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【らんま1/2】台詞お題30より |
| ■「どうでも良いけどさ、うるさいんだよね。」→「どうでもいいけどうるさいわよ」 |
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掲載日[2008/7/2] 蒸し風呂を思わせる熱気とうだるような暑さの炎天下の日、乱馬とあかねは珍しく繁華街に出ていた。 都会の雑踏に翻弄されながら歩くことに慣れていないあかねをそれとなくフォローして歩く乱馬は、一瞬照りつける太陽を恨めしそうに眺めた。ビル街の隙間から見える空には一つも雲はなく、太陽の熱と光から逃れるには地下街を利用する方が賢明だ。しかし、二人は普段それほどこのような繁華街に来る用事もないので、地下街などを通っていると目的のビルを見失うのではないかと、仕方なく地上を歩いているのだった。 横断歩道で鳴り響くメロディーも、忙しげに鳴らされるクラクションも、人々の足音もすべてが煩わしく邪魔に思えた。そんな乱馬の耳に、ぽつりと呟く涼やかな声が滑り込んできた。 「あら?」 暑さと人の多さに辟易してお互いに無口になりかけていた。乱馬はつばの広い余所行きの帽子を被ったあかねに目をやると、あかねは進行方向から逸れた方向に目をやっていた。 「どうした」 帽子のつばの所為であかねの表情が読めない。乱馬はまた太陽を睨み付けたい気持ちになる。 「真之介、くん?」 「あ?」 乱馬の返事に気づいたかどうか、というタイミングであかねが走り出す。乱馬はそんなあかねの行動に一瞬唖然としたが、あかねがさっき言った言葉がリフレインした。 ―真之介、くん? (真之介って…まさかっ!?) やっとのように脳に染み入ったその名前に、乱馬は過剰なほど眉根に皺を寄せた。すぐにあかねの背中を追い始めると、そこからそれほど離れていないドラッグストアの前であかねが見覚えのある男の肩に手を置いたところだった。 「真之介くん?」 ぽん、と肩をたたかれて振り向いたのは、あかねの予想に違わず、真之介本人だった。 「あ、あかねっ!」 一気に嬉しそうに微笑む真之介の表情に、あかねもつられたようににっこりと微笑を返す。 「おいっ!勝手に走るんじゃねぇよあかねっ!」 「なによっ!だって見失うところだったんだもん!しょうがないじゃないっ!」 当たり前のようにあかねの隣に立つ乱馬に、真之介が目を瞬かせる。 「あかね、こいつは…?」 「やだ。忘れちゃったの?乱馬よ。…居候の…早乙女乱馬。森で会ったでしょ?」 「そうだっけ?あ、はじめましてっ俺、真之介っていうんだ!」 元気よく頭を下げられたものの、正直何度もあってる乱馬は、ひく、と顔を引きつらせたのみだった。 というのも、真之介は乱馬にとって最大のライバルなのだった。格闘はしていないものの、森の巨大生物との戦いに日夜明け暮れている真之介は強くたくましい。良牙と比較してもその動きはほぼ互角、いや、戦い方のタイプとしては乱馬の戦法に近い。力で押すのではなく、俊敏さと生まれついてのセンスで戦うタイプだった。しかし、戦う上でのライバルというだけならば乱馬も顔を引きつらせたりはしなかっただろう。 真之介はあかねが好きなのである。 真之介は見た目申し分なく、切れ長の鋭い瞳はむしろ端正と言ってもいいほどだった。 同じようにあかねに好意を抱く良牙のように、何かに変身するわけでもないし、力で丸め込むのも困難だ。なにより真之介はあかねに対して自分の気持ちを隠そうとはしない。体質をとっても、力をとっても、そして気持ちを表現することをとっても、乱馬にとっては目の上のたんこぶとしか言いようのない相手なのである。 「なによ、乱馬。返事くらいしなさいよ」 あかねがむっとしたように反応しない乱馬を睨み付ける。目深に大きな帽子を被ったあかねは、いつもよりずいぶん可愛らしく見えたが、そんなことは今日これまでに一度も言えていない。 あかねが真之介の気持ちを知っていながらそれほど嫌がっていないことも、乱馬にとっては不安の種だ。九能先輩のように好意を曝け出されても真っ向から拒否してくれれば安心もするのだが、見る限りあかねは真之介に対してそんな態度をとったことは一度もない。 だいたい、今だって乱馬を「居候の」ではなく「許婚の」と紹介してくれれば乱馬は安心できたのに、と思う。 乱馬がいろいろと考えている間、真之介が二人を見比べると少し肩を落としたように言った。 「あ…あかね、もしかしてデートだったのか?」 「ま、まさかっ!そんなことあるわけないじゃないっ」 あかねが頬を少し赤らめ必死に否定する。いつもの調子でなら一緒になって否定する乱馬の方は、なんだかむっつりと顔をしかめて口をつぐんでいる。あかねは不思議そうに首をかしげた。 「乱馬?どうしたの?暑さにでもやられちゃった?」 調子が悪いのを体調の所為だと勘違いをしたあかねは、乱馬の額に手を伸ばす。乱馬はびくっと反応すると、あかねの手を掴んで、そのまま自分の後ろにあかねを隠すように引っ張った。 「わりぃな、こっちは用があるんで、またな」 「ちょっと!」 あかねが乱馬の勝手な言い草に憤慨する。 「何言ってんのよ乱馬!せっかく久しぶりに会ったのに!」 「さっさと家の買いもん済ませて帰らねぇと困るだろうが!」 「別に急いで帰って来いなんて言われてないもん!」 「お前な!」 「なによ!」 乱馬としては真之介に一歩たりともあかねに近づいて欲しくない。勘違いとはいえ、あかねが好きになった男だと思っていた奴と、あかねが話しているのも見たくないくらいだ。しかし、そんなことを言えるわけもない乱馬の言い分は、あかねにとって自然と理不尽なものにならざるを得ない。 「早雲おじさんに頼まれたもん、とっとと買って帰らねぇとおじさん困るに決まってんだろ!」 「お父さんは慌てなくていいって言ってくれたもん!」 「あっついなかいつまでもだらだら歩いてるのだって疲れるんだからな!」 「山篭りの修行してる人が何言ってんのよ!」 「買い物まだひとっつも終わらせてないんだからとっとと行くぞ!」 「もう!わからずや!ちょっとお茶するくらいいいじゃないのっ!」 「え、あかね、俺とお茶してくれるのか?」 ぱぁっと顔をほころばせた真之介に、乱馬はぴきりとこめかみに青筋を立てる。引き離そうとしてどうにもうまくいかず、結局事は相手を喜ばせる方向に流れているのだから、乱馬が怒りを溜めるのも無理はない。 「あーもー!俺は絶対茶なんか飲まねぇぞ!さっさと買い物してさっさと帰るっ!いいなあかね!」 「なんでよ!せっかく久しぶりに会えたのに、いいじゃない!ちょっとくらい!」 喚きあう二人の間で、一つの影がすっと動いた。あかねの腕を取ったその影が、あかねを引き寄せてにっこりと笑った。 「あかね、それなら二人でお茶しよう」 気づいたときには真之介があかねを背に庇い、そう言っていた。 「え」 「え」 あとは野となれ山となれ、というしかない。 乱馬は正直な自分の気持ちを言うことができない。あかねを全力で止めることはできない。 「そいつはお前が好きだから」「そいつと一緒にいて欲しくないから」「俺が不安だから」「俺がお前を好きだから」 乱馬がそのどれかひとつでも言えれば、優しいあかねは少し怒ったような顔をしてそれでもちょっと嬉しそうに頬を染めて、すぐさま乱馬の元に戻るはずだ。 けれど絶対にそれだけは乱馬は言うことはできない。 許婚という関係は、一歩でも転がり始めたもう後戻りはできない。それが乱馬は恐ろしいのだ。 すなわち。そして、だからこそ。 あかねに好意を持つ真之介と、お茶だけでもしたいと願うあかねを、乱馬は結局完全に阻止できないのだ。 勝手にしろ二度とお前の買い物なんかつきあってやるもんかあたしだってもうあんたなんかと金輪際買い物なんてするもんですかあーそーかいええそーよいきましょ真之介くんっあーいけいけいっちまえー言われなくても行ってやるわよなによ絶対ついてこないでよねっ誰がおめぇなんかの後をつけるかよーだべろべろーなによ乱馬のバカーっ! 一連の慣れたような言い合いがこなされると、二人はお互いに違う方向へ歩きだしたのだった。 「乱馬ぁー!なんだあの男しょうこりもなくーーっ!」 「早乙女乱馬!こんなところでなにしてるだーーーっ!」 乱馬の両側から飛び掛ってくる更なる影に、乱馬はうんざりしながら軽やかに二人の攻撃を避けた。襲ってきた二人は乱馬がちょうど避ける前の位置でごぉ〜んと音を立てて衝突した。今日は歩行者天国で道幅があったので、他に危害はなかったようだ。 「お前らぁ〜…毎度のこととはいえ一体どこから湧いた!」 頭を抱えながら乱馬は二人を怒鳴りつけると、良牙とムースは何事もなかったかのように立ち上がり二人して乱馬に詰め寄った。 「なに、俺は山篭りの最中でな」 「新宿だぜここは」 「おらはシャンプーがラーメンの品評会に出るとついてきたのじゃが、どうやら置いてきぼりをくらったようじゃ」 「相変わらずの扱いだなお前も」 そこで、三人が申し合わせたかのようにそろったため息をついた。 「まあ、この際俺たちのことはおいておこう」 「それよりもあの男は何者じゃ。どうやら天道あかねに好意をもっておるようじゃが」 あかねたちが歩いていった方を見てムースがそう言うと、乱馬と良牙は二人してぴきりと青筋を立ててムースを殴り蹴った。 二人の半端でない攻撃をまともに食らって、ぱたりと地面にムースが倒れる。 「なぜおらを殴る…」 「ふんっ、口は災いの元だっ!」 良牙がぱんぱんっと手を叩きながら、乱馬に向き直る。 「しかし、まだあの野郎諦めてなかったんだな」 「人のこといえねーだろ、Pちゃんは」 乱馬がめんどくさそうにガードレールに腰をかけながらそう言った。良牙が誰がPちゃんだっと乱馬に声を荒げるが、乱馬は気の抜けた風船のようにやる気のない顔でなんの言葉も返してこない。 「乱馬、このままにしておいていいのか?」 「……」 乱馬はやはり反応しない。ぶっ倒れて様子を見ていたムースが嬉しそうに乱馬の顔を見上げると、のそりと立ち上がった。 「ほほー、ということはすなわち乱馬!お前は天道あかねに振られたのじゃなー!!」 振られた、という言葉の重さにずんと乱馬の周りに陰の気が立ち込める。良牙がそれに気づいて、ごくりとつばを飲み込んだ。 「うわーははは!ザマーミロじゃ!いつものおらの惨めな気持ちを思い知るのじゃー!」 高笑いし始めるムースを見て、さすがに良牙も腹が立ってきた。乱馬はただでさえあかねが乱馬から離れて行った事実に気落ちして反論する気も起こらないようだった。 ったく、と呟いて、良牙が仕方なく助け舟を出してやる。 「乱馬がフリーになると、お前が一番困るんじゃないのか?」 高笑いをはたとやめて、ムースが良牙に体を向ける。 「何故じゃ」 「お前、シャンプーが好きなんだろ?」 「無論じゃ」 「今乱馬がフリーになれば、そこを突いてシャンプーが動き出すよな」 「無論じゃ」 まだ気づかないのか…と良牙はいいかげん馬鹿馬鹿しくなってくる。 「弱気になった乱馬をシャンプーがモノにするのは時間の問題だろうな…」 「無論…ぬあっ!こりゃっ!なんという恐ろしいことを言うのじゃお前はー!」 「いや気づくの遅すぎだろ」 完全に呆れた顔で良牙も乱馬の隣でガードレールにもたれる。 「こりゃ乱馬!しっかりせんかー!」 「あ〜〜〜ほんっとおめーらはごちゃごちゃうるせぇっ!」 あかねと真之介は少し歩いて人ごみから外れると、穴場のカフェに入った。 「ここね、結構空いてるんだ。ここならゆっくりできるでしょ?」 あかねがすっきりした店内を見回しながら満足そうにそう言った。どこにでもあるチェーン店ではあるが、奇妙なくらい売り上げを上げている店とは違い、人はまばらで落ち着くのであかねはそちらの店を気に入っていた。 窓際の4人席を座っても憚りない人の入りなので、二人はその席にテーブルを挟んで座った。ウェイターが気がついて、水を二人の前に置き、注文をとる。 「アイスコーヒー」 「俺も」 「はい」 ウェイターが去ってしまうと、あかねは水に一口つけて口を湿した。 「本当に久しぶりね。真之介くん。元気だった?」 「ああ、あかねも元気そうだな。安心した」 やさしく笑う真之介にあかねは、少しどきりとした。 ―俺、あかねのことが好きなんだ。 極度の健忘症の傾向がある真之介はもはや覚えてはいないだろうが、真之介はあかねに二度も告白をしている。一度目、あかねはその答えで拒否しなかった。それは真之介の体が余命幾ばくもないと知れたころだった。なんとかその体を失わせたくなくて、真之介に幼いころ危ないところを助けてもらった恩返しがしたくて、その告白の答えをあいまいにした。 二度目は、真之介が一度目の告白を忘れて二度目を言っていることに驚いて唖然として答えも返せなかったのだが。 多分、真之介はその二つとも覚えていない。乱馬のことも覚えていないのだから、多分あかねとの告白はゼロカウントなのだろう。 あかねはそこまで考えて、真之介くんと二人きりになるのはまずかったかも、と今更乱馬と喧嘩をしたことを後悔し始めていた。 「真之介くん、そういえばどうしてこんなところに?おじいさんは大丈夫なの?」 なるべく、話がそちらに向かわないように気をつけよう、とあかねは気を引き締めながら、真之介にまずそう訊いた。 「ああ、たまに村にないものを買出しに沢から下りてくるんだ。でも俺ちょっとどこに行かなきゃならないのかを忘れてさ。買う物のリストはじいちゃんに書いてもらったんだ、ホラ」 そういって、真之介は買い物リストをあかねに見せた。あかねはそのリストを見てから、くすくすと笑う。 「相変わらず忘れん坊なのね」 「ああ、じいちゃんもたまに忘れるしな」 真之介はそこで水を飲み干して氷をがりがり噛み砕き始めた。 「それってひどいわ、真之介くん」 気の毒そうにあかねが控えめに微笑む。そんな顔をさせたあかねを申し訳なさそうに、真之介は頭を掻いた。 「でも、あかねは絶対忘れない。俺がそう決めてるから」 「あ、ありがとう…」 ぎくしゃくと肩を固まらせて、あかねは思わず頭を下げた。 普段あかねは愛情を力に還元させて表現する男ばかりに囲まれているので、こういう風に言葉に還元されるとどうにも不慣れで居心地が悪い。 二人の会話が途切れたのを見計らったように、ウェイターがアイスコーヒーを静かに置いた。すぐに、真之介のグラスに水のお代わりも注ぎいれて、ウェイターはさっと下がっていった。 二人は目の前のアイスコーヒーにミルクを入れたりかき混ぜたりしながら、しばしお互いの空気を窺うように黙り込んだ。 乱馬たちの方は、あかねの行方を方々に分かれて探し始めたところだった。 しかし、その時の雰囲気の流れてあかねを探し始めたムースは、途中でシャンプーを探すことに目的を変え、良牙は良牙で目的は見失っていなかったものの、良牙本来の本質がその目的を妨げた。極度の方向音痴の良牙が、あかねの姿をこのような雑踏の中でみつけることなど土台無理なのだった。 結果論、あかねを見つけることができたのは、乱馬ただ一人だった。 「いた」 そのカフェはずいぶん前にも一度あかねと入ったことのある店だった。窓際に座っていたおかげであかねをみつけることができて、乱馬はひとまずほっと息をついた。 このまま一人で店に入るとすぐに見つかってしまうような気がした。乱馬はひとまず別の店に入り、トイレで水をかぶった。とりあえず女になって姿をごまかすことで、乱馬は二人に近づこうと試みたのだった。 さりげなく店に入り、二人からは死角になる位置をとる。ちょうど4人席の並びの隣に出っ張った壁があり、その隣がカウンター席になっていたので、乱馬はそこに腰かけた。こちらが首をのぞかせれば二人を覗き込めるし、声もかすかながら聞こえる。姿勢を戻せば、こちらの姿はほとんど見えない。完璧な位置取りに乱馬は満足げに微笑んだ。 二人の間では、他愛ない会話が続いているようだった。会わなかった間に何をしていたのかを報告しあう二人は、まるで恋人同士のようにも見える。乱馬はそんな二人の会話にイライラしながらも聞き入っていた。 そんな会話も長くは続かず、二人が再び黙り込んだ後、その次の真之介の言葉に乱馬は耳をそば立てた。 「あかね、また森にこないか?」 「え?」 思い切ったように言った真之介の言葉、それとともに真剣な眼差し。あかねは一瞬にして真之介の雰囲気が色を変えたように思えて、瞬時に身構えた。 「そう、ね。おじいさんの顔も久しぶりにみたいわ。相変わらず寝込んでるの?」 会話をどうにかはぐらかそうとする。しかし、意志の強い瞳に揺らぎがないので、あかねはテーブルの下でぐっと拳を握り締めた。どうしよう、乱馬、と心の底で許嫁の名を呼んだ。 「じいちゃんもあかねのこと気に入ってるし、俺、あかねのこと、」 「真之介くん」 あかねは遮ろうとする。しかしだめだった。真摯で揺らぎのない瞳から逃げられる術はない。 とうとう真之介は言った。 「あかねのこと好きだ。森で一緒に暮らさないか」 白。 あかねの目の前が真っ白になる。告白は二度されていた。けれど本心や決定的なことは言えないと思った。だから逃げようとした。逃れようとした。必死に。けれど真之介は違った。 あかねを何としても手に入れたいと、こころの底から願っていた。どうにかあかねとずっと一緒にいられる方法がないか考えていた。それがその結果だったのだ。 そして、乱馬もまた、頭の中が一瞬真っ白になっていた。これまで考えていたいろいろなこと、自分の本心を知られることの照れや恐ろしさ、真之介の素直さへの嫉妬、そして、それでもあかねをどうしても奪われたくない気持ちが一緒くたになっていた。 そして乱馬の体は、壁の影から勝手に飛び出していた。 「真之介ぇっ!」 二人が驚いたように振り向く。 「ら、乱馬っ?!」 「おまえ…誰だ?」 さすがに真之介は女になっていた乱馬を見て混乱していた。過去に会ったことはあるのだが、やはり忘れてしまっているようだった。 「何言ってんだこの野郎!あかねはな!あかねは俺のいいなず」 「待って!」 勢い勇んで言い切ろうとした言葉が、あえなく阻まれた。阻止したのはなんとその乱馬の許婚であるあかねだった。 あかねは乱馬の腕を手に掴み、さほどあかねと差のない身長の乱馬を見つめている。その瞳は、これ以上ないほど真剣で強い瞳だった。 「あかねっ…?」 (何で?何で止めるんだ…まさかお前本当にこいつのこと…?) 乱馬は考えたくもない疑惑の念を胸に膨らませる。そんな乱馬にばっしゃ、と何かをかけた。温度が高かったので、乱馬の膨らんでいた胸がしぼんで、体の背丈がぐんと伸びた。男に戻ったのだった。あかねはどうやら隣の席に座っていた客のテーブルからとっさに熱い飲み物を借りたらしかった。 「あ、あれ…えっと、そいつは一体…!?」 真之介は驚いて今しがた女だった男をまじまじと見つめた。乱馬の腕を掴んで、あかねが声を上げる。 「あのね、真之介くん。さっきも紹介したんだけど、うちの居候の早乙女乱馬って言うの」 「え、あれ?」 健忘症の真之介はもちろん覚えてないようだった。それよりも、性別が変わったことの方が訊きたいようだったが、あかねは構わず続けた。 「あのね!それで乱馬は、そのっ……あたしの許婚、なの」 言おうと決めたものの、さすがに本人の前で言い切るのは恥ずかしくなったのか、あかねが消え入りそうな声になりながらやっとのようにそう言った。そして、その言葉は、隣に立つ乱馬にもしっかり聞こえていた。 (え。) 乱馬は、あかねの顔を覗き込みたかったが、あかねが腕を掴んでいるので頭の天辺しか見えない。黒々と光るあかねの髪はいつも通りに艶やかで滑らかだった。それなのに、ふいにその髪の毛に触れたいという気持ちがふっと浮かんできて乱馬は慌てて自制した。わけもなく頬が熱くなる気がする。 「い、許婚?」 ごくんと唾を飲み込んで、真之介はショックを何とか隠したようだった。正確には、乱馬が許婚であることは過去一度言っているのだが、真之介はそれも忘れていたようだった。 「うん…」 恥ずかしそうに、あかねがうつむく。乱馬も、どういう顔をしていいか分からず、思わず真之介から顔を逸らした。あかねのいる方とは逆の方に顔を向ける。あかねに腕を掴まれている方の腕がなんだか震えそうだ。喜びと嬉しさと誇らしさで、張り裂けんばかりの胸のうちが今にも声に出そうだった。 しかし、目の前でいまやどん底の地獄を味わっている男がいることを思い出し、乱馬は必死に自重していた。 「許婚、って…あかねはそいつと、その、結婚する、のか…?」 ひどく傷ついたような顔の真之介の顔を見上げ、あかねはそっと目を逸らすとぐっと手を握り締めた。傷つけた事実は変わらない。だからこそ言わなければならない。あかねは誠心誠意、必死な思いで頭を下げた。 「だから、ごめんなさい!」 「あかねっ…!」 乱馬が、真之介が、驚いたようにあかねを見た。あかねは乱馬の腕にしがみつきながら、泣いていた。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな…さい…っ!」 (なんつー泣き方してんだっ…!まるでお前が失恋したみてーじゃ…そうか) あかねは、思い出しているのだ。自分が失恋をしたときの思いを、辛さを、切なさを。そのすべて知っているあかねはそんな思いをさせた真之介に申し訳なく、けれどもどうしようもなくて泣いている。 「泣くな!あかね、お前は泣かなくていい!」 真之介がすぐにあかねにそう言った。しかしあかねはぐすぐすと泣きながら、顔を上げることができない。簡単には涙が止まってくれないのだ。 そのとき、乱馬の腕がそっと動いた。あかねを元気付けるように、手をつながせる。しっかりと組まれた手のひらから、じんわりとしたぬくもりが伝わってきて、あかねはやっとひきつったような喉が治まったような気がした。 「しんのすけ、くん」 あかねの、喉になにか詰まったような鼻声が、低く小さく響く。 「あかね、あかねはちゃんと言ってくれたよな。俺の気持ちにちゃんと答えくれたよな。だからいいんだ。ありがとう、あかね」 「うん…真之介くん、聞いてくれて、ありがとう…」 ひっくひっくとしゃっくりをしながらも、あかねは幾分しっかりとそう言った。 「えっと、じゃ、俺先に帰るよ。またな、あかね」 真之介は優しくあかねの肩に手をあて、それから無言で乱馬を見上げると、そこから素早く去っていった。 泣き続けるあかねの隣で、乱馬は窓の外で緋色に光る陽が沈むをぼんやりと眺めていたのだった。 その夜、天道家敷地内の道場では一人の男がふっふっふっと静かに笑いはじめていた。 「そーかそーか!あかねはやっぱり俺じゃなきゃだめかーっ!」 うっかりすると変な笑い声さえ聞こえてきそうなほど浮かれた表情の乱馬が、一人道場で高笑いをしはじめていた。 「何を勝手なこと言ってんのっ!」 後ろから木槌でどかんとやってやると、いつも通りの元気を取り戻したあかねが、ふんぞり返って乱馬を睨み付けた。殴られた乱馬は、ってー、と声を上げてから後ろに立つあかねを見上げて、にやりを笑う。 「誰かと思えば君だったのかイあかね?ひどいじゃないか、いきなり後ろから君のかっこいい許婚のボクを殴るなんて」 軽やかなダンスステップでも踏む勢いでくるりと回転してみせると、乱馬はあかねに手を差し伸べた。完全に舞い上がっている様子である。久しぶりの真之介の出現に肝をつぶした分、あかねがしっかりと真之介に引導を渡したので妙にハイになってしまっているようだった。 あかねはそんな乱馬をばかばかしい、とでも言いたげに肩をすくめると、腕を組んで乱馬を流し目で見やる。 「なにネボケてんのよっ!どこにかっこいい許婚がいるってのよっ!」 「これ以上かっこいい許婚はいないぜ〜おまえがそこまでいうなら許婚続けてやるから感謝しろよあかねっ!」 「馬鹿!うすらトンカチ!間抜け!誰があんたなんか大っ嫌いっ!!」 喚くようにあかねはそう言うが、どうやら今の乱馬は嬉しすぎて頭の配線がおかしくなっているらしい。いつかあったフランス人のピコレットのように気障に首を振って見せた。 「ふゥやれやれ。どうやらあかねは自分で言ったこと忘れてしまったらしい。なんなら思い出させてやろうか??」 乱馬はわざとらしく傷ついたように肩を落として道場の扉に向かうと、外に向かって叫び始めた。 「乱馬はあたしのー!」 「なっっ!馬鹿!なにいってんのよもう!乱馬のバカぁー!!」 がっつん。 情け容赦ないあかねの木槌が乱馬を黙らせたところで、母屋から人影が近づいてくるのに乱馬とあかねが気づいた。 「ちょっと。ホント、どうでもいいけどうるさいわよ、あんたたち。近所迷惑も少しは考えなさい」 「お姉ちゃん」 「なびき」 なびきにもっともなことを言われたので、あかねと乱馬は素直に黙り込んだ。 「だいたい、乱馬くんあかねに許婚って言ってもらっただけではしゃぎすぎでしょ。元から許婚の癖して、なにを今更」 「なっ!」 「ちょっとお姉ちゃん、それどこで聞いてたの!?」 乱馬とあかねはなびきのその台詞に仰天する。さっきの言い合いでは肝心なことは言ってなかったはずのなのに、どうしてなびきはそんなことを知っているのだろう、と。 「さぁ?どこだったかしら?別に私はこそこそつけてもないし、盗聴器をつけたわけでもないから安心してね、二人とも」 にっこりと意味ありげに微笑むなびきの表情からすると、なびきは今日の一連の出来事を知っているようだ。乱馬もあかねも何もいえなくなって黙りこくってしまう。なびきの方は、そもそもここにきた目的を思い出したように二人に言った。 「それより、あんたたち。お父さんが買い物はどうなったのか気にしてたわよ」 「あ…」 「すっかり忘れてた…」 二人は慌ててばたばたと道場から母屋に移動する。居間で待つ早雲に二人揃って平謝りするのだろう。全く似たもの同士とはよく言ったものだ。二人はどこまで似合いのカップルになれば気が済むのだろう、となびきは一人笑ってしまう。 二人は慌てていたが、早雲はきっと笑って許してくれるだろう。今日二人が仲良く出かけただけでも、早雲は浮き足立つほど上機嫌になった。目当ての買い物よりも、二人が仲良くしてくれていることの方が早雲にとってはよっぽどいいプレゼントになるようだった。 なびきもそろそろ母屋に戻るためにくるりと踵を返した。実は、乱馬とあかねが家に戻る直前に、ショックで呆然と流浪していた良牙が偶然天道家にたどり着いていたのだった。その良牙から今日の成り行きを聞けたのはいい収穫だった、となびきは一人ほくそ笑んだのだった。 ■END
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【長めの後書き】 普段、日常中心なので真之介という非日常は久しぶりに難しかったです。 リクエストキーワード1【真之介】 そもそも真之介は、絶対書けないと思っていました。 真之介が苦手なのではなく、乱馬の、真之介の前での反応を書くのが苦手だと思っていました。 乱馬がどうしても逃げ腰になりそうで。 真之介と比べると乱馬ってどうしても負け犬になってしまう。乱馬好きとしてはそれは悔しい。 あと、真之介相手だとどっちつかずなあかねちゃんも、正直苦手。(至上あかね主義なのにー!) まぁ、きっぱり私には乱馬だけよ、と言えればそもそもの苦労はないか。でも乱あか主義としては悲しい。 真之介はいつもの二人を壊してしまうので、それが苦手だったんだなーと自己分析完了。 真之介は原作では一度しか出なかったので、もうそれこそが高橋先生のすごいところです。 おいしいキャラなんですが、出しすぎると乱馬がどんどんダメになってしまいますから。 だから正直書くのはつらいだろうなーって思ってた。思ってたから自分からは絶対手を出さなかった。 まあ、単なる逃げかもしれないけど。力量不足が前面に出るのが分かりきってたしね…。 書いてみると、まあなんとかはなりましたが、終始ひやひやしました。 肝の小さい人間なので、ひやひやするのは苦手です…。 一つだけ、原作で「許婚なの!」とあかねがせっかく真之介に宣言したのに乱馬が聞いていないのが勿体無かったので、今回は乱馬に隣で聞いてもらいました。肝を冷やさせたお詫びもこめて(笑) よかったね乱馬vでも浮かれすぎで君アホいな(笑)でも私はああいうアホい乱馬が好きです。 リクエストキーワード2【ヤキモチ】 ヤキモチって高橋先生が描かれる分にはすごーく可愛いんですよ。二人とも。 「気になるの?」「ならねぇよ!」の掛け合いとか最高ですよねぇ。 私が書くとね、正直どうしても違っちゃうのでずっと逃げてたな。壊してしまうでしょ?二人の雰囲気をさ。 半端なくいろいろ思わせちゃうからさ。可哀想じゃん、乱馬。ごめん乱馬。胃が痛くなったよね、きっと。 乱馬にとって真之介ってそれくらいの脅威だと思うんだ。血の気が引くというか。 そして書き手本人も乱馬のその脅威がまっすぐ入ってきちゃうからね。キツいんだよねー(汗) 経験が伴ってないと対応しきれない。私はこういう脅威に立ち向かえないタイプだから。 じっとひっそり通り過ぎるのを待つタイプだから、乱馬と似てるといえば似てるね。 だからこの原作に共感してるんだろうけど。 まともに体験してるわけじゃないけど、書いてると想像だけで心が参りそうになる(苦笑) とりあえずヤキモチだらけのつもりです(汗)これでも。 リクエストキーワード3【ムース】 こうまで苦手が続くと、全部なんとかしちゃろう!という気分になりました! いやでも、リクエスト自体はほんっと面白そうでたまりませんよね。この内容! さすがYumimi様!私もこのままリクエストで誰か書いて!って思いましたもん。 力量が伴ってればなぁ〜と悔しい思いをしました。 さて、正直話の展開で無理ならムースは抜こうかとも思いましたが、良牙が入ればなんとかなんとなるかなと。 絡ませて、というのはどこまでかなーと考えて、彼は乱馬とあかねを応援するタイプではないので全面で絡めるのはやめました。 真之介と接点のない人なので、乱馬のいじめ役ですね。その結果のされてますが。 乱馬が二人を追うという行動に移すまでの、気合を入れるセクションに使えればいいのかな、くらいで。 もともとのムースに対する期待度が分かりませんでしたので、このくらいでいいのかわかりませんがー(大汗) まあ、私にはコレが限界かな、と思います。 以上結果として、ものかきとして本当にいい機会をいただけてよかったです。 Yumimi様の期待に沿える話になったかどうかわかりませんが、私自身はいい勉強になりました。 これまで本当に逃げていたものばかりで(笑)辛くて辛くて、でも結局出来上がれば楽しい作業でした。 やっぱり乱馬とあかねが好きなので頑張れたのだと思います。 同時に、Yumimi様へのお礼としてお楽しみいただければこれ以上幸せなことはないです。 素敵なリクエストを下さりありがとうございました! 制作は2008/07/01〜02。 冴。 ←←TOPへ |