5.惑う心
式典が終わると、次に行われるのは会食パーティだった。式典が一部の招待客しか入ることが出来ない事に対して、会食パーティは一般客の参加も認められていた。式典のときに比べ人が増えるので警備隊の数も増えて、随分と城内は雑然とし始めていた。そんな状態の廊下を、アンジェラは慌てたように走っていた。
「もぉぉ。こんなときに髪の毛崩れちゃうなんて最低っ!」
せっかくパーティ用のドレスを着込んで髪をきちんと結い上げたのに、人にぶつかってしまい、運の悪いことに頭のかんざしが人の服に引っかかって髪は見事に解けてしまったのだった。
そんな髪の状態を気にしながら走っていると、アンジェラはまたもや人にぶつかってしまった。鼻の頭が誰かの服に当たってしまい、その拍子にアンジェラはよろけた。
と、力強い手がアンジェラの腕をつかんで、アンジェラはなんとか体勢を整え転ぶことを免れた。アンジェラは慌てて相手に謝る。
「いたたた、ご、ごめんなさい」
「なんだ、お前か」
アンジェラは相手の声を聞いて、ぎくりとした。顔を上げてみると、なんと今回の主賓が目の前にいるのだ。アンジェラは悲鳴のような声でその人の名前を呼んだ。
「でゅ、デュラン!?」
「よう。ぶつかって挨拶なんて、お前らしいなぁ」
デュランはからかうように笑うと、アンジェラから手を離した。
デュランは先ほどの制服よりは幾分楽な格好をしていた。それでも、白い正装姿はあまり見慣れていないので、アンジェラはそれだけでもどきどきさせられる。
アンジェラはそんな心のうちを見せないように、ちょっと怒りながら応戦した。
「なっなによ!久しぶりにあった仲間にそんな言い方しなくたって・・」
「お?じゃあ、この子がアンジェラちゃんか?うわさの」
ひょいとデュランの影から顔を覗かせたのは、フォルセナの兵士の服装をした男だった。アンジェラは見覚えのない人の顔を見て、気後れしたように黙り込んだ。
「あ、こいつは俺の同僚のブルーザーっていうんだ。ブルーザー、こっちがお前が会わせろとうるさかったアンジェラだよ」
デュランは間に立って二人を紹介しあうと、アンジェラはようやく警戒心を解いてブルーザーに話し掛けた。
「はじめまして、ブルーザー。私に会いたがってたってどういうことかしら?」
「そりゃあ、デュランの嫁さんになる珍しいお人だから、一目拝見しとかないと、ってな。でも、こりゃ美人なのに勿体ねぇなぁ」
ブルーザーがからからと笑ってそう言うので、アンジェラはどきりと心臓を跳ね上がらせて、デュランの顔を見つめた。デュランは困ったようによせよっと肘でブルーザーを小突くが、ブルーザーは照れない照れない、と相手にしてくれない。
どきどきと胸を打つ鼓動にアンジェラは苦しくなりそうだった。逃げるように、アンジェラはじゃぁ、と足を歩ませようとすると、デュランがもう帰るのか?などとすっとぼけたことを言う。
「馬鹿ね!どこ見てるのよ、ちゃんとパーティ用のドレス着てるじゃないの!髪が崩れちゃったから控え室に戻るだけっ!」
「あ、そうか。それならいいや。あとでまた話そうぜ。」
デュランがそう言ってブルーザーと会場へ向かおうとしたが、おっとそうじゃねぇだろ、とブルーザーに止められる。
「なんだよ?」
「なんだよじゃねぇよ、デュラン。お姫様をちゃんと会場までエスコートしてやるのも騎士の勤めだぜぇ」
それを聞いてデュランは怪訝な顔でブルーザーにこう言う。
「おい、だって俺一応パーティの主役なんだけど。それで遅れたら・・」
「ばっか。会食パーティのお前なんてオマケオマケ。みんな飲んで騒げれば問題なし。ってことでお前が女にうつつを抜かしても問題なしってわけだ!」
がはは、と笑いながらブルーザーがそう言う。デュランが赤くなってブルーザーに大声を張り上げた。
「ブルーザーっ!!」
「ま、いいからいいから。ほら、そうこうしてるとうさぎちゃんが逃げちゃうぞ。」
デュランが「えっ」と振り返ってみると、男二人の会話を聞いているのに居たたまれなくなったアンジェラが控え室に向かって走り出したところだった。
「お、おい、待てよ。アンジェラ!」
デュランはそんなアンジェラの後ろ姿をみて、思わず追いかけてしまう。
ブルーザーがそれを見て、素直に追いかけりゃいいものをよ、と笑いながらきびすを返した。会場には一人向かうことになったが、ブルーザーは親友をうまくはめたことにご機嫌だった。
控え室に着いて、アンジェラは鏡台の前に腰掛けた。デュランは戸口に寄りかかってアンジェラが髪を整えるのを待っていた。
「うまいもんだな」
アンジェラの手つきを見てデュランがものめずらしげにそう言う。
「そりゃ、女だもん。」
アンジェラは夜会巻きをあっという間にしてみせると、いろんな花のかんざしを飾り付け始めた。
その仕草をしながら、アンジェラはデュランが後ろにいるのにもかかわらず、彼を鏡越しにすら見ることが出来なかった。どうしても、アベルの告白が頭から離れてはくれないのだ。アンジェラが裏切ったというわけでもないのに。
裏切ったという言葉すら、二人の間に成立する間柄でもないというのに。
「あっ、かんざし減ってる。あーあ、気に入ってたのに・・」
アンジェラはそんな関係ないことをぼやきながらも手早い仕草で髪に飾り付けをしてしまう。デュランが暇であくびをし始めたところで、アンジェラはお待ちどうさま、と声を掛けた。
「もういいのかよ?」
幾分びっくりしたようにデュランがそういうと、アンジェラは頷いた。
「うん、鏡見ながらやりたかっただけなの。行こう?」
アンジェラはデュランの腕に手を掛けると、自分が余計なことを忘れるようににこっと微笑んでみせた。
デュランの方は、このときようやくアンジェラのドレスに目をやった。アンジェラは母譲りの白い肌に良く似合った真っ青なドレスを羽織っている。悩ましいくらい胸が開いたドレスで、デュランは思わずアンジェラの腕が絡んでいるの方の腕を緊張させた。アンジェラはそんなことに少しも気づかず、デュランを早く早くと急きたてる。
「私のせいで遅れたなんて格好の悪いことさせられないんだからね。デュランは主役なんだから!」
「判ってるよ。判ってるから・・その、アンジェラ腕・・」
「なに?」
アンジェラはデュランの腕を引っ張りながら、デュランを見上げる。しかしデュランは頬を赤くして何も言い切れないので、アンジェラは訝しげな顔をしながらもまたもデュランを急き立てるのだった。
「遅いぞ!二人とも。何をやってたんだか」
けしかけた張本人の癖に、会場に入ったとたん野次を飛ばすのは酔っ払ったブルーザーだった。すでにもう千鳥足になっているブルーザーががしいっとデュランの首に腕を回すと、デュランにこう囁く。
「それで?え?え?姫さんとはうまくいったかな?」
まるで親父化したブルーザーに苦笑いしつつ、デュランは何言ってんだよ、と答える。
「それよりお前ペース早すぎだぞ?それとも弱かったんだっけな?その図体で」
「ごまかそうったってそうはいかねぇ、デュランさんよ!」
デュランがちゃんと答えないことに苛ついて、ブルーザーがデュランに軽く技をかけた。ブルーザーの軽く、は実はとても痛い。
「いててて!!」
デュランが涙目になって悲鳴をあげる。アンジェラがそれを見て、可笑しそうに笑った。
「そうそう、誤魔化すのはよくないよねぇ?」
人の尻馬に乗るようにからかう口調がデュランの耳に届く。デュランが声の主を確かめずともわかるが、そいつの方に顔を向けてデュランはげんなりと声をあげた。
「ホークアイ・・」
「よっ。デュラン!」
傍には他の仲間達も揃っている。リースがにこりと微笑んで挨拶した。
「お久しぶりです。元気そうでなによりですわ!」
「デュランしゃん、黄金の騎士の称号、おめでとーでち!」
「デュランおめでと!」
シャルロットとケヴィンも元気にデュランに挨拶した。
「ああ、来てくれてサンキュ」
デュランは照れたようにお礼を言った。
「さあさあ、早くこっちのテーブルでご馳走にありつくでちよ!おいしいのはすぐ無くなっちゃうでちからね!」
シャルロットが立ち話しでも始めそうになるみんなを、テーブルに促すようにそう言った。それもそうだと、デュランをはじめ、まだ料理を口にしていないほとんどのメンバーがテーブルに寄っていった。
アンジェラは、というとそのほとんどのメンバーには入らなかった。
どうしてもどうしても、頭をもたげるのはアベルの言葉。あの言葉が離れず、そしてデュランとの会話を楽しく出来そうも無い。せっかくの式典、デュランの晴れ姿だというのに。
そんな自分に嫌気がさしてアンジェラはそっと、アンジェラは会場から離れた。
会場を出た廊下で、小さなおちびちゃんとぶつかる。小さなその子はアンジェラのドレスの裾に躓いて転んでしまった。アンジェラは慌ててその子を起こそうとしゃがみこんだ。
「あ、あら。ごめんなさい。大丈夫?」
「う、うん」
相手の子供も晴れ着のドレスを着込んでいた。よくよく見てみると、デュランの妹のウェンディだった。ウェンディがアンジェラのドレス姿を見て、あっと声をあげる。
「アンジェラさんでしょ!魔法が使える人でしょう!!」
あまりに元気にそう問われたので、アンジェラの方が一瞬びっくりしたように身を引いた。
「えっ?そうよ。」
「あたしはウェンディ!デュランお兄ちゃんがいつもお世話になってます!」
ウェンディはそう言うとぺこりとお辞儀した。
「・・まぁ!」
ウェンディの可愛らしさに、アンジェラは思わず微笑んだ。
「デュランの妹さんには勿体無いくらいね。しっかりしてるわ」
「うん、よく言われるよ。」
元気にそう返事するウェンディの明るさに、アンジェラは笑った。アンジェラは自分の心が少し解れていくのを感じた。と、ウェンディがちょっと気になったようにアンジェラを見上げた。
「パーティからもう帰るの?お兄ちゃんと話した?」
「え・・ううん。ちょっと風に当たりたくなっちゃって・・」
アンジェラは慌ててそう言い訳した。ウェンディはそう、というと、一緒に行ってもいい?と尋ねてくる。どうやらアンジェラになついてくれたようだった。アンジェラは一人になるよりもいいかもしれない、と頷いた。
「もちろん。でもご馳走はいいのかしら?」
「いいの。だってウェンディいつもあのご馳走よりおいしいのを、ステラ叔母さんが作ってくれるもの。行こう!」
ウェンディはアンジェラの手を引いて、城の外の空気が吸えるところに連れて行ってくれた。
会場の脇の廊下を真っ直ぐに歩いていくと、左側にテラスが見える。そこなら、人もあまり来ない様子で、ウェンディはここにしよ!とアンジェラに笑いかけた。
テラスに出てみると、アンジェラは意外とそのテラスが広いことに気づいた。出番待ちの楽団の人が個々に音出しをしていたり、酔いを覚ましているゲストがいたり、隅でロマンスを語らう恋人達もいる。
アンジェラとウェンディはその間を真っ直ぐ通り抜け、突き当たりのベンチに腰掛けた。テラスの囲いの隙間から、フォルセナ城下町を一望できることに気づいたアンジェラは、塀側に座りなおした。
「きれいな町並みね・・」
煉瓦造りの家で統一され、区画も整理されているフォルセナ城下町は、ある種情緒のある町並みをしていた。この町でなら、雪に悩まされることも、寒さに怯えることもない。平和そうな町並みを眺めながら、私がもしここに生まれていたらと、ふと起こり得ないことを考える。
「アルテナもきれいだって聞いたよ。でも寒くて大変って、お兄ちゃん言ってた」
ウェンディがアンジェラを見上げながらそう言った。アンジェラは頷く。
「うん。寒いとね・・心まで冷たくなるんじゃないかって怖くなるわ。気持ちだけは何とか頑張ろうと思っていてもね・・」
「アンジェラお姉さんが、王女さまってほんと?」
不意にウェンディがそう聞いてくる。アンジェラはきょとんとしながら、ええそうよ、と答えた。
「ふうん、いいなあ。ウェンディも王女さまになってみたかったなぁ」
きらきらした瞳でウェンディはアンジェラを見つめると、とんっとベンチから足を下ろした。くるくるとドレスの裾を持ち上げて二回ほど回転すると、アンジェラに向き直ってこう言った。
「だって王女さまっていつもこんなきれいなドレスを着ていられるんでしょう?きっと大きなお部屋に大きなお風呂で、それも全部きれいで。いいなぁいいなぁ」
はしゃぎながらアンジェラの手を握り、振り回すウェンディに愛想笑いを浮かべながら、アンジェラは思う。
(その通りだけど・・)
アンジェラはウェンディに気づかれないようにそっとため息をついた。
(私がもし、魔法を初めから使えて、冒険に出ることもなく城の中でわがままに育てられて、そして、自分の国で好きな人が出来れば・・何も、悩むことはなかったはずなのに・・)
ふと空を見上げると時刻は既に夕暮れで、赤い太陽はすでに見えなくなっていた。太陽が発する光が空の端を赤く焼いていたが、それも一刻も経たないうちに消えてしまうはずだ。別の方角の空には星が少しずつ瞬き始めている。
「もうすぐ夜になるわね。ウェンディちゃん」
「お兄ちゃんと、踊らないの?」
ウェンディがアンジェラの手を握り締めたままそう問うた。アンジェラはウェンディの言葉に一瞬目を瞬かせる。
「デュランと・・?」
「うん、だって今日のパーティはダンスもあるの。お兄ちゃん、恥ずかしがり屋でしょ。アンジェラお姉さんと踊りたい癖に、何もいえないと思うんだぁ」
ウェンディがやれやれとも言わんばかりの口調で、そう言った。アンジェラは内心どきどきと胸を高鳴らせながら、どうして私と?と問いたい自分と葛藤していた。
(そんなこと聞けた義理じゃないのに。私は一人の人の告白をきちんと断ることもできなかったのに・・)
「あ、どうしてお姉さんとお兄ちゃんが踊りたがってるって知ってるのか不思議なんでしょ」
ウェンディが少女とは思えない鋭さでアンジェラにそう言った。女の勘とはこう言うときほど、恐ろしいくらいによく働くものらしい。
アンジェラが呆然とウェンディの台詞に圧倒されていると、ウェンディは一人でに話し始めた。
「お姉さんのところに手紙が行ったよね。お兄ちゃんから。あれって今日式典の最前列にいたおにいちゃんのお友達みんなに送ったものなんだけど、ひとつアンジェラお姉さんだけ、違うところがあるのよ。」
そう言ったウェンディが、私がお兄ちゃんのお手紙の添削係したのよ、と得意そうに微笑む。
アンジェラはデュランの手紙を思い出しながら、どこも変わりそうに無いような気がしていた。
「お姉さん、わかる?」
「いいえ?だって、特別なことは何も・・」
ウェンディは今度はアンジェラに向かってやれやれといいたげな表情をした。
「だめだなぁ、お姉さん。私覚えてるよ。こういう一文、あったでしょ。」
ウェンディはもったいぶるように一度一呼吸置いて、それから続けた。
「”一緒にあの冒険を超えてきたお前にも、是非来て欲しい。”って。あの一文はお姉さんだけの手紙に入っていたの。」
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