神隠しの森



 森に差し掛かってからというもの、雨が止まない。時刻はもう夕刻を越えあたりは暗くなり始めていた。とはいえ、ここは昼間でも暗い森なのであるが。
 長時間しとしとと降り続く雨に地面はぬかるみになり、跳ねた泥は歩く者のブーツを汚した。
 デュランはそれでも構わず急いでいた。こんな森で足止めを食らうのはまっぴらだった。余計な事が起こらないうちにさっさとこんな森を越えてしまいたかった。何かが起こると考えていたわけではないが、雨が、何か陰湿な感じがしてデュランは嫌気がさしていた。
「おい、急ぐぞ!」
 苛々するように足の遅い仲間を振り返って、デュランははっと足をとめた。デュランに追いつこうと懸命に走っていたシャルロットが、デュランの突然止まった足にぶつかった。
「わっぷ!急に止まるなんてナシでち!!デュランしゃん!!」
 危うくこのぬかるみに転んでしまうところを、何とか免れたシャルロットが喚いた。しかし、デュランはその言葉すら耳に届かなかったかのような顔で、シャルロットに尋ねた。
「おい、アンジェラは・・?」
「えっ?いないでちか?」
 シャルロットもデュランの言葉に驚いて、あたりを見回す。アンジェラが走る足音も、声も、気配も、見つからない。シャルロットが慌てふためいてあわわ、と焦った声を上げた。
「さっきまで一緒にいたでちよ!ほんとでち!」
 デュランがそんなシャルロットを手で制して、黙って耳を澄ましている。少しでもアンジェラの気配があれば、聞き分けようとするように。
 しかし、デュランがどんなに待っても、アンジェラの足音も気配も掴むことは出来なかった。デュランが悔しそうに、足を踏み鳴らした。泥がびしゃっと跳ねて、シャルロットは慌ててその泥から逃げるように後ずさる。
 さすがに、シャルロットも責任を感じてその泥の仕打ちに何も言うことはできなかった。
「ご、ごめんなさいでち。あたちがもっと注意していれば・・」
 シャルロットのそんな言葉に、デュランはふと自分を取り戻した。優しくシャルロットの頭に手を乗せて、すまねぇ、と謝る。
「八つ当たりだ。ごめんな、シャルロット。俺がもっとよく後ろを確認しておくべきだったんだ」
 デュランがシャルロットにそう言うと、シャルロットは泣きそうな顔でデュランを見上げた。
「ど、どうしたらいいでちか?アンジェラしゃん、どこ行ったでちか・・」
 いつもはアンジェラとはからかいあってばかりいるシャルロットなのに、いざいなくなるとやはり不安でたまらなくなるようだった。
 デュランにしてみてもそれは同様らしく、いつものいきり立った瞳の中に別の、心配そうな光が宿っている。
「とにかく、来た道を戻ってアンジェラがどこで消えたのかを見つけよう・・。ぬかるみの地面が足跡を残してくれてるはずだ・・」
 さっきまでの嫌な感じがまさか的中するとは思わず、デュランはため息をついた。予感があったのに未然に防げなかったことで、デュランは今度は自分に嫌気がさした。
「いくでちよ。」
 シャルロットが早く、とでも言いたげにデュランを促した。そう、くよくよしている間に、ぬかるみの地面は降り続く雨によってその足跡すら消してしまうだろう。デュランは頭を切り替えて、ああ行こう、と答えた。そして、再び足を進ませはじめたのだった。
 そこから歩き始めて十分と経たないうちに、アンジェラの足跡が見つかった。特に踏み荒らされた形跡もなく、忽然とアンジェラの足跡がそこで途切れている。
「気味が悪いでち。まるで神隠しにでも遭ったみたいにキレイに途切れてるでち」
 シャルロットがぶるっと身震いさせながらそう言った。雨具を着ているとはいえ、雨もずいぶんと降り続いて体が冷え切っているということもあるだろうが、彼女が震える理由は決してそれだけではないだろう。
 デュランは他に手がかりがないか、外套を雨避けにしながらあたりを見回した。と、手がかりとも言うべき別の足跡がアンジェラの最後の足跡の傍に残っていた。
「別の足跡でちね。」
 シャルロットも気付いてその足跡を指差した。
「そうだな・・。でもこの一組だけか?どうしてこの足跡はどこにもつながってないんだ・・?」
 デュランはそう言った後、瞬時に他の気配を察知して身構えた。脇の木の陰から突如何者かが飛び掛ってきたのだった。
 鞘から剣を抜いていたのでは間に合わないとデュランは判断し、剣を鞘ごと掴んで相手の動きを止めようとした。襲ってきた相手の首にデュランの剣が横一文字に入り、相手はデュランが狙った通り喉元を押さえ込まれて動きを止めた。すぐにばっとデュランから離れて間合いを取ったところで、相手は不意に戦意を落とした。
「違う・・オイラが狙ってる奴とは違う。お前、誰だ?」
 きょとんとした幼い瞳がデュランを見つめてそう言った。よく見てみると、この森を徘徊する獣人よりもあどけなく、優しげな瞳が印象的だ。こいつは敵じゃないな、とデュランは判断し剣を腰にまた提げた。
「俺はデュラン。こいつはシャルロット。今一人の仲間が消えて探しているところなんだ。お前はここの住人なのか?」
 デュランは礼儀正しく相手にそう言った。他人のテリトリーを犯す自分達にすでに非はあると、そう考えているのだった。
 デュランの問いに、その幼い獣人はこくんと頷いた。
「オイラ、ケヴィン。ビーストキングダムの住人。突然襲ったりして、ゴメン」
 ケヴィンはすまなそうにそう言うと、頭を下げる。デュランは、いや、というとケヴィンに早速尋ねてみる。
「ここの住人なら手っ取り早い。この辺は神隠しとか起こるのか?仲間が消えて困ってるんだ」
 それを聞いて、ケヴィンは首をかしげていたが、不意に思い出したように目を見開いてこう言った。
「ああ、オイラも聞いたことがある。その話。最近よくこの月夜の森で行方不明が増えてるって」
 デュランとシャルロットは驚いて顔を見合わせた。シャルロットが慌ててケヴィンの服を掴んで尋ねる。
「だ、誰がそんなことしてるでち!?アンジェラしゃん、戻ってこなくなるでちかっ!?」
「う・・うわ?!」
 唐突に詰め寄られてケヴィンが吃驚する。こら、とデュランがシャルロットを引っ張り戻し、改めてデュランがケヴィンに言った。
「すまない。アンジェラって奴が今いなくなったんだ。良かったら見つけるのを手伝ってくれないか。」
「いいよ!オイラ鼻が利くし。それに、そいつオイラが探してる奴と同じ気がする。ここにはオイラが探してる奴の匂いがするんだ!!」

 一方、月読みの塔の前では、死を喰らう男が幸せそうに若い魂を貪り食っているのだった。傍には若い人間や獣人たちが気を失って倒れている。死を喰らう男はその者達から魂を抜いては我が物顔で魂を吸収していた。
「これだけ沢山の魂を確保していれば、私がいくつか間引いてもわからないはずですネ。ばれたらあのお方に殺されてしまいますが、これくらい元があればあのお方も満足なさるはずデスよ!」
 そう言って、死を喰らう男はふと目にした若い娘に舌なめずりした。
「おや、さっき収穫した娘ですネ。こいつを最後に頂いて後はあのお方への手土産にしますか」
 死を喰らう男が気を失ったままの娘に手をかけた。娘は男の力を受けて宙に浮く。ふわりとたゆたうように靡く髪が月明かりに照らされて、美しく輝く。
「ほほう、珍しい。人間でもこんなに美しく育つとは。さぞかしその魂も美味なのでしょうネ!楽しみデスよ!」
 そう言って、死を喰らう男が魂を抜こうと意識を集中しようとしたときだった。
「アンジェラっ!!」
 デュランの声がそう叫んだ。そう、今にも魂を抜かれようとしていたのは探していたアンジェラその人だったのだ。
 デュランの声で意識を乱された死を喰らう男は、ぎんっと目を怒らせて声がしたほうを睨みつけた。
 男からの力が抜けたアンジェラは、どさりとその体を地に叩きつけられた。アンジェラはそれでもまだ目が醒めない。どうやら強力な術がかかっている様子だ。
 デュランの傍にいたケヴィンは、死を喰らう男を見つけて、怒り狂ったように目を吊り上げた。
「カール・・カールを返せぇ!!」
 ケヴィンはそう言って死を喰らう男に飛びついたものの、死を喰らう男は不思議な術でケヴィンの体を封じてしまう。
「獣人王のバカ息子だネ。全くつまらない小動物にばかり構っているから、ルガー様にも敵わないのデス!」
「つまらない比較をするんじゃない、死を喰らう男」
 森の影から姿を現すのはもう一人の獣人。ケヴィンをちらりと見ては、死を喰らう男に向かって舌打ちする。
「ケヴィンを殺っていいのは俺だけだ。早くその術を解け。」
「それは差し出がましいことをしましたネ!」
 死を喰らう男はそう言うと、言われた通りにケヴィンの術を解いた。ケヴィンは術から開放されて、不思議そうにルガーを見つめる。ルガーはそんなケヴィンににやりと笑う。
「さぁ、お前はその仲間と来い。未熟なお前は一人では俺を倒せまい」
「面白そうですが、ワタシは先に退散しますよ。」
 死を喰らう男はものすごい跳躍力であっという間に見えなくなった。どうやらある程度魂を抜き取っていたのか、今から抜かれようとしていたアンジェラの魂はその危機を逃れた。
 その跳躍力を目の当たりにしたデュランが、どうりで足跡が一組しかないはずだと納得した。
「さあ、はじめようぜ」
 ルガーの一声で一気に戦闘がはじまった。デュランは剣を抜き、ケヴィンは完全なる獣人と化し、直接攻撃でルガーの体を痛めつける。ルガーも素早い動きで攻撃し、また攻撃を交わすので戦闘は苦戦を強いられた。
 しかし、パーティの強みは長期戦になればなるほどそれが現れてくる。何せこちらには回復魔法の使えるクレリックがついているのだ。ルガーは長丁場になった戦闘で最後にぱたりと倒れた。
「アンジェラしゃんっ!」
 シャルロットはすぐさまアンジェラの元に駆け寄った。気を失ったまま倒れたアンジェラは生気がほとんど無いように見えた。青白くなってしまっているアンジェラの肌色に、シャルロットが思わずデュランしゃんっ!と声を上げる。
 戦闘の疲れで膝をついていたデュランも、さすがにシャルロットの声には驚いて走り出す。アンジェラの顔色を見て、デュランも一瞬息を呑んだ。信じられないほど青白い肌の色。魂をもう抜かれてしまっているのか?と疑わねばならないほどアンジェラの肌色に生気は無い。
「おい・・アンジェラ」
 デュランはアンジェラの傍にへたりこむように座り込んだ。アンジェラの頬に手をやる。軽く頬を叩いても、反応が無い。
「おい・・おいったらおいっ!目を覚ませよ!アンジェラ!」
「あーん、全然ムード出ないんだから〜・・」
 まるで人をバカにしたような声を上げて、アンジェラが片目を開いた。それに気付いたデュランが、アンジェラを鋭い瞳で睨みつける。
「お前・・悪さがすぎるぞっ!!一体どんだけ心配したと思ってるんだ!!」
「これだけしてくれたの、よくわかったわ」
 アンジェラがすいっと人差し指をデュランの目に近づけて、デュランの目ににじんだ涙をすくうように触れていった。
 アンジェラの指が、デュランの涙に濡れているのを見て、アンジェラは満足げに笑う。
「心配してくれてありがとう、デュラン?」
 デュランはそんなアンジェラに怒り心頭、という感じに物も言わず立ち上がった。シャルロットがやりすぎでち・・と気の毒そうにデュランを見つめていたが、アンジェラはそれでも嬉しそうに笑っていた。






Fin.


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