掲載日:2001/12/09




未来に繋がるもの[前編]




 午前中に定期船が入港した所為で、街は朝から活気に溢れていた。他の街からいろんな商品を仕入れてきた商人たちが、次々に品物を船から降ろし仕入れていく。他にも、定期船に乗って英雄王の住まう草原の国フォルセナに赴くために訪れた人々や、ジプシーのように世界中を回りながら旅する者が次々にこの地に降り立ち、ここでしばしの休養を取ろうとそこここに人が忙しなく蠢いている。
 自由都市マイアのその日は、喧騒に包まれて始まった。
 
「どいてどいて!危ないよっ!」
「ちょっと!この樽早くどかしておくれよ!通れないじゃないかい!」
「ここに置いてあった品物は!?どこにやったんだい?」
 定期船が入港した港から町の入り口は人々でごったがえしている。デュランとホークアイはあまりの騒がしさに、叩き起こされてしまったのだった。
「すげぇなあ・・いつもこんなに人多いんだっけ?マイアって」
 ホークアイが不思議そうに人々の行く先を目で追いながらそう言った。デュランはいや、と首を振りながら答える。
「いつもはそうでもないはずなんだがな。バイゼルで何かまた催しでもあるのかもな」
「ふうん・・」
 ホークアイが頭の後ろで腕を組みながらひょいひょいと歩いていると、一人の走りこんでいた娘が勢い余ってホークアイとぶつかってしまう。
「あいたっ!」
「わぁっ!」
 如何にいつもは身軽で軽快なホークアイも、不意打ちには対処が取りようも無かったようだった。二人とも、勢いに任せてその場に転がる。デュランが、そんな二人を見つめて、目をぱちぱちさせた。
「だ、大丈夫か??」
 デュランがそう声をかけると、ホークアイがててて・・と頭をさすりながら転がった関係上、自分の上に乗っかったその娘を見やる。
「君、大丈夫かい?」
 娘はホークアイの声に反応したようにゆっくりと身を起こすと、ホークアイの上にいる自分をようやく自覚して、ごめんっ!と慌てて飛び退った。
「ああ、そこまでしなくてもいいけどさ。どっか痛くしなかったかい?」
 娘は言われて、頷く。その娘の顔を見て、デュランもホークアイも一瞬誰かに似てる、と思った。
「あたいは平気!ごめんね、旅人さん」
 元気だけが取り得の様ににっこりと笑って見せて、娘は立ち上がる。その娘がほら、とホークアイに手を差し出したので、ホークアイはその手に掴まって立ち上がった。
「ずいぶん急いでたみたいだけど?どうしたの?」
 ホークアイがいつもの調子でさりげなく娘に話し掛けると、娘はちょうどよかった!と笑いかける。
「ねえ、旅人さん。一つ協力してほしいことがあるんだけど」
 娘は嬉しそうに両手を合わせて拝むようにそう言った。デュランとホークアイはそこでようやく誰に似ているのかを思い出して、二人してボソッと呟いた。
「・・・似てるなぁ・・」
「えっ?!」
 娘が二人を交互に見て、その呟きの真意を探るように目を瞬かせた。デュランとホークアイもまさか、相手が同じ台詞を呟くとは思わず、二人で笑い合う。
「お前も、そう思ったか」
「まぁな」
 二人が似ていると思ったのは、二人にとってもう一人の旅のパートナー、本来は魔法王国王女という血筋のアンジェラだった。  しかし、全く似ているというわけではない。アンジェラからすれば、その娘の顔立ちは鄙びていたし、化粧っけも全く無かった。髪の色もアンジェラのような不思議で高貴な紫水晶の色ではなく、赤茶けた色をしていた。決定的な何かが似ているというわけではない。ただ、そこにある空気の色が似ている、というのが一番しっくり来るようだった。
 娘はそんな二人の会話に首を傾げながらも、とりあえず自分の話を聞いてくれそうだと思ったか、こう切り出した。
「ねえねえ、お願い。あたいは芝居小屋のシシリィっていうんだ。実は一人女の役が足りなくて今探してるんだけど、知り合いに女いないかい?」
 シシリィと名乗った娘は蓮っ葉な口調でそう言った。その話にデュランもホークアイも面白そうに微笑むと、とりあえず着いてきな、とシシリィを誘って宿屋に戻った。

「芝居?芝居って台詞を覚えて、舞台の上で大声で喚くやつ?」
 シシリィの話を聞いて、きょとんとするのは魔法王国アルテナ第一王女アンジェラ。とはいえ、このご時世でそんな身分を明かせばどんな悪漢に掴まるか知れないので、そのあたりのことはシシリィには伏せてアンジェラは自己紹介した。
 シシリィの後ろで、ホークアイが面白そうに微笑んでいる。デュランの方はさして興味のない顔をしている。
「そう!それにしてもあの二人の連れさんだって言うからどんな人かとわくわくしてついてきてみれば・・とんだめっけもんだよ!ほんとキレイな人だねぇ・・」
 シシリィは羨ましそうにアンジェラを見るとほう、とため息をついた。アンジェラは言われて悪い気はしないのか、肩をすくめて笑ってみせる。
「化粧が濃いだけだよな」
 後ろからデュランが口を出す。アンジェラがそれに反応してきっと睨みつける。
「化粧だけじゃないわよ!彫りが深いんだから派手なのはしょうがないでしょ!!」
「まだ俺は派手なんて言ってないけどね」
「・・っきーっっ!むかつくわ!!いつもだけど!」
 ホークアイがデュランを、シシリィがアンジェラをなだめるように手で抑えて抑えてのゼスチャーをする。シシリィの話を聞こうとアンジェラは一旦浮かした腰を下ろすと、シシリィに視線を戻す前にデュランに舌を出してあかんべぇをした。
「可愛くねぇ顔」
「そっちこそ!」
「・・話続けていいかい?」
 シシリィも堪忍袋の緒が切れてきたのか、次第に拳を震わせてきた。アンジェラがそれに気付いて慌てて座りなおす。
「ご、ごめん。シシリィ」
「いいけど・・私てっきりホークアイさんの彼女だと思ってたんだけど、そうでもないみたいだね」
「えっ?!」
 アンジェラはシシリィの言葉にびくっとしながら声を上げると、シシリィがにっと意味ありげに微笑んでみせる。
「じゃ、続きをお話しましょうか。団員になるアンジェラさん?」
 シシリィはどうもアンジェラの表情である事情の確信したのか、水を得た魚のような口ぶりでアンジェラにそう言った。アンジェラもその事を隠しきれなかった自分に歯痒さすら感じながら、時既に遅しとがっくりとうなだれた。
「よ、よろしくお願いします・・」

「でね、結局12時間後のお芝居に参加させるっていうのよ!こんなぶ厚い台本なんて渡されちゃってさ!どうしてくれんのよ!」
 シシリィは用意のいいことにしっかりと台本を持ってきていたのだった。弱味を握られたアンジェラは断ることも出来ずに、しぶしぶ承諾してしまったのだった。
「魔法の呪文だって覚えるのが苦手だっていうのに、どうして私がこんなことできると思ったのよ!?」
 器用にもアンジェラは台本に目を走らせながら、既にシシリィが帰ったその部屋で喚き続けていた。ドア側にはまだデュランとホークアイが面白そうにアンジェラの喚き声を聞いている。
「出来ると思ったんじゃないけどな。ただ面白そうだったから」
「そうそう」
 年下の二人にからかわれてアンジェラはむかむかと煮えくり返る腹をどうにかして抑えたかった。ただ時間だけは今は無駄に出来ない状況なので、アンジェラは台本から目を離さずに、愚痴を喚くという手段に出たと言うわけだ。その手段はとどまるところを知らない。
「面白そう、ってだけで私を窮地に追い込まないでくれない!?」
「だったら断ればよかったじゃねぇか」
 そういうのはデュラン。デュランのその台詞を聞いて、アンジェラは言い返したい言葉が喉の奥でいがいがするようだった。
(・・あんたがそこにいなかったら断ってるわよ!)
 叫びたいのに叫べない言葉がアンジェラの頭の中にがんがんと響いている。台詞が頭に入ってこない。
「まあまあ、デュランもそういうなよ。アンジェラにはアンジェラの事情があるんだし、な?アンジェラ?」
 ホークアイには判ったような口ぶりで言われるのに、余計に苛々させられてアンジェラは腹が立った。こうなったら、意地でもこの芝居でぎゃふんといわせてやろうと、アンジェラはそう思った。
「二人とも邪魔だからもう出て行って!」
 アンジェラは金切り声を上げてそう言った。二人はそれに肩をすくめて、黙って部屋を出て行った。
 あと12時間後の舞台。準備を2時間前から行うと言うことで、それまでには10時間しかない。アンジェラはそれまでに自分の役柄と台詞を全て覚えこむために必死に台本に向き合った。

「出来ると思うか?あのお姫さん」
 ホークアイが面白そうに笑いながら、そう言った。デュランは、どうだろうなぁと首を傾げる。
「もともと何かを計画的にやるタイプじゃないからな、アイツ。逆にああいうのは一夜漬けタイプじゃないか?それだとしたら意外と上手くやっちまうかもな」
 何の気もなしに、デュランがそう言うのをホークアイは興味ありげに眉を上げてみせた。
「へえ?賭けてみようか?」
 ホークアイの言葉に、デュランもその気になったのか強気な瞳を投げかけて不敵に微笑む。
「晩飯?」
「プラス酒代な」
 ホークアイが乗るか?と楽しげな口ぶりでそう言うと、デュランは頷いた。
「おもしれぇ。じゃ、俺は出来ないに賭ける」
「馬鹿!お前さっき言ってたのと違うぞ!」
 焦ってホークアイがそう言うと、デュランは飄々とこう言ってのける。
「賭けるとなると別だよ別」
「ひっでぇ・・」
 無責任にもアンジェラを賭けの対象にしながら、二人は街の人込みに紛れ込んでいく。人口密度がいつもよりも高くなった町並みでは、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまうのだった。

 それから10時間後、シシリィが宿屋にお迎えに来た。
「アンジェラさん、用意はいいかい?」
 シシリィがアンジェラの部屋をノックする。台本をもってドアに現れたアンジェラは、疲れきった顔を見せた。
「大丈夫かい?」
 シシリィは少し良心が咎めたのか、そっとアンジェラの肩に手をやった。アンジェラはシシリィを見つめると、行こう、とそれだけ言った。
 シシリィはアンジェラの表情に驚かされた。アンジェラの疲れた顔の中に、何かを見出したのだ。
「アンジェラ、衣装合わせの小屋に案内するわ」
 シシリィはそういって、アンジェラの先を歩き出した。アンジェラも、何も言わずにそれについていった。
 宿屋を出てから港側に歩いていくと倉庫が立ち並ぶ区域に出た。その一角を団員で衣装置き場として借りているようだった。
 衣装合わせの倉庫には団員が10名ほど揃っていた。アンジェラの顔を見るなり、団員はアンジェラの美貌に驚いてはしゃいだ。
「アンジェラだね、シシリィが無理言って悪かったよ。」
「でも、舞台向きな顔してるわ。きれいだもの!」
 団員達に褒めちぎられて、アンジェラは一瞬目をぱちぱちしていた。しかし、シシリィが団員達を一喝する。
「アンジェラとの『台詞合わせ』はまた後の時間にとってあるでしょ!さあ早くみんな着替えてしまって!」
 シシリィが一言そう言っただけで、団員達は静かにもとの作業に戻る。
「すごい統率力・・」
 アンジェラは呆然とした声でシシリィにそういうと、アンジェラより背が低いシシリィは茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせる。
「芝居って一人一人に役目の落差があるから、これくらい厳しくしないとすぐ諍いになっちゃうのさ。さ、アンジェラも着替えをして台詞合わせしないとね」
「ええ」
 シシリィはアンジェラを見て、楽しそうに笑って見せた。アンジェラはシシリィが芝居に心を奪われたように楽しんでいるのが手にとるように判って、なんとか失敗だけはしないようにしようと心に決めた。
「アンジェラの役、飲み込めた?」
「ええ、なんとかね」
 小屋全体の一番隅にカーテンで覆った部分があり、そこで着替えをするようだった。シシリィがすぐに衣装をアンジェラに手渡して、これを、と着替えを促した。
 アンジェラはその衣装に着替えながら、そういえば、と声を上げた。
「何?」
「よく考えたら、あいつらに舞台見に来いって言うの、忘れてたわ」
 シシリィがそれを聞いてにっと笑ってみせる。
「来るさ。大丈夫」
「そうかしら?」
 そう言って、アンジェラは衣装を被る。黒い短めのドレス。質素なものだが、襟や袖口、裾にはレースがあしらわれている。
「だって。アンジェラを芝居に出そうと思いついた仲間だもの。きっとアンジェラの芝居する姿、見たいと思うよ」
 シシリィは見栄え良くなるように、襟や袖口のレースを触って具合を調べる。少しゆるめになっている場所は、素早く針と糸を用意してつめてしまうのだ。
「それなら、失敗するのがみたいだけだわ」
 針が刺さらないようにじっとしながら、アンジェラはそうはいくもんですか、と呟く。
「ばかだね、そんなこと思ってやしないよ。あの二人、アンジェラのこと大事にしてる」
「大事に?!・・った!」
 シシリィの言葉に憤然としてアンジェラが振り返ろうとしたので、首筋に針が当たってしまったのだ。
「ああ!やだ!動くやつがあるかい!」
 すぐにシシリィは軟膏のようなものを持って来てアンジェラの首筋に塗りつける。
「だって!シシリィがおかしな事言うから・・」
 言い訳がましく、アンジェラがそう言う。痛かった部分を触ろうとするアンジェラの手を、シシリィが邪魔そうにはね退ける。
「深くないから平気だよ。いじったらだめ!止血剤が取れちゃうだろ。血はそんなに多くないよ。大丈夫」
「ええ、ありがとう」
 アンジェラはそれを聞いて大人しく手を下ろした。
「それに、あたいはおかしなこと一つも言ってやしないよ。あの二人、舞台のアンジェラを見たがってる。それに失敗しないかひやひやしてる。表には出さないけど、そう言う人たちだ。いい仲間を持ったね」
「どうしてそんなこと判るの?まだ一度しか会ってないのに」
 アンジェラは今度こそ針が刺さらないようにじっとしていると、シシリィが糸を歯で噛み切った音が聞こえてくる。
「あたいは現実で『芝居』してる人も全部見抜いちまうのさ」
 そういって、シシリィは満足そうにアンジェラの姿を見つめた。
 黒の質素なドレスに、黒の靴。色を一切使ってない衣装なのに、その存在感がアンジェラの美貌だけに凝縮されて圧倒させられる。正解、とシシリィは心の中で呟いた。
「さ、あとは台詞合わせだ。一応、主役ではないにしろ、サブヒロインみたいな役だから綿密にね。いくよ?」
「ええ」






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