5.裏切者

 ドラゴンズホール内部は今も剣呑な空気に包まれていた。竜帝の復活の波動を受けて衰えていた魔族達が次々にその精力を回復させ、洞窟内はその活力的な魔族達で活気に湧いていた。
 そして、ここでは全くの異種の存在であるヴァルダ王女、リース、デュランは囚われの身となってからずっと、魔族達のからかいの的であった。
 ふらりと立ち寄って、牢屋の門番と一緒にからかいに来る。棒を持ってきて、つついたり叩いたりしながら汚い言葉を投げつけ、意味もない大笑いをする。デュランはとにかく二人の女性を守るべく、この時ばかりは奮闘せねばならなかった。
 しかし、魔族達もここのところ飽きてきたらしく、しばらくその応戦をしていない。ずっと日の当たらない場所にいるので時間の経過は分からない。食事の時間もまちまちで、まるでその日数を分からなくさせるさせるための小細工ではないかとデュランは感じていた。
「どのくらいの時間だろうな、今」
 ただ何となくデュランはそう言ってみる。誰も答えられないのを承知で。
やはり、精根尽き果てている二人にはその言葉に答える気力もないようだった。
牢に閉じこめられ、何もない空間で時間を過ごし続ける・・そんな苦痛を味わうのは女性にとって耐えられないものなのかもしれない。
 デュランは何となくため息を付くと、牢の鉄格子に手をかけた。入り口の方で居眠りする門番を見る。腰にかかった鍵は見えるが、とてもとれそうにない。からかいに使う棒も今は門番のすぐとなりに立てかけてあるのだ。
「駄目だな・・なんとか策を練らないと・・ジャドの馬鹿獣人みたいなやつだったらな・・。知力があるからなあ、こいつら・・」
 デュランがぶつぶつと独り言を言っていると、今まで眠るように目を閉じていたヴァルダが不意に目を開いた。
「来るわ・・」
「えっ・・?」
 デュランが驚いてヴァルダに振り返ったとき、門番の隣にある外部に続く穴から一人の人物が現れた。
「ヴェルナ!!」
「ふふ、元気そうだな、デュラン。」
 ヴェルナは穏やかな笑みを浮かべた。自分に刃向かう不穏分子がしっかり牢におさまっている、そんな様子が見られるのが嬉しくてたまらないようだった。
 鉄格子から少し離れて様子を見るように3人を見るヴェルナ。そのヴェルナの腹は既に大きく膨らんでいる・・。
「姉さん、ずいぶんと顔が青いな。衰えてもやはり魔法を司るものだったってわけだ・・」
「どういう意味?」
 気力が果て、いつもの女王らしい芯の通った威厳あるその声は、今ではそのおもかげすらない。ひどい重病人のような、しおれたような声を出すのがやっとだ。
「この牢は魔力を吸い取ってお前たちの反逆意識を低下させているのだ。そこの血気盛んな少年にはあまり効果はないようだがな。」
「なんだって・・?」
デュランは慌てて二人を振り返ってみて、舌打ちした。あまりに元気がないと思ってはいたが、まさかそういうことだったとは!
「ああ、どうりで魔法のことなんか頭を回らないと・・」
リースが納得はいったがそれでも気力は戻らないのを歯痒そうにそういった。
「無理するな。リース。」
「なまじ小さな魔力など放っておいてもよかったが、万が一もある。今は竜帝の復活という大事な名目もある。」
 デュランが思わず反論しようとヴァルダを睨んだが、ヴァルダが愛しそうにお腹を撫でるのを見て、思わずその口が閉じてしまった。
 何処の世界にもある、母の愛情。子供はそれを一身にうけ、この世に生まれ出る。当然の摂理。その深い愛情で自分の腹を愛でるヴェルナに、怒りの塊をぶつけることなどデュランにはできなかった。
「ふふ、おまえ達はそこでずっとそうしていてもらう。アンジェラが役目を果たし終えたら、会わせてやらないこともない。もっとも役目を終えた彼女はただの抜け殻だろうがな」
あまりのことに3人は3人とも目をみはった。その仲でただ一人ヴァルダが、力なく鉄格子を掴みながら哀願するようにこう言った。
「アンジェラを・・殺すの・・?」
「そんな泣きそうな顔しないで、姉さん」
嘲笑うかのような冷たい表情のまま、ヴェルナはそういった。ヴァルダが涙を浮かべてすがるようにうめいた。
「お願い、私の血を使って・・あの子に手を出さないで・・」
「駄目よ、それは駄目」
 ひらひらと手を振るとヴェルナが嘲りの表情のまま共を連れて牢屋を出ていった。一緒に来ていた紅蓮の魔導師だけは見張りのためかここに残った。
 その様子を見たデュランが憎々しげに舌打ちする。
(なんだって、アンジェラの奴供養なんか・・・)
 今までずっと女性二人を守らねばという感があったのか今まで湧いても来なかった疑念が、紅蓮の魔導士を目の当たりにしたことで唐突に噴き出した。
 ヴァルダがひざを抱えて泣き伏し始めた。まるで子供のようなそのしぐさをみて、リースが近づいてヴァルダを抱きしめる。そして、リースもすすり泣き始めた。
 暗い牢獄の中で打ちひしがれて、どうにもならない思いを抱えて、3人はその日を過ごした・・。




 どれくらいの時間が経ったのか、デュランはふと眠りの深淵から自分を取り戻した。ざわついた物音がかすかに聞こえて、デュランは何かあったことを悟る。
「何かあったのか?」
 思わず捕虜だということを忘れて、紅蓮の魔導師に問い掛けた。意外にも紅蓮の魔導師はデュランに振り返るとしたり顔で笑っていた。
「あったようだな。」
「・・・?」
 デュランはその紅蓮の魔導師の表情をいぶかしげに見つめていると、紅蓮の魔導師が監視の魔族の方に歩いていってしまった。
「鍵をもらおう」
「なにっ?」
 魔族が驚いた表情で魔導師を見上げているのが見える。同じくデュランもまた、目を見開いていた。
「二度は言わん。能無しの下級魔族に説明する時間など勿体無いだけだからな。」
 そういうと、瞬時に紅蓮の魔導師は指先から炎の玉を出現させ、魔族の目の前で破裂させた。爆風がこちらまで届く。
 デュランは驚きつつもその経過を見つめていた。魔導師は魔族の腰の鍵を奪うと、こちらに戻ってきて鍵を開けた。
 牢を開いてやりながら紅蓮の魔導師はまた笑う。その顔を見て、デュランはけっと吐き捨てるようにそういった後、二人を起こし始めた。
「おい、リース起きろ。出られるぞ。」
「・・・え・・?」
 魔力を奪われてどうにも体がだるいリースは、目が霞んでいて良く状況が分かっていないようだった。
「とにかく牢から出よう。ここは魔力を取られるだけだ。女王は俺が連れて行くから、リースは先に・・いや俺が先に出よう・・」
 牢の鍵を開けてくれたとは言え、自分が従うべき役目を簡単に裏切ることが出来る輩をデュランは信じたくもなかった。だから、弱ったリースを先に出すことは危険だと判断したのだ。
「俺が出るから、リースも来るんだ。わかったな?」
 リースはゆっくり頷くとおもむろに立ち上がって、壁に寄りかかった。デュランはそれを見て何とか歩けそうなのを確認してから、ヴァルダを抱えた。
 紅蓮の魔導師の動きを寸分も逃さず見詰めながら、デュランは牢から出て、リースを促した。紅蓮の魔導師はその間何もせず、ただ笑っていた。
 魔力を抜かれつづけていた空間から出られたことで、二人は少し気力を取り戻し始めていた。回復とは行かないまでも、とりあえずこれ以上魔力を奪われることはないので、体のだるさはなくなったようだった。
「待っていろ。魔法のクルミが貯蔵庫にあったはずだ。取ってこよう・・。」
 不思議に親切な紅蓮の魔導師に3人が戸惑いつつも、今の状態で動いたところで何も出来ない。デュランは黙っていたが、リースがかすれる声でありがとうございます、と礼を言った。魔導師は何も答えずマントを翻して牢屋を出ていった。
 ヴァルダが辛そうに顔を歪ませながら、一体何が・・?とデュランにたずねる。
「俺にもわかりません。でも、どうもここではないどこからかざわめきが聞こえるんです。ヴェルナの方で何かあったのかも・・。」
「・・やっぱり・・早産なのかも・・」
 ヴァルダがそういったのをデュランはなんですって?と問いただす。
「この前のヴァルダのお腹よ。大きくなるのが早すぎると思ったの・・。子供が魔族だからかもしれないけど、あれが予定通りなら子供は母親のお腹を食い破るわ・・。」
「私も・・それは思いましたわ」
 リースも頷きながら、そういう。男のデュランには到底気づきもしないことだ。
「もしかしたら・・ありえない魔族の出産したことで、ヴェルナ自身2度目は出来ないとわかっていたのかも知れないわ・・。だから・・アルテナの血を持つ、まだ出産をしたこともない若い娘・・アンジェラを選んだんだわ。私はアンジェラを産んでいるから・・私では駄目なんだわ・・。」
「アンジェラを孕ませようってのか!?」
 デュランが激怒に任せて荒ぶる声を張り上げたとき、後ろから紅蓮の魔導師が現れた。
「その通り・・さすが伊達に女王をしていないな。鋭い推理に拍手を送ろう。」
「・・・!」
「魔法のクルミだ。殻は下級魔族どもに割って貯蔵させている。そのまま食べて大丈夫だ。」
 そういいながら、紅蓮の魔導師は3人の前に皿に乗せたクルミを置く。二人は疑いもせず手を出した。デュランもわざわざ牢から出しておいて、ここで食べ物に細工をするとは思えず何も言わなかった。
「今ざわついているのは何のせいかわかるのか?」
 デュランがクルミを食べる二人を見つめたまま、魔導師に問い掛ける。魔導師は死んでしまった監視の魔族を椅子からどかすと、そこに座ってまあな、と言う。
「私がこんなに自我に目覚めているということは竜帝様が蘇ろうと奮闘なさってるからだ。母親を食い破ってでもな。」
「だが、ヴェルナから早産で出てしまったら奴はどうなるんだ。早産は普通死を至らしめる。そうじゃないのか?」
「普通はな。しかし、竜帝様はおそらく次の寄生媒体を探すだろうな。なければ死ぬかも知れんが」
 デュランはため息を吐く。
「それがアンジェラか・・。ヴェルナはどうなる?」
「さあな・・。私も復活の件では初めてでよくはわからん。しかしヴェルナよりは明確に状況がわかるのは間違いない。私は竜帝様と魂が繋がってる存在だからな。」
「それなのに、裏切るのか。一体何を考えている?俺達を逃がして何を企んでる?俺達は竜帝の復活を阻止するために動き出すかもしれないんだぞ?」
 くっ、と紅蓮の魔導師が笑う。その様子に、デュランはいつもの調子で一気に怒りをあらわにした。
「何がおかしい!」
「ごまかすからさ。『竜帝の復活を阻止するために』?『アンジェラを助けるために』来たんだろう。おまえ達は。」
 虚を突かれてデュランは顔を赤くする。しかし紅蓮の魔導師はデュランの表情を確認もせず、言葉を続けた。
「その点で私はおまえ達と手を組んで損はないからさ。私もアンジェラに危害を加えるものは除去したい、それだけだ。」
「アンジェラを生け贄にさせようとした奴が何を言ってるんだ・・・?」
 理解しきれない、そんな表情でデュランは魔導師にそういった。魔導師はふっと鼻で笑うと、お前にはわからないだろうな・・と言う。
「こう考えてみるがいいさ。お前がどうしても手に入れたい女がもしどう考えても手に入らないとき、お前ならどうする?ってな。・・・さて、そろそろ後ろの女達は元気になったみたいだな。ヴェルナのところに行くぞ。」
 




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