デュランは女王の間を出ると召使いに頼み、アンジェラの部屋へ案内しても
らった。
「王女アンジェラ様、デュラン殿をお連れしました。」
「どうぞ、お入りなさい。」
いつもデュラン達と話すはしゃいだ声とは全く違う、アンジェラの声。威厳
ある次代女王の声はそう言った。
「失礼します。」
召使いはそう言うと、扉を開きデュランを先に部屋に導いた。
「お久しぶりにございます。王女アンジェラ。」
デュランは最敬礼をしながらそう言うと、部屋に足を踏み入れた。いくらマ
ナの一件で関わった黄金の騎士であっても、アンジェラはこの国の王女。デュラ
ンは召使いの手前、よそよそしい挨拶をした。それを見た召使いが軽くお辞儀を
すると、扉を閉める。
「デュラン!よく来てくれたね!」
突然アンジェラがデュランの首に飛びついてくる。同時にアンジェラの声の
調子が変わった。幼い子供のような無邪気な声に。
「元気そうだな、アンジェラ。安心した。」
「心配してくれたの?ごめんね、もう平気よ!」
にっこりと太陽のように笑うアンジェラ。いつもデュランにする王女とは思
えないほど気さくな態度。変わってない、確かにアンジェラは元気なままの娘だ
。
「気分は悪くないのか。長い間眠っていたと女王に聞いた。」
デュランはアンジェラの手をほどきながら、そう聞いた。
「うん、今日の朝目を覚まして、もう5、6時間たってるでしょ。最初は頭が
重かったけど、もう大丈夫。それより見て、このドレス。全快祝いにお母様が下
さったの」
アンジェラは嬉しそうにくるりと一回転する。ドレスは白銀の絹の様な素材
でアンジェラの胸回りから足の裾までをくるりとくるんだようなデザイン。ウエ
ストに軽くギャザーが寄せてあり、胸回りを首からひもでつってあるようだ。
「白って結構派手だな。それともお前が着てるからか?」
「なにそれ、それって褒め言葉?」
幾分むっとして、アンジェラが腕を組んで睨む。それを見て、デュランは何
となく笑ってしまった。あの格好はアンジェラが怒ったときの癖だ。まだ抜けて
いない。
「ははっ、俺なりの褒め言葉かもな。似合うぜ。」
デュランは人を褒めるのが苦手だ。こういうときはさらりと言ってしまうに
限る。突っ込んでこないことを願いながら。
「本当?よかった。嬉しい。」
急にアンジェラがガラにもなくしんみりとそう言うので、デュランはがいぶ
かしんでいると、アンジェラの頬を涙がつたった。
「・・・・っ?アンジェラ?」
「・・・デュランっ・・・!」
アンジェラが突然デュランの胸に飛び込んできた。本当にそれが突然だった
のでデュランは思わずよろけてしまったが、何とか持ち直した。
「ごめん、もう少しだけこのままでいて・・・・!」
肩を震わせながら、アンジェラは泣いた。記憶になくとも、アンジェラは身
体で覚えているのだろうか。悪夢の出来事を。
「・・・アンジェラ。」
・・・・可哀想に・・・っ!
デュランは慰めるようにアンジェラを抱きしめる。強く、強く。まるでアン
ジェラの中に蔓延る恐怖を追い出すかのように。アンジェラはそれでも文句を言
わなかった。アンジェラの細い身体がのけぞるほど強く抱きすくめられても、そ
れにまかせてアンジェラは首を伸ばしたままされるままになっていた。
涙がアンジェラの頬を、顎をつたってデュランの肩を濡らした。デュランは
腕の力を緩めてアンジェラの涙の跡を辿った。唇で。
アンジェラがびくんっと肩を震わせたので、彼は我に返った。
「あ!ごめんっ!」
かあっと火照ってくる顔。デュランは慌てて顔を離し、アンジェラの身体か
ら手を離した。が、アンジェラは手を離さなかった。
「アンジェラ?」
アンジェラは腕をデュランの腰に回したまま、じっとデュランを見つめてい
た。やがてアンジェラはその火照らせた顔をデュランの顔に近づけて、デュラン
の頬に唇をそっと当てると、デュランをもう一度ゆっくりと抱きしめた。
「デュラン、お願い、止めないで・・・!」
一瞬戸惑い、デュランの心臓は早鐘を打った。しかしデュランはすぐにどう
すればいいかを理解した。アンジェラの頬に手をやり、乾きかけた涙を唇で辿る
。やがてデュランの唇は、潤ったアンジェラの唇に・・。
長い間二人は抱き合ったまま、立ちつくしていた。デュランは優しくアンジェラの髪を撫でてやり、アンジェラは幸せそうにぴったりとデュランの胸に顔を埋めていた。
それにしても。デュランは不思議だった。アンジェラに対する気持ちが今ま
でとはまるで違う。仲間としてしか見てこなかったアンジェラは、いまでは自分の中で一番大きな存在になっている。こいつを助けたい、守りたい、喜ばせたいと。そして、この小さな天使が微笑むだけで、自分を狂わせる。自分から屈強の剣士ということを忘れさせる。
不意にアンジェラが顔を上げた。
「ありがとう、デュラン。無理言ってごめんね。お情けでも、嬉しかった。」
哀しそうなアンジェラの顔。無理して笑おうとする、それでも悲嘆にくれた
顔。
「アンジェラ?」
「私知ってるもん。デュランが私のこと好きじゃないこと。でも、私が我が儘
言ったから、デュラン私にキスくれたんだよね?」
デュランから身を離して、ベッドに座る。ベッドの上で揺れる身体を、アン
ジェラは自分で抱きしめる。
「好きでもない奴にキスすんの、やだったでしょ。ごめんね。」
その言葉を聞いて、デュランは大股にアンジェラのベッドに歩み寄る。アンジェラは怯えたようにおそるおそるデュランを見た。
「・・・怒ってるのね。」
「・・・。ああ。」
ため息をつくアンジェラ。
「・・・ああ、ごめんなさい。でも私・・きゃっ!」
突然、デュランが腰を折って屈んだので怒鳴られるのか思ってとアンジェラ
は目を閉じた。が、怒鳴り声はしなかった。
デュランはアンジェラをベッドに押し倒すと、アンジェラの上で四つん這い
になりアンジェラの動きを封じた。訳が分からずアンジェラは目を見開いてデュランを見つめると、デュランは怒ったようにアンジェラを睨んでいるのに気づいて、びっくりしたまま呆然とデュランを見ていた。
デュランはそんなアンジェラの顔をのぞき込むと、むっとした表情のままア
ンジェラに尋ねた。
「お前な。俺が好きでもない奴にキスするような軽い奴に見えるか?」
アンジェラは目に涙をためながら、ゆっくり横に首を振る。信じられないと
でも言うように。
「じゃあ、なんでそんな俺を怒らせるようなことを言うんだ?アンジェラ?」
手で顔を覆ったまま、首を降り続けるアンジェラ。涙が両手の向こうから溢
れ出てくる。デュランは困ったように笑うと、アンジェラを起こしてやった。そして肩を抱いて、アンジェラが落ち着くのを待つ。
「アンジェラ。悪かった。俺が気がつかなかったんだ。この気持ちに」
デュランの方をゆっくり見上げ、アンジェラがデュランの瞳を一心に見つめ
る。
「俺は騎士だから、フォルセナの王に仕える者だから、お前のこと好きになれ
るはずがないと思ってた。ましてアルテナの女王の娘なんか!ってな。」
アンジェラが眉をひそめる。哀しそうな表情に一変する。
「でもな、ずーっと俺はそうやって気になってたから、逆にずっとアンジェラ
のこと考えてたんだなーって今気付いた。」
「間抜け。」
今度はいつもの強気の表情。アンジェラの表情は本当によく変わる。自分の
気持ちをストレートに表すまっすぐな人間なのだ。
ひとしきり笑った後、デュランは深刻なまなざしでこう言った。
「実はな、俺婚約者を探さなくちゃいけないんだ。」
「まー、マセガキ!デュランまだ18じゃないの!フォルセナってそんなに婚
期が早いの?」
「いや、正式には20だけど、黄金の騎士だっただろ?俺。」
「それと何の関係があるの?」
「オオアリなんだ。なんせ、俺次代の王になるかもしんねえんだと。」
「王様?デュランが」
幾分ショックを受けたように、アンジェラが押し黙った。
「それじゃあ、私たち一緒にはなれないのね・・・?」
「お?俺と一緒になるか?」
デュランがおどけてそう言うので、アンジェラは睨みながらデュランの腕を
つねった。
「ふざけてるの?それとも、本気でそういう気はなかったの?」
「いてて!怒るなよ。でも、お前王女だろ?フォルセナの奴となんかと一緒に
なれるのかよ?」
「前例がないから何とも・・・。今までは魔法力の大きな婚約者と一緒になってたけど、今じゃもうマナもないから関係ないじゃない?だからね・・」
「ヴァルダ女王は?」
デュランは思いついたようにそう言った。
「お母様?お母様は未だに明かしてはくれないの。私のお父様が誰なのかを」
沈んでしまったアンジェラを見てデュランは内心しまった、と思った。聞い
てはならないことだったのかも知れない。デュランはアンジェラを元気づけるように肩に手を置くと、明るく言った。
「まあ、とにかく。俺達がしっかりしてれば、平気さ!」
「待ってて、いい?」
デュランが迎えに来る日を。
アンジェラがあまりに自信なさげにいうので、デュランは愛おしくなって抱
きしめた。
「待っててくれ。その日が来るまで。」
アンジェラは静かに頷いた。
5日後。デュランはすでにフォルセナに戻り、王と謁見できる時間を予約し
ていた。謁見の許可が出たのは13時。後1時間ほどで王と顔を合わせることが
出来る。嫌なことにリースとホークアイはまだフォルセナに滞在しており、デュランが帰ってきたことを聞きつけて、早速デュランの家に訪れた。
「なんだ。何もかもうまくいったんですね。よかった・・・」
リースが嬉しそうにそう言う。ホークアイの方もにこにこ顔で話を聞いてい
た。
「それにしても、しっかりデュランはアンジェラをつかまえてきてたなんて。
安心したけど、行く前言っていた台詞が忘れられませんわ」
「い、嫌みな奴だな!あれほどくっつけようとしてたくせに、いざくっついた
らそう言うこと言うのか?リース!」
「そうだよ、リース。せっかく二人とも居場所を見つけてきたんだ。それを祝
ってあげなくちゃ可哀想だろ?」
ホークアイもデュランに賛同してくれる。
「そろそろ時間だ!早く行かないと!」
慌ててデュランが立ち上がると、二人もそろって立ち上がった。
「それじゃ、僕たちはお暇するとしよう。」
「そうね、それではデュラン!英雄王様によろしく。」
二人は気を遣ってすぐに家をあとにしてくれた。デュランは素早く用意して
、フォルセナ城に向かう。
城の前の門番に謁見の予約のことを告げると、素早く門番は扉を開けてデュランを中に通した。途中、同じ傭兵仲間のブルーザーがデュランの方に駆け寄ってきた。ブルーザーは前回の剣術大会での決勝の相手だ。
「デュラン!デュランじゃないか!」
「やっぱりブルーザーか!お前は遠くからでもよく分かるぜ、なんせ体格が俺
の2倍はあるんだからな!」
「ははっ!俺の自慢の肉体に皮肉を言える奴なんかお前以外にはそうそういな
いぜ?なんだ、今日も王と謁見か?」
デュランの頭二つ分も背が違うブルーザーは、デュランの顔をのぞき込むよ
うに首を傾げながらそう聞いた。
「ああ、ちょっとな。・・・なんだ、俺の顔に何かついてんのか?」
デュランはブルーザーがじいっと自分を見つめるので、顔をごしごしっと手
で拭いた。が、ブルーザーは違う違うっとデュランのその手を止める。
「いや、なんかな、今までのお前と顔つきが違う。」
「顔つきが?」
デュランはそれを聞いて、妙な顔をする。
「怒るなよ?デュラン。今までお前には粗暴さというか、そういうとこがあっ
たんだけどよ。今のお前は何ていうか・・・落ち着きと力強さがある。」
ブルーザーのその言葉に、デュランが一瞬きょとんとしていると、すぐにデ
ュランは不敵な笑みを浮かべた。
「その答えなら、案外簡単だぜ。ブルーザー。いつかお前にも教えてやるよ!
じゃあ、俺は時間がないからな!また会おうぜ!」
そう言うとデュランは王の間に向かう階段を駆け上がる。
「おお!その修行の仕方、是非伝授してくれよ!」
後ろからブルーザーがそう言ったので、デュランは振り返って手を振り、再
び走り出す。そしてデュランは走りながら、ぽつりと呟いた。
「でも、修行なんかじゃないさ。多分な。」
階段を駆け上ると、大きな扉の前でデュランは立ち止まった。
「デュラン殿、ですね。扉の奥へどうぞ。」
「ああ、ありがとう。」
二人の兵に門を開けてもらうと、デュランは王の間に入っていった。すぐに
片膝を床について、王の言葉を待つ。
「よう来た、黄金の騎士デュランよ。」
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