癒えない傷
私ノコトンカ嫌イナンダ。私ノコトンカ嫌イナンダ。私ノコトンカ嫌イナンダ。
オ母様ハ私ナンカ生マナケレバ良カッタッテ思ッテルンダ。
ダッテショウガナイワ。私ナンテ王女ラシクナイシ、魔法モ満足ニ使エナインダモノ。
オ母様ガ私ヲ嫌ウノモ無理ハナインダワ。
・・・嗚呼、私ナンテコノ世ニ生マレテコナケレバ良カッタ。
「・・ンジェラ・・。アンジェラ?」
はっとして、顔をあげると一瞬脳が酸素不足になった所為でくらりと視界が傾いだ。慌てて体勢を整えようとして、足を踏ん張った。そうして何とか、目眩から免れた。
それから、さっきの声の主に顔を向けると、彼女は――ローラント王国の王女リースは心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「あ・・ゴメン。何?」
「・・疲れてるんですか?無理しないでちゃんと言わないと、後で大変なことになりますよ」
よく状況を把握しようと、私は素早くリースの顔と向こうから私を振り返るもう一人の仲間――フォルセナ国の剣士デュランの表情を探った。どうやら私はいつのまにか二人からはぐれそうになるくらいの歩調で歩いてしまっていたらしい。
私は気分が悪くなりそうになるのを何とか顔に出すまいと必死に笑顔を作ると、心配そうに見つめるリースを笑い飛ばした。
「だいじょぉぶっ!まだまだこんなとこでへばったりしないわよ!」
私がそう言って、リースの更に前を歩くデュランも抜かす勢いで駆け抜けた。必死に堪えたお陰か、気分は先ほどからよくなってきているみたいだった。
自由都市マイアの胡散臭い発明家が作った大砲で、橋の壊れた崖の向こうの平原に飛ばしてもらった私たち。本当は草原の国フォルセナを目指して飛ばしてもらったはずなのに、どうやらその外見の胡散臭さを裏切らず奴は目測を誤ってくれたらしい。
「まーったく、なんなのボン・ボヤジの馬鹿ったれったら。フォルセナに落としてくれればこんな苦労することなかったのにさ!ねーえ、デュラン?!」
デュランのご機嫌を窺うつもりで、私はひょいとデュランの顔を覗き込んでみた。デュランは不機嫌そうに私の顔を横目でちらりと見るだけだった。
(また、怒らせちゃったみたいね・・)
私は肩をすくめた。デュランの態度からすると、どうもずいぶん先まで歩いた後、私がいないことに気付いて探しに戻ってきてくれたのだろう。
デュランとリースは――、もともと戦力を身に付けているだけあって体力が私とは雲泥の差だった。素質があるだけに、一緒に冒険してる間でもその成長は目覚しかった。
(もし、私がいなかったら二人だけでもっともっと早く進めるのかもしれない。)
最近私はそう思うようになっていた。
足手まといにならないようにしなきゃいけない。出来るだけ疲れないようにしなきゃいけない。
そう思うことが増えれば増えるだけ・・、アルテナにいる頃の自分が甦ってくる。
・・嗚呼マタ、私ハ嫌ワレテシマウ。
「ここで一度休もう。」
デュランがそう言ったのは、それからまもなくだった。そう、さっき私がデュランの顔を覗き込んだほとんど直後だと言ってもいい。
「そうですね。じゃあ、支度しましょう。デュラン、薪お願いしますね」
リースが荷物を降ろしながらそう言った。私は解せなくて二人を交互に見つめてこう言った。
「どうして?まだ陽はあるのに」
「フォルセナの情勢がわからないからな。アルテナがフォルセナを襲撃するってアンジェラは聞いてたんだろう?」
デュランにそう言われて、私はこくんと頷いた。確か、お城を出る直前、宮廷使用人のヴィクターがそう言っていた。
「俺はその襲撃に一度遭ってる。そのときは一旦引いたけど、多分二次戦略が待ってたはずだ。フォルセナがもしかしたらジャドのように侵略されていないとも限らない。あまり考えたくねーけど」
デュランはそれだけ言うと、私から離れていった。薪を集めるために、荷物はどさりとそこに置いて。
何も言いようがなかった。デュランは襲撃される側の人間。私は襲撃する側の人間。言葉も何も出ない。
リースが案じるように近づいてきた。私の震えそうになる肩に手を置いて、こう言った。
「・・国を侵略する人もされる人も、こんなに辛いのにどうして人は争うのでしょうね・・。」
私は頷いた。頷くしかなかった。頭を振った勢いで、ぽろぽろっと涙がこぼれた。
本当に、どうして争う必要があるのだろう。テリトリー争いなど下等生物(モンスター)のすることではないのか。人としての本質は、そんなに程度の低いものでいいのだろうか。本当のお母様ならそんなことなさらない。絶対に。
早くお母様の本来の姿を取り戻さなくては。
世界が破滅に導かれてしまう。
デュランが苦労して拾い集めた薪で火を起こす。大地の裂け目という大きな崖に向かって流れる川を見つけ、リースと私は交互に水を運んだ。
その水を鍋に入れ、焚き火の火に掛ける。干し肉と豆類などを混ぜた簡単なシチューを作り、それと乾パンをかじった。行儀もへったくれもないデュランは、乾パンをシチューにつけて食べていた。
三人の食事が終える頃、空が星たちの調べを奏で始めていた。
「夜にまぎれて行くって言うのも手かもしれませんよ。早めに出ます?」
リースが食事用に取っておいた香草のお茶をデュランに手渡しながらそう言う。デュランはとりあえず収まったお腹をさすると、リースのくれたお茶をぐいっとひと飲みしてしまう。有り難みのないヤツ。
リースが私にもお茶をくれる。私はありがと、と言ってそれを受け取った。お茶から香ってくるお花の匂いが粗末な食事の最後の彩りになる。私は心地よくそれを吸い込んでから一口口に含んだ。
「いや、相手が強力な魔導師群だし、昼にしても夜にしてもそこまでは変わらないだろう。一番狙い目だとすれば、夜の攻撃で両者が疲労状態になっているはずの明け方だな。」
リースが器を集めてから立ち上がった。
「どちらにしても今から寝てしまう方が良いみたいですね。始めの火の番はいつものようにアンジェラ、頼んで良いかしら?」
「いいわよ。どうせしばらく寝付けないわ」
私はまだ手にもっている自分用のカップに口つけた。リースが頷くと、柔らかく微笑む。
「私洗ってきますね。夜具の支度、お願いします」
「えっ、私も行くわよ!」
私は慌てて自分のカップを持ったまま立ち上がった。しかし、リースはそのカップを取り上げてしまう。
「器が少ないから一人でも平気です。川もすぐそこだし。すぐ戻りますから」
にっこり微笑んで、リースは一人川に向かって歩いていってしまった。私は立ち上がってしまったついでに、それぞれの荷物から夜具を取り出すことにした。
「よいしょっと」
軽めの毛布をバッグから引っ張り出す。デュランも私が忙しなく動くのにつられてか、自分の夜具を取り出し始めた。
「フォルセナ、大変なことになってないといいね」
思いつける限りの言葉を、私は言った。デュランはそうだな、というと引っ張り出した毛布に包まった。数秒と経たずに、整った呼吸を表すようにデュランの肩が上下するのを見て、私は呆れ半分、その思い切りの良さが羨ましく思った。
「剣士だものね、そう言う風に訓練されてるんだわ」
私はそう呟いて、夜具を整え終えると火に向かって膝を抱えて座り込んだ。
しばらくすると、リースがきれいにした器を抱えて戻ってきた。火の近くで乾かすように並べながら、デュランを見てくす、と微笑んだ。
「もう眠っちゃったんですね」
「うん、いつも早いから、デュランって」
「じゃぁ私もお先に。眠くなったら言ってくださいね。交替しますから」
「ありがと。おやすみ」
「おやすみなさい」
毛布にリースがもぐりこむと、リース自身もデュランとはあまり変わらないと思った。すぐに心地よい寝息を立て始めたのだから。
私はぱちぱちの爆ぜる音を立てる炎を見つめ、紅蓮の魔導師の姿がふっと浮かんだ。真っ赤な外套を背中に垂らし、私を蔑むように見つめるあの瞳を思い出し、思わず身震いした。
オ前ナド王女トシテ相応シクナイ。
口が開かずとも聞こえてくる威圧の声が、遠く離れていても私を苦しめる。
わざわざ言われなくても判ってるったら!
いらついて、つい火を消したくなる衝動に駆られた。しかし、モンスターのいる平原で焚き火の炎なしで眠りにつくとすればあまりに無謀なのは判っている。モンスターは火を恐れるものが多いので、冒険者は火を絶やさず眠るのが定石だ。
はぁ、と息をついて、私は落ち着きを取り戻した。と、その時。
「皺、増えるぞ」
私は驚嘆のあまり既に悲鳴が出そうになるのを堪えた。ふと炎から目をそらしてみると、いつの間にかデュランが私の顔を覗き込める位置で寝転んでいた。
「馬鹿っ、何やってんのよデュラン!ちゃんと寝てなさいよ!」
できるだけ声を顰めて、私はデュランを叱りつけた。リースまで声が届かないように。
「それにしても、今何て言った!?皺なんてできてないわよ!失礼ね!」
「寝て良いのか文句を聞きゃいいのか、わかんないんだけど。アンジェラ」
デュランが面白がるようにそう言うので、私は一瞬困惑した。デュランってこんな風に笑ったことあったっけ?
「もうっ、安心して寝てなさいよ。まだ私眠くないから」
反論するのもばかばかしくなって、私はそう言った。デュランが、判った、というと毛布を被る。
「お前、いつもきゃらきゃらしてるわりに、一人になると難しい顔するんだな」
「!?」
言葉を失った、というのはこういうときに使うのだろう。一瞬驚きのあまり頭の中から言葉と言う言葉が全て姿を失ってしまったかのようだった。
「何そんなに難しい顔して考えてるんだ?今のことか?これからのことか?それとも、過去のことか?」
粗野で無骨なヤツだと思っていたのに、意外と的を得た聞き方をするのに私は吃驚しながらも、自然と答えてしまっていた。
「過去のこと・・かな」
「無駄なことだな」
デュランはそういうと自分の毛布を剥いで、私に向かって投げつけた。お陰で私はその毛布を頭から被る羽目になってしまった。デュランの言葉だけでも驚きなのに、こんなのってない。私は慌てて毛布から顔をようやく出して見せると、デュランが隣で面白そうに笑ってあぐらをかいていた。
「アンジェラ、過去のことで後悔することは俺もよくある。でも後悔して未来へ活かすことと、過去の後悔に縛られることは違う」
デュランが私を見つめてそう言った。いやに大人びた顔つきで、まるで私がデュランよりも年下になってしまったかのように思えるほどに。
「過去のことは後悔しても結局何も変わらないんだ。アンジェラ、お前は今一体どうしたいんだ?」
「私は・・お母様に認められたい。お城に帰りたいの」
デュランは笑った。決して私の願いを笑ったんじゃない。そういう笑いじゃなくて・・まるでそれで十分だ、とでも言いたげな表情だった気がする。
「俺たちは旅する理由がちゃんとあるんだ。だから何も今は引け目を感じることなんてないだろ?アンジェラ、お前の魔法で俺たちは何度命拾いしたかわかるか?心配しなしなくていい。お前のお袋さんのやったことは幻だし、お前をそんな扱いするやつはいない・・いたとしたら、それは俺たちの敵だ」
デュランは一気にまくし立てるようにそう言った。私は、デュランの言葉が暖かい潮流になって私の心を包んでくれたような気分になった。そう思ったら、唐突に睡魔が襲いかかってくる。
「ありがと・・デュラン」
それだけいうのに私は気力を使い果たしたかのように眠りについた。
癒えない傷だと思っていたの。過去の傷はもう決して癒えることのないものだと思い込んでいたの。でもそうじゃなかった。
癒えない傷に目を向けて、それから未来へ活かすこと。そうすればきっと傷は古傷になる。他愛ない思い出に変わるわ。
それはただのきっかけ。自分を幸せにする勇気だけ。
Fin.
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