バザーフェスタ
商業都市バイゼルでは、今日はバザーの日だった。いつもは暗い怪しげな店内で販売されている、貴重で少し高めの商品が安価で手に入るという月一度の催しだった。
バイゼルから少し外れた広場にテントを張って商人たちが場所をとり、自慢の商品を並べる。もちろん、他国から来る商人たちもいて、その日はものめずらしい商品がそこここに溢れる。
そうして、いつどこの世界でも買い物を楽しみにする女たちは、この催しを毎度楽しみにしているのだった。
それは、聖剣の勇者率いるパーティの女性たちも例外ではなかった。
「らぁっきぃ!今日ってばバザーの日じゃないの!」
アルテナの王女アンジェラは嬉しそうに声をあげた。それを聞いたデュランがジト目でこういう。
「狙ったように来たくせに」
「あら、バレた?」
アンジェラがあはっと笑うと、手を頭にやった。フォルセナの剣士デュランは、剣の柄に手をやりながら呆れたようにこう返した。
「そりゃな。唐突にブースカブーの進路変更させてマイラで下ろして!とか言い出してたし」
「だって、ちょうどポトの油とか切れはじめてたじゃない?あれないと困るじゃないのぉ」
ふくれたようにアンジェラがデュランにそう言う。アンジェラは回復アイテムチェックはまめにするのだった。なんせ、パーティでは(見た目)幼いシャルロットと同じくらい、アンジェラの体力はないのだ。魔法王国の王女という高貴な身分で、しかも至近距離での攻撃は必要ない魔法使いであるというのがその理由だろう。
「確かに、それはそうですわ」
リースが助け舟を出すようににっこり微笑んでそういった。
優しく朗らかな風の王国ローラントの王女リース。彼女も王女という身分であり、アマゾネスである。
「急遽しなければならない用事も今のところありませんし、今のうちにアイテムや武器などを調達しておくのはいいアイディアだと思いますわ。」
「でも、ここの武器はもうとうの昔にそろえたんじゃないか?」
町にある武器やアイテムなどの記憶力に一番強いホークアイがそういう。彼は個々の町にあるアイテムをしっかり調査しているのだった。おそらくは盗賊の血所以だろう。
「オイラ、ペダンで見た武器がほしいなぁ」
「あっ、俺もっ!」
武器の話となるとそろって声を合わせるのは、ケヴィンとデュランである。
ケヴィンはビーストキングダムの王、獣人王の息子である。彼も言ってみれば王子の位置にいる高貴な身分である。
と、そのとき。少しあきれたような声がこういった。
「はいはい、いい大人がいつまでもこんなところにいたら邪魔でちよ。」
そういって見上げるのは、パーティ最年少のシャルロットだった。彼女は15歳という年齢にもかかわらず、ハーフエルフという稀有な存在のためか見た目5歳から7歳児に見えてしまうのだった。
「そういわれてみれば、ここはバザーの入り口でしたわね。」
リースが手を頬にやりながら、のんびりとそういった。シャルロットが、でち、と相槌を打つ。
「時間は1時間でいいでちか?買い物が終わったら各自宿屋でまた会うでち。」
「はいっ!1時間じゃ足りないなぁ・・」
アンジェラが挙手しながらそういった。誰が年上かこれではわかった物ではない。アンジェラはとりあえず、このパーティでは最年長なのだが・・。
となりではデュランが何買うんだよ、と茶々を入れている。
「わかったでち。2時間後に訂正するでち。さぁ、さっさと散るでち」
こういうときのメンバーの分かれ方を一番周知しているシャルロットが、一番号令をかけやすいのだった。案の定、アンジェラがデュランを強引に誘い、ホークアイとリースがさりげなく一緒になってこの場を離れていく。
「やれやれ、大きい赤ちゃんのおもりは大変でち。さて、ケヴィンしゃんはどうするでちか?」
ケヴィンがシャルロットを見下ろして、にこりと笑った。
「シャルロットはほしい物ある?」
ケヴィンの意外な言葉に、シャルロットは一瞬きょとんと目を丸くした。
「えっ、別にいいでちよ?あたちのお小遣いはまだあるでちから。」
「いいよ。シャルロット欲しい物買ってあげるよ。行こう」
ケヴィンが珍しく、人の意見に流されずにそう言った。シャルロットはちょっと不思議そうにケヴィンを見上げていたが、やがて嬉しそうに笑ってこういった。
「じゃあ、お言葉に甘えるでちね!」
お茶や香水や香辛料、珍しい果物や珍味素材という食物全般から、衣料、装飾品などもそろっている。こんなにも商品が揃う機会はこの世界ではめったにない。やってくる人々は遠方からの者も多く、広場は祭りのような高揚感に包まれていた。
「うっひゃぁ!やっぱり人がいっぱいでちねえ!」
バザーの広場の中心には光のオブジェが置かれていて、人々はその周辺を待ち合わせ場所として四方に散らばる商人達のテントを見て回っているようだった。世界のアイテムが揃うとあって、一般の買い物客から、いかにもコレクターという感じの者が一挙集結しているので、広場は人込みでいっぱいだった。
「はぐれるといけないから、シャルロット。手」
「え?ああ、はいでち」
シャルロットはケヴィンに誘われて手をつなぐ。戦い慣れた手は意外と柔かくシャルロットの手を包んでくれた。
「何見たい?」
「んっと・・じゃあこの前なくしたからブラシが欲しいでち」
「ああ、前すごく探してたやつ」
ケヴィンは穏やかに笑うと、納得したように頷いた。そんなケヴィンの穏やかな微笑みに、シャルロットの心はなんだかほぐれていくような気がした。
「そうでち。とっても気に入ってたんでちよ。おじーちゃんが、誕生日にくれたんでち」
「そっか。残念。新しいの、探しに行こう。」
ケヴィンはそういうとシャルロットの手を引きながら歩き出した。
ブラシを探しているはずが、回り始めるとあれこれ立ち止まって見たくなるのが古今東西変わらない女性の買い物だ。
当のシャルロットも洋服を見ては立ち止まり、かわいらしいデザインの服を試着してみたいと言い出し、思わず買ってしまう。ケヴィンがかわいいとはやし立てるのも、一因でもあった。
「あーあ、きっとデュランしゃんが無駄遣いして!って怒るでちねぇ・・」
「でも、デュランが別にアイテム用のお金持ってるから、自分のお金ならいい。」
そう、パーティ全員で必要なものを買うためのお金は、デュランが持参していた。他の誰の手にも任せておけないからだ。言ってみれば彼はこのパーティの大蔵省だった。
「まあ、そうでちけどぉ・・」
「シャルロット、せっかく買い物したのに嬉しくない?」
心配そうに、ケヴィンが首をかしげる。シャルロットはそれを聞いて、それもそうでちね!と笑う。
「せっかくいいお買い物したのにそれを不安がるなんておかしな話でち!・・そういえば、この服、ほんとに似合ってたでちかね?ケヴィンしゃん?」
ケヴィンは問われて、いつもの素直な顔で頷いた。
「シャルロット、お姫様みたいだった」
「なら、いいでち。」
ご機嫌な顔でシャルロットは頷いた。服の入った紙袋を持ち直すと、ケヴィンが持ってあげる、と手を差し伸べた。
「悪いでちね。あたちが持つとひきずりそうでち。せっかくの服が汚れちゃうのは勘弁でち」
「うん。そうだね。・・そういえばブラシは?」
ケヴィンに言われて、シャルロットは当初の目的をようやく思い出した。
「あ、あんまりお洋服に気をとられすぎてたでち。探すでち。」
洋服を売っていたテントからさほど遠くないテントに髪飾りが並ぶテントを見つける。一緒にブラシも必需品として置かれていた。
「きれいな色のブラシがいっぱいでちね!」
「ほんとだ。シャルロットは何色にする?」
まるで、精霊達を閉じ込めたようないろいろな色あいのブラシが並んでいた。シャルロットは一つ一つ手にとっては悩む。
「女の子は髪が命なんでち。その髪を整えるものでちから、迷うでちねぇ・・」
「全部きれいにみえる。みんなきれい」
「その通りでち。でもそれだから迷うんでちよ、ケヴィンしゃん!」
手に沢山のブラシをもってあれこれ色を悩んでいたが、ようやく決めたのは銀色に光るブラシだった。
「ヒースの髪の色に似てるでち。」
「そうなの?」
「うん・・」
シャルロットはそのブラシをじっと見つめて黙り込んだ。そんなシャルロットに気遣うように、静かな声でケヴィンはこれ、下さい、とテントの商人に言ったのだった。
ブラシと服を買って、それから宿屋で少し食べるためのお菓子なども買って、二人はバザーの広場を後にした。
シャルロットは手にブラシをしっかりと握り締めていた。
宿に着いて、まだ他の4人が帰ってきていないことをケヴィンが宿屋の主人に確認する。宿屋には待合室のようなフロアがあり、そこの椅子に腰掛けて待っているシャルロットにケヴィンが4人がまだであることを伝える。
「まだだって」
「まあ、まだ1時間しか経ってないでちからね。あの4人じゃ、2時間以上はかかるでちよ」
「シャルロットは強い」
「へ?」
唐突に言われて、シャルロットはきょとんとまた目を丸くした。ケヴィンはいつもの穏やかな微笑みだった。だから、シャルロットは聞いた台詞を聞き間違いかと思った。しかし、ケヴィンはその続きをまた口にした。
「シャルロットは偉い。シャルロットはけなげ」
「ど、どうしたんでちかぁ??」
ケヴィンのあまりに予想外な台詞に、シャルロットは慌てて遮るようにそう言った。
ケヴィンがまるで何でも知っている、とでも言うような笑顔を見せた。
「シャルロットの大事な人はそばにいない。それなのに、ちっとも弱音吐かない。オイラ、でも見てた。シャルロットがアンジェラや、リースを羨ましそうに見てるのを」
弾かれたように、シャルロットは顔を赤らめた。まさか誰かに見られているとは思わず、シャルロットは恥ずかしさにいたたまれなくなった。
「シャルロットだって、会いたい人いる。いるのに会えない。オイラ、そんな強い仲間に何かしてあげたいって思った。」
「・・だからだったんでちか?今日の、何かを欲しいものをっていうのは」
びっくりして、シャルロットはケヴィンをようやく見つめた。
満面の笑みを浮かべ、ケヴィンは頷く。
「そう。シャルロットが喜ぶ顔、して欲しかった。だから」
「ありがとさんでち・・」
シャルロットは銀のブラシをぎゅっと握り締めた。
「ほんとに、ありがとさんでち・・」
ケヴィンは首を振った。頑張れ、とシャルロットをもう一度元気付けるようにそう言って。
やがて、シャルロットはさっき買ってきたお菓子を取り出した。
「どうせ時間はたっぷりあるでちから、食べて待ってるでちよ。」
「うん、じゃあオイラは飲むものを主人に頼んでみる」
ケヴィンがそういって席を立つ。ケヴィンの後ろ姿を見つめながら、シャルロットは参ったでちね、と微笑んだ。
「持つべきものは、優しい仲間、でち。」
fin.
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