【らんま1/2】台詞お題30より

■「自分の有利な方向に進めばいいと思ってる?」→「自分の有利な方向に事が進むなどと安易なことを考えてる」

掲載日[2008/9/5]
















「乱馬よ、よもやこの状況で、自分の有利な方向に事が進むなどと安易なことを考えてるのではあるまいな!」
「うるせぇ、御託はいいからさっさと決着つけようぜ!」
「うぬうっ、父に対してのその口の利き方、少々痛い目にあわんと偉大な父の威厳が伝わらんようだな!」
「へっ、減らず口叩く暇があったらさっさと掛かって来いってんだ!」

 早乙女家の本日の朝稽古は、屋根の上で行われることとなったようだった。二階部分の屋根といわず、一部平屋建てになっている屋根といわずを縦横無尽に走り回る。そして、双方の口も片時も休まることがない。
 一体何の修行なのだ、と思いながらあかねは窓を開け、ふぁぁとあくびをした。隣の部屋では、きっとまだ起きる予定の時間でもなかったなびきが顔をしかめているに違いない。どすばたと屋根を蹴立てて走られては、さすがに眠り続けるのは無理だろう。
 少しひんやりとした朝の空気が気持ちいい。目覚ましとしては最悪だったが、おかげで今日はのんびりロードワークができそうだ、と思った。
 窓に向かって思いっきり伸びをした。心地よい空気に体が清浄化される気分になれた。さあ、とりあえず着替えなくては、と思ったときに、「隙あり!」と玄馬が叫ぶのが聞こえた。続けてがらら、という瓦がずれたような音。修行中に一体なにに気をとられたのだとあかねは呆れ顔になりながら、カーテンを一度閉める。
 今日は軽くランニングをしようと決めて、Tシャツとショートパンツを身に着ける。肩にはタオルを掛けて、あかねは「いってきまーす!」と声を上げた。


 朝もやが掛かっている空気は、まだ何物にも汚されていない新鮮なもののようで、それだけであかねは気分が良くなる。リズミカルに息を吐きながら、思い出すのは少し前まで後ろで揺れていた髪のこと。ずいぶん長い間伸ばしていたので、切ってしまってからもこういう日常生活の合間にふと思い出すことがある。

 ずっとずっと好きだった人を諦めるつもりは本当はなかった、と思う。
 本当はちゃんと先生に想いを伝えたかった、とも思った。けれど。
(先生はきっと、困る)
 大事な人に困った顔をさせたくなかった。そして、あかね自身もその困った東風の顔を見たくはなかった。
 だから、胸に秘めたままこの恋を終えることにした。諦めるのはイヤだったけど、しかたがなかった。
(短くされた髪は、そのきっかけにすぎない)
 乱馬が来る前から考えていたことではあった。どこかで、もう止めなければ、諦めなければ、と何度も自分と葛藤した。けれど東風の顔を見ては、安堵し、嬉しくなり、気持ちがふわふわと浮わついて心地よかった。大人の男の人の心地よさに、あかねは甘えていた。決して自分に向かない想いをじりじりと期待しながら。
 ある意味、蛇の生殺しのような状態だったのかもしれない、と思う。
 決して自分に向くとは思えない想いを知りながらも、拒否されないことも知っていた。あたたかく東風が笑う、あかねちゃんと声を掛ける、怪我をした自分を優しく気遣ってくれる、それだけであかねは満たされたし、それ以上も求めなかったから幸せだった。自分は幸せなんだと、信じ込もうとした。

「欺瞞(ぎまん)だわ」

 そう、自分を騙していたのだ。幸せになれないことは仕方のないことだと、信じ込もうとしていた。ささやかな幸福に甘んじることは楽だし、気持ちはほとんどの時間平穏を保っていた。気持ちが通っていないので、気持ちが行き違いになったり、それによって腹を立てたりすることもないし、そんな心配すらしたことがない。ただただ、その人のあたたかさに甘えられることが恋なのだと信じていた。
 なんという浅はかな恋。気持ちを通わす努力もせず、ただただ見ているだけの。安定していて壊れる心配もない淡く甘い優しい時間。
 それは果たして恋と呼べるものだったろうか?
 けれど、そのときのあかねには、恋と呼べるかは別にして、一番大切にしてきた気持ちだった。
 その気持ちに呼び名など不要だった。誰に言うこともなかったのだから。

 しかし、その気持ちがばれることなど、自分にも想像だにしなかった。
 まさか、自分の許婚にその思いが漏れてしまうとは。
「そんなにわかりやすかったのかなぁ。あたし」
 今は目の端に掠める程度になってしまった髪の長さを目で追いながら、あかねは情けない顔をした。
「あっさりばれちゃうなんてさ」
 ひとりごちながら走っていると、後ろから風が通り過ぎていった。白と黒と赤が目に残像として残る。
「なーにひとりでぶつぶつ言ってんだ?」
 乱馬だった。赤は乱馬のチャイナ服に、白と黒は言わずもがなパンダの模様だった。どうやら屋根から落下して池にはまったようだ。二人とも変身後の姿だった。
「なんでもないわよっ。稽古もいいけどご近所迷惑にならない程度にしなさいよ!」
「わーかってるって!」
 あかねと話している間もパンダと少女は拳を繰り出すことをやめない。乱馬は機嫌がいい。
 乱馬たちはあっという間に通り過ぎて、あかねの視界から消えてしまった。

 いつもながら騒々しい親子である。けれど、それも最近では慣れてしまった。今では完全に天道家の一員になってしまっているし、たまに修行で居なくなればなったで家が妙な静けさで寂しい。早く帰ってくればいいのに、という気持ちもだんだんと日が追えば追うほど強くなるのが分かる。
 隣でご飯をがっつく姿や、嫌味なことを言うときの面白がった顔、つまらないいつもの喧嘩を吹っかけてあかねを怒らせる、かと思えば不意に見せる頼もしく優しい顔。強さを誇示し粋がっていたかと思えば、女になってバカみたいに高らかに笑う。
 一瞬一瞬がまるで違う顔。
 しかし、彼の見せる表情には少なからずあかねが居てこその顔がある。いつもいつも穏やかに微笑んでいた人とは違う、あかね自身が影響を与えられる、一番身近な男の子。
 早乙女乱馬。それが彼女の許婚だった。

 好きかと問われれば、違うと答えるだろう。
 嫌いかと問われれば、違うと答えるだろう。

 それくらいあかねの中では、乱馬の存在はとても複雑だった。好きなところも、嫌いなところもある。言ってしまえば嫌いなところの方が多いのかもしれない。けれど、今ではその存在自体が大きく膨れ上がってしまい、その事実からは目を逸らせない。
 東風への気持ちのただただ大切に秘めた気持ちだったものとは全くの異質で、ぞんざいに扱えそうでそうはいかないところがまた厄介だ。もてあますような、取り扱いが難しいところが当人に似ていて、少し可笑しい。けれど結局、簡単に手放せそうで、なぜか最後まで握り締めてしまっているような、そんな気がする。最後まで、自分の意思として。
「くやしいな」
 あかねは前を向いて走る。しかしそれは颯爽とした走りで、その姿に迷いはなかった。
「なにが悔しいんだ?」
 唐突に高いところから声が落ちてきた。斜め前の塀の上に男の姿があった。もうお湯を被ってきたのか、とあかねはほとんど無意識にそう思う。
「いろいろ、よ」
「いろいろかよ」
 乱馬がいる正面の塀をあかねは立ち止まりもせず通り過ぎた。面白くなさそうな顔で、乱馬が塀の上をあかねを追うようについてくる。しかし、すぐに何かを思いついたのか、からかうような顔でこう続けた。
「まーそりゃーそうか。俺はお前より強いし器用だし、女になりゃ抜群のプロポーションにかわいい顔だし。どっかの寸胴でかわいくねー不器用女が悔しがるのもしかたねーな!」
 あははは、と能天気に笑う乱馬にさすがのあかねもむっと来て、塀に拳をぶつけた。がらがらとブロック塀が崩れ落ちていく。塀だったその場所にぽっかりと穴が開いた。
「誰があんたに悔しいなんて言ったのよ!」
「おまえな。ご近所迷惑とか言ってたのはどこの誰だよ」
 呆れたように乱馬がしゃがんであかねの顔を覗き込む。
「あんたが悪いのよっ!あたしは一人で気分よく走ってたのに!」
 あかねがイラついたように乱馬を見上げると、今度は乱馬がむっときたように言い返した。
「何言ってんだ。ちんたら走ってるから気合入れに来てやったんだよ。だいたいその調子じゃ遅刻だぞ」
「えっ!」
 あかねは慌てる。そういえば確かにコースも長めにとったし、走りがゆっくりだったことも思い出した。時間を確かめようにも、トレーニング中は腕時計をする癖はなかったし、公園からも遠いので近くに時計がない。
「馬鹿っ、早く言いなさいよっ!嘘だったら承知しないわよ!」
 ばたばたと走り始めたあかねに、乱馬はむっとしたように言い返す。
「ばっかやろー!俺がそんなつまんねー嘘ついてなんの得があるってんだ!」
 乱馬が少し本気で走り始めたので、あかねを追い越してしまう。追い越した先で、乱馬がわざわざ後ろを振り返ると、べろべろと舌を出しながらあかねにつっかかった。
「やーいのろまー!」
「小学生か!」
 登校時だったら鞄があるのに、ランニング中には手元に何もないのが腹立たしい。あかねは乱馬を追いかけながら、今は唯一の武器の拳を振りあげた。
「待ちなさい乱馬!」
「やーい寸胴!」
「寸胴は関係ないでしょ!」
 あかねはなんだか笑いたくなった。
 乱馬はこうやって何もかもをどうでもよくしてしまうから、かなわない。
 また騒々しい一日なのだろう、それも悪くない、とあかねは諦めたようにそう思った。











 



■END


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■乱馬→あかねの思いの話は別で書いていて、逆がないなと思ったので。
乱馬の尊大な口ぶりは父親譲りで間違いない、と冒頭でしみじみ思った(笑)