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【らんま1/2】台詞お題30より |
| ■「どっちにせよ 待ってるのは地獄だろ?」⇒「どっちに行くにしたって…待ってるのは地獄だからな」 |
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掲載日[2008/6/9] 珍しく、今夜の天道家の人口密度は限りなく下がっていた。 家長である天道早雲と居候の早乙女玄馬は、三日前に師匠の八宝斎に連れられて山奥の修行場に出て行ってしまった。 家事全般を賄う長姉のかすみは、久しぶりの同窓会に出席するのだとかで今日の夜は遅くなると言っていた。 次女なびきはまだ帰ってきていない。かすみが夜いない日、なびきはファーストフードの袋を手に遅く帰ってくることが多い。できることならば、乱馬もそうしたい、と心から切に思った。しかし、今の乱馬の懐に残った小遣いはほとんどなかった。 「こんなことならこの前の買い食い、我慢すりゃよかったぜ…」 今更後悔しても、それは後の祭りでしかない。 乱馬は居間でごろごろと横になっているほかなかった。何かを食べに出かけるにも、あかねの料理から逃げるにも、もはや気力は完全に削がれていた。気分はすでに俎上の鯉-どうにでもしてくれ-である。 しかし、よくよく考えてみると、乱馬は食べ物に関しては不自由のない環境がある。 乱馬を常に追いかけてくる中国娘は中華飯店を、あかねとは別のもう一人の許婚はお好み焼き屋を営んでいる。もちろん、二人ともプロとして金を稼ぐくらいなのだから味には申し分ない。 けれど、乱馬は今更そこに逃げ込んで食べに行くような気持ちにはなれなかった。 (どっちに行くにしたって…待ってるのは地獄だからな) 要するに、腹は満たせたとしてその後乱馬の生死が危うい。それぞれ二人をただ利用していることにもなるし、それ以上にあかねを精一杯怒らせるのには十分すぎる効果を発揮するだろう。ちゃぶ台でつぶされるか、スクリューアッパーで空の旅ご招待か、とまで考えて乱馬はぶるっと体を震わせた。 果たして、腹を壊すこととどちらがいいのだろう。乱馬が被害を被ることに違いはない。あかねが喜んでいるか、怒っているかの違いでしかないのだ。 すでに血糖値の下がった頭でそこまで考えてから、頭を振った。そもそも、乱馬にはそれを行動に移す気力も残ってはいなかった。今日は買い食いもできないので早弁もしなかった。それくらい乱馬の財布はピンチそのものだったのだ。 それにしても、と乱馬は記憶を学校からの帰り際の時間に撒き戻す。 てっきり夕飯の買い物に行くと思っていたあかねは、普段通りに乱馬の隣を、正確には斜め下を歩いていた。 「あかね、夕飯の買い物はいいのか?」 フェンスの上を歩いていた乱馬は、不思議に思って聞いてみた。あかねは料理となれば一から自分の手でそろえなければ気がすまない性格のようで、買い物から俄然張り切るのだが、今日のあかねにはその様子がなかったのだ。 「うん、今日はうちにある残り物で作りたいの。朝冷蔵庫みたら結構残ってたし」 「そーか」 冷蔵庫をチェックしてくるなんて、珍しいこともあるもんだ、と乱馬は思う。天道家の経済状態のこともあり、あかねもいろいろ考えているんだな、と乱馬は少し感心した。 「ねー、何か食べたいものある?乱馬」 えっ、と乱馬は目を見開いた。意外な言葉が飛び出してきて、乱馬は立ち止まってしまった。 これまであかねは自分が作ったものを有無を言わさず食べさせようとばかりしていたのに、一体これはどういう心境の変化だろうかと思う。 あかねも、少し言ったことが照れくさかったのかほんのり赤い顔で、なによ、と目の端で乱馬をにらんでいた。 あかねのそんな顔に、乱馬もにやりと笑ってやる。フェンスの上でしゃがみこみ、あかねを覗き込むように見てやると、この上ない笑顔で言ってやった。 「ちゃんと、食えるもの、な!」 「乱馬っ!」 むっとしてあかねが鞄を振り回すと、ひょいっと乱馬はフェンスの上から飛び降りた。 「だって本当のことだろー?」 「うるさいっ!」 あかねは鞄を右へ左へと振り回して乱馬に当てようとするが、乱馬には掠りもしない。体を右へ左へとひょいひょいと動かしてはあかねの鞄をいとも簡単に避けきってしまう。 「もー!」 観念しろ、とばかりに両手で振り上げた鞄を一気に振り下ろすあかねを、乱馬は手でぱんっと鞄に軽い衝撃を下から与えてやった。 「あっ!」 意表を突かれたあかねの手が緩んで鞄と取りこぼすのを待ち受けていたかのように乱馬の右手がさっとその鞄を拾い上げると、人差し指でくるるっと鞄を回転させる。その姿は皿でも回しているような優雅さだ。しかし、家で勉強をおろそかにしないあかなの鞄には一日分の教科書とノートがずっしりとはいっているはずだ。不思議なほど、乱馬の指の上の鞄はその重さを感じさせることがない。 「返してよ!」 「ほらよっ!」 ぱしっと鞄をあかねめがけて投げ返す。あかねは鞄を胸に掻き抱くように受け取った。 乱馬はそれからくるりと体を回転させて背中を向けると、一言、カレーな、と言う。 「カレー?」 あかねが、きょとんとした顔で乱馬の言葉をそのまま返す。 「そ。お前一度だけ普通に作れただろ?」 一度だけ、あかねは天道家で普通にできたカレーを作ることができたことがあった。そのとき、乱馬は素直に食べてやることができなかった。(原作25巻10話参照) 「食べてくれたの?」 あかねはすぐに嬉しそうな顔をした。乱馬があかねの作ったカレーを食べたのは、あかねが流幻沢に一人旅立ったあとのことだった。だから、あかねは乱馬がカレーを食べてくれたことを知らないのだ。 「あ?…まぁうん。食べた食べた」 「どう…だった?」 あかねはおずおずとしながらも、食べた感想を聞きたいという欲求に抗えず訊いてしまう。 乱馬は先を歩きながら、振り向きもせず返事もしない。あかねはちょっとがっかりする。やっぱりあれでも何か足りないのか、と肩を落としそうになった、その瞬間に乱馬が答えた。 「うまかった」 「…え?」 「普通に、うまかったから。あれ以外のこと、なんもすんなよ。隠し味とかナシな」 乱馬は相変わらずあかねには背中を向けたままだったが、あかねはその言葉でぱっと顔を輝かせた。 「…うんっ!」 嬉しそうに笑うあかねの顔を、振り返らずとも乱馬には想像できた。 振り返ってそんなあかねの顔を見たいと思ったのだが、しかし、それ以上に今の自分の顔を見られたくなくて、結局乱馬は振り返ることを断念したのだった。 それから、すでに時間にして2時間が経過している。 台所には一歩たりとも近づいていない。 乱馬は、作る経過、仮定をできれば見たくない、と思ったのだった。最後の最後、食べられたらすべてよしと思いたかったし、それ以前にただ空腹すぎて動く気力もなかった。 今だったらブタの餌だって食えると心ひそかに思ったが、あかねの作ったものは飼料よりもなぜか破壊力がある食べ物に変わっていることが多い。何故食べ物に破壊力が加わるのか、乱馬には不思議でたまらない。 「いてて」 ごろんと寝返りを打ったことで、すりむいた腕が畳に擦れて傷を思い出させた。 あかねとの会話の直後、その話を聞いていたのか、それともただの偶然なのか、シャンプー、右京、小太刀がそれぞれの手料理を手にいきなり襲い掛かってきたのだった。 「乱馬!冷めないうちにこれ食べるね!」 「乱ちゃん、こっちの方がうまいで!あつあつのうちに食べーや!」 「私の手料理が一番に決まってます!さぁ乱馬さまっ!」 あかねは3人をちらりと一瞥すると、何も言わずに先を歩きだした。乱馬もあかねの背を追いたいが、このままだと3人の攻撃が逸れてあかねに当たってしまっては目も当てられない。 乱馬はくるりと踵を返すと、あかねとは違う方向に走りだした。 「おめーら、近所迷惑ってもんを考えろよなっ!」 「あいつらは、ほんと容赦ねぇ…」 ぶつくさと文句をいいながら、家に帰ってこれたのはそれから90分後のこと。あかねはすでに台所で支度をしているようで、玄関の引き戸が鳴っても何の反応も示さなかった。料理に懸命で気づいていない可能性が半分、気づいていても膨れて反応しない可能性が半分だな、と乱馬は一人そう思いながら、よたよたと居間へ向かった。 居間にたどり着いて、鞄を放り投げると、そのままそこで横になった。服が汚れて、ところどころが擦り切れている。3人娘を相手にするといつもそうだが、良牙やムースを相手に思い切り力を出すのと違って、少女たちが相手では応戦するのに力をずいぶんセーブしている。ある意味持久戦に近い戦い方をするので、体力の消耗も激しく疲労もいや増す。おかげで毎度、くたくたのぼろ雑巾のようになるのが恒例だった。 「あ〜…たまんねぇ…」 こういう途方もない諍いはいつまで続くのだろう、と乱馬は考える。永遠に続きそうな気もするし、ある日ぱったりと止むような気もする。基本、乱馬は自分が格好よく、モテることを自慢に思っているタイプなので、後者は乱馬にとっては望んでいることではない。だからといって、前者も乱馬の体力的にも困る。どうなればいいのか、と乱馬はふと思う。 今のこの状況は自分が結局望んでのことなのか、と思うと、乱馬は首を振りたい気持ちにはなる。さりとて、追い回されなくなった自分は、平静を保っていられるだろうかと自分で心配になる。反転宝珠によって心を反転された所為で、シャンプーから冷たくあしらわれたときの自分を思い出す。シャンプー一人が遠ざかってあの騒ぎだ。乱馬は、平常心を保つのは無理なような気もした。 おかげであかねは被害を被る羽目になる。それと分かっていても、乱馬は今の栄光を手放したくない気がした。それに、3人娘は結局、あかねを叩きのめすことはできないのだ。乱馬がそばにいると分かっていて、あかねに手を上げても、結局乱馬はあかねを守ってしまうのだから。 「乱馬?」 「よーあかね」 可愛らしいチューリップ柄のエプロン姿のあかねがようやく乱馬の前に姿を現した。物音が全くしないので心配になって様子を見に来たようだった。乱馬は寝転んだまま、あかねを見上げて挨拶代わりに手を上げた。空腹で起き上がる気力もない。 「もー。着替えくらいしなさいよ。服汚れたまんまで…お風呂沸いたから先入っちゃって」 あかねは縁側に転がった乱馬の鞄を拾い、乱馬に手渡しながらそう言った。 乱馬は、手渡された鞄に手を伸ばすついでに、そのままあかねに引っ張り起こしてもらおうという魂胆で鞄伝いに力を入れた。 しかし、あかねはそんなことをされるとは毛頭思わなかったらしく、鞄に余計な力が入って引きずられるように横倒しになった。 「きゃっ、ちょっ…!」 あかねは慌てて体勢を整えようとするも、すでに体が重力に自由を奪われている。乱馬は鞄を素早く再び放って、あかねの体を受け止めた。自らの体をクッションにするように、あかねの体ごと抱き抱える。 とっさに目を閉じてたあかねが目を開くと、自分が乱馬の体に乗っかった形になっていて驚く。慌てて身をひこうとしたが、乱馬がまわした腕ががっちりと体を固定していて、全く動けない。 「ちょっと!乱馬!?」 幸か不幸か、あかねの顔の位置が抱きしめた乱馬から外側になっているので、乱馬の顔はうかがえない。 しかし、乱馬の気持ちはわからなくもない。 一つ屋根の下に二人きりで、その少女は他でもない自分の許婚。その許婚が可愛らしい花柄のエプロンで現れたかと思えば、やんわりと嗜めながら風呂に入りなさいと甲斐甲斐しく世話を焼くのである。いつも愛想なくつれない許婚にここまでされて、なんとも思わないほうがどうかしている、と言えるだろう。 「なに、ちょっと…ばかっ!離してっ!」 あかねは焦って乱馬の胸に手を当てて自分を引き剥がそうとするが、今度はぎゅう、と強い力が加わって、あかねは一層乱馬の体に密着させられた。 「なっ…!」 「…く、くるな…!」 「へ?」 人を抱きしめておきながら来るなとはどういうことだろう、とあかねは一瞬拍子抜けする。だが、あかねが考えるまもなく、乱馬はあかねを抱きしめたまま引っ張りあげるように上体を起こすと、がたがたっとへっぴり腰で奥の襖にぶつかるまで移動した。あかねはその間なにかの人形のように抱きしめられたまま、乱馬と一緒に移動する羽目になった。怖がる乱馬の隣でようやく落ち着いたあかねは、体を乱馬から離して横に座りなおすと、乱馬の視線の先を窺った。 (あ、猫…) あかねは縁側にちょこんと乗っかってきた猫を見た。まだ小さな子猫で茶色の縞模様が愛らしい。首に鈴がつけられているので、どこかの飼い猫なのだろう。 ようやく、乱馬が一変した理由が分かってあかねは安堵した。乱馬の猫嫌いは今更どうしようもない弱点でもあり、同時に無敵になる引き金でもあった。猫への恐怖が達すると、乱馬はわれを失って猫拳を繰り出すだけの無敵格闘マシンになってしまうのだ。 (まったく、しょうがないなぁ) あかねは猫を追い出すのが先決、と思い、乱馬から離れようとするが、乱馬は離れようとしたあかねの腰あたりに手を巻きつけるとぐっと力を入れた。引き寄せられた腰骨がぶつかり、反動であかねの肩に乱馬の顔が寄る。どうしようもないほどの泣きっ面だが、乱馬には違いない。あかねが焦ったように乱馬の顔との距離をとる。 「ちょっ…!」 「やだぁああ!」 「わかってるってば!だから、猫をどこかにやればいいんでしょっ!」 「来るなぁぁあ!」 猫が、興味深そうに近づいてきたのだった。子猫はおそらく今まで自分を怖がって泣き叫ぶ対象などなかったに違いない。顔を少しかしげると乱馬に近づこうとしていた。 「来るなっ来るなぁあ!」 「あーもう!」 乱馬に抱きしめられたまま、あかねは頭を抱えてどうしようかと悩んだが、それも一瞬のことだった。 ふわりと香ばしい香りが鼻の先を掠めたのだった。いや、香ばしいというよりも、焦げた匂いだった。 「ちょっと!やだもう!」 どんっと乱馬の体を突き飛ばすと、あかねは慌てて居間を飛び出して台所に向かった。 その後、障害物がなくなった子猫は、嬉しそうに乱馬に飛び掛ったのだった。 「うぎゃああああっっ!」 「はい。言っとくけど、これ、乱馬のせいだからね」 どんっと大盛りに盛られたカレーは異様なほど黒い。香辛料のせいとかの比喩ではなく、見た目に黒い物質がところどころに見えるのは、おそらく焦げた物体なのだろう。黒のまだらカレーと命名しようっ!どこかで聞いたような爺さんの声を、乱馬は聞いたような気がした。 「焦げたもん食うと癌になりやすいって言わねぇ?」 乱馬はスプーンを持ったものの、食べる決心が付かないのか、カレーの黒い部分をいろいろつつきまわす。 「なにいってんの、焦がしたのはあんたのせいなんだから、責任持って食べなさいよっ」 あかねも、こればっかりは仕方ないと思ったのか、自分の分の焦げたカレーを口に運ぶ。苦味が残念な結果になったが、食べられないほどの味ではない。焦げてさえいなければ完璧だったのに、とあかねはため息をつく。 「だってあれはよー…」 さすがに悪いと思ったのか、乱馬が言い訳がましく口を開いたが、あかねはカレーを口に運びながら容赦なく切り捨てる。 「あんたが馬鹿みたいにあたしを抱きしめてなかったらちゃんとできたのにっ!」 「し、しししかたねぇだろ!大体なんで色気のねぇお前なんかっ」 「勝手に抱きついておきながらなによその言い草はっ!おかげにカレーだめにしちゃうしっ!最低!」 「カレーがダメになったのは俺のせいじゃねぇっ!」 「なによ!言い逃れするつもりっ?!あんたがあたしのことさっさと離さないからこんなことに…」 「へぇ〜そうなんだ」 予想外なところから声が飛んできて、二人は一瞬ぎくりと体を硬直させた。 振り返ると後ろには、縁側の敷居に立っているなびきがいた。手にはやはりファーストフードの袋が乗っかっていて、どうやらそれを食べるために居間にやってきたようだった。 「あ、おかえり、お姉ちゃん」 あかねは取り繕うようにすぐにそう言ったが、なびきがにっこりと笑いかけてきたので黙りこむ。乱馬は嫌な予感がして逃げようと腰を浮かしかけたが、すかさずそれをなびきが制した。 「あら乱馬くん?あかねがせっかく作ったカレーを食べないなんて、そんな薄情なことしないわよね?」 なびきの釘刺すような台詞に、何も言えなくなって乱馬は結局座りなおすだけにとどまった。なびきがその間に二人のカレーを覗き込む。 「あら、ほんとに真っ黒。でも結構いい匂いしてるのに…残念だったわね、あかね」 「ほんとっ!?そうなのっ、結構今回はおいしくできそうだったのっ…!」 珍しくなびきが褒めてくれたことが嬉しくて、あかねは思わずなびきに浮き立った声でそう言ったが、なびきはでも、と言い首を振ると、ふゥとわざとらしくため息をついて見せた。 「仕方ないわよね。二人でいちゃいちゃしてたんなら、ほっとかれたカレーも焦げるってもんよ」 「ちがっ!」 「おねーちゃんっ!!」 二人は慌てて赤い顔でなびきに言い訳しようと声を荒げたが、なびきはすっと立ち上がると再び最初と同じににっこりと微笑みながら、これだけ言った。 「二人の邪魔しちゃ悪いから、私は部屋にもどるわね」 「違ーう!」 「お姉ちゃんったらー!!」 天道家の人口密度が平常を取り戻したころ、なびきに焦げたカレーをネタにされた二人は必死になって言い訳するはめになったのだった。 ■END
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