夢をもう一度



 天への頂きとも呼ばれるバストゥーク山の山頂近くに聳えるは、かのアマゾネスの根城として有名なローラント城。バストゥークの山を模したかのような高い塔を連ねたその城は見た目には美しいが、過去には難攻不落と詠われたこともある頑強な造りをしている。
 しかし、現実としていかに難攻であっても、絶対的な不落はありえない。実際に、ローラントは一度砂漠の盗賊達の王国ナバールの手に落ちた。
 その後、残ったアマゾネスはローラント王家の血を継ぐ王女リースを先頭に、奪われた城を取り戻した。
 そうした事件が起こり、収まってからそろそろ一年が経とうとしていた。

 王女付きの世話役でもあり、この国の政を行う上での相談役をも果たすライザは、最近自分の主が疲れ果てていることに気付いていた。
 うるさがられないよう、幾度かはライザは主に注意したのだが、その言葉もあまり意味を持たないことをライザ自身が一番よく分かっていた。
 建国からまだ50年足らずのこのまだ幼い王国は、実質自分の主の肩にのしかかっているのだから。
「また、おやつれになられましたね・・」
 心配そうにライザは食器を下げる仕草をしながら一言そう言った。この国の王女リースが力なく微笑むのが、見なくとも分かる。
「しかたないわよ。まだエリオットが幼い分、私が頑張ることが沢山あるんだもの」
「それは重々承知しておりますが・・」
 ライザは皿を片付けながら、残った残飯を見つめため息をつく。料理のほとんどが残されたままだ。ほとんど手をつけられてはいない。
「リース様。その手に余る仕事の量、私にも充分に察することができますが。でも、今リース様を失えば私達国民は再び路頭に迷うことになるのです。くれぐれも御身を」
「わかっているわ。心配してくれてありがとう、ライザ」
 儚い笑みを見せられては、さすがのライザもこれ以上言葉をつなぐことはできなかった。ライザは深々と頭を下げた。もう一度、御身を大事にされることを願い、また、出すぎた真似をしたことを詫びる気持ちも込めて。
 そうして、ライザはほとんど料理が残されたままの食器を下げたのだった。
 ライザが退出したあと、リースが同じくため息をついた。ライザに申し訳ないようなそんな気がしてならなかった。
 ライザの心配してくれる言葉はいつもありがたかった。すでに両親に先立たれたリースにとって、ライザは姉妹のようでも、母のようでもあった。王国の再建にも知恵を共に絞り、苦労を分かち合い、そして、リースを誰よりも心配してくれる最高の友だった。
 それゆえに、リースの苦労を誰よりも知りつくし、リースの体を案じてつつも、リースを休ませる手立てがないことを知っているのだ。
 今、リースの代わりになる者はローラント王国には存在しないのだから。
 商業都市バイゼルからの物資調達依頼の返事を封筒の中に仕舞うと、リースはその手紙を引き出しの中に入れた。
 少し風に当たろうと思った。
 すぐ後ろにある大窓の鍵を解き、一気に開け放した。風が待ち焦がれたかのような勢いで部屋に滑り込んでくる。ベッドカバーが風にはためき、ランプが少しその風に揺らいだ。
 リースは部屋に充分風を送り込むと、窓を閉めてベランダに出た。
 ベランダの縁で腕を組み、顎を乗せる。真正面にあるはずの切立った崖はもう夜の闇に包まれて見えなくなっている。少し視線を上げれば、山の陰の切れ目から星の煌きを見つけることができる。
 風は崖の下から吹き上がってきていて、リースの前髪を乱した。リースはそのまま顔に風が当てながら、目を閉じた。
 風は勢いがあったが暖かく、柔かい心地にさせてくれた。どこからか岩の隙間を通る風の音が時折耳を掠めた。まるで誰かが笛を鳴らしているかのような、そんな風の音だった。
 疲れ果てて、リースはそのまま寝息を立て始めていた。
 ベッドに入っても、最近はよく眠れないのだ。目の前にある自分の大きな机を見ると、つい何かしら気になって起きてまた書類やら手紙やらを開いてしまう。
 疲れた体をベランダの塀にもたれさせて、リースは夢を見た。

 それはまだ、弟を探しに出たばかりの自分の姿だった。リースの周りには、懐かしい仲間たち。そして、リースはその仲間たちの中で誰かと口論している。
 ああ、あんなふうに口喧嘩できたのは一人しかいない。
「ホークアイだわ・・」
 つい、口が動いていた。寝言を言ってしまったようだった。リースがそのことに気付き終わる前に別の声が答えた。
「何が?」
(・・・え・・?!)
 夢ではない、現実の言葉として耳に入ってきたことにリースは驚いて目を覚ました。思わずがばっと顔を起こして、ベランダの闇の中に人影を探す。
「・・夢・・かしら?」
 人影が見当たらない。気配も無い。そういえば、ここは難攻不落と謳われたローラント城なのだ。むやみに外部の人間が入ってこれるわけがない。
 そう考えるとリースはなんだか悲しい気分になる自分が不思議だと思った。
「・・夢、だったんだわ」
「残念みたいだね。リース?」
 くすくすと笑う声に、リースはぱっと頬を赤らめた。すぐに少し怒った顔をして声の主の居場所を探す。
「いるのね?ホークアイ!どこなのっ?」
「探してごらん?」
 からかうような声にリースはすっかり参ってしまった。部屋からのランプの明かりだけではベランダ全体に光は行き届かない。悔しくてしょうがないのでリースは部屋のランプをもってこようと思った。
 しかし、大窓の鍵がいつのまにかかかっていて開かない。
(こんなことまでするなんて!全く用意周到な盗賊なんだからっ!)
 思わず文句を言ってやろうかと口を開きかけたときに、大窓に手をかけていた自分の手に別の手が包み込んだ。後ろにようやく気配を感じて、思わずリースはほっとしてしまう。
「降参?」
 ホークアイの、そのいじわるそうなその声に、リースはむっとしたように声をあげた。
「私はみつけましたわ、ホークアイ?」
 ホークアイがそのリースの声に微笑んだ。
「一体どうやってこの城に侵入したんです?落城の後は改修と改善を繰り返し、再びこの城は頑強な城に生まれ変わったはずですが?」
「すっかりこの城の主だね、リース」
 ホークアイの寂しそうな声がそう言った。その声にリースは慌てて、くるりと身を翻すとホークアイの胸をあたりを掴んだ。
「ごめんなさい。来てくださったこと、本当は嬉しいのに・・それより先に言葉が・・」
「それならよかった。」
 ホークアイがにっと笑うと、リースから身を離した。ベランダの縁に寄りかかってリースを眺める。
「お尋ねの件ですがね、お姫様。難しいことは何も。ただ正面からちゃんとお邪魔しただけですよ。ただし、お姫様には内緒でってことでね」
「まあ!誰もホークアイを咎めたりはしませんでした?!」
「ローラントのおもてなしを受けたくらいだよ、リース。ナバールだって美獣の罠にはめられていたんだということを理解している人も少なくないみたいだね。」
 ホークアイの故郷はこの国を一度は落城させたナバールなのだ。城の者でそれを知らないものは皆無に等しい。ナバールの者、と聞いただけでローラントの者ならば眉を顰めるものは多いはずだと思っていた。
 しかし、城の者はホークアイはどうやら客人として受け入れ、しかもどうやらリースに秘密に、という彼の要求をも飲んだらしい。
 自分が心配していたほど、ナバールに恨みを抱いている者もいないのかもしれないと、そう思うとリースは胸をなでおろしたい気分になった。
「そうですか、それでしたら安心しましたわ」
「それとね、リース。一つ俺に頼まれて欲しいことがあるんだけどね。」
 ホークアイはなんだか面白い玩具を見つけたかのような好奇心でいっぱいの目をしている。リースは怪訝な顔をしつつも、何です?と尋ね返した。
「一日だけね、俺のエモノになって欲しいんだけどね」
「・・・???」
 リースはきょとんと目を丸くした。意味がさっぱりわからなかったらしい。
「つまりね、俺に盗まれて欲しいんだけど」
 ホークアイはさすがに照れたように頭を掻くと、いや、あのさ、と言い訳するように語り始めた。
「君の右腕のライザって子がいるだろ?実はあの子に頼まれたのさ。一日だけ、自分の主を王家再建の仕事から開放してやって欲しいってね。」
「ライザから??」
 リースはますます怪訝な顔をした。今仕事を放り投げたりするわけにはいかないというのに。
「一日だけならなんとかごまかしてみせるとね、ライザがそう言っていたんだ。いいかい?一日だけ、君は自由になれるんだよ」
「でも・・」
 リースは自分の部屋を振り返った。きれいに片付けた机の上にはなにも乗ってはいないが、引き出しを開けば明日目を通さなければならない手紙やら書類やらがある。また、外交として出かけなければならない日取りも組んでいたはずだ。リースはしょげたように小さな声でこう答えた。
「一日でも、私は抜けられない状況なんです・・」
 しかし、ホークアイはにっと笑うとリースを抱き上げる。突拍子がなさすぎて、リースは完全に動転してしまう。口も聞けないほどに。
「でもね、リース。これはライザからの依頼で、俺その迷惑料までもらっちゃったからさ。これは俺の今日の仕事なんだよね。」
「ええっ?!」
「だから、君の意思はちょっくら無視させてもらうよっ!」
 リースを抱え上げたまま、全くその体つきからは不思議なくらいの跳躍を見せてホークアイはベランダの縁に立った。ベランダの縁につないだロープがあるのに、リースは今ようやく気付いた。
(これで登ってきたんだわ・・下から!)
「よっと。」
 軽い掛け声と共に、ホークアイはベランダの縁を蹴って空中に体を預けた。一瞬後、二人の体が重力を受けて下へと落ちていく。
「きゃ・・!」
 しかしすぐにそれは速度がとまった。ベランダにつながれたロープはホークアイの体にくくりつけてあったのだった。そしてちょうどよく2階分ほど落ちたところでホークアイは近場のベランダの縁に足を下ろした。
 ベランダの縁からベランダに着地して、ホークアイはロープを自分の体から解く。
「ここは俺に貸してくれた部屋ね。ライザって子は用意周到だね」
「・・」
 リースは何も応えない。本当にこんなことをしていいのか、迷っている様子だった。ホークアイがしょうがないな、というように肩をすくめた。
「ねえリース。本当に迷惑になるようなら、俺はこれ以上のことはしないよ。俺は君がしたいようにさせてやりたいんだけどね?」
「ありがとう・・ありがとうホークアイ。いつも、いつも・・」
 リースが儚く微笑む。今にも消え入りそうな笑顔を見て、ホークアイは不安になった。やっぱ、前言撤回、と呟く。
「俺も仕事は受けたらやり通す主義だからな。リース王女はおとなしく着いて来てもらうよっ!」
「えええっ!?」
 リースが驚く暇があらばこそ。
 ホークアイはリースを肩に担いでしまうと、窓から部屋に入りその足で廊下に出る扉を通り抜ける。
「はっ・・離してっ!離しなさい!ホークアイ!!」
 ホークアイの肩から二つ折りにされているせいで、お腹に圧迫を受けて声がうまく出てこない。初めのうちは悔しそうにしていたリースも、ホークアイが何も言わずにどこかに連れて行ってくれることに感謝すら覚えて涙を零していた。

「・・ん・・」
 ゆっくり目をあけると、そこはもうローラント城ではなかった。あたりを見回すと、そこはバストゥーク山の登山道だった。リースは岩に体を預けて眠っていたのだと判り、満天の星空を見上げた。
(本当に、出てきちゃったんだわ・・。)
 吐息を吐いてそう思うと、ホークアイがひょいとその視界に入り込んできた。
「お、起きた起きた。お腹、大丈夫かい?」
 ホークアイが心配そうにそう言う。リースはホークアイの肩に乗っかっていたお腹をさする。痛みは無い。
「大丈夫です。」
「そ、それならよかった」
 ホークアイはにこりと微笑む。
「ありがとう、ホークアイ」
 リースがようやく、声に出してそう言った。いろんな気持ちが複雑に入り乱れてリースの心は不明確不明瞭であった。たが、今口に出したことは本当の気持ち。それこそが、本当の真実な気持ちであるような気が、リースはした。
 ホークアイは、リースがそう言うのを見て、安心したように笑って見せた。しかし、頭に手をやると、なんだか寂しそうな顔をして息をつく。
「情けないよなぁ・・そう言ってくれると判ってたら、俺はライザからの依頼が無くてもそうしたのに」
「え?」
 リースはそう言って、立ち上がるために落としていた視線をもう一度ホークアイに戻した。
「情けないだろ?君を・・そんなにやつれている君を、守るにはこんな方法しかないなんて・・」
 ホークアイが情けない顔で笑う。リースはそんなホークアイにきっぱりと首を振った。
「いいえ・・いいえ!」
 リースはそういうと、立ち上がってホークアイの体を抱きしめた。あまりに唐突なリースの行動に、ホークアイは目を白黒させて仰天した。
「り・・リース?」
「情けないなんて、そんな、そんなこと私はあなたに思ったことはありません!」
 ぎゅう、とホークアイにまわした腕に力を込めながら、リースは言った。
「・・尊敬してます。ライザからのあなたにとって不利な申し出を受けてくださったことを。そして、その仕事を見事に果たしてくださったことを・・!」
「申し出がなくても、って言ったよね。リース」
 おどけるように笑いながら、ホークアイがリースの顔を上げさせた。一瞬の隙を突かれて、リースの唇にホークアイの唇が重なる。
「っ・・!!」
 どんっ!
 リースは驚いた拍子に、ホークアイを突き飛ばした。ホークアイがわっ!と声を上げて、尻餅を付いた。信じられない、というように顰めた眉と、恥ずかしさに顔を赤くしたリースの顔を見て、ホークアイが笑う。
「なっ・・何がおかしいんですっ!」
「いいえ?なーんにも!お姫様!」
 そういいながら、さぁ、どこに行こうか?とホークアイはリースに手を差し延べた。リースはふくれっつらになりながらも、その手を握ると、次第にその手の暖かさに顔も和んでいった。
「・・・どこでも構いません。」
 あなたが・・一緒なら。







Fin.


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・・・・(-_-)
あんた自分で作った話に遠い目するのやめなよね(笑)