「・・・・・」
黙々と料理を食べ続けるデュラン。だが、しばらくしてやっとの様に口を開
いた。
「リース、俺とアンジェラくっつけようとしても無駄だぜ。俺はあいつを愛せ
ない。」
「どうしてです!」
「敵だからさ。」
敵。そう、確かに草原の王国フォルセナと魔法王国アルテナは元々が敵対国
。力強い剣技と激しく迸る魔法は、お互いのその強さのために激しく対峙する。
しかしそれは去年のマナ騒動で終わったはず。
「それは去年までのことでしょう。もう戦争は終わったのよ!」
リースが涙目でデュランに言い返した。アンジェラが不憫だとでも思ってい
るのだろう。
「俺の中じゃ終わっちゃいないよ。いや、俺は戦いを終わりにするなんて出来
ないんだ。戦いが終わった後の騎士ってなんだよ。騎士は何のために鍛錬、修行
を繰り返すんだ。戦いのためだよ!今はなくてもいつかは起こる戦いのためなん
だよ!騎士は平和を信じない。そうできてるんだ。」
「でも!アンジェラはあの国に生まれただけよ!あなたが憎む国に生まれてし
まっただけなのよ!」
「リース!落ち着いて!」
勢いがついて止まらなくなってしまったリースをホークアイがなだめる。そ
れをデュランは納得したように見ていた。
(軽そうな奴と思ったがそうでもないらしい。あのリースをなだめるだけの落
ち着きがこいつにはある。)
デュランがホークアイをまじまじと見ていたそのとき、不意にホークアイが
デュランの方に顔を向けた。
「デュラン。俺はナバールの人間だ。だから、あんたみたいな王国主義の考え
る事なんてまるっきり理解できないけど。でも、どこの国にもこれは共通で言え
ることだと思うんだ。それは、自分に嘘をつかないこと。」
「ホークアイ、俺が一体いつ嘘をついたとでも?」
初対面の奴と出来るだけなら争いたくはない。デュランはそう思ってなるだ
け棘のない声で言ったつもりだったが、憤慨しかけた表情は隠しきれなかった。
「デュラン。アンジェラという子は君を愛していると言っただろう?」
「ああ。」
2週間前、アンジェラが急にフォルセナに遊びに来て、もちろんデュランに
も会っていった。その日デュランは非番で、家の裏のすすき野原の空き地で素振
りをしていた。アンジェラはそのデュランを見つけて、しばらく素振りを楽しそ
うに見入っていた。そのときアンジェラはデュランに思いを打ち明けた。暮れか
かる夕日に照らされて二人の顔は赤く染まっていた。
「でも俺は、俺の好みじゃないと言った。」
「ひどい!」
リースはすでにホークアイに寄りかかって泣いている。
「だからだからアンジェラ便りもないしうっ、ひっく。やっと覚悟して思いを
打ち明けた人に対して、何て事を」
「俺のためでもあるし、あいつのためでもある。俺が中途半端な答えを口にし
ていたらどうなる?リース、分かってるのか?俺はフォルセナの黄金の騎士、ア
ンジェラは次代女王だぞ!軽々しく俺達は一緒になっちゃいけない仲なんだ。」
「ロミオとジュリエットみたいだな。」
ホークアイがため息と共にそう言った。が、デュランはそれを笑う。
「俺があいつを好きだったらな。」
「デュラン、君はアンジェラを愛せないと言ったね、愛していないでなく。そ
れって、デュラン自身はアンジェラを好きでいることと違うのか?」
リースがふと顔を上げて、ホークアイとデュランの顔を交互に見る。気付か
なかった、とでも言うように目が大きく見開かれている。
「違うね。好意ってもの自身が敵のアンジェラには向けられない。これまでも
、これからもな。」
デュランの答えにリースは気落ちしてがっくりとうなだれた。
「平行線だね、リース。やっぱり無理だった。」
ホークアイがため息と共にそう言った。リースも青ざめた顔でゆっくり頷く
とええ、といい、
「アンジェラはもう目を覚ませませんわ。きっと」
「目を覚ませない?」
デュランが不思議そうに言葉を繰り返した。
「どういうことだ?なにかあったのか。」
二人は顔を見合わせると、深刻な顔をしてデュランに頷いた。
「アンジェラ、あの2週間前のフォルセナに行った旅行から目を覚まさないら
しいんです。アンジェラは軽い眠りの状態のまま帰国したって聞きましたし。詳
細は全く不明で女王でさえ分からない有様。昏々と眠り続けるお姫様だ、って聞
きました。」
「リースはそれをデュランと何かあったんじゃないかと思って、ここに来たん
だ。俺を誘ってね。」
「いつ、目を覚ますのかも分からないのか。」
デュランはいつの間にか祈るように組んだ指を見つめながらそう言った。
「全く。強大な力を持つ女王でさえ分からないんですから、もうお手上げでは
ないでしょうか。」
がたん、と椅子を鳴らしてデュランは立ち上がった。黙々と皿を片づけ始め
る。
「デュラン。行ってあげて下さいませんか?アンジェラ、あなたを待っている
と思うんです。」
「待ってないさ。待ってないだろうが、リース。俺は行くつもりだ」
去年のマナ騒動。聖剣を抜くことが出来たアンジェラ、そして仲間となったデ
ュラン、リースは結局マナを守ることが出来なかった。アンジェラを宿主として
選んだフェアリーはマナの女神となりその決定的な滅亡を免れたが、マナの回復
には長い時間を要する最悪の方法を選ばずを得なくなってしまった。その方法と
は、マナの女神が千年の眠りにつくこと。
マナが無くなることとは、精霊や妖精はその住む場所を失い、その存在をこ
の世界から追いやられると言うことになる。当然、精霊との力の兼ね合いで起こ
る魔法はその威力を刻々と衰えていくし、それが大元で成り立っていた魔法王国
アルテナは力を失っていくばかりだ。マナ騒動が終わったあと、各国の協力によ
り氷の港町エルランドとアルテナ城を結ぶ道を開拓され、最短ルートが確保出来
たのだが、依然として身の凍る寒さだけはどうしようもなくアルテナ本土の人口
は下降の一途をたどっている。
「つまりどうしようもないんだ、この寒さは。」
デュランはそう呟くと、大きなくしゃみを三回もした。普段来なれない防寒
服を何十にも着ているので、歩きにくくてかなわない。前に見えるのは白一色の
景色だけで、単調な景色と身の切れるような寒さのために眠気を催す。この最短
ルートにはそれを防ぐために、女神像が置かれている。女神像に祈りを込めるこ
とはマナが無くなってしまう前からの習慣で、人々は未だにその習慣を忘れず、
マナが無くなりつつある今でも気力だけでも回復させようと置かれているのだ。
道にはモンスターもなく、たまに兎の様なポトが道を横切る程度だった。そ
れでも、デュランにしてみれば久しぶりの獲物なので捕まえて火をおこし、十分
に火を通して腹を満たした。
そんなことが一週間続き。やっとの思いでアルテナ城が見えた頃にはデュラ
ンは精も根も尽き果てていた。寒さと度重なる睡魔にデュランは完全にまいって
いた。
...と。ふと前を見ると、巨大な銀色の城を背景にこの寒さの中、驚くほど
露出したドレスを身につけたアンジェラがデュランを懐かしむように見ていた。
「デュラ、ン。あなた、どうして?」
それを見たデュランは、はめられた、と呟きながらアンジェラが差し出した
腕の中に倒れた。
イタズラっぽく笑うリースの顔を思い出しながら。
デュランはゆっくり目を開けると、あまり広くない部屋に簡素に置かれたベッ
トで寝かせられているのが分かった。傍らに一人の召使いらしい女が控えており
、お目覚めになられましたか、と穏やかに聞いた。
「あ、ああ、はい。」
デュランはまだ状況の飲み込めない頭で虚ろに返事をすると、召使いがしば
らくお待ち下さい、と言い残し部屋を去った。デュランはその部屋にしばらく待
たされ、ベットからやっと起きあがった頃召使いが入って来、こちらへ、と案内
を始めた。
行き着いた先はなにやら大きな扉で閉ざされた荘厳な部屋の前だった。召使
いがノックをし、お連れしましたと知らせると、入りなさいと言う声が聞こえた
。 ゆっくり扉が開き、間もなく大きな空間から光が溢れてくる。それはアルテ
ナ現女王ヴァルダ女王の間だった。女王の椅子の向こう側が大きく穿たれ、そこ
から銀世界の光が容赦なく飛び込んでいる。
「お入りなさい、黄金の騎士デュラン。よくここまでいらっしゃいました。あ
らためて歓迎いたしますわ。」
大きな杖を持ち真っ青なドレスを羽織ったヴァルダはそう言うと、デュラン
を招く。デュランは慌てて頭を下げ、
「突然の訪問で申し訳ありません。王女アンジェラの見舞いにと参ったのです
が、どうやら私の見当違いだったようで。」
といい、あらためて女王の足下にひざを付いた。
「見当違い。ああ、あれは今日目を覚ましたばかりですの。吃驚しましたわ、
あれがまだ人影も付かないような視界でデュラン、あなたが来るのを知ってまし
た。あれもなかなか魔力をまだ持っているようですわ。」
そう言うと、女王は嬉しそうに微笑んだ。が、デュランの方はまだ状況がつ
かめないので、沈痛な表情を浮かべて女王に尋ねた。
「女王ヴァルダ。王女の容態は?」
「ありがとうデュラン。あれはもう大丈夫です。」 そういうと女王は素早く
杖を側近に渡した。すると、周りにいたものがぞろぞろと部屋を出ていく。「い
いのですか、フォルセナの者の前で人払いなど。」
「構いません。アンジェラに関わることです。もっと近くに。」
デュランはそのままの体勢で一度頭を下げると、ヴァルダの程近くに控えた
。
「デュラン、あの子を幸せにする男に足りるものよ。」
びくっとデュランが肩を揺らすと、思わずデュランはいいえ、と答えてしま
う。
「俺ではダメです。アンジェラは、王女です。次代女王です。」
「デュラン、どうか黙って聞いて。そして、今から言うこと全てこの部屋を出
たら忘れて。あの眠りは病気ではない、治療なのです。私が施した。」
「治療。」「ええ。アンジェラの死の記憶に関する。あの子は可愛そうにフォルセナで身
体を汚されたのです。」
デュランは驚きのあまり息を呑んだ。身体が震えてくる。寒さではない。熱
いもので。
「無理に汚された女は精神に異常なほどの負担を背負わせます。そして魔法は
精神と伴うもの。精神の不安定な状態での魔力は自殺を招きます。力が暴発して
。」
デュランの身体に何かが立ち上ってくる。
「それを止める方法はただ一つ。記憶を消すこと。それは昔の私なら造作もな
いこと。しかし、今の私には長い時間をかけてやっても、封印が精一杯。だから
あれを眠らせ、治療を」
それは、怒りか?
「誰ですか。その不埒者は」
ふっと音もなく、デュランが立ち上がる。その静かで冷たい声がヴァルダを
震わせた。それは憎悪に呑まれたものの声そのもの。
「俺はあいつにそんなことをした輩を許せない。女王、誰です。」
「デュラン、お願い、私が話せるのはここまでです。」
「何故です?ここまで話して、俺に黙って見過ごせと言うのですか。」
「分かって。あの子の為なのこれも。下手に動けばその動機が問われる。あの
子は知らないの。でも奴らは覚えてる。そこで行為が知れればあの子も知ること
になる。」
悔しそうに歯ぎしりをするデュラン。
「・・・・。一つだけ。奴らはアンジェラを狙っていた?」「いいえ。誰を汚
したかまでは分かっていないようよ。」
しばらくの沈黙の後、デュランは黙ってさっきまでいた位置に戻り再びひざ
を付いた。ヴァルダが最後に、忘却を、と呟きデュランがしばらく黙ったままだ
ったが、ゆっくり頷くのを見届けると、安心した様に頷き手を二度打った。
ぞろぞろと側近が戻ってくると、側近から杖を受け取りヴァルダは微笑む。
「黄金の騎士、デュランに歓迎を。皆はそれを手伝え。」
と一言言うと椅子から降りて部屋を去った。
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