禁断の天使






1.式典の準備

 落ち葉が楽しげに渦巻くフォルセナのメインストリート。地面を敷き詰めた煉瓦色のタイルと、その動きある朱が季節を思わせる。
 季節はもう秋から冬へと移ろうとしていた。
 空いっぱいに広がる紅葉はやはり燃えるような朱で、また、眩しいほどの黄金で、その地に訪れたものの目を奪わずにはおかない。
 そんな情緒溢れるその街並みのはずれに、広い空き地があった。春には満開の花を咲かせるその場所も、今は草木たちが静かに佇むのみ。春になるまでは、その生命力を温存させておくことが必至だ。
「早く、春にならないかな・・・」
 まるで、その草木たちを代弁するような言葉を吐息のように吐いたのは、暖かいコートを羽織ったアルテナの王女、アンジェラだった。アンジェラはコートのポケットに手を突っ込んだまま、春には咲き乱れる花畑を囲むように歩いていた。
 風は冷たく、アンジェラの耳を凍らし、髪を揺らして通りすぎる。乱れた髪を押さえるためにポケットから手を出して、顔にかかった髪を振り払うように首を揺らした。と、その瞬間に遠くに人影を見た。遠くても、ここまで来てくれるその「誰か」をアンジェラはもう理解していた。フォルセナには知り合いはそれほどいないし、それに、その人はアンジェラにとって大切な人だったから。
「デュラン!」
 呼ばれて、彼はアンジェラがそこにいることを確認した。ゆるく肩を落としたところを見ると、あきれられたか、ほっとしたかどちらかだったようだ。
「お前。何でまたこんな寒いところにいるんだ・・・風邪ひくぞ!!」
 アンジェラはいきり立ったデュランを見ると、へへっと舌を出した。
「だって、ここにいたら、デュランが見つけてくれるかなって。そう思ったら、どうしてもやりたくなっちゃって。」
 アンジェラはそういうと、デュランの腕を掴んだ。そんなアンジェラの顔を見て、デュランは呆れたように頭を掻くと、アンジェラに力無く問いただす。
「だとしたら、お前は俺がここに来なかったらずっとここにいるつもりだったのか?」
 アンジェラはそう言われて、デュランを見上げると思いっきり笑った。
「そうよ!・・・・っていいたいとこだけど、私雪国育ちの割に寒さに弱いの。まあ、もう少ししたら、宿屋に戻ってたわ。」
「なら、まあいいけどよ・・」
 幾分安心したようにそういったデュランを見て、アンジェラは笑う。
「でも、やってみてよかったわ!デュランが来てくれたもの!」
「あんまり、馬鹿なことするなよ。体に障る。」
 まっすぐに前を見据えたまま、デュランがそう言う。アンジェラはそのデュランの態度で少し肩をそびやかせた。
(デュラン、少し怒ってる・・・)
 今日は一度は敵対したフォルセナとアルテナが、元通りお互い協力しあう事を宣言する式典とパーティが行われる日なのだった。その式典の宣言者としてフォルセナ、アルテナの長である英雄王と女王が出席し、その立会人として先のマナの騒動で功績を残したデュランとアンジェラが参加することになっている。式典は今日の正午からだが、まだ時間はあるようだった。
「着替えなくていいのか?女の支度は時間がかかるんだろ?」
 思い出したようにデュランがアンジェラにそういうと、アンジェラはほっと顔をゆるめた。それを見たデュランが不思議そうな顔をする。
「・・・どうした?」
「ううん、口きいてくれないくらい、怒らせちゃったかなって思ったから。安心したの。・・着替えは済ませてるから平気よ。コートの下は余所行きなの。見る?」
 笑いながらアンジェラはおどけるようにそういうと、デュランは慌てていい、いいとアンジェラを止める。
 和やかな時間。まるで恋人同士のような。しかし、実際にはこの二人はそうでないのだった。旅の仲間としての時間が、もうすでにその旅を終えてから4ヶ月続いている。
(壊したくないの。大事なの、この時間が。)
 アンジェラは切にこの頃そう思ってしまう。思いを伝えるのが怖い。反応を見るのが怖い。
(デュランは戸惑うわ、絶対。戸惑いと当惑の果てに見るのは・・軽い拒絶。今よりも、きっと共有できる時間が減ってしまう。それなら、意味がない・・・)
 見た目粗野で乱暴者と恐れられたデュランも、そのテの話となると逃げ腰になるのは、「旅の仲間」としてみてきた経験で分かり切っていた。それでも、そんな人を好きになったのだから、しょうがないといえば、しょうがない。
(今はきっと「その時」じゃないだけ。だから、少し待ってみよう・・)
「ついたぞ?」
「えっ?」
 アンジェラは慌てて周りを見てみると、既にここはフォルセナ城内の、大広間。式典が行われる会場だった。しかし今はまだ誰もいない。
「ここで式典が行われる。正面に我が英雄王と、アルテナの女王がこちらを向いて座り、俺たちは二人の後ろに控えるように立ち続けるんだ。靴は楽なの履いておけよ?」
「立ってるの??うわー・・・辛そう・・。一応履きなれた靴履いてきてはいるけど、足きっとむくんじゃうね・・」
 うんざりするようにアンジェラがそういうと、デュランも少し気乗りしないようにため息を付いた。
「そうだなあ、俺、ちょっと椅子置いてもらえないか聞いてくる。俺も立ち続けるのは辛いしな」
「うん、お願い。私はお母様のところに戻ってるね。」
 デュランはアンジェラに頷くと、急いでこの大広間を出ていった。
 一人取り残されてから、アンジェラは中央に敷かれた長い絨毯の上を歩いてみた。まるで今の紅葉の色と同じ朱に黄金色で縁取りされた絨毯は、ふかふかと心地よい。
「式典か・・・こんな事をしておかなきゃならないほど、フォルセナの国民はアルテナに不信感を抱いてるのね・・・」
 アンジェラはため息をついた。
 マナの騒動のそれと時期を同じくして、アルテナはフォルセナに攻撃を仕掛けたことがあった。多くの兵士が阻止せんと立ち上がったが、そのアルテナの魔法に手ひどい傷を負った者も少なくはなかった。その傷を負った兵士の家族は、今でもアルテナに疑念を抱いているという。
「式典とパーティぐらいじゃ、信じてもらえないかもしれないわね・・」
「おや?どうしたんです、お一人で。」
 振り返ると、デュランの親友のブルーザーがにっこりと笑いながら、アンジェラに会釈した。
「遠いところをわざわざ出向いていただきありがとうございます。」
「あら!やーね!この式典の案はアルテナ側から出したのよ。私たちこそ、受け入れてくれてありがとう、っていわなきゃいけないわ。」
 人の良さそうな笑みを浮かべてブルーザーはいやいや、と言うと、不意に顔を曇らせる。
「そういえば、デュランはどうしたんだ?お姫様を一人にして。お姫様を守るより大事な用があるわけなかろうに。」
 一瞬きょとんと目を丸くしたアンジェラは、笑いながら違うのよと応える。
「デュランは式典のことで交渉しに行ってくれたの。なんか立会人の私たちってずっと立ちっぱなしらしいから、椅子置いてもらえないかって。」
「あ、そうだったのか。なかなかあいつも思いやりが出てきたみたいだな・・・」
 ブルーザーはそう言うと、意味ありげにアンジェラににやりと笑いかけた。アンジェラは慌てて目をそらすと、人は集まりそう?と聞いてみる。
「式典にはある程度の人員しか招待されていないのですが、ほぼ出席のようです。パーティは自由参加制ですので、はっきりした出席人数は見込まれてませんが・・」
 ブルーザーは言いにくそうに視線を落とした。アンジェラも納得したように瞼を伏せると、もう一度開いてブルーザーに問いかけた。
「・・・が?」
「はい、一部の民間人の間では参加をボイコットする運動が密かに行われているとか・・・」
 それを聞いて、アンジェラは軽く頭を振った。予想はしていたが、それが現実になりつつあるということを認識するのには、大変な労力を必要とした。
「アンジェラ王女・・・・」
 ブルーザーは心配げにアンジェラを見守ったが、アンジェラは平気よ、と言うと。
「ありがとう、教えてくれて。」
 そう言って力無く微笑むと、ブルーザーの隣を通り過ぎて、この大広間を出ていった。ブルーザーはそんな様子を不安げに見ながら、顔をしかめて一言だけ呟いた。
「デュラン、ちゃんと守ってやるんだぞ」
  
「式典の会場係?ああ、ガティスがやってるよ。精鋭の騎士団は式典の時に衛兵として出席することを許されただろ?ついでに会場の整備と流れを騎士団長に任されたんだ。」
 デュランはありがとう、とその情報を教えてくれた同僚のバリアスに礼を言うと、ガティス騎士団の集合所に足を走らせた。
「ガティスか・・話したことあったっけなあ・・」
 デュランは少し不安そうにそう呟いた。ガティス達の集まる一室の部屋まで来ると、デュランは足を止め顔を引き締めた。おもむろに手を軽く握ると、デュランは扉をノックする。
「なんだ。式典の準備に追われているのだが?」
 そう言いながら、一人の騎士が扉を開いた。デュランの顔を見て一瞬躊躇していたが、どうぞ、と扉を開いて招き入れてくれた。
「すまない。」
 部屋にはいると、騎士達は式典の時に並ぶときと同じように整然と整列していた。中央でひときわ目立つマントを掛けているのがおそらく騎士団長ガティスだろう。デュランは軽く一礼すると、ガティスを招くように目配せした。ガティスがそれに気づいて、訓練を続けるように騎士達に言い残してデュランを外れのソファに促す。
「光栄です。黄金の騎士、その人と話ができるなんて。」
 落ち着いた物腰なのに、目が子供のように輝いている。デュランのガティスを見た第一印象が、それだった。デュランは困ったように笑うと、そう持ち上げないでくれよと言う。
「黄金の騎士って言ってもなあ・・俺は強くなりたいって旅に出ただけだからな。」
「無欲の勝利かな?」
 楽しそうで屈託のない表情。本当はずっとデュランと話してみたくてしょうがなかった、そんな感じの浮きだった声。デュランは思わず顔をゆるめてしまう。
「あ、そうだ。実はな、ガティス。頼みたいことがあるんだ。式典のことなんだけどさ」
 デュランもまるで旧知のような口を聞いてしまう。ガティスの方はそんなことも気にならない調子で、なんだい、と親身にデュランの方を向く。
「立会人って立っているように言われてるんだけど、椅子用意してもらいたいんだよ。最初の方の宣言とかの部分では立ってることはできるけど、長くなると辛いだろうし。」
 デュランがそう言うと、ガティスはふと考えてから頷いた。デュランが辛いと言うのが、どうもおかしい感じがしたようだったか、ようやく思い当たったようだ。
「ああ、そういうことか。そうか、気づかなかったな。もう一人の立会人ってアルテナの王女様だもんな。立たせておくなんて確かに酷だ。分かったよ、用意をしておこう」
「すまない、余計な手間になると思うんだが・・」
 デュランは控えめにそう言うと、ガティスが気にするなよ、と言ってくれた。ガティスはまだ少し話したそうにしていたが、式典の練習も気になるよるようだったので、デュランが先に立ち上がった。
「用件はこれだけだから。俺は先に控え室に戻るよ。式典の準備、がんばれよ。」
「ああ、ありがとう。そっちもな!」

「ねえ、アンジェラ。私のエメラルドの首飾りを知らない??」
 アンジェラが控え室にたどり着いたとき、アルテナの女王ヴァルダが髪上げもまだ整わない格好でその部屋を走り回っているところだった。
 アンジェラはその様子を見てちょっと苦笑いすると、知らないわよ?と答える。
「そんなの、とりあえず髪を上げてもらってから探せばいいじゃないの。レイラ、お母様を座らせて早く髪を上げて」
 準備が間に合わなかったら洒落にならないわよ・・・と呟きながら、アンジェラは思い当たる宝石箱を片っ端に開いてみる。と、一際大きな宝石箱にヴァルダの言っていた首飾りがあった。
「あったわよ。これでしょう、お母様」
 アンジェラが丁寧な仕草で母にその首飾りを見せると、ヴァルダは口に手を当てて驚いた。
「まぁっ、何処にあったの!?」
「ヴァルダ様、御髪が乱れますから、何とぞお静かに・・」
「ああ、ごめんなさい、レイラ。」
 アンジェラは、すぐにつけられるように鏡台に首飾りを置く。
「お母様のお気に入りの宝石箱あるでしょ?あれにあったわよ。」
「え?その宝石箱、何処にしまってあったの???」
 アンジェラは一瞬目を点にしてから、もういい、と苦笑した。
「アンジェラはドレス着替えなくていいの?それ、地味だわ」
 ヴァルダが鏡越しに、コートを脱ぐアンジェラの姿を見つめながらそう言う。アンジェラは桃色の羽毛コートを召使いに渡してから、そう?と鏡の前でくるりと回る仕草。確かにドレスというには地味すぎる。ただ丈の長いワンピースという方が近いかもしれない。飾りのレースも宝石も何も付いてない質素なものだった。
「肩が寂しいわね。薄いショールか、首飾りをつけておきなさい。アリシア、見繕ってあげて。」
「はい、ヴァルダ様」
 アンジェラのコートをしまっていたアリシアがそう返事をすると、宝石箱の中身を触り始めた。アンジェラはしばらく鏡の前で自分の姿を吟味していたが、やがて口を開く。
「アリシア、ショールがいいわ。ドレスが白だから、何色でもあうはずよ。留め具にエメラルドのブローチを使えばいいと思うわ。」
 髪上げの準備が整ったヴァルダが、改めて娘の姿を見つめる。なんて、可愛らしく綺麗に育ったのだろう。今まで国を治める立場だということで、育児をほとんどメイド任せにしていたが、あんなにも綺麗な娘を自分はよくも放っておけたものだと思う。
 これからあの子をきちんと見ていこう。思わず、そんな決意をヴァルダが込めたとき、レイラがゆっくりとこういった。
「アンジェラ様も御髪を上げたらいかがです?ヴァルダ様は終わりましたし、お時間もあるようですから・・」
「それはいいわね。その方が、ドレスとショールのコントラストをアピールできるわよ。」
 ヴァルダがにこやかにそう言うと、アンジェラは考え込むようにもう一度鏡を見てから、
「じゃあ、お願いするわ」
そういって、おとなしく母の座っていた椅子に腰掛けた。
 そうして、それぞれがあわただしく準備の時間が過ぎ、ついに式典の時間はやって来たのである。



2.お告げ

 フォルセナ城の王の間で行われる式典は、ごく限られた人々、つまりフォルセナ側とアルテナ側のお偉方や大貴族、またフォルセナの精鋭騎士団長や、アルテナの優秀な魔導士などが集まっていた。
 集まった人々のざわめきがだんだんと静寂に呑まれていく。やがてそれは部屋全体が耳鳴りがしそうな程の静けさに包まれた。
 整然と並んだ騎士団が一斉に踵をあわせると、部屋中にそのとぎすました一つの音は王の間を響かせた。それから扉が開くと、前にはフォルセナの英雄王とアルテナのヴァルダ女王が並んで進んでくる。しばらく後に、黄金の騎士デュランと、王女アンジェラが続く。
 まず英雄王がヴァルダに席を勧め、英雄王の手を借りてヴァルダが先に座る。英雄王はそれから自分の椅子に腰を下ろす。立会人の二人にはこの時座ることを許されていない。
「これより、草原の国フォルセナ、魔法王国アルテナ両国のさらなる親善と発展をマナの女神に誓う儀式を始める」
「その儀式!異議あり!!」
 その、まるでその場の空気を射抜くような第一声に誰もが息を呑んだ。
 一度は静けさに包まれた会場が、一転する。ざわめきがそこここに生まれ、黒いインクが染みわたるように広がっていく。
 誰だ?今のは。
 フォルセナ側か?
 アルテナ側か?
 いや。だいたい式典でこんなことが。
 パーティでなら予測はしていたが。
 やはりフォルセナとアルテナは。
「静まれ!」
 威厳を持って王が一喝する。しかし不幸にも、正気を取り戻したのは主要人物4人のうち王のみだった。
 ヴァルダは呆然と目を見張ったまま、
 デュランは苦々しく目を閉じ、
 アンジェラはがたがたと肩を震わせていた。
「今の、無礼な発言をしたのは誰だ!世の前に出でよ!」
 会場の客の間から抜け出すように出てきたのは、背の低い皺だらけの老婆だった。
「占いの婆ぁ・・・?」
 デュランが呆然とそう言ったのを聞いて、アンジェラが顔を上げた。そう、旅の途中に彼らの未来を見ようとしたあの城下町で占い屋をしている老婆だったのだ。
「どうして・・?」
 アンジェラがやっとの様にそういうと、デュランと顔を見合わせる。
「儂を覚えておいでのようだね、立会人殿。」
 背筋の凍るような静かなしゃがれ声が、デュランとアンジェラの肩を震わせた。二人はゆっくりその老婆に目を向けると、挑むような瞳で見つめた。
「なんでそんなつまらないことを言うんだ?俺達に恨みでもあったのか?未来を読めなかった腹いせか?それだったら、フェアリーの宿主の未来は未知数だと、はっきり教えたはずだろ?」
 デュランはいらいらと腹立たしげにそういった。しかし、老婆はクッと笑うと、そんなつまらぬこと、覚えておらぬと一人ごちる。
「そうではないのだよ。黄金の騎士殿。あんたの隣に立っているその娘は、確かに依然フェアリーの宿主で未来も、いやそれどころかその本来の姿だってみえやしなかったのさ。でも、今はどういうわけだか見えるんだよ。」
「見える?」
 アンジェラが不思議そうにそう言った。デュランが何か嫌な予感がしたのか、アンジェラの言葉を制しておこうと手を出したが、間に合わなかった。
「そうだよ、アンジェラ王女。あんた、前はフェアリーのおかげでその本当の姿を私の目からごまかせたけど、もうだませないよ。あんたは宿主じゃなくなったんだからね。」
「宿主であろうとなかろうと・・・」
 生気を取り戻したヴァルダがゆっくりと立ち上がると、アルテナ王家独特のエメラルドの瞳を怒りに燃え上がらせてこういった。
「アルテナ王家の末裔ということに変わりはない!そなたの言葉はそれを知っての事か?」
「あいにく女王様、儂ら「視る者」は正直者が多くてね。ご多分に漏れず儂もそうさね。視たものを伝えるのが私の仕事だからね!」
 何かを言おうとした母をアンジェラは制した。不安そうに娘を見つめる母を、アンジェラは首を振って黙らせ、今となっては宣誓の儀など行えそうもないその舞台からアンジェラは自ら進んで降りていく。客の前衛に杖を付いて見上げる老婆の前に毅然と立ちはだかった。
「要するに、私に何かが見えるから、だからこの儀式に意味がないというのね?」
「まあ、そういうことになるかね。だって、この儀式にはあんたは必要不可欠なんだろう?正式な立会人なしに宣誓の儀なんぞ意味がないぞ。」
「デュランがいるわ。私はこの儀式から降ります。それなら、儀式をしてもいいのね?・・ただ今日行うことはもう無理でしょうけどね。」
 老婆はそれを聞いて突如笑いだす。そう、まるで怖いものなどないというふうに、高らかで爽快な笑いが部屋中に響く。
ひとしきり笑い終えると、にたりとした表情のまま老婆はアンジェラにこういった。
「儀式なぞ知ったことではないよ。儂がしたいのはあんたの本当の姿、本来の存在の意味を伝えたいだけさ。アンジェラ、あんたはこれから世を暗黒に導く破壊の主を引き寄せ、その道具にされるだろう。そう、おまえは禁断の扉を開く、禁断の天使なのさ!」

結局のところ式典は延期となり、集まった人々はもの憂げな表情でその会場を後にした。式典を中断させた老婆は地下の牢屋へ兵士に連行され、その様子を4人は無表情に見つめていた。
しばらく誰も動かずに、呆然と佇んでいた。老婆の言った言葉が、それぞれの頭の中でずっと木霊していたのだった。
「申し訳ありません。英雄王様。」
不意にくるりと向きを変えてアンジェラは優雅に礼をした。
おかげで英雄王はもちろん、ヴァルダとデュランも我に返った。
「私の所為で式典を潰してしまって。即刻私は国に戻ります。」
「あいわかった。そなたも気にすることはない。自国でゆっくりと時を過ごし、今日のことは忘れるのだ。」
王は気丈にもそう言葉を返すと、優しく頷いた。アンジェラもにっこりと微笑むともう一度礼をして、その部屋を出た。
 デュランが王に一礼して後を追う。
 ヴァルダも追おうとよろめくように前に出たが、英雄王が気遣うように体を支えると首を振った。ヴァルダが英雄王を見上げ、肩を震わせる。
「あの子が何をしたというんです。あの子は私の娘です。れっきとした・・アルテナの王女です。それをまるで悪魔の使いのように。世界を救った誇らしいマナの娘です・・・。なのに、どうしてあんな事を言われなければならないのです・・可哀想すぎます・・」
「分かっている。あの娘がそんな存在である訳ないことは私が一番よく知っておる。心配はない。あの「視る者」は美しいそなたの娘を妬んでそう言ったに違いない・・」
 それぞれの国の長は一人の娘を思って心を痛めた。
 再びこの会場は静寂に飲まれていたが、そこにはさきほどよりもひどい耳鳴りが響きそうなくらいに冷たい静寂がそこにあるだけだった。
 会場を後にしたアンジェラは控え室に戻ると、召使い達に早速着替えを手伝わせて普段着に戻った。寒いのは先刻承知なので、コートを羽織ると財布の入ったバックを掴んでドアを開く。と、正面に黙って壁により掛かったデュランが居た。
「びっくりするじゃない!どうしたの??」
 そういうとアンジェラは颯爽と廊下を歩き出す。デュランがその後を追う。
「ショック受けてると思ったんだが・・そうでもないらしいな。」
「うん、ああいう事いわれるの慣れてるの。」
 アンジェラはコートの前のボタンを留めなおしながら、それでも早足を留めずにそう言う。デュランも大股で歩きながら、それについていく。
「慣れてる?」
「ほら。私って王女らしくないし、魔法も使えなかったから。次代でアルテナは終わりだって何度も囁かれたわ。その分、強くなったみたいだけどね。」
 アンジェラの早足はおさまることがない。
「で、すんなり帰るのか?なんかお前らしくないな。」
「しょうがないでしょ。儀式が行えないじゃ意味ないもの。忘れたの?この儀式を提案したの、アルテナ側なのよ。そのアルテナ側の所為でポシャるなんて、冗談じゃないわ。原因の除去はわかり次第即刻対応しなくちゃね。」
 アンジェラはそう言うと走り出した。
「ごめん!今日は一人にしておいて!早くお城に帰りたいの!」
 そう言われてはデュランの方も追うわけには行かない。諦めたように足を止めかけたが、デュランは再び足を早めるとアンジェラの手を掴んだ。反動でアンジェラがこちらを向く。今にも泣きそうな瞳がデュランの胸を痛ませる。
「平気よ!明日になったら忘れてるから。」
 慌てて目をこするアンジェラを見て、デュランが静かにこういった。
「気にするな、なんて無責任な言葉、俺は言わないからな。王には悪いけど」
 アンジェラが一瞬意味が分からずきょとんとする。
「あんなお告げを聞いたんだ。逆に気にしろ!周りのことに注意深くなるんだ。なにかあったら、絶対に知らせろ。分かったな?」
 アンジェラはそれを聞いて2,3度瞬きすると、唐突にデュランに抱きついた。
「わっ!?おっ・・おいおいっ!!?」
 慌てまくるデュラン。それでも、お構いなしにアンジェラはデュランの首に腕を回すとしっかり組んでしまう。離れないようにしっかりと。
「私のことちゃんと守ってくれるのね?そうなんだね?」
 やがて諦めたように肩の力を抜いたデュランが言う。
「・・・あ、ああ。守るのが騎士の役目だからな。」
「役目。」
 少しアンジェラは心の中で落胆する。しかし、気を取り直して考える。デュランが自分のことを気にかけてくれていることは間違いないのだから。
 アンジェラは組んだ腕を解くと、デュランから離れた。
「じゃあ、その「役目」絶対投げ出さないでよねっ!」
 とん、とデュランの肩を叩いて、アンジェラは走り出した。デュランは顔を赤くしたままその走り去る娘を見て、息をついた。
「何もなければ、それに越したことはないな。本当に。」
 デュランはそう呟く。その言葉がまるで騎士の存在意義に反していることに気づきもせずに。
 そう、その時だけはただ人としてデュランはそう思ったに違いない。
 大切な人にどうか災いが降りかからぬように、と。




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