10.正体


 四人の間を、一陣の風が通り過ぎていった。デュランもアンジェラも、ホークアイの言葉になんと反応していいのか困惑したような眼差しでアベルを見つめた。
 アベルは、ただ黙り込んでいた。何も否定しようともせずに。
 そして、ホークアイが、一人話し始めた。
「アベルは5,6年前にナバールへふらりと現れた。そのときは随分と襤褸を纏っていたような覚えがあるんだけどな。でも今と変わらない、その顔だったよな。」
 ホークアイがアベルを見るが、アベルは何も答えたくないのか黙り込んでいる。
「そう、それからアベルはナバールで生活するようになったんだ。仕事もやった。仕事をするためにいろんな技をみんなが教えて、アベルはそれを随分と吸収していった。技量も群を抜いてよくなっていったから、フレイムカーン様の目にも留まるほどになった。でも、アベル。お前その技量を持って逃げたんだよな」
「しかし、それには理由が・・」
 アベルが喘ぐようにそう言ったが、ホークアイは手でそれを止めた。お前の話は後で聞く、とでも言うように。
「フレイムカーン様はお怒りだったぜ。それぞれの国の独特な戦力は純粋な国の力だからな。やすやすと持ち逃げされるのはこちとら御免なのさ。殊、俺達は闇の中にまぎれる戦力だから表に出ることを極端に恐れる。フレイムカーン様は特殊部隊を組んでお前の逃亡先を追わせた。
 やがて、お前が各国で同じ事をしていることが判った。それと、もう一つ。お前の正体の鍵を掴んだ。お前は年をとらないんだ」
 デュランとアンジェラに衝撃が走った。アベルを見ると、辛そうに目を伏せたまま唇をかんでいる。
「さあ、説明してくれ。これからはアベル、お前の番だ」
 ホークアイが今までずっと掴んでいたアベルの肩から、ようやく手を離してそう言った。アベルは顔を上げると、全てをお話しすることをお許しください、アンジェラ王女と言った上で、アベルは話し始めた。
「私はウィンスピア城の女王リウラの専属宮廷使いでした。ウィンスピアという国も城も、今ではその姿をみることはできません。まだ今の6カ国が生まれる前に繁栄した国なのです。しかし、あなた方ならば、もしかしたら目にしたかもしれない。光の古代遺跡を知っていますか?」
 アベルの問いにアンジェラは頷いた。
「光の古代遺跡は、冒険中行ったことがあるわ。光の神獣がそこに封印されていたの」
「そうですか。その古代遺跡が実はウィンスピア城なのです。」
 アンジェラは驚いた。あの古代遺跡で生活していたものの話など、今までに聞いたこともないからだ。あのホセの口から出さえ、そんな話は聞いたことがない。記録になかった、というのが正しい答えかもしれない。そうすると・・アベルは何年生きていることになるのだ?アンジェラはそこまで考えて、ぞくりと体を震わせた。
「ウィンスピア国は王族ウィンスピア一族によって繁栄していました。王族ウィンスピアというのは現人神の一種で、光の種族とも呼ばれました。王族は神の存在に限りなく近いものでしたので、あらゆる力をお持ちでした。獣を手なずけることも、魔法を使うこともでき、彼らは不死でした。」
「不死の一族が何故滅んだんだ?」
 デュランが当然の質問をした。アベルはそれに悲しそうに答えた。
「不死ゆえに、別の弊害をお持ちでした。子供が非常に生まれにくい体質だったのです。王族は子孫を繁栄させることが出来ず、また、不死とはいえ『生からの解放』という術をお持ちだったので、時が来るとその術で姿を消していきました。結果、リウラ様の代では、お一人となられておりました」
 アベルは一度深呼吸をした。彼にとって思い出すことも辛い出来事を、話し説明せねばならないと言うのは、本当に酷で辛いものだった。
「リウラ様が女王の台座に座るようになった頃、世界で異変が起こり始めました。世界中の空が厚い霧に覆われ、太陽の光が大地に届かなくなったのです。大地は急激に温度が下がり始め、光の射さない大地に猛烈な吹雪が吹きすさぶようになりました。人々も獣もこの環境では生きることも叶わなくなり始めていました。
 リウラ様はそのとき、ある魔法をお使いになられました。太陽の力を無理やりに取り戻させる魔法、ライジングサンを使ったのです。」
「それだわ!大昔に人を寒さから守ったという魔法!!」
 唐突にアンジェラが声を張り上げた。アベルはそれを聞いて、アンジェラに頷いた。
「そうです。でもこの魔法はアルテナのような局地的な寒さに対抗するには、力が大きすぎます。もしこの呪文を使えば、影響はアルテナのみならず世界に影響を及ぼします」
 それを聞いてアンジェラはがっくりと肩を落とした。それならば、一体何を頼みの綱にすればよいのか、アンジェラは不安を覚えた。
「まあ、まあ、アンジェラ。アベルの続きを聞こうぜ」
 なだめすかされるようにホークアイにそういわれて、アンジェラは頷いた。
 アベルも少しその素直なアンジェラに微笑んで気分を楽にすると、再び口を開いた。
「ライジングサンは発動しましたが、その魔法は詠唱したものの命を奪うほど強力な魔法でした。私はそのことを知っていたので、彼女を最後に抱きしめようと発動中の魔法陣に足を踏み入れました」
「そんなことをしたら・・何が起こるかわから無いわ!」
 アンジェラは悲鳴を上げるようにそう言った。アベルはにこりと笑うと、頷いた。
「そのときのあなたも、そういいました。でも、私は愛する人の触れた感触を知らず生きていきたくは無かった。光の種族は法により触れることを禁じられていたのです。現人神としての誇りのためです」
 三人とも黙り込んでしまった。アベルは目を閉じると、再び話を続けた。
「結果、唱えたリウラは力尽き、息を引き取りました。そして、残された私には魔法陣の発動の光をもろに浴びたため、ある弊害が残りました。不老不死の体になったです」
 ホークアイとデュランが目を見開いた。
「不老・・」
「不死だって・・?!」
「死なないし、年を取らないってこと!?」
 アンジェラがアベルに吃驚したように問い掛けた。アベルは苦しそうに微笑んだ。
「そうです。私は自分の死ぬ方法がわかりません。唯一つの希望は、リウラ様にもう一度お会いすること。そうすれば・・私は何らかの方法がわかると信じていました。いや、それ以前にただ私はあのお方にもう一度お目にかかりたかった・・」
 黙りこくるホークアイとデュランを見据えて、アベルはこう言った。
「この世界でこのことを知るのはウェンデルの司祭様のみです。私はこのことを隠して生きていかねばならない身。だから、ひとところに永住することはどうしてもできなかった。ホークアイ、ナバールから私が消えたのはそう言う理由だよ。」
 ホークアイは黙って頷いた。聞いてはいけない領域まで、首を突っ込みすぎた、というような苦い顔をしていた。
 アンジェラは考え込みながら、でもアベル、とアベルに声をかけた。
「私はあなたの言うリウラっていう人の記憶、全く無いわ。リウラの魔法も唱えられたし、リヴァイアサンもこの通り懐いてくれたけど、私は前の記憶を持ってきてないのよ・・」
「ええ。判っています。無理なことを申し出ました。」
「でも、リウラが本当にアンジェラの前世なら、何かの方法でリウラを引き出すことができるんじゃないか?」
 今まで黙って話を聞いていたデュランがそう言った。ホークアイが驚いたようにデュランを見つめている。
「どういう風の吹き回しだ?アベルに情が移ったのか?」
 デュランはホークアイを見ることなく、腕を組んだ。アベルを睨みつけながら。
「そういう問題じゃねえ。今の話で一つ気にかかることがあったんだ。『ひとところに永住することはどうしてもできない』とな。アンジェラと一緒になったとしてもアベル、お前はまたどこかに姿を眩ます気なんだろう?」
 デュランが怒りを押し殺した声でそう言った。アベルはうつむいた。アンジェラが呆然と目を見開いてアベルを見つめていた。
「俺はアンジェラの意志でアベルと一緒になるなら、それでもいいと思い始めてた。あいにく俺は魔法の事はわからないからな。微弱ながら冒険中に宿ったこともあるが、それも今では消えた。アンジェラの不安を消すことは、俺には無理だ」
 でも、と言いながらデュランはアベルに近づくと、彼の胸倉を掴む。
「不幸にすると判っていて婚儀を承諾するお前を、俺は許さねえぞ・・!」
 そのとき、デュランの怒りが大地に届いたかと思われるようなタイミングで、ドォンっ!という音が鳴り響いた。
 四人はその音に驚いて、あたりを見回した。アンジェラの肩に乗っているリヴァイアサンがぎゃ、と啼いた。
「何?また・・魔物が・・?」
 アンジェラは不安を覚えて体を震わせた。いや、不安と言うよりも確信に近い恐怖の震え。アベルがアンジェラの姿を見て、沈痛な表情を浮かべた。
「古代獣、かもしれません」
「古代獣?」
「なんだそれは」
 ホークアイとデュランが、それぞれに問い掛けると、アベルはアンジェラを見つめながら答えた。アンジェラは音が鳴り響いた方向を一心に見つめている。
「彼女がその引き金です。滅びたウィンスピアにも国を脅かす強敵がいました。ウェンスピア王族は何度もその古代獣を追い返しました。そして、ウィンスピアとその獣は王族が滅びるまで戦いが続きましたが、王族が滅びるとぴたりとその獣も大地に眠りについたのです。しかし、相手もウィンスピアの匂いを嗅ぎつけた。先ほどのリヴァイアサンのように」
「見つけたぞ・・ウィンスピアの娘・・・!!」
 ごう、と轟音と轟かせて古代獣は現れた。大きさが桁違いだ、とデュランは喘いだ。その古代獣と呼ばれた生き物の体調は、ゆうに神獣の約二倍はあるのだ。形態は翼竜の形をしていて、その大きさにもかかわらず、その竜は空を飛んでいる。
 アンジェラを見つめて、古代獣は喋った。
「ずいぶんと眠らされていたが、ようやくお前を見つけた。だから起きることができた・・全く忌々しいウィンスピアめ。自分達がいない時には眠りの術を発動させるように術を植え付けるなどとは」
「なに・・何言ってるのよあんた・・」
 アンジェラはがくがくと膝を鳴らしながら、懸命にその場に立っていた。しかし、恐怖は体をすでに覆い尽くし、立っていることがやっとだ。
 その姿を見て、竜は嘲るように笑う。
「忘れたのか。まあいい、お前を食らえばまた私は眠る。丁度腹も空いた。ウィンスピアを食らうのであれば、眠るのも悪くは無い」
 そう言うと、その巨大な翼竜はアンジェラめがけて足を突き出した。しかし、アンジェラはそこからようやく逃げる力を取り戻し、足を走らせた。捕獲に失敗した足が、アルテナ城壁をいとも簡単に崩れさせる。
 ふと、城壁を見ると、いつのまにか城壁を登ったデュランが竜に気付かれないように近づいている。ホークアイも短剣を構え、アンジェラは離れたところで呪文を唱え始める。冒険していた頃のチームワークが、知らず甦っていた。
 アベルもそれに合わせて、三人を援護する魔法を唱えた。
「竜の鱗より固き守りよ。竜の爪より強固な壁よ。信念を通す正義の若者に光のベールを与えたまえ!ティンクルバリア!」
 三人の体が不思議な守りの壁に覆われた。デュランはそれを受けて、たぁっ!と城壁から跳躍した。ようやく竜の足に掴まり、大きすぎるその体によじ登る。
 安定したところで試し切りするように剣を当てるが、鱗は強固でどうやら剣だけの力では通じるとは思えない。デュランは昔使った魔法を思い出そうとした。
「・・汚りのある魂を浄化する光よ、闇なるものを打ち倒す神聖なるものよ。今この剣にその力を集えさせよ・・セイントセイバー!!」
 キィン、と反応するようにデュランの持ったブレイブブレードが燦然と光を放った。剣に光を司る魔力が宿ったのだ。
「ぃやあぁっ!!」
 デュランは掛け声と共に竜の体に剣を突き刺した。剣は刺した先から光の魔力を発動させた。びりびりっと魔力が走り、竜は飛ぶ力を失って墜落した。
 地面に激突した竜のせいでものすごい地響きが鳴り響き、もうもうと土煙が上がった。デュランは竜にしっかり掴まっていたおかげで振り落とされずに済んだ。
「なかなか・・人間も・・」
 よろけるように足に力をいれ、竜は立ち上がった。ひゅう、という音がしたかと思うと、竜は猛烈な火炎を吐いた。
 それぞれのバリアがその火炎を防いだ。アベルも続けて自分にティンクルバリアをしていたおかげで、その難を逃れる。
 バリアの効力を信じたホークアイが、炎を受けながら竜に突撃した。炎から逃れたところでようやく視界が利くようになり、ホークアイは持っていた短剣を竜の目目掛けて投げ放った。炎を吐くのに精一杯だった竜が、あらぬ方向からの攻撃に躊躇して、短剣は目に見事到達した。炎を吐くのをやめて、竜が悲鳴を上げる。
「やった!」
 ホークアイがガッツポーズを見せる。続けて、アンジェラが追い討ちをかけるように魔法を発動させた。
「大地に眠る水分子たちよ。目覚め集結せよ。渦を成し、そして、氷結した自身の刃を悪しき体に突き立てよ!メガスプラッシュ!!」
 アンジェラが杖を掲げそう叫ぶと、目の前の地面から唐突に水が噴き出す。その水はアンジェラの言葉どおり渦を巻きながら氷結し、何本もの刃となって竜の腹を突き刺した。
 竜は悲鳴を上げた。しかし、目は潰れ、腹から血を流しても、その動きが鈍ることがないことに、三人は訝しげに眉を顰めた。冒険中、リーダー的存在をこなしたデュランが、すぐさまアベルに叫んだ。
「おいっ!こいつ・・こいつもまさか不死とかいうんじゃないだろうな・・!」
 アベルはそれに首を振りながら答える。
「わからない・・撃退することはあっても、ウィンスピアの人々は殺すことはなかったんだ・・!」
 強力な魔力を何度も使い、疲労感に押され始めたアンジェラが青ざめて呟く。
「まさか・・本当に、倒せないんじゃ・・」
 がくっと体が地に落ちて、アンジェラは自分でも驚いた。そんなにも、もう体力を使い果たしていたのか、という表情で。
「ウィンスピアも・・これまでか・・」
 竜が唐突にアンジェラに向かって首を延ばした。目を失ってもアンジェラの匂いだけは嗅ぎ分けられる、とでもいうように。
「アンジェラっ!逃げろっ!!」
 位置的に離れすぎていたホークアイとデュランが、悲鳴を上げるように叫んだ。しかし、アンジェラは力が入らないのか、立ち上がることすら出来ないでいる。刻々と迫る竜の首に、アンジェラは目をぎゅっと閉じた。
 ガシィン!と、何かがぶつかる音がした。
 ハッと顔を上げてアンジェラは見ると、竜の鼻先を錫丈一本で止めるものが居た。なんと、それはヴァルダ女王だった。









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