狂わされた心



 いつからだったか、俺にも覚えてはいない。
 それはいつのまにか入り込んでいた、としか言いようが無い。
 そう、まるで風かなにかのように、すんなりとそこにあるものとして。
 そして、当然あるものとして今も俺の中にそれはある。

 ただ、それを認めるのが、気恥ずかしいだけで。



 ふわりと、軽やかな風がデュランの肩を抜けていった。フォルセナ城の城壁にある監視台から警備をしていたデュランは、その暖かな風に思わず顔を和ませた。誰にともなく、春だなぁ、など呟いていると、同僚のブルーザーが唐突に吹き出した。
「何で笑うんだ?」
 デュランは怪訝な表情で同僚に問うた。それでも、ブルーザーはなかなか笑いが止まない。
 デュランは少し肩をすくめると、警護の務めを続けようと思ったか、監視台から遠く離れたモールベアの高原あたりを見つめた。
 ひーひー言っていたブルーザーがようやく落ち着いて、すまんすまん、とデュランに声をかける。
「失礼な奴だな・・なんなんだよ?一体」
 デュランがそう言うが、ブルーザーを見ようとはしない。お勤め一番な彼らしい態度だと、ブルーザーはまたも苦笑した。
「いやな、だってよ。お前が旅から帰ってきてから、ずいぶん丸くなったと思ってたんだがさぁ・・。春だなぁなんぞ呟くとはね。」
「悪いか?」
 仏頂面でそう返しながらも、デュラン自身そういえばそうだな、と心の中で納得していたりもする。
「悪くなんてないさ!嬉しい限りだよ、同僚で親友させてもらってる俺としてはね!お前が旅に出る前の、フォルセナでの悪評といったらろくでもなかったからな。」
「変人だの、危険人物だの?」
 今では笑い話になるのか、デュランは笑をこらえながらそう言った。
「そうさ。全く俺なりに心配してたくらいなんだぜ。」
「そりゃすまなかったな」
 デュランはちらりとブルーザーを見た。その瞳には少しの感謝と信頼が溢れていたのをブルーザーは読み取った。
「お前の、旅の仲間には感謝しなきゃならんだろうな」
「そうかもなあ・・」
 ふと、デュランはモールベアの高原から目を離した。青く抜ける大空に目をやると、背伸びをして身体を一度ほぐす。
「辛いことも嫌なことも沢山あったな。でも、確かに乗り越えられたのはあいつらのおかげなんだ。」
 ブルーザーはデュランが一番辛かった出来事を知っていた。どうにも辛くて堪えきれなくなっていたデュランは、ブルーザーにだけその事を告げたのだ。
 それは、デュランが自分の父親に止めを刺したということ。
「俺なら・・お前がそんな状況にあったときに何を言えたかわからねぇ・・」
 唐突にそう言ったブルーザーの言葉を、デュランはしばらく考えてから汲み取った。デュランは薄く笑う。少し疲れたように眉をひそませる。
「乗り越えられたのはあいつらのおかげだ。いや・・、きっとアンジェラのおかげだったんだ。」

 デュランが最後の一突きを我が父に食らわせた後、デュランは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
 父の最期の言葉を聞きながら、何も答えられず、何も考えられず・・ただその手に残る父を屠った右腕から力が抜けていったことだけは覚えている。そして、剣は乾いた音を立ててその地へ横たえた。
 ホークアイは黙って右手から滑り落ちた剣を拾ってくれた。そして、デュランの腰にかけた鞘に収めてくれた。
 しかし、アンジェラはデュランの横に立つと、毅然とした声で前を見なさい、と話し掛けたのだった。
「・・え?」
 デュランは間の抜けた声を出すのがやっとだったが、アンジェラは睨むようにデュランを見つめるともう一度こう言った。
「前を、お父様をちゃんと見なさい。この上ない立派な騎士様よ。そしてそれはあなたの、あなたのお父様なのよ。」
と。

「親父は・・笑ってたんだ。確かに笑ってたんだ。」
 デュランはまるで確信するかのようにそう言った。横に並んだブルーザーが、力づけるようにデュランの肩に手を置いた。
 あの時もし親父の顔をちゃんと見ていなかったら、俺はずっと親父を殺したっていう責め苦にたえなければならなかったのかもしれない。そう思うと、デュランは何度もぞっとした。
 アンジェラの強さに、優しさに、デュランは何度も感謝した。
 それと同時に。
 デュランはそのとき初めてアンジェラの気高さと美しさに気付いたのだった。
 魔法が使えず落ち零れの王女だと嘆く姿すら、アンジェラは王女の血を引く気品に満ちていた。
 突飛な行動でデュランを驚かせたり、軽口を叩いて怒らせたりするアンジェラを、デュランはいつのまにかいつまでも見守っていたいと思う気持ちに変わっていっていた。
 そんな自分に戸惑いを覚えながら、それでもまた遭いに行こうかと言う気持ちを抱えながら・・デュランはここ数日を過ごしていたのだった。
「アンジェラにはあの後会いに行ったのか?」
 ブルーザーがタイミングよくそう言った。デュランは首を振る。
「あいつも王女様だからな・・そうそうは会えないんじゃないかな」
「そうでもないみたい、よ?」
 軽やかなからかうような声がデュランとブルーザーの後ろから聞こえた。二人はびっくりして背後を振り向くと、そこにはなんと話題の主、アンジェラがおどける様に腰を曲げて二人を見上げているのだった。
「久しぶりね、デュラン。会いたかったから、来ちゃった」
 想いのままを素直に告げるアンジェラ。そんなアンジェラをデュランはやっぱりほほえましく思った。
 素直になろう、と少し思った。
「よくきたな、アンジェラ。俺も、遭いたかったよ。」





fin.


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