11.運命の人


「何をしているのです!アンジェラ!それでもあなたはこの国を継ぐ者ですかっ!」
「おっお母様っ!!」
 諦めてもう立ち上がれないと思っていた体が、緊張感に満たされて再びまた力を取り戻す。アンジェラは立ち上がった。
「ウィンスピア・・ウィンスピアね。」
 ヴァルダは思い当たることがあるのか、そう呟くと、呪文も口にせず、一気に魔力を発動させる。ヴァルダの錫丈が、一気にまばゆい光を放った。
「闇を司る竜よ!ウィンスピアの一族はもうこの世にはいない!そなたももうその姿を捨てよ!」
 ヴァルダの一喝で、竜は光の中でぼろぼろとその姿を崩れさせた。デュランもホークアイも、ヴァルダのその魔法の威力に圧倒されて呆然とする。
 後に残った竜の残骸も、風に流され風塵となり消えた。
 ふう、と息を吐くと、ヴァルダは錫丈を降ろす。そして、鋭い瞳でアンジェラに振り返ると、アンジェラを叱りつけた。
「なんですその姿は!全く不甲斐なさ過ぎますよ!!」
「ご、ごめんなさい・・」
 アンジェラはしおれたように小さな声でそう言った。
 そんなアンジェラを見て、ヴァルダは仕方ないわね、というように肩をすくめた。それから、アベルに向きを変える。
「あなた、ウィンスピア城の人なのね」
 アベルは言われて、驚いたように目を見開いた。ヴァルダがそんなアベルを見て、ああ、ごめんなさい、とくすくすと微笑んだ。
「あなた方の会話を、聞いていたの。実は。」
 ホークアイとデュランが駆け寄りながら、ヴァルダのその言葉に目を見合わせた。アンジェラの母親だということを、この時ばかりは感じずにいられなくなって二人は笑いを堪えた。
「ウィンスピア・・その言葉を一度だけ聞いたことがあるわ。この子が生まれた日に、ある商人がやってきたの。」
 そういうと、ヴァルダは額に填めていた飾りを外した。
「これはウィンスピアの至宝と呼ばれるものだとね。いつか、アンジェラに託そうと思って、それまでは私の魔力が宿るようにいつも身に付けていたのよ。」
 シャラ、と細い鎖がヴァルダの手の中で音を鳴らす。よくよく見ると、鎖の間にはいくつもの小さな宝石が並んでいる。どれも見たことが無い宝石で、一番大きなものは虹色に光る不思議な石だった。
 その飾りを見て、アベルは驚愕して口が利けなくなった。それはリウラが身に付けていたものだったからだ。
「アンジェラ、これをつけてみなさい。もしかしたら、過去の記憶が甦るかもしれないわ」
 アンジェラははい、といわれるままにその鎖を額に飾りつけた。自分が知らない人間になるのではないかと、恐怖に駆られそうになったが、そうではなかった。
 心の中の扉が一枚開いた。そんな気分だった。
 心の中で別の人がアンジェラを呼びかけていた。
・・アンジェラ、アンジェラ。私はここよ。私を知りたいのでしょう。
 アンジェラは呼ぶ声がする方に心を探った。すると、そこには一人の姫が穏やかな笑顔を湛えて座っていた。
・・はじめましてアンジェラ王女。私はリウラ。
「リウラが居るわ!」
 アンジェラが叫んだ。アベルの肩に掴みかかって、何か言いたいことは無い!?と尋ねる。
・・ああ、アベルも居るのね。転生してないということは、やはり不死の体になっていたのですね。
 事をすでに理解しているリウラの声がそう言った。アンジェラの心の中から、リウラは体を抜け出した。アンジェラの額の宝石を通り抜けて。
 そうすることで、リウラの精神が表に出てきた。誰もがその姿に驚いた。リウラの精神体は深い緑色に輝いていたのだ。これは・・マナの力そのものが宿っている精神体なのだということが、誰の目にも明らかだった。
「久しぶりね、アベル」
 ゆったりと、威厳を持ってリウラがそう言った。アベルはリウラの手を握らんばかりにして、目に涙を溢れさせた。
「お会い・・しとうございました・・リウラ様・・」
「泣くなんて・・しょうがない人ね」
 リウラの方も、そう言って笑いながら泣いていた。アベルがそんな表情をするリウラを見て、満足そうに微笑んだ。
「ねえ、もう満足でしょう?もうあなたはあなたである役割を果たしたの」
 リウラはそう言った。アンジェラがどういうこと?と自分の前世に問い掛けると、リウラが微笑みを返しながら優しく答えた。
「実はね、アンジェラ。アベルは私に会うことを心の支えに生きてきてしまったの、今日まで。不老不死という術を知らずに彼は自分にかけてしまっていたのよ」
「自分で!?」
「なんて魔力だよ・・!」
 デュランとホークアイが吃驚して叫んでいた。ヴァルダも、まぁ、と言うように口に手を当てて驚いている。
「だから。ほらみて」
 リウラが微笑みながらアベルの方を指差すと、アベルは急に力尽きたように目を閉じていた。だんだんとその姿が、風化するように消えていく。
「あ・・アベルっ!?」
 アンジェラは驚いてアベルの手を掴もうとしたが、その手もすでに感触はなく、ざららっと砂のように落ちていった。
「・・・っ!」
 アンジェラは驚きのあまり後ずさった。ヴァルダが力づけるように、またその風化するアベルから我が子を守るように抱きすくめた。
 そうして、アベルは姿を消した。あとに、彼の身分証だけがそこにあった証拠のように残されていた。
 アンジェラは涙があふれて止まらなかった。あんなにも親切で、優しかったアベルと、もう話すことも、会うこともできないなんて。
「っ・・アベルっ・・!」
 切ない悲鳴を上げて、アンジェラが泣いていると、リウラが声をかけた。
「アンジェラ。あなた、国を守るためにアベルに魔法を習ったわね。あれは、彼が生きてきた長い生涯でようやく解明したウィンスピアの魔法です。」
 アンジェラはあの寒さでどうしようもなくなった魔法を思い出して身震いした。そのアンジェラの顔に近づきながら、リウラは説き伏せるように言葉を繋げた。
「あなたはあのとき、自分にエネルギーを溜めてしまったようだけど、あれは魔法陣に溜めれば問題なく利用が出来ます。この国を守るのに充分役立つ魔法でしょう。どうか、あの魔法を使うときには彼を思い出して。」
 アンジェラはリウラを見つめながら、何度も頷いた。絶対に、絶対に忘れないわ・・とうわごとのように呟きながら。
「じゃあ、私はもう実体化する必要も無いから、アンジェラに帰るわ。もっとも、もうこの姿になることはないでしょうけど。」
 リウラはそういうと、アンジェラの額の宝石に吸い込まれるように消えた。
 全てが終わりを告げたように、残された四人には安堵したような穏やかな微笑が浮かんでいた。
「そういえば、アンジェラ?」
 ヴァルダが悪戯っぽく笑いながらアンジェラに声をかける。アンジェラはアベルの身分証を拾い、埃を払っているところだった。
「なに?お母様」
「あなた、エルランドでずいぶん親しげに男性と食事していたそうね。王女の婚約も間近じゃないかって、城にきた商人が言いふらしてたわよ」
「・・っ!」
 アンジェラは冷や汗を感じながら、よろめくように後ずさった。
「いや、あの・・」
「私もそろそろ、と考えていたときだったんですよ。アンジェラ。お前には幸せな結婚と後継ぎをしてもらって、私が早く隠居するのもいいわよねえ。孫の顔も見たいわ・・でもお婆ちゃんは嫌ねぇ」
 嬉しそうに顔をほころばせながら、ヴァルダがそう言うが、アンジェラはおろおろと顔を青ざめさせる。
「あの、それ・・アベルなんです・・」
「まぁっ!なんですって?」
 ヴァルダがそれを聞いて驚嘆した。アンジェラの持つ身分証を指差して、ヴァルダが叫ぶ。
「その人なの?!」
「ええ・・」
 アンジェラは恥ずかしいやら、情けないやらという表情で頷いた。ヴァルダの方も、がっかりという表情をしながら、それなら、とアンジェラに言葉を繋げる。
「見合いでもしますか?アンジェラ」
「えっ・・」
 ぎくりと。アンジェラは手を胸にやった。ホークアイが面白そうな顔で自分とデュランを見比べてるのが見なくともわかる。胃がキリキリと戦慄く。
「そうよ、お見合いがいいわ。昨日の今日でお前は恋人を作ろうという気は出てこないかもしれないけど、いい人がいれば、ね?アンジェラ?」
「お母様・・でも・・」
 勇気を出して、アンジェラはデュランを見た。デュランは他所の方向を見て知らんふりしている。アンジェラはそうだよね・・と諦めたようにうつむいた。
(私は・・デュランを裏切ったも同然だもの・・でも・・!)
 ぐっと杖を握り、アンジェラは歩き出した。デュランのほうに向かって。
「おっ!」
 ホークアイが嬉しそうに笑う横を、アンジェラは通り過ぎる。ヴァルダがしたり顔で笑っているのには、さすがに誰も気付かなかったが。
 とうとう、デュランの目の前まで来てしまった。アンジェラは、デュラン、と声をかけた。
「あの・・あのね・・」
 アンジェラが声を上げても、デュランは他所を向いたままだ。
「あの・・ね・・」
(どうしよう・・言葉が・・なんていったら・・)
 あまりに緊張して、訳がわからなくなった。頭が真っ白になって、困惑状態になった。
(こんなんじゃ・・駄目ッ!)
 アンジェラは自分をそう戒めると、ぐいっと顔を上げた。と、体がふわりと浮いたように感じてアンジェラは吃驚した。
 手から、杖が離れた。カラン、と乾いた音を立てて地に倒れる。それくらいの勢いで抱きすくめられたことに、アンジェラは今気付く。
「・・っ・・デュラン?」
 デュランの顔は見えない。強く抱きしめられて、デュランの顔はアンジェラの肩越しにあるのだ。
「あの・・ね・・ぇ?」
 何も答えない、何も言わないデュラン。でも、彼の抱きしめる腕の温もりに、力強さに、アンジェラに愛しさとそれを曝け出す勇気が甦った。そして、涙がこぼれた。デュランの肩に手を当てて、アンジェラは泣いた。
 ヴァルダとホークアイは、その二人の姿を見て安心したように微笑んだ。



Fin.


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今回は音楽にずいぶん助けられました・・v