3.血族

 アンジェラがフォルセナを出たその一週間後に、何事もなく宣誓の儀は行われ、その後のパーティも目立った混乱はなく事は済んだ。
 すぐにアルテナの女王はアンジェラを気遣ってフォルセナを後にし、英雄王はその為に特別な船をヴァルダに用意してくれていた。マイアまでは共の者と谷を越えたあと、フォルセナの用意した船が通常の3倍もの早さで快適な航海を約束してくれた。
 しかし、慌てて戻ったヴァルダはアンジェラの姿を目にすることはできなかった。召使いの話によると、彼女はアルテナに一度戻ったものの、すぐに単身で旅立ったということだった。
 一人、ドラゴンズホールへ。
「お止めしました。私は必至に姫様をお止めいたしましたが・・・」
 ヴィクターが悲しげにそう言っていた。ヴァルダは一度ため息をつくと、もうよいと呟く。
「あれが一度でも人の言葉通りに動いたことなど、ないのはお前が一番よく知っておろう・・。あれが選んだことだ。なにか理由あってのことだろう・・」
「しかし、あまりに忌まわしき場所ではありませんか!先の戦いで姫様はあの場所で竜帝の手下たちと戦ったと聞きます。すぐにお迎えを・・」
 ヴァルダもその話を聞いて身が震えた。たしかに、あの場所は忌まわしい。なによりヴァルダ自身もあの場所まで連れ去られていたのだ。
 不安な影がヴァルダの心を覆う。しかし、娘が自分の意志で行くと決めたことに口を出すのも気が引ける。ヴァルダはやがて意を決して口を開いた。
「今は待つことにする。後3日して帰ってこないときには対策を考えよう。」

 その頃、ドラゴンズホールに単身旅立ったアンジェラは、手に咲き乱れた花を持っていた。アルテナに一度戻ったのはこの花を取りに来るためだったのだ。
 アンジェラはあの戦いで自分にとって大切になるべきだった人を二人もなくしていた。
 一人はデュランの父、ロキ。そして、もう一人は幼い頃魔法の使えない者同士で仲良く遊んでいたブライアン・・紅蓮の魔導士。
 死なせたくなかった。失いたくはなかった。それでも、二人は結局闇に呑まれたのだった。アンジェラはその二人を救うべきだったのに。
 それからアンジェラは二人の供養を毎月欠かさなかった。アルテナ城の温室で育てた花を持って、毎月必ずここに来ていた。周りにはできるだけばれないように。
 ばれれば咎められると思っていた。母や城の者にとってここはアルテナを狂わせた本拠地以外の何者でもないからだ。アンジェラはそれが分かっていた。
 無言でアンジェラは最後に二人を見た場所まで歩いていた。
 先ほど黒耀の騎士と戦った場所で花を捧げてきた。彼との最期の戦いはデュランの父ということもあり、この戦いは体力的にも精神的にも苦痛な戦いだった。結局勝つことはできたが、他に方法はなかったのか?悔やんでも悔やみきれない結果になってしまっていた。
「世界を救おうなんて、大それた事を思ってたわけじゃないのよ。ただ純粋に大事な人が幸せでいられたらそれでいいはずだったのに。・・それなのに守れなかったんだわ。」
 アンジェラは唇をかみしめた。慰めるように花束達がアンジェラの頬を撫でてくれる。
 この赤みがかった岩石の間を張り巡らされた洞窟を歩いていると、なにもかもがよみがえるようだった。あのときの恐怖、絶望、苦しみ。しかし、そんな中で何よりの慰めだったのは、母が無事に見つかったことだった。その時以外は生きた心地がしなかった。
「これは試練。自分が果たすことができなかった役目の償いでもあるわ。絶対にあの時のことを、忘れちゃいけないのよ。」
 強い意志の瞳を昂然と上げて、前を射抜くように見つめながらアンジェラはその怪しく光る洞窟の奥深いところまで歩いていった。
 ようやく、紅蓮の魔導士と最期に戦ったバルコニーに出た。とはいっても、外に出たわけではない。ここはかなり大きな空洞ができあがっていて、そんな中に囲いの付いた舞台が飛び出しているのだった。見た目バルコニーに似てないこともない。
 アンジェラは悲しげな瞳でその舞台を見た。
 まさしくその舞台で彼は華麗な舞を見せながら最期を迎えた。あの真っ赤なマントによく似合った派手な散り様だった。
「ねえ・・。あなたが死ぬ事なんて、なかったのよ?」
 アンジェラの髪が空洞の底から吹き上げる風に波打った。アンジェラは花束に軽く口づけすると、勢いよくその暗く大きな空洞に花を投げた。花は風圧ですぐに散り散りになり暗闇の中に消えていった。
「本当に死ぬ事なんてなかったのに・・」
 絶望したようにアンジェラは手すりに頭をつけた。とその時、全身の毛が逆立つような凄まじい気配を感じ、アンジェラはびくっと肩を震わし目を見開いた。
 しかし、アンジェラは一度気を持ち直すと、威勢良く振り向いた。
「誰っ!?」
 この舞台のただ一つ入り口とも言えるその場所に一人の女が立っていた。身長が異様なほど高く、手足が長い。スタイルはいい。しかし、顔はまるで考えられないほど異様だった。瞼が朱色に塗りつぶされ、唇は紫色。眉は細く長く形作っており、彼女の顔を近寄りがたい印象にしていた。
 女は呆然とアンジェラを見つめていたが、やがてその理由を言葉にした。
「お前はまさか・・・ヴァルダか?」
 アンジェラの顔がこわばった。このどう見ても「普通の」女性とは言い難いその人は母の知り合いなのだろうか?
 しかしそんなアンジェラの戸惑いにも気づかず、その女がもう一度問うた。
「ヴァルダか?しかし若い・・・若返りの方法でも見つけたか?」
「人に名を聞くときは・・自分から名乗るものでしょう?」
 アンジェラは出来るだけ相手を刺激しないように穏やかにそう言った。母の知り合いと言うこともあり、また、力の違いが歴然としていた。彼女の体を包むのは強力な魔力。しかも、生半可な魔力ではない、その魔力の餌食となれば死は免れないだろう。アンジェラは即座にそれが分かった。
「うん?私が分からぬはずがない・・・そうか、お前はヴァルダではないな?まさか、・・・娘。そうか。そうだな?」
 勢い込むように女がそう言うのでアンジェラは頷いた。
「ええ、私はアルテナの女王ヴァルダの娘、アンジェラ」
「娘・・アンジェラか。ふふ、なら私のことを知らぬだろうな、事はお前がまだその存在もない頃だったからな。」
「事?」
 アンジェラが不思議そうな顔で言葉を返すと、女はゆっくりとアンジェラに近づいてくる。とうとう、アンジェラの真正面まで来ると、アンジェラの顎に手をかけて自分がよく見えるように顔を上げさせる。アンジェラの首に女の長い爪が当たる。
「ほう、本当によく似てるな。あの頃を思い出す。」
「母と何を?」
 アンジェラは凛とした口調でそう言った。
「なに、姉妹喧嘩さ。ちょっと派手だったがな。」
 アンジェラが目を見開く。
「姉妹・・?母の兄弟の人なの??聞いたことがないわ」
「ふっ・・・。」
 女は鼻で笑うとアンジェラの顎から手を離した。きびすを返すと、再び入り口の方に向かう。
「嘘だわ。だって、あなたの目は翡翠じゃないもの。翡翠じゃない・・まるでまるで血に染め上げられたような朱だわ!由緒あるアルテナ王家の血族なら、翡翠の瞳を持つはず!」
 女がくるりとアンジェラの方に向き直る。無表情なその顔で、女は口を開いた。
「それなら、この手足の長い体をお前はどこかで見たことはないかい。そしてこの先の長い耳も。」
 女は耳を見せるように朱色の髪を掻き上げる。そこにはアンジェラとよく似た形の耳がそこにあった。アンジェラが言葉もなく驚く。
「これはアルテナ王家が精霊たちに認められた証。アルテナ王家は精霊たちに認められた唯一の人間なのさ。だから、魔法が思うがままに使える。いや、今はマナが衰え精霊も衰えているから、それは無理なんだろうな。お前達は」
 アンジェラは最期の言葉にひっかかって、その女に言い返した。
「お前達は?あなたは使えるっていうの?」
 女が馬鹿にしたような笑いを浮かべた。アンジェラの方に振り返ると見下すような視線で静かにこう言った。
「もちろんだ。私はかつてはアルテナの第二王女ヴェルナ。まあ、それも昔の話。今は魔族の王である竜王の妻、竜帝の母親だ・・・」
 アンジェラの思考が一瞬にして飛んだ。雷に打たれたかのように体が硬直する。
(今、なんて言ったの?アルテナの血を引く者が・・竜帝の母親・・・?!)
「20年ほど前にあった竜帝の決戦は何のことはない、ただの姉妹喧嘩だったのだ。結局聖剣の勇者とやらがしゃしゃりでてうやむやになったがな。」
 20年前、魔族である竜帝がこの世界を征服せんと、この世界を混沌に陥れた時期があった。人々は恐怖に怯えながら日々を過ごす中、やがて一人の勇者が立ち上がる。
 それが、現フォルセナの英雄王。彼は青年期、聖剣の勇者だった。
 しかし、母はその戦いに参戦していたとは聞いてはいない。デュランの父ロキなら一緒に戦いに行くのをペダンで見た・・・が。
「ふっ、いわばお前はあの竜帝のいとこ殿ということだ。」
「・・・汚らわしいことを!!」
 アンジェラが一気に憤慨した。
「冗談じゃないわ!私はその竜帝を倒した二代目の聖剣の勇者よ!血のつながりなんて、あってたまるもんですか!」
 その言葉にヴェルナが目を見開く。
「なに?・・・まさか竜帝の体と魂を裂いたのはお前か!!」
 ヴェルナの体から巨大な魔力が迸る。紅く染まった長い髪がゆらりと立ち上ると、怒りにまかせた瞳がアンジェラを睨み付けた。
「そうよ!でも、おかげで世界はゆっくり平和に戻ってくわ!」
「黙れ!」
 空気中がびりびりと波打って、空気中の摩擦で起こった電気がアンジェラをしびれさせる。
「あうっ!」
「お前が私の息子を!息子をか!!」
 しかし、そこまで怒り狂った目をしていたヴェルナが、唐突に冷静になる。ふ、と気を抜いたかと思えば、次に彼女を襲ったのはあまりに急激な笑気。
「あはははっ!あーはっは!」
 まるで、狂ったように笑い出すヴェルナを見て、さすがのアンジェラも眉をひそめた。
「我が子を失ったのを知って、狂ってしまったの・・・?」
 呆然とそう言ったアンジェラを、ヴェルナがちらりと見つめた。
「失う?まさか!あの子は幸せ者よ。親を失うことがあっても、自分を失うことは絶対にないのだからな!」
 ゾクッ・・
 その朱色に染まった瞳がアンジェラを射抜くと同時に、アンジェラに恐怖が生まれた。
 いや、生まれたのではない。今まで心の中にずっとあったものなのに、気づこうとしなかったのだ。恐ろしくて。
 アンジェラには、あの旅の中で幾度となく押し殺してきた一つの不安があった。
 竜帝は倒してもまた甦るのではないだろうか・・・?
 そう、あのペダンという幻の町でロキを目の当たりにしてから。竜帝の存在をその町で聞いてから、それはずっとアンジェラの心の奥底で確かな不安として残っていた。
 それでも振り払いながら、竜帝を倒すことに専念できたのは、やはり仲間のおかげだった。悩む隙を与えないくらい驀進していく。そんな仲間のおかげで、迷いも捨ててマナの聖地を最後に竜帝を倒すことができたのだった。
 しかし、その不安を裏付けてしまう片鱗を聞いてしまった気がする・・。アンジェラは顔を青ざめさせると、震える体を自分で抱きしめた。
「気づいていたのか?さすがアルテナの王族、勘だけはいい・・」
 アンジェラは何も聞きたくないと言わんばかりに、首を振った。
「ふふ・・怖いか?無理もない。竜帝の出生の秘密なんぞ、なかなか聞けたものではないぞ。よおく、聞いておくんだな・・・」
 ヴェルナがアンジェラの体を包み込むように抱いた。アンジェラを逃すことのないように。そして、アンジェラが耳をふさいでも無駄なことを分からせるために。
「私はあのアルテナの国を嫌っていたのだ。全てが姉のためにあるあの国に、一体私の何が必要とされてここにいるのか全く分からなかった・・。だから、17の時に国を出た。魔力はもともと姉よりも力は薄くてな・・・私は魔力を求めて魔族と契約をしようと、ここドラゴンズホールを訪れた。」
 震えるアンジェラの耳にヴェルナは耳打ちするように話を進める。これでは別のことを考えようとしても、話が耳に入ってきてしまう。
「魔族は私のような人間が訪れたことを「怯え」の一色で見つめていた。私には指一本触れず、臆病者の中を一人私は王の居場所に案内された。そこにいたのは当時の魔族の統治者、竜王だった。
 竜王はふがいない魔族の者を一喝してから、私を見た。
 血で染まったような深く澄んだ朱の目に見つめられると、力を奪われ、立っているのがやっとの状態になった。やがて、「力ならくれてやる」と一言いった。竜王は心を読むことが出来るのを、私はそこで初めて知ったのだ。」
「何故・・・人として恥ずかしくなかったの!?魔族に手を借りるなんて!」
 アンジェラが聞かずとも済むように、必至に応戦に出た。が、他愛ないものを見るようにヴェルナは一瞥してから再び話を続けた。
「竜王が私に一杯の飲み物を下さった。私の髪と瞳が紅く染まり、魔族の一員として迎えると同時に、竜王の妻となった。その飲み物とは竜王の生き血だったのだ。
 やがて、人間に魔族の血が混ざった作用か、私には莫大な魔力が宿った。力が漲り、時として扱いきれないこともあったのでな。力をある程度あることに使うことを竜王に提案したのだ。それは、私たちの子供を作るということ。
 人間と魔族では子供が出来ないのは分かり切っていたが、私はどうしてもあの方の子供を宿したかった。竜王もその提案に力を貸して下さった。
 竜王の力で不死の体が形作られ、私は強い魂を作り、その仲立ちを私の血で連結させた。その連結させたものを私は自分の腹に宿し、自分の血を直接送り込みながら連結を強めさせ、やがて息子は生まれた。竜帝と、竜王が名付けて下さった。
 竜帝は不死の体と強い魂をもつ人間と魔族の結晶だ。あれが消えることはない。今竜帝がいなくても、やがて甦る。アルテナの血族がある限りな。」
「!・・アルテナの血族がある限り・・!」
 アンジェラは驚きと混乱を頭を抱えて、絶望的にそう言った。
「つまり、竜帝が今身を潜めているのは、単に血が足りないだけってこと!?」
「ほう、さすがは血族の娘。利口だな!」
 唐突に真空の刃がアンジェラの肩に一筋の傷を残していった。傷から発する痛みと噴き出る血・・・まさしくアルテナ王家の血に、アンジェラは頭が混乱する。
「ああっ!」
「ふふ、残念。少しはずしたね。それっぽっちじゃ足らないのだが?」
 ヴェルナは器に血を溜めようとすると、アンジェラは慌てて逃げ出した。
「冗談じゃない!竜帝の復活の手伝いなんかしないわ!」
「そうかい?紅蓮の魔導士も、黒耀の騎士も甦るときいても?」
「・・っ!」
 アンジェラは言葉もなく立ち止まった。
「お前が心底助けられなかったと後悔している、その二人も一緒に甦ると知ってもかい?また、お前はその二人が生き返るチャンスを逃してしまうのかい?また、後悔の波がお前の心を苛むんじゃないのかい・・・?」
 アンジェラの肩から流れ出る血が床にぽたぽたと落ちていく。
「でも・・、結局魔族に染められた人だわ・・別人だわ・・・」
 迷いがアンジェラの頭を悩ます。生きていて欲しかった。生き続けて欲しかった。それだけは確かな願い。その願いに囁くのは、魔族。理性では誘いに乗ってはいけないと分かる、分かるのに・・どうして体は動いてくれないのだろう?
 どうして私は逃げないんだろう・・・。
「お前に変わって、お前の今の望み、言ってやろうか?紅蓮の魔導士と黒耀の騎士を甦らせるものなら、甦らせたい!それが本当のお前の望みだ!」
「ああっ!」
 アンジェラが泣き崩れる。否定できない・・出来るわけがない!本当の望みだ!
 途端、床に溜まったアンジェラの血が光を放って地に吸われるように消えていった。
ヴェルナが持つその器には並々と血液が注がれている。ヴァルダの魔力で血液は移動したのだった。
「ありがとう、アンジェラ王女。あなたの血と願いのおかげで私の中の息子は十月十日後、再びこの世を君臨する王として甦ることが出来る・・・」
 泣きながら・・・アンジェラは自分の願いが間違っていたのか、自分に問いかけた。
 人に幸せに生きていて欲しかったと願うことが・・悪いことだったのか。
 振り払うことすら出来ないほど強いその願いを、持ち続けた自分が悪かったのか。
 結局分からない。分からないが、しかし。
 現実はあの占い師のお告げのままになったことは、間違いないようだった・・。

 アンジェラ、あんたはこれから世を暗黒に導く破壊の主を引き寄せ、その道具にされるだろう。
 そう、おまえは禁断の扉を開く、禁断の天使なのさ!




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