未来に繋がるもの[中編]
陽もすっかり暮れて、そこここに家の明かりが灯される時間になった。マイアの町並みは港町だけに、海洋産物のレストランが並んでいる。そこのレストラン街のはずれで芝居小屋の公演客寄せがにぎやかな音楽と共に始まった。
「芝居小屋、ここマイアにて今日から一ヶ月公演するよ!」
「今日は初日特別編!本日のみのストーリーだ!!」
「さぁさぁ芝居が好きな人もそうでなかった人も、今日の芝居は見ておかないと損するよ!」
「チケットは25ルクと、値段も特別!いつもは倍額とるんだけど、今日はマイアの皆さんとの交流を深めるためにも安価でご奉仕だ!」
「さあさあ、舞台はもうすぐ始まっちゃうよ!」
団員みんなが日ごろ鍛えた声を張り上げながら、客寄せをする。舞台に上がるのが少ない配役のものと小道具などの役目のものが舞台小屋の前でビラを配ったり、人に声をかけてチケットを売ったりしている。
シシリィも台詞あわせの合い間にこちらの様子を見にきては、声を上げて客寄せしていた。と、シシリィの目に二人の姿を捕らえた。
「デュランさんとホークアイさん!」
シシリィがすぐに二人の目の前に飛び出して、息を切らす。二人はそんなシシリィを見て、笑いあう。
「芝居、見に来たんだね。アンジェラ心配だろ?」
シシリィが息を落ち着けると、そう言う。ホークアイはそれを聞いて、にっこりと笑う。
「心配、というか気になってしょうがないんだよ。こいつも、夕飯いつもならがつがつしてる癖に、いやに小食だし」
こいつ、と親指で指されたデュランが、慌てて違うぞっ!と声を荒げた。
「今日はずっと街の中にいて剣も触ってないしなっ!だから腹減ってないんだってさっきも言っただろ!?」
「はいはい、そういうことにしておきましょ」
ホークアイがやれやれとばかりに肩をすくめて見せると、デュランはむっとしてホークアイの首に腕を引っ掛けて締め始める。
「ぐ・・ぐぇ・・やめろよデュラン!」
「お前のその口なんとかしろ!」
「そりゃ無理だよ。こういう性分だし」
「ああ、もう!ふざけるのもいい加減にしな!」
シシリィがぴしゃりとそう言うと、デュランもホークアイも慌てて離れた。
「さあ早く!舞台が始まっちまう!アンジェラがちゃんとあんたたち二人が来るか心配してるから、早く入っちゃって!」
ぐいぐいと二人の背中を押して舞台小屋に入れてしまうシシリィ。二人は押されながら、シシリィを振り返る。
「あ、でもチケット代・・」
「いいよ!こっちは芝居の出来がかかってんだ!50ルクくらいあたいが腹切るから気にしないで!さあさあ入るんだよ!入ったね!?そこに座ってもう動かないでよ!あたいはアンジェラのところに戻るからね」
それだけ嵐のようにまくしたてると、シシリィは芝居小屋を出てしまう。おそらく裏手の出入り口から団員用の控え室に戻るのだろう。
「来るのを心配してる、か」
デュランがそう呟くのを聞いて、ホークアイはふっと笑う。
「こっちも十分心配してるんだけどね」
「・・そうだな」
デュランはようやく素直に、そう言った。それから、ぼそりとこう続ける。
「仲間って・・いいよな。こうやって、互いに心配しあえるって・・」
「・・ああそうだな」
二人がそう言ったときに、トランペットのファンファーレが鳴り響いた。
舞台の幕が開いてまず出てきたのは、一人の老人だった。
「これからご覧頂くお話はカルサローザ国の姫君のお話。隣国エメロディス王国との戦時中、狙われる姫君の行方がわからなくなったある日からのお話ですじゃ・・」
ライトが老人から外れ、舞台袖から出てきたのはその姫君の役をするであろう、光り輝くドレスを羽織ったシシリィだった。あの、街中での走りこみはこのためだったのかというほど、勢いのある走りで舞台の中央に出てくる。
「はぁはぁ・・一体、一体、どこに身を置いたら・・安全に時を過ごせるのかしら・・」
姫の姿をしたシシリィはそう言った。それから、慌てたように回りを見渡して、シシリィは声を上げる。
「ああ!なんてこと!ミラーディを置いてきてしまったのかしら!?」
「いいえ、ここにいます。フーリエ王女」
凛とした声を舞台に響かせたのは、そう、あのアンジェラだった。黒い短めのドレスを身に纏い、静かな口調だったが声は良く通る。アルテナ王家の血を思わせるあの涼やかな声だ。
むしろ、シシリィより王女らしい雰囲気で現れたアンジェラに、デュランもホークアイも息を呑んだ。さすが、と声を出しそうになる。アンジェラは紛れもないれっきとした王女なのだということを否が応でも思い出させる。
それと同時に二人は心配した。これでは正体がばれてしまうのではないか?こんな場所で王女としての身分が割れるのはまずくないだろうか??思わず二人は自分たちの武器を無意識に確認した。
「ああ、ミラーディ。お前がいてくれなければ、私はどうすることもできない。かならず傍にいておくれ」
「はい、フーリエ王女様。そのお約束はこの胸に、固く」
ミラーディ演じるアンジェラはゆっくりと腰を折り、王女に礼儀を持って頭を下げた。王女付きの召使の役がアンジェラというわけらしかった。
と、そのときに王女を狙うらしき輩が現れた。剣士のような出で立ちをしていたが、品のなさそうな歩き方をしている。
「これはこれはフーリエ王女様。探しましたよ」
「アルディマスト将軍!」
王女が声を張り上げる。自然と、召使ミラーディが前に出て王女を守ろうと短剣を抜き放つ。
「早くお城にお戻りになられないと、父王様が心配なさいます。我らの婚儀も近い。このようなじゃじゃ馬行為は早くおやめなさい」
「父も誰もそのような婚儀知らぬ!お前は私を敵国エメロディアスに引き渡そうと企む悪漢!私はこの耳でその企みを聞いたのだ!だから、だから・・お城から・・愛する母国からから離れようと・・」
「ほう、健気な。涙を誘うお話ですな」
将軍がゆっくり王女に近づいたのに、召使役のアンジェラが剣先を将軍目掛けて突進する。が、将軍は召使のアンジェラの腕を取ると、ぐいと腕をひねる仕草をした。召使の手から短剣が離れ、カランと金属的な音が緊迫した空気の中に鳴り響いた。
―――「・・やろっ・・」
思わず、デュランの腰が浮きかけるのに、ホークアイが吃驚して強く肩を押さえて座らせる。咄嗟だったのでホークアイがうまく力加減が出来ず、デュランは思いっきり尻餅をついた。
「いてっ!」
周辺の観客がじろりとデュランを振り返る。ホークアイが、すみません、ときわめて紳士的に頭を下げたので、観客の関心はすぐに舞台に戻った。
「・・なにすんだ!」
デュランが声をひそめてホークアイに文句を言った。
「馬鹿!そっちこそ何考えてるんだ!舞台で乱闘するつもりか!?」
言われて、デュランははっと我に返る。照れ隠しのように頭を掻いて、デュランはすまん、と言った。
「何をする!」
王女が声を上げた。舞台の上では、既に召使は地に伏し、王女が将軍の腕につかまってしまっていた。
「何を?そうですな、これから婚約パーティでもいたしますか?美しくあなたを飾り立てる名義としては十分。それからあなたを新婚旅行に連れていきましょう。隣国エメロディアスへ」
「この・・悪漢!!放しなさい!ミラーディア!ミラーディア!!」
ミラーディアの名を叫ぶ王女だったが、しまいにはその将軍に口をふさがれて連れ去られてしまう。
一人舞台に残されたミラーディアを、最初に出た老人が助け起こし、舞台の袖へ引きずっていった。
そこで、一度幕が下りた。
「いけるわ!」
シシリィが控え室でウキウキしたように笑ってそう言った。アンジェラはひとまずほっと息をついて、これでいいのかしら?と心配そうにシシリィに尋ねる。
「全然大丈夫!アンジェラの声がもう最高だよ!うれしい!一緒に芝居が出来て!」
シシリィは本当に嬉しそうにアンジェラの手を握ってそう言った。アンジェラもそういわれて安堵の息をつきながら、私も嬉しいわ、と微笑んだ。
「じゃ、アンジェラはすぐその後の準備をして!私は他の大道具とか配役の方で指示を待ってる人がいるから、一緒にいられないけど。このジリーが教えてくれる。」
そういって、後ろにいたジリーがぺこりとお辞儀をした。アンジェラより年下のようで、可愛いお人形さんのような娘だった。
「よろしく、ジリー」
ジリーと連れ立って、アンジェラは舞台袖近くまで移動した。それを確認してから、将軍役をしていた男にシシリィは声をかける。
「デビット。」
「シシリィ、あの事どうする?」
男は椅子に座ったまま足を組みなおすとそう言った。その隣にシシリィは座る。
「うん、やっぱり使おうと思う、あのシナリオ」
「ずいぶん気に入ったな、シシリィ。アンジェラのこと」
にっとシシリィが笑う。
「だって、私には無いもの、あの子は持ってる。美貌と声。すごいよ。それにせっかくの機会を逃したくない」
シシリィが心ここにあらず、といった調子にウキウキしたように目を輝かせている。それをみたデビットがつまらなそうにシシリィの肩を引き寄せた。
「わ!デビット!なにしてんのあんた・・!」
唐突に、デビットに顔を寄せられて、シシリィは慌てる。しかし、デビットは悪漢役ともあり体格がいい。シシリィの力がかなうはずもなく、唇が出会う。
「俺は、あんたの声と顔の方が好きだけどな」
デビットがそう言って、じっとシシリィを見つめるが、シシリィは赤く火照る顔を見せまいと言うようにぱっと目をそらす。
「ばか・・こんなときにお世辞言っても何もでないよっ!」
そうしてる間に、ファンファーレが鳴り響いた。
第二幕が始まり、観客から拍手が鳴り響くのが聞こえてくる・・。
←←TOPへ
/←目次へ
/NEXT→
Copyright 2001 BY SAE