「生クリームはどこっ?」
「シナモン、切れてるよ!裏から持ってきて!」
「表のワゴンチョコレート、完売!」
「ちょっと、おさないでッ!」
「ラッピングが間に合わない〜っ!もう一人こっちに来て〜!」
「1500ルクです〜ありがとうございました!」
「・・なんですの?」
ふとリースがその狂乱を目に止めてそういった。
ここは花畑の国ディオール。妖精たちがいつもとは違う剣幕である店の前にごった返している。
アンジェラとシャルロットが、リースの言葉に立ち止まる。
二人はああ、と顔を見合わせた。
「妖精たちのこと、あまり知らないリースは知らないだろうけどね。妖精の国ではあるイベントがあるらしいわよ。恋人と両思いになるイベントがね。」
「知ってまち!ばれんしゅたいんのイベントでち!」
シャルロットが手を挙げてはいはいっとそう言ったが、アンジェラに、バレンタインでしょ、と窘められる。
「バレンタイン?」
「そ。」
にやっと笑うアンジェラ。アンジェラは面白がるような視線をリースに向けた。
「もともと、愛の告白、とか表立ってしない妖精の国はちょっとばかし少子化に悩まされてたっていうのよね〜。その打開策って言う話もあるし、ただのお菓子専門業者のイベントだって噂もあるわよ。どっちにしても面白いイベントよね〜私たち人間には馴染みはないけど。」
「一体何を?」
リースは再びそのおびただしい数の女性の妖精たちをみやると、そう言った。不思議そうな顔。
「チョコレートをプレゼントして愛の告白をするらしいでち。それを許されるのが、今度の間冬一番の満月らしいでちよ。」
「こ・・告白・・。そうですか・・」
リースは少し吃驚したように頬を染めた。アンジェラがリースに見つからない様にくすくすと笑う。
シャルロットはあーあ、と大袈裟にため息を吐いた。
「今ごろならあたちも愛するヒースに手作りのチョコレートを懸命に制作していたはずでちのにぃ・・。運命とはかくも過酷なものでち。」
「あら、シャルロットもやっぱりそういうの、するんだ?」
アンジェラが意外そうにシャルロットを見下ろした。その態度にシャルロットはつばを飛ばして言い返す。
「あったりまえでち!あたちを誰だと思ってるんでち!?恐れ多くもこの世に二人とない、妖精のハーフでちよ!」
「はいはい。」
アンジェラはつばがかからない様に一歩離れると、やれやれ、と返事をした。リースが優しく腰をかがめて、シャルロットを見る。
「それで、シャルロットのお母様も、お父様にチョコレートを?」
シャルロットはそうでち!とはしゃいだ声を上げた。
「チョコレートの効き目はすごいんでち〜♪満月の魔力も相俟って効果は倍増でち♪」
「ばいぞう・・」
リースが目をぱちぱちやってそういった。アンジェラが興味なさそうに手を頭の後ろで組んだまま、シャルロットに尋ねる。
「それって、男の人もチョコレート渡すんだっけ?」
「違いまち。男の人はお花を持って来るんだそうでち。」
「お花か〜確かに嬉しいわね、そりゃ。」
ふーん、とアンジェラは面白そうな顔をして頷いた。と、あっ、と声を上げる。
「なんでちっ?」
「どうしました?」
アンジェラは二人を眺めると悪戯好きの子供のような顔でにっこり微笑んだ。
「私たちもチョコレート、作らない?」
「うぐぐ・・」
「しっ、黙れデュラン」
「うー?」
「ケヴィンも、大人しくしてくれな?」
「う、うん・・」
男三人が何をしているのかと思えば、路地の物陰に潜んで声を抑えている。表には、いつも一緒に旅をしている女の子が三人、一人の派手な格好の女の子の話に二人の女の子は吃驚したように目を丸くしている姿がある。
「手作りチョコレートか〜、俺話には聞いていたけど一度もらってみたかったんだよな〜」
早々と。ホークアイはもう自分にくれるものと決め込んだような顔をしてそういった。
「ぶほっ、げへっ。」
「あ、わりい、デュラン」
へへへ、とだらしない笑いを披露して、ホークアイはデュランに謝った。ホークアイの手は、さっきまでデュランの口をふさいでいたのだ。
「なんだよ、気持ち悪い笑いしやがって・・。だいたい急にどうしてこんな暗がりに連れてこられなきゃならないんだよ。とっとと宿に・・ふがが」
「もうちょっと静かにしゃべれないのか。お前は・・立派なシーフになれんぞ」
「ふぁふぁふぇー(ならねー)」
「あ、アンジェラたち、もう行ったよ。それでいいの?ホークアイ。」
ケヴィンは表の3人を見届けながらそういった。ホークアイはそれを聞いて、サンキュ、ケヴィンといい、再びデュランを解放してやった。
「よし、となるとだな。」
「なんだ?」
ホークアイが意気揚々とそう言った。他の二人は訳が分からず顔を見合わせる。ホークアイは呆れたように二人を交互に見る。
「おまえらなぁ・・さっきの話聞いてなかったのかよ〜?」
「あのさぁ・・」
デュランは頭を掻きながら、負けずに呆れた顔をした。
「俺はお前みたいに盗人に出来てないから、あいつらが何話してたか全然わかんなかったんだけど?ちゃんと説明しろよ・・」
「盗人というな、シーフといえ。」
「変わんねぇだろ」
「なんか、愛の告白とかいってた。」
ケヴィンが懸命にさっきの台詞を思い出すとそういった。ケヴィンも獣人だけに、人並みはずれた聴力を持っているのだった。
「妖精達のいべんと、満月の夜に、ちょこれーとをもって、愛の告白する。そう言ってた。」
ケヴィンはそういうと、ホークアイが満面の笑みを浮かべて、偉いぞケヴィン、と言った。
デュランはへぇーっと、興味なさそうにケヴィンの顔を見詰める。
「そのイベントがどうして俺らに関係あるわけ?」
「アンジェラがチョコレートを作ろうって、言ったからさ。」
「はっ?!あいつチョコレートなんて作れるのかよ!?料理する姿なんて今までに一度も見たことないんだぜ!?」
デュランはアンジェラがいたら速攻で殴られそうなことをさらりという。
しかし、後の二人もその言葉にはうーんとうなり始める。
「確かに、アンジェラが料理するところ、見たことない。」
「リースもシャルロットもなあ・・ないな。確かアイツら三人とも血筋としては料理なんか作ってもらう立場だもんなあ・・」
「やめさせたほうがいいんじゃないか?」
デュランは神妙な顔つきでそういうと、ホークアイに吹き矢を吹かれた。冗談ではなく正真正銘本物の吹き矢だ。素早くデュランが避けることも、まあ予測はしていただろうが。
「あ・・あぶねぇじゃねえかっ!!」
「馬鹿野郎!せっかくの女の子の好意をやめさせるなんて男のやることかっ!」
いつになく殺気立ってそういうホークアイにデュランはたじたじになる。ケヴィンの方はそろそろ潜んでいるのが辛くなってきたのか、立ち上がってこういった。
「そろそろ、宿に戻ろうよ?」
「チョコレートなんてまあ、ちょっと細工すれば何てことないと思うのよね〜」
アンジェラはそう言いながら、チョコレートを刻んでいる。早くはないが、遅くもない。
「リース、お湯は沸いてる?」
「ええ、ボールに移して置くんですよね?」
「そうそう」
「アンジェラしゃん、お酒、測りまちた!」
「おっけ〜。こっちの小さなボールに入れておいて。」
アンジェラは刻み終えたチョコレートをボールに移すとふ〜っと息をついた。
「それにしても。アンジェラがお菓子作りをするとは思いませんでしたわ。」
「あら、リースはしないの?」
「恥ずかしながら・・」
リースは頬を染めてそういった。アンジェラは、まあ、アマゾネスってその特訓が大変そうだよね、と屈託なく笑う。
「私はね〜ホントは魔法のお勉強しなきゃいけないのも、ほったらかしにしてたからね。それであんまり暇だったから台所にはよく匿ってもらってたのよ。料理婦とは仲が良かったの。」
アンジェラは眉根をしかめる。苦い思い出を思い出すときにする、アンジェラの癖。
「でもね、ただで匿ってもらうのも邪魔じゃない。魔法はできなかったけど、料理はそうでもなかったのよ、実は。それで何度か救われた気がしたの。」
「アンジェラ・・」
リースは気の毒そうな表情でアンジェラを見つめた。
「あら!そんな顔しないでよ!だって私そのおかげで料理はできるようになったんだしね!今は魔法だって使えるし、何ももう不安なものはないわよ!」
アンジェラはそういうと、あははっと笑った。
「アンジェラしゃん〜生クリームも入ったでちよぉ〜?」
「あ、ありがと、シャルロット。よし、これで溶かせば一段落よ。」
アンジェラは先ほど刻み終えたチョコレートをお酒と生クリームが入ったボールに入れ、湯煎で溶かし始める。
そこに、男3人が宿に戻ってきたようだった。部屋にいないのを不審に思ったのだろう、宿のものに連れを知らないか聞いている。
「ホークアイ達、帰ってきたみたいですね。」
「宿の人にはここを借りるときに、心配しないで、って言っておいてって頼んだから平気だと思うけどね。」
「シャルロットつまんないでちー!!」
シャルロットはやることがなくて頬を膨らませている。リースは汚れた食器等を片付けていた。
「あーもぉ。じゃあ、シャルロット、そろそろこっちがいいから、型をならべて!」
「わかったでち」
仕事をやっとこさもらったので、シャルロットは大人しく椅子に立ってテーブルの上に型を並べる。丸や四角や、星型ハート型、いろいろの形の型を並べておく。最後にただのプレートも。
アンジェラは溶かしたチョコレートを絞り袋に移して先をちょん切った。そして、その袋をシャルロットに渡す。
「ほら、出してみなさい。適当に型に入れてね。」
「うわーっ、面白そうでちぃ!!」
「あら、面白そうですわね。」
片づけが終わったリースが笑いながらシャルロットを見る。
「でしょ?最後はプレートに自由に作れるのよ。好きな人の名前もオッケイよ〜。後でシャルロット、リースに貸しなさいね。」
いいながら、アンジェラが笑う。汚れた洗い物をシンクに移して、今度はアンジェラが洗い始める。
「アンジェラはしないんですか?」
リースが不思議そうに振り向く。
「あ、私はいい。できた奴、分けてもらうから。」
洗い物をしながらそう言うアンジェラ。シャルロットとリースが目を見合わせて、ぷっと笑い出した。なによ?とむくれて振り向くアンジェラ。
「だって、急にどうしたんです?さっきまで俄然ハリキっていたのに、最後になって”分けてもらうから”なんて。」
「きっと勇気がしぼんちゃったんでし!デュランしゃんにあげる・・うぎゃぎゃ!」
アンジェラがすたすたとシャルロットに近づき、両頬をぎゅっと掴む。
「よけーなこと言わなくていいの!とっとと、型にチョコレートを入れる!分かった?」
シャルロットがこくこく、と頷くのを確認してから、アンジェラは恐い顔をしたまま再び食器を洗い始めた。
二人は不思議そうに顔を見合わせた。
チョコレートは無事に仕上がった。3人とも欠片で味見をしたので、美味しく出来上がったのは折り紙付きだった。そのあと、先に夕食に出た男三人に合流して、夕食を済ませてきた。
アンジェラは部屋に閉じこもっていた。リースはホークアイに、シャルロットはケヴィンに、そして、アンジェラはデュランに、あげることになっていた。なんとなくそう決まっていた。
最初に「チョコレートを作ろう!」といったのは半分リースをからかうつもりだった。彼女がホークアイに思いを寄せているのは一目瞭然だったから、年上らしく何とかしてあげたいとも思っていた。でも、作りつづけながら最後になって気づいた。自分もデュランにあげるかもしれないチョコレートだと言うことを。
「俄然張り切っていたのに・・」
「勇気がしぼんじゃったんでち!」
違う、と思う。
リースが幸せになればいいと思った。自分がどうこうではなく、リースがホークアイにチョコレートをあげればそれでよかった。
今私がデュランに思っていることより、リースはもっともっとホークアイに思いを寄せているから。
そう見えたから。
私は、まだそこまでデュランをどうにかしたいとは思っていないから。それに。
「あの人、こういうの疎そうだもの。」
言ってみて、笑ってしまった。
そう、結局。チョコレートが欲しかったのはリースのため。いつもならヒースのために作っていたっていうシャルロットを励ますため。だったのだ。
ベッドの傍にある机に置いた、チョコレートの包み。アンジェラはじっとそれをみてみる。
「食べちゃおうかな〜・・」
「俺にもくれよ。腹減った。」
あまりと言えばあまりに突然な出現にアンジェラは唖然と窓の外を見た。デュランがさかさまになって窓の外から覗いている。
「なっ、なっ、なにしてんのよぉ!」
半分泣きそうになって、アンジェラがそう言った。デュランは平然とした顔で応答する。
「何って、月見。部屋ホークアイに追い出されてさ。することもないから。来るか?」
アンジェラに手を差し伸べる。屈託ない子供のような顔をされて、思わずアンジェラは微笑む。
「行くわ。」
アンジェラはチョコレートの包みを持って、デュランの手を掴むと、屋根に上がった。
「あれ、今日はあまり寒くないのね。」
「夜はずっと冷えてたけどな。今日はそうでもない。」
「月の魔力、かな。」
満月を見上げて、アンジェラがそういう。そうかもな、とデュランがそう言った。アンジェラは早速包みを開けてやると、はい、とチョコレートを渡した。
「やっぱりチョコレートか。」
「やっぱり?」
アンジェラは怪訝な表情でデュランを見上げた。デュランは既に口にもぐもぐやりながら、うん、と素直に頷いた。
「ホークアイが言ってたからさ、お前がチョコレートを作って渡してくれるって。いやに自信満々にな。」
アンジェラは呆れた顔をした。
「やだ、盗み聞きしてたのね。」
「俺は聞いてないけど、あいつそういうの得意だしな。その時傍にいたのは認めるよ。」
「あーあ、なんだ。ばればれか!」
アンジェラはさもがっかり!と言いたげにふうっと息を吐いた。
「ん〜でもばればれだからこそ、用意出来たもんもあるぜ?」
もごもご、と食べながら、デュランは一輪の花を差し出した。アンジェラがそれを見て吃驚した目をする。
「あ・・あたしに?」
「そ。」
既に、デュランはチョコレートを一つ残らず食べてしまっていた。美味しかったようだ。
「ランプ花・・綺麗。ありがと」
アンジェラは花を受け取ると、微笑んだ。デュランも、照れたように笑う。
アンジェラの手の中で月の光を浴びたランプ花は、七色の輝きを放ちつづけていた。まるで、アンジェラの幸福な心を表すように。
二人には、月の魔力はちゃんと届いたのだった。
Fin.
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