英雄王はすでに周りのものを全て退出させていた。デュランと話すことは、
ほぼ世継ぎのことになってしまう。周りの人間はそれに薄々気付き始めてはいるはずだが、まだ確証はないはず。王は必要以上に事が表に出ることを避けているのだ。
「突然の謁見、申し訳ありません。実は王にご報告することがございます。」
「うむ、わしもそなたに嬉しい知らせがあるのだ。まず、わしの話を聞いては
くれんか?」
「何でしょう?」
「ローレル、これへ」
王が後方のカーテンの方にそう言うと、一人の髪の長い女が入ってきた。髪
の色は、琥珀に少し茶色が入った様な黄金色、目は海のように深い碧ですらりと背の高い、貴族体型。
「ローレル・デル・ピテア、ピテア卿の三人目の娘だ。ピテア家はレリーナ、
つまり先王の后の生まれの家だ。この子は王家の血を引く最後の娘、と言うことになる。」
「まさか・・・その娘と・・!」
デュランは驚愕したようにそう言うと、王は嬉しそうにそう言った。
「デュラン、お前の婚約者だ。」
しかし、王がそう言った直後、ローレルが憎々しげに嫌よ!と叫んだ。王と
騎士は二人そろってローレルを見た。なんと、ローレルは険しい瞳でデュランを睨んでいたのだ。
「嫌よ、何て野蛮な瞳をした人なの!私は絶対に嫌!うわさには聞いていたけ
ど、ここまでとはね!何が黄金の騎士よ!」
さすがのデュランのその言葉にはむっときたが、すぐに思い返し、デュラン
は王に頭を下げて言葉を放った。
「英雄王様!ローレル殿はここまで私を嫌っております。それだからではあり
ませんが、私は次期王の座から手を引こうと思っております。」
「・・・なにっ!?」
王はもとより、その言葉にはローレルでさえ驚きの目でデュランを見ていた
。当然と言えば当然だ。せっかく最高の権力を持てる能力を持つ者がみすみす自らそれを辞退するのだ。常識ではまず考えられないことをデュランは言ってのけたのだ。
「黄金の騎士!あなた何を考えてるの!王を困らせる気?」
「何をおっしゃる、ピテア卿ローレル殿。あなたこそ、先ほど王を困らせる発
言をしてらっしゃる。」
デュランは静かな声でローレルに言葉を返した。ローレルは悔しそうに唇を
噛んでいる。
「だがデュラン、いいか?言っておくがわしを継げるのはローレルあってのデ
ュランではない!デュラン、そなた自身なのだぞ!」
「それは先日聞いております。まさか王が婚約者まで用意するとまでは聞いて
いませんでしたが。」
「うう、それは謝っておこう。しかし、事実わしは心配だったのだ。デュラン
は妻を見つけられるかと、な。」
デュランはそれを聞いて、うすく笑った。王はそれほどまで自分を心配して
くれていたのだ。
「ご心配をおかけしました。妻なら、選んできています。」
その言葉にローレルが憤慨した。足早に王の間から出ていく。王はそれをち
らっと見たが。
「なんと!安心したぞ、デュラン。近くにおるのか?すぐに呼んでくるがよい
!」
「残念ながら、今は遠くに。ですが、王はその娘を知っています。」
「知っている?誰だ。名は?」
「魔法王国アルテナ女王ヴァルダの娘、アンジェラ王女です。」
「・・!!アルテナの王女か・・・!」
さすがの王もその名前を聞いて驚きを隠せなかった。すると、ローレルが戻
ってきてデュランに言い放った。
「だからデュランは英雄王を継がないのね!」
さっき消えたローレルが再び戻ってきた。さっきよりも落ち着きを取り戻した
ように見える。
「ローレル!」
「魔法王国アルテナの女王の後継者はアンジェラという娘一人。デュランがそ
の娘と一緒になるのなら、双方はどちらかが国を捨てなければならないわ。その娘はデュランに国を捨てろと唆したんだわ!」
「・・・ローレル殿。」
デュランはローレルを貫くような目で言った。
「この次にアンジェラを悪く言ったら、命はないものと思って下さい。」
「・・・・っ・・!」
ローレルの顔に怯えが走った。それほどまでに今のデュランの瞳には、怒り
が込められていたので。デュランはローレルから目をそらすと、話を続けた。
「お聞きのように英雄王様。アンジェラはアルテナ王族の一人娘、次代の女王
です。俺はその娘と将来を誓い、ここに戻ってきました。もはや、俺はアンジェラ以外の娘と結婚する気はありません。」
ローレルはそれを聞くと、スカートを翻して再び王の間を出ようとした。し
かし、英雄王によって止められる。
「ローレル!どこへ行く!」
「どこへ行くですって?英雄王様。家に帰って花嫁修業ですわ。デュラン様に
ふさわしい花嫁になるためのね!」
「なんだとっ?」
デュランはローレルを驚きと不安を混ぜたような瞳で見た。
「私は諦めないわ。せっかくお姉さま達よりも大きな地位をつかめるところだ
ったのよ!絶対にデュラン様に私を后として迎えてもらうわ。ごきげんよう、私の旦那様。」
ローレルはそう言うと、恐ろしいくらい丁寧なお辞儀をして王の間を出てい
った。デュランはそれを見て呆然と佇み、王は深いため息を吐いてデュランにす
まん、とだけ言った。
それからあっと言う間に、デュランとローレルが婚約したというデマが立ち
回り、デュランは表を歩けない状態になっていた。どうやら、ピテア家は権力と財力を総動員して嘘か本当か分からないほど大きな騒ぎを立てて、それを現実にしてしまおうという魂胆らしい。聞いた感じではそれほど影響力はないように思えるが、デュラン当人にとってはすでにものすごい圧力になっている。なんせ元々由緒ある血族のピテア家がやることである。婚約パーティが連日のように行われるし、デュランの叔父セレスと叔母ステラをピテア家に無理矢理招待するなど、まるでデマの真偽を問うことすら不可能な程までの催しをやってのけていた。
だから、今まで住んでいた家にはもう住めず、(真相を知りたがる一般市民
にとってデュランの家は格好の獲物だった)デュランはウェンディをつれて、フォルセナの郊外へ引っ越した。デュランの今の住処を知る者は英雄王、リース、ホークアイくらいのものだった。
英雄王の遣いが一ヶ月に一度、リースとホークアイが2週間に一度の割合で
ここには現れた。が、どんなに月日がたっても一向にフォルセナの方の騒ぎはおさまりはしなかった。そんなときに、デュランの住処にローレルがやってきたのだ。
「何しにやってきた?月桂樹の女神。」
デュランは無愛想にローレルを家に入れた。ここからフォルセナまで約10
キロ。歩いてなら、半日はかかる。その道のりをどうやらローレルは一人歩いてやってきたらしいのだ。そうまでしてやってきた客を、例え厄介な人間でも、デュランには門前払いするほど冷たい人間ではない。
「あら、無骨な戦士でも洒落たこと言ってくれるのね。」
そう言うとローレルはずかずかと家に入り、そこら変にあった小さな椅子に
腰掛けると、足を組んだ。
「まだ折れないの?あなたが私を迎えない限り、あなた国に帰れないのよ?そ
の小さなウェンディだって、家に帰れないのよ?可哀想じゃないの?」
ローレルのその言葉を聞いて、ウェンディがデュランとローレルの間に立ち
はだかった。
「あなたローレル?」
「そうよ、ウェンディ。あなたのお姉さんになるのよ。よろしくね。」
「私のお姉さんになるのは、アンジェラよ!」
「ウェンディ!?」
デュランにとってウェンディのその言葉は驚きだった。ウェンディはアンジ
ェラを嫌っていた。デュランがしばらくそうしたように。
一方、ローレルはウェンディの言葉にまた腹を立てていた。
「ウェンディ、よくお聞きなさい。あなたのすばらしいお兄さんが私を選ばな
かったら、あなたは永久にフォルセナに戻れないはずよ!」
「それでも、お兄ちゃんはあなたを選ばないわ。あなたはアンジェラじゃない
もの!」
兄そっくりの鋭い瞳でウェンディはローレルにそういった。
「・・・くっ!」
きっ、とローレルはデュランとウェンディを交互に睨んだ。やがて、ローレ
ルはおもむろに口を開く。
「二人だけで、お話があります。お時間をよろしいですか、デュラン様。」
「もちろん、時間ならあなたのおかげでいくらでもありますから。」
デュランは皮肉をのし付けながら、快く了解する。ウェンディが心配そうに
デュランを見ていたが、デュランが安心させるように頭を撫でつけると、おとなしく頷いた。
「表で話そうか。」
「ええ。」
デュランは扉を開けてローレルを送り出し、続けて自分も出ていった。
「で、話というのは何だ?」
小屋からしばらく歩いたあとデュランはローレルを促した。ローレルはしば
らく黙り込んだままだったが、やがて口を開いた。
「・・・私のどこがいけないのですか?」
「・・・。」
木々の間を風が通り過ぎていき、二人の髪をあおる。
「ローレル、君が悪いんじゃない。俺はアンジェラと約束をした。それだけだ
よ。」
「・・・もうすぐ、アルテナにある手紙が届きます。」
デュランはぎくりと肩を震わせ、振り向いた。
「何の手紙だ。」
「・・・。」
「何の手紙だと聞いている。ローレル、答えろ!」
ローレルは拳を震わせ、うつむいたまま答えた。
「結婚式の、招待状です。」
デュランは頭が真っ白になるほどの衝撃を受けた。その次の瞬間、血が上る
ほどの怒りが頭に到達する。
「アルテナにか!どうしてそうまでする!さっさと俺の次に剣の立つ奴に目を
付けてそいつと一緒に権力でも何でも手に入れたらいいだろう!」
「出来ないの・・・!」
ローレルが泣きながらデュランに言う。
「あなたの、お嫁さんになりたいのよ・・・!」
「・・・!」
ローレルが地面に泣き伏す。それを呆然と見守るデュラン。やがて、デュラン
は小屋に向かって歩き出す。
「デュラン!」
「ローレル、お前がそこまでやるのならこっちにだって考えがあるぜ。その手
紙が着いたら、アンジェラどうなると思う。お前のように泣くだけじゃ済まないんだ、あいつは。」
ざっ、ざっ、と重い足取りでデュランが小屋に帰るのを、ローレルは黙って
みていた。そして、今更ながらに気付いたのだ。デュランを最大限まで怒らせる方法を、自分は取ってしまったことに。
「お兄ちゃん!行くのね?」
ウェンディがデュランの旅支度を見ながらそう言った。
「・・ウェンディ」
デュランはすまなそうな顔をしてウェンディを見ていたが、ウェンディは元
気にこう言った。
「いいの!ウェンディはステラ叔母さんのところでおとなしくしてる。だから
、お兄ちゃんは早くアンジェラを助けてあげてね!」
「ああ。」
すぐにデュランは小屋の裏に隠しておいた馬を出すと、夜になるのを待って
フォルセナに急いだ。そして、城下町に入る前に馬から下りて、知り合いの門番に開けてもらうと(この門番は英雄王によってここのところの門番を頼まれていたらしい。多分、デュランがいつでもフォルセナに入れるように)、ステラ叔母さんの家にウェンディを送った。ウェンディは自分で事情を説明しておく、といってくれたので、デュランは扉まで送るとさっさとその場を去り、馬で港まで急いだ。
今度のアルテナ行きの船は大きいと分かっていたので、一か八か馬を乗せて
いくことにした。うまく行けば、アルテナで馬をとばせば1日半でアルテナ城につくだろう。
半日船に乗り、エルランドに到着する。馬を降ろしたが、雪が凍り始めてい
てやはり滑って使いものにならない。しばらく馬を引いていると、途中旅の者が馬の足止めを売ってくれた。デュランが礼を言いながら、馬に取り付けると馬が雪の上でも快調に走り出した。それから1日半、その日の太陽が落ちかけた頃、アルテナ城が見えたのと、叫び声が聞こえたのは同時だった。
「きゃああああっ」
「うわああっ!」
デュランのいるところまではっきりとそう聞こえたのだ。
「しまった!無事でいてくれ!アンジェラ!」
馬を思いっきり走らせて、デュランはアルテナ城に入った。すぐに城の中に
駆け込み、アンジェラの部屋に直接行くがそこにはアンジェラはいなかった。
「どこにいる?アンジェラ!」
「あなた!デュランじゃないの。黄金の騎士の!」
後ろから中年の召使いの女に声をかけられた。
「そうです!アンジェラはどこに?」
「こっちよ。ついておいで!」
デュランの手を引き、女は階段を下り地下までつれていく。
「アンジェラはこんな所に?」
「ええそうよ。昨日から様子がおかしいの。なんだかある手紙を見たときから
って話だけど。」
それを聞いてデュランは口をつぐむ。しかし女はそれに気付かず、話を続け
る。
「ああ見えても王女様、まだ魔力を持っていらっしゃるからね。精神が暴走す
るとそれに伴って魔力は暴走するから、監禁してるの。」
「するとさっきの叫び声・・・」
デュランが話そうとした瞬間、突然熱風が吹き荒れた。デュランは慌ててか
まえて女を後ろにかばう。
「これが暴走したアンジェラの・・・・」
「そうだよ。」
デュランは少し考えてから、女に話しかける。
「ありがとう、もうここからは俺一人で行く。危ないから早く戻って!」
女は上目遣いにデュランを見てから頷くと、ほっとしたように今来た道を戻
っていった。
「さてと。もっと向こうから熱風が来たみたいだな。」
デュランは狭い地下道を走り、突き当たりの扉から光が射しているのに気付
いた。
「アンジェラ!ここか?」
足下に二人の男と女が倒れている。全身に軽い火傷を負っているようだ。そ
の向こうには、鎖でつながれた七色に光るアンジェラの姿が見えた。とりあえ
ず、デュランは二人をこの部屋から出して安全なところに運び込む。そして、あらためてアンジェラの説得にかかった。
「アンジェラ、俺だ、デュランだ!分かるか?」
「・・・。アアアアアアアアアアッ!!」
再び爆風が吹き荒れる。今度は凍てつく寒さで。デュランはそれを何とかこ
らえて、アンジェラに近づいた。
「アンジェラ。あの手紙は嘘なんだ。ローレルって女が勝手に」
またも爆風!しかも今度は電気が通っていた!
「聞け!アンジェラ、そんなに魔力を暴走させたら死んでしまうぞ!」
「ウウウウウ・・・、・・アアアアアアッッ!」
爆風を出す寸前に、デュランはアンジェラを抱きしめた。しかし、爆風は直
接デュランの身体を突き抜けていった。燃えるような熱さで。
「アンジェラ?信じてくれ、俺はお前としか一緒にならないということを」
「アアアア・・ウウ・・、ううっ・・・・デュ、ラン」
「戻ったなアンジェラ・・・」
アンジェラを抱きしめていたデュランがずるずると床に崩れ落ちていく。そ
れを見たアンジェラが悲鳴を上げた。
「あああっ!デュラン!あなた火傷!!」
「よかった、死ななかったな、アンジェラ・・・・」
そう言うとデュランは床に倒れた。腕につながれた鎖をならしながらアンジ
ェラはまたも悲鳴を上げた。
「誰かーっ!誰かーっ!デュランを、デュランを助けてぇぇっ!」
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