幸せなる旅路



「そーいえばさぁ!あのときのデュランったらねぇ・・」
 もともと高音でよく響くアンジェラの声が、今は更に声高にアルテナ城の一室から響いていた。
 広大なウィンテッド大陸は、この冬も吹雪のせいですべてを白色に埋め尽くされていた。雪はすべての音を吸い込む、といわれるが、その広大な雪景色でも、今のアンジェラの声ならば吸い込めないのではないかと思えるほど、アンジェラの声は高らかに高揚していた。
 無論、高揚していたのは声だけではない。リースが窓ごしに見ていた外の景色からふと目を戻すと、嬉しそうに微笑む・・というより、もはやにやけた顔で話をするアンジェラの顔が目に映る。その表情に、リースは穏やかな笑みを浮かべた。
 と、横からつんっとリースの服を引っ張られる。引っ張られた方を見ると、椅子に座ったシャルロットがうんざりした様子で見上げている。テーブルの高さのおかげとだれたように腰をずらして座っていたせいで、アンジェラからそのシャルロットのうんざりした顔は死角になっていた。それなので、シャルロットは一層わざとらしく眉をひそめたりさせていた。
 リースがなだめるように手を差し出したが、シャルロットは膨れていーだ、と舌をのぞかせた。そして、声には出さず、シャルロットの口がこう言った。
ヨ・ク・モ、ワ・ラ・エ・マ・チ・ネ。
・・よくも、笑えまちね。
 続きはこうだろう。
・・こんなに長い間同じ話を聞かされて。
 シャルロットはむくれて、ひとつため息をついてみせた。リースはそんなシャルロットにも微笑んだ。彼女の容姿に良く似合っている素直な子供っぽさを、リースは好んでいた。
 そして、アンジェラの自己中心的な中にある素直な表情も、リースは大好きだった。
「ねぇねぇ、それで、デュランったらそのとき何て言ったと思う?」
 アンジェラが頬を高潮させて、リースの顔を覗き込む。リースはゆったりと笑うと、想像もつきませんわ、と考えるそぶりをしながらそう言った。実際は、もう2,3度か、もしかしたらそれ以上アンジェラの口から聞いているのだが、アンジェラは言いたくてしょうがなくて尋ねているのはわかっていた。それに、リースにしても、そのデュランの告白を話すときのアンジェラの表情を何度でも見ていたくてしょうがないのだった。
「デュランはねぇ、いつか騎士になるって言ったの。何をいまさらって私笑ったわ。だって、デュランは黄金の騎士になったんだもんねぇ。フォルセナの誇るべき最高の騎士になれたんだものね。
 でも、そんなの意味ないって。そう言ってくれたのよ。本当に守りたい奴を守れるかどうかわからない騎士の称号なんていらないっていうのよ。だから、いつか、アルテナのお姫様の騎士になるんだって」
 そう言いながらアンジェラの幸せそうな顔が、急にくしゃくしゃになった。
 リースは吃驚した。同じ台詞を何度吐いても、アンジェラは嬉しそうに照れたように笑うだけだったのに。今度は小刻みに肩を震わせて、アンジェラは泣いていた。幸せに溺れて、もうこれ以上の幸福がないってほどに、アンジェラの顔が幸福の涙に濡れていく。
 何度か話して、何度も何度も同じ嬉しい言葉を繰り返してようやく、アンジェラはその幸せを自覚したのかもしれなかった。
 思わず、リースはその幸せそうなアンジェラの表情に胸を突かれた。思わずこちらまで、涙があふれそうになる。アンジェラが長い間一番手に入れたかった愛情というものを、ようやく確かに手に入れたのだった。
 私が泣くなんて、変ね。
 リースはそう思い直して、潤んだ瞳をごまかすようにシャルロットの方に顔を向けた。
 そのシャルロットもむくれながら・・口をへの字にしたまま・・眉をひそめて涙をこらえていたのだった。シャルロットが話を聞いていたくないわけじゃないのは、わかっていた。リースにもシャルロットにも、アンジェラの強烈な程強い幸福に、つい涙が零れてしまう。それが、シャルロットにはなんだか不可解で、解せなくて、嫌なのだった。
「アンジェラ。泣かないで、泣かないでください」
 リースは困ったように笑ってみせながら、そう言った。アンジェラは、そうよね、変よね、と笑いながらまだ涙をこぼしてしまう。
「デュランは本当に嫌な人ね。アンジェラをこんなに泣かせるなんて」
 くすくすと笑いながら、リースはそう言った。あの、照れ屋で粗野なデュランがそこまで言うにはどれほどの勇気を要したことか、そんなことをわかっていながらリースは薄情なふりをしてそう言った。
「やだ、そんなこと言わないで。デュランは何も悪くないんだからねっ?」
 慌てたようにデュランをフォローするアンジェラに、シャルロットが呆れ顔で茶々を入れた。
「アンジェラしゃんは本当になーんで、あんな乱暴者を好きになったんでちかねぇ?」
「あら、いいじゃない。乱暴者。ワイルドで」
 アンジェラにはもはや、悪口雑言すら褒め言葉になっているらしかった。どうやら手には負えないような気がして、シャルロットは情けない顔をした。
「乱暴者でいいのよ。素直で馬鹿正直で自分の感情に嘘をつかない人の証拠だもの。だから、信じられるのよ。嘘偽りなく、私を傍にいていいと思ってくれる人だもの。私はデュランの隣にいていいんだもの。」
 アンジェラはそういいながら、なんだか自分に言い聞かせるように言っているようだった。
「聞いたんですね・・アンジェラ」
 リースが親しみをこめた眼差しでアンジェラにそう言った。アンジェラはそれにうなずいて答えた。
「ちゃんと聞いたわ。デュランに」
「あの、デュランしゃんがそこまで言うなんて信じられないでちぃ・・」
 シャルロットが宙を見上げて目を回す演技をした。リースがそれを笑う。
「そうね、でも、確かにデュランはそのとき言うべきだと決心したんでしょうね。」
 ようやくリースは穏やかな気持ちになって、目の前のカップに口をつけた。
 一ヶ月前に起こった事件を思い出しながら・・。


 その日は秋晴れの一日だった。
 ランプ花の森は紅葉がすでに見頃で、赤や黄色に色づいた木々合間を抜けながら、一行は奥へと進んでいた。ランプ花の森に厄介な魔物がいるらしいというので、その退治をしに行くところだった。
 退治の依頼は、妖精王からウェンデルの司祭を経由し、剣術の国フォルセナに入ったものだった。
 退治のために英雄王はデュランに三ヶ月の猶予を与えた。これは退治のための猶予期間としては長い猶予期間だった。だからといって、英雄王はデュランの技量を見くびっていたわけではない。いつものデュランの働きに満足していた英雄王は退治の猶予に、おまけの休暇をつけてくれたのだった。珍しく長い猶予期間をもらったデュランは久しぶりに仲間たちを集めて冒険しようという気になった。デュランはフラミーを久々に呼んで、仲間たちを招集した。
 先の冒険からはすでに半年が過ぎていた。
 仲間たちは久しい友人との再会に喜び、デュランの持ってきた冒険に興味をもった。そして、仲間6人は再び冒険の旅をすべく、ディオールへと向かったのだった。
「ああ、この森は紅葉もするのねえ・・夜はランプ花が紅葉した樹木を照らしてきっときれいでしょうね」
 アンジェラがうっとりと息を吐きながらそう言った。アンジェラは故郷が寒冷の地であるせいか、別の場所に行ってはよく自然の変化を都度楽しむ癖があるようだった。
「アルテナだって、きれいな銀世界じゃないか」
 ホークアイがその癖に気づいてか、アンジェラにそう言った。まあね、とアンジェラはおざなりにそう言うと、結構その雪も問題なのよねぇ、とため息をついてみせた。
「寒さってやっぱり人の心を根こそぎ吸い尽くすのよね・・見た目がきれいでも、雪ってある意味魔物だと思うわ。」
「雪、人を襲うのか?」
 ケヴィンが怪訝な表情でアンジェラにそう聞いた。アンジェラはうーんと唸ってから、そうねぇ、間接的には襲ってるのかもねぇ・・と曖昧に呟くので、ケヴィンは更に混乱したような瞳でアンジェラを見つめたものだった。
「それにしても、妖精王のおじーちゃんが言ってたっていう厄介な魔物って一体何でちかねぇ?」
 シャルロットがデュランの服を引っ張りながら尋ねると、デュランはさてなぁ、と首をかしげた。
「被害は今のところかすり傷らしいんだよな。引っかいた跡が腕や足やら、場合によっては体中が傷だらけになるそうだが。まあ、そんなにいずれも深い傷ではないらしい。森に入ると気づかぬ前に引っかかれている場合やら、いきなり何かが飛び出してきて人をなぎ払ったりする場合やらで・・どうも行動パターンが定まらないなあ・・」
「でも、妖精王さんが私たち人間に退治をお願いするほどですもの。きっと被害者が多いんですわね。」
 リースが心配そうにそういうと、デュランはうなずいた。
「そうだな。とりあえず、ディオールまで言って妖精王に様子を聞こう。」
 デュランはそう言って、再び先頭を威勢良く歩き始めた。
 ディオールまでの道筋では、誰も被害に遭わなかった。ディオールの町に入った時点で、それぞれが体をくまなく確認したが、傷がないのを確認すると一行は町に入った。
 町の入り口に、ひっそりと小さな十字架が立てられているのをみつけ、デュランはその十字架に歩み寄った。ほかの仲間たち、そして、シャルロットもそれに気づくと、デュランの後を追った。シャルロットは少し寂しそうな瞳をしていた。
「ほら、シャルロット。挨拶しとけよ。」
 デュランがぐいとシャルロットの腕を掴むと、彼女を仲間たちの前に出した。シャルロットの肩を支えるように、デュランが手を添えると、シャルロットは、ぱぱ、まま、と声をかけた。
「あたちは、元気でち。元気にしてまち。ぱぱ、ままは天国で元気にしてまちね?」
 シャルロットは寂しそうな瞳を一層寂しそうにさせた。くるっとデュランを見上げて、もぉいいでち、とだけ言った。デュランはそうか、と言うと、ぽんとシャルロットの頭に手をやった。
 シャルロットは一度だけ十字架に振り返り、またね、といった。
 町の入り口から妖精たちを見ると、誰もがどこかに包帯を巻いている様子だった。それはなんだか異様な光景だった。
「かすり傷・・だけじゃなかったのか?」
 心配そうにホークアイがそう言った。デュランは舌打ちすると、無言のまま妖精王の元に足を踏み出していた。自分が来るのが遅くなったことを責めているな、とホークアイは気づきながら何も言わずデュランについていこうとした。そのとき、凛としたリースの声がこう言った。
「デュラン、私たちは町の妖精の方たちとお話してきます。シャルロットとアンジェラを借りますわ。ひどい怪我をしてる方には、シャルロットの治癒の魔法が必要になると思いますし、女の子が相手なら妖精の方たちも気軽に話しやすいと思うんですけど。」
 デュランはちらっと後ろを振り返ると頷いて、それからようやく速度を落として歩き出した。リースの落ち着いた口調に頭が冷えたようだった。
「一言であいつの頭を冷静に戻したか。すごいな、リース」
 ホークアイがリースを見てそういった。リースは、わかるんですよ、と笑った。
「自分を先に責めてしまうと周りが見えなくなってしまうでしょう?そうなる前に、冷静な判断を下す誰かを見ると、一気にその冷静さと自分の加熱した頭の温度差に気づくんです。私も何度もみなさんにそれで助けられてますから」
 なるほど、とホークアイが頷くと、じゃ、と言ってデュランを追うために走り出した。あわててケヴィンもそれに倣った。
「さて、じゃあ、手始めに目の前のおうちから回りましょうか」
 リースがシャルロットとアンジェラにそう言った。シャルロットとアンジェラはリースに頷いた。
 一方、デュランに合流したホークアイとケヴィンはそろって妖精王のいる屋敷へ向かって行った。屋敷の入り口で身元を尋ねられ、デュランが代表して答えると召使が頷いて先をどうぞ、と扉を開いて招いた。
 デュランたちは奥の大広間で妖精王を待っていたのだが、そのあたりを給仕する者たちをさりげなく観察していると、やはりこの家の者もどこかしらに包帯を巻いているのだった。
 それを見たデュランが、ぐっとテーブルの上で指を強く組んだ。手の甲に爪の跡が残るほどの強い力で自分の組んだ指に力を入れていた。ホークアイもケヴィンも何も言えずに、ただその悔しそうなデュランの横顔と同じく肩を落としていた。
 やがて、一人の召使いが三人の前でお辞儀をした。
「申し訳ありません。我が主、妖精王はただ今床に臥せております。お手数ですが、主の寝室までお越しいただきたいのですが・・」
 デュランは頷き、後の二人にも目配せした。三人が立ち上がり、案内をお願いします、と丁寧にデュランが召使いにお願いした。
 妖精王の寝室では、思ったより顔色がいい妖精王が三人を見るなり、歓迎の意を述べた。
「遠いところをはるばるすまない。もう私は大したことはないのだが、周りの者が警戒してやまぬものでな。こんな形で顔を合わせることになって、申し訳ない。」
「お体は一体どうされたのです。知らせを受けておりました魔物のせいですか」
 デュランが堰き切ったようにそう言った。妖精王は頷くが優しい表情でデュランの肩に手をおいた。
「そなたは力強い味方を共にこの地にやってきてくれた。わざわざ遠い地のこんなところまでな。その勇気と正義の眼差しに嘘偽りはなかろう。被害が止めることができなかったのは私の責任で、君のせいではない。」
 デュランはその手に目を向けてから、勿体ないお言葉をありがとうございます、と頭を下げた。
「だがな、残念なことにこの私の体もその魔物に襲われた傷のせいで発熱した。どうやら敵は軽い毒を持っているようだ。傷つけられた者のほとんどは発熱し、傷の治りが遅くなる。おかげで包帯が簡単にとれないわけだ。」
「どこで襲われたんだ?」
 王制国家などには全く疎いホークアイは、砕けた言い方で妖精王にそう尋ねた。妖精王の方は少し気分を害した風だったが、まあ仕方がないと息をつくと、こう言った。
「この屋敷の裏庭だ。森に面した裏庭だが、このディオールを囲んでいる塀はその裏庭からでもかなり距離がある。だから、敵には塀など他愛なく入ってくる。おかげでディオールの町内部でも被害は増えるばかりなのだ」
「なんだって?それじゃあ、もしかしたら家にいても?」
 ホークアイはぎくりと目に動揺を示してそう言った。妖精王は力無く頷くと、絞り出すような声でこう言った。
「家に入ってきたという被害はまだ聞いてはいないが・・時間の問題かもしれん・・」
 その言葉によって、部屋の空気は一気に通常以上の質量を持ったかのように重く変わった。デュランとホークアイの顔にも、動揺の不安が広がる。ケヴィンとてそれは例外でなかったらしく、不意にぽつりと呟いた。
「今、リース達・・大丈夫かな・・」
 たまらず、デュランがそれを聞いて部屋を出ようと、踵を返しそうになった。しかし、妖精王の御前であることを思い出したか、再び妖精王に体を向けて、丁寧にこう尋ねた。
「妖精王、何か手がかりを他にはつかんでいませんか?そうでなければ、俺達はすぐにでもその魔物の退治にでますが」
 妖精王はそれを聞いて、首を振った。そして、瞳をデュランに戻すと、よろしく頼む、とそれだけ言った。
 デュランは頷いて、部屋をできるだけ落ち着いてでようと努めた。後ろからホークアイとケヴィンもデュランに同じペースでついて行った。デュランは今すぐ走り出したい気持ちを何とか抑えて、ドアの戸口で一礼するとドアを閉めた。それからまもなく、けたたましい足音が妖精王の耳にも届いたのだった。

 いやな予感ほど的中するのが世の常である。
 不幸中の幸いだったのは、その的中のさなかにデュラン達が到着することができたことだった。そう、リース達は名も知らぬ植物と悪戦苦闘していたのだった。
「大丈夫かっ!?」
 デュランがすらりと剣を抜いて、混乱の中応援に入った。続けてホークアイとケヴィンも武器を装着して、この戦闘に加勢した。
「怪我はしてないなっ?!」
 デュランは剣で異様に太い棘付きのツタを切り刻みながら、そう叫んだ。敵の正体は棘付きのツタだった。どこからか続くその太いツタがどうやら町の人を脅かしていたようだった。
 デュランの問いかけに、リースはええっ!と叫び返す。シャルロットも大丈夫でちっ!と声を上げた。
 デュランは、こんな時には必ず文句を言いながら返事をする誰かが足りないのに、ぎくりと肩を揺らした。
「アンジェラっ!?アンジェラはいるかっ!?」
「・・あによぉ・・いるわよ。平気平気」
 デュランは思わずその声にほっとした。と、同時にアンジェラの理不尽さにかぁっと頭に血が上る。戦いながら、デュランはアンジェラに文句を言った。
「いるんだったらちゃんと返事しろよっ!びっくりするだろっ!」
「うるっさいわねぇ・・呪文唱えてるんだから邪魔しないでよ!」
「そりゃもっともだ」
 ホークアイが笑いながら、納得したようにそう言った。
 やがて、アンジェラは唱えていたらしいエクスプロードを発動させて、事態は沈静化した。後には黒く焦げたツタの残骸がそこにあった。
 騒ぎを見ていた妖精達の中から老人がでてきて、そのツタを見るなり驚愕に目を丸くさせた。
「ぶ、ブラッドローパー・・?古代のプラントモンスター・・」
「何?それ」
 聞いたこともない言葉に、ケヴィンが首を傾げる。しかし、この言葉には誰もが首を傾げていた。ブラッドローパーなど、今までに戦ったこともないモンスターだった。
 老人は不思議がる六人を見回して、そうか、そうだな、と頷いた。
「おまえ達が知らぬのも当然だわい。ブラッドローパーなんぞは、そもそも大昔の植物型の魔物だからな・・わしも文献でしか見たことがない。
 ブラッドローパーはその昔、”生き血をすする棘”と呼ばれ恐れられておったらしい。いつしか別のモンスターに淘汰され消えていったと思われておった魔物だったのだが・・そうだ。おぬしたち、まだ仕事がのこっとる」
 老人はその焦げたツタの先を指さしてこう言った。
「このツタが地中より出ているその場所に花が咲いておるはずだ。その花がある限り、このツタは何度でも再生するのだよ・・・すまんがその花を叩いてきてくれんか。」
 それにはデュランが頷いた。一度は納めた剣をもう一度抜くと、用心深くツタの先に歩いていく。それほど離れていない町中の路地裏で見つけた花を剣で分断し、花は見る見るうちにしおれて腐臭を放った。
「うわっ、最低なモンスターだぜ!!」
 デュランは鼻をつまんであわてて仲間達の元に戻っていった。
「よし、これで残骸を焼けばもうこれで一件落着。最後の後始末くらいは町の者でやらせてもらうよ。おい、ラッセル。」
 ラッセルと呼ばれた中年の親父がなんだよ?と老人の傍らに立った。
「おまえ、この方達に今日いただいた宿代はお返し。この方達はわしらを魔物の恐怖から無事に救ってくれたんだ。それくらいのことはせい。」
「わかったよ」
 ラッセルはしぶしぶ顔ではあったが、確かに頷いてそう言った。老人はそれに頷き、何人かの若者を指名して後片づけを頼んでいた。
「ほれ、なにをぼーっとしとるか。おまえさんたちはわしが見込んだだけの仕事をしたんだ。もう好きに休むなり遊ぶなりせい」
 老人はにこにこと満足げに破顔してそう言った。老人の言葉がひっかかり、デュランがいぶかしげに老人に尋ねる。
「見込んだ?っていうのは?一体あんたは・・?」
「わしゃこの町の長老さね。わしが年長者で一番えらいのさね。あの妖精王ですらわしには頭が上がらん。妖精王に”腕の立つ人間たちに助けを呼んだらどうか”と提案したのもわし、進めたのもわしさね。」
 にこにこと笑う老人は自分の立場が守れたせいか、やはり嬉しそうだった。デュランを始め六人は、この老人の期待に添えることができたことに安堵して微笑んだ。
 それからそれぞれは買い物にいそしんだり、食事を楽しんだりしてディオールの町を散策した。妖精たちと会話を楽しんだりすることも、前にきたときよりもすんなりできた。妖精たちは六人の英雄たちを心から歓迎していたのだから。

 日も暮れて、それぞれが部屋に戻って床についた。宿屋のラッセルは約束通り先にリースたちにもらっていた宿代を払い戻すと、さらに部屋を一人ずつの個室で貸すと言ってくれた。これにはシャルロットが逆に寂しがるので、シャルロットはリースと寝ることになり、デュランも遠慮してケヴィンと同室で構わないと言った。結果、個室はホークアイとアンジェラがそれぞれ利用することになった。
 アンジェラはようやく一人になったことに安堵してベッドに横になった。ほうっと息を吐いて静かに天井を見詰めていると、不意に自分の右腕が疼くのに気づいた。  思わずひやりとした嫌な予感が背中を走った。慌てて起き上がり、いつもつけている長めの手袋を外して疼くその場所をよくみると。
「なんてことよ・・全くドジ踏んだわね・・」
 はぁっと苦しそうに息を吐く。小さな小さなとげが、白い肌にしっかりと入り込んでいるのをアンジェラは確認して落胆した。その場所からは、すでに痛みと熱が発生し始めていた。あのブラッドローパーとの戦いで負傷していたのだと気づいて、アンジェラは悔しい思いにとらわれた。
「とげか・・左手でとれるといいんだけど」
 そっとアンジェラが赤らんだそのとげの位置に左手で触ろうとしたときに、突然どくんっと心臓が脈打った。アンジェラはぎくりと肩を震わせた。頭に何か信号のようなものが入ってくる。
・・サワルナ・・サワルナ・・
「・・ま、まさか。・・これって・・」
・・放ットケ・・サワルナ・・
「あのブラッドローパー・・分身を・・?」
・・サワルナ・・トルナ・・トロウトスレバ・・オ前ヲ使ッテミンナ殺スゾ・・
 アンジェラの背筋に冷たいものが走った。自分を宿主にしようとしているのを感じ取ったアンジェラは一瞬目まいを起こしそうになった。
 どうしたらいい・・どうしたらいい・・
「みんなに・・言わなきゃ」
 アンジェラがようやくそう判断して立ち上がろうとしたときに、足に激痛が走ってアンジェラは床に転倒した。
「いっ・・っつぅ・・」
・・余計ナ事・・スルナ・・死ニタイノカ・・
・・余計ナ事・・シナケレバ・・オ前ヲ危険ニハシナイ・・守ッテヤル・・
・・オ前がナクナッテハ・・オレモ生キレラレナイ・・
 なんてことだろう。アンジェラは絶望した。
 この厄介な敵はアンジェラの体を盾に取引しようとしている。しかも、こちらの決定権は無しとして・・これは明らかに取引ではない。脅迫だ。
 とげを除外するのも、仲間に危険を伝えるのも、敵はアンジェラの体に直接警告を加えて阻止する。激痛という警告を以って。
「どうすればいいのよ・・」
 アンジェラはつい泣きそうになる自分に嫌気がさした。でも、泣くという抵抗くらいはしないと体が恐怖に強張ってしまいそうだった。
・・トニカク眠レ・・
 強烈な暗示のような催眠をかけられたように、アンジェラは強制的に眠りに連行された。敵は完全にアンジェラの体をのっとっていた。

 翌朝、アンジェラは目を覚ますと、いつもするようにシャワーを浴びた。髪の毛をいつものように洗って、肌の点検を鏡で行い、髪を乾かしながら部屋を片付けていた。そこまで無意識にやってから、昨夜のとげを思い出して腕を見つめた。寝ぼけていたにもほどがあると、アンジェラは自分でその物体を見詰めて呆然とした。
 とげのあった場所からつたが伸びていた。小さな細いツタはあたかもアンジェラのアクセサリーのようにそこにあった。とげはまた小さくアンジェラの肌を刺すことはないが、確かにとげはあった。アンジェラは左手でもう一度触ろうとしてみた。
 ビリッとした痛みが左手に走った。アンジェラは苦渋の顔で左手を下ろす。
・・夢ではなかった・・
 圧倒的な落胆に襲われて、アンジェラは愕然とした。
 しばらく、部屋でそのままの状態で悩んでいた。ベッドに腰掛け、まるでブレスレットのように巻きついた魔物をアンジェラはじいっと見詰めていた。
 と、部屋がノックされた。控えめにリースの声がアンジェラ?と呼んだ。
「ああ、ごめん。すぐ出るわ。」
 アンジェラは結局まともな準備もできずに、荷物も持って部屋を出た。
「どうしたんです??」
 おかげですぐにリースに勘付かれた。アンジェラは何が・・?とだけ言った。
「いえ、だって。アンジェラいつも髪はきれいにして出てくるし、少しお化粧もするでしょう?今日は珍しくすっぴんだし・・」
「ああ、いいの。そういえば、ほかのみんなはどこに?」
「それなら、町の広場に。」
・・広場か・・広場は人が多いわね・・
 アンジェラはなんでもない普通の思考を頭でめぐらせた。
「私は疲れたからもうお城に帰るわね。みんなにもそういっておいて」
 アンジェラはリースの目を見ずに疲れた目をしてそう言った。リースはそんなアンジェラを不安に思ってアンジェラを引きとめようと肩に手を置いた。
「アンジェラ?」
「リース。またね。」
 アンジェラはそのままリースに視線をやることはなく、リースの手からむりやり体を離して歩いていった。
 アンジェラの後姿を見ていたリースは・・慌てて広場に向かっていった。

 アンジェラが町を出たところで、仲間たち5人がアンジェラを呼び止めた。仲間は当然のことながら様子のおかしいアンジェラを心配してやってきてくれたのだった。
 アンジェラはそのことに感謝を覚えた。
・・?何ヲ・・考エテイル・・?オ前・・・?
 頭に届く信号をアンジェラは無視した。
「どうしたんだよ?アンジェラ。今日は久しぶりに酒場で一日明かそうって言ってたの、楽しみにしてたじゃないか」
 ホークアイがアンジェラを気遣うようにそう言った。リースも慌てて頷きながら言葉をつなげた。
「そうですよ!ここの料理はとってもおいしいし、お酒も飲み放題でいいって言われて昨日アンジェラあんなに喜んでいたのに・・」
「アンジェラしゃん!久しぶりに会ったのに、もうちょっとくらい居られないでちか?!」
 シャルロットも急いたようにそういう。ケヴィンもそれに頷く。
「アンジェラ、一緒に食べよう。」
「ほらぁ。お前こんなにもてはやされてんだから、もうちょっといろよ。」
 デュランが面倒くさそうに頭を掻いてそういうと、アンジェラはぴくん、と肩を震わせた。そして、小さな声で呟く。
「デュラン、は?私、いらない?」
「はぁ?」
「私のこと・・いらないって思ってない?」
 思わず、仲間たちの視線がデュランの顔に集中した。デュランはぎくりとしたように瞬きをする。
「いらないってなんて・・思うなら呼んでないぞ、俺」
 その言葉に、アンジェラは振り返って笑った。良かった、そう言って笑ったのは、ほんの一瞬だった。その一瞬の次に現れたのは決意の眼差しだった。
「・・っ!!」
 声のない気合で、アンジェラは唐突に自分の杖で右腕を刺した。仰天する仲間の目の前で、アンジェラの腕から血が伝いはじめ、腕からはあの倒したはずのブラッドローパーが飛び出した。アンジェラの腕から飛び出したブラッドローパーは裏切ったアンジェラに向かってツタを伸ばそうとしているのが、アンジェラの目に映った。
・・これで・・私終わるのかしら・・
 アンジェラはそれから気を失った。

 言うまでもないが、ブラッドローパーは五人の手によって再び退治された。ブラッドローパー本体に直接感染したアンジェラは一週間高熱を発して意識がなかった。それを、デュランがずっと看病した。仲間が代わるのを申し出ても、デュランは一度として首を縦に振ることはなかったのだった。
「何故・・こんなことになる前に言ってくれなかったんだ・・いや、気づいてやれなかったんだ・・?」
 デュランはそう繰り返しながら看病を続けていた。
 一週間が経ったのち、デュランはアンジェラの意識が取り戻すと同時に、アンジェラを抱きしめた。そして、アンジェラに告白したのだった。


「・・ねえ、リース。あのとき、感染したのがリースだったら、デュランはリースに告白したのかしらね・・?」
 一ヶ月前の出来事から自分を取り戻したリースに、アンジェラは一瞬不安そうな顔でリースにそう問い掛けた。 
 リースはその質問に吹き出した。
「アンジェラ・・あなたってたまにそんな馬鹿なことをおっしゃるんですね。そんなわけないでしょう。それっぽっちの気持ちでデュランが告白なんて大それたことができると思いますか?」
 今度はシャルロットがそのリースの台詞に吹き出した。
「それもそうでちねぇ!」
「なによぉ!だってすっごい不安じゃない!!も〜・・」
 アルテナの冬は凍てついた空気で張り詰めているのにもかかわらず、その王国の城の一室には暖かな空気が充満していたのだった。




fin.


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