6.決意
満天の星が輝く空に、流れ星が流れるのを誰かが指差して見つけた。光り輝く尾を引いて流れる星の光は、昔、神々が扉を開くときの隙間から洩れる光だと考えられ、それ故、その光は神々に最も近い光として流れ星に願いをかける習慣が生まれたと言う。
そんな空の下で、もう一つの光の軌跡が生まれていた。
「ど、どうしたの?お姉さん!」
ウェンディの驚いた表情を見つめながらアンジェラは、涙をこぼしていた。アンジェラの滑らかな頬の上を、ぽろぽろと光の軌跡が流れ落ちていく。
「まさか、ねえ・・。私だけに”是非”なんて言ってくれるなんて、思いもよらないわよ・・そんなわかりにくい表現なんて・・ずるいわ・・」
ウェンディがそんなアンジェラを見上げながら、おろおろと自分のポケットを探る。アンジェラの涙がドレスに落ちて染みにでもなったら大変だと、ハンカチを探すのだが、あいにくドレスには飾りポケットしかついていない。
「お、お姉さん、ごめんなさい。泣かないで・・」
「いいの。いいのよ、ウェンディちゃん。どうか・・今は泣かせて・・。」
はらはらと涙を落としながら、アンジェラはどちらかと言えば悲しそうだった。てっきりアンジェラがデュランと結ばれることを願っていると思っていたウェンディは、アンジェラの表情に困惑の眼差しを浮かべる。
「お姉さんは・・お兄ちゃんを好きじゃないの?」
ウェンディはアンジェラの悲しそうな顔に落ち着かなくなって、ついアンジェラに聞いてしまった。アンジェラは激しく首を振ったが、泣き止むことは出来なかった。
「そんなことないわ。・・好きよ。大好きよ。」
「だったら!」
ウェンディはアンジェラの手を握り締めて、不安そうな瞳をアンジェラに投げかけた。
「どうしてそんなに悲しそうに泣くの?」
アンジェラが泣きながらウェンディに微笑んだ。しかし、眉間の皺は辛そうなアンジェラの顔を一層浮き彫りにしていた。
「・・そう見える?」
「見えるよ!思いっきり!」
ウェンディは思わず声を上げてそう言った。ウェンディにはアンジェラがどうしてそんな顔をするのか理解できない。どうして好きなら喜んでくれないのだろう?どうして笑ってくれないのだろう?と。
そんなウェンディの手を、アンジェラは優しく包み返してこう言った。
「私・・私ね、子供の頃から自分の一番好きな人と結婚できるんだって、きっとそうなるんだって信じてたわ」
アンジェラは涙をこぼしながらそう言った。ウェンディにも・・ウェンディにとっても、もちろんそれは当然の乙女の夢だった。
「でも・・でもそれは・・限られた人の夢に過ぎないんだってことに・・私は気づいてしまったわ・・」
最後の一粒を落とした後、アンジェラはふっと全てに冷めたような顔つきになった。ウェンディはそんなアンジェラの豹変振りに、背筋がひやりとした。ウェンディはもうアンジェラが何を考えているのか、理解ができようもなかった。
「さ、もう戻りましょう。ウェンディちゃん。」
そういって立ち上がったアンジェラの頬には、涙の欠片ももう残ってはいなかった・・。
・・アベル、そんなに小言を言わないで頂戴。頭が痛くなるわ。
・・王女こそ、わがままばかりで私を困らせてばかりじゃありませんか。おあいこですよ。
・・まあ、アベルったらただの召使いの癖に。私にそこまで言う人なんてあなただけよ。正直な人ね。
ころころと笑う華奢な娘の笑い声を夢の残骸に残しながら、ふとアベルは目が醒めた。
「リウラ王女、ようやくあなたを、私は見つけられたんですね・・」
吐息をつくように、アベルはそう言った。
時計を見ると、そろそろパーティが終わりの時間に近づいている。パーティの終わりに迎えに上がることにしていたアベルはすばやく身支度をすると、城下町の宿屋を出た。
フォルセナの城下町は閑散としていて、家の中でパーティに行けずに仕事に励むしかなかった武器職人達や、その妻たちがわずかに家の明かりを灯しているだけでほとんどの家は暗かった。アベルはそんな町並みの中をフォルセナ城に向かって急いだ。
フォルセナ城の大広間では楽団が音楽を鳴らし始めていた。そこここでダンスの相手を請う男性の姿が見え始めていた。今まで中央まで配置されていたテーブルもいつのまにか脇に移動されて、ダンスフロアが出来上がっていた。
ゆったりとしたワルツが流れ、着飾った女性のドレスが花のように揺れた。兵士や騎士達も嗜みとして教えられているのか、意外なほど軽やかなステップを披露しては他国の女性を驚かせていた。
「へえ、やっぱ騎士を輩出する国だけあるってことかぁ。」
ホークアイが見習うような眼差しを向けたあと、デュランを見てにやりと笑う。
「お前は?」
デュランがぎくりとしたように身を引いた。焦ったように手を振りながら、
「いや、俺は苦手苦手」
と言う。
「おいおい、騎士になったのにそれはねぇんじゃねーの?」
ホークアイがにやにやと笑いながらそう言う。リースがそんなに言っちゃかわいそうですよ、と隣で言うのも聞かずに。
「リース、俺たちも踊ろうか?」
さりげなく振り返ってホークアイがそういうと、リースが嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、ありがとうございます。」
「んじゃ、お先」
ホークアイがあてつけるように笑ってデュランにそう言った。デュランはどうぞ、と気にした風も無く見送る。
ダンスの曲が変わった。
リースが楽しそうに踊ってみせる。ホークアイも、運動神経は抜群なだけに二人の踊りは一気に人の目を惹いた。踊りながら時折ホークアイが派手な技を披露してみせると、人々の間から歓声が沸き立った。
「やっぱり、ホークアイしゃんも上手でちねぇ。ケヴィンしゃんがうまかったらイヒョーで面白いでちけど」
シャルロットはケヴィンを見てそう言ったが、ケヴィンは料理を口に詰め込むのに忙しいらしく、その台詞を聞き逃したようだった。
「ま、そっちの方があんたしゃんらしいでちけどね」
シャルロットは苦笑いしてデュランの方を見ると、デュランはホークアイとリースの踊りを半分呆けたように、半分羨ましそうな眼で見つめていた。
「で、デュランしゃんはどうしたいでちかねぇ?」
シャルロットが呆れたようにそう言った。デュランはシャルロットの言葉に振り返る。
「え?」
「踊りたいんなら、さっさと相手探して踊った方がいいでちよ。パーティの時間を考えてあとそんなに曲は無いはずでち。」
シャルロットに投げやりにそう言われて、デュランは暫く考え込んでいたが、そうだよな、とひとりごちるとその場から走り去った。
シャルロットがそれを見て、肩をすくめて笑った。そして、思いっきり声を上げてこう言った。
「世話が焼けるでちねぇ・・ほんっとにもう!!」
「えっ?オイラ?!?」
猛烈に食べることしか考えてない状態から自分を取り戻して、ケヴィンが吃驚したようにシャルロットに問うた。シャルロットはそれを見て、ぷっと笑う。
「あんたしゃんはあんたしゃんで世話が焼けるでちけどねえ」
駆け出したデュランは、途中からほとんど姿を見せなくなったアンジェラを探し始めた。これまでに何度も探しに出たい思いに駆られはしたが、主賓という立場上参加しているパーティのゲストに挨拶しなければならないという役目があったため、軽々しくパーティの会場から足を踏み出すことは出来なかった。
結局時刻は刻々と過ぎ、ダンスの時間までデュランはアンジェラの姿を見ることは出来なかったのだ。
(一体どうしたんだ?あいつらしくもない・・)
旅をしていたときならば、アンジェラが行方がわからなくなること自体ほとんど起こり得なかったことだった。アンジェラはよくデュランをからかうなり、話し掛けるなりして必ずデュランの傍にいたのに。
(もう何かが変わり始めたのか?俺たちが仲間だったっていう時間から・・何かが・・まだ半年ほどしか時は過ぎてないっていうのに)
デュランの中で、一瞬、ひやりとした寒々しい感触が身体を走り抜けた。デュランは自分が今考えたことを振り払うように頭を振ると、アンジェラを見つけようと大広間の出口に向かって走った。
廊下にデュランが出てみると、なんとフォルセナの兵士が群がっている。デュランはあまりの騒ぎに一瞬瞳を瞬いた。近くの同僚に、一体何の騒ぎだ?と尋ねてみるが、デュランに目もくれないで騒ぎの中央に少しでも近づこうと奮闘している。
仕方なく、隣に彼女がいる余裕ある兵士に聞いてみると、兵士は笑ってこう答えた。
「ダンスの申し込みだよ。ほら、キレイな姫さんがきてただろ。ずっといなくなっててみんな気にしてたら、ここで見つけた誰かが懸命に申し込んでるところにどんどん人が集まってきたってわけ。・・って・・おおい、デュラン!お前、こんなところでぼんやり俺の話聞いてる場合じゃないって!!」
相手の兵士は途中からデュランであることに気付いたらしく、大慌てでデュランの肩を揺すった。
「馬鹿馬鹿、何やってんだお前は!お前のアンジェラ王女だぞ!この中央にいるのは!!」
デュランは相手の兵士を突き飛ばすと、真っ赤になって反論した。
「ばっっ!馬鹿!俺のなんかじゃねぇっ!」
そんな暴言を吐きつつも、デュランは騒ぎの中央に突っ込んだ。
群がった兵士達を避けながら中央に行き着くと、本当にアンジェラが中央にいた。兵士の群れからある一定の距離をおいて、アンジェラは立ち尽くしている。傍には次々とダンスを申し込む兵士達がいるが、アンジェラは困ったように首を振っている。
そして、傍では不安げにアンジェラのドレスを握り締めるウェンディもいる。
「アンジェラ!ウェンディ?!」
デュランが声を張り上げると、ウェンディがお兄ちゃん!と声を上げてデュランに飛びついた。
「お兄ちゃん、何でもっと早く来なかったの!アンジェラお姉さん、ずっと大変だったのよ!」
デュランにしがみつきながら、ウェンディが声を荒げてそう言った。
そして、アンジェラがデュランに気付いた。
デュランを見つけてほっと微笑むアンジェラを見て、デュランは今までに抱えたことの無い想いが胸の中で弾けた。
今までなんと言って良いか・・ずっと頭を悩ませていた言葉が、ひとりでに口をついて出る。
「アンジェラ、俺と、踊ってくれるか?」
デュランの言葉に、アンジェラは驚いた表情も無く、ただ当然のように受け止めた。アンジェラは穏やかに笑ってみせると、王女らしい威厳を備えた声をデュランに届けた。
「ええ、もちろんよ。デュラン」
デュランがぎこちなく差し出した手に、アンジェラは優しく笑いながらその手に自分の手を乗せた。周りの兵士達の落胆した声が響く中を、二人は大広間に向かって歩いた。
時間を騒ぎで浪費した所為で、曲は最後の曲だとアナウンスされた。
しかし、最後の曲はゆったりとしたテンポのムードある曲が選ばれ、そして会場の明かりのろうそくたちが半分に減らされた。
別れを惜しむ恋人達のように、ダンスフロアには最後のダンスを楽しむ人々で溢れた。
デュランとアンジェラも、その中の一組にまぎれた。会場が半分の明るさになったおかげで二人とも気楽な気分になってダンスに身を任せていた。
「・・この曲、知ってる?デュラン」
アンジェラが静かにそう聞いたが、デュランは案の定知らない、と首を振る。
「騎士様でもそこまでは勉強してないかぁ・・がんばらなきゃねぇ」
アンジェラがからかうように笑うと、デュランが少し憤慨したように逆に尋ねる。
「アンジェラ、お前は知ってるのか?」
「そりゃね。『永遠』って歌よ。そらで歌うことも出来るわよ」
アンジェラは笑いながらそう答える。デュランはちょっと悔しそうだった。
踊りながら、デュランは何度かアンジェラが姿を見せなかった理由を問おうかと思ったが、どうしても出来なかった。出来る雰囲気ではなかったというべきか。
二人を取り巻く空気が、今は過去を問いただすことより二人の時間に浸ることのほうが必要としているように思えた。
曲調が変わった。曲が終盤に差し掛かったのだ。
デュランは知らず、アンジェラの手を握り締めていた。アンジェラはそれに微笑むと、デュランの胸に顔をあてがった。
小さな声で、アンジェラが歌いだす。
・・あの場所に帰れなくなっても
・・今の気持ちだけはずっと永遠
・・この瞬間だけは永遠に
不意に、アンジェラが背伸びをした。
デュランの肩にしがみつき、彼の唇にそっと自分の唇を押し当てた。一瞬の口づけがされて、アンジェラはまた何事も無かったかのようにデュランの手を握った。
曲が終わり、そしてダンスも終わった。
夢から覚めたような眼差しで、デュランはアンジェラを見つめていると、アンジェラは泣いていた。その泣いているアンジェラの顔に、デュランは胸がえぐられるような気持ちになった。
「アンジェラ・・一体・・?」
「さよなら、デュラン・・」
アンジェラが何の抑揚もない声でそう言った。
デュランが訳がわからず、アンジェラの手を掴んで問いただそうとした時に、別の誰かによってアンジェラの手はつかまれていた。
「・・っ誰だ?」
デュランは声を荒げたが、相手はデュランを相手にはしなかった。アンジェラはその相手が、この瞬間に来ることが判っていたかのように見つめていた。
「アベル・・」
「アンジェラ王女。お時間です。お帰りにならなくては」
デュランはアベルの肩に手をやろうとしたが、アベルが軽くいなすようにデュランの手を弾いた。その手の動きのしなやかさに、デュランは驚いた。
直感で、只者でないことが判る。
「アンジェラ・・?!」
「いきましょう。アンジェラ王女」
アベルは強引にアンジェラをデュランから引き離して行った。デュランはアンジェラの表情を読んで、追うことも出来なかった。
アンジェラはデュランに首を振ったのだ。
・・追わないで、と。
ラストダンス歌詞→(c)宇多田ヒカル Eternallyより
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