冒険者の結婚式
アルテナの町並みは活気に湧いていた。
春も近づき、気温も徐々に和らいで来ていたせいもあり、町の商店には少しずつ目新しい商品が並び始めていた。商業都市バイゼルからをはじめ、各国の珍しい食べ物や魔力を高める道具、暖かい洋服などが仕入れられるたびに、店の前には人だかりができて大盛況となった。
特に、今回の仕入れには例年とは違うものが次々と入ってきていた。美しい宝飾品やきれいな色を使った洋服、生花などは例年にない仕入れをされ、そしてその仕入れた量は期待通りに売りさばかれた。
今年の仕入れ方を目測していたアルテナの商人たちは、したり顔でほくそえんでいた。
そして、人々は手に入れた服や装飾品を見せ合い、楽しみながらその日々を送った。来るべきその日に向かって。
その城下町をまっすぐに通り抜けたところに、魔法王国アルテナの城の城門は佇んでいる。太い鉄格子の前には、熟練の魔術師が門番として両側から不審者を見抜くように目を光らせている。招かれざる客は、ここで退去の命令を下されるというわけである。
鉄格子の奥には冷気を遮断する扉があり、そこから城内部へ入ることができる。中に入ると、まず広間があり、美しいマナの女神像がやさしい笑顔で訪問者を歓迎する。アルテナ城内部は、いたるところの柱や障壁に美しい彫刻が施されており、まさに絢爛豪華なつくりをしている。窓も青で統一されたステンドグラスがはめ込まれていて、それは寒色系を使いながらも、寒々しいというより美しいという印象を一層際立たせる結果を見事に引き出していた。
と、そんな素晴らしい広間を、一人の娘がばたばたと通り抜けていった。白い美しいドレスを羽織ってはいたが、まだお仕着せが途中なのか、所々から留めきっていない布きれが零れ落ちている。しかし、娘はそんなことを少しも気にした様子もなく、嬉しそうな表情で髪を振り乱しながら、とうとうその広間を通り抜け、外に出ようとしていた。
「待ちなさい!アンジェラ!城門の者、扉を閉めなさい!!」
透き通ってはいるが、有無を言わせぬ調子の声がその広間に響き渡った。その声に、門は迅速に締め切られ、娘は行き先は閉ざされた。
さきほどの声の主は、ここアルテナ王国の最高権力者・・女王ヴァルダであった。そして、呼ばれたのはその王家唯一の末裔となる、アンジェラ王女だったのだ。
「アンジェラ、こちらへ」
やはり、声の調子をそのままに、女王はそう言った。
アンジェラは息を切らしながら、ちょっと悔しそうに、それでもどこか可笑しそうに微笑みながら、くるりと女王の方に向き直った。
美しい、娘だった。
大きく見開かれた翡翠の瞳には光が生き生きと息づいており、薄紫色の髪の毛は先ほどあれほど走ってきたにもかかわらずそれほど乱れもなく、まっすぐに床に向かって伸びている。鼻筋は通っていて、唇は紅をささずとも彩られていた。そして、首筋から鎖骨につながるラインや胸元の谷間は、彼女の見事に整ったプロポーションを暗示している。
完璧な女性だった。しかし、彼女は、その素晴らしい美貌と体型に伴う性格をもち合わせていなかった。お転婆で我侭で・・それでも素直な少女だった。
「なんです、アンジェラ。はしたない。」
母にとがめられては、アンジェラも素直に謝るしかなかった。
「ごめんなさい。お母様」
口ではそう言っていたものの、アンジェラの口元は未だ可笑しそうに笑っている。母はそれに気づかないふりをした。
「一体何をしようとしたのです?そんな格好で外に出て・・一体どこへ?」
女王は幾分不機嫌そうにそう言った。アンジェラはそれを聞いて、肩をすくめた。
「そんな格好で外に出るなんて、許しませんよ。お式も近いんですから、おとなしく城に居て頂戴、アンジェラ」
「はい、お母様」
アンジェラはそう言って、最高の微笑を浮かべた。ヴァルダはその返事に頷いて、くるりと来た道を戻り始めた。
それから、アンジェラの口がまた可笑しそうに微笑んだ。その口が声もなくこう言った・・予行練習は完了、と。
アンジェラとデュランの婚儀は、あと一週間後に控えていた。
アルテナの城下町が活気に湧いていたのに比べ、城内はその準備が丁寧かつ慎重に進められていた。なにしろ、今までにないアルテナ王家と他国籍の人物との祝言ともあって、準備はかなりいろいろ気を遣う所があるようだった。もてなす料理の内容を始め、式の進行手順や席順など、城内の各担当はその当日の打ち合わせの時間だけで終日を迎えるほどだった。それでも、ここ数日は徐々に落ち着いてきていた。もはや、一週間前ともなれば、無理にでも結論を出して後は実行委員で事を推し進めるしかないのである。
そんな折、アンジェラは衣装合わせの最中に脱走するという妙技をしでかしたのだった。城内の者たちはそんなアンジェラに内心ひやひやとしながらも、表には出さずに懸命に式へのわずかな時間に向かって作業をこなしていた。
アンジェラが部屋に戻り、花嫁衣裳を全て脱いでいつもの普段着に着替えてしまうと、部屋にノックがされる。召使たちはあわただしく散乱した衣装や小物を片付けると、アンジェラの代わりにドアを開いた。
ドアの前に居たのは、デュランだった。デュランは、いやに不機嫌な表情をしていたのを見つけて、召使たちは慌てて衣装もろもろを持って退出した。
アンジェラもデュランの表情に気づいていたが、慣れた様に笑ってみせる。
「どうしたの?不機嫌ね?お茶でもいれましょうか」
アンジェラがそういうと、デュランは無言でドアを閉めてアンジェラの部屋のソファに腰掛ける。アンジェラはデュランの目の前のテーブルに、淹れたばかりの紅茶を置いた。デュランはじっとその紅茶の水面を見つめている。
アンジェラは息をつきながらそのデュランを眺める。デュランが不機嫌なときに目の前のソファに座るのが得策でないと判断して、アンジェラはベッドに腰掛けて紅茶をすすった。
沈黙が続いた。アンジェラから何かを言うと、余計怒らせるような気がして何もいえなかったのだった。
「アンジェラ」
長い沈黙の末に、根負けしたようにデュランがそう言った。
アンジェラはなぁに?と返事をする。気にした風もなく、紅茶をすすりながら。
「何故逃げようとしたんだ?」
思い詰めたような声・・デュランらしからぬ声がそう言った。
「不安なの?」
アンジェラはそれにくすっと笑ってみせた。悪戯好きの子供のような瞳だった。
そのアンジェラのからかうような声に、デュランはむっとした。すっくと音もなく立ち上がり、歩いてアンジェラの正面に立つ。
「不安だ。」
一言、デュランの低くよく響く声がそう言った。
え?とアンジェラはその言葉に目を見開いた。デュランなら、怒鳴ると思っていた。思わず顔を見上げてデュランの表情を見つけようとする。
デュランは、まだ不機嫌な顔をしていた。不機嫌そうで、それでも瞳の揺らぎを見て、アンジェラはあれ?と思う。
「もしかして・・本当に不安に思ってくれてる?」
「馬鹿かお前・・俺は『式直前に花嫁に逃げられる』なんて恐ろしい夢を見たんだぞ・・これ以上の恐ろしい不安が今あるかよ・・」
「それもそうね」
ふふっと笑いながらアンジェラはティーカップをベッドの近くのテーブルに置く。それから、ぽん、とベッドの上に手を置いてデュランを見上げた。
座りなさいよ、と未来の妻に瞳で訴えられては、さしものデュランもその通りにするしかないと思ったようだった。アンジェラの隣にデュランは腰掛けた。
デュランの腕がアンジェラの細い腰に回ってくる。引き寄せられる。アンジェラは幸せに頬を赤らめると、こつんと頭をデュランの肩に寄せた。
「あのね、ごめんね。不安にさせるとは思わなかったのよ。本当に。」
「・・・」
返事をしないのは、デュランの悪い癖。許してくれているのか、駄目なのか少しもわからない。
それでも、アンジェラは言葉を続けた。
「ただ、行きたいところがあるの。」
「どこだよ?」
デュランの声はまだ不機嫌そうだった。理解に苦しむ、そんなのは大事な式の後でいいと考えているのが、アンジェラには分かった。
「駄目なのよ。式の最中に行くの。デュランも一緒。本当よ。」
「だからどこに?」
デュランが解せない瞳をアンジェラに投げかける。アンジェラはそれに気づきながらも首を振った。
「私、最高の式にしたいのよ。だから、ね。今は聞かないでね。」
アンジェラはそういうと笑ってみせた。その笑顔に、デュランは何も言えなくなってしまう。デュランは自分で自分が嫌になるな、と思った。
それでも、デュランがアンジェラの笑顔を好きなのは間違いなかった。
そして、婚礼の日はやってきた。
先の冒険での功績者のカップルともあり、さながら各国首脳サミットのような顔ぶれがアルテナ城内に集結していた。
新郎デュランの母国である草原の国フォルセナからは英雄王が、聖都ウェンデルからは光の司祭がまず到着し、女王ヴァルダに挨拶をしていた。それから、続けて風の王国ローラントからは王子後見人となったリースが訪れた。一緒に婚約したばかりのホークアイも傍で控え、デュランとアンジェラに挨拶する。
「お前らにしては結構早かったなぁー。」
笑いながら、ホークアイらしい祝辞が述べられると、デュランもアンジェラも笑った。
「いや、ホントに結構時間かかると思ったんだよな。・・2年か・・やっぱかかってるな。俺たちもそーだけどさ」
な、とホークアイがリースに笑いかけながらそういうと、リースがよして下さいと窘める。
「デュラン、アンジェラ、今日は本当におめでとうございます。アンジェラ、本当によかったわ・・」
にっこりと嬉しそうに、リースはリースで彼女らしい祝辞をした。アンジェラが照れたように微笑みながら、ありがとう、と言った。顔にかかるベールを少し避けながら、アンジェラは確かに幸せそうだった。
「うわーほんとーに馬子にも衣装でちねぇ!!」
「すごいきれい!アンジェラ!」
ばたばたと足を鳴らしながら近づいてきたのは、ビーストキングダムの王子ケヴィンと聖都ウェンデルの司祭の娘、シャルロットだった。
「来たわね、ちびっこ二人組」
アンジェラがにんまりと笑いながらそう言った。その台詞にシャルロットが抗議の意を唱える。
「レディーにちびっこなんてひどいでち!」
負けじとアンジェラは膨れたように応戦に出た。
「ひどいのはそっちでしょ!馬子にも衣装なんてしっつれいしちゃうわねぇ!!」
「あれー褒め言葉じゃないんでちかぁ?」
「馬鹿・・」
ホークアイが情けないとも言いたげに顔を手に伏せた。
「ああ、そんなに騒ぐとアンジェラ・・髪が崩れちゃいます・・」
リースの心配そうな声はもはや誰の耳にも入っていないようだった。
遠目から、フォルセナの英雄王とヴァルダ女王がそんな二人と仲間たちを見て微笑んでいた。
「よかったな、ヴァルダ・・一人娘がこうまで美しく育ったのを見れたのなら今感無量であろうな」
「ええ、本当に。」
ヴァルダはにこりと娘そっくりの笑顔でこう言った。
「本当に感無量。そうね、もう何もいらないくらい・・幸せですわ、私は」
やがて招待客はそれぞれ席に着席し、式は始まった。
今更ながらに二人の経歴や人柄が紹介され、それに織り交ぜて楽しい思い出話や二人のこれからを励ます言葉が贈られた。
式の進行に伴って、照明は徐々に落とされて、始めは華やかで楽しげなパーティだった雰囲気は照明に合わせて少しずつ落ち着いた雰囲気に変わっていった。
「さて、それでは聖都ウェンデルの司祭の下で、お二人は永遠の愛を誓われます。」
アンジェラの専属の宮廷使用人だったヴィクターが司会進行を務めて、そう言った。
司祭が広間の両側に配置された女神像にお辞儀をする。デュランとアンジェラは手順どおりに席を立ち、司祭の正面に立つように移動した。二人は司祭の目の前に立つと、手を組み、頭を垂れた。
「マナの女神の下(もと)、二人の家族の下、そして二人の親しき友人の下に二人は永遠の愛を誓わんことを。」
司祭がそういうと聖水をデュランの頭にかける。そしておもむろに顔をあげ、こう言った。
「マナの女神の下」
同じく、司祭はアンジェラの頭にも聖水をかける。アンジェラも顔をあげ、同じくこう言った。
「マナの女神の下」
「われの家族の下」と、デュラン。
「われの家族の下」と、アンジェラ。
「親しき友人の下」
「親しき友人の下」
「病めるとき、健やかなる時も」
「ちょっと待って。」
唐突に誓いの言葉のリズムが崩された。
ちょっと待って?誰かがこの婚礼を邪魔しに来たのか?
ざわざわと招待客の間でそんな台詞を言う無法者を探し出そうと、不審気に探る視線が飛び交った。しかし、客の方からは誰もそれ以上の邪魔な言葉は発せられない。
と、ふと誰かか、デュランは信じられないものを見るようにアンジェラを見つめているのを見つけた。
まさか、と誰もが思った。
「ちょっと待って、って言ったのよ。」
アンジェラの声だった。間違いなく。
「見てもらいたい人が、他にも居るわ!!」
アンジェラがそう言うと、デュランの腕を引いて片目をつぶってみせた。デュランはぎょっとしながらも、頷いた。
(お前の行きたい場所・・か。いいさ、付き合うさ!)
今度はデュランがアンジェラの腕を引いて、アンジェラを抱えた。それから、誓いの洗礼をしていたその舞台から跳躍する。鎧を着ていない分体は軽い。鎧の装着時に比べれば、アンジェラの体重を差し引いてもその軽さは十分だった。異常なほど高く跳躍するデュランにアンジェラは掴まりながら微笑んだ。
「あはっ!だからデュラン!好きよ!」
「ばーかっ!」
そんな軽口をたたきながら、デュランは招待客のテーブルとテーブルの間に着地した。そのままの足で広間の出入り口の扉を目指して走り出す。広間の扉を抜けるまでに招待客が口々に叫び声を上げた。その混乱に乗じて、二人は難なく広間を脱出した。
広間を抜けたところでデュランはアンジェラを下ろす。アンジェラがどこに行きたいのか分からない以上、デュランが走ったところで無駄足の恐れがある。
「こっちよ!」
アンジェラは通常訪問客が来るルートを避けて城の出口に向かった。訪問客のルートにアルテナとフォルセナの混合警備隊が備えてあるので、別の道がはるかに障害が少ないのだった。
アンジェラに誘導されながらデュランも走る。少々の邪魔者には当て身を食らわせることもやむを得ず、二人はそうしながらようやく出入り口の扉に到着した、のだが。
「アンジェラ!」
呼ばれたのは母の声だった。咄嗟なことに驚いて、アンジェラは振り返る。この前逃げ切れなかったときと全く同じ場所に母は居た。嘘、とアンジェラが呟く。
「お母様はあの時ここにたどり着くのもやっとだった・・だから・・本番はいろんな人が邪魔になって絶対・・来れないと思ってたのに・・」
「アンジェラ、甘いわね。私を誰だと思ってるの。母よ、あなたの」
ヴァルダが今度はあのときのアンジェラのような笑いを浮かべていた。どこか可笑しそうに笑うあの微笑みだった。
負けたわ・・とアンジェラはぐったりと肩を落とした。そんなアンジェラを意外そうにデュランは見つめる。
(いやに諦めがいいな・・?)
と、唐突に締め切られた出口の扉が開く。その先に居たのは、リースを始めとする仲間たちだった。フラミーの背中で、リースが叫ぶ。
「さぁ!行きましょうアンジェラ!!」
「なぁにやってんだ!デュランお前もだよっ!」
ホークアイがデュランの目を覚ますようにそう言った。実際デュランの目はその仲間たちの姿に呆然となっていたのだった。
今度はアンジェラが可笑しそうに笑う番だった。デュランの背中を押しながら、ごめん!お母様!と叫ぶ。アンジェラとデュランがフラミーに乗り込むのを見つめながら、ヴァルダはたまらず叫んでいた。
「アンジェラ!あなた、まさか戻ってこない気じゃないでしょうね!?それだけは、違うわよね!!」
アンジェラはその言葉にはっとした。母も不安だったのだ。娘が後を継ぐのを嫌がっているのではないかと。
(やだ・・私いつの間にこんなに思われるようになったのよ・・?)
嬉しさに、アンジェラは喉が詰まりそうになる。それでも、アンジェラはフラミーに乗りながら、母に叫んだ。
「そんなことないわ!絶対に帰ってくる!心配しないで!!」
「ドラゴンズホール?」
フラミーから降ろされたその場所で、デュランは呆然とそう言った。じゃりと懐かしいガラスの砂漠を踏みしめ、荒涼たるその景色を眺め、デュランは首をかしげた。
アンジェラはドレスのすそを持ち上げながら、そうよ、と応え、先を歩き出した。
よく見ると、ホークアイ、リース、ケヴィン、シャルロットはいつのまにか武装している。冒険者だったころと変わらない服装で、デュランとアンジェラだけが先ほどの衣装を纏ったままなのだった。
「俺たちは今日は二人の警備隊なのさ。まあ、あの聖剣の戦いが済んでるから、敵は居ないと思うけど・・変な残党がここを住処にしてないとも限らないしな。万が一は俺たちが守ってやるってことで」
納得がいかない、という顔でしばらく黙ったままのデュランに、ホークアイが説明をする。それでもわけがわからず、デュランは再び考えそうになるので、ホークアイがほら、と足を進ませる。
「で、なんでお前ら先回りしてた?アンジェラか?」
「そうそ。アンジェラ。どうしても式をしたい場所でやらせてもらえないみたいだから、手伝ってくれって。」
「ここで!?」
デュランは素っ頓狂な声を上げた。それにアンジェラが気づいて振り返る。
「そうよ!ここで・・というかドラゴンズホールでね」
「何考えてるんだよっ!お前は・・」
「いいこと、よ」
秘密を話す少女のように、アンジェラは可愛く人差し指を口に当ててそう言った。それを見て、デュランはげんなりと肩を落とした。
「なぁんか・・すごい家庭になりそうだよなぁ・・」
他人事のように、ホークアイがそう言った。
一行は何事もなく、ドラゴンズホールの入り口にたどり着いた。とりあえず、デュランとアンジェラの衣装が砂にまみれたこと以外は何事もなく。
「ここじゃ、駄目なのかぁ?アンジェラ」
幾分面倒くさそうにホークアイがアンジェラに声をかけるが、アンジェラがおざなりに駄目と却下する。
「悪いけど、ここの一番奥よ。」
「奥って・・」
デュランが瞬時に嫌な顔をした。今では苦痛で苦い戦いをした思い出の場所だ。
アルテナ随一の魔法使い、紅蓮の魔導師と戦った場所。デュランの宿敵としてずっと追い求めてきた相手。彼を死に追いやったその地。
(そんなところで・・式を?)
理解できない、とデュランは頭を振った。
「アンジェラ!」
「俺は帰る、なんて言わせないから」
アンジェラは真剣な眼差しでそう言った。いつの間にか、アンジェラはデュランの傍に居たのだった。
「なんでっ・・なんでここなんだ!?どうしてだよ!」
「デュラン、じゃ、逆に聞くけど、どうしてここだとやなの?」
アンジェラの質問に、デュランは吃驚する。アンジェラには平気なのか?
「思い出すんだよ!お前だってそうだろう・・いい思い出になんか・・なりゃしない・・あいつは死んだんだ。確かに」
そうね、とアンジェラは頷いた。でも、大事なことだから、わかって。とアンジェラはそう言った。
「行こう!奥まで行くのよ!」
アンジェラは仲間にそう言って先陣をきった。
デュランは苦い表情をしながらも・・重い足取りで最後尾を歩いていた。
ドラゴンズホールの内部は砂漠と違って岩の突出が目立つ。だので、足場がうまくないところもあり、アンジェラとデュランの衣装はますます汚れ、アンジェラのドレスは特に奥に進むにつれてみすぼらしくなっていった。
それを見たシャルロットが、もったいないでちね、とアンジェラに声をかけたのだが。
「いいのよ。平気」
アンジェラはそういって、明るく笑うのだった。
そうして、ようやくドラゴンズホールの最終点にたどり着いた。そこはやはり、あの紅蓮の魔導師が散った場所に間違いない。デュランの中で、今ある景色に彼の鮮やかな最期の映像が重なる。思わず、デュランはそれを目を閉じて避けた。
(・・殺したいと思ってたわけじゃないんだ・・。)
言い訳するようにそんなことを思っていると、じゃ、始めようか?というアンジェラの明るい声がして、デュランは拍子抜けした。
「お前っ!?正気か?」
「あら、正気だし本気よ。せっかくここまで来たしね!」
アンジェラがデュランの手を引く。空洞に作られたバルコニーの中央で、アンジェラはデュランと並ぶ。
「だって、デュラン。あなた結果のことしか考えてないみたいだけど思い出して。あなたは誰を追って旅を始めたの?」
アンジェラはデュランを見上げた。デュランははっとしたようにアンジェラのその翡翠の瞳に呑まれた。
「彼を追って、そしてあなたは仲間と出会った。当然、未来の奥さんである私とも出会った。彼のおかげ、じゃない?」
「アンジェラ・・」
「私たちを出会わせてくれた彼にまず、報告したいと思ったの、私。間違ってる?」
アンジェラの考えに圧倒されて、デュランは口が聞けなかった。
確かにその通りだった。ずっと、避けてきて気づきもしなかったが、そう、奴が居なければ、俺は一生をフォルセナで過ごしていたかもしれないし、仲間に会うこともなかったかもしれない。そして、目の前のアンジェラとも、出会ってなかったのかもしれない。
「そうか・・そうだな。」
ようやく納得して、デュランは頷いた。アンジェラは納得してくれたデュランに感謝しながら、デュランの手をとった。
「それにね・・」
アンジェラはデュランとつないだ手を照れ隠しのように振りながら、こう言った。
「こういう場所でこういう格好の方が、私たちらしくない?」
アンジェラのドレスはすでにあちこちが破れ、ほころびはじめていた。デュランも同様で、汚れがあちこちについていた。それでも、なんだかそんな衣装が自分にふさわしいような気がしてきて、デュランは思わず笑った。
「そうだな。お前の言うとおりだ。」
おい、なんだかもう尻に敷かれてるぜ、というホークアイの声にむっとしながらも、デュランはやはり自分は幸せになれることを確信した。
「じゃ、シャルロット。司祭のおじいちゃんの代わり、お願い。」
アンジェラがそういうと、まかせるでち!とやる気満々の声でアンジェラたちの傍に寄る。後の3人は二人が良く見えるように近くに寄った。
「マナの女神の下(もと)、二人の家族の下、そして二人の親しき友人の下に二人は永遠の愛を誓わんことを、でち。」
いまいち締りがないが、アンジェラはそれでも自分らしい式だと思った。
「マナの女神の下」「マナの女神の下」
「われの家族の下」「われの家族の下」
「親しき友人の下」「親しき友人の下」
「古き恩人の下」
デュランが唐突に付け加えたのに、アンジェラは少し驚きながらも合わせようと思った。
「古き恩人の下」
「病めるときも健やかなる時も」
「傷つき倒れそうになるときも」
「われは変わらぬ妻への思いを」
「われは変わらぬ夫への思いを」
「「永遠に誓います」」
デュランとアンジェラはそう言って顔を上げた。
目を開いた瞬間、一瞬だけ、紅蓮の魔導師の真っ赤な外套が二人には見えたような気がした。
fin.
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