雪花のペンダント

 


 広大なウィンテッド大陸。この世界に於いて北に位置するその大陸は、年中寒さと雪に覆われた大陸である。そこには魔法王国アルテナが建国されてから、今もなおマナのなくなりつつある危機に瀕しながらも逞しく人々は生き抜いていた。
 決定的なマナの絶滅を逃れた事件から、半年が過ぎていた。徐々に世界は活気を取り戻し始めていた頃、ちょうどアルテナの王女アンジェラが誕生日を迎えることとなった。
 彼女は先の事件で聖剣の勇者として優れた功績を世に残した人物として、その誕生日は盛大に行われることになった。しかも、その聖剣の勇者の誕生パーティであると同時に、各国の頭首が顔を合わせ、共に協力するという宣言を行おうと事は進んでいたので、アルテナは日々その準備に追われて慌ただしかった。
 アンジェラは、主役としてあまり動くことはなかった。ただ、あまりに周りが忙しく立ち回っているので手伝おうとするのだが、いつも断られてしまうのだ。当然、彼女はパーティの主役なのだから、召使いはアンジェラを手伝いにつかうなどとんでもない!と言って忙しくその仕事に没頭してしまう。
 アンジェラは、この城で唯一何もしなくていい人間だったが、それは同時に何もすることができない人間でもあった。
「つまらないわ・・。」
 ふてくされたように自室でぼやいていると、部屋のノックがされた。アンジェラは、どうぞ、とおざなりにそういうと、扉の奥のヴィクターの声が苦しげにこういった。
「あ、開けて下さいー姫様!!荷物がいっぱいで開けられないんですよう!!」
「ヴィクター?一体何を持ってきたの?」
 アンジェラはきょとんと目を瞬かせると、扉の前まで歩いて扉を開く。と、巨大な荷物に埋もれたヴィクターがのそのそと入ってきた。アンジェラの部屋に入るなり、幾分慎重に荷物を下ろす。
「申し訳ありません、姫様。姫様のところに届ける手の空いた者が僕しかいなかったもので・・・。」
 ヴィクターはふかぶかと頭を下げてそう言ったが、アンジェラはいっこうに気にしないように荷物をじっと見つめる。
「・・これなによ?」
「あ、やだなあ、姫様へのプレゼントですよ。世界中からの。」
 ヴィクターが屈託なく笑うのを見て、アンジェラはええっと驚いて見せた。
「だ、だって・・私のパーティまで後一週間あるのよ!?」
「そりゃあ、そうですが。でも、各国からのプレゼントはとどまるところを知りませんよ。姫様は聖剣の勇者でもあり、うら若き乙女でもあるんですから、まあ、これも当然かもしれませんね。」
 つまり、世界中の人々が送ってくれたアンジェラへのプレゼントということになる。これにはアンジェラも唖然とする他はなかった。今まで疎外感を受けて育ってきた環境の中で、これはあまりに衝撃的な出来事だ。アンジェラを世界中の人々が尊い、敬っている。
「なんだか、信じられないわ・・」
 ほう、と息を吐くとアンジェラはやっとのようにそういった。ヴィクターは、自分の主が世界中に認められていることが嬉しくてたまらないというように笑っていた。
「でも、このプレゼントが何よりの証拠です。姫様は大変な偉業を世界に残されたんですよ。今は、僕は姫様に仕えられることが何よりの誇りです!」
 そんなヴィクターの大げさな言葉に、アンジェラは苦笑する。
「ありがとう、ヴィクター。」
「いえ!それでは僕はこれで」
 ヴィクターは再び深々と頭を下げると、静かにアンジェラの部屋を退出した。
 部屋に一人になって、アンジェラはもう一度そのプレゼントの山を見つめた。まるでクリスマスの夜、子供に配りに行くサンタの袋のように膨れ上がった袋。
「信じ、られないわ・・」
 アンジェラはもう一度先ほどと同じ台詞を吐いた。
 聖剣の勇者としての使命を終えてから、めまぐるしい環境の変化にアンジェラは少し疲れていた。今まで当てにされず過ごしてきた自分が、今ではこうも扱いが違うと調子が狂う。それと同時に疲れを伴う。
「まあ、いいわ。くれるっていうんなら、もらっておきましょ。」
 考えるのが面倒になってアンジェラはそういうと、さっそく袋の中身を覗いてみることにした。大小さまざまなラッピングをした袋や箱が部屋中にちりばめられた。今までのクリスマスにだってこれほどのプレゼントを貰ったことがない。やはり、戸惑うようにアンジェラは目を瞬かせると、一つだけ、やけに小さな箱を見つけてそれを手に取った。
「知能犯ね。」
 アンジェラはくすっと微笑んでみせた。これだけの量のプレゼントの中でそれだけがやけに小さく、そして存在感のある金色の細いリボンで結われたその箱はアンジェラが一番始めに開ける箱に選ばれた。
「一体なにかしら・・?」
 やはりプレゼントとはうきうきするもの。アンジェラは箱を開けながら、瞳を輝かせていた。リボンを解いて、ラッピングした紙を綺麗にはがしていくと、何かの印がついた宝石箱。開いてみてアンジェラは驚きと喜びの表情でいっぱいになった。
「雪花のペンダントだわ!!」
 雪花とはここアルテナにしか花を咲かせない、珍しい品種の花だった。花びらは3枚だけだが、一枚一枚の花びらの形は独特で、鮮やかなラインを描いているのだった。そしてその花は白銀色をしているのだが、そのペンダントは水晶をつかっているようだった。
「こんなに複雑な雪花を再現させるなんて・・きっと名のある細工師か宝石商に頼んだ代物だわ・・なんてきれい・・!!」
 アンジェラはさっきまで憂鬱だった表情を一気にほころばせた。鏡の前でそのペンダントをつけてみる。水晶の雪花がアンジェラの白い肌の上でひときわ輝く。
 アンジェラはすっかり気に入っていると、突然誰が送り主なのかを確かめていないことに気づいて箱を取り出す。しかし、箱には何も書いてはいなかった。
「・・?一体誰が?」
 アンジェラは不思議そうな顔をしてその鏡に映るペンダントと、送られたその箱を交互に見つめるのだった。

 誕生パーティ前夜からアルテナ本土には各国のお偉方で大賑わいとなっていた。唯一の港町エルランドはまるでお祭り騒ぎとなっていた。アンジェラはその日も暇で仕方がないので、今日エルランドに到着するであろう人物をそこで待っていた。
 今日になって定期船が既に3度エルランドを訪れたが、その中にはアンジェラが待つ相手は誰もいなかった。仕方なく、エルランドの店で暇を潰していると、やっと4度目の定期船の蒸気の音が聞こえてきた。
「今度はいるかしらねぇ・・」
 アンジェラはのんびりとそういうと、定期船降り場に向かう。船から下りてくる人々を一心に見つめ、自分の知っている誰かを探す。
「・・リース!」
 やっと一人。それはこの前の冒険での仲間だった、ローラントの女王リースだった。
「アンジェラ!?何故こんな所に一人で!?」
 案の定、リースはアンジェラの様子を見て声を張り上げた。同じ王女としての立場が分かるだけに、リースは信じられない!という表情をしてみせた。
「だぁって!お城では私何にもさせてもらえないのよ!暇だったから迎えに来たのよ!」
「まぁ・・そんな。アンジェラがどれだけ大事にされてるかっていう何よりの証拠じゃないですか・・。」
「そりゃ、わかってるけどさ。」
 ふう、と息をつきながらリースの後ろに立っている男を見て、少しアンジェラは笑う。
「あら、ナバールの。」
「覚えてらっしゃるの?」
 リースは恥ずかしそうにそういった。アンジェラは、にやりと笑うと、そりゃあね、といった。
「リースが気になってしょうがない人を忘れるくらい、馬鹿じゃないわよ?」
「いやですわ。そんな・・そんなんじゃ」
「アンジェラだね」
 にっこりと笑って男はそういった。アンジェラが頷くと、微笑む。
「お久しぶり、ええと、たしかホークアイだったわね。」
「ああ。このたびはおめでとう。誕生パーティに出席させてもらうよ。」
「ええ、二人でのんびりダンスでも踊ってて。」
 アンジェラがくすくすと笑いながらそういうと、リースが赤くなりながら、そんなんじゃありませんっ!と強情にそういう。ホークアイの方はそんなリースを笑う。
 憤慨したままのリースが、ふと我に返ってそういえば、という。
「デュランは?英雄王様のお供としてちゃんと来られるんでしょう?」
 一瞬、アンジェラの胸の中で鼓動が跳ね上がる。しかし、そんなそぶりを見せず、アンジェラはさぁどうかしらね、という。
「だって、ここにいるってことは、デュランを待ってるんでしょう?」
 リースがにっこりと意味ありげに笑いながらアンジェラにつっかかる。アンジェラは心の中で舌打ちした。
(うーん・・反撃だわね、これは・・)
「別に、暇だったのよ。エルランドに知ってる人が到着するのを見てたかっただけだし。」
 アンジェラは何気ない表情のまま、飄々といってのけた。リースがちょっと悔しそうな表情をしている。
「そうなんですか?」
「そうよ。二人は先にお城にいってて。私はぎりぎりになってからいくつもりだから。お城、暇なのよ。」
「暇って・・アンジェラ、ドレスとかに着替えなくていいのかい?だって主役だろ?」
 ホークアイが吃驚したようにそういう。アンジェラが、それもそうね、と笑う。
「ほどほどにして帰るわ。もぅ・・せっかく私が気を遣ってるんだからさっさと行きなさいよっ!!」
 アンジェラが苛立ったようにそういうと、あ、と二人は顔を合わせて赤くなった。そそくさと、逃げるようにお城の方向へいってしまう。
「デュラン、か。」
 迷うように視線を地面に這わせると、何気なくアンジェラは雪を蹴ってみる。きらきらと粉雪がアンジェラの足を彩るように光を放った。
「この雪花のペンダントの送り主が・・デュランだったらいいのに。」
 まるでペンダントは反応するようにきらりと輝いた。アンジェラは改めてペンダントを見ると、ちょっと自信なさそうに笑う。
「そんなわけ、ないか・・デュランが、私にこんな事してくれるとは思えないや・・」
 私はアルテナ王国の王女だから。
 フォルセナに侵攻した国の王女だから。
 デュランは私を愛してはくれないだろう。
 彼はフォルセナ王国の黄金の騎士だから。
 フォルセナという国を一番に思っている騎士なのだから。
 いつも堂々巡りの想い。それに終着点はみつからない。リースみたいにはなれない。あの子は被害者だから、思われることに問題はない。ただ、リース自身が想うことに罪を感じるだろうけれど。
 私は、どうしたらいいんだろう?
 デュランを、好きでいていいのか、それとも止めておくべきか。
 けれど、理性で考えているよりもずっと、会いたい気持ちが膨らんでいる。自分がそこから目をそらしているだけで。実際、今ここでエルラントまで足を運んでいるのはその証拠だ。
「あーぁ。やっぱ、無理かな。」
 デュランを好きでいることを止めること。それは、自分の気持ちを捻じ曲げるということ。それが果たして可能か?
「そんなことができるんなら、最初から好きになんてなってないわ」
 ある種、やっとアンジェラらしい答えが口からついて出た。その言葉を言ってみて、アンジェラはやっと自信を持ちなおした。
 その時に、再び定期船の蒸気の音が鳴り響いた。また、エルラントに定期船が到着する。
 アンジェラは乗り場の方に向かうと、ぞろぞろと大勢の人が降りてきて、アンジェラは何度もすれ違いざまにぶつかった。まさか、こんな所に一国の王女がいるとは思わず、人々は軽く会釈するだけだ。
 アンジェラはそんなことに気にも留めず、ただ自分が今会いたいと望んでいる人間を探すだけだった。
 最後の方になって人が少なくなってきたころ、やっとその人を見つけてアンジェラは微笑んだ。
「デュラン!」
 その声を聞いて、デュランがアンジェラに気づいて目を見開いた。
「あ、アンジェラ!?なにやってんだ!?こんなところで!?」
「なによ、お迎えに来てあげたのにそんな言い草はないでしょ。」
 デュランのすぐ後ろに英雄王を見つけて、アンジェラは優雅にお辞儀した。
「これはこれは、フォルセナの英雄王様。わざわざ遠いアルテナの地までようこそ。」
 英雄王はにっこりと微笑むと、アンジェラを懐かしそうにみてこういった。
「久しぶりだな、アンジェラ。ヴァルダにまた一層似てきたようだ。アルテナ王家はまったくもって美女の血筋だな。」
「まあ、お上手になったんじゃありません?英雄王?」
 アンジェラはそういうとくすくすと笑ってみせた。デュランが呆気に取られながら、二人の会話を聞いている。デュランにはこういう優雅な会話にはとんと疎いのだ。
 英雄王はふとデュランに気づいて、穏やかに笑ってみせた。
「デュランよ」
「はい、なんでしょうか。」
 デュランは何かの命が下るのを汲み取って、礼儀正しく手を胸に当てた。
「このアルテナ王家の末裔殿を無事にアルテナ城までお送りしてくれ。私のことは他の騎士がまだ数人いるから、構わなくてよい。」
 それを聞いて、アンジェラが喜ぶように手を口に当てた。デュランは王の命ともあって、はいと応えると、アンジェラに行こうか、と声をかけた。
「待って。」
 アンジェラは急ぎ足で英雄王の傍に控えると、声を潜めてありがとう!と笑った。英雄王は頷くと、アンジェラも笑って頷いてデュランの所に戻り、彼の腕を取った。
「行きましょう。黄金の騎士様?」
 朗らかに笑うアンジェラを見て、変わらないな、とデュランが言った。安堵したようにデュランの顔もほころんでいる。
「どういう意味?」
「そのままの意味さ。少しは王女らしくなってるかと思ったんだが。こんな所にお供もつけずに来るなんて、お前らしいな。」
「だってお城は今猫の手を借りたいくらい大忙しなのよ。私のわがままに手を煩わせる必要はないでしょ。独りだって来れるんだから。」
 アンジェラはそう言いながらデュランの顔を見つめる。大きな翡翠の瞳に呑み込まれるように見つめられて、デュランは焦ったように顔をそらした。
「そりゃあ、そうだけどさ。後で叱られるんじゃないのか?」
「うん、叱られるでしょうね。でも、お城では何もさせてもらえなくて暇なのよ。主役はなにもしなくていい、ってみんなが言うからね・・」
「そうなのか。まあ、暇だからってのんびりとお茶を飲んでるような性格じゃないしな、お前」
「どういう意味よっ!」
 デュランの足を踏んでやろうとアンジェラは足を構えたが、その前にデュランはすばやくかわす構えをした。
「もうっ、そういうのは鋭いんだから!」
「そりゃ、お前のブーツに足踏まれるのは二度と御免だからな。痛いんだから」
 まるで猫がじゃれあうように、雪道を歩く二人。この調子では日が暮れてしまうのではないかという、行き過ぎる他人の心配を余所に二人は笑い転げていた。

「あら、やっと主役が到着ですか?」
 リースの茶化した声を聞いて、アンジェラはどきりと胸を跳ね上がらせた。
 アルテナ城に到着したのは、パーティの始まるほんの30分前だったのだ。会場に直に足を運んだ二人は、リースに見つかってしまったのだった。
「う、うるさいわねっ。一般客にばれてないんだから静かにしててよっ!」
「何をそんなに慌ててるんです?」
 くすくすとリースが笑う。アンジェラはイライラしながらとりあえず会場の真正面を目指す。自分の席へ。恐らく、召し使いがドレスの用意などをしてくれているはずだ。
 席の近くでおろおろしている召し使いを見つけた。
「メイナ!」
「あ、アンジェラ様っ!何を・・何をしておいでですかっ!メイナは心配で心配で・・!」「ああ、ああ、泣き言は後で聞くから、早く支度をさせて!」
「ああ、はい。こちらで用意はできてます。さぁ。」
「うん、ごめんね。」
 メイナに手をひかれながら、控え室に急ぐアンジェラをリース、ホークアイ、デュランが安堵した顔で見守っていた。
「は・・間に合ったみたいだな。」
 やっと安心したように胸をなで下ろしたのはエスコート役をさせられたデュランだった。リースがそれを聞いて、くすっと笑う。
「一体ぎりぎりまで何をしていたんです?」
「何をって・・あいつ道中はしゃぎまわってさ、雪の投げ合いにはなるわ、追いかけっこになるわ、やれやれ・・」
「よっぽどお姫様は騎士殿がお気に入りと見える」
 ホークアイも茶化すようにそういった。デュランは一瞥しただけで聞こえないふりをした。
「あ、アンジェラが戻ってきましたわ。ドレスに着替えて・・」
 きちんと正装したアンジェラの姿が会場に現れるなり、ざわついていた話し声は小波がひくように消えていってしまった。なぜなら登場した姫君の姿に、人々が息を呑んだからだ。それほどまでに、アンジェラは美しく煌いた存在に変わっていた。
「さすがに・・・綺麗ですわね。アルテナ王家は美貌の血筋って言われる所以がそのまま伝わりますわ・・」
 リースは女ともあって、余裕のある言葉を吐いていたが、男二人はぽかんと阿呆面を曝け出している。リースはそれに気づいて、ホークアイをちょっと睨んだ。
 ホークアイはそれに気づかず、感嘆した声を上げる。
「ひゃぁ、恐れ入ったな。あんなにアンジェラって綺麗だったっけ?」
「口が多いんだよな、アイツ・・。喋っちまうから美貌もへったくれもなくなっちまうんだよ。」
 デュランが苦笑いを浮かべてそういった。
「いうなあ、デュラン」
 それを言ってから、ホークアイも笑う。
 乾杯の音頭が取られ、パーティは始まった。
 アンジェラはすぐに自分の席を降りてしまう。もちろん、女王の許可を得た上で、だが。アンジェラが目指すのはやはり仲間がいるテーブルだった。
「はぁ、つっかれた〜」
「アンジェラ、そんなに慌てて来ると、せっかく綺麗に結い上げた髪が崩れちゃいますよ。」
 リースが窘めるようにアンジェラにそういうと、アンジェラの髪の毛をすくいあげて、ピンで留めた。
「ありがと。リース」
「まぁ、これって真珠と思ったのに、真珠じゃなくてウォーターパールじゃないですか!ずいぶん高価なものを・・」
 髪飾りを見てリースが驚嘆した。ホークアイも見ながら、ほんとだ、と事も無げにそういう。そういう宝石の類に疎いデュランだけがきょとんとした表情でなんだそれ?と尋ねる。
「見た目水晶に似てるんだけど、光の放ち方が違うんだ。七色の真珠の光に見えるんだけど、それ自体が無色透明。なかなか見つからない値打ち物なんだ。」
 盗賊らしくその手の知識を披露するホークアイ。デュランはへえ、と言うと、アンジェラの髪飾りにもう一度目をやった。
「ビー玉みたいだけどなあ・・」
 それを聞いて、3人とも情けない顔をした。
 まあ、その手の話には疎いデュランなので仕方ないか、とばかりに、三人は話題を逸らそうとした。が、リースがアンジェラの胸に光るペンダントを見つけて、あら?という顔をする。
「アンジェラ、これ・・」
「どうしたの?・・ああこのペンダント?リースは本当にこういうの、好きねえ・・」
 アンジェラが苦笑しながらペンダントを外す。はい、と手渡すと、とんでもないっとばかりにアンジェラに戻す。
「駄目ですよ。ちゃんと持ってないと!」
「何?どういうこと?」
 アンジェラがきょとんと目を丸くしていると、リースははぁっと息をつく。
「それ、宝飾技師エジュリの作品ですよ。とても高価なものです。」
「なにっ!?」
 ホークアイが食べていたものをぽてっと皿に落して、アンジェラを見やる。ホークアイが好奇の目でアンジェラの胸にあるペンダントを見つめる。が、ペンダントがある位置は危なげに穿たれたドレスの胸元。とっさにリースとデュランは両側からホークアイをどついた。
「いたたた!」
 不服そうに殴られた頭をさするホークアイ。しかし、リースは鬼のような形相で睨むと、つんと顔をそらす。
「いやらしいっ!」
「スケベ。」
 デュランはどついておきながら何事もなかったかのように、手元の肉を頬張る。
「ち、違うっ!俺はペンダントを見ようと思ったんだよ、リース!」
「知りませんっ!」
 必死にリースをなだめようとするが、リースはつんと顔をそらしたまま。そんな二人の痴話げんかを余所に、アンジェラは呆気に取られたようにペンダントを見つめていた。
「そんな、高価なものだったの・・だったらどうして・・」
「どうした?」
 デュランは食事に忙しそうだが、アンジェラの話を聞いてやる二人が痴話げんかを始めたので、相手をすることにしたようだ。
「う、ううん。なんでもない・・」
 しかし、アンジェラはそのデュランの反応に内心がっかりしていた。もし、これがデュランが送ってくれたものならば、少しは反応を見せるはずなのだ。それでは、やはりこれはデュランからのものではない・・。
 さっきリースに見せるために外したペンダントを、アンジェラは悲しい目をして握り締めた。
「あ、あたし。もう戻るね。そろそろ自分の席でお客様と挨拶した方がいいと思うし。」 かたん、と椅子を鳴らして、アンジェラは立ち上がった。デュランは食事に忙しい格好のまま、ああ、分かったという。痴話げんかをしていた二人も、もう?というように、首をかしげた。
「じゃ、またね」
 アンジェラはゆっくりと自分の席に戻っていった。あまりに元気のないその歩き方に、ホークアイもリースも同時にデュランを見つめた。
「なんか、余計なこと言わなかったか?」
「アンジェラ、何か元気がなかったみたいですよ。」
 デュランはサラダをまだ頬張りながら、む?と顔を上げる。
「どうして俺の所為なんだよ?」

 騒々しいパーティも終わり、アンジェラはその夜ベッドにうつ伏せになってうなっていた。
「う〜〜ん・・」
 片手で枕を抱きしめた状態で、もう片方の伸ばした手には問題のペンダントが振り子のように揺らいでいる。
「じゃあ、こんな高価なもの誰が寄越すっていうのよ・・」
 デュランじゃない。でもデュランであって欲しい。
 他の人にもらっても、こんなもの嬉しくない。デュランでないと。
「う〜〜っっ!!」
 ばふっとアンジェラは枕に顔を埋めた。
 なんで、こんなデュランのことばっかり考えちゃってるワケ?
 病気かしら?
「もうっ!」
 アンジェラは起き上がって、ペンダントをベッドの傍に置いた。
 そういえば、昼間リースはエジュリという宝石商のものだっていうだけで、あんなに驚いてたみたいだけど、でもどうして触りもしなかったのかしら。あんなに宝石を見るのが好きなリースなのに。
「聞いてみよう。ホークアイといちゃついてるんなら、遠慮して帰ってくればいいし。」
 リースが聞いていたら真っ赤になって反論するようなことを言って、アンジェラはリースが寝泊まりしているはずの部屋に行ってみた。
 階が違うので、階段を降りていく。と、そこにホークアイの声が聞こえてくる。
・・次の機会はお姫様の夢の番人をさせてもらえるように・・
 密やかな声がすばやくそういうと、片手で金髪を避けてリースの頬に口付ける。あまりのスマートさに、見ている方が呆気に取られるほどだ。
 リースが顔を真っ赤にさせていると、ホークアイは持ち前の素早さで階段を降りていった。
 あとに、呆然としたリースが残される。
「あ〜いいわねえ。」
「えっ!?」
 リースが声に吃驚してあたふたと周りを見渡すが、どこに誰がいるのか分からないらしい。
「ここよ、ここ。」
 アンジェラは螺旋階段の手すりを掴んだままそう言った。子供のようにしゃがんで、手すりを掴んでいる。どうりで分からなかったはずだ。
「あ・・アンジェラ・・」
「こんばんは。お姫様。お取り込み中でなくってよかったわ。本当に」
 にんまりと微笑んで、アンジェラは手すりを滑り降りる。螺旋階段が次の階にたどりついたところで、とんっと足を下ろす。どうやら子供の頃からそうして遊んでいたようだ。
「ちょっといいかしら?」
「え、ええ。もちろんよ。」
 リースは部屋にアンジェラを誘った。
 二人はベッドに腰を下ろすと、リースが昼間はどうしたんです?と尋ねた。
「昼間・・ああ、別にどってことないよ。それより、宝石商の話、教えて欲しいんだけど。」
「ああ、技師ですよ。宝石技師エジュリ。その方が何か?」
「ううん、その人がどうとかじゃなくって。ほら、リース昼間、私のペンダント触りもしなかったから。あれ、何か理由があるのかなって。」
「え、エジュリの宝石はその人のためだけに作られた宝石、もとい宝飾品なので、他の人が触るのはよくないんです。」
 リースは身体を楽にすると、足を組んだ。その滑らかな足に、小さな手が組まれる。
「エジュリが宝石を作るとき、まず相手を調べてどんなものが似合うのかをイメージしてから作ると聞いています。それほど、丹念に作られたものを他の人が触ったらその宝石は充分な力を発揮できなくなるといいます。つまり、その人を幸せに向かわせる力を。タリスマンみたいなものかもしれませんね。」
 へえ、と感心しながら、アンジェラはため息を吐いた。
「そんなに高価なものだったら、依頼できるのは皇族とかでしょうね。」
「いえ、そうでもないんです。エジュリは芸術を愛する人なので、金銭的なものには疎いと聞いています。どちらかというと単に宝飾品をコレクター対象にしか見ていない皇族よりも、純粋なプレゼントなどのために安く請け負ってくれるらしいです。しかも、依頼人の人を見るそうですよ。」
「人を見るっていうと、相手が嫌だったらやってくれないんだ?」
「そうですね。多分。」
 リースはそういうと、どうしてそんなにエジュリを気にしているのか、不思議そうにアンジェラを見た。アンジェラも、そのリースの視線がなんなのかを承知して、ため息を吐いた。
「あのね、このペンダント。誰からのものだかわからないの。プレゼントなんだけど」
「デュランじゃなかったんですか。」
「それだったら、少しは反応すると思わない?お昼この話も出たんだし。」
 そうですね、とリースが思案顔になって、すぐ、あっと声を上げる。
「だから、それで・・」
「そう、なんだかやりきれなくなっちゃったの。お昼。」
「そうだったんですか・・」
 二人ははぁっと息をついた。
「どちらにしても、プレゼントの主が知りたいんですよね。ここまでしてくださった誰かを。」
「そうね。誰かは知りたい。」
「うーん・・そうですねえ・・」
 リースはまた思案顔になってしまう。アンジェラは床から浮いた足をぶらぶらと垂らしていると、リースがもしかすると、と口を開く。
「エジュリに聞くのが一番よろしいんじゃないですか?」
「え?でもエジュリってどこで店を?」
「店は開いていません。世界を転々としているそうです。もしかすると、アンジェラのペンダントを作って日も浅いでしょうから、まだアルテナにいるかもしれません。私も国に戻って城を出入りしている行商人に噂を聞いてみます。」
「リース・・」
 アンジェラはリースの献身的な優しさに胸を打たれた。
「だから、アンジェラ。まだわかりませんわ。送り主がデュランであることを願って、エジュリを探しましょう。」
「ありがと・・」
 アンジェラは少し情けない顔をして、それでも痛いような笑いを浮かべた。リースは力づけるように頷いて、アンジェラの手を握ってくれた。




to be countinued.


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