2.式典


 草原の国フォルセナ。温暖な気候に恵まれたこの国は、過去に魔法王国アルテナに侵略の標的にされたことがあるほど、人々が住むのに最も適した土地を所有する国である。この世界には珍しく四季が存在し、酪農や農業が盛んでもある。それゆえに、経済的に安定した国家が長く続いている。
 フォルセナを治めるのは、一代前の聖剣の勇者を務めたリチャード国王。人々は賞賛の意味も含め、彼を英雄王と呼ぶ。
 また、王はフォルセナ国内の最強騎士の部隊、白銀の騎士団をまとめる重要な指揮官でもある。彼の部隊に入って活躍できるものはごくわずかで、その部隊に入ることを認められ、かつ相応の業績を残した者のみが、フォルセナの英雄の証「黄金の騎士」の称号を得ることができるのだった。
 そして、つい先日新しくその「黄金の騎士」の称号を得た者があった。亡き黄金の騎士ロキの息子、デュランだった。
 デュランは白銀の騎士団の一員ではなかったが、それとは比べ物にならないほどの功績を世に残した。それを賛美する形として、黄金の騎士の称号が与えられることとなった。自然、それからはデュランはただの傭兵ではなく、白銀の騎士団の部隊入りを果たすことになる。
「ずいぶん遅れてすまなかったな。雑多な仕事がどうにも収まらなかったのだ。」
 フォルセナ城の王の間で、英雄王がすまなそうにそう言った。王の座る壇上から降りたところに、膝をつけ恭しく頭を垂れるデュランがいる。
「いえ」
「しかし、それも済んだ。称号の授与式は一週間後にでも行おうと思っておる。」
 デュランはありがとうございます、と頭を下げた。
「そなたの今回の働きについては、この国ばかりか世界への貢献でもある。できれば他国の有力者達も集め、盛大に執り行いたいと思っておるが、デュランはどうだ?」
 デュランは顔を上げると、英雄王をまっすぐ見つめる。穏やかな瞳の中に研ぎ澄まされた神経が漲っているのを見て取った英雄王は、剣士としては最高の逸材だな、と思った。
「英雄王様、先の冒険は俺・・いや、私一人では成し得なかったことなのです。時同じくして戦った仲間たちとこの喜びを分かち合えるのならば、これ以上嬉しいことはありません。お心遣いありがたく存じます」
 英雄王は満足そうに微笑んだ。デュランの成長が、剣士としての能力だけにとどまらなかったことに気付いたのだった。
「うむ、それならば、早速各国に招待状を送ろう。こちらからその手配は行っておく。それからデュラン。そなたには一週間後の式典までは休暇を与えよう。よき日にあたって準備を整えるがよい」
「ありがとうございます。」
「では、下がるがよい」
 デュランはもう一度頭を下げると、颯爽と立ち上がり、外套を翻しながら王の間を退出していった。英雄王はそのデュランの後ろ姿に、亡き英雄ロキの面影を見出していた。

 王の間を出たあと、緩やかな弧を描く階段を下りると、そこはフォルセナ城入り口ロビーとなっている。そこでようやく、デュランは息をついた。
「ふう、久しぶりに王の御前に出るのは緊張するな」
 そんなことを言いながら、デュランは城を出ようとしていると、同僚のブルーザーがデュランを見つけて近づいてくる。
「よう、陛下とのお話は済んだのか?」
 ブルーザーに気付いたデュランが、自然と笑みを零した。こんなときに親友と話すのは心が解れるようだった。
「ああ、たった今な。久しぶりに緊張しちまった」
 デュランが照れたように笑うのを、ブルーザーがらしくねぇじゃねぇか、と笑う。デュランは窮屈になった正装の首周りを緩めて、肩から垂らしている外套を外した。
「以前は無謀にも何にも恐れない目をしてたお前がな・・。不思議なくらい穏やかな目をして帰ってきたお前を見たときは別人かと思ったぜ?」
 デュランがそれを聞いて笑う。
「大げさなんだよ、お前は。俺は、なぁんにも変わっちゃいねぇよ。」
「そうかな、女も作ってきてたみたいじゃないか」
 それを聞いて、デュランはぶっと噴き出した。笑いながら、ブルーザーにこう言う。
「お前は本当、訳のわからないことばっかり言う奴だなぁ」
 それを聞いてブルーザーはあれ?と首をかしげる。
「お前・・気付いてないのかよ?」
「何が?」
 きょとんとびっくり眼を返す親友に、たはぁ〜と情けないようなため息をブルーザーは漏らした。
「お前な・・剣とばっかり仲良くしてるとな・・」
「だから、何がだよ!」
「ああもういい!いい!お前と話してると調子が狂う」
 そういいながらブルーザーはいつもの持ち場に帰ろうと踵を返した。デュランの方を見ようとはせず、後ろ姿のまま大きな手を上げる。
「またな。お子様剣士デュランさんよ!」
「ブルーザー・・?」
 一人取り残されたように立ち尽くすデュランに、一人の女中が話し掛けてくる。世話好きするのが得意だと思い込んでるような、そんな中年の女性だ。なんとなくデュランの叔母であるステラの年齢に近い気がして、デュランはおとなしく話を聞くことにした。
「ブルーザーはね、楽しみにしてるんだよぉ。デュランの結婚式」
「け・・・結婚式??俺が?」
 デュランはますます訳がわからなくなってきたぞ、と眉を顰めた。しかし、オバサンはデュランの様子にも気付かずに、話を続ける。
「そうそう、デュランが凱旋したときにね、連れてきていた女の子がいただろう?あの子とデュランは結婚するに違いねぇ!ってそりゃもう、フォルセナの兵士の間では噂になってるんだよ。」
「・・・アンジェラと?」
 凱旋したときに連れてきていた仲間はホークアイとアンジェラだ。女の子、はアンジェラしか該当しない。
 デュランは首をかしげた。噂が起こるようなことは何もしてないのにな、と。
 見るからに奥手そうなデュランが女の子と旅をしていた、というだけでも噂になる素質は充分だと言うことにデュランは気付かない。
「そうそう、アンジェラさん。あの子アルテナの王女様なんだってねぇ。どうすんだい、デュラン。アルテナに行っちまうのかい?せっかく英雄王様からのお墨付きの称号も頂くって言うのにさぁ」
 まだデュランが頭に疑問符を飛び交わせて何も応えられずにいる間も、女中のオバサンは喋り続ける。
「王女様との結婚なんて大変だよぉ。フォルセナにいておくれよ、デュラン」
「・・って、それ、俺とアンジェラが結婚するってことになってるのか?」
 ワンテンポ遅れたようにデュランがそう言ったのを、女中はやれやれ、と笑いを噛み殺した。
「そうだよ!」

 城内の女中の質問攻めからようやく逃れると、デュランははぁ、とため息をついた。王の謁見よりも、何だか余計疲れたような気分だった。
 それにしても、と思う。
「なぁんでそんな噂がでちまうんだろ?」
 夕暮れ時の空を見上げながら家路に着くデュランは、もう一度頭に疑問符を飛び交わせていた。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
 ウェンディが可愛い足音を立てて玄関まで出迎えに来る。
「ただいま、ウェンディ」
 兄らしい優しい笑顔で、デュランはぽん、とウェンディの頭に手をやった。ウェンディがさっと手にもった外套に手を投げかけているのを見て、デュランは外套を手渡した。ウェンディは最近デュランの世話焼きに忙しい。
「おかえり、シチューが出来てるよ。おあがり」
 ウェンディと交代するように、ステラが出迎える。
「ありがとう、叔母さん。ちょっと着替えてくるよ。」
 デュランはそういうと、二階の自分の部屋に上がっていった。
 階段を上がると、ウェンディがクローゼットに外套を掛けようと奮闘しているところだった。背丈が足りずに、突っかけ棒まで届かないのだ。おかげで、外套はなかなか吊り下げてもらえない。
 デュランはその様子に少し笑うと、ひょい、とウェンディを抱き上げた。
「あっ、おにーちゃん。ごめぇん」
「いいよ。早くかけな」
「うん。」
 かちゃ、と外套用のハンガーがようやく突っかけ棒にかかった。ウェンディは一仕事終えたようにほっと息をつく。
 デュランはウェンディを降ろすと、着替えの服を箪笥から引っ張り出した。
 と、かしゃん、という金属音が鳴り響く。
「・・・?」
 デュランは何の音かわかりかねて、落ちたものを拾った。
 それは、旅に出る前に片付けていった、父の、小さな肖像画だった。金色のフレームが、かしゃん、という音を立てたのだった。
「まだ、入ったままだったのか」
 自分の粗忽さにちょっと呆れながらも、デュランは父の肖像画をベッドの脇のテーブルに掲げた。
「あ、おとーさんの絵だぁ」
 ウェンディがデュランのおいた肖像画を見つめて、微笑んだ。ウェンディは父の顔をみたことは無い。ウェンディの物心つくころには、父はこの世を去っていたのだ。それでも顔がわかったのは、ダイニングに家族の揃った肖像画があるからだ。
「うん、俺ずっとここにいれっぱなしだったんだな」
 感慨深げに、父の姿を見る。父は黄金の騎士らしく、優雅な正装を着こなし、そしてその瞳は、強靭さと優しさを兼ね揃えた騎士に相応しい光を宿している。
「立派だなぁ、親父。」
「ほんとぉ・・」
 兄と妹は父の偉大さに今更ながらにため息をついた。
 でも、と妹は顔を上げてデュランに微笑んだ。
「お兄ちゃんも立派だよ。とっても。だってウェンディ、お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかったって思うもん」
 デュランはウェンディがそう言ってくれるのを聞いて、嬉しさと同時にやるせなさを感じた。
 ウェンディが真実を知ったらどう思うだろう?如何に魂をのっとられていたとはいえ、父親に最期の一撃を与えたのが自分だと知ったら。
 急に黙りこくるデュランを、ウェンディは訝しげに見上げた。
「・・・お兄ちゃん?」
「ああ、ごめん。ありがとう、ウェンディ」
 うっすらと微笑んだデュランに、ウェンディはまだ怪訝な表情を崩すことが出来ないでいた。
 そこにステラの大声が階下から響く。
「なにやってるんだいデュラン?シチューが冷めちまうよ!」
 その声にウェンディもデュランもびくりと身体を震わせた。デュランは慌てて着替えると、ウェンディと二人階下に飛び降りるように降りていった。
「ごめん、叔母さん。」
「ほらほら、お腹空いてたんだろ?早くお食べよ」
 ウェンディとデュランはテーブルにつくと、いただきます、と声をそろえて言った。
 ステラは焼きあがったパンを中央に置くと、自分も座って食べ始めた。
「今日の謁見は何の御用だったんだい?」
「あ、称号の授与式の日取りを決めていただいたんだ。」
 食べ物を目の前にして、デュランは自分はよほどお腹を空かせていたことに気づいた。目の前にあるシチューを貪るように食べながら、ステラに返事を返す。
「まあ、じゃあ、お前。ちゃんとした正装着をこしらえなきゃならないじゃないかい?」
「いいよ、今日ので。全然平気だよ」
「だって、あれはお父さんのお下がりみたいなもんじゃないか。お前用のを仕立て屋さんに頼もうかい?」
「でも、一週間後だよ」
 デュランは食べながらそういうと、ステラは悲鳴のような声で一週間後?と言った。
「なんか問題でもあるの?叔母さん」
「いいえ、そんなんじゃなくてさ。運命感じるじゃないのさ。」
「何の?」
 デュランはさっきからこんな台詞ばかりだな、と思いながらそう言った。
「デュランとウェンディのお父さん、ロキが黄金の騎士の称号を受けたのも、一週間後、だったのよ。20年前のね」
 ステラがそう言った後、デュランとウェンディは一瞬顔を見合わせた。
「ええっ?!」
「そうなのぉ?!」
 二人の驚きように満足したように微笑むステラ。
「そうだよ。まったく王様ったら粋な計らいしてくれるじゃないかい。さすがは英雄王様だよ。私達はあのお方の治めるお国で暮らしていけるなんて、本当に幸せだねえ」
 デュランがステラのその言葉を聞きながら、呆然と呟く。
「そうだったのか・・だから・・英雄王様はわざわざ期間を空けてこの日を選ばれたのか・・。俺はそんなことも気付かないで、お礼を言い損なったなんて・・畜生」
 ステラはそんなデュランは見ながら、まあ、いいじゃないの、と微笑む。
「事はお前が生まれる前のこと。きっと英雄王様のことだ、そんなお前のことも広いお心で許してくださるだろうよ。それより、式典の方の準備はどうなってるんだい?」
 デュランはステラの言葉に気を取り直して、ああ、それは、と言葉を繋げた。
「俺は一週間の休暇をもらえたよ。式典の準備は英雄王様から手配しておくと申されてた。」
「そうなのかい?まったくお前って子は、王様まで動かしちゃうなんて、本当にすごいことをやらかしてきちゃったんだねえ」
 ステラは吃驚した様にため息をつく。デュランはそんなステラに慌てて付け足した。
「いや、でも、俺だけが成したことじゃないのに、ここまで大仰になるとはな・・」
「そう思うんなら」
 ステラはにっこりと微笑んだ。
「仲間に招待状でも書いたらどうだい」
 デュランは一瞬うろたえるように視線を彷徨わせた。手紙を書くのが苦手な性分のためだ。
「でも、それも英雄王様が手配してくださるとかって」
 ステラはそんなデュランを扱いなれたように優しい瞳で見つめた。おもむろにデュランにパンを薦める。デュランがパンを取るのを見て、ステラはパンの籠をテーブルに置く。
「デュラン。お前のために、遠いところを遥々来てくれる仲間たちに済まないと思わないのかい。来てもらうからにはそれなりの”お招きします”って心が大切なんじゃないかい?」
 デュランはパンをもぐつかせながら、おとなしく頷いた。
「だろう?当たり前に来てくれる、なんて思っていちゃ駄目だよ。わざわざ来てくれるんだ。ありがとう、って心が、騎士にも大切なんじゃないかと、私は思うんだけどね?」
「ウェンディも手伝うよ!お兄ちゃん」
 兄が手紙を書くのを苦手だと知るウェンディも、兄を元気付けるようにそう言った。
 デュランは観念したように、そうするよ、と言った。









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