7.訣別

 デュランはアンジェラの悲鳴を聞いたような気がして、一瞬目をしかめた。
「何か・・変な感じがしないか?」
 合流した紅蓮の魔導師にそう声をかけて、デュランは押し黙る。誰かにいったところで何になるというのだ。ただそんな感じがしたというだけで。
 しかし、魔導師はふっと息をつくと、間に合わなかったかもしれない、とデュランの方に目をやった。
「何?」
「どういうこと?」
 リースも話に割ってはいってくる。ヴァルダも心配げに魔導師の方に目をむけていた。先ほどのショック状態からはほぼ立ち直っているようだ。
「俺の魔力が回復し始めてる・・。さっきまではもう移動魔法など使える状態ではなかったのに・・。何故だか・・魔法力が体を迸るようだ・・。」
「竜帝が・・・新しい寄生先をみつけた・・と?」
 デュランが信じられないようにそういった。その言葉にリースが思わず目を背けた。ヴァルダに気を遣い、支えるように歩く。
「ああ・・そうだろう・・。おそらくアンジェラは今竜帝を腹に抱えている・・」
 失望したように魔導師がそういった。しかし、デュランにはまだ失望するよりも先にしなければならないことがあった。ヴェルナと竜帝を止めねばならない。アンジェラを救わねばならない。
「紅蓮の魔導師・・。もうヴェルナへの遠慮も要らないし、お前の魔力も戻っていると今いった。アンジェラの元に移動魔法を使ってくれないか?」
 魔導師は一瞬目を見開いた。しかし、すぐにもっともだと頷く。
「確かにアンジェラは汚されるところまで汚されてしまった・・・。これ以上ないほどまでに。それを食い止めるにはもう時間が無いかも知れんな・・」
 リースが心配そうに魔導師を見つめた。移動魔法など並みの人間に出来るものではない。その辛さが分かるからだろう・・。
「一気にアンジェラの元へいく!固まるんだ、出来るだけ!!」
 魔導師の回りに四人が揃った。魔導師は呪文を唱え、手に異空間を出現させた。
「行くぞ!」
 四人の周りには爆風が吹き荒れ、その出現した異空間に吸い込まれるように四人はそこから消えた。
 次に四人が現れたのは、奇しくもヴェルナの目の前だった。アンジェラはそばの椅子に横たわり、ぐったりとうなだれている。
「アンジェラ!!」
 四人が四人とも目をみはった。アンジェラは間違えなく孕んでいたのだ。アンジェラがその声に目を覚まして、体を起こそうとした。
「あ・・お母様・・・デュラン、リース・・まさか・・紅蓮の・・?」
 懐かしそう笑うアンジェラ。まるで自分の腹のことなどお構いなしだ。
 呆然とした四人でいち早くヴァルダが彼女に近づこうと前に出た。
「あ・・アンジェラ・・あなた・・」
「姉さん、そこまで。」
 ヴェルナはヴァルダがアンジェラに近づこうとしたのを止める。
「アンジェラはね、私の魔力で、いつも通り部屋でくつろいでいるの。余計なことを吹き込ませないで。」
「余計って・・ヴェルナ!あなたのせいでしょう!!」
 ヴァルダが怒りに肩を震わせながら、怒鳴りつけた。
「アンジェラを汚すなんて・・自分の息子のことを私の娘に押し付けないで!」
「アンジェラがうちの息子に手を出すからだ。放っておいてくれれば、世界は息子が制圧して、私の願いも叶ったのに。」
「願い?」
 リースがいぶかしげな表情で問いただす。デュランも紅蓮の魔導士も心配げにアンジェラの様子を見守るのみ。当のアンジェラはただけだるげな表情で眠るようにうなだれていた。
「私は言ったはずだ、姉さん以上の力を持ってアルテナに仕返しをするとな。ね、姉さん。」
 ヴァルダが言われて、ヴェルナを睨むように顔を上げた。憎悪以外なにもない、その表情にリースも紅蓮の魔導士もいくらか驚いた様子だった。
しかし、ヴェルナは眉一つ動かさない。
そして、デュランも驚きもせず、ただ無表情に再び穏やかな顔のアンジェラに目を向けたのだった。
「ヴェルナ・・私は世界がどうなろうと知らない。でも、うちの娘を汚したことだけは、許さない。絶対に・・!」
 瞬時に、風が洞窟に吹き荒れた。ヴァルダの魔力の波動が、風というエネルギーに代わったのだ。
「魔力は・・導火線と同じよ。同じ波動を持つ魔力は、そのものの力を呼び覚ますわ・・!」
「それなら、俺も手伝える・・。アンジェラの中に同じ波動の生き物がいるからな・・。」
 紅蓮の魔導士が吹き荒れる風に熱気を加えた。炎の力が加えられたのだ。
「ただの人形のくせに・・えらそうな・・」
 ヴェルナは紅蓮の魔導士に向かって手を払った、と周りには見えた。しかし、それだけではなかった。
「ぐ・・・!?」
 吐血した、と思ったら、首にまるでかまいたちにあったような切り傷が生まれていた。
「紅蓮の・・!」
 リースが慌てて側に駆け寄って介抱しようとしたが、紅蓮の魔導士は手を出すな、とばかりに右手の手のひらをリースに見せた。
「でも・・!」
「いい、俺はここでこういう役割のために来たんだ。最期くらい、あいつのために戦わせてくれ・・!」
 デュランが目を見張った。が、このまま逝かせたのでは騎士の名が廃る。
「馬鹿だな。無駄死になんかさせねえよ。」
 デュランが笑う。やっと、何かがつかめた、そんな表情で。脇に立ち、紅蓮の魔導士の肩を支える。
「ふ・・恋敵に肩を借りるとはな。」
「・・あいつを追いつめて、自分のものにしたかったんだな・・お前は。不器用すぎるぜ・・」
 デュランはヴェルナを見据えたままそういった。魔導士は苦笑するように肩を震わせ、デュランの肩に回した腕に力を込める。
「仕方ないだろう、俺には元々地位も魔力もなかった。アンジェラを引き留めておくものを、何一つ、もっていなかった。だから、死を目の前にすれば、俺に許しを乞うだろう?しかし、運命は・・うっぐ・・」
「あいつは・・地位で女王。運命で奇跡の勇者だ・・。誰のものにもならない・・。誰の言いなりにもならない。あいつをとどめる事なんてできやしないさ。」
「そうかもな・・」
 二人はやっとのようにヴェルナの前に立ちはだかった。
「うっとおしい奴め・・消えるんだ・・!」
 ヴェルナは再びさっきと同じ仕草をしようと手を振り上げたが、デュランが電光石火の早さで剣を一降りすると、細い針のような爪が落ち、再び紅蓮の魔導士を汚すことはなかった。
「なに・・?」
「竜帝を抱え込んだせいで大した魔力が残ってないだろう?この辺で、一緒にくたばろうか?」
 紅蓮の魔導士が右手をさしのべてヴェルナの首を掴んだ。
「ぐっ!がはっ!」
 喉をつぶされて息が出来ないヴェルナを、ヴァルダは複雑な表情で見つめていた。魔力を発していた力も抜け、ただ、目をそらした。
 一方、リースはアンジェラの座る椅子に近寄り、アンジェラを呼び覚まそうとしていた。
「アンジェラ、アンジェラ・・!」
「・・リース?」
 アンジェラは眠たげな目をやっと開けてリースに答えた。
「立って。私たち戦ってるのよ?一緒に手伝ってくれないと!」
「ええ、そうしたいけど、とても眠いわ・・」
 アンジェラは孕んでいるせいか目が微睡んだままそういった。やがて、魔導士達の方を見て、あれは?と尋ねる。
「ヴェルナと魔導士が戦ってるの。あなたのためによ。」
「私の?どうして?おかしいよ、紅蓮の魔導士は私のことを嫌ってるはずなのに・・」
 アンジェラが呆然とそういうと、魔導士の方をまた見つめる。
「おかしい、どうして嫌いな人のために戦うの?」
「アンジェラ。あの人・・・あなたのこと好きだったのよ・・」
 アンジェラはまるで人形のように目を丸くしたまま、魔導師に見入っていた。ゆっくりと立ち上がる。側に寄ろうとする。
「アンジェラ・・・?」
 リースが吃驚したようにアンジェラを見つめ、やがて思い出したように慌てて彼女の体を支える。
「私も・・私も大好きだった。私たち兄妹のように仲がよかったのよ。子供の頃は。」
 ふらつく足元も気にせず、アンジェラは魔導師の元に歩いていく。リースが支えようと近づくが必要ないとばかりに振り払われる。
「でも成長するに連れて、あいつ私のこと避けるようになって。きっとお城の人に咎められたのね。でも、それだけじゃない、私を見る目は確かに憎んでいたのに・・。」
「きっと、辛くて悔しかったのね。あの人はそれほどまでにアンジェラを必要としてくれていたんだわ。」
 リースが落ち着いたようにそう言った。アンジェラが頷く。今知ったことなのに、それほどの衝撃はない。心の奥底で気づいていたからだろうか?
「戦うわ。私、紅蓮の魔導士を助けるわ・・!」
 目に意志の光を甦らせると、アンジェラはダブルスペルの呪法を唱え始めた。が、既にその魔力がないことに気づき、愕然とする。
「一体・・どうして・・?」
 アンジェラの視線が今初めて自分のお腹に止まった。
 異様に腫れた自分のお腹。自分の中に蠢くものが確かに存在する。鼓動が動きが体に伝わってくる・・どうして今まで気づかなかった??
「な・・なによ・・なによこれぇ!?」
「アンジェラ・・!落ち着いて・・静かにしてないとあなたに負担が・・」
 リースがしまったと顔を歪ませながら、アンジェラを落ち着かせようとする。しかし、アンジェラは顔を蒼白にさせ、金切り声を上げた。
「なんで!なんで!?私いつの間にこんな・・?」
 その声に気づいたデュランと魔導士がアンジェラの方に振り返る。アンジェラが錯乱状態に入ったことを見て取った二人には、十分すぎる隙が出来てしまった。それ故に。
「お前らは本当に・・バカなようだな!!」
 ヴェルナが先ほど地面に落ちた爪を浮遊させ、まずデュランの肩を狙った。
「うわっ!?」
 鎖骨の上のあたりを爪が通過した。燃えるような痛みに、デュランは手がしびれ、剣を落としてしまう。
「・・デュランっ・・」
 魔導士が気遣うように声をかけたが、既にその自分も首からの出血で血塗れだ。デュランが肩を押さえ、よそ見をするな!と怒鳴りつけようとした瞬間、目の前に信じられないものを見た。
 長くとがった爪が魔導士を守ろうとしたアンジェラの胸を貫いたのだ。
「・・・っ!アンジェラっ・・!?」
「く・・はっ・・」
 アンジェラは胸を押さえ、地面に頽れた。魔導士もアンジェラに気を取られ、支えようとしたところを爪が背中を襲った。
「ぐ・・」
 いかに竜帝の力があろうと、背中から心臓を狙われては致命傷だ。魔導士はアンジェラの隣に倒れた。
「・・アンジェラに手をかけさせた罰だよ。さっさと消えるがいい!」
 ヴェルナが憎々しげにそう言った。リースもヴァルダも、もうただただこの血みどろな現場を呆然と見つめるしかなかった。
 走り寄る気力も湧き出ては来ず、ただ呆然と・・。
「あ・・んじぇら・・どうして・・?」
 魔導士がアンジェラを揺すった。アンジェラは口に流れ出す血をそのままに、微笑んだ。
「あんた、私のこと好きだったんでしょ・・。私も好きだった。他愛ない毎日だったけど、私の子供の頃の宝物よ、あんたと過ごした頃って。だから、守りたかったのよ。」
「最期くらい、俺に花をもたせてくれれば・・」
 そういいながら、魔導士は幸福そうに笑う。二人とも血にまみれながらも、それでもこんなにも幸福そうに見えて、デュランには不思議だった。
「幸せだよ。俺は。こんなことならアンジェラに早く告白するんだった。」
 アンジェラが笑いながら、魔導士の額にキスをした。それだけで、魔導士の体が薄れていく。
「無念が消えていく・・」
 デュランが呆然とそういった。それに答えるように、アンジェラが頷く。
「さよなら。また、生まれ変わって・・会いましょう」
 アンジェラが最期の魔導士の手を握る。魔導士がその手に力を込めたところで、ふっと風のようにかき消えた。
 アンジェラが、その瞬間、咳き込んだ。大量の血を吐いて、どうしようもなくて、ただ、笑っている。
「アンジェラ!」
 デュランは自分の肩の痛みも気にせず、アンジェラの体を支えた。
「あ。あはは、やっぱ。私も、かなぁ・・」
 さっきまでの強気な表情は今はもうない。ただ、死を恐れ始めた小さな娘がそこにあるだけ。
「弱気なこと言うな!お前らしくないぞ!!」
 そう言いながらも、デュランの目には知らず光を放つものがあった。アンジェラがもういいよ、というように首を振る。
「ごめん、ごめんね。あたし、こんなことになるとは思わなかったの。私が竜帝を甦らせることになるなんて・・。」
「そんなこと、どうでもいいから!」
「あたしがいなくても、竜帝を倒してね。デュラン・・」
「いなくなるわけ、・・お前がいなくなるわけないだろう!」
 今まででも聞いたことがないくらいのデュランの叫び声が、洞窟に木霊した。アンジェラがデュランの服にしがみつく。
(ああ、どうしよう・・この人と離れたくない。置いていきたくない。そばにいたい。)
 アンジェラの小さな体をデュランは抱きしめた。
(こんなにこいつは小さかったのか??どうしてこんなにも細く小さい奴を俺は放っておいたんだろう!?)
 二人は今、心ごと寄り添っていた。しかし、アンジェラは自分の心臓が秒読み始めていた事に気づいていた。だから、慌てたようにデュランの方を向いてこういった。
「デュラン、紅蓮の魔導士の後になっちゃったけど、大好きだった。・・・本当に、」
 大好きだったよ。
 最後の言葉がデュランの耳には届かなかった。アンジェラの頭がかっくりと折れ、髪の毛がアンジェラの顔を覆った。何もなくなった抜け殻が容赦なくデュランの腕を押しつぶしていた。
「アンジェラ?」
 それでも、信じられなくてデュランは名前を呼んだ。呼べばきっと目を覚ます。そう、何かの冗談に違いない。
「おい。アンジェラ、いつもみたいに笑ってろよ。冗談だよって、笑えよ・・!」
 アンジェラの顔には幾筋の涙の跡が光り輝いていたが、それ以外の命の輝きはどこにも存在しなくなっていた。
 アンジェラは確かに息絶えていた。
「・・っ・・!」
 やっと、デュランはそのことを悟って、アンジェラを抱きしめた。デュランはただ、声を上げずに泣いた。
 それから・・、デュランが放心したようにアンジェラを抱えて立ち上がったのは、それからどのくらいたったことだったろうか?
 デュランはヴェルナの方を静かに見つめて、満足か?と呟いた。
「竜帝を、竜帝を返しなさい。私の息子よ!」
「これはアンジェラだ!おまえのものなど、何処にもない!」
 デュランが怒鳴りつけた。ヴァルダとリースが側により、ただこれから洞窟を去ろうと歩き出した。その瞬間。
「見て。」
 リースがアンジェラの顔を見つめながらそう言った。デュランもヴァルダも、言われた通りにアンジェラの顔を見つめると。
「なんだか、光を放ってるみたい・・。アンジェラの体・・」
「本当だ・・?・・?」
 デュランがおかしな顔をするので、リースがどうしたの?と尋ねる。
「アンジェラの体が・・どんどん軽くなっていく・・」
「なんですって?」
 リースとヴァルダが目を合わせた。その間にどんどんアンジェラの体はデュランに負担をかけるのを減らしていく。とうとう、ふわり、と浮かんだときには、三人とも為すすべもなくアンジェラの体を見つめるより他なかった。
「アンジェラ・・?」
 光を放つ体が丸くなってひざを抱えると、突如肩胛骨のあたりから羽が飛び出した。
「!??」
 みていた者は誰もが驚嘆した。言葉もなくただ見守るのみ。
 羽は・・確かに絵物語でみるような天使の羽のようだった。ただ、色が違う。生えた羽はなんと・・透明の羽だったのだ・・!




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