崩れるように玄馬が膝を折った。廊下側からも、かすみが困ったような顔で乱馬を嗜めた。 「乱馬くん、まだ未成年でいけないわ」 「あら、いいじゃない隠し子くらい」 「はぁああ!?」 なびきに言われて、思わず声を張り上げたが、そのおかげで睦のことを思い出した。睦は乱馬と同じ布団でまだすやすやと眠っている。幽霊も眠るんだな、と乱馬は妙なところで感心した。 「こいつのこと?」 「そ」 代表でなびきが軽く言った。 その後ろでどよどよとした黒い空気が迫ってきて、乱馬はその黒雲のような怪しさに身を震わせた。早雲が妖怪化した顔で迫ってきたときには、すでに乱馬はひぃと小さく喉を鳴らしていた。 「説明してもらおうか、乱馬くん」 ぷはぁーと鼻から煙草の煙が吐き出され、巨大化して半眼した顔は想像以上に恐ろしい。そんな目に睨みつけられては、乱馬もさすがに縮み上がって、小さくはい、というのが精一杯だった。 そこにあかねがとたとたとスリッパの音を鳴らして現れる。 「どうしたの?みんな。こんなとこに集まっちゃって」 「ああぁあ!あかねっ!乱馬くんがとうとうとんでもない過ちを!」 早雲があかねにおううっと泣き崩れるのを、あかねは呆れたような目をして父親の肩をなだめる様にやさしく叩く。 「今さら何言ってんの、お父さん。乱馬は年中過ちしどおしじゃないの」 「なに勝手なこといってんだあかね!」 「お兄ちゃん?」 そこでようやく睦が目を覚ます。目をこすりながら顔を上げた睦が乱馬を探すが、「男の」乱馬は今存在しない。睦は女になった乱馬を見て一瞬目を見開いたあと、ぽつりと言う。 「お姉ちゃんがお兄ちゃん?」 「まあ、この子、乱馬くんがわかるのね」 かすみが傍によって女の子を見つめて初めて、はっとする。少女の体が薄く透けていることに気づいたのだった。 「この子」 「幽霊?」 後ろからなびきが眉を顰めたまま言った。あかねはやはり近づきたくないのか、廊下から部屋に入ろうとはしない。 「そ。隠し子とかそもそもありえねーし」 乱馬はそれみたことか、とでも言いたげに一転誇らしげな顔でそう言った。 「それにしたって、この子乱馬くんの顔しか見ないし、こちらに少しも反応しないけど、乱馬くんしか見えないんじゃない?」 なびきがかすみの後ろでそう言った。なびきは得体の知れないものには近づかない主義なのだ。こちらは怖いというよりも、厄介なことが面倒なだけである。 しかしなびきの言葉は的確な指摘ではあった。乱馬も昨日あかねが来たことに睦は何にも反応しなかったことを思い出す。 「おい、睦。ここに俺以外の人間いるんだけど、見えないのか?」 「お姉ちゃん?お兄ちゃんはどこ?」 睦は混乱したようにぐずり始める。しかし乱馬は知りたいことが優先になって、睦を気遣うことができない。 「いや、俺がそうだって。それより睦、質問に」 「お兄ちゃんがいい。お兄ちゃんどこ?」 睦は乱馬の服をひっぱろうとしながら、乱馬をなじる。 「だからー…!」 乱馬が頭を抱えそうになった瞬間に、あかねがばっしゃとお湯をかけてやる。ほこほことした湯気が舞い、男の姿を取り戻した乱馬を見つけて、睦が安心したように微笑んだ。 「お兄ちゃん!」 睦は両手を乱馬の首に絡ませて抱きついた。乱馬はお湯をかけたあかねを見上げて、悪ぃ、と言うと、睦に向き直った。 「睦、質問に答えな。お前、俺以外の人間見えてないのか?」 「お兄ちゃんしかいないよ。どうしたのお兄ちゃん?」 その答えに乱馬以外が、やっぱりという表情をする中、乱馬が一層落ちつかなげに視線を落とした。 「あなたしか見えない、なんて歌の歌詞にでも出てきそうな話だわね」 完全に傍観者を決め込んでいるなびきが他人事のようにそう言った。場所は変わって天道家の居間に一同は揃っていた。 睦の騒動は一旦据え置いて食事にしましょう、とかすみが言った事で天道家の遅い朝食が始まった。 「とにかく、乱馬、あんたが何かをやらかした山に行きましょう」 「ってあかねも来るのかよ?」 乱馬はつい隣に座るあかねにそう訊いた。あかねはさも当然とした顔で乱馬を見やると、むくれたように返す。 「悪い?」 「別に」 乱馬それだけ言ってご飯を口に掻き込む。睦は乱馬とあかねの間に座り、乱馬の様子をしきりに見つめている。 あかねの方は、幽霊とはいえそれほど恐ろしさや怖さもなく、見た目に可愛いくらいなので、そろそろ怖さを抱くこともなくなっていた。むしろ乱馬しか見えないはずなのに、わざわざあかねとの間に座る睦を不満に思うくらいの余裕も生まれ始めていた。 「なに、あの山へまた舞い戻るのか」 話を聞いていた玄馬が乱馬に訊いた。乱馬はああ、と頷きながら、たくあんを箸で掴み取る。 「睦が起きたのが昨日っつーんだったら、あの山に何か曰くがある可能性が高いからな」 かりかり、と奥歯で小気味よい音を鳴らしながら、乱馬はたくあんを咀嚼した。睦が乱馬の頬に手を当てながら、その小気味よい音を耳をそばだてて聞いている。睦は本当に乱馬を気に入っているのが見ていてよく分かった。 「それなら、お弁当作ってあげるから、二人とも持っていきなさいね」 かすみがあかねと乱馬を交互に見つめながらそういうので、あかねが嬉しそうに微笑みながらありがと、お姉ちゃん、と礼を言う。 「やりぃ!かすみさんの弁当なら楽しみだぜ。あかね、おめーは手伝うなよ」 「うるさいわね!分かってるわよ!」 あかねが応酬をかけるも、今度は睦が乱馬に声を上げる。 「睦もー!睦もお弁当ほしい!」 「おめーはどーせ食えねーだろーが」 乱馬の言葉は荒いままだが、その口調はこの上なく優しいものだったので、あかねは少しびっくりしてしまう。しかし、考えてみれば乱馬は一人っ子なので、あんなに懐く睦は妹ができたようなものかもしれない、とあかねは人知れずそう思った。 電車を乗り換えながら、昼には目的の御木山(みきやま)という昨日まで早乙女親子が篭っていた山にたどり着くことができた。 山の名前から曰くありげではないか、とあかねはそう思ったが、乱馬たちが山の名前などを確認してここに決めたわけではあるまいと、あかねは一人そう思って浮かんだ疑問を追いやった。 里の人に睦という名の娘について何か知らないかと訪ね歩いたところ、関係あるか知らないが山のふもとの小さな祠に子供の名を連ねた墓碑があると教えられたので、まずそこに行ってみることにした。 「お兄ちゃん、ここは寒いよ」 「お前、寒いとかわかるのかよ?」 乱馬は肩車する形で乗っかっている睦に言った。睦はこくんと頷く。 「寒いよ。冷たいよ。私ここに戻るの?」 「ここにいたのか?睦」 睦は頷いた。動いた感触がないので、乱馬にはわからなかったが、返事がないのを肯定とみなして話を続ける。 「覚えてるか?」 「ううん、でももうほとんど忘れちゃった。お兄ちゃんが助けてくれるまで、土の中で何かにつかまれてたけど…忘れちゃった」 睦の話を聞いて、あかねが気味悪そうに顔をしかめた。 「何かに掴まれていたって…幽霊を何が掴むって言うのかしら…」 「まあ、どうこういったって始まらねぇ。とにかく墓碑とやらの確認が先だ」 「ぼひってなに?」 睦が乱馬にそう聞いたが、乱馬が答えに窮しているのを見てあかねがすかさず答えた。 「お墓と同じよ。名前や亡くなった日、戒名を残してあるの。もしかしたら、墓碑の由来なんかもあるかもしれないわね」 乱馬がそのままあかねの言葉を繰り返し睦に伝えると、睦は急に不機嫌になった。 「睦はなくなってない!」 「あのなぁ、亡くなるってのは死ぬってことで」 「睦は死んでないもん!」 睦が声を張り上げて言うので、乱馬もそれ以上は睦に理解させようとはしなかった。おそらく、睦は死んだと自覚するまもなくこの世を去ったのだろう。こんなに小さな子が死を理解できる方がどうかしている、と乱馬は思う。 「あ、祠が見えてきたわよ」 あかねが気を取り直したように前を向いたときに、祠は見えてきていた。 「菜摘、郁、舞、ふみ、とみ、早苗、香、桜、多恵…」 「琴、恵、夏、睦、…あ!」 墓石はかなり大きなもので、墓というよりは石碑といったものに該当するような大きさだった。横長の大きな石碑にはずらりと娘の名前が刻まれていて、乱馬とあかねはその中を一つ一つ両側から探すことにしたのだった。 「睦あったか!」 「えーどこどこぉ!?」 墓碑だということも忘れて、我先に睦が前に出てきた。これ知ってる、と自分の名前を指差す。 「漢字読めるのか?」 驚いたように乱馬が睦に訊ねるが、あかねが乱馬に笑いながらそれを否定した。 「ばかね、こんな小さな子じゃ無理よ。きっと、人が書いたものをみたことがあるのね」 「睦読めるよっ!」 睦はあかねの言葉が聞こえないので会話が成り立たない。嬉しそうにそう言ってふんぞり返って威張ってみせる睦を見て、あかねはちょっと虚しくなる。 (見えない、聞こえない、触れられないって、それはもう、存在の否定なんだわ) あかねは睦を見ながらぼんやりとそう思う。 (いくらそこに在っても届かなければ、無いものと同じ) あれ、とあかねは自分の思いの連鎖で出てきた言葉にふと、既知の感覚を覚えた。 (あれ…、なに?) 掴まえようと手を伸ばすような気持ちで、息をつめる。何を、知っていたのか?思い出せない。しかしその感覚がどんどん頭の片隅に追いやられていくのを感じる。 待って、逃げないで。思い出したい、思い出したいのに。 「あかね?」 横から声が聞こえてきて、その感覚は笑って手を振るように素早く去っていく。悔しい、とあかねは思ったのだが、まだそのときじゃないのか、と思い直した。 「…なに?乱馬」 「なに、じゃねぇよ。疲れたのか?少し顔が悪い」 いつも意地悪だったりお調子者づいてる顔が、時々こういう神妙な顔になると、あかねは少しどきどきしてしまう。けれど乱馬から発せられた台詞が、それを隠すのを手伝う。これは彼の計算なのか?そんなはずはない。どうせ単に間違えただけに決まっている、あかねはそう思いながら、乱馬に間違いを指摘した。 「か・お・い・ろが悪い、でしょ」 むっとした顔を無理やり作って、あかねが言う。本当は苦笑いしたいくらい、機嫌はよくなっているのだ。乱馬がああ、と気づいてから、めんどくさそうに笑った。 「たいして変わらねぇだろ」 「大違いよっ」 ぺし、と頭を軽く叩いてやる。さて、と立ち上がり、あかねは石碑をもう一度見やった。 「睦ちゃんはじゃあ、この石碑に在る通り、人身御供になったのね」 「どなたさんじゃな?」 振り返ると、一人の袈裟を羽織った和尚がこちらをおだやかに見つめていた。慌てて、あかねはその石碑の段から飛び降りる。文字が読みにくいので石碑の段に登って、乱馬と二人で石碑を読んでいたのだ。ぺこりと頭を下げてから、ほらっあんたもっ!と声を顰めて乱馬に言う。 乱馬はひょいとした軽い足取りで石の段から降りると、和尚を見つめた。 「もしかして、ここ、寺の一角なのか」 「寺とは違ってな。わしはその石碑と一緒に建てられた祠の管理人みたいなもんじゃ」 にこにことした微笑をたたえて、和尚は二人に近づいた。年はもう百近くであろうか、顔に年輪のように刻まれた皺は深く太い。しかし眼光は鋭く、袈裟に刺繍された金糸にも負けない光を宿していた。こちらに歩いてくる足取りも、おぼつかない感じはなく、ゆったりと踏みしめて歩く姿は堂々とした歩き方だった。 「東京から来なさったお若いお客さんというのは、あんたがたかね?」 「そうです。こちらの墓碑のこと、教えてもらえませんか」 あかねは、用件を伝えるべく礼儀正しくはっきりと答えた。そのあかねの礼儀正しさに、和尚は目を細めたようだった。 「立ち話もなんだね。離れの小屋でお茶をご馳走しましょう。話はそこでいいかね」 「はい。ありがとうございます」 あかねがもう一度頭を下げると、和尚はくるりと踵を返し、二人を小屋へ案内した。乱馬は睦を目で探したが、睦は乱馬から離れていたのか、石碑の向こう側からおずおずと顔を出した。 「睦、行くぞ」 乱馬はそう言ってあかねを追うように歩きだした。 睦が乱馬の肩にそっと寄り添ってついていく。 「睦というのは、確か最後のお役目の子じゃな」 甘さを抑えた団子と淹れたてのお茶を二人の前に差し出した後、あかねから事のあらましを聞いた和尚が茶を啜りながらそう言った。 「最後のお役目というのは、最後の人身御供、ということですか」 「そうさな」 和尚は穏やかな表情のままあかねに返事をした。 「昔から土砂崩れが多い山だったのでな、毎年ふもとの村が飲み込まれて死傷者が大勢出たそうじゃ」 「今は平気なのか?」 乱馬が団子をぺろりと平らげた後、くつろぐように茶碗を手にして問いかける。 「今は国が地盤の強度に合わせて木を間引いておるのでな、もう大きな土砂崩れは少ない。少し禿山になってしもうたが、しかたないのう、こればっかりは」 和尚が茶を啜ると、あかねも乱馬もつられたようにお茶を一口飲んだ。 「木を間引く、というのはやっぱり木を伐採してしまうんですよね?この山は御木山と言いますよね?いいんですか?」 あかねがどうやら思っていたことを吐き出すように一気にそう言った。 「御木山っていうのか、ここ。あかね、お前その名前どこで知ったんだ?」 「ここにくる途中の大きな地図の看板に書いてあったわよ。見なかったの?」 あかねが呆れた表情で乱馬を一瞥したが、乱馬は気にせずそっか、と頭の後ろに手をやる。 「俺、道順覚えてたから地図見なかったな」 乱馬の答えにそれもそうか、と思い直してから、あかねはもう一度和尚に向き直る。 「御木山の御木とは木を崇めた言葉に聞こえます。ご神木というか、この山の木にはそういう謂れがあるんじゃないんですか?」 あかねが真剣な表情で和尚の目を覗きこむ。何者の不正を許さないという若々しい光に当てられて、和尚は穏やかに微笑んだ。 「…供養の木をな、人身御供を捧げるたびに人々はこの山に供養の木を植えたそうじゃ。その幼子がその木を通していずれ天に召されるように、苗木をな」 「まさか、その供養の木も間引く木の対象なのか?」 おとなしく聞いていた乱馬は嫌な気分に触発されて唐突に口を挟んだ。 「お国はそんな謂れなぞ、知ったことではないのじゃろうて。人の命を守るのが最優先じゃから」 (それはわかる、わかるけれど) 乱馬もあかねも同じことを考えていた。 (この山のために死んでいった子供の供養の印を消すなんて) 「睦の木は…切られたのか?」 乱馬が低い声で和尚に尋ねた。和尚は、ゆっくりとお茶を飲み干してから茶碗を床にことりと置いた。 「全部を確認しておるわけではないのでな、ここにそれぞれ子供の供養の木のありかの地図を記したものがある。これをもって行かれよ」 和尚は奥から持ってきた文箱から一つの書面を二人の前に差し出した。 「ありがとう、和尚さま」 あかねがすばやくその書面を受け取り、地図を確認する。乱馬もすぐに立ち上がった。 「いこうぜ、あかね」 「うん」 睦は、結局この離れでは一言も言葉を発することがなかった。 「ここよ、乱馬」 地図を見ながらその木を探し当てたあかねが、乱馬に振り返ってそう言った。睦は乱馬の肩でおとなしくしている。 「あんたがやったんでしょう」 呆れた調子で、あかねがそう言った。その木が根元を残してぼっきりと折れていたからだ。 「あ、あれ?俺かな〜??」 冷や汗を隠しながら乱馬はそういってみたが、乱馬自身、確かにこの辺の景色に見覚えがあった。玄馬とやりあったときにでも蹴り倒してしまったのかもしれない。 「あんたでしょ。そうじゃないと睦ちゃんがあんたに付き纏う理由がないわ」 あかねが切って捨てるようにそう言った。乱馬は返す言葉もない。 あかねは蹴倒されて切り株状態になってしまったほうをゆっくり眺める。刃物で切られたわけではないので、鋭利な刃がささくれ立ったような木の皮が幹を覆っている。皮の向こうに目をやると、黒い空洞が幹の中にぽっかりと浮かんできて、それを見たあかねは一瞬眉をしかめた。 「この木、朽ち始めてる」 「なに?」 乱馬があかねの横から前に出てその幹の内部を覗き込んだ。 「なーんでぃ。これなら遅かれ早かれ、倒れてたんじゃねーか?」 乱馬がそういってみると、あかねも乱馬のその意見に案外あっさり頷いた。 「そうかもしれないわ。ねぇ、思い出して。睦ちゃんが、さっき言ってたこと」 「何か言ったか?睦」 睦は乱馬に言われるが、睦は首を振って答える。どうもこの辺りに来てから、睦の元気がない。 あかねは黒い穴を見つめながら、諳んじるかのように独り言を呟く。 「乱馬が助けてくれるまで、土の中で何かにつかまれてた…って言ってた。この木は睦ちゃんごと何かに蝕まれようとしていたのかもしれない…」 「もしかして、俺が木を蹴倒したことで…」 期せず自分が起こした行動によって、好転したのかもしれないという期待に乱馬の目が輝いた。 「睦は助かったってことになるのか!?」 「あるいは、ね」 お調子者の乱馬の熱を上げないように、あかねは軽く答える。 そして、もう一度黒く穴の開いた切り株を覗き込んでから、睦の様子を見る。睦はこの木に近づこうともしない。 「睦ちゃん、具合悪いんじゃない?」 「幽霊に具合があるのか?」 乱馬はあかねにそう反応しつつも、睦の顔を覗き込む。睦は一言も話さず、首を振るだけだった。 「具合悪いか?睦」 睦は首を振り続ける。あかねと乱馬が顔を見合わせてお互いに肩をすくめる。そのとき、睦が声を張り上げた。 「お兄ちゃん!逃げてえ!」 あかねと乱馬が驚いて睦を見たその背後で、切り株の空洞から黒い粘着性のある何かが飛び出して、襲い掛かってきた。 辛うじて二人ともその物体を避けて飛び上がることに成功したが、粘性のあるその物体は諦めを知らないようで、さらにあかねと乱馬の体を追うように何度も掴めとろうとした。見た目、幹の奥から何本も出てくる蛸の足のようだった。 「これが睦ちゃんの!」 「睦を掴んでた正体か!」 あかねと乱馬は防戦一方の態勢で一度一気に引き下がると、それから呼吸を合わせたように前に足を突っ走らせた。 勢いに乗って、黒い粘着性のあるその足を蹴り上げてはなぎ倒す。あかねも逃げながら乱馬への攻撃の負荷分散を手伝う。足を一本、一本と蹴り倒して最後の一本足になったところで、最後の足が逃げ帰ろうと引き返し始める。 「逃がさねぇぞ!」 乱馬がすかさず幹の穴に足を突き刺してとどめを刺すと、粘着性の物体が爆発を起こしたように細かく千切れて飛散した。本体だったらしいものが幹の穴に残り、乱馬がぐいとそれを引っ張ってやると、なんの変哲のないモグラが乱馬の手から逃れようと四肢をせわしなく動かしていた。 「ただのモグラだなこりゃ」 ぺっとモグラを投げてやると、モグラはころんと地面で転がり、慌てて逃げ去っていく。 「さっきの溶けた黒ゴムみたいなあれが、睦を掴んでた奴か?睦」 「うん、そう」 がっしりと乱馬の肩につかまった睦がこくこくと何度も頷いた。 「ヘドロみたいな奴だったわね」 息を荒げているあかねは深呼吸をすると、乱馬に言った。乱馬はほとんど息の乱れはなく、あかねを見て大丈夫かあかね、と声をかける。 「平気。びっくりしただけよ」 あかねはもう一度深呼吸をして、呼吸を整えた。乱馬はあたりを伺っていたが、またあの黒いものが襲ってくる気配は見当たらなかった。 「四散してたが、あれでもう大丈夫なのか?」 「大丈夫、奴は滅したようです」 木の陰から現れた和尚に、あかねはびっくりした。 「和尚さん?なぜここに?」 乱馬はどうやら気づいていたのか、黙ってその和尚を下から上に眺め直しただけだった。 「なあ、そもそも、睦たちはどうして人身御供なんかにならなきゃならなかったんだ」 「睦は、さきほどの妖怪の討伐を賭けた子供だったのです」 和尚が静かにそういうと、あかねと乱馬が言葉を無くす。こんなに小さな子供に妖怪退治を託したということに驚いたのだ。 「本来、睦の前の子供までは妖怪に捧げるだけの人身御供でした。しかし、誰もが自分の子供をこれ以上失うのを嫌がり、悲しみました。しかし、先ほどの妖怪との取り決めで、子供しかこの領域に近づけないという約束がありました。あの妖怪、ヘドロウナギは山の底で縄張りを主張し、何かあればことごとく山を震わせてふもとの村を困らせていたのです」 睦が乱馬の胸に抱かれてじっとしているのを、乱馬は見た。睦は一人だた虫のようにじっとしている。 「睦の両親は武道を志す者でした。そのこともあり、睦は子供たちの中では一番の強者だったと聞きます。村の者たちは睦を捧げることでヘドロウナギを謀ることができるのではないかと画策し始めました。睦の両親は苦渋の決断を強いられ、村人らの説得でやむなく承諾するしかありませんでした。睦は選ばれてしまいました」 和尚の声が届かないはずの睦が、ぎゅっと乱馬の服を握ったようだった。乱馬の服にその皺は生まれなかったが、睦のそのときの心細さと辛さが、乱馬の心に巣食ったかのように胸が痛んだ。 「睦はその日まであらゆる訓練にも耐えたと聞きます。それはもう、死に物狂いという言葉がぴったりだったでしょう。まさに負ければ死ぬ、という結果を受け入れなければならないのですから」 あかねは自分の手を握り締めた。自分が睦くらいの年齢のときにそんな決断を強いられたとして、それを受け入れられたかどうかを考えてみる。想像するだに恐ろしい決断だった。 「睦は結果として勝ったと伝わっています。だからこそ、最後の人身御供になったのですから」 和尚はそこまで話すと、ゆっくり口を閉ざして近くにあった大きな石に腰掛けた。乱馬とあかね、そして睦もしばらく言葉を発することができずに、じっと立ち尽くす。 口火を切ったのは睦だった。記憶をたどるように、思い出したことを少しずつ話し始める。 「あたし、怖くて戦ったけど、勝ったんじゃないと思う。今、お兄ちゃんが倒してくれたのが本当だし、あたしはただみんなで抑え込んだの。ここは供養の木がたくさんあったでしょう。あれはやっぱり子供たちの魂が宿っていて、木の根はそのヘドロウナギを包み込むように封印していたの」 睦はそこまで言って、乱馬を見上げた。乱馬が、睦を見つめ返す。 「だけど、供養の木は伐採の対象になり始めた」 「それが引き金だったのね」 あかねも力なく頷きながら、事の次第を理解し始めていた。 「ヘドロウナギは徐々に生気を取り戻して、まずあたしを狙い始めた。あたしがここの子供たちの要(かなめ)だって分かったみたいだった。人身御供のうち唯一戦ったあたしをみんなが信じていたことは確かだったから、あたしがいなくなったらもう供養の木たちが役に立たなくなることもあたしは分かっていた。あたしは必死になって逃げようとしたけどあいつに捕らえられて泣きそうになったところで…」 睦が、泣き笑いになってにっこりと顔を上げる。乱馬の首にしがみついて、嬉しそうに言った。 「お兄ちゃんが、助けてくれたのよ」 「睦」 感触はなくても、首の辺りがあたたかだった。睦の喜びが、直接乱馬の心に届いてくる。 「あたしはこれで役目を終えた。お兄ちゃんありがとう。あたし、やっとカミサマのところに行ける」 「しかし、睦。供養の木がその天への標(しるべ)。それがなくてなんとするつもりじゃな…」 和尚が不安そうにそう言ったが、睦は乱馬以外の言葉を解さない。乱馬がそのことを伝えると、大丈夫、と笑う。 「すべての供養の木は土の中でつながっているの。地中で根を這わせて一体にすることで妖怪を封印することと、もう一つはあたしたち子供がみんな一緒にカミサマのところに向かえるようにしたのよ。だから自分の供養の木がなくても、他の木を頼れば大丈夫なの」 自慢げにそういう睦を見て、乱馬は心底感心した。子供ながらに自分のできうる力を発揮して窮地を打開する、その力強さはまさに武道家の血を継いだ賜物だろう。睦の両親だったら、睦を今どんな気持ちで見つめるだろう。そう思ったら、乱馬は武道家だったという両親の名前を聞いてみたくなった。 「睦、お前の親父とおふくろの名前、覚えてるか?」 睦は笑う。もちろん、と言いたげな顔で乱馬にこう答えた。 「父さまは小太郎、母さまはかんなと言うの。二人ともとても強いのよ」 一瞬、なぜか乱馬とあかねの心が揺らいだ。しかし、何故揺らいだのか二人自身にもわからない。乱馬は自分を取り戻すと、睦に微笑んだ。 「そうか」 「じゃあ、お兄ちゃん。あたし、行くね」 睦はぽんと乱馬の肩に手を付いて、近くの木を木登りするように軽快な足取りで上に登っていく。睦の姿は一瞬にして見えなくなった。 あかねが木をもう一度見上げたときには、睦の気配はどこにもなくなっていた。 山を下りて、乱馬とあかねは睦に聞いた小太郎、かんなという人が葬られた墓を村人に聞いた。訪ね歩くつもりだったのに、一人目の村人はすぐにその武道家夫婦の墓を教えてくれた。どうやら、この村を守ってくれた武道家親子として、語り継がれているらしく墓も単なる村人にしては立派なものだった。 あかねが墓の前にある皿に水をいれ、山を下りるときに摘んだ花を添える。線香は持ち合わせがなかったので、そのまま腰を落とし、手を合わせた。 (あなたたちの子供が、いまやっと天に召されました。どうか今度こそあなたたちで可愛がってあげてください) あかねは手を合わせながら、一心に念じた。念じるまでもないことだが、睦が天国で両親に会えなくては可哀想だ。ぜひ両親たちも睦を迎える準備をしてほしい、と思った。 乱馬の方は、あかねの後ろで墓をじっと見ながら、腰も落とさなかった。手を合わすこともない。 あかねはそんな乱馬にやさしく笑った。 「泣いてもいいのよ、乱馬」 「泣くか…馬鹿」 珍しく覇気のない乱馬の声が、あかねは妙に切なく感じた。 ■END
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