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【らんま1/2】台詞お題30より |
| ■「私を信じろ」→「私を信じなさい」 |
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掲載日[2008/9/16] 「はあ〜どうしよう〜…」 あかねは自室で机に向かって座り、はぁっとため息をついた。 あかねの目の前には二つのチケットが並んでいた。管弦楽コンサートと書かれた2枚のチケットを前に、あかねはため息をついたのだった。 「こんなもの当たっても、あたしじゃちょっと眠っちゃいそうだし」 どうやら天性のクジ運の強さは健在のようで、あかねはそのチケットを当ててしまったようだった。当たったはいいが、それほど興味のない演目のため、このチケットをどうしようかと考えていたらしい。 なびきだったら、興味がなければ金券ショップにでも売っちゃえばお金になるじゃないの、とも言われそうだが、せっかく当たったチケットを有効利用できずにお金に還元してしまうのはなんだか忍びない、と思っていた。本当に利用できない最終手段としてそれも考えておく、というくらいにして、できればこの手に入ったチケットどうにか活用できないかとあかねは頭を悩ませていたのだった。 「そもそも乱馬だってこんなの興味ないだろうし…って!別に乱馬と行きたいわけじゃないけどっ!」 あかねは無意識に飛び出た自分の言葉に驚いて、慌てて首を振る。 誰も居ないのに、一人きりになっても気持ちを表現することに抵抗があるあかねなのだった。 「でも、無駄にしたくないしなー。なにか良いことに…」 あかねの口がそこで静止する。乾燥防止に塗られたリップだけの唇が小さく開けられたまま止まって、その唇の形がゆっくりと閉じられて柔らかく弧を描いた。 「良いこと考えた♪」 あかねは歌うようにそう言った。 あかねはそれから軽く上着を羽織って、家を出た。時刻は昼過ぎ、先ほど昼ごはんを食べたばかりでお腹はちょうど良い満腹度、動くのにはすこぶる良いコンディションだ。あかねはチケットを手にし、まず商店街に走った。 商店街で用を済ませ、あかねはもう一つの目的地に向かう。小乃整骨院がその目的地だった。 「東風先生こんにちはっ!」 あかねは玄関先で待合室で様子を伺いタイミングよくお客さんがいないことを確かめると、声を上げた。東風が診察室からひょいと顔を出すのをみて、あかねはにっこりと笑みを浮かべるのだった。 「先生、今お時間いいですか?」 「うん、いいよ。ちょうどお茶を入れようと思っていたところなんだ。さ、上がって」 東風はにこやかに微笑んであかねにそう返すと、先に診察室に入っていく。あかねはお邪魔します、と声を上げてから、スリッパを履いて奥の診療室へ入っていった。 「あ、お茶はあたしが」 東風が湯飲みを出していると、あかねが横から声をかける。東風がそうかい?というと、あかねにその場を譲った。あかねは商店街で買ったケーキを持ってきていたので、それを東風に見せる。 「先生、あたしケーキ買ってきたんです。どちらがいいか考えておいてくださいね」 「これは迷ってしまうねぇ。じっくり考えながら待っているとするよ」 「はい、ぜひそうしてください」 あかねはケーキの箱を東風に渡すと、お茶の準備をし始めた。ケーキならば紅茶が見た目に合うところだが、甘いもののあとにお茶というのも結構あうものだ。あかねはそう思いながら、東風の専用湯飲みとお客用の湯のみにお茶を汲んだ。あかねは東風の湯飲みを東風の前に差し出す。 「どうぞ、先生」 「ありがとう、あかねちゃん。じゃ、ぼくこっち」 東風は片方のケーキを指差して言った。あかねはそれ見てからはい、と頷くと、皿に取り分けて東風の湯飲みの隣に添えた。残ったケーキをもう一つの皿に置いてあかねは自分の方に寄せた。 「あかねちゃん、そっち好きだろ?」 「あ、でもあたしも先生がそれ好きそうだなって思って買ってきたんですよ?」 「あはは。なんだかお互い自分のことよりも相手を分かってるみたいだねぇ」 「ええ、だってもうずいぶん長くお世話になってますから」 あかねが嬉しそうに笑うと、東風も微笑み、頷いた。 「うん、そうだね。じゃあいただきます」 「はい、あたしもいただきます」 二人は小さなフォークを手に一口分を分けるとケーキを口に入れた。甘い口解けを一口分を楽しんでから、東風がそれで?と口にする。 「はい?」 「なにか、僕に用があるんだよね?」 「あ、はい。実はお誘いしたいことがあって」 あかねはポケットに入れていたチケットを一枚取り出した。 「これ、一緒に行きませんか?」 あかねからチケットを受け取り、東風が眼鏡の位置を直しながらチケットの文字を読んだ。 「管弦楽コンサート?珍しいね、あかねちゃんがこんなのを持ってくるなんて」 「ふふ、そうですか?…それで先生ならどうかなって思って」 東風はちょっと考えてあかねの顔を覗き込む。まるであかねに乱馬のことを問いかけているような視線だったので、あかねはそれを受け流す。「乱馬ならこんなの眠ってしまいますよ?」という意思を飛ばす。 納得したように東風が目を一度伏せる。しばらくの思考の沈黙に、あかねはそのまま黙って待つことにする。待ち時間の間、東風の伏せたまつげの長さを眺めて、少しうっとりする。これくらいの気持ちの高揚は、恋心でなくても誰にでもあることだとあかねは片付ける。例えば、美しい絵を見たり、美しい音楽を聴いたりすれば、恋しなくても気持ちは高揚する。もう恋しているわけではないのだ、と客観的に自分を観察できているあかねは、そんな自分に少し安堵していた。 「…特に日時に問題もないし、僕は断る理由もないのだけど、あかねちゃんは本当にいいんだね?」 一度目にしての最後の最終通告。本当にあかねに問題がないのかを、東風は一度だけ口にした。 こういう無駄のない会話が、東風が他の人と一線を画す理由だ。友人その他にでもこれを誘っていたら、「乱馬くんは?」という単語が一度ないしそれ以上は出てきただろう。しかし、東風はそういう無駄な会話をなしにしてあかねから言葉でなく意思として汲み取るのだ。 「あたしが先生を誘ったんだから、問題ありません」 はっきりそういったあかねに、うん、と東風はためらいなく頷いてみせた。 「それなら、これは僕が招待されよう」 「ありがとうございます、先生!」 あかねはぺこん、と頭を下げるとケーキを食べることを再開し始めた。 ご機嫌にケーキを食べるあかねに、東風は少し怪訝な顔をしていたが、ケーキを口にするとその味でごまかされたのか、いつもの微笑みの表情を取り戻していた。 一方、あかねの許婚こと早乙女乱馬は、休日だというのに学校から帰るところだった。 テストの点数が少し足りなかったので、補講を強制されられたのだった。いつもの乱馬ならばサボるところだが、わざわざクラスメートのひろしと大介が家まで迎えに来たので無理やり登校させられた。 二人は同じ穴の狢を逃がすものか、という魂胆だったようだった。 「ちったぁ天道あかねと一緒じゃなくてもちゃんと学校行けるってとこ見せてみろ乱馬!」 「馬鹿いってんじゃねぇ!別にあかねがいねーから行かねぇわけじゃねぇし!」 「でも俺たちにはそうとしかみえん!そろそろ独り立ちの時期だぞ!一人でできるもん!だぞ!」 「意味わかんねー!!」 乱馬の寝室まで上がりこんで二人のクラスメートが起こしに来たのだった。もちろんあかねは点数が良かったのでこの補講は参加しなくて良いことになっている。 一連の会話を横で見ていた玄馬が、ぱしっと膝に手を打つともっともらしく頷いて声を上げた。 「乱馬!男たるもの、やはりやるときはやらねばならんのだ!たとえあかねくんが傍に居なくとも、お前は立派に努めを果たさねばならん!」 「あら、乱馬くんてそんなにあかねが居ないとダメなの?初耳」 廊下からは面白そうに眺めているなびきと隣にはかすみがいた。 「家ではそんな風にみえないのに…乱馬くん」 「そんっっなにうちの娘を気に入ってくれたのか乱馬くん!私は嬉しいよっ!」 いつのまにか部屋の隅でおううっと泣き出す早雲まで現れる始末。 乱馬はそんな家族とクラスメートをおろおろしたように見回していると、なびきの後ろに別の人影を見つけて、ごくりと唾を飲み込んだ。 さすがに朝っぱらからの騒ぎで目を覚ましたらしきあかねが、ずかずかと入り込んでくると乱馬の前で立ち止まった。 「なななな、馬鹿っ!俺は何も言ってねーんだからな!俺だってお前みたいな凶暴な女が傍にいたら迷惑でしょうがねえってのに…」 乱馬が慌てふためいて言い訳するも、あかねはすうっと息を吸い込み足を蹴り上げた。 「だいたいさっさとあんたが学校いかないからでしょーが!さっさと学校いってこーい!!」 どっかーんと足蹴りを食らわせ乱馬が空に吸い込まれていくのを、家族とクラスメートが至って平然とした顔で眺めていた。 ひろしと大介は、それを追うように天道家を退出し、学校にたどり着くと乱馬が校庭でつぶれている乱馬を見つけたのだった。 「朝から午後までみっちり補講なんてしやがって…格闘家に学問なんていらねーのに全く」 乱馬はぶちぶちと文句をたれながら家路についていると、あかねが小乃整骨院から出てくるのを見つけた。 その後、東風が玄関先にまで出てきたので、乱馬は反射的にさっと塀の影に身を隠した。身を隠してから、乱馬は自分の行動に一瞬首をかしげた。 (あれ、俺なんで隠れてんだ…?) 乱馬は一瞬考えたが、あかねが玄関先で東風に振り返ったので、そちらに意識を戻した。 「じゃ、先生。その日はお迎えにきますね」 「わかった。楽しみにしているよ」 「あたしも楽しみです。それじゃ、また」 「気をつけてね」 あかねははい、と返事をしてお辞儀をすると、機嫌よさそうに歩いていくのが見えた。人知れずその後姿を見つめていると、乱馬の表情がだんだんと曇っていく。 今の会話が頭の中でリプレイされる。 (その日はお迎えに) (楽しみにしてるよ) (あたしも) 乱馬の頭の中では同じ会話が何度も何度もリプレイされた。だんだんと気分が沈んでくるのを抑えきれない。 「デートかしらね?」 あらぬところから声が聞こえてきて、乱馬は心臓が口から飛び出すのではないか、というほどびっくりした。 声を上げないように慌てて自分の口に手をやって振り返ると、そこにはアイスを手にしたなびきがしゃがみこんだ乱馬を見下ろすように立っていた。 「なびき!なんでお前がここに!」 「乱馬くんが目の前で不審な行動をしてるのを見つけたからちょっと監視してみたの。そしたら、面白い話を聞けたってわけ」 「面白いってお前なぁ…」 乱馬は見下ろされていることが気に食わなかったのか、ゆっくりと立ち上がるとなびきを見下ろす。 「あら、乱馬くんには面白くなかったってわけね」 「そんなことより…」 なびきとアイスを交互に見やりながら、乱馬はじろりとなびきを睨んだ。 「そもそも俺の背後に回った理由を言え」 「あら、そんなに私分かりやすい性格かしら?」 なびきが少し肩をすくめてそう言ったが、なびきのリアクションなど意に介さないように乱馬はなびきの目を覗き込んでいる。 「…わかったわよ。降参」 しぶしぶ、と言った調子でなびきは乱馬から目を逸らすと、息をついた。その後、いつもの飄々とした表情が浮かび上がる。 「いい情報をもってることは確かよ。でもただでは言えないわ」 「てっ」という擬態語がぴったりな調子で、なびきは乱馬に手を差し伸べる。仲直りの握手をしよう、ではない。 情報が欲しかったら金を出せ、という意思表示である。その展開に今度は逆に乱馬が渋り顔になった。 「いくらだ」 「三千円」 「高いっ!千円だ」 「馬鹿いわないでよ。二千五百円くらいならまけてもいいけど」 「もう一声」 「だめよ、これ以上はダメ」 「わかった、全財産千五百円でいっ!」 「はぁー?もうしょうがないわね、この甲斐性なし!」 「これでもいっぱいいっぱいでいっ!」 小銭をかき集めて乱馬は何とか千五百円を払うと、なびきに続きを促した。 「商店街で懸賞やってるの知ってる?」 唐突に始まった話に、乱馬は一瞬ぽかんとした。 「なんだそりゃ」 「その懸賞の一等賞は海外旅行なんだけど、二等があるチケットの二枚組なの。それを当てたのがあかねって話よ」 乱馬はなびきのその言葉に目を見開いた。なるほど、チケットが当たったので東風を相手に誘ったと言うことか、というところまでが分かって乱馬は頷きそうになった。しかし今更東風を誘うと言うことが解せなくて、乱馬はそれからまた考え込んでしまう。 乱馬が頭を抱え始めたところをなびきが呆れたように見ている。しょーがないわね、となびきは言うと、一言付け加えた。 「チケットの内容が福引所に飾ってると思うから確かめに行ってみれば?」 なびきが呆れたようにそう言い添えたので、乱馬は顔を上げて問いただす。 「ほ、ほんとか」 「嘘言ってどうすんのよ。ちょっとは私を信じなさい」 「おめーを過分に信じると身の破滅を感じるのは俺だけか?」 「あら、大事な情報提供者に向かってその口ぶりはないんじゃないの?」 むっとしたなびきが腕を組んで乱馬を上目遣いで睨みつける。なびきの目つきはあかねのように熱の篭ったものではなく、冷たく感情が入りきらないような視線なので、それが余計恐ろしいと感じる乱馬である。 「だいたいそんなにあかねが心配なら、とっとと好きだって言って乱馬くんから二度と離れないようにちゃんと掴まえておきなさいな」 「ううううるさいっ!」 乱馬は顔を真っ赤にさせると逃げるように一気に屋根に跳躍し、軽やかな体を駆使して商店街に向かったのだった。 果たして、商店街の福引所には懸賞商品であるチケットの見本が貼り付けられていた。そこは席こそ明らかにされていないものの、演目とその日時がしっかりと印刷されていたので、乱馬はそれを読み上げて記憶する。 「管弦楽コンサート、日時は…明後日か」 あたりを見回し、今度こそここでは誰にも見られていないことを確認する。乱馬はすぐさまその場を離れていった。 二日後の放課後、あかねは乱馬に「用があるから先に帰るね!」と声を掛けて急いで教室を出た。 過去助っ人をしたよしみで、バレー部の部室のロッカーを貸してもらうことになっていたので、まずそこに急ぐ。一度家に帰ったりすると間に合わないかもしれないと思ったことと、ちょっとでもめかしこむと家族にいらぬ誤解を受けそうだということで、あかねは学校から直行で東風を迎えに行くことにしていた。 「よし、計画通りっ」 ロッカーからバッグを取り出して、制服からシックな赤紫のワンピースに着替える。いつもはパステル調の服が多いあかねだったが、フォーマル用にワンピースを一つ買っておいたのでそれを着てみることにした。いつ袖を通せることになるかわからないが、可愛くて、それでいて大人っぽいデザインだったので思わず衝動買いしてしまった服だった。 「わぁ、可愛い!やっぱりこれ買っててよかった!」 あかねは部室の鏡に全身を映しながら、くるりと一回転した。胸元はすっきりとしたV字に開いていて大人っぽい印象だが、袖とスカートは花びらのようなフレアに仕上がっている。このギャップに負けて買ってしまったのだ。 靴も用意していたものに履き替える。着替えた制服と靴をバッグに入れて、バッグを肩に担ぐと、あかねは部室のドアを少し開いて辺りを見回した。部室の配置は学校の裏側になっているので人通りはほとんどないが、教師と出くわさないように注意が必要だ。 「誰もいないわね。よし、いくわよ!」 あかねは重いバッグを担いで素早く部室から出ると、校舎の塀の向こうに荷物を投げ、自分も塀を飛び越えたのだった。 それから、商店街のコインロッカーにバッグを仕舞うと、とってかえすように整骨院に向かった。ちょっと汗ばんで乱れた髪を歩きながら整えた。歩きながらどきどきと胸が高鳴るようで、あかねはその鼓動の早さが心地いいとさえ思った。うまくいくといいな、と思う。 小乃整骨院の看板を見つけたとき、あかねはいつもと違う気持ちがしてどきんと鼓動が跳ねた。 「しかしあかねちゃんがこういうのに興味があったなんてね」 劇場のロビーにあかねと入った東風がしみじみとそう言ったのに対し、あかねはにっこりと微笑んで東風を見上げた。 「えへへ。見くびらないでください先生。あたしだって格闘だけってわけじゃないんですから。これでもれっきとした女の子ですよ!」 「そうだね。あかねちゃんは最近とても可愛くなったと思うよ」 東風がこちらを振り返ると、にこりと微笑んだ。 「本当ですか?」 嬉しい、と素直にあかねは顔を緩ませる。両手を頬に当てて赤みが差すのを堪えるように自分を抑えた。 「さて、そろそろ席に移動しないといけないかな?」 東風がそういうのを見計らったように、あかねは東風に一言告げる。 「ごめんなさい、先生。先に行っててもらえますか?あたし、ちょっと化粧室に…」 「わかったよ。それじゃあ僕は先に行って座っているからね」 「はい!」 あかねと東風は劇場のロビーで一旦別れた。あかねはほっと息をついて、あたりを見回す。時間はまだ早いから大丈夫、と心を落ち着けるようにそう思っていると、瞬間的に背中から浚われるように体が浮いた。 強い衝撃ではなかったが、抗えない力で体を拘束されてロビーの壁際まで連れ去られてしまう。そしてそのまま一瞬にして物陰に追いやられてしまった。 (まさかこんなところで痴漢!?でも痴漢にしては洗練された動きだわ…!) ロビーにはまだ人もまばらであかねが連れ去られたことも、全く人目につかなかった。自力で何とかするしかない、と拳に力を入れた瞬間、身に覚えのある背中の感触と温度にあかねは力を入れるのをためらった。 ためらった直後、身に覚えのある声があかねの耳に届いた。 「なにやってんだよ、おめぇは」 耳の後ろから聞こえてきたその声に、あかねはふたたび驚く。ここにいるはずのない人なのに、間違いなくその人物に完全に動きを封じられている。声のおかげでこんな横暴なことをする相手が誰なのかが分かって、あかねの恐怖が幾分和らいだが、しかし同時に理不尽な相手の行動に瞬間的に怒りがこみ上げた。 「ら、乱馬…あんたこそ、こんなところで…ちょっと、離してよ」 「…なにやってんだって聞いてんだ」 さっきより凄みの利いた声にあかねは混乱した。変に抵抗しない方が身のためだと思い、体から力を抜くと、乱馬もあかねを掴んでいた腕の力を抜いた。しかし解放する気はまだないらしい。 「エスコートよ」 「エスコートだぁ?」 「そ、前座みたいなもの。東風先生にちょっとしたプレゼントを思いついて」 それが今のあかねの姿なのか、と乱馬は愕然とする。どうやら「エスコート」とか「前座」の言葉が頭から吹っ飛んでしまったようだった。それくらい、今日のあかねは可愛らしいフォーマルドレスが似合っていたのだ。あかねの、東風への思いがまだ断ち切れていなかったのだと勘違いし、乱馬は少なからずショックを受ける。 そんな乱馬に、あかねが慌てて言い足した。 「あ、ちょっと、誤解しないでよ?東風先生にプレゼントっていうのは…」 「あら、あかねに乱馬くん、こんなところでどうしたの?」 おっとりとした口調と優しい声音に振り返らずとも誰が来たのかが分かった。二人は声の主に視線を移すと、物陰に潜んでいたはずの二人を覗き込むような姿勢のかすみと目があった。 「意外ね。乱馬くんが音楽に興味があったなんて。もしかしてあかねが誘ったの?」 にこにこと微笑みながら、乱馬とあかねを交互に見るかすみに、乱馬は何かを言おうとしたがすぐさま口を閉ざした。いや、閉ざさざるを得なかった。 あかねがどすんと乱馬の足を踏んだのだった。フォーマルドレスに合わせるように履いていた靴は、それほど高くないが多少ヒールのあるパンプスである。踵が多少突き出ている分、痛みはそこに集中しやすい作りになっている代物だ。 乱馬は声を上げることもできずにあかねの後ろでのた打ち回った。あかねは気にせずかすみに答える。 「あ、えっと。お友達に誘われたんだけど、やっぱり性に合わないから帰るところなのっ。お姉ちゃんは?」 「私はここのチケットをいつもの八百屋さんに譲っていただいたのよ。コンサートなんてなかなか機会がないでしょう?」 「あ、うん、そうねっ!お姉ちゃんならきっと楽しめるよねっ!あ、じゃああたしは乱馬と先帰ってるね!」 そそくさ、とあかねが手を振りながら、足の痛みに目に涙を浮かべる乱馬を引っ張っていく。 「気をつけて帰るのよ」 かすみに言われて、あかねはわかった、と頷いて、声を上げた。 「お姉ちゃん、楽しんできてね!」 「ありがとう、あかね」 「そういうことか」 「そういうことよ」 久しぶりに都会に出てきたので、あかねは町並みをものめずらしげに見つめながらそう言った。乱馬の方は、ふてくされた顔を隠すようにあかねの前を歩いている。あかねの服装がいつもよりもシックな雰囲気なので目のやり場に困るところもあった。 かすみのチケットはもともとはあかねがクジで当たったもので、実は東風の隣の席のチケットなのだと、今しがた乱馬はあかねから聞いたところだった。あかねは八百屋の主人にかすみに渡してもらえるように言い含めていたらしい。 「言えば協力してやったのに」 「そう?誰かに相談するより早くやってしまいたくて。だってすっごくわくわくしたもの、このアイデアが浮かんだとき」 くすくす、とまるでそのときを思い出すように、あかねが嬉しそうに笑った。そうやってあかねに嬉しそうな顔をされてしまうと、乱馬の胸に生まれかかったわだかまりもいつの間にか淡雪のように解けてしまう。 「うまくいってよかった」 「そうだな」 乱馬はいつのまにかあかねの隣を歩いていた。さすがに人通りの多い都会の夜せいか、人が多くて通り過ぎる男があかねを好奇の目で見ているような気がしたのだ。乱馬が隣を歩くだけでその色がしぼませる男どもを見て、乱馬はまったく、とこっそり息をつく。 あかねは周りのその様子には気づいていない。ただ、乱馬が隣を歩き始めたことに一瞬きょとんと目を丸くしたが、その後すぐにゆっくりと微笑むのが目の端に見えた。 嬉しそうなはにかんだ笑顔のあかねを見るだけで胸に明かりが灯ったように感じられて、乱馬にはそれが不思議だった。 太陽よりも静かでやさしい光が、体中をあたたかくやわらかく満たしていく。 「でも、どうして乱馬は劇場にいたの?」 「え」 あかねの素朴な疑問に鼓動が跳ねたような気がしたのは気のせいではない。乱馬は慌ててあかねから顔を逸らすと、言い訳を考えていなかった意標の質問にたまたまだよっと言い捨てるしかない。 「たまたま…?」 「えーっと、そーだ!良牙の野郎を追いかけてたらあいつめちゃくちゃに逃げ回りやがって結局こんなとこまで…」 「良牙くんがこんなところまで?」 あかねは不思議そうな顔をしていたが、自分の真意は届かないだろうと乱馬は安堵と不満を半分ずつ背負い込みながらそう思った。あかねは人から自分が心配されること、思われていることに関しては全く鈍いのだ。 「ま、いっか。じゃあ、帰りは乱馬があたしのエスコートしてくれる?」 あかねはそういうと手を伸ばして乱馬の腕に自分の腕を絡めてきた。いきなりの仕草に乱馬が目を見開いて顔を赤くすると、あかねもちょっとだけ赤くなった頬のまま、ごまかすように無理にえへへと笑った。 「ね?いいでしょ?」 「しゃーねぇーなー…」 ふいっと乱馬は赤い顔を見られないように顔を逸らす。あかねは嬉しそうに乱馬の腕に捕まったまま、乱馬が歩調を緩めたことに気づいた。 あかねの歩幅にあわせたのか、それとも、少しでも長くこのまま歩きたいと思ったのか。 あかねはふと浮かんできてしまった疑問にこっそりと笑みを浮かべて、乱馬を見上げた。 一つ頭分上にある乱馬の表情は分からない。あかねの腕の中の乱馬の腕が緊張に軋んでいるのを感じ、それでも振り払わない乱馬の態度にあかねは顔をほころばせた。 「雪が降ればいいのに」 「まだ9月だぞ」 「うん、でもなんとなくね」 「…でもま、そうだな」 乱馬とあかねは降る筈のない雪を探して空を見上げたのだった。 ■END
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■30台詞お題コンプリート! お疲れ様でした&ありがとうございました。 |