準備に手間取っていたパーティは、四日間賑わいを見せて滞りなく幕切れを迎えた。各国からの招待客も、アルテナから徐々に自国へと帰還していった。その間、アンジェラとリースは各国の招待客にエジュリのことをそれとなく尋ねまわっていたが、特に有力な情報を得ることはできなかった。
 一緒に冒険をしていたデュランやリース、そして、今やリースの恋人となったホークアイは余計に3日滞在していたが、それでもお別れのときは無情にもやってきた。リースはもちろん、彼らも結局は自国では重要な役割を担っているため、そうそうアルテナにずっと滞在するわけには行かないのだった。
「お名残惜しいですけど・・」
 デュランは割とあっさりと船に乗り込み、ホークアイも先に乗船させていた。そのあと、アンジェラと二人きりになって、リースはアンジェラを熱心に見上げながらそういった。アンジェラはまた、皆を見送るために港町のエルランドについてきたのだった。
「リース、本当に有り難う。このペンダントの人のこと、熱心に探してくれて。」
「そんな、まだ誰かも分かってないのに。」
 リースは不服そうにそう言ったが、アンジェラはむしろ微笑んで答えた。
「ううん、もう十分よ。誰からか分からなくても、これは素晴らしいペンダントだって分かっただけでも本当に十分。だからもう、気にしないで。」
 アンジェラはそう言いながら、何かをリースの手に包み込んだ。リースがきょとんとしながら、その手に渡された物を見つめて目を丸くした。
「アンジェラっ!これはっ・・!!」
「いいでしょ、それくらいのお礼をさせてくれたってさ。」
 アンジェラはにっこり笑うと、リースの手をぽんぽんと優しく叩いた。リースのその手には、あの珍しいウォーターパールが乗せられている。アンジェラの髪飾りの一つだったものだ。
「感謝の気持ち。受け取って」
「アンジェラ、アンジェラ、これは高価なものですよ!非公式にこんな大事なものを・・」
 リースは慌てふためいてアンジェラにその水真珠を返そうとしたが、アンジェラは困ったようにその手を押しとどめた。
「ばっかねえ、感謝の気持ちに公式も非公式も関係ないでしょ。もらってって言ってるんだから素直にもらってよ。」
 アンジェラが頭に手をやって照れくさそうにそう言う。リースはそんなアンジェラを見て、やっと返そうとするのを止めてくれた。リースがじぃっと水真珠に見入っている。
「気に入ってくれた?」
「もちろんですよ・・」
 そういうと、なんとリースはアンジェラの首に飛びついたのだった。
「うわわっ?リース!?」
「ありがとう・・、ありがとうございますアンジェラ。私こんなにしてもらったプレゼントは初めてで・・・嬉しくて・・」
 そういって、リースはアンジェラの肩に額をくっつかせて、泣いていた。アンジェラもそのリースの肩を優しい瞳で見つめると、手をリースの背中にやって軽く落ち着かせるように叩いていた。
 ・・判るわ。だって私も『王女』だから。
 アンジェラは自分の中でその言葉を飲み込んだ。一国の長の一員である以上、国内では誰もが対等に扱ってはくれない。それは、時として恐ろしいほどの孤独に飲み込まれる。まして、下心のないプレゼントなどを血族以外から受け取ることなど、実際には考えられない。そして、今のリースには肉親すら、弟のエリオット以外にはいない。
 けれど、今のこの水真珠は、リースにとって血族以外からの暖かいプレゼントだったのだ。
「ごめんなさい・・私ったら取り乱してしまって・・」
 遠慮がちに、リースがアンジェラから身を離すと、何だか恥ずかしそうに笑った。アンジェラはそれを見て、からかうように笑うと、こういった。
「もうすぐリースがもっと取り乱すようなプレゼントが、あの色男から来るのかも知れないから、良い予行練習になったわね」
 そういうと、リースは顔を赤くしてまた反論したのだった。アンジェラは、その反論をまた受け取りはせず、あははっと笑っていた。
 リースが懸命に手を振りながら、船のタラップを踏んで上がっていった。やがて、船はゆっくりと港から離れていく。甲板にはデュランとリースとホークアイがいて、見送るアンジェラに手を振っていた。それもやがて遠く霞んでいき、見えなくなってしまうと、アンジェラは一人になった。
「いっちゃった、ね。」
 誰にともなくアンジェラはそういうと、寂しさを紛らわせるように伸びをした。それから、ブーツの爪先をとんとんと地面に叩いて、ブーツの具合をよくすると、やっと思い切ったようにその港から歩き出したのだった。
 と、その時にどこからともなく、名を呼ばれた。
「アンジェラ様・・」
「誰?」
 アンジェラは怪訝な表情で辺りを見回すと、家並みの影に一人の女性が立っていたのに気づいて、自分を呼んだのは彼女であろうと思った。
「誰?あなた。」
 アンジェラは目を瞬かせるとそういった。その女性は一つの荷物を持っていて、服装は薄着で派手であった。緑色の光沢のあるドレスを羽織っており、宝飾品が所々に着けられている。その宝飾品を見て、アンジェラはまさか、と目を見開いた。
「私をお探しではありませんでしたかしら・・?」
「まさか、あなたがこのネックレスの・・!」
 アンジェラは意外そうな表情で彼女を見つめた。彼女は、静かに頷いて、やっとのように微笑んだ。
「宝飾技師エジュリです。はじめまして、アルテナ王家末裔のアンジェラ王女様。」
 アンジェラはそれを聞いて、本当にそうなのかと何度も自分に問いかけてしまった。何しろ先入観とは言え、アンジェラはエジュリを年老いた頑固そうな男性を想像してしまっていたのである。
 まるでそのことを見透かしたようにエジュリと名乗った女性は、くすっと微笑んだのだった。
「エジュリ、という名とその噂で老人だと思っておられたのでしょう。確かに先代は私の父がやっておりましたので、お聴きに及ばれた噂は恐らく本当ですけれど。」
「あぁ、そうなの?あなたのお父様が宝飾技師?」
 アンジェラは少し安心したように肩の力を抜いた。エジュリ、と名乗った女性はいいえ、と首を振ると、アンジェラにこういった。
「父はすでに他界しました。ここ二年は私が仕事をしております。」
 アンジェラはそれを聞いて、やはり吃驚してしまう。この女性はどう見てもアンジェラと年齢は早々離れていないようだった。それなのに、すでにその腕は父と並ぶとでもいうのだろうか。
「お疑いの問題はいろいろあると思います。若さ、というものは時として全ての能力を否定されてしまいますから。でも、私と父の仕事には経験よりも大切なものがあります。私はそれを父からきちんと受け継いでいるのです。アンジェラ王女、貴方様は私をお探しではなかったのですか?」
「ああ、ごめんなさい。すっかり混乱してしまって。ええ、あなたを探していたの。教えてほしいことがあって。」
 アンジェラはそういうと、エジュリの傍に寄った。
「でも、ここでは寒いし、あまり他の人には知られたくないから、お城に出向いてもらえるかしら。」
 エジュリはそれを聞いて頷いた。アンジェラはそれを聞いて安堵したように息をつくと、もう一つお願いをしてみた。
「あと、エジュリというのはお家の名前でしょう?よかったら、名前を聞かせてもらえるかしら。」
「私の名はカティリス・エジュリです。」
「そう、じゃあカティリス、アルテナのお城まで一緒に行きましょう。」
 アンジェラはカティリスを促し、アルテナ城に向かった。

 アルテナ城に到着すると、アンジェラはカティリスをただの客人として迎えた。カティリスはあまり自分の居場所を世間に知らしめたくないのだそうだ。それは先代からもそのような行動の元に、この仕事をしてきたのだという。アンジェラはカティリスの言う通りにした。
 カティリスに休息の為の部屋を与えて暖を取らせた。暫くしてから、女王だけにはその正体を話してもいい、ということだったので、アンジェラは母に相談して、カティリスを女王の間に呼ぶことにした。女王の間であれば、おおっぴらに人払いをしても、女王の権限で許されるはずだった。
 召し使いにカティリスを呼びに行かせて、カティリスは女王の間に入り、後は女王が杖を側近メリエに渡すと、傍で控えていた者たちはすべて部屋から払われた。それは人払いの合図なのだった。
 女王の間には、ヴァルダと、アンジェラ、そしてカティリスが残された。
「まず、私の我が侭ごときにお手間を取らせたことを、深くお詫びさせていただきます。ヴァルダ女王、アンジェラ王女、お会いできて恐悦至極に存じます。」
 カティリスはそう言うと、深く頭を下げた。
 ヴァルダはそれを見て、ゆったりと椅子に体を預けて、お顔をお上げなさいと言った。
「優れた腕前の宝飾技師だとアンジェラから聞きました。私も噂でエジュリ家のお名前を聞いたことがあるくらいだったのですが、こうして会い見えることが出来て私も嬉しく思います。」
「ありがとうございます。」
 カティリスはそう言って、今度は軽く頭を下げた。
 ヴァルダはそれを見ると、頷いてアンジェラに目をやった。後は、あなたに任せるというような眼差しだった。
 アンジェラはそれを受け、カティリスに聞きたいことがあるの、と口火を切った。
「この、ペンダントはあなたが作ったものではない?」
 アンジェラはそういうと、首にかけたペンダントを外して、下段に控えるカティリスの元に渡しにいった。カティリスは持ってきたペンダントをまじまじを見詰めてから、やがて静かに頷く。
「はい、確かに私がお作りいたしました。アンジェラ王女様への贈り物として。」
 アンジェラはそれを聞いて一度、ほっとしたような顔をした。これで、このペンダントの作り主は見事に見つけられたということになる。あとは、肝心な送り主・・。
「教えてほしいのはこのペンダントの送り主なの。これは、一体誰があなたに頼んだものなのか、教えてほしいの・・」
 それはアンジェラの、恐ろしい、それでも切なる願望だった。
 先ほど、リースの前では十分だ、と言った。それは嘘ではない。このペンダントが誰からのものであれ、美しく素晴らしいものであるし、その上名のある細工師に作られたということがわかっただけでも、このペンダントは十分すぎる価値がある。それと同時に、もし思った通りの人からのペンダントではないとして、その時の落胆を受ける恐怖はなくなる。
 しかし、人間はそう簡単に諦められる様には出来てはいない。知りたいという、好奇心と欲望は常に心のうちに生まれている。もしそれが、自分の恋心に関することであれば、尚更強くなるのは必定だ。
 アンジェラは名を聞くのが恐い、それでも聞きたいという恐ろしいほどの嵐を心に秘めながら、カティリスの答えを待った。しかし、カティリスは静かに口を鎖したままだった。
 アンジェラは不安になって、もう一度口を開こうとしたが、カティリスが先にこういった。
「アンジェラ王女様、箱に差出人のお名前が記載されていないということは、差出人はその名を明かすことを拒んだということになります。プレゼントは私から直接送り先に送付していますので、そういう注文だったと思われます。」
「ええ・・だから、こうして・・」
 アンジェラは少し躊躇うように言葉を紡いだが、カティリスは静かに首を振った。
「いいえ、アンジェラ王女様、私は職人です。依頼人に私は頼まれた以上のことをするわけにはいきません。名を明かすことをその方が拒んでいるのであれば、私はその依頼人の希望通りに事を運ぶ義務があります。それが、父からの教えです。」
 アンジェラはがくん、と膝を折った。落胆に、体中から力が抜けた。カティリスはアンジェラを見つめながら、申し訳ありません、ときっぱりと頭を下げた。
 それを見つめていたヴァルダが、心配そうにアンジェラを見ていたが何も言わなかった。静かに首を振って、カティリスにありがとう、とだけ、礼を言った。
 カティリスはヴァルダにも頭を下げ、すっと立ち上がった。しかし、アンジェラはそのカティリスを呼び止めた。
「待って・・」
「アンジェラ・・」
 ヴァルダが窘めるようにそう言ったが、アンジェラは聞き入れなかった。立ち上がったカティリスに向かって、アンジェラも立ち上がると、髪飾りの水真珠を頭から抜き取った。 きちんと結い上げられていたアンジェラの髪が、滝のように肩に流れ落ちた。そして、手にはあの水真珠の髪飾りがある。先ほどリースに渡した片割れだった。
「これを使って、このペンダントの送り主に何か作ってほしいの。」
「アンジェラ・・!」
 唖然として、ヴァルダがそう言った。あの水真珠を使ってしまうほど、アンジェラは相手を知りたがっていることに気づいて、ヴァルダは心を打たれた。いや、知りたがっているというより、熱望しているのだ。彼女の思い人のプレゼントである様にと。
 カティリスも唖然としていた。こう切り返されたのは彼女としても初めてだったのだろう。アンジェラはそのカティリスの顔を真摯な瞳で見つめながら、懇願した。
「あなたは、きっとその依頼人の希望を壊すことはないと思うわ。だって、私に依頼主を教えてないもの。あなたはその人にお返しとして私からのプレゼントを贈って。これは、私からの『依頼』よ。」
 カティリスは驚愕した。今までにも父と気まぐれで王家に何度か装飾品を送ったが、それはエジュリ家の装飾品として喜ばれて済まされるところをずっと見てきた。しかし、この娘の想いはどうだろう?
 エジュリの作品を認めてはいるが、それ以上にこの送り主のことだけに完璧に気を取られている。そのことにしか、気にかけていられないとでも言うように。
 カティリスは、自分の修行が足りないのか、それとも、彼女の心のうちにあるものは敵わないだけなのか、どちらなのか分かりかねて、心のうちで自嘲的なため息を吐いた。
「アンジェラ王女様、参りましたわ。貴方のご依頼を慎んでお受けいたします。その宝石はウォーターパールですわね。」
「そうよ。」
 アンジェラは水真珠をカティリスに渡しながらそう言った。
「では、アンジェラ王女様。何をお送りになられますか。ペンダント、ブローチ、ブレスレット、指輪、何でもお作りいたします。ああ、少しお待ちください」
 カティリスはそういうと、水真珠を握り締めて目を閉じた。暫くすると、カティリスの手の内が光を放ち、・・それは恐らく水真珠のオーラであろう・・、光は彼女を取り巻いた。やがて、ふっとその光が掻き消えると、カティリスはにっこり微笑んだ。
「アンジェラ王女様、このウォーターパールには貴方の心が宿っているようですわ。先ほどまで髪飾りに使っていたのが功を奏しています。ええ、きっと、あなたの望みは叶うと思います。さぁ、何をお作りになられますか」
 アンジェラはカティリスを見つめて、なぜこれほどの宝飾技師として名を挙げているのか判ったような気がした。彼女は石の声に耳を傾けることが出来るのだ。
 アンジェラは、何を作るのか思案顔になりながらも、心の中では一つのものが決まっていた。
「剣を、作ることが出来る?そのウォーターパールを装飾として使うの。」
 後ろのヴァルダの反応が気になりながらも、アンジェラは少し頬を染めてそういった。
「訳もないことですわ。優れた鍛冶屋にも先代からのよしみでお願いすることが出来ますから。」
 それを聞いてアンジェラは、はにかんだような笑いを浮かべた。
「それなら、剣をお願い。どれくらいでそれは完成するの?」
「3ヶ月は見ていただきます。いつもなら送り先のお方を見て装飾を決めますので、それ以上かかりますが、一度お受けした依頼主ならそれは必要ありませんから。」
「じゃあ、この花も、カティリスが決めたの。」
 アンジェラはその花を見つめながら、そういった。
「とても綺麗よ。素晴らしい腕ね。」
 カティリスはにっこりと微笑んでいた。
「アンジェラ王女様、仕上がった作品はご覧になりますか?」
「え、ええ、ちゃんと見ておきたいわ。」
「判りました。お送りするときに貴方様のお名前は?」
「つけなくて構わないわ。」
「かしこまりました。」
 カティリスは胸から手帳を取り出すと、さらさらと事項を書き込んで、それではと踵を返そうとしたが、アンジェラがまたも呼び止めた。
「あのっ、カティリス・・お代は??」
「お代は作品を見ていただいたときで結構です。お金を先に頂くのは宝飾の制限をつけることになりますから。私はよりよい作品をお作りいたしたいのです。・・といっても、後で莫大な金額を請求するということはありませんから、ご安心くださいませ」
 カティリスはおどけるようにそういうと、アンジェラとヴァルダにそれぞれ頭を下げると、失礼いたしますといって部屋を出て行った。
 後にヴァルダとアンジェラが二人きりになって、部屋はしぃんと静まり返った。その中で、ヴァルダはやっとのように声を上げた。
「アンジェラ・・」
 呼びかけられて、アンジェラはどきりと肩を震わせた。恐る恐る、アンジェラは後ろを振り返る。
「・・お母様、聞こえた?」
「聞こえたわ・・剣、ね。」
 アンジェラは顔を赤くする。それを見て、ヴァルダはくす、と微笑んだ。
「まさか、アンジェラがフォルセナの騎士様に惚れ込むとは思わなかったわね。野蛮だって、前は言っていたのに。」
「あら、野蛮よ。デュランは。」
「デュラン、ね。」
 あ、やば。自分から暴露してしまった・・。
 アンジェラは恥ずかしさにじっとしていられなくなりそうだったが、ここは女王の間であり、女王の御前でもある。手のひらに爪を立てて、ぐっと手を握り締めながらアンジェラは堪えた。
「まあ、この前のパーティで各国の協力を呼びかけたところだから、国外間のお付き合いがあってもいいでしょうね。」
 ・・え?
「えっ、じゃあ、私・・」
 ヴァルダは優しい顔で頷いた。
「好きなんでしょう?アンジェラ。あなたが大好きな人を、私は押しとどめさせたりはしないわ。好きでいなさい。あなたの大好きな人があなたのことを大好きでいてくれるように、私もお祈りしています。」
 アンジェラは暫く呆然としていたが、やがてヴァルダに飛びついた。
「ありがとう!ありがとう!お母様っ!!」
 ヴァルダはそんなアンジェラを抱きしめながら、優しく微笑んでいた。

 三ヶ月後、カティリス・エジュリは装飾を施した剣を持ってアンジェラに謁見を申し出た。ヴァルダに通してもらい、先日のように人払いをした後、その剣は二人の前に姿を現した。
 その剣は見た目質素な雰囲気の剣だった。全体は銀でできている。鞘の部分には二本の蔓草の文様が施されているだけで特に目立った装飾はない。握り柄の部分には滑らない様に細かい凹凸がつけられていて、柄の先端にはあの水真珠が輝いている。余計な装飾がない分、水真珠がひときわ輝いて見えた。
 ひどく派手な装飾であったらデュランは嫌がって使わないだろうという虞が、アンジェラから見事に払拭された。これなら、デュランは使ってくれるに違いない。
「ありがとう、十分です。これで送る様にお願いするわ。」
「かしこまりました。」
「お代は?」
 アンジェラは剣を見つめながらそういうと、カティリスは二万で、言った。
「えっ、それって・・剣の値段を引いたら・・」
 アンジェラは幾分目を丸くしながらそう言ったが、カティリスは首を振った。
「それ以上は頂くつもりはありません。私の修行になっただけです。剣の値段と宝飾に使った材料費で結構です。」
 アンジェラは吃驚してしまった。先ほど剣を抜いたが、アンジェラの目で見ても切れ味のいい剣に違いないことは判っている。つまり、1万ルクは下らない剣だと言うことはいえる。それに材料費くらいしか二万では賄えないのはうなずける。はたしてそれで商売になるのか。
「アンジェラ王女様、何か御不満が?」
 カティリスに促されて、ああ、とアンジェラは我に返って慌てて二万ルクを渡した。
「私の暮らしをご心配預からずとも大丈夫です。私は宝飾技師であり、石の声を聞くものでもあります。石の声によっては狡い商売もいたしますので。」
 カティリスはそういうとにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございました。このお品は間違いなく『雪花のペンダントの依頼人様』宛てにお送りします。」
 カティリスはそういうと、アルテナ城を出ていった。アンジェラはそれを見て、安堵のため息を吐いたのだった。

 アンジェラはカティリスの後をつけることも考えていたが、結局その2週間後に自分の足でフォルセナに赴き、デュランが剣を携えるところを現行犯で捕まえてやろうと思った。何故かカティリスの作った剣を見た後、プレゼントの主はデュランでないかもしれないという恐れは消えていた。あの剣の装飾はデュランの為に誂えたもののような気がしてならなかった。
 それに、せっかく職人としてその心を全うしたカティリスを尾行するというのは、気が引けた。父から受け継いでいます、というまっすぐなカティリスの瞳はアンジェラの心に留められていた。
 アンジェラはエルランドからマイアへの定期便に乗り込んだ。いつもの派手な服装だと人に見つかってしまうので、出来るだけ色を押えたベージュのフードを着込んでいた。
 定期便の中で一眠りした後、程よい海の風を受けていると、やがて賑やかな町並みが見えてきた。自由都市マイアだった。
 冒険を終えてからは始めて国外に足を踏み入れたが、アンジェラは特に何も変わっていないマイアの様子を見て安心した。どうやら、町の人の話では以前アルテナの魔導師によって壊された大地の裂け目の橋も、修繕されているらしい。おかげであのひどい着地の大砲には乗り込まなくて良さそうだった。
 日が暮れないうちにフォルセナに入りたかったため、アンジェラはすぐにマイアを出発した。黄金街道の敵はそれほど強くはない。持ってきたロッドで十分倒すことが出来た。
 大地の裂け目を抜けて、フォルセナ敷地内のモールベアの高原に入る。アンジェラはこのモールベアの攻撃で玉の肌に傷がつくのが嫌なので、逃げ惑いながら高原を抜けていった。
 道を辛うじて覚えていたおかげで、フォルセナには夕方に到着していた。アンジェラはほっと息をついて、まず宿を取ろうと歩いていると、メインストリート正面に丁度目的の人物を見て慌てて物陰に隠れた。 
「デュランだ・・」
 剣が出来る間も何だかそわそわしてやりきれなくて。なんだか意味もなくフォルセナに行ってしまいそうなのを何度か堪えて。やっと来れたのに、今度はスパイみたいなことをやってるなんて。
 あーあ、全然ロマンチックじゃないなーぁ。
 アンジェラは少しうんざりとため息を吐いていた。しかし、それでも瞳の中は生き生きと輝いていたことは、本人にも預かり知らぬこと。
 そのデュランを目で追っていると、どうやらこれから城内に出向くらしかった。今日は夜勤の当番らしい。アンジェラはそれをみて、直接デュランの家に行ってみようかと考えてみた。
 とりあえず宿に入って部屋を取り置きしておく。デュランの家から帰ってきて、眠るベッドがなかったら大変なことになってしまう。いくら治安が安定しているフォルセナでも女一人の野宿はさすがにまずいだろう。
 それから、メインストリート沿いのデュランの家に足を向けてみる。それでも、色々調べたいことがあるからという目的に引け目があるせいか、いきなり家にお邪魔するというのも気が引ける。
 どうしようかな。
 おろおろと困ったようにデュランの家からそう遠くないその場所で考えあぐねていると、どうしたんだ?という聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 アンジェラはその声に蒼白になる。何故なら、その声はさっきフォルセナ城に向かっていたデュランその人の声だったのだから。
 うそっ、どうしよう・・。
 珍しく地味なローブを被っているため、まだ自分の正体がばれていないようだったが、声を出せばどうせばれてしまう。なんせ、冒険中年中声を上げて喧嘩をしていた二人だ。顔を忘れても声は忘れられまい。
 どうせばれるなら、自分からばらそう・・
 アンジェラはそう思って、被っていたフードを頭から外した。すでに陽は落ちていたが、周りの家々から漏れてくる光が、アンジェラの髪を照らした。それを見て、今度はデュランが目を丸くした。
「アンジェラ?」
「えへへ、こんばんわ。」
 ゆっくりとアンジェラはデュランの方に振り向きながらぎこちない笑みを洩らした。
「何やってるんだ?こんなところで・・」
「え、あのね、ちょっと遊びに来たの。」
「こんな時間にかよ?危ない奴だな、本当に・・」
 デュランは呆れながら家の方にすたすたと歩いていってしまう。アンジェラがちょっと躊躇しているのを見つけて、デュランが言った。
「何やってるんだよ、来いよ。」
「いいの?だってお城の当番は??」
 アンジェラは不思議そうにそう尋ねると、デュランはああ、といい、
「今日は日中の当番だったからいいんだ。帰りが遅くなったのは、忘れ物を取りに戻ったからだから。」
「あ、そうなんだ・・」
 さっきのは忘れ物取りに行っただけなんだ・・なんだ。
 アンジェラはそう思って納得すると、デュランの後についていった。
「ただいまー」
 デュランがそう言って家に戻ると、ウェンディがおかえりなさーいと、台所の方から声を出したのが聞こえた。ステラがエプロンで手を拭きながら、玄関に出迎える。
「おかえり、おや、娘さん付きなんて珍しい・・というか初めてじゃないかい?デュラン。」
「というか、ただの仲間だったりしてなー。ほら、冒険一緒にしてたアンジェラだよ。」
 ただの仲間っ?!むー。
 アンジェラは心の声をしっかり胸の中に閉じ込めると、にっこりと笑って挨拶した。
「夜分にごめんなさい。お邪魔していいですか?」
 ステラもにっこり嬉しそうに微笑んで、アンジェラを優しく迎え入れた。
「いいよいいよ。何にもない家で悪いけど、ゆっくりしておくれ。デュランが連れてくる娘さんなら大歓迎さ。」
 まるで気風のいいおかみさんのような口調でステラがそう言うと、アンジェラは安心したように微笑んだ。
「素敵な叔母様ね」
「そうか?うん、いい人だよ。」
 デュランも自分の家族を誉めてもらうのに悪い気はしないらしく、アンジェラに嬉しそうに笑いかけていた。
「今日はウェンディ特製の鶏と野菜のスープだよっ!お姉ちゃんもどんどんおかわりしてねっ!」
 夕食までご馳走になることになってしまい、アンジェラは勝手が分からずに立ち惚けていると、デュランに座っておけよ、と促されてしまった。
「へえ、すごいのね。ウェンディちゃんってお料理できるんだー。」
「えへー。お姉ちゃんにも教えてあげよっか?ウェンディ上手なんだよー」
 デュランの妹のウェンディは、可愛い声でアンジェラにそう言った。ステラが笑うと、そのウェンディの頭を撫でる。
「もうちょっとしたら野菜とお肉を切れるようになろうねー。今は混ぜてるだけだから。」
「うんっ!」
 そんな二人を見て、アンジェラは微笑んだ。母と娘のように仲のいい二人。アンジェラはそれを見て羨ましい気持ちになった。
 私にもこんな時間があったらよかったのに。
 なんだかやりきれない気持ちになってしまう自分を何とか元気付けるように、アンジェラはスープを口に運び始めた。
 暖かな家族そのままようなスープは、何だかアンジェラの心に沁みていった。
 夕食をご馳走になってから、お風呂まで準備されてしまって、アンジェラは焦って遠慮したのだが、なんせ気風のいいおかみさん気性のステラには敵うはずもなく、アンジェラはお風呂まで頂くことになってしまった。
 湯船に体を埋めながら、宿を取っていることを言ってしまえばよかったのかー、等と今更気づいても時は既に遅し。おまけに湯から上がれば、寝間着まで用意済の有り様。
「おばさまっ!私宿取ってますから、服持ってきてくださいっ!」
 半ば悲鳴のようにアンジェラはそう言うと、ステラはにこやかに洗濯し始めちゃったのよー、もういいから泊まっていきなさいよ、なんて言ってぴしゃりとまた戸を閉められてしまった。
 ・・ちょっと、これってどうすればいいのよ・・。
 せっかくお風呂を頂いたのに、アンジェラは違う意味の汗がまた出てくるのを感じていた。度重なるアクシデントに、アンジェラの頭から剣を確かめることなど完全に忘れ去られていた。
「デュランなら上だよ。」
 お風呂から上がるなり、ステラにそう言われてアンジェラはなんと答えていいのか、判らなくなる。寝間着姿で部屋へ行けと??
 ステラは家計簿をつけていた顔を上げると、ウェンディにお風呂を促した。
「ウェンディ、お風呂にお入り」
「はぁいっ!」
 可愛い足音を立てながら脱衣所に入ってしまうことをステラは確認してから、声を潜めて、アンジェラにこういった。
「あんた、デュランのこと好きなんだろ?」
「えっ・・あのっちょっとっ・・」
 唐突に突拍子もないことをいわれて、アンジェラは否定も肯定も出来なくなってしまった。顔を赤くして、口をぱくぱくしていると、ステラがくすくすと笑い出す。
「いいんだよ、お前さんの目を見てたら、私も若い頃思い出しちゃってさー。デュランのどこに惚れたのかあたしには皆目見当もつかないけど、いい子だよ本当に。ちょっと奥手なのが問題だと思ってたんだけど。あーよかったよかった。」
 よかったよかったって・・どういう意味よそれ。
 さすがのアンジェラにもついていけない、と頭を抱えていると、こともあろうかステラは立ち上がってアンジェラの背中を押して、二階に連れて行こうとするではないか!
「ちょちょちょちょっと。ステラさんっ、お願いですからこのままなんて勘弁してくださいっ!ローブ、ローブだけでも・・っ!」
「そうかい?じゃあ、ちょっと待っておいでよ・・?」
 箪笥の引き出しから軽くかけるカーディガンを渡されて、アンジェラはステラに追いたてられるように二階へ踏み出した。
「ファイトね。」
 なんだか激励までされてしまい、アンジェラは少しげんなりとした顔でデュランの部屋に上がっていった。
 階段を上がると、デュランはくたびれたようにベッドに横になっていた。
「デュラン・・?」
 声をかけても、デュランは眠っているのか、返事はない。少し近づいてみるとランプがデュランの顔を照らしている。
「眠ってる・・」
 デュランの寝顔を見て、そこで改めてアンジェラはこの家に入り込んだ理由を思い出した。
 ・・剣!どこだろう!?
 水真珠のついた剣があれば、ペンダントの送り主は決定である。ただ、よく考えたらデュランは城内に剣を置いてしまっている可能性もあるような気がしてきたが、アンジェラはとりあえず部屋を見回してみた。
「うーん、あ、ステラさんに聞いた方が早かったのかな・・でもなんかまた違うこと言われても困るし・・。自分で探そう・・」
 アンジェラはそんな独り言を言うと、デュランの部屋を回り始めた。
 そう言えばデュランの部屋に入ったのはこれが初めてだった。みたいもの、気になるものは沢山あるけれど、とりあえず剣があれば十分だ。
 最初は遠慮がちに見えるところだけを探してみたが、剣を立てかけている様子はない。十分躊躇した後に、思い切ってクローゼットを開いたところでその目的の剣はそこにあった。
「あったっ!」
「何が」
「えっ・・」
 アンジェラは水真珠の剣を掲げたままの状態で振りかえると、デュランが呆れたように見つめているのを見つけて、アンジェラはぎくりとした。
 しかし、途中で思い返す。雪花のペンダントのことをあっさり言ってくれれば、何もこんな手間になることはなかったことを思い出す。
「なんで、なんで知らないふりなんてするのっ!」
「はぁ!?」
 デュランはさも訳が分からない、と言う風に起き上がるとベッドの上であぐらをかいた。アンジェラはその態度が気に入らずに、剣をデュランに投げつける。
「ばかっ!」
「うぁっ!あぶねえっ!」
 鞘と柄がしっかり留められているので、剣の刃が出ることはないのだが。デュランは慌ててその剣を受け留めると、目をぱちぱちとしてアンジェラを見やった。
「このペンダント、デュランがくれたんでしょ!私判ってるんだからね!」
「落ち着けよ、本当に何言ってるのか俺にはわからねぇんだ」
 アンジェラがぎりぎりと怒りに身を震わせながら、デュランに近づく。
「まだしら切ろうとしてるのっ!?」
「だから、説明しろっての!」
「だからこれよっ!」
 怒りに任せて、アンジェラは首からのネックレスを引き千切ってしまった。デュランの前に提げられたネックレスを見て、あれっ、と声を上げた。
「まさか、それあの安物のネックレスだったのかよ!?」
「・・?」
 デュランの反応に幾分正気に返ったアンジェラは、デュランにその首飾りを渡す。
「ああ、多分これだ。なぁんかパーティではエグリだか何だかって名前を言ってたから、俺がやったものじゃねーと思ってたんだけど・・」
「多分??」
 アンジェラは素っ頓狂な声を上げた。デュランは頭を掻きながら、ああ、多分と笑う。
「どうして多分なのよ、見てないの?完成品。」
「いや、時間もそうそうなかったから直接送ってくれって頼んだんだ。俺は完成品はみてなくって・・石を選んだだけで。その時露店をやってたんだよ、そいつ。でもこの白い石を選んだ覚えはある。あまり金を払ってないから、丸い石のままのペンダントになってるかと思ってたんだ、俺は。」
「なんで差出人の名前を書かなかったのよ。」
 アンジェラは不満たらたらな声を出してそう言った。デュランはあー?というと、なんだか俺らしくねぇからよ、と頭を掻きながらそっぽを向いてしまった。
「したら、なんか見たことある宝石の剣が送られてくるから・・なんか嫌な予感がしたんだけど・・。やっぱお前か・・」
「お前か・・じゃないわよ・・」
 アンジェラは急に顔を歪ませてぽろぽろと涙を落した。デュランが吃驚したようにアンジェラを見上げる。
「なんで、なんで、ちゃんと言ってくれないのよ。私は精一杯、思っても、考えても、悩んでも、どうしたってデュランなのに・・どうしてそんな・・」
「・・。」
「私のことからかってるの?嫌なの?もう、わかんない・・私どうしたらいいの・・?」
 アンジェラがデュランのベッドの傍で立ったまま泣き出してしまう。デュランは暫く何かを我慢するように拳に力を入れていたが、やがて幾分乱暴にアンジェラの体を引き寄せた。
「っ!?」
 訳が分からず、アンジェラはデュランに抱きしめられる。何だかそれでも、アンジェラは腹が立って、デュランの腕の中で暴れた。
「やっ、離してっ、離してよっ、もう嫌っ!」
 あまりのアンジェラの暴れようにデュランも血が上った。いつもなら最終的にはフェミニストであるデュランは、アンジェラには手を出さない。しかし、今回は何かが違った。
 体を強く抱きしめられてアンジェラが首をのけぞらせた。首が上を向き、その苦しそうに天を仰いでいる唇が優しく重ねられて、アンジェラは気が遠くなった。
「んっ・・」
 一瞬のうちに体から抵抗する力が抜けていく。デュランの体を押し離そうとしていた腕はだらりと下に垂らされた。涙がようやく枯れて、アンジェラはおとなしくなった。
「・・アンジェラ?大丈夫か?」
「ん・・んん。へーき。」
 デュランの腕の中でごそごそと動くと、アンジェラは頷いた。アンジェラがデュランを見上げると、デュランは安堵したように微笑んでいる。
「・・・。私、デュランのこと好きでいていいよね?」
 それを聞いてデュランが照れくさそうに笑った。




fin.


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どうなんだ?デュラン・・って感じね(笑)
《註》ステラは冴と置き換えてもOKでしょう(笑)