9.前世
アルテナ唯一の港町エルランドに到着したアンジェラとアベルは、急いでアルテナ城へ戻っていった。エルランドで食事だけを手早く済ませて二人は発ったのだが、そんな二人を町の人は微笑ましく見つめていたという。二人はそれほど仲睦まじく食事をしたようにエルランドの人たちには見えたようだった。
「徹底してるんですね」
アルテナ城への道すがら、アベルがそう言った。アンジェラは雪の上を歩くのに疲れてしまい、息を切らしながら、何が?と言う。
「エルランドでの対応ですよ。あれは、今後の私達のためですか?」
アベルがアンジェラを休ませるように肩を貸してくれた。アンジェラはアベルの行為に甘えることにする。アベルの肩に手を掛けて、アンジェラは体を休ませた。
「そうよ。いきなり婚約発表しても遠い町の人たちが納得してくれるようにね。ああ、あの方なら、って判るほうが人は納得が早いわ」
「ずいぶんと頭が回りますね。」
感心してアベルがそう言うと、そうかしら?とアンジェラは得意そうに微笑んだ。しかし、微笑みの中にアンジェラのどうしようのない思いをアベルは見つけて、哀れむようにこう言った。
「そんなに自分を追い詰めて、辛くないのですか」
「やめて、アベル」
アンジェラはぱっとアベルから手を離すと、再び足を進め始めた。アベルをおいて、アンジェラはさっさと歩き出しながら、アベルに言葉を吐き捨てた。
「もう、決めたことよ。」
アルテナ城にたどり着くと、宮廷内は騒然としていた。魔導師たちがおおわらわで右往左往する様子を見て、アンジェラは唖然とした。
「一体なに?何があったの??」
一人の魔導師を捕まえて訊ねても、魔導師たちはうろたえるばかりで失礼しますと頭を下げてはどこかに走り抜けていく。
「・・?なんだと思う?アベル」
アンジェラは訝しげな顔で首をかしげながらアベルに問うが、アベルとて同じ状況で判るはずもなく。
「さぁ・・」
と、首を同じくかしげるばかりだった。そこに、ヴィクターが通りかかったのをアンジェラは見つけて、すぐさま彼を捕まえた。
「ねぇっ!一体何の騒ぎ?!」
「ああっ姫様!お戻りだったのですね!お出迎えもしませんで、申し訳ありません」
ヴィクターのこういうときの律儀さにアンジェラは辟易した。そんなのはいいから、と言葉を荒げて現状を問いただす。
「一体この騒ぎは何なの?」
「あ、ええ。魔法陣がおかしなことになってるんですよ」
ヴィクターは魔法を使うことができないので、割と淡々と話していた。自分がどうすることも出来ないことを知っているからだ。彼に出来るのは、城内の状況を出来るだけ的確に把握し、要人、つまりアンジェラに話すことなのである。
「魔法陣がおかしなこと?なんなの、詳しく説明して!」
「ええ、アルテナ城と城下町を取り囲むように6つの魔法陣が張り巡らされていることはもちろん、姫様ご存知ですね。アルテナ城を取り囲む結界を作るための魔法陣です。その魔法陣の近くにモンスターが突如現れてるそうなんです。」
アンジェラとアベルは顔を見合わせた。一体どうして?と。
ヴィクターは再び口を開いて説明を続けた。
「魔法陣の場所によりモンスターが違うようです。魔導師たちがおおわらわで動いているのは、相手の強さによって人手が足りないと応援を呼ばれたりしているからです。」
「ホセは?ホセ爺は原因調査に当たってるんでしょう?」
アンジェラは頼りがいのある自分の師のことを訊ねた。しかし、ヴィクターは残念ながら、と首を振る。
「ホセ殿は別の魔法の調査で単身ウェンデルに向かわれました。今対処できるのはヴァルダ女王と魔導師たちだけです。」
アンジェラはそのことにぎょっとして顔を青くした。如何に魔力が強いとはいえ、女王自らその対応に当たるなどとんでもないことだ。今アルテナの存続はヴァルダの魔力にかかっているのだから。
「アベル、私達も手伝いましょう!」
焦ったようにアンジェラはすぐさまアベルにそう言った。
「ええ、王女。」
アベルもそれに同意する。二人はすぐさまその場を駆け出した。魔導師たちの流れる方向に足を走らせる。ヴィクターはその姿を見つつ、お気をつけて、と小さく呟いた。
アンジェラとアベルがたどり着いたのは城から北西の方向にある魔法陣のところだった。ヴィクターが言っていた通り、そこにはポト大群が何故か大量発生していて、魔導師たちが悪戦苦闘している。これを見たアンジェラとアベルはすぐさま呪文を詠唱し始めた。
「灼熱の炎よ!踊る火炎よ!我が領地の平和を荒らすものに炎の裁きを与えたまえ!エクスプロード!」
アンジェラがそう叫ぶと、ポトの大群の中央部に唐突に紅い光が生まれた。それはあっという間に膨らんでポトたちを飲み込むと、どおんっという地響きを鳴らして大爆発を起こした。大半のポトがその爆発にやられて地面に転がったが、まだそれに逃れたポトたちは魔導師たちに襲いかかろうとしていた。
そこに、アンジェラの呪文に続いて、アベルも強力な魔法を唱える。
「最も気高き神の光よ!天に生まれる目映い光を以ってその力、我が眼前の敵に姿をあらわさん!サンダーストーム!」
空模様が唐突に悪くなったかと思うと、真っ黒い雲が今にも落ちてきそうなほど高度を下げて空一面に広がっていた。真っ黒い塊のような雲から雷鳴が轟いていたかと思うと、次の瞬間ものすごい光が天から地へと走り、それぞれのポトに見事落雷した。残っていたポトも全て一掃されて、魔導師たちが歓声を上げる。
アンジェラもほっと息をつくが、他の魔法陣の場所にも行かなくては、とアベルを伴って走り出した。
そこから城の北の魔法陣にアンジェラとアベルが到着すると、そこにはなんと厄介なことに巨大な神獣レベルの獣がその上空にうねっていた。うねっていたというのは、その獣は大きな竜とも大蛇ともつかぬ形態をしており、しかも大きな体であるにもかかわらず、羽も付いていないのに空で悠然たる風格を装いながらうねっているのだった。
さすがにこんな相手では魔導師たちでは役不足で、アルテナの魔導師たちは恐れおののきながらも奮闘するものの、なかなかその効果は実を結んでいない様子だった。
「な・・なんなの?あんなモンスター見たことないわ!」
アンジェラは愕然としたようにそう言ったが、アベルのその眼はその獣にくぎ付けになったように見入っている。それに気づいたアンジェラが、目を瞬きながらアベルを見つめた。
「アベル?」
「・・まさか、こんなことが・・」
アベルの顔は愕然としつつも、いかばかりかの悦びで口が打ち震えていた。アンジェラはその様子に怪訝に眉をひそませる。
「知ってるの?」
アベルはとうとう口を笑みにほころばせながら首を横に振った。そしてまっすぐにアンジェラを見下ろすと、切なげな顔で笑いながらこう言った。
「ええ、おそらく貴女が呼び出してしまったんですよ、王女」
アンジェラは吃驚してアベルを見返した。
「なんですって?」
二人がそんなことを話していると、魔導師たちが悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁっ!!」
なんとその竜とも大蛇ともつかぬ獣は尾を一振りすると、空気中の水分子を集め大量の水を生み出して魔導師たちを溺れさせたのだ。
「いけない、そんなことを話している暇は無いのよ!あいつを早くやっつけなきゃ!」
咄嗟に駆け出そうとするアンジェラの片腕を、アベルは掴んで止めた。アンジェラが信じられない、とでも言うような鋭い瞳で振り返る。
「ぼやぼやしてたらみんな死んじゃうわ!そうなったらアベル、あんたのせいよっ!!」
「いいえ、あなたがある言葉を発するだけであの獣は大人しくなります。あの獣の名前を呼んであげてください。」
「名前を?」
「そうです。リヴァイアサン、と」
アンジェラは疑いながらも、あの竜とも蛇ともつかぬ獣を見た。あまりに大きくて、あまりに恐ろしい存在。アンジェラの一言で本当に収集がつくのか・・ともかくアンジェラは手を広げて、呼んだ。
「おいで、リヴァイアサン。もうその人たちを傷つけないで」
竜が、いや、リヴァイアサンがアンジェラの声に反応して、首をくるりとアンジェラに向けた。アンジェラを見て、観察するようにじぃっと見つめている。
アンジェラはもう一度、今度は大きめの声を上げてこう言った。
「リヴァイアサン。もう止めるのよ」
リヴァイアサンは今度はアンジェラの言葉通り、怒らせていたように広げていた鰭のようなものを閉じて、ゆったりとアンジェラの方に近寄った。アンジェラの周りをぐるりと一回りすると、体を小さく収縮させていく。そして、小さくなった体はトカゲのようになって、アンジェラの肩にちょこんと降りていた。真っ青な、ブルーサファイヤのような輝きを放つ小さな竜を見て、アンジェラは目を瞬かせた。
「これで、いいの?」
アベルは満足げに微笑むと、充分ですよ、と言った。そして、恭しくひざまずき頭を垂れると、アベルは手を胸に当ててこう言った。
「再び合い間見えたこと、誠に恐悦至極に存じます。幻の故国ウィンスピア国の女王、リウラ=リン=ウィンスピア様」
「え・・?リウラ??リウラって、魔法の名前じゃ・・」
アンジェラはアベルの言葉に慌てふためいてそう言った。アベルは顔を上げてにっこりと微笑むとこう続ける。
「リウラ様が使われた魔法だから、私はリウラの魔法と名づけたのです。現世名アンジェラ様のご前世は、ウィンスピア国女王だったのです。以前、あなたがリウラの魔法を発動できた時にもしかしたらと考えましたが、リヴァイアサンを手なずけられたことでようやく私にも確信がもてました。」
アベルはそう言うと、リヴァイアサンを指し示した。
「リヴァイアサンは当時あなたが、最も可愛がっていた獣です。あなたは人にも獣にもお心の優しいお方でした。リヴァイアサンはあなたの印であった魔法を嗅ぎ付けてこの世界にまで現れたのです。」
アンジェラは呆然と立ち尽くした。一体何がどうなっているのかさっぱり理解が出来なかったのだ。生まれる前の話など、考えたこともない。アンジェラの頭の中では、アベルの言っていることは理解を超えていた。
「しかし、あなたの居場所を突き止めたリヴァイアサンは、この世界に来たもののアルテナ城の結界により行く手を阻まれたのでしょう。彼は魔物に対する結界効力をなくしてアルテナ城への侵入を成功させたのまでは良かったのですが、別の魔物までが雪崩れ込んできたのだと思われます」
アンジェラはふと肩に乗ったリヴァイアサンを見つめた。青緑色に光るトカゲのような体は美しいくらいだったが、それでも、アンジェラには全く身に覚えのない生き物だった。
しかし、一つだけ判ったことがアンジェラにもあった。アンジェラは落ち着きを取り戻すと、おもむろに口を開いてこう訊いた。
「アベルの探し人って・・リウラという女性だったのね。そして、あなたはリウラという影を私の中に見つけて、それで私に告白したってことなのね・・」
アンジェラの言葉に、アベルははっと顔を上げると、アンジェラはふと寂しそうな目をしていたかと思うと、いきなりにっと微笑んで見せた。アベルは唖然としてアンジェラを見上げている。
「・・・私がそんなこともわからなかったと思う?私でない別の人を、アベル、あなたは私を通して私の中に見出した。だから、私を慕っていると言った。そうでしょう」
アベルは思わずうつむいて黙り込んだ。
「わからないわけないわ。アベル、あなたの目はいつからか私に別の人を重ねていたんだもの・・だから、今度の婚儀はお互い様。」
アベルが見上げると、アンジェラは悲しい瞳で微笑んだ。
「私は別に好きな人がいる。けれど私の勝手な心で一国を滅ぼすわけには行かない。あなたもそう。あなたが好きなのは私ではないわ。でも、アルテナを守るために、あなたの昔の恋人を助けてよね・・!」
アンジェラが哀願するようにアベルにそう言ったとき。冷たく鋭い声がアンジェラを突き刺した。
「結婚って・・そんな狡猾な手段の一つ、でいいわけ?」
思わずぎくりとしてアンジェラは声のする方に振り返る。城の影からおもむろに現れたのは、ホークアイだった。デュランも傍についている。
「あとの魔法陣の発生していたモンスターたちは一掃したよ。こことは違って普通のモンスターばかりだったけど」
ホークアイが無表情にアンジェラにそう言ったので、アンジェラは慌てて、ありがとう、とお礼を言った。しかし、アンジェラはさっきの婚儀の裏話を聞かれて、二人の顔を見ることも出来なかった。
アベルの方は、ホークアイを見て目を見張っていた。それを見て、ホークアイが笑う。
「よう。久しぶり、アベルの兄貴」
「ホークアイ・・君はもうそんなに大きくなったのか・・」
「アベルの兄貴は『全然変わらないね』」
ホークアイが目をぎらりと光らせてそう言うと、アベルは言葉が詰まったように黙り込んだ。その様子に、アンジェラが不思議そうにアベルを見上げる。
「・・・アベル?」
「アンジェラ」
ホークアイは真剣な眼差しでアンジェラを呼んだ。アンジェラは振り返ってホークアイを見つめる。
「君は、結婚しようとしているその男がどんな男だか知っているかい?これからずっと一緒に生活して、ずっと助け合っていかなければならない相手を、一国を守る力だけで選んで大丈夫なのかい?」
「だって!安定した魔法力を持つ者を伴侶にしなければならないわ!・・アルテナの未来を守る子供を、私には産む義務があるの!それに・・」
アンジェラはデュランとホークアイから目をそむけると、小さく呟いた。
「アベルなら相手として申し分ないわ」
デュランが、ぎり、と手を握り締めた。しかし、それに気付くものは誰も居なかった。
「なるほど。確かに不足ない相手だな。魔法力はおそらくアンジェラが見込んだと言うことは絶大なんだろう。その上、性格温厚、容姿端麗、スタイル抜群のいい声と来たもんだ。でもな。」
ホークアイはアベルに近寄って、アベルの肩をたたく。
「こいつ、得体が知れないぜ。」
そう言ったホークアイを、アベルなら何か反応するだろうとアンジェラはアベルを見つめたが、アベルは何も言わずそこに佇んでいる。
「アベル・・?どうして何も・・?」
ホークアイがアンジェラに話を続ける。
「アンジェラ、俺がアベルと会ったのはな。俺がまだ十歳くらいのときの話なんだ。でもな、アベルは今もその時の姿のまんまなんだ。もう5年以上経っているにもかかわらず、な。」
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