6.対面
紅蓮の魔道師は3人を従えて牢屋を出ていく。瞬間移動は莫大な魔力を動員するため、ヴェルナに気づかれる危険性があるといって、魔道師は3人を洞窟内に促したのだった。
暗い洞窟を歩いていると、洞窟内はどこからかの落ち着かないざわめきで、妙な音響作用を引き起こしていた。
「なにかの鳴き声みたいだわ・・」
耳障りな音にリースがしかめ面でそういった。デュランもうなずく。
「そのうち、悲鳴に変わるさ。」
紅蓮の魔道師がさも面白がるようにそういった。しかし、デュランはもうその魔道師につっかかったりはしない。さっき言われた台詞が、頭の中で引っかかって仕方がないのだった。
「どうにも手に入らない女を・・」
(アンジェラのことをいってるのか?確かにそれはつじつまが合う。アンジェラは次代女王、唯一のアルテナ王家の末裔・・。)
「手に入れたいと思ったら・・」
(・・。アンジェラを手に入れたい?あいつを?・・・物好きな)
そう思いつつも、心の中では何が得体の知れないものがざわついている。まるでこの洞窟のように。
優れた剣の強豪者を目の前にしても、こんなにも心はざわついたりはしないはずだ。
デュランはそれがいったい何なのかわかりかねて、ほとほと困り果てていた。
(一体なんだってんだ・・?あのヤロウが誰を好いてようと俺には関係が・・)
「・・やはりあいつはここにいたか・・」
唐突に歩くのを止めて、紅蓮の魔道師はそういった。デュランもはっと我に返り、どうした?とたずねる。紅蓮の魔導師はデュランの表情も見ずにこう言った。
「親父さんだよ・・・君のね。」
そう、広間のような空洞に漆黒の鎧を身に纏った一人の男が佇んでいた。男は兜で顔は見えなかったが、あの黒光りする鎧は忘れもしない。黒耀の騎士・・デュランの父ロキ。
「親父っ!?」
その言葉に反応したように先ほどまでうなだれるように歩いていたヴァルダが、はっと顔を上げた。
「・・ロキ・・」
ヴァルダがロキに気づいて呆然とそういったかと思うと、突然走り出してロキに近寄ろうとしたのだ!
「女王!?」
リースが慌てて追いかけて彼女を抱き止める。しかし既にヴァルダは髪を振り乱して狂乱していた。
「いやっ!放して!放してちょうだい!ロキ!ロキ!私よ!ヴァルダよ!!」
呆然として見守っていた男達二人だったが、いち早く状況を理解したのはもちろん紅蓮の魔道師だった。
「・・驚いた。そういうことか・・もしかすると、ロキはアンジェラの父親か・・?」
目を見開いたデュランが紅蓮の魔道師を見詰める。
「はは、まあ睨むなよ。でも可能性としてありうる話だ・・。アンジェラはデュランの一つ上・・君のおふくろさんとまだ知り合ってもないころ、アンジェラは誕生したのかもしれん。」
「まさか・・」
暗い表情で押し黙るデュランを見て、紅蓮の魔道師がふっと笑う。
「まさかなら、それでもいいさ。君らの関係に異母兄弟という尾鰭がつくだけだ。何も問題ない。「友達」としてならな。」
(友達としてならな。)
頭の中で、今まで見てきたアンジェラの表情がめまぐるしく回転した。天使のように飛び跳ね、笑い、子供のように泣き、わがままをいう。そうかと思えば、突然威厳のある表情でパーティを統率し、王家の血を納得させる。
まるで偶然のように知り合い、パーティの一員だったアンジェラが俺の異母姉だってのか!?
「冗談じゃねえ!あんな女が姉でたまるかっ!」
いきりたったようにそういうと、デュランは目付きの悪い表情のまま紅蓮の魔道師に命令した。
「てめえに頼むのも胸くそ悪いが、今はしかたがねえ。女王とリースを先に連れていってくれ。親父は・・俺が倒す。」
「お好きに。それではお言葉に甘えて先にいかせてもらうが、ひとつだけ聞いてもらいたいことがある」
腰に携えたナイトブレードをすらりと抜きつつ、むっとした表情のままデュランがなんだ、と応える。
「どんな状況になっても、刺し違えてでも、なんて間違っても思うな?悲しむのは誰かわかってるだろう。」
それを聞いてデュランは平静をとりもどす。かちかちに力が入りまくっていた肩から力が抜けて、真顔になったデュランを、魔道師は笑った。
「そう、戦う前はそれくらいがいい。君には誰かさんが特効薬のようだな」
それを聞いてデュランは顔を真っ赤にさせて、早く連れてけっ!と怒鳴り散らすと、ロキのほうに足を向けた。
「ロキ!ロキ!!私がわからないの!?」
いまだに狂乱するヴァルダの腕をデュランが乱暴に掴んで、こちらを向かせる。
「ヴァルダ女王!しっかりしてください!今はアンジェラのことで一刻を争うんです!こいつはもう親父じゃない。ロキじゃないんだ!!魔界に染められたただの容れ物なんだ!!」
デュランにそういわれて、ヴァルダがやっと狂乱から自分を取り戻し始める。
「・・ロキ・・じゃない・・」
「そう、ロキはすでに死んで十余年が経ってる。思い出してください、ここに来たのはロキに会うためじゃない。俺達は、アンジェラを救いに来たんです!」
よろよろと頭をもたげながら、リースに体を支えてもらいながら、ヴァルダはやっと思い出したようだった。本来の目的を。
「そうだったわ・・ごめんなさい。取り乱したりして・・」
デュランがリースにうなずくと、先にいっていてくれと伝える。しかし、リースは慌ててそのことに抗議する。
「デュランはどうするんです!?黒耀の騎士と一対一で勝負なんて無謀すぎます!」
「いや、多分まだ竜帝の力が十分に流れてきていないようだから、問題ない。でも油断はできない。放って置くとあとでどう動き出すかわからないから、ここできっちり始末をつけておきたいんだ」
「だったら私も戦います!」
意気込んでそう言うリースをデュランはたしなめる。
「馬鹿。女王を放っておく気か?一刻を争うといっただろう。先にいってくれ、すぐに追いつく。」
そう言うと、重たい眼差しでデュランはロキを睨んだ。その眼差しは、一人ですべての決着をつけたいことを物語っていた。それがわかってしまって、リース、これ以上の抗議が無駄だと判る。
「・・。どうか無事に追いついてくださいね。」
「ああ、判ってる。・・行ってくれ。」
デュランの返答にうなずくと、リースは女王を支えながら魔道師のもとに戻っていった。
しばらくデュランはリース達が行ってしまうのを見詰めていた。完全に見えなくなるまでたいした時間は要しなかった。デュランは見えなくなった洞窟のほうを確認して、気重たげに息をついた。
(すべての決着だ・・親父。)
デュランは右手に抜いた剣を提げて、ゆっくりとロキに近づいた。
デュランは父の前に立つと、親父、と声をかけた。
「誰・・だ?」
竜帝の復活が完全でないせいか、反応はかなり鈍い。
「デュランだ・・息子のデュランだ。」
「ああ・・ウェンディは・・元気か?ステラも・・。」
「元気だよ。」
あまりに普通の会話が始まってしまう。デュランはそれだけで、信じられないほどの幸福に襲われた。父との会話、まるで初めての。ただそれだけなのに、こんなに心が温かくなるなんて思わなかった。
しかし、あまりに不自然でもあった。父は・・鎧に覆われて顔も見えない。ちゃんと鎧の中に父が存在するかどうかすら、定かでない。動きもなく、ただ声のみがデュランに反応するのだった。
「どうしてこの鎧の姿に・・?」
「竜帝との戦いで谷に落ちて・・・、無念でたまらなかった・・母さんや、お前達を残したことが・・。竜帝はその魂につけ込んだ・・。それからは竜帝の思うがまま・・」
紅蓮の魔導士が魂の半分を売ってあの力を手にしたと前に聞いた。その力で甦った竜帝が側をさまよっていた父の無念を利用したのだろう・・。
「お前を目の当たりにして・・もう俺の魂は幸福を覚えた。ウェンディが元気なことも聞けた。無念は・・・この俺にはもうない・・」
鎧が砂のようにこぼれ落ちていく。黒く光っていた眼差しも、だんだんと力尽きていく。
「・・・!」
「無念のない魂を竜帝は縛ることができない。俺は天に召される時が来たのだ・・やっと。」
「親父!」
デュランが近づいて父に触れようとするが、何かに阻まれた。聖なる何かに阻まれたので、デュランはもう近づこうとはしなかった。ここからが生と死の分かれ目なのだと、理解した。
「父として長く側にいてやれなかった、すまんな。デュラン。ウェンディにもすまなかった。母さん
は穏やかな人だったからとっくに空に還ってるだろうな・・遅れたことを謝っておくよ。」
「ああ・・母さんと仲良くな。」
デュランの目に涙が溢れた・・。昔にも未来にもない・・家族の全員が出てくる会話。
「お前も、あの娘と仲良く、な」
「・・!」
言葉もなくデュランは息を呑んだ。
親父、知っている・・?
鎧が瞬時に砂となり光を放って消えていった。跡形もなく。
デュランはしばらく呆然としていたが、気を取り直したように手に提げた剣を鞘に収めると、リース達に追いつくために走り出した。
ざわついた洞窟の発生源には、多くの魔族が集まっていた。
そこには苦しげな表情で腹を抱えたヴァルダが床でうずくまっている。魔族たちはそれをどうしようもなく見守っているのだった。
「うああっ・・くぅっ・・はうっ・・」
ヴァルダの腹は既に限界と思われるほど膨らんでいた。のた打ち回るヴァルダはまるで瀕死の虫のようだ。
すでにこの状態で数時間が経過していた。魔族たちは成す術もなくただただ見守るのみ。
しかし、宝珠の中のアンジェラだけはその様子を心配げに見守りつづけていたのだった。
(おばさま・・おばさま・・大丈夫??)
何度も何度もアンジェラはヴェルナに向かって念波を投げかけていた。自分に対する悪意な行いを許せるわけではないが、目の前で苦しそうに悲鳴を上げる同じ血を持つ女性を放ってなどおけず、アンジェラは何度も念波を投げかけていたのだった。
(誰か、誰か、何とかして!)
アンジェラの焦る気持ちとは裏腹に、魔族たちは所詮ヴァルダが人間であることを思い出したかように冷たい視線を投げかけてはじめていた。
(なんとかならないの!?あんたたち、人とは違う力をもつ魔族なんじゃないの!?)
宝珠の中でたゆたう髪の毛をそのままに、アンジェラは心細さに身を震わせる。
・・・昔、まだ私が幼かったころにお母様が病に苦しんだとき、そっくり・・・
病に苦しむ母が、苦しそうに息を吐く声が、アンジェラの心を苛むのだ。
「誰か助けて!お母様を助けて!」
母の手を握りしめて、泣き叫ぶ小さなアンジェラ。しかし、魔導師達もすでに手を出尽くしていた。どうすることも出来ず、ただただ悔しそうに目を伏せるだけ。
「魔法は何だって出来るんじゃなかったの?!お母様を助けることだって・・なんだって!」
幼いアンジェラが叫ぶようにそういっても、魔導師達はもうなす術もないのだ。
「どうして!お母様の魔法なら何だって出来るのに!」
(何だってできるのに・・!)
一瞬の想いの閃きが、閃光が、アンジェラに宿る。マナも衰退し始めているこの世界には考えられないほどの魔力が、アンジェラの心に、そして手に戻り始めた・・・!
・・・パァンっ!
いとも簡単に、宝珠が割れた。ふわりと、アンジェラの体が宙に浮いて、マナ自体の力が宿ったせいか翡翠の瞳が更に深く輝く。
魔族のものはアンジェラに気づいたが、神々しさに胸を打たれたかのように身動きが出来ないようだった。
しかし、ヴェルナはアンジェラのその様子に嬉しそうに笑ったのだ。
「ふふ・・その力を待っていた・・。」
「待っていた・・?」
アンジェラは青碧の瞳をヴェルナに向けると、静かにそういった。
「この子を宿すには莫大な魔力もいるのよ。その力があれば、お前は竜帝を産める・・!」
「どういうこと?・・私が・・竜帝を産む??」
反応するように青碧の瞳を光らせるアンジェラを、ヴェルナは引き寄せ抱きしめた。
「お前が竜帝を産むの。私にはその力はすでにない・・。だからお前は身代わりにこの子を産むのよ・・・!!」
瞬時に爆発したような光がヴェルナの体から発せられ、風が二人を荒れ狂うように包んだ。発光体がヴェルナの体を逃れるように出て行くと、アンジェラを目掛けて次々と入り込んでいく・・!
「きゃぁぁああっ!」
「逃げられないわ!絶対に逃がさない・・!マナとアルテナの血をひく娘!」
膨大な光を受け止めながら、アンジェラは一気に気分が悪くなった。邪悪な何かが体の中に侵入していく。なんとかしたいのに、魔力を総動員させるのに間に合わない。
「うっ・・ぐはっ!」
「辛い?まあ、子供を一気に孕むのと同じだからね・・この辺で気を失わせてあげるよ!」
ヴェルナはアンジェラの鳩尾に拳を叩き込ませた。アンジェラの瞳から光が消え・・そして、力尽きたように倒れた。
ヴェルナはその姿を満足そうに見つめた。アンジェラは・・孕んでいた。
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