水晶の洞窟<前編>
「ねえ、アンジェラ。こういう話、知ってる?」
故郷を思い、夜泣きじゃくるアンジェラにフェアリーは励ますようにそう言った。
アンジェラは一人の仲間を見つけ、何とかウェンデルに来たものの、既に時刻は夕刻を過ぎていた。頼みの綱であるウェンデルの司祭はすでにお休みになった、と神殿の門番がそう言ったので、仕方なくアンジェラはウェンデルの宿に戻ったのだった。
城とは違う固めのベッド。そして、アルテナよりも気温は高いはずなのに、心の中はまるで穴が空いているように空っぽで虚しい。そして寂しい。
そんな中、暗い闇を何とか払うように光るフェアリーを見ると、アンジェラは少し安堵した。
「・・・なに?フェアリー」
アンジェラはやっと膝から顔を上げると、フェアリーの方を見た。
フェアリーはやわらかな光を放ちながら、アンジェラの肩に腰を下ろす。そして、優しくアンジェラの涙を小さな手で払い除けると、キスをする。
「あのね、このファ・ザード大陸には不思議なところがあるんだって。水晶の洞窟ってところよ。」
「水晶の洞窟?」
アンジェラはもう一度自分で涙を拭くと、不思議そうに首を傾げた。
「そう、水晶の洞窟。そこはね、世界中の声が聞こえる場所なんだって。」
「声が聞こえる??」
「世界中の自分に向かう声を聞く事ができるんだって。」
「??」
「私、いつかアンジェラをそこに連れていってあげたいなあ・・」
フェアリーがアンジェラを見て、そう言った。しかし、アンジェラは困ったようにフェアリーを見詰め直す。フェアリーの言っている意味がわからない。
「フェアリー。そこに行って何になるの?私がこんな風に泣かなくてもいいようになるっていうの??」
フェアリーは何も言わなかった。ただ、アンジェラを見て笑っていた。小さな羽音を響かせて。
そのときは、まだ。
アンジェラはアルテナ城を出て1週間しか経っていない、何も知らない少女だった。
まだ、フェアリーを宿してから間もない、小さな小さな王女だったのだ。
それから時は過ぎて。
マナの剣争奪戦の終結から3ヶ月が経っていた。
聖剣の勇者としての役目を終えて、アンジェラは自国に帰国していた。それぞれの仲間たちもまた、再びそれぞれの道を歩むべく自国へ帰還していった。
アルテナ城は、エルランド同様マナの衰えにより冷気の侵入が日増しにひどくなっていった。今まで魔力によって冷気を妨げられていた城は、刻一刻とその無情な冷気にその身を朽ちさせていった。
しかし、なんとしてもアルテナの国を守りたいという愛国心旺盛な人々は自らの手によって、城全体に耐雪補修を施した。今まですべて冷気の遮断に関してはヴァルダに任せきりだったのだが、人々はヴァルダの力の限界を知り、今度は自分たちの手でアルテナを守る事にしたのだった。ヴァルダはその国民の慈悲深さに心を打たれ、国民を城の中に受け入れて生活の場にするよう進めてきた。
にわかに城の内部はにぎやかになった。空いていた部屋を国民にあてがい、生活用品、商売道具がすべて城に持ち込まれ、狭いながらも人々は活気に満ちてその日の生活を送るようになった。
そんな毎日の生活に慣れてきたある日。アンジェラの手に一通の手紙が届いた。
アンジェラ自身はもともとが筆不精。ちまちま書く時間があるなら即刻会いに行ってしまった方が早いと考えるアンジェラに、手紙はほとんど来なかった。出しても返事は来ないからだ。ヴィクターも幾分戸惑い気味にアンジェラに手紙を渡しに来た。
「珍しいですね、アンジェラ様」
「そうねえ。私の事をよく知らない人よ、きっと。」
アンジェラは封筒を裏返しながら、あら?という顔をする。
「どうしました?」
アンジェラの様子が気になって、ヴィクターは問い掛ける。アンジェラは返事もせず、ヴィクターに手紙の裏の印を見せた。浮き出たように押している判は双頭の一角獣、ウェンデルの紋章だ。
「ウェンデル・・!?姫様、いったい何を今度はしでかしたんですっ!?」
「何もしてないわよ、失礼ね。」
アンジェラはこともなげに手紙の印を外す。はらはらとするヴィクターをよそに、鼻歌すら歌ってアンジェラは手紙を取り出した。
「あら、これシャルロットからじゃないわ・・ヒースよ。」
「ヒース?・・ああ!ウェンデルでの最高実力者とまで謳われる聖職者の方ですね。」
「よく知ってるわね。」
手紙に目を走らせる前に、アンジェラはヴィクターを見てそう言った。ヴィクターはやれやれともいいたげに、肩を竦める。
「アンジェラ様が知らなさすぎてたんですよ。旅をされて正解でしたね、ある意味」
「ヴィクターってば、皮肉ばっかり。」
つん、と顔をそらしてから、アンジェラは手紙を読み始める。ヴィクターはそれに気づいて、少し反省したようにすみません、というと、失礼します、と小さく呟いて部屋を出ていった。
「ヴィクターってば、すぐ気にしちゃうんだもんなぁ・・冗談なのに。」
くすくすっと。アンジェラはヴィクターが出ていった扉を見て、笑った。アンジェラは再び鼻歌を歌いながら、ヒースからの手紙を読み始めた。
魔法王国アルテナ王族の末裔 アンジェラ王女
突然のお手紙をお許しください。
実は、折り入ってお話があるのです。
人間と妖精の混血種、シャルロットの事です。
彼女は今度の誕生日に16歳を迎えます。
16とは妖精にとって大人になる大事な年です。
混血種なだけにまた、
シャルロットの身に何が起こるかわからないという危険も孕んでいます。
私と司祭様はシャルロットを妖精の国に一旦シャルロットを送り返すことにしました。
妖精達の間で万全に16歳という年を迎えて欲しいのです。
でも、その前に僕はシャルロットが不安がらなくていいように、先にお祝いのプレゼントをしてあげたいのです。
シャルロットが強く健気に生きた16年間にふさわしいプレゼント。
それは・・彼女の両親の声です。
この世には不思議な場所があると、僕は祖母に聞いています。
その人に向かう声を聞く事が出来る唯一の場所があると。
そこにいけば、シャルロットは両親の声を聞き及ぶ事ができるのではないかと。
その場所はアルテナにあると、祖母は言っていました。
アンジェラ王女、どうか知っていたなら、教えてください。
お願いします・・。
ヒース
「その人に向かう声を・・」
アンジェラはぼんやりとその聞いた事のある言葉を思い出そうと、口の中で転がした。
・・いつか、アンジェラをそこに連れていってあげたいなぁ・・
もう遠い昔のような思い出。
でも、それはフェアリーがそばにいないだけで、本当はあのころから1年も経ってはいない。フェアリーが言っていたその言葉を思い出して、アンジェラは目を見開く。
「フェアリー・・!!水晶の洞窟!!そこだわ・・まさかアルテナにあったなんて・・!」
アンジェラはヒースの手紙をもう一度確認する。祖母に聞いたと確かに書いてある。
「そんな・・でも私はそんな話聞いた事もないのに・・」
アンジェラは困惑して手紙を置くと、とりあえず城内図書館に行ってみる事にした。
アンジェラの部屋から、2階ほど階段を降りると、そこはすでに民衆の生活の場となっている。図書館はその階の一番南側に位置している。アンジェラは図書館に足を走らせた。
図書館は子供から大人まで多くの人が集まっていた。さすがに城内が生活の場となっただけに、図書館は退屈しのぎにはもってこいの場所となったらしい。
「あ、アンジェラ様!」
「ご機嫌麗しゅう」
「相変わらずお美しいですねえ」
「王女様、何かお探しですか」
アンジェラはにこやかに挨拶に答えながら、やっとの事で司書のリヴィレのところにたどり着く。リヴィレは脚立に腰掛けて、書棚の整理をしているところだった。
「いらっしゃい、王女様。ご苦労様」
リヴィレはアンジェラの表情を読んで、苦笑いする。アンジェラは荒い息をつくと、最後にため息を吐いた。
「リヴィレ、こんなところにいて、息苦しくないの?!いつからここってこんなに混雑してるのよ。前は人っ子一人いなかったってのに!」
「みんな、珍しい本があるって言って集まってしまって。今では毎日大繁盛よ。」
「繁盛ってお金にもならないくせに・・」
今度はアンジェラの方が苦笑いを浮かべる。と、はっとしたようにここに来た用件を思い出した。
「そうそう、私、探し物しに来たのよ。リヴィレ、水晶の洞窟って聞いた事ない?その事が書いてある文献を読みたいのだけど」
「水晶の洞窟?」
「そう、アルテナ国内にそんな風に呼ばれている場所があるっていうのよ。その場所を教えて欲しいっていわれて・・。でも、私そんな場所知らないのよ。」
リヴィレは脚立から優雅に降りてみせると、手に持った本を下の方の棚に入れた。それから、アンジェラの方に向き直ると、細い指を頬に当てて考え込む。
「そうねぇ・・洞窟の文献・・水晶の文献・・もしかするとかなり古い文献かもしれないわね。最近になってからはそんな洞窟の名前も知らないし・・。洞窟も水晶も途方もない時間をかけて出来上がるものだから。」
「そんな文献、ここにある?」
アンジェラは形のよい眉をしかめると、そういった。しかし、リヴィレの方はあっさりうなずいて、こっちよ、と促した。
案内されたのは司書専用の閲覧室だった。アンジェラはリヴィレに入ってもいいの?と尋ねる。リヴィレは笑って答えた。
だって、貴方王女様なのよ。この城で入れない場所なんてないでしょ?と。
入るとその部屋には一つの机に4人分の椅子、その後ろには古めかしい書棚が壁沿いに置かれている。少しインクのにおいが強い気がしたのは、この部屋が狭いからだろう。
「座って。ありそうな書物を持ってくるから。」
「誰を連れてきた?リヴィレ?」
唐突に書棚の影から誰かが現れた。あまりにびっくりしたリヴィレが目を見開く。
「ホセ様・・」
「なぁんだ。ホセもいたの?」
アンジェラはにこりと微笑んでそういった。
ホセはアンジェラの教育係であり、かつては王家を支える絶大な力を持つ魔導士だった。今ではその力も衰えているが、その外見の老いには似合わず元気な声を張り上げてみせる元気なご老体だ。
そのホセが改めてアンジェラを見つめて、驚いた表情をしてみせた。
「これはこれは!アンジェラ様でしたか!図書館に足を運ばれるとは珍しいことですな!」
「悪かったわね。」
アンジェラは苦笑いを浮かべるとそう切り返す。ホセは笑みを浮かべてこういう。
「皮肉ではございませんぞ!わしは嬉しくてそういったまでで・・」
「ああ、ああ、わかってる。大丈夫よ。ホセがあたしのことをどんなにか考えてるかなんて、昔から知ってるわ」
アンジェラがぶっきらぼうにそういうと、ホセは安心したように微笑んだ。
「で、アンジェラ様は、今日は何をお調べで?」
アンジェラがリヴィレを眺めると、リヴィレはそれに気づき、頷いた。続きをリヴィレが引き取る。
「アンジェラ様は水晶の洞窟というのをお探しだそうです。その文献がこちらにないかと。」
「水晶の洞窟・・」
それを聞いて、ホセは顔を曇らせた。アンジェラはホセの表情を読みとって、ゆっくりした口調でホセに尋ねる。「何か、知っている?ホセ」
ホセはアンジェラを見つめると、ふぅっと息を吐く。
「アンジェラ様・・その水晶の洞窟の話を、どこでお聞きになったのです?」
「私がフェアリーと旅したことは知っているわよね?そのフェアリーが言っていたわ。あと、さっきウェンデルのヒースから手紙がきて、ヒースのお婆様がご存じだったそうよ。」
「ウェンデルの・・なるほど。昔、ウェンデルが全ての国に対しての統率権を持っていた時期がありましたな・・。」
リヴィレは話の成り行きに眉をひそめる。気遣わしげにホセに、あの、と声をかけると、ホセは心得たリヴィレに礼を言うように微笑んで頷いた。リヴィレは静かにアンジェラとホセに頭を下げ、部屋を退出した。
アンジェラはリヴィレが出ていくのを見つめてから、ホセに向き直る。
「そんなに、人の聞かれてはまずい話なの?」
ホセはアンジェラを見つめ、そうですな、とたくわえた口ひげに手をやった。
「アルテナ内でもそうそう知る人はいないでしょう。アルテナ国内にある洞窟であるのに、そこまで秘密裏にされているとなれば・・どう考えますか?アンジェラ王女」
アンジェラはふと窓から入ってくる光を見つめた。座っているその場所には光が入るように大きな窓が施されていた。
「王家が何かの理由で隠している・・」
「そうですな。女王様に直接お聞きになる方がよろしいかと思いますが。」
アンジェラはホセに向き直る。幾分決心を込めたようなアンジェラの瞳に、ホセは嬉しげに目を細めた。
「ありがとう、ホセ。お母様に、お会いしてみるわ。」
アンジェラはそういうと、早速席を立ち閲覧室の小部屋を出ていった。後に残ったホセは、アンジェラの出ていった扉を見つめ、息をついた。
←←TOPへ
/←目次へ
/後編へ→
Copyright 2000 BY SAE