もう一つの剣術大会



 草原の国フォルセナ。その国は長年、剣術の国として世界中に知れわたっている。フォルセナに生まれた男子は、そのほとんどが剣士になることを憧れ、訓練し、剣術大会で名を上げようする。
 フォルセナに生まれたデュランも、例外にもれず、剣士になることに憧れていた。というよりも、彼の場合、剣士になるのが当然だった。彼の父は、剣士の中の最高の称号、黄金の騎士を持つものだったので。その父に憧れて育ってきたデュランにしてみれば、剣士になることよりも、父のような立派な騎士になることが目標だったのかもしれない。
 そして、彼は初出場した剣術大会に見事優勝する。傭兵としてフォルセナに仕えることを許され、デュランの剣士への道は順調に進み始めたかに思えた。
 しかし、デュランに人生最大の転機が訪れる。魔法王国アルテナ・・フォルセナとは相反する魔法によって、その力もまた世界で知れわたっていたその国が、フォルセナの国に奇襲をかけてきたのだった。デュランはそのアルテナの一人の魔導師になす術もなく敗北した。
 彼は自分の未熟さに打ちのめされ、旅に出ることを決意する。剣士という道を真っ当するために、彼は一度順当な剣士の道を外れる決意をした。普通の人間ならば、そうそうは為し得ないことだったのだろう。それゆえに、デュランのこの決断は、後にフォルセナの町で理解できない噂として囁かれた。
 やがて、彼は世界を守った英雄の一人としてフォルセナに帰還する。そのあと、一緒に旅を続けてきた娘と一年後に結婚。その娘はなんとフォルセナを奇襲した国、アルテナの王女アンジェラだった。アンジェラとの結婚のため、デュランは一度は手にした黄金の騎士という称号を、フォルセナの英雄王に返した。
 ただ、彼は称号がなくとも、立派な剣士だった。素晴らしい剣士として、また、親子二代の英雄としてフォルセナでは人々の心に残っている。
 それから、3年の月日が流れた。

「ママぁ。まだぁ?」
 あどけない表情をした娘が母親の周りをうろちょろと動き回った。母親は鏡の前で自分の顔を作るのに専念している。
「エテュナ・・ちょっと待ってて。そうだ、ちゃんともうおトイレにいったんでしょうね?あなたさっきジュースをたくさん飲んでいたでしょ」
 母親に言われてエテュナは今気づいたとばかりにぶるっと体を震わせた。
「・・いってくる。」
 かわいい足音をたてながらエテュナと呼ばれた小さな娘は部屋を出ていった。それを鏡ごしに見つめていた母親、アンジェラはうっすらと目を細めた。
「フォルセナに行くなんて、初めてだものね。はしゃぐのも無理はないわ」
 アンジェラはそう言って、ようやくメイクに納得がいったのかぱちんとポーチを閉じた。いそいそとバッグにポーチを入れて、バッグの中身を確認する。
「忘れ物はない、わね。エテュナのコートはこれでいいかしら」
 ベッドに置いておいたコートを握ると、アンジェラは足早に部屋を出ていった。
「あー、このコートじゃないのにぃ!」
 エテュナはアンジェラの握っているコートを見て喚いた。アンジェラがエテュナを探している最中、エテュナの方がアンジェラを見つける方が早かったのだ。
「なによ。これが置いてあったのよ。これ着ていくつもりだったんでしょ?」
「違う!これはあっちでパパに見せるために着るの!」
 デュランは娘が違った服を着ているのを見ると、すぐに気がついて誉めるのだった。アンジェラの時には気づきもしないくせに。
 アンジェラは娘の気持ちはよくわかる、と思いながらも、ぷっと吹き出してしまう。
「フォルセナではコートなんて暑くて着ていられないわよ」
「ええっ?だって、寒いよ?コート着てないと」
「フォルセナは寒くないの。ほら、いくわよ。」
 エテュナの手を引いて、アンジェラが歩き出すと、エテュナはまだ不思議そうな顔をして引きずられるように歩いていた。

 一ヶ月前、アルテナに手紙が届いた。フォルセナの英雄王からデュランへの招待状だった。一体なんの招待状かと言えば、剣術大会の、である。
 その招待状にデュランは目を瞬かせつつも、いつの間にかデュランの目が好奇心と意欲に燃え上がっているのをアンジェラは見て取った。
「行こうよ、デュラン。私、そういえばデュランが剣術大会で勝つところ、見たことないもの」
 アンジェラの一言で、デュランはアルテナを先に飛びだした。フォルセナに行って、仲間達と剣をあわせたいといって。
 アンジェラも、ついていきたいのは山々だったが、フォルセナに一ヶ月もの滞在は無理だった。実は、アンジェラは二人目の子供を身籠もっているのだ。行くのをアンジェラの母親ヴァルダが止めた。
 仕方なく、アンジェラは剣術大会が始まる直前にフォルセナ入りすることにした。それが、今日。娘のエテュナの支度を済ませ、アンジェラ自身も準備し、王女の身の安全を確保するためヴィクターがついていくことになっている。
「おはよう、ヴィクター。準備は済んでる?」
 女王の間に入るための扉の前で、ヴィクターに挨拶する。ヴィクターはもちろん、と胸を張ると、さ、お入りください、とアンジェラを女王の間に促した。
 アルテナの女王は未だヴァルダのままその政治が執り行われていた。王家の執権の移行は現行の王の死亡を確認したときに行われることになっている。
「お母様、ご機嫌いかがですか?」
 とはいえ、ヴァルダもここ数年ひどく老けた。今まであれほどの若さと美貌があったヴァルダは、まるで追い立てられるかのように老けた。世界中のマナの低迷がアルテナにとって大打撃であるために、その対策案の決議などを行わねばならない。そのストレス故にヴァルダは老いを避けることができなくなっている。
「アンジェラ、今日からフォルセナに行くのですね。」
「はい。娘エテュナも一緒です。」
「エテュナも・・あらあら、かわいい。そのコートよく似合うわ」
 ヴァルダはエテュナを見ると顔をほころばせた。エテュナが言われてにっこりと微笑む。
「いらっしゃい、エテュナ」
 ヴァルダが手をさしのべると、エテュナはヴァルダに近づいていく。女王の椅子は、謁見をする者から三段ほど高い位置にあるのだ。
 エテュナはヴァルダの膝の上に抱きかかえられた。
「お利口にしてね。ママの言うことちゃんと聞いて。ママ今お腹に赤ちゃんがいるから、ヴィクターと一緒にママを守ってあげるのよ。」
「はい、おばぁちゃま」
 利口な返事を聞いて、ヴァルダは満足げに頷いた。さ、戻りなさい、と促されてエテュナがアンジェラの元に戻る。
「アンジェラ、くれぐれも気をつけて。ヴィクター、アンジェラを頼みますよ」
「は、承りまして」
 ヴィクターは深々と頭を下げた。
 女王の間を、アンジェラとエテュナ、ヴィクターが続いて出ていった。アンジェラはエテュナの手をつなぎながら、ヴィクターに話しかける。
「エルランドまではやっぱり徒歩、なのよね?」
「交通手段、ありませんからねえ・・。まあ、たいして時間はかかりませんが・・雪道ではアンジェラ様もおつらいでしょう。」
「それなんだけど、フラミーを呼べないかしら。」
 エテュナの足が遅くてエテュナが四苦八苦しているのを見て、アンジェラはエテュナを抱き上げた。エテュナがアンジェラの肩につかまって喜ぶ。
「はっ?あの白い聖獣を呼ぶんですか?」
「うん、だって正直言うと、雪道歩けるか自信ないんだもの。」
「そうですか・・では私もその聖獣に乗るってわけですね・・」
 幾分、気乗りしない表情でヴィクターがそう言った。アンジェラが少し笑う。
「無理しなくてもいいのよ。船で遅れてフォルセナに来てくれても構わないわ。エテュナは多分フラミーに乗るの平気だと思うの。私の娘だもの」
 エテュナは自分の名前が出たことで、母親を不思議そうに見つめた。
「いえ、そうはいきませんよ!私は女王様直々にアンジェラ様の御身の護衛を頼まれたんですから!私もフラミーに乗ります!」
 意気込んで言うヴィクターだったが、彼はフラミーに乗り込んですぐ目を回して気を失ってしまうのだった。
 そうして、娘エテュナはアンジェラの言葉通り、フラミーでの飛行を楽しんでいた。アンジェラはエテュナを冷たい風から守るために自分の体でかばいながら、エテュナのはしゃぎようを見て笑っていた。

 フォルセナの外れ、モールベアの高原にフラミーに降りてもらうと、ヴィクターが気をつくのを待って三人はフォルセナの城下町に入った。
 フォルセナは剣術大会のイベントに湧いていた。道ばたには露店がひしめき合い、あふれんばかりの人々が道なりにずっと続いている。それはもちろん、フォルセナ城まで延々と。
 人混みを見てヴィクターが仰天したように目を丸くしていた。アルテナにここまで人が集まることなど考えられない。見たこともないのだ。
「すごいですね、姫様」
「ええ、私も初めてだから・・ちょっと驚いちゃったわ」
「はぐれちゃいそう!」
 エテュナが不安そうにそう言った。アンジェラは大丈夫よ、とエテュナの体を抱きしめたのだった。
 しかし、エテュナの言葉は無情にも的中した。
 エテュナの姿が消えたのだ。
 アンジェラはエテュナを抱きかかえていた。それはもうしっかりと抱きかかえていた。しかし、人々の流れがひどく混乱していた。進んだり戻されたりの連続だった。アンジェラの腕は次第にしびれ、エテュナを抱えることができなくなった。
「ママ、下ろしていいよ。あたし、ママの手を握ってる。」
 エテュナの優しさに甘んじたのがまずかった。
 人々の興奮のせいか、苛立ちのせいか、異様な流れが三人を襲った。あっと思ったときには、アンジェラの手からエテュナの手が離れてしまっていた。
「エテュナ!!」
 顔面蒼白にして、アンジェラは叫んだ。
「エテュナ!エテュナ!!」
「アンジェラ様!まさか・・」
 ヴィクターがおろおろとアンジェラに声をかけるが、アンジェラは狂ったように娘の名前を呼んでいる。
「エテュナ・・返事して!!・・あぅ・・」
 のどを枯らすほどの勢いで声を張り上げたのはまずかった。人混みのせいで酸素は薄く感じられ、それでなくてもアンジェラは身重の体で健康な状態とは言い難い。
 アンジェラはその人混みの中で気を失った。
「アンジェラ様っ!?」
 ヴィクターの悲鳴すら、人混みのざわめきに消えていった。

 気づいたときには、なんだか見たことのある部屋だと思った。でも、自分の部屋ではない。アルテナ城のどこかというわけでもない・・。
「・・・?」
 むっくりとベッドの上で体を起こすと、階段から誰かが上がってきていた。にこり、と微笑んだ女性を見つけて、アンジェラは呆然とその女性を見つめていた。
「エテュナちゃんも、ここに、ほら」
 その女性の影からエテュナが飛び出してくる。ママ!と声を上げてアンジェラの体に抱きつくと、大丈夫?と声をかける。しかし、アンジェラはまだその女性に目を奪われたまま、口も利けない状態だった。
「あのきれいなお姉さんが私を捕まえててくれたの。だから、ママとすぐ会えたのよ。よかったぁ!」
 心底嬉しそうにそう言いながらエテュナがアンジェラの首に腕を巻き付けた。
 アンジェラはそうなの、といいつつも、まだうつろな目をしてその女性を見つめていた。
「アルテナの王女様に償いができる日なんて来そうもないって思ってたけど、なんとかなるものね・・ふふ」
「ローレル・・」
 アンジェラはそう言ってから、ようやく頭を下げた。
「娘を・・ありがとう。それに私のことも」
「いいのよ。大したことなくてよかったわ。下でヴィクターって方もおろおろしてるから、早く顔出してあげるといいわ。」
ローレルを見て、アンジェラは頷いた。それから、部屋を改めて見回してみると、そこはデュランの家だった。アンジェラが見たことあると思うのも当然である。
「どうして・・ローレル、デュランの家に?」
「あ、誤解しないで。デュランの家しか私は頼るところを知らなかっただけ。城下の人とは私あまり知り合いがいないのよ。だからステラさんにお願いしたの。」
「ああ、そう・・ごめんなさい。わざわざ面倒なことさせて」
「そうでもないわ。私、あなたと話したかったから。」
 ローレルは持ってきたお粥をお盆ごとアンジェラに手渡すと、目の前のもう一つのベッドに腰を下ろす。
「私も結婚したの、アンジェラ」
 にこりと、微笑んでローレルはそう言った。アンジェラが意外そうに目を瞬かせてから、慌てておめでとう、と付け足した。
「でも、うちの人デュランとのことを疑ってるの。私がまだデュランを好きなんじゃないかって疑ってるの・・」
「パパを、好きだったの?」
 エテュナが突然、口をはさんだ。アンジェラもローレルもエテュナがいたことをすっかり忘れていた。吃驚して、アンジェラはエテュナに声をかける。
「パパは人気者なのよ。フォルセナでは有名人なんだもの」
「フォルセナでもパパ有名なの?パパすごいねぇ」
 アンジェラはエテュナの素直さにほっと胸をなで下ろした。エテュナには、下でご飯を食べさせてもらいなさい、と促し、エテュナを階下に行かせた。
「・・でも、その相手の人、ローレルを好きだったんでしょう?だから結婚したんでしょう?」
 気を取り直して、アンジェラはローレルに声をかける。ローレルはそのはずだけど、と自信なさそうにそう言った。
「・・さしつかえなければ・・相手の人の名前、教えてくれないかしら?」
 ローレルは言われて、はにかんだように微笑んだ。その表情を見てアンジェラは、本当にローレルがその人を思っていることが分かって、その誤解に苦しむローレルをかわいそうだと思った。
「ブルーザーよ。知ってるでしょう?多分、今回の剣術大会の決勝戦は、彼とデュランよ。」

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 フォルセナ城の出場者控え室では、剣術大会前日とはいえ、落ち着かない選手達のたまり場となっていた。そこにはデュランの姿もあった。
 デュランが旧友達と雑談していると、一人の大きな体の剣士がその控え室に現れた。その姿を見て、デュランが懐かしそうに手を挙げてみせる。
「おう!ブルーザーじゃねえか!」

「ブルーザーって・・デュランの友達の・・。」
 アンジェラが呆然としてそう言った。
 会ったことはないと思うが、話には聞いている。デュランが初めて出場したフォルセナの剣術大会で、デュランと最後に決勝戦を戦った相手だと。そして彼らはその一戦を交えてから、よく話すようになったと。
 アンジェラが頭の中で混乱しているのを感じながらも、ローレルは言葉を続けた。
「そう、その人よ。ブルーザーはこの国で今一番強い人なの。私はその人の剣術に最初に目を奪われた。そしてやがて、彼を好きになっていったの。」

 ブルーザーがデュランの姿に気づいた。デュランに対して頷いてみせる。
 ブルーザーはデュランに近寄っていった。

「私はブルーザーをちゃんと好きなの・・ブルーザーはそれを分かってくれてると思っていたのに、この剣術大会でデュランが出ることが分かってから、急に変で・・」
 ローレルが情けない声でそう言いながら、肩を震わせた。
「”おまえは誰を応援するのかな”って・・言うの・・」
 アンジェラはそれを聞いて、目を見開いた。
 夫に疑われるほどつらい妻はいまい。
 アンジェラはローレルの惨めさを哀れに思った。

「よぉ、デュラン。お前はいいなあ、いい嫁さんがいてさ。」
 その台詞にデュランは目を瞬かせた。ブルーザーを見上げると、怪訝な表情のままこう言い放った。
「何いってんだ?お前」

「ローレル、まさか、剣術大会見に行かないとか、言わないでしょうね?」
 アンジェラは焦ったようにそう言った。しかし、ローレルは首を振って泣き叫んだ。
「行けるわけないじゃない!こんな・・こんな状態で応援しても、また・・疑われるのよ・・っ!」
 喘ぐように泣き続けるローレルを見て、アンジェラはそれでも、と言葉を続けた。
「行かなきゃ。ね、じゃないと進めないよ。」
 ローレルはまだ、肩を震わせて泣いている。
「また疑われるかどうかは、行って応援してからじゃなきゃわからないわよ・・。もうローレル、あなたが辛くて泣いているのを私は見ていられないわ」
「・・っ!」
「だから、ちゃんとやるべきことだけはやろう。その後で、いいじゃない。疑われるかどうか気にするのは。」
「・・・アンジェラ・・」
 ようやく、ローレルが顔を上げた。アンジェラがそれににこりと笑って見せる。
「他の人が自分の心をすべて理解するっていうのはね、所詮無理なの。だから、それだけ伝える努力を人はしなきゃ・・駄目なのよ。」

「いいよな、強くて、かわいい嫁さんがいて・・ああ、全く俺はついてねえ」
 ブルーザーの泣き言に、デュランはかぁっと頭に血が上った。抑えというものが全く働かなかった。
 がっ!!
 気がついたら殴っていた。ブルーザーの巨体が、よろめいて地面に突っ伏すほどの勢いで。
「っってぇ・・なにすんだこの馬鹿野郎!!」
 ブルーザーも短気にかけては負けてない。素早く立ち上がってデュランの胸ぐらをつかむと、デュランを殴ろうとした。そのときに、デュランがブルーザーに叫ぶ。
「てめぇこそ何を腑抜けたこと言ってんだ!!」
「!!」
 ブルーザーの拳がデュランの顔の前でぴたりと静止した。
「腑抜け・・?」
「そうだよ!お前自分で気づいてないのか!?俺達が傭兵になるために戦ってた頃の意気込みを忘れたのかよ!」
 デュランはそう言うと、静止したブルーザーの拳を払ってもう一度殴った。
「・・がっ!」
 今度はブルーザーはこらえた。それからデュランを頭から殴る。
 しばらく子供の喧嘩のような殴り合いが続いた。
 お互いがようやく気が済んだか、ぜぇぜぇと肩で息をしながらにらみ合っていると、デュランがフン、と鼻で息をした。
「俺は絶対お前だけには負けてやらねーぞっ!分かったな!ブルーザー!!」
「その台詞、そっくり返すぜ!デュランっ!」
 二人はそれだけ言うと、それぞれ椅子に座ってふんぞり返った。そうして、いつのまにか二人はいびきをたてながら寝てしまった。
 周りの剣士達が、根本的には二人とも似てるみたいだな、と笑っていた。

 夜は明けた。剣術大会は今日一日をかけてとりおこなわれることになっている。昨日あれほどの人が集まっていたのは剣術大会の前夜祭が城内で行われていたせいだと、アンジェラはあとで聞かされた。
「フォルセナってイベント意識が割と強いのよね。」
 ローレルが苦笑しつつもそう言っていた。昨日より明るい笑顔をしているのを見て、アンジェラは安心した。
「でも、それだけ国が強い証拠だと思うわ。」
「ねえ、ママ。パパは強いの?」
 エテュナが買ってもらった飴を頬張りながらアンジェラにそう言った。
「強いわよ。パパが剣を握ったところ、エテュナは見たことないものね。」
 アンジェラがそう言っているのを見て、ローレルが意外そうに目を丸くしていた。
「デュラン、アルテナでは剣を握らないの?」
「うん、握らない。私は止めたりしてないんだけど、彼なりに決めたことだと思うの。」
「そうなんだ・・」
 ローレルがそう言っているのを見て、アンジェラが戯けるように見上げてこう言った。
「今、それなら勝てるって思ったでしょ。そうはいかないからね。デュランもそのために一ヶ月前に帰ったんだから」
 それを聞いてローレルが一瞬吃驚した目をしたが、すぐにアンジェラの冗談を嗅ぎつけると応戦した。
「それはどうかしらね。うちの人はずっと訓練してるんだから、デュランなんてあっというまに置いてきぼりにしてるかもしれないわよ」
「言うわねぇ・・」
 最高の剣士二人の若い妻達が笑い転げる一方で、ぽんぽんと剣術大会の開始を知らせる花火が上がった。
剣術大会が始まったのだった。
 大会は予想通りだった。デュランもブルーザーも次々に相手を倒していった。トーナメント制なので、午前中は二度ほどしか二人とも舞台には上がらない。しかし午後からは対戦者も減るので二人はよく出てくるようになった。
 デュランはブルーザーの、ブルーザーはデュランの戦いをかかさず見ていた。お互いに意識しているからこそ、敵を侮るなどという初歩的なミスはしないつもりだった。
 デュランが勝てばブルーザーがちっと舌打ちした。
 ブルーザーが勝てばデュランが鼻を鳴らした。
 そんなことをしながら、結局二人が戦う時間はやってきた。それはもちろん、決勝戦という大仰な舞台の上だった。
 歓声が鳴りやまないのは、人々が四年前の戦いをまだ記憶に止めているからだろうか。
 その歓声の中に、それぞれの名前を呼ぶ声が同じ方向から聞こえてくるのを、ブルーザーもデュランも気づいた。ふと見ると、席を同じくする自分たちの妻がそこにはいた。
「デュラーン!負けたら承知しないからねぇっ!」
「パパー頑張れぇ!!勝ったらエテュナのちゅーだよぉ!!」
 デュランは二人の声援ににっと笑って応えた。ぐっと拳をあげて、任せろとばかりに笑ってみせる。
 そして、その隣にいるローレルは、痛烈なほどの声を上げて叫んでいた。
「ブルーザーぁ!!信じてる!私信じてるよ!あんたが一番強いんだって!」
 しかし、ブルーザーはローレルから目をそらした。ローレルがショックを受けたように黙り込んだ。アンジェラがしっかり、とばかりに肩に手を置く。
「負けないで、ローレル。応援だけは、頑張ってやろう!」
 ローレルの震える肩を何とか落ち着かせようと、何度もアンジェラは手でぽんぽんと叩いた。ローレルは悲痛な顔でやっとのように頷いた。
「剣術大会の決勝戦。挑戦者はデュランとブルーザー!両者構えよ!」
 審判の声が空に響いた。とたんに、場内がしぃんと静まった。
 その中で、デュランはブルーザーにこう言った。デュランの目が恐ろしいほどの軽蔑に満ちていて、ブルーザーは驚いた。
「お前は、今目の前にあるものを避けたな。」
「・・なんだと?」
「何かを避けると、それに慣れちまう・・そのままじゃ、お前、駄目だぜ」
 デュランの言葉の後、すぐに審判のはじめっ!という声が天にこだました。二人はほとんど同時に剣を抜き放つと、間を詰めた。
 始めは互角だった。デュランもブルーザーもついさっきまで同じく戦い抜いていたとは思えないほどのスタミナで相手をつぶそうと躍起になっていた。
 しかし、それもやはり限界値はいつもより近かった。それは仕方がない。今までトーナメント制で戦ってきた疲れをもってコンディションを整えるのは至難だ。
 二人の間の剣さばきが鈍ってきた頃、歓声の間からまたも声が聞こえた。
 デュランは、エテュナとアンジェラの声を聞き分けていた。家族にいいところをみせたい、そう思ったデュランの腕に力はまたも宿った。
 力が落ちていたデュランの剣に慣れていたブルーザーは、唐突なデュランの剣の圧力に動転した。精神の乱れは即敗北を意味する。なぜなら、焦りは手に必要以上の汗を生み出す。その汗は剣を握る力を極端に鈍らせるのだ。
 キィン!
 むなしいほどよく響く金属音が場内にこだました。ブルーザーの剣がデュランの剣に払われたのだった。
 剣は飛んだ。くるくると回転する剣を見つめながら、ブルーザーは負けた、と思った。
 が。
「剣はまだ生きてるわ!取って!取って勝ちなさい!ブルーザーっ!!」
 不意に飛び込んできた妻の声、ローレルの叫びにブルーザーは反応した。体が自然に剣を追った。くるくると宙を舞う剣は落下体制に入っていた。
 そのまま剣が落ちると場外になってしまう。中空にある状態で拾わねばならない。
・・拾ってやる・・!たとえ切っ先を握ろうともな・・!!
 デュランは慌ててブルーザーを追った。安心するのはまだ早い。あの頃のブルーザーがよみがえっているのを感じた。
 くるくると舞う剣はブルーザーの手にしっかりと納まった。切っ先が少し当たったせいか指から血がにじんでいたが、握ったのは幸運にも柄の方だった。それをみて、にやりとブルーザーは微笑んだ。
 巨体に似合わない身軽さで、ブルーザーは回転した。迫りくるデュランに応戦しようと身構え、そして、デュランが振り下ろそうとする剣を思いっきり振り払った。
 二度目の金属音が鳴り響いた。剣が舞ったのは、なんとデュランの方だった。
 しかも計算されていたかのように剣は低空飛行し、すぐに場外の地へ落とされた。
「勝者!ブルーザー!!!剣術大会優勝!!」
 審判の声に、割れんばかりの歓声が広がった。
 デュランとブルーザーはお互いに笑いかけると、ぐっと握手をした。
「お前の言うとおりだったな。デュラン。俺はずっと負け犬だったんだ」
「でも、全部勝ったじゃないか。いい勝負させてもらったよ。さんきゅ!」
 そうだな、と言いながら、ブルーザーはローレルを探したが観客席にはもう妻の姿はなかった。デュランもつられたように同じ場所を探したが、アンジェラとエテュナもいなくなっていた。
 二人は首を傾げながらも観客の声援に応えつつ、控え室に戻ると。
「おかえりなさいっ!」
 デュランの首に小さなエテュナがしがみついた。デュランが驚いていると、目の前にはアンジェラとローレルがにこりと微笑んでいる。
「おかえりなさい。あなた達二人が無事でなによりよ」
 二人はそういうと、それぞれの最愛の人を抱きしめたのだった。




fin.


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