7.味方


 フォルセナ城門を越えたところで、アンジェラがアベルに不平を漏らした。
「痛いわ。離して、アベル」
 アベルはアンジェラのその声にようやく自分を取り戻して、すみません、と謝った。素直にアンジェラから手を離す。
「ずいぶんといいタイミングに来てくれたのねぇ・・。」
 アンジェラは諦めのこもった声でアベルにそういう。アベルの方もずいぶんと落ち着いたいい声でアンジェラに応対した。
「そう言う王女も、まるでそうなることがわかっていたような顔をしていらっしゃいましたが?」
「ふふ・・」
 アンジェラは声を潜めて笑った。
「アンジェラ王女?あの者があなたの片思いのお相手ですか?」
「しらじらしいわね、アベル。私がキスするの、見えてたんでしょ。だからデュランにあんな態度を取って」
「申し訳ありません・・」
 何事に置いても、アベルは潔い対応を取った。それはまるで、ずいぶん前からお城仕えをしているような雰囲気を、アンジェラは読み取っていた。
「ねえ、アベル。あなた、どこかで宮廷使いをしていた?」
 アンジェラの問いに、アベルは初めて動揺を示した。アンジェラはその反応振りに意外そうに笑って見せた。
「そう、あるのね。どうりで慣れていると思ったわ」
「私のことはいいんです。王女、あなたは一体何をお考えでいらっしゃるのですか?」
 先に行くアンジェラの後ろ姿に、アベルは心配そうに尋ねた。アンジェラはしばらくそのまま歩いていたが、くるりと振り返るとアベルに挑戦的なまなざしをむけた。
「そのうち、私もあなたに同じ質問をすると思うわ」
 アンジェラは強気な瞳でそれだけ言うと、急いでマイラに向かうように走り出した。アルテナ行きの定期船は今日だけ深夜運行をしてくれることになっている。それに乗れば、明日の朝にはアルテナに到着することが出来るのだ。
 アベルはアンジェラの走り去る姿を見つめては、不安そうな眼差しでため息をついたのだった。

 フォルセナ城内大広間では、召使達がダンスフロアの片付けに追われていた。ゲスト達も早々に宿や英雄王より用意された客室へと戻っていった。
 そんなざわめきの中、デュランは未だ呆けたように立ち尽くしていた。
 デュランの心の中では、アンジェラの悲しそうな顔だけが残っている。何故、あんな顔をされなければならなかったのか?そして、何故、あの男は無理やりアンジェラを引き連れて行ったのか・・。
「何をぼんやりしてるのかねぇ、騎士殿は」
 呆れたような声が後ろから聞こえてきて、デュランははっと振り返った。後ろにはホークアイが腕を組んで蔑んだ瞳で見つめている。
「ホークアイ・・」
「リースたちは先に客室に戻らせたよ。俺はちょっとお前と話がしたくてさ。顔貸してくれよ」
 あくまで不機嫌そうに、ホークアイはそう言った。気抜け状態のデュランには、そんなホークアイの誘いを断ることすらできなかった。デュランはゆっくり頷くと、どこで話す?と尋ねた。
「城下町に酒場があったよな。あそこにいる。お前さんはこの後英雄王さんに挨拶でもしなきゃならないだろ?そんな体たらくでちゃんと挨拶できんのかずいぶん心配だけど・・」
「いや、もうすでに王は休まれてるはずだ。着替えだけして俺も酒場に向かう。先に行っててくれ」
 それだけ言うと、デュランはふらりとその場から歩き出した。大広間を歩くデュランの姿を見て、ホークアイは情けない笑いを浮かべた。
「説教するべきか、慰めるべきか、それが問題だ。ってところか」
 ホークアイはそうひとりごちると、身軽な身体で踵を返して大広間から正面玄関に出る出口に向かった。

 酒場には未だパーティの興奮が冷めやらぬ若者達が群れて飲んでいた。ホークアイは入るなりマスターにビールを頼み、奥の席に腰掛けた。ホークアイとそれほど年齢の変わらない男達が大騒ぎして飲んでいる。傍にはダンスパーティで見つけた彼女なのか、女が楽しげにはしゃいで笑っている。ホークアイはそんな無意味な大騒ぎを見つめながら、ビールを一杯空けた。
 酒場の入り口の鐘がカラコロンと軽く音が鳴った。新しい客に、おおっとお客達がどよめいた。それもそのはず、今日の主役デュランが現れたからである。
「おおーっ、今日はおめでとうっ!デュラン!お前は国の誇りだよ!」
「さすがデュランだよなっ!俺もなってみてぇよ・・」
「ばーか。血が違うんだよ、血が。なんてったって、あの先代の英雄ロキの息子だぜぇ?」
 先ほどから大騒ぎしていた連中が、デュランを取り巻いてはやし立てたが、デュランは答える元気もないように笑って見せるだけだった。
 マスターが気遣うように、なんにするんだい?デュラン、と助け舟を出した。
「ああ、ビールで。」
「おう、じゃ、これはおごりだ。」
 タンブラーに入ったビールをカウンターに乗せながら、マスターがにやりと笑った。デュランは気のいいマスターの笑みに誘われて、ようやく自然な笑みをこぼした。
「サンキュ。マスター」
「・・デュランの連れ、奥にいるみたいだよ」
 マスターはそう教えると、ほらほら、次はお前達何を飲むんだい?と大騒ぎの絶えない若者達に注文を聞き始めた。
 デュランはタンブラーを手に、奥に足を進ませる。ホークアイが軽く手を上げてデュランにここだと示した。
「よう、待たせてすまない」
「んだよ・・抜け殻みたいな声出すんじゃないよ。デュラン」
 ホークアイはデュランが座る姿を見ながら、そうぼやいた。デュランはホークアイを見ながら、そうか?とホークアイに答える。
 ホークアイがとりあえず、といってタンブラーを掲げた。
「黄金の騎士の称号授与、おめでとう。デュラン?」
「ああ、サンキューな」
 タンブラーがわずかに当たって、二人はビールを飲んだ。
 ホークアイはタンブラーを置いて、さて、何から話そうかね、とデュランを見た。デュランは半ばやけっぱちにビールを一気に飲み干していた。
(あーあ。荒れてるねぇ・・でも厄介なことに自分で気付いてないだろうねぇ・・こいつって奴は)
 ホークアイは少しデュランが可哀想になった。おそらく今デュランの胸の中は混沌とした訳の判らないわだかまりでいっぱいなのだ。でも、それにデュランはどう対処したらいいのかわからない。剣術以外のことになると、全く疎いデュランであるから。
 ホークアイはマスターに手を上げて、ビールもう一杯!と頼んだ。
「わりぃ。」
 飲み終えたデュランがすまなそうにホークアイにそう言った。
「いいさ。飲みたかったんだろ。」
「まあな・・で。話とやらはなんだ?」
 デュランはビールのアルコールのおかげで、ようやく普通の口調に戻っていた。ホークアイにもこの方が話しやすく都合が良い。ほっとするため息を飲み込みながら、ホークアイはテーブルに腕を組んだ。
「なぁ、デュラン?お前、自分で今何をすべきかわかってるか?」
「何をすべきか?っていうと?」
 デュランは阿呆面を曝して鸚鵡返しにホークアイにそう尋ねた。ホークアイはめんどくさそうに目を細めた。
「アンジェラだよ。」
「ああ・・」
 デュランは息をついた。ごまかそうと思っても、この男には無理だということは長い付き合いでもう承知の上だ。デュランは観念したかのように頷いた。
「お前が今日はダンス誘ったんだってな。」
「ああ、そう。そうだけど」
 デュランは口ごもりながらそう言った。なんだかついさっきのことなのに、もう蒸し返されるのを嫌がっているような感じだった。
 マスターが気前よくテーブルまでビールを持ってきてくれた。ホークアイがサンキュ、とお金を大目に払う。
 そうして、ビールをデュランの目の前に置きながら、ホークアイは話を続けた。
「で、ダンスはちゃんと踊れたんだよな?」
「まあな・・一体何がいいたいんだ?お前」
 デュランは恥ずかしさを堪えてそう言った。何の話が目的なのかわかりかねる、とも言いたげに。しかし、ホークアイはそんなデュランに容赦なくこう言った。
「ごまかすんじゃない、デュラン」
 そう言って、ホークアイはいらいらしたようにテーブルを打った。一瞬周りの客がちらりとホークアイを見たが、すぐに別の騒ぎに視線を戻した。
「いいか?アンジェラはお前の誘いを、いや、お前の誘いだけを受けた。そうだろう?お前はどうなんだ?いや、俺も意地悪だな。お前もアンジェラだけしか誘わなかったんだもんな」
「・・」
 デュランは黙り込んだ。ホークアイの言葉に、うろたえるように視線を彷徨わせながら。
「よくやったって思うよ。デュラン。でも、俺が聞きたいのはあのあとだ」
 デュランがぎくりとしたように肩を震わせた。ホークアイはその姿を見て、内心笑い出したい気持ちを堪えた。いつものデュランならば絶対にしない態度だからだ。
「なんで、アンジェラを最後まで送ってやらない?得体の知れない男に奪われて、なにが騎士だ。キスまでされておいて・・全く情けねぇ・・」
 がたっ!!
 デュランが顔を真っ赤にして椅子からずり落ちそうになっている。ホークアイはその姿をみて、ザマーミロとでもいうように舌を出した。
「おっ、おっ・・お前っ・・見えてたのかっ・・?!」
「ばぁーか。俺の故郷(くに)とシゴト忘れたのか?あのくらいの明かりなら充分充分。月明かりより明るいぜぇ。丸見えだよ」
「ま、丸見え・・」
 一気に顔を赤く火照らせるデュランに、ホークアイは思わず笑ってしまいそうになる笑みを噛み殺した。
「まあ、キス云々はいいとして、だ。アンジェラをどうして追わなかった?奴から奪い返すくらいしても罰は当たらないだろ。」
 アンジェラなら泣いて喜びそうなもんだけど、とホークアイは付け足しながらビールを飲んだ。
「そうじゃない。アンジェラが自分で、追うなって言ったんだ。俺に」
「追うな?なんでまた?」
「わからねぇよ。」
 デュランはふう、と息をつくと首を振った。ホークアイはデュランの姿を見て、にやりと笑う。
「ははぁ、それでお前さんはお姫様のお言いつけを守ったって訳だ。いやはや、忠義忠義。偉いねえ」
 けらけらと嘲るように笑いながら、ホークアイがそう言った。デュランの顔が一気に不機嫌になる。
「んだよ・・その言い方」
「お?心証を害しましたかな騎士殿。失敬失敬。」
「お前やめろよッ!その言い方ッ!!」
 デュランがぐいとホークアイの胸倉を掴んでそう怒鳴った。が、ホークアイがその手をぱしんと弾いて退かせる。蔑んだホークアイの瞳が、デュランの眼を射抜いた。
「八つ当たりすんなよ、デュラン。お前、わかってるんだろ。本当はどうしたかったか。判っててやらないなんて、阿呆のすることだぜ」
「・・っ・・!」
 悔しそうに歯軋りしたものの、デュランな何も言葉を返すことは出来ず、浮かせていた腰をすとんと椅子に預けた。
「後もう一つ。言いたいことがある。これは説教じゃないから安心しな」
 ホークアイは息をつきながら襟元を正した。
「あの、アンジェラを連れ去ったやつな。アベル=ディリンガっていうやつなんだけどな」
 それを聞いて、デュランがふと顔を上げた。
「お前、知ってるのか?あいつを・・」
「ああ、知ってる。」
 ホークアイは憎々しげにそういうと、目をそらした。
「いけ好かない野郎だってことは知ってる。各国を旅してはその国の特技をことごとく習得して自分のものにしちまう嫌な野郎さ。」
「・・なんだって?」
 デュランは目を丸くした。見た目優男のように見えたのに、そんな一面があったことに驚愕したのだ。
 ホークアイは、どうやら口寂しくなったのか、枝豆をマスターに頼んだ。マスターがにこやかに手を上げて、了解したことを告げる。
 そうしてから、ホークアイはデュランに向き直ると、手を組んだ。
「ナバールにも来たんだ。まだ、俺が旅に出る前だったけど。最初は下っ端だったんだけど、飲み込みの早い奴でな。短期間に腕を上げてあっというまにフレイムカーン様のお耳にもその名が届くようになってた。しばらく一緒に仕事してたこともあるが・・ふらりと消えたよ。ある朝にね」
 ホークアイがふと立ち上がってカウンターに近寄った。マスターがすぐに枝豆の皿を渡す。ホークアイは頃合いだと見て取りに行ったのだ。
 テーブルに戻り、皿を置くとホークアイはまた腰掛けた。
 枝豆を摘みながら、話を続ける。
「全く、その国の特技を盗んで帰るなんて・・たちが悪いぜ。胸くそ悪い」
 苛々としながら、ホークアイは枝豆を口に入れていた。デュランは呆然としながら、フォルセナに来たこともあるんだろうか?と考える。
「アベル=ディリンガなら知ってるよ?アタシ」
 酒場の看板娘がにこやかに笑って二人に話し掛けた。気さくな性格の少女で、来る客に笑顔を振り撒いて仕事をするレンと言う娘だ。
「レン?」とデュラン。
「おや、可愛いね。」
 ホークアイがにっこり笑い浮かべてそう言うと、レンは笑ってありがと!と肩を可愛くすくめてみせた。
「知ってるって知ってるって・・・アベル=ディリンガはフォルセナにも来たことがあるのか?」
 デュランが焦ったようにそう尋ねると、レンはこくんと頷いた。
「あるよ。丁度デュランが旅に出ている間だったんだけどね。ほら、あの人美形でしょ。だからフォルセナ中の女の子が沸き立っちゃってぇ。すごかったわよ」
「どのくらいここに居たんだ?」
 ホークアイが真面目な顔でそう尋ねると、レンはうーん、と唸ってから、
「半年くらいかしら?お城で衛兵として暫くいたみたいだけど、ある日こつぜんとね」
と、答える。
「いなくなったってわけか・・同じパターンだな。」
 ホークアイが苦虫を潰したような顔でそう言った。デュランも腹ただしげにぱしんと拳をもう片方の掌に当てる。
「じゃあ、剣術も相応身に付けた・・ってことか」
「ふう、厄介な恋敵に当たったな・・デュラン」
 ホークアイがあまりにさりげなくそういうので、ああ、と言いそうになってデュランはええっ?!と慌てて声を上げた。
「ちっ、かからないか。」
「何言ってんだ、全く・・」
 レンが二人を見て可笑しそうに笑うと、それじゃ、と言い、レンは別のテーブルに注文を聞きに行った。
「ま、でもとにかくアンジェラを取り戻すにしても、アベルの悪事を止めるにしても、アルテナに行かなきゃ始まらない、と」
「悪事、なのか?」
 デュランがとぼけたようにそう言うと、ホークアイは馬鹿か、と呆れてこう答えた。
「法とかには引っかからなくてもな。いけ好かなすぎるんだよ、やってることが。これを悪事と呼ばずしてなんと呼ぶ、ってやつだ」
「そっか?まあ、剣術も盗まれたとなると放ってもおけないな。」
「だろ?」
 二人は意気投合したように立ち上がった。
「俺も行ってやる。うまく行くようにな」
 ホークアイがにっと笑いながらそう言う。一瞬デュランはそんなホークアイに吃驚したように目を丸くしたが、納得したように頷いてサンキュ、と答えた。
 二人は酒場を出て、出発は明日のマイラからアルテナ行きの定期船に、という待ち合わせをした上で別れた。
 空は、まだ空けることの無い闇に包まれていたが、時折流れる星が彼らを激励するように煌いていた。










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